2.ダイエット、とのこと
「江蓮、夕食はそれだけかい?」
穏やかながらもどこか威厳を感じさせるお父様。顔立ちは端正で品の良さがうかがえ、引き締まった風貌からは意外なほどに優しい声。メイド達がきゃあきゃあと騒ぎ立てるのも頷けますわね。
「エレンちゃんったら、おやつも食べないって……やっぱりお昼に頭を打ったときにどこか具合が悪くなったんじゃ……」
日本人離れした彫刻のように丹念に刻んだような美しい顔立ち、銀色の絹糸のような髪の毛はお母様が動くたびに煌めいていますわ。
ロシアの女性は劣化が早いと聞きますが、ロシア人であるお母様をみると思わず首をかしげてしまうほど変わらず美しいですわ。
きりっとしたつり目と整いすぎた顔立ちが合わさり隙の無い印象を与えてしまいますが、コロコロと変わるお母様の豊かな表情がそれを和らげています。
「江蓮、しょくごのケーキは食べるのか?」
眉をひそめながらそわそわとしているお兄ちゃま。お父様譲りの引き締まった風貌にお母様の目元が遺伝し、6歳にしてどうしても冷たさが拭いきれない大人びた整いすぎた顔立ち。聡明な印象を受けますが、注射が嫌いという私に「先に麻酔を打てば痛くないんじゃないか?」と提案するあたり、まだお子ちゃまなのだと安心できますわ。
「えれんはもう、おなかいっぱいなだけでしてよ!」
そして、顔立ち以前にどうしても体型に目がいってしまうほどの肥満児の私。
女の子はコロコロとした方が可愛いと周りは言うけれど、そんなの今だけで年を重ねるごとに悲惨な状況になるのは目に見えてますわ!
私の風貌はお母様譲りらしく、それは透き通るような白い肌と銀色の髪に氷のような釣り目がそれを証明してくれています。
痩せれば美しくなることは目に見えているのですから、今まで見境なく食べていた分、ここで我慢しなくては!
「ダイエットだなんて、江蓮お嬢様もやっぱり女の子ねえ。好きな子でもできたのかしら?」
「やっぱり従兄弟の……あらっ! 江蓮お嬢様!」
ニッコリと微笑むとメイド達は何事も無かったかのように持ち場の掃除に戻っていきましたわ。
ダイエットのことは寡黙な料理長にしか言ってなかったのだけれど、ダイエットを決意してから一カ月。此処まで広がるなんて、やはり見た目が著しく変化したからですわね。
ふふん、と鼻を鳴らすとそれまでは豚のようでしたが、ようやく気取ってる淑女に見えてきましたわ! やったわ!
「……江蓮!」
物陰からコッソリと顔をお出しになったのはお兄ちゃま。
毎度の用件はわかっていますし、それに対する返答も決まっているのですけれど。
はあ、とため息を漏らしてまたいつものように返事をいたしました。
「おかしならたべませんことよ!」
「今日は黒豆だ!」
「えっ……くろまめも……たべませんわよ……」
そう言うと途端にしゅん、とうな垂れたお兄ちゃまはとぼどぼと自室にお帰りになられました。
……か、可哀想ですけど、仕方ありませんわ!
兄である伊織お兄ちゃまはこの家……もとい江戸時代から続く和菓子屋の老舗、鳳屋の5代目跡継ぎですから、 その為にお菓子作りに励むのは良いことだと思っていますけど食べさせる相手を間違ってませんこと?
理由を聞いても、「率直な味の感想を言ってくれるのは江蓮しかいないんだ」と一点張り。
確かに、つかえてる使用人達も多少気になるところはあっても美味しいと言うでしょうし、料理長であるコックは寡黙な方であまり口を開きません。
お父様もまだ子供だからと食べても意見しませんし、お母様なんて絶賛の嵐で一口食べただけでもう店に出そうという勢いなのですから、私が選ばれるのは当然といえば当然なのですけれど……。
「くろまめだなんて、とうしょのもくてきを失ってますわ……」
泣きながら自室で黒豆を食べていたお兄ちゃまに、低カロリーなスイーツならと話を持ちかけたのは、それから2分後のことでしたわ。