解決しよう
「…………ふぅ」
前々から読もうと思ってずっと読めなかった本をついに読み終わると同時に、明人の相談の後ろで行われていた相談の疲れを取るかのように息を吐いた。
(……そろそろか)
あれから晴海と暗地を呼び出して、その放課後明人の相談を解決し終わった慶喜だが、実を言うとまだ一つだけ解決していなかったことがあった。
慶喜が時計を確認すると同時に、少し強めに部室のドアが叩かれた。
「入ってくれ」
「……おう」
少し不機嫌な様子で入ってきた人物は本来この部室に来る人物ではなかった。
その人物は相談を慶喜にしていないから、という単純な理由だ。
「一体何の用だ」
慶喜に明らかに敵意を見せるその人物は、そう言いながら慶喜の反対の席に座った。
「言っただろ? お前にとっては悲しくも嬉しいことを言うって」
「早く話せ」
急かすように慶喜に言った人物の名は西山延寿。慶喜を他の生徒達とは違う意味で嫌っている人物だ。
そんな延寿に慶喜は先日家で書いた関係図を見せた。
「これが今回の騒動の関係図なわけだが。何か思うことはあるか?」
「……そうか。バレちまったのか」
「どっちの意味でだ?」
「……どういう意味だ?」
互いの鋭い視線がぶつかり合う。
しばらく火花を散らしていた二人だったが、先に折れたのは慶喜だった。いや、動いたのは慶喜だった。
「これは確かに文化祭で発表する劇の設定だ。それは間違いないだろう」
そして。
「劇を上手い具合に完成させるために、俺に内緒で相談して解決を向かわせた。これも間違いない」
だが。
「一つだけ気になったことがある。別に大したことでもないと思っていたが、今になってみればこれは一番見なければいけないことだった」
それは。
「この作戦を誰が最初に始めたか、だ」
「ッ……」
延寿は明らかに知られてはいけないものを知られてしまったことに顔を歪めてしまった。演劇部と言っても高校に入ってからまだ二ヶ月も経っていない。三人とも演技はまだまだだな、と慶喜は心の奥で笑った。
「これはすべてお前が起こしたことだ」
「……ああ」
延寿は顔を背けてそう言ったが、耳が赤くなっていることは慶喜から丸見えだった。
「これはお前が起こした問題だが、実行したのは敬一だった」
この相談は無駄だった。だが、無視しなくてよかったと慶喜は思っていた。
「お前、本気だったんだろ?」
「あぁ」
はっきりと答えた。
「お前の敬一に対する思いは本物だった。お前は本気で敬一に告白したんだ」
最も簡単だと思っていた課題『敬一と別れてほしい』。この課題だけが慶喜が本気で取り組まなければいけなかったことだった。
と言っても、この依頼を受けた時点ではもう遅かったわけだが。
「もともと演劇の設定は出来ていた。お前がそのとき何を思ったのかは俺にはわからないが、結果的にお前は敬一に告白した。敬一はその告白を利用して劇の展開を考えようとした。もちろん、利用したとはアイツは考えていなかったんだろうが」
それでもきっと延寿はわけがわからなかっただろう。
告白した相手がいきなり違う男のところへ行ったのだ。自分の告白の答えも言わずに、だ。
「大分後になってから状況に気付いた。それが俺に関わってきたときだ」
敬一と一子が言ってきたのか、もしくは二人が話しているのを聞いてしまったのか、それはわからない。しかし、どちらにしても今がどんな状況だったのかそのときに知ったのだろう。
だから、慶喜が風邪だとわかった途端すぐに手を引いたし、そのあと慶喜が緒矢倉に絡まれていたときに美優と月葉の会話が聞こえてきたが、あれはおそらく美麗唖の仕業だろう。
美麗唖が隠してきたはずの相談を知っていた理由はおそらく延寿だ。
延寿が美優や美麗唖と同じクラスであることはもう調べてあった。
「俺はアイツら二人に人の気持ちを察せ、と言ったがきっとアイツらはその意味をわかっていないだろう。だから、今がチャンスだ」
「……」
「今なら、お前の告白はなかったことにもできる。いや、今はなかったことになっている」
だから慶喜は二人に怒りを覚えたのだ。
延寿が並大抵でない覚悟を持ってした行為がまったくなかったことになった。人の気持ちを踏みにじるような行為をあの二人は慶喜はまだしも延寿にしたことが慶喜は許せなかった。むしろ、許せる人がいるのだろうか。
しかし今、奇しくも一子の依頼を果たせる状況となっている。
「今の関係を壊したくないのか、はたまた自分の気持ちを通すのか。どちらにしても今がチャンスだ」
「……違ぇな」
「ほう」
慶喜が好奇の目で延寿を見た。
「ある意味よかったし悪かった」
「なるほどな」
「今、俺が告白しても脈なしということがわかっちまった。振られる前から答えがわかっちまったからよくもあるけど悪くもあった」
となるとやっぱり。
「今はまだこの関係を続けることにする。けど、諦めたわけではない」
「アイツらにはもう来るなと言ったが、お前には言っておく。困ったら相談に乗る」
「やなこった」
わかりきったことを言うな、と笑って席を立つと、延寿は部室のドアに手をかけた。
「俺はお前が嫌いなんだよ。敬一抜きでな」
お前のその上からものを言う態度が気にくわない、と最後にそう付け足すと延寿は慶喜が何かを言う前に部室から出て行った。
「……ふぅ」
誰もいなくなった部室で慶喜は大きく背伸びをすると、
「……はぁ。帰るか」
そう言って部室の鍵を閉めて退室した。
ついに第四章が終わりました!
次は待ちに待った『華麗さん』の登場です!