久し振りに会ったら相談しない?
珍しくその日、慶喜は休日に外を歩いていた。
普段であれば、前までの慶喜であれば、そんなことは絶対になかっただろう。
慶喜が外出するのは、恋愛相談がらみの他に、食材の買い出しのみ。
しかし、今回はそのどちらでもなかった。
先日の一件以来、慶喜の周りの評判はさらに悪化し、相談をしに来る者はいなくなり。
買い出しは久し振りに帰ってきた親が済ませてくれた。
……だが、その買い出しを済ませてくれた親のおかげで、慶喜は家にいづらくなってしまった。
「あそこはただの地獄だ」
そんなこんなで、今。
安寧の地を探すため、ぶらぶらと街を歩き回っている。
最初はファミレスも考えたようだが、特に食べたいものがないのに長居するのも申し訳ないと思い断念。
次に図書館も考えたが、生憎この付近に図書館はない。
心落ち着く所に向かうのに、自転車を二十分漕ぎ続けるというのは、本末転倒ではなかろうか。
もうそうなれば詰み。王手。チェックメイトだ。
それでも慶喜は必死に打開策を考えて歩き回っている。
「……公園、も無理だな」
近くにある公園に寄ってみたが、子どもが苦手な慶喜にとって、公園は安らぎの場とはなり得そうにない。
と、そんなときだった。
「あら?」
「うげっ」
後ろから聞こえたその声に、慶喜は振り返って顔も確認しないままに嫌な顔をした。
「久し振りに会ったというのに、ひどい反応ね」
改めて振り返った先には、一人の女性が立っていた。
「相変わらずね、よしのぶくん」
「……はぁ」
目の前でため息をつかれたというのに、まったく動じず、笑顔で返した彼女の名は美島有紀。
慶喜の中学校時代に先輩だった人物だ。
スラリとした長い脚に、半袖から伸びる弾力と艶のある白い腕。光って見えるような黒く長い髪は、普段から手入れしているからなのか、はたまた天然なのか。
加えて、意図的に作られたとしか思えないほどの整った顔立ち。文字通り、モデル顔負けの顔だ。美優や月葉とはまた違った女性の魅力。彼女の場合は『綺麗』という言葉がよく似合うだろう。
そんな空想上に出てきそうな、現実離れしている美島なのだが、一方、慶喜が苦手としている理由もある。
「どうしてここに、って言いたそうな顔ね」
「……まったくもってその通りだ」
彼女は相手の心の内を読むことができる人だからだ。
もちろん、誰に対してもそれが通用するわけではないようだが、特に、気に入った相手の考えていることはその表情や仕草から推測できるらしい。
彼女曰く。
『好きな人の考えくらいわかるようにならないと』
とのことだが「アンタに愛された相手に同情する」と慶喜はよく返していた。
同じく慶喜の行動をよく調べている妹子に。
『あの人には頭で勝てても、一生勝てる気がしない』
と言わせたほどに、美島有紀という人物は得体が知れない。
「で、何をしに?」
「あなたを探しに来たのよ」
その一言で、慶喜はなんとなく予想がついてしまった。
「……誰から聞いた」
「誰だと思う?」
「わかねぇから聞いてるんじゃねぇか……」
「それはおかしな話ね」
美島は慶喜を興味深そうに見ると「なるほどね」と意味ありげに笑う。
「なにが……」
「高校でも静かな生活は送れそうにないようね」
「……」
中学でその生活を送らせてくれなかったアンタがそれを言うか、と思わず口に出してしまいそうになる慶喜だが、彼女はそんな様子すらも見通して楽しそうに笑う。
「誰が言ったかわからないってことは、候補がたくさんいるのでしょう? それはつまり、あなたのことを知っている人が少なくとも二人はいるってこと。ということは、あなたはそんな人達と一緒にいる。基本、人と関わろうとしないあなたと関わろうとするってことは、かなりのくせ者なんでしょうね」
当たっている。
まさかこんな短時間で高校生活の状況を察せられてしまうとは、さすがの慶喜だって予想外で驚いてしまう。
「だから、俺はアンタが苦手なんだ」
「嫌い、と言わないところが好きよ」
「そりゃどうも」
しかし、今の反応で慶喜にもわかったことがある。
できれば知りたくなかったが。
「いつ妹子と連絡先交換したんだよ」
「高校に進学する直前よ」
「いらんことを……」
次から次へと問題を起こしやがって。次に会うときは釘を刺しておこう。
そう胸に誓った慶喜に、美島は「あら、それも面白そうね」と、さも当然のように独り言。
「恋愛相談部。面白い部活に入ったのね」
「今になって後悔している」
「さしずめ一人だけの部室を堪能したかったようだけど、失敗したってところかしら」
「そんなところだ」
そこで、ある可能性が慶喜の頭をよぎった。
「……おいおい。嘘だろ」
恋愛相談部のことを知っていて、自分に用があってわざわざこの街に帰ってきた。
「アンタが……? そんなまさか」
「そんなに驚くことかしら」
「まあ……な」
この容姿だ。中学でもモテない方がおかしい。
毎月のように告白され、それをことごとく断ってきた彼女だ。それなりに繋がりのあった慶喜も気にするのはおかしいことではなかった。
「もしかして私のことが好きだった?」
「そんなわけあるか。むしろ俺が断ってやる」
「そういうところ好きよ」
「この流れでそれは面倒くさいからやめてくれ」
慶喜が気になっているのは、そんな美島がどんな人を選んだのかであり、そして、その選ばれた人がどんな不幸な目に遭うのかということだ。
どうやら昔から言っていた同情せざるを得ない相手が見つかってしまったようだ。
「そういうことで」
「……はぁ」
「恋愛相談、受けてくれないかしら?」
勘のいい人はこの番外編の意味がわかるはず