作戦通りにやろう
もはや餓死寸前とも言えるようなガチな目で二三也の下へと走って行く瀬良を見て、慶喜が投げやりに頭を抱えた。向かいに見える月葉も、いかにも最悪と言いたそうにため息をつきたそうにしているのが見える。
「えっと……慶喜君?」
慶喜の後ろから心配そうな声をあげた美優へ慶喜はまったく目を向けず、あくまで走る瀬良を見ながら言った。
「今更出て行ったところで間に合わねぇだろ」
『本当に大丈夫かな?』
「大丈夫、と信じてやりたい。明人がなんとかしてくれることを願ってな」
電話を通して話しかけてくる月葉にも返事を返すと、慶喜は真剣な表情でその成り行きを見守ろうとする。美優に押されたのか、もしくは不安からなのか、慶喜の身体は前屈みになっていた。
そのおかげか、少し騒がしい周りの会話がまったく気にならず、瀬良と明人の声が微かに聞こえる。
――あれ? もしかして二三也君!? ……と、明人君。
――ん? えっと……アンタは確か……ん? 俺っていつ名前……
――せ、瀬良さん! 奇遇ですね、こんなところで!
――奇遇? ……まぁ、そうだな。
「いきなりやらかしやがった……!」
「これは私でも疑っちゃうなぁ」
『これ……大丈夫かなぁ?』
陰から見ている三人が揃って膝を下げた。
「どうしていきなり二三也の名を呼んだっ。お前はまだ知り合ったばかりの設定だろうがっ。あんなに打ち合わせしたよなっ」
「明人君の名前が完全に後付けされていたしね」
『そんな明人君もいきなりの瀬良先輩の失敗に誘われてしまいましたね』
「学校の前で奇遇なんかあるかよ。よくあることでもないが珍しいことでもねぇだろって」
だが、明人の方はまだ違和感程度にしか思われていないだろう。挽回の余地は全然ある。
瀬良先輩のはそうはいかない。
明らかに二三也にとっては「まだ自分より親しいはずの明人」への対応がおかしかったことの方が気になるだろう。現に、眉をハの字にして何かを考え事しているようだ。
なんとかしてごまかせ、明人。
そんな慶喜の考えが伝わったのか、明人は二三也の肩を軽く叩いて、
――ぼ、僕を通して名前を伝えたんですよ。それに瀬良さんは顔と名前をすぐに合致させるのが得意なんですよ。
――へぇ。俺なんかなかなか覚えられなくて大変だっていうのに。すげぇな。
――そ、そんなことないですよ! 二三也さんの方がもっと……!
――た、立ち話も何ですし、歩きながら話しませんか!
――お、おう。そうだな。
怪訝な顔をして歩き始める二三也に、やけに笑顔でいる瀬良。そして、そんな二人を疲れた顔で見る明人。誰がどう見ても、ただの友人関係とは思えない。周りの生徒達がそんな三人の様子を怪訝そうに見守っているのがその証拠だ。
すると、明人がハッとしてチラリと慶喜へと顔を向けた。
「わかってるっつうの」
言われるまでもない、と慶喜はポケットから携帯を取り出すと、もしものときのためと連絡を交換しておいた瀬良へと電話をかける。
電話の音に気付いた瀬良が、携帯を取りだしてその画面を見ると何のためらいもなくボタンを押した。
「――あんの野郎……!」
しかし、電話をかけたはずの慶喜がなぜか怒り出し、普段ですら言うことのない暴言を瀬良を見ながら言った。
「ど、どうしたの?」
「着信拒否しやがった」
「えぇ!?」
一体何のための連絡交換だったのかと思うほどの堂々としている瀬良は、今の電話をただの広告メールだと今以上に完璧な演技をした。
「メールはどう?」
「無駄だろうな。迷惑メールに設定させられるだけだ」
「……どうするの?」
「わかっていたらこうやって話す前に行動に移している」
とりあえず明人に拒否されたことを簡単にメールで伝えると、明人はもうどうしたものかと焦り始めた。
助け船をあちらが求めていないのであれば、もはや救助の方法などない。
「……終わりだな」
「も、もう少しだけ頑張らせてみたら?」
「それはあのクズ先輩次第だ。疑われる前に明人だけは逃がす必要がある」
「クズって認定しちゃったよ……」
まだ先輩をつけているだけありがたいと思え、と言う慶喜だが、その前にクズをつけた時点で先輩として扱っているようにはどうしても思えない美優であった。
それはさておき。
慶喜が誰かに向けてメールをしたと思ったら、今度は先ほどまでの不機嫌モードではなくなぜかニヤリと笑った。
「こ、今度はどうしたの?」
「これで少しだけでも鬱憤が晴れるからな」
「……? それってどういう――」
美優が何かと尋ねようとしたところで、明人に異変が起きた。急に立ち止まったと思ったら、ある方向をずっと見続けているのだ。
その視線を追った美優と、明人の異変に気付いた月葉が見つけたのは一人の人物だった。誰かを探すようにキョロキョロと周りを見渡している。
「あれって……妹子ちゃん?」
「まぁ、見てればわかる」
そう言われて美優は妹子をずっと見ていたが、見るべき相手はそっちではなかった。
明人は突然妹子の下へと駆け出すと、大きく手を振った。
「ま、妹子さん!」
「ん! 誰か私を呼んだ気が! ふっふっふ。ついに私にもモテ期が……にょえっ!?」
明人を見つけた途端、身体を震わせ一目散に逃げ出す妹子を必死に追う明人。それはまるで女性恐怖症だった明人を追いかける女達と同じだった。
「嵌められたぁぁぁぁぁぁ!」
慶喜に嵌められたとすぐに気付いた天才は叫びながら走り去っていき、明人も負けじと追いかける姿を慶喜は口に手を押さえながら笑って見送った。
明人に取り残された二人と同じように、呆然とその行方を最後まで見送った美優は慶喜へと顔を向けた。同じタイミングで月葉からも電話がかかってくる。
言うことはやっぱり同じだった。
「『どういうこと?』」
ここまで笑う慶喜は珍しかったが、そんなことも気にならずに聞いたきた二人に慶喜は簡潔に返事を返した。
「あぁ、明人の奴は妹子のことが好きなんだよ。逆にアイツは苦手意識持ってるけどな」
笑う慶喜を見る二人はため息をつくしかなかった。