覚悟を決めよう
志賀くんに呼び出され、放課後部室に向かうと、明人くんを除いた部員達が集まっていた。
志賀くんは相変わらず何を考えているのかわからない様子で本を読んでいた。
「危なかったな」
と、突拍子もなく志賀くんが下を向きながら言った。
「え、と。どういうことですか?」
そもそも志賀くんが、私が恋愛相談部に来ていることを二三也くんに言わなかったらこんなことにはならなかったはず。
そういう意味も込めて質問した。
「仕方ねぇだろ」
志賀くんはパタンと本を閉じて私を見た。
「あの不自然さを少しでも解消するには、あれを言わなきゃいけないんだよ。だから、月葉がフォローに入っただろ」
やっぱり作戦変更の話は嘘だったのか。
けど、それにしても、このやり方は今までの志賀くんとは少し違う気がする。
今までの彼はこんな強引なことをする人ではなかった。
「あそこで先輩が好きな人はアンタだ、なんてバレてしまったらそれこそ修復不可能だった」
それはそうかもしれない。…いや、間違いなくそうだった。
でも、それだってやっぱり志賀くんのせいだと思ってしまう。
どれだけの理由があっても、こんなやり方を選んだ志賀くんをどうしても責めてしまう。
「ま、別にどう思われようと他人の俺にはどうでもいい」
そんな私の感情を察してか、志賀くんが対抗するように私に言った。
「アンタが俺をどう思おうが、それを口にして責めることはできない。そうだろ?」
「……」
根本を辿れば私が悪い。そんなことはわかってる。
わかっているけど、それを面と向かって言われるのはさすがに傷ついた。
「慶喜君……」
少し言いすぎではないか、と美優さんが軽く諌めるが、志賀くんは気にする様子すら見せない。
志賀くんには周りの意見を聞くときと、聞かないときがある。
周りの人に関係することであれば聞き、自分に関係した例えば印象や感情に対してはドライな反応を見せる。
「とりあえず、これからの予定は当初の通りだ。何かあったら、また今回みたいになるかもしれねぇけどな」
だから、少しだけ聞いてみることにした。
「どうしてこんな私を助けてくれるの?」
自分を疎かにしてまで。どうして?
その意味も含めて聞いたのだが、果たして伝わっているのだろうか。
「そういう部活だからに決まってるだろ」
志賀くんはそう答えた。
「部活だからってそう割り切れるもの?」
そう続けて質問すると、志賀くんは訝しげな表情で私を見て。
「割り切れないといけないだろ。何が言いたいんだ、アンタは?」
「えっと……」
そういうことを聞きたいのではなく、どうして……そんな、こう。
うまく説明できない。
「いつまでも子どものままじゃいられないだろ。部活ってのは要するに仕事だ。仕事ってのはどんなに嫌でもやらなくちゃいけない。仕事をする意味ってのを挙げてみたとき、最後にたどり着くのはしなくちゃいけないという義務だけだ。少なくとも、今の日本はそういうものだろ」
志賀くんは真っ直ぐな目で私を見て。
「義務に理由や意味を求めたところで、明確な答えなんて導き出されねぇよ。社会貢献やら世界の発達やらどれだけご大層な答えを挙げたところで、その答えの深い理由を尋ねられると根本的な答えなんて得られない。社会貢献も世界の発達も、それは世の中の都合であって自分の都合じゃない。じゃあ、お金をもらうため、生きるため、という自分の都合で仕事をするのか? 違う。生きる理由を見出している人なんていねぇだろ。皆、とにかく生きようとしているだけだ。だから義務。社会に貢献しなければならない、生きなければならない、生活しなければならない。義務に理由を尋ねたところで答えなんてない。答えの出たものからそれ以上答えを聞いて何になる? 義務を作るのは人間だけだ。そして、義務ってのは簡単なんだよ。作ってしまえば。あとはそれに従うだけだからな」
そう言うと、志賀くんは本に目を戻して「だからこそ」と最後にこう言った。
「自分の義務に忠実な奴ほど厄介で強いんだ。何においてもな」
……あぁ、そうか。
だから志賀くんのことが強く見えるのか。
志賀くんが自分の義務にしっかりと向き合って、私達の恋愛相談に乗ってくれるから。
「そっか。うん、そうだよね」
なら、私はどうだろう。
果たして私は自分の義務に、恋に向き合っていただろうか。
どこかで諦めようとしていたのは誰だ。
生半可な気持ちで、いや、だからこそ他人を恨んでいたのは誰だ。
「覚悟は決まったのか?」
志賀くんの確認に「はい」とはっきりと答えた。
これから彼らは全力で私の恋愛相談に答えてくれる。いや、これまでも答えてくれた。
それなら私もさらにそれに答えるだけだ。
負けた後のことを考えている時点で私は弱いままだ。
今は、彼らの協力を信じて戦うしかない。
「まったく。ヤンデレを改心させるのは本当に面倒くさい。もう二度とやりたくない」
志賀くんはそうぼやいた後にゆっくりと深呼吸して。
「さぁ、ラストスパート行くとするか」
そう言って立ち上がると同時に予鈴のチャイムが鳴った。
いい加減、この章もラストスパートに入って終わらせたい。