心を通じ合わせよう
あと来年までにこの章を終わらせると言っていたのに、気付けば和暦も変わっていた事実。
山野瀬良の心の中は不安でいっぱいだった。
自分の想いがあまりにも抑えきれず、期待半分、諦め半分のつもりで恋愛相談部に行ったつもりだった。
この抑えきれない気持ちが「あわよくば……」とも思った。
誰かに諦めるように強く言われて諦めるのもありだと思った。
けど待っていた結果はそのどちらでもなかった。
「……はぁ」
諦めさせてくれるわけではなかった。きちんと問題に向き合ってくれるのは嬉しい。
でも、その結果はお世辞にもいいとは言えない。
自分の所為でうまくいっていないというのは百も承知だ。
稲葉二三也くんを前にすると、どうにも気持ちが昂ぶって気付けば自分でも驚くくらいに暴走している。
だから、恋愛相談部の皆を責めるのは見当違い。そんなのわかってる。
だからといって不満が何一つもないと言えるほど彼らを信用できていないのも事実。
結局は赤の他人の恋愛模様を楽しんでいるだけ。そう思っている自分がいる。
「あれ? 山野さん?」
廊下でぼうっと考えていると、ふと後ろから名前を呼ばれた。
振り返ってみるとそこにはちょうど話に出ていた恋愛相談部の一人の明人くん。
と。
「ふ、二三也くん!?」
「あ、やっぱり山野さんだ」
一瞬で頭の中が二三也くんにいっぱいになる私に、二三也くんは優しく笑いかけてくれる。
あのときと同じように。
「どうしたの? こんなところで?」
「え、えっと。その……」
ここで会うのはすべて計画通りだったから、とは言えるわけがない。
「二三也くんはどうしてここに?」
答えたくないときは質問で返すしかない。
頑張ってひねり出した質問はこんなものでしかないけど。
「ん。ちょっと明人に用事があってね」
「そ、そうなんだ」
これも恋愛相談部の予定通り。明人くんが二三也くんに用事で来させるようにする。
人は自らの行動を疑うことはしにくい生き物だ。だから誘導されていることにも気付きにくい。
志賀くんの理論とその正確性は先輩の私の予想をはるかに超えている。
手順通りに明人くんに目を向けてみると、明人くんはキョトンと首を傾げる。
彼も彼だ。どんどん演技がうまくなっている。
「あ、二三也さん。僕この後移動教室なので」
「お、そうか。サンキューな」
明人くんが自然な振る舞いで私達を二人にすると、どうにも気まずい空気が流れる。
自分を必死に暴走させまいと今はなんとか理性を保っているけど、おかげで話すことができない。
どうしたものか。
「そういえば瀬良さん」
そんなことを考えていると、二三也くんが機転を利かせてなのか話しかけてくれた。
それだけで暴走を制御している歯車が外れそうになるが、グッと堪える。
前まではこんなことできなかっただろう。
良くも悪くも恋愛相談部のおかげでかなり二三也くんを前にするのが慣れてきたのだと思うと、やっぱり彼らは悪くはないのだろう。
「聞いたよ。恋愛相談部に通っているんだってね」
「……え?」
その名前が二三也くんの口から出てきたのはかなり予想外だった。
そんなの私が知る計画の中にはなかったはずだ。
「明人から聞いたよ」
「え、えっと……」
「相手が誰かはさすがに教えてくれなかったけどね」
当たり前だ。
それがはっきりされてしまったら、それこそ私は負けてしまう。
うすうす……いや、はっきりわかっていた。自分では彼女には勝てないと。
「明人が言うには部長に口止めされてるらしいね」
「あ、あはは……」
なんてことをしてくれたんだろう。
こう言ってはアレかもしれないけど、恋愛相談部に行ったなんて誰にも知られたくなかった。
そんなうさんくさい所に行ったのか、と。そう思われてしまうから。
「だからなのかな?」
「……」
「様子がおかしいように思えたからさ」
「……ッ」
あぁ。ダメだ。ダメだった
「俺の前でなんというか……不自然だったっていうか」
気まずそうに私から目を逸らす二三也くんの言いたいことが手に取るようにわかってしまった。
その目を逸らした視線の先に彼女がいることくらい、私から直接見えなくてもわかる。
どれだけあなたを見てきたのか。
どれほど彼女を邪魔だと憎み、嫉み、そして憧れ羨んだか。
「ワリィ。明人から言われなくてもさ。なんとなくわかっちまってよ」
二三也くんが私に深く頭を下げるのを見て、思わず涙が出そうになった。
こんな最後になるなんて予想していなかったし、なってもほしくなかった。
「俺さ……」
「……っ」
一拍置いて、二三也くんが「その言葉」を口にしようとした。
その時だった。
「あ! 瀬良先輩、ちょうどいいところに!」
横から私を呼ぶ声に「その言葉」を聞く前にそっちを見てしまった。
「月葉、さん?」
廊下を走らない程度に向かってきたのは真っ白い天使のようなアイドルだった。
でも、これも予定にはなかったはず。
「慶喜くんから指示の変更です」
そう耳元でささやいた彼女に驚いたのはもちろん私だけじゃない。
「え、えっと君は……」
「あれ? なんですか。この状況?」
月葉さんは私と二三也くんを見て明らかに戸惑っている様子を見せる。
戸惑っているのは私達だというのに。
「とにかく慶喜くんが昼休みに部室に来てって言ってましたよ」
「え? でも、今……」
「うん。だからこれはなに?」
何が起こっているのか本当にわからないといった様子を見せる月葉さんに、こっちも戸惑いを隠せない。
「そろそろ授業が始まりますので失礼しますね」
呆然とするこっちを置き去りに、そう最後に言い残した月葉さんの背中を私達は見送ると。
「なん、だったんだ?」
「さ、さぁ? なんでしょう?」
私達は初めてそこでお互いの目を合わせて微かに笑ったのだった。
久し振りすぎて書き方を忘れている今日この頃。