作戦を実行してみよう
『早朝・二三也の所属するサッカー部が朝練を始める少し前に、二三也は学校に登校する。そのとき、現在付き合っている彼女も一緒だ。
彼女が隣にいるときに話しかけても逆効果。付き合っているわけなのだから、横やりを入れれば最悪嫌われる可能性がある。
だからここは彼女である山梨恋がいないところをねらう。
朝練とは言え、間違いなく自分の教室に鞄などを置きに行く。
そして、幸いにも二人は所属するクラスが違う。しかし、先輩は二三也と同じクラス。
つまり、二人が登校する前より早く登校していれば、一瞬だけだが二三也と話す機会が生まれる。
そこでは当然ながら、長話は逆効果。
「おはよう」もしくは「今日も練習? 頑張ってね」などの短い会話で送り出す。
もしかしたら彼女が校庭まで送っていくかもしれないが、そこは我慢しろ。
どうにも先輩は二三也を前にするとアガってしまうきらいがある。そのための特訓としてもこれは重要だ。
先輩の恋が本当であるなら、これくらい耐えろ。恋愛なんて付き合ってからが面倒くさいんだ。
……知らんけど』
★☆★
というアドバイスをもとに動いてみた瀬良だが、どうにもうまく事は運ばない。
自分でも抑えきれない衝動で、ついつい暴走しかけるが、いつもその寸前で携帯が鳴る。
相手はもちろん、慶喜である。
どこから見張っているのかはわからないが、瀬良が暴走する直前で電話をかけてくるそうだ。
電話を耳に当てても一言も発しないのがなお怖い。
それでも数日ほど続けていると、特訓の成果の表れだろう。
前と比べれば、かなりよく二三也と話せるようになってきている。
それは瀬良自身も驚くほどにはすごいことであった。
まさか普段から人と話すのが得意でない自分が、好きな人相手にこんなに話せるようになるなんて、と。
「そりゃよかったな」
と、慶喜はため息と一緒にそう吐いたが、瀬良は何の気にもしなかった。
ただ、少し気になる点はあった。
朝の日課を始めて四日目くらいだっただろうか。
教室から出てすぐ二三也が、隣の教室を見て眉をしかめたのだ。
一言ほど何かを言った後、腑に落ちない様子で朝練に向かっていった。
瀬良はそのことを慶喜に伝えた。
それに対し慶喜は「ふむ……」と何かを考え込むような仕草をした後「少し調べてみるか」と言ってそれで話は終わった。
☆★☆
『休み時間・休み時間はできるだけ二三也の横、そして前を通るようにしろ。
人は視界に映るものの大体が気になってしまう生き物だ。特に、横。
二つの目で見えない、左右どちらかの目でしか見えないものに対して、人はどうしても敏感になってしまう。
例えば、目の前を虫が飛んでいるより、視界に映るか映らないかのギリギリのところで虫が飛んでいる方が、それが何かと気になって見てしまうだろ。それと同じだ。
できるだけ二三也にお前の印象を植え付けておくんだ。
一緒に話すだけが意識させる方法じゃない。
視覚は動物として最も気にしてしまう感覚だ。
ま、これは俺の持論であって正確性はないんだけどな。』
★☆★
言われてみても思ったことだが、実際にやってみるとこれがまた効果的だった。
最初は何も気にした様子ではなかった。
おそらく二三也も気付いてはいなかっただろう。
しかし、人の意識は無意識のうちに溜まっていく。
違和感と言ってもいい。
そのことに別に二三也本人が気付かなくても関係ない。
二三也の周りにいる人達が、一瞬でも気になってしまえば、それは見えない波となって二三也に伝わっていく。
雰囲気という空気は感染する。
それも知らない間に。
最初は何も気にしていなかった二三也だが、時折、チラリと瀬良を見るようになってきたのだ。
「きっかけは大抵の場合、突然気付くものだが、きっかけ自体は積み重ねによってできあがる」
慶喜の言っていたとおりだった。
最近は慶喜も瀬良が油断しないか心配になっているようで、慶喜達一年生とは違う階だというのに見に来ているようだ。
瀬良も「変なことはもうしないよ」と言ってみたが。
「そう言って油断してると失敗するんだ」
と、慶喜はいつものつまらなさそうな顔でそう返した。
☆★☆
『昼食時・昼食は一時的だがこの部室を使え。
不審な点や、アクシデントが起きたとき報告してくれ。
何かあったら、そのときは俺達が動くかもしれなくなる。
これに関しては、瀬良だけでなくお前ら部員にも言っておく。
……なんだ、そのようやく認められたみたいな顔は』
★☆★
今のところ問題はないようだった。
明人は相変わらず二三也と何かを話しているようで、慶喜も特に変わった様子は見せない。
美優と月葉も特に何かをしている様子はなかった。
前に一度、二三也と美優が何か話している、という変な噂があったが、二三也本人から「何かあったら俺が彼女に殺される」と笑い話にしていたくらいだ。
美優も部室で「山野先輩のことを話していましたよ」と笑顔で言っていた。
このことからも少しずつ天秤が傾き始めていることに、慶喜だけが気付いていた。
就活中なのに、小説だけでなくゲームも作り始めてしまった…。
時間がないときほどやりたいものは溢れてくる。