ときには怒ろう
二週間ぶりですね……。
死のウィークから帰ってきた甲田拓秀です……。
昼から夜までバイト五連勤。もはやバイトではなかった……。
皆さん、スーパーやファミレス、コンビニなどでは気を付けてください。
バイトの皆はきっと皆さんが浮かれている間、地獄の中からあなた達を見ていますからね?
次の日の昼休み、慶喜は宮望にラブレターを書いてもらった教室に敬一と一子を呼び出した。
二人は互いを見て首を傾げていたが、なんとなくは掴めているのだろう。
「どうしてけーくんが?」
「そういう一子こそ。これはどういうことだよ、よしのぶ」
「あれ? けえきじゃなかった?」
「どっちでもねぇ」
(そういえば二人は間違った名前を覚えてさせていたんだったな)
だからといって、今更訂正する気もない。どうせすぐにこの相談は終わる。
「お前達の相談についてなんだが」
「おっ、遅かったな!」
「これでも相当早いほうだと思うがな」
いろいろ遠回りをしたのではないかと思うが、慶喜以外であればもっと時間を有していたかもしれなかった。
「最初に言っておく。今度からこういう相談は絶対に受け付けない」
「なんでですか?」
「お前達が一番わかっているんじゃないのか?」
「……?」
互いの顔を見て首を傾げる一子と敬一に「まぁいい」と慶喜はため息をつくと、敬一を見た。
「告白の返事なんだが」
「おう」
「……」
「……? どうした?」
「……いや別に」
さっきから何かを窺っているような慶喜の様子をますます怪しむ二人だったが、相談に関係のあることなのだろうと深く追求しなかった。
「お前自身はどう思っている?」
「俺は……ほら。やっぱり……な。普通がいいというか……」
「ならきっぱり断れ」
「……え、それだけか?」
「それだけだ」
むしろそれ以外どんな返事があるのだろうか。付き合いたくないのなら、そうする以外方法はない。
「他に何かあるだろ! 諦めさせる方法ってのは!」
「諦めさせる方法なんて結局はそれ一つしかねぇよ」
どんな過程を通っても、最後はきっぱりそのことを言うしかない。それで、前の関係に戻れないとしても、それは相手も重々承知のはずだ。
「そもそも元の関係になんて戻れるわけねぇだろ。事実をなかったことになんてできるわけねぇんだから」
「で、でもよぉ……」
「……これでいいか?」
「え?」
そう言って突然慶喜は一子を見た。
「これが俺の答えだ。元の関係には戻れない」
「な、何言っているんですか!? それじゃ、私の相談は……!」
「『私』のじゃないだろ」
「な、何を……」
「『私達』の……だろ?」
「っ……!?」
信じられないものを見るかのように慶喜を見る。
「元々の関係がわからなくては、元々の関係を維持することは出来ない。当たり前のことだろ」
「ならもっと具体的に言えばいいのかな? 私達の関係は……」
「幼馴染み、だけでは意味ないぞ」
「え……」
「……はぁ」
(こいつらは決定的な勘違いを起こしている)
「幼馴染みの関係だけじゃわかんねぇだよ。本当の関係というのはな」
「ど、どういうこと……ですか?」
「例えば、俺とお前達の関係をなんて言う?」
「そりゃ、あれだろ。相談者とその……なんだ。何て言えばいいんだ?」
「確か……被相談者でよかったはず」
「それ以外ならあれだな。同級生ってところだろ」
「うん。そうだと思うけど……」
「どっちでもいいが、それだけで俺とお前達の関係の詳細を語れるか?」
「それは……」
語れるはずがない。語れてしまったらそんな関係が続くことはない。
「つまり、本当の関係なんて聞いてわかるもんじゃないってことだ。こう言ってはなんだが、見て感じる。それ以外方法はない」
百聞は一見にしかず、とはちょっと違うがそれと似たようなものだ。
「だから俺はずっとお前達を観察してみたわけだが」
風邪のおかげで詳細まではわからなかった。しかし、なんとなくの違和感を感じ取ることはでき、癪ではあったが美麗唖からのヒントで慶喜は全てを知ったのだ。
「お前達には確かな関係はある。だが、それは幼馴染みなどではない」
確かな関係はあった。一子が敬一を『けーちゃん』と呼ぶ仲だ。ないはずはない。だから関係は間違いなくあった。だけど、慶喜の目には関係がないように見えた。それは慶喜が想定していた、聞かされていた関係ではなかったからだ。
「お前達の相談は幼馴染みに関する相談ではない」
慶喜は昨日調べてきたホームページのコピーを二人に見せるとこう言った。
「お前達は俺に演劇の台本を作らせていたんだな」
「「っ……!」」
昨日慶喜が調べたのはこの学校の公式ホームページ。
そこにはたくさんのことが書かれていたが、慶喜が調べたのは美麗唖に言われた文化祭のことだ。
毎年数多くの文化部が催しをしており、中でも人一倍大々的に宣伝されていたのは演劇部だった。
しかし、文化祭まではまだ遠く、宣伝されていたのは去年のことだったのだが。
「演劇部のことなんてよく知らねぇが、俺の予想だとお前達だけなんだろ? 今年の部員は?」
「……なんでわかった?」
「お前達が演劇部であることに気付いた理由としては、それ以外考えられるものがなかったってだけだ。お前達しか部員がいないことに関しては、それでなくては動機がないから。簡単だろ、これくらい」
「……そう、か」
敬一はバレてしまった以上隠すつもりがないのか、両手を挙げて降参の意を示した。
「恋愛ものにすることだけはもう決まっていたんだ。だけど、ハッピーエンドで終わる方法が思いつかなかった」
「だから俺に頼ってきたと?」
「言っておくが俺は断ったんだぞ?」
「何をだ?」
「延寿の誘いを、だ」
「……」
その言葉に慶喜が一瞬だけ僅かに眼を細くしたのだが、敬一と一子はそれに気付かなかった。
「アイツが最初に俺にいきなり言ってきて、練習やらなりきりやら言ってきて、お前に相談してみろってよ。悩んでいたところに、お前が依頼を受けていたところを見ちまってつい……」
「……はぁ」
慶喜は敬一の告白を聞いて静かにため息を吐いた。
「とにかくだ。俺の答えはこれで終わりなんだがよ」
「……おう?」
自分のすぐ前に歩いてきた慶喜を不思議そうに見る敬一だったが、慶喜は突然敬一の胸ぐらを掴んで言った。
「くだらねぇし、俺が受けるべき相談でもねぇものを勝手に相談してんじゃねぇ!」
「な、なんだよ! そんなに怒るなよ!」
突然顔を真っ赤にして怒鳴った慶喜に半ばキレ気味に敬一はそう言ったが言っていることは間違っていない。
だが、慶喜の怒りは収まらなかった。
「俺が一番言いてぇのはそこじゃねぇ。いいかよく聞きやがれ」
慶喜は敬一の目を真正面から睨みつけると、
「人の気持ちがわからねぇ奴ほど最低な奴はいねぇ。これだけはよく覚えておけ」
「わ、わけわかんねぇよ……」
慶喜は舌打ちをすると、手を離し踵を返した。
「今からそれを晴海に教えてやる」
そう言った慶喜の背中を一子と敬一は不審者を見るかのように見送った。