尾行中の雑談はやめよう
日は変わり、先日立てた作戦を実行する月曜日。
慶喜は要所要所に明人以外の恋愛相談部員を設置して監視する――予定だったのだが、美優が明らかに挙動不審であったことから、慶喜と美優は一緒に監視することになった。
月葉がそのことで「しまった。アイドルの仕事が裏目に――」などと言っていたが、慶喜は演技力が高いことの何が不満なのかと不思議に思っていた。
さて、それは余談であったのだが。
明人と瀬良も互いに準備を整え、あとは二三也が出てくるのを待つだけ。
そこで、美優が突然慶喜をハッとした様子で尋ねた。
「慶喜君、慶喜君!」
「うるさい。叫ばなくても聞こえる。バレちまうだろうが」
「今日って二三也先輩がそのまま帰宅するってことは、彼女さんも一緒なんじゃ……」
「それを俺が見落とすと思ってんのかよ?」
彼女持ちが久し振りに二人が一緒に帰れるチャンスを無下にするなら、どれほど楽なことだろう。そんなカップルは間違いなく続かないし、慶喜達がほんの少し介入するだけで瀬良をくっつけることは余裕であろう。
「彼女が邪魔なら消せばいいだけだろ」
「消す!?」
物騒な言葉に美優が慶喜から珍しく距離を取る。まさか慶喜が瀬良のような考えに染まってしまったのではないかと本気で心配する。
「比喩じゃねぇよ。その場から離れさせるんだよ」
「どうやって?」
「もう手は打ってある」
「え?」
「ほら来たぞ」
慶喜が校門を指差すと、二三也が一人で門をくぐったところだった。
「どうやったの?」
「まぁ、ちょっとある人に手伝ってもらってな」
「ある人?」
妙な言い方だと思った。
慶喜は基本、人を呼ぶときにある人なんて少し丁寧な言葉は使わない。最低でも、同年代の人を呼ぶときの言葉ではない。使うとすれば年上であると考えられるが……。
「もしかして倉間先生?」
「あの人は俺に貸しを作りすぎているからな」
「……何か慶喜君が借金取りに見えてきた」
「俺は人に金は貸さない主義なんだ。逃げられたら面倒だからな」
何はともあれ、予定通り二三也が一人で出てきた。
ここからは明人の演技力と瀬良の適度な頑張りに任せるしかない。正直、慶喜としては瀬良が出しゃばらないか不安でしょうがないわけだが、そこは祈る以外の方法はない。
「俺は神に頼ることはそうそうしたくないんだけどな」
「どうして?」
「神に責任を押しつけているようにしか思えないからだ」
そうこうしているうちに二三也がどんどん前へと進んでいく。
そろそろ明人の出番だろう。
慶喜が明人に顔を向けると、明人はその意味をすぐに察し頷いた。
月葉を見てみると、確かに目は合っているように思えるのになぜだろうか。慶喜は睨まれているような感覚がした。
「……ごめんなさい」
後ろで美優が突然申し訳なさそうに謝った理由を考える前に、明人も校門から出た。
さっきからずっと携帯ばかりをいじっていたので、誰もそれを変とは思わない。さらに、校門を出た後も携帯をずっと見ているので、二三也を追っているようには見えない。これも全部慶喜の指示のおかげだ。
携帯を見ながらだが、明人の足取りは二三也よりも速く、少しずつ距離が縮まってくる。
そうして機を見計らって――
「あっ」
と、いかにも偶然を装って二三也を見つける。
「それにしても演技力高すぎねぇか」
「自然すぎて絶対わからないよ、こんなの」
明人の意外な才能に驚く二人であったが、明人は二三也に駆け寄って近づくと、二三也もそれに気付いて後ろを振り返った。
ほんの少しその場で会話を交わすと、驚くほど自然に二人で帰り始めた。
「コミュ力高い同士が会話するとこうなるのか……」
「慶喜君はできないの?」
「下校は黙って速やかだろ」
「避難訓練みたいだね……」
「そういえば何かあったな。あれだ……はだか?」
「え……」
いきなり何を言い出すのかと顔を真っ青にした美優に慶喜が「違ったか?」と首を傾げた。
「速く、黙って、駆けない。じゃなかったか? 避難訓練の三大注意事項みたいなやつ」
「ふ、普通は『おはし』とか『おかし』、最近は『いかのお寿司』っていうのもあるらしいけど」
「いかのお寿司? い……、今を大事に? か、駆けない。の、野放しにするな。お、は押すなだな。す? 座るな? し……は静かに?」
「あ、あれ? 違ったかな?」
どうもピンとこない二人は揃って首を傾げるが、そこで突然慶喜の携帯が鳴った。
「月葉?」
携帯を耳に当てると同時に月葉を見ると、
「瀬良先輩はまだ?」
と、顔は笑っているのに、声はまったく笑っていなかった。むしろ、顔だけが笑っているので逆に怖い。
「悪い。ちょっと馬鹿な話をしてた」
「私語厳禁」
「悪い」
ガチなトーンに慶喜も素直に反省すると、美優も後ろで月葉に何度も謝った。明人は疑われていないが、慶喜と美優はもはや道行く人にバレバレだ。
不幸中の幸いとしてそれが尾行とまでは思われていないことだ。奇跡と言ってもいい。
「それじゃ……」
慶喜が申し訳なさそうに瀬良に合図を送ると、待ってましたといわんばかりの速度で二三也へ走って行った。
不安になる慶喜の耳へ「最悪だし」という月葉の声に、慶喜は何も言えなかった。