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恋愛相談部  作者: 甲田ソーダ
番外編 ~彼と彼女の恋の相談~
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彼女と待ち合わせをしよう

 待ち合わせとは、つくづく先に来ている人が損をするものだと慶喜は考える。


 相手が来るのを手持ち無沙汰に待つというだけでも苦痛であるのに、そこから一歩も動けなくなるというのだから。


 先に来ていたはずなのに、少し移動してしまった結果、逆に自分が相手を待たせてしまったなんてことがあれば、なんとも言えない敗北感に見舞われる。


 そして何より、待っている間、周りの視線が気になってどうにもならないのだ。


『あんなところで一人でぼぉっとして何かあったんだろうか?』


 というような好奇の視線に囲まれているような気がしてならない。


 実際はそんなことを思われていないとしても、そう思われているのではないか、と考えただけで人は途端に羞恥を自覚する。


「……ましてや、()()()()()を持っていればなぁ」


 そう言った慶喜の椅子の下に置かれているどこにでもある茶色の紙袋。


 ちょうど慶喜の身体の横幅と同じくらいの大きさをしており、その中から今度は透明なビニール袋の端が飛び出ていた。


「……はぁ」


 面倒くさそうに息を吐いた慶喜は、何度目かの音を聞いた。


 飲食店にある来店時の音だ。


 チラリと入り口を覗くと、よく見知った待ち合わせの相手が来たようで、そしてちょうど慶喜に気付いたようだった。


「待たせたわね」

「待たせたっていう話じゃない」


 慶喜と向かい合うように座った美島は、先ほどの紙袋を見て微笑んだ。


「ちゃんと持ってきてくれたのね」

「アンタが持って来いって言ったんだろ」


 この紙袋を持ってきたのは慶喜だが、慶喜に渡したのは先日の美島である。


 制服で尾行するにはあまりにも目立ちすぎるということで、着替えを慶喜に持たせたのだ。


「それじゃ、早速着替えてくるわね」

「帰りてぇ」


(……それにしても)


 慶喜はふと店の窓に僅かに反射する美島の背中を見た。


 その後ろ姿からして整った体型をしているのがすぐにわかる。……そして、その距離も。


 本当に美島に思い人がいるとして。本当に好きだとして。


 その人物が彼女にふさわしい男だとして。納得できる相手だとして。


 もし仮に、相手も彼女のことが好きだとして。お互いに両思いだとしても。


「……そいつは折れないだろうか」


 矛盾するようだが、美島は誰が相手もそれなりに親しく近しい関係を作るのがうまい。だからこそ、きっと選ばれた男は誰よりも遠い思いをしてしまう。


 実際そうなるかどうかはわからないが、たぶんきっと。


「お待たせ」


 そんなことを考えていると、数分もしないうちに美島が慶喜の前に立っていた。


「いや、早すぎじゃね?」

「早くしないと帰っちゃうでしょう?」

「そりゃそうだが」

「あなたが」

「……否定はしねぇけど」


 さすがに帰りはしないが、帰りたいと思ったのは事実だから素直に認めた。


 慶喜は珈琲一杯分の伝票を持ってレジへと向かうと。


「今さらだが、とっくにその相手が帰ってしまったっていう可能性はないのか?」

「ないと思うわ」

「その心は?」

「彼は真面目だからね」

「結論だけ言われてもまったくわからん」


 美島が店に来てからいくら早いと言っても、それでも5分ほどは経っている。それに加え、美島がここに来るまでの時間もある。


 美島がここに来るまでに、いや学校を出たときにはもう帰っていた、なんて可能性も捨てきれない。


 しかし、彼女は首を横に振った。


「私のいる学校は放課後掃除するのよ。週替わりでね」

「なるほど。で、今週はそいつが担当ってわけか」

「そういうこと」

「……同じクラスだよな?」

「そうよ?」

「だよな」


 もし同じクラスじゃないとしたら、わざわざ他クラスの掃除当番を確認したことになる。


 特別おかしい話じゃないが、徹底的に人を調べようとするときのこの人ほど怖い人はいない。


 中学時代に慶喜という隠れた人材を見出したのも、この美島だった。


「……はぁ」

「あら、今からもう疲れているようだけど大丈夫かしら?」

「ならさっさと帰してくれよ」


 そうぼやきながら、慶喜はゆっくりと席を立ち、続いて美島も立ち上がった。


 店の外は帰宅学生が増えてきていることもあって、それなりに騒がしくなっているようだった。


「こっちよ」

「あぁ」


 店を出た後は、美島に誘導されるように後ろをついていく。


 予め美島の学校の位置は調べていたから、別に案内はいらないのだが、慶喜は黙ってついていく。


「そういえば」


 そうして学校に向かっている途中で、美島は思い出したように慶喜を見た。


「テスト。一日目だったのでしょう? 出来映えはどうだったのかしら?」

「ぼちぼち」

「相変わらず数学以外はひどいようね」

「ほっとけ」


 美島の学校では先週テストだったらしい。


 聞いてもいないのに、校内で一位だったと自慢する美島に、慶喜は「相変わらずだな」と馬鹿にするように鼻で笑った。


 高校に行っても美島への周りの評価は変わらない。


 勝手に高嶺の花と崇められる、そんな様子が目に浮かぶ。


「苦労のない人生に苦労しているな」

「いいえ、あなたのような人がいるから、それなりに苦労して楽しいわよ」

「そりゃどうも」


 そんなことを話しながら、学校に着くと、美島はちょうど生徒用玄関から出てきた一人の男子学生を指差して。


「彼が私の好きな人よ」

「……マジか」


 そう指差さされた人物は、どこをどう見ても平凡な男子高校生だった。



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