牧草地で
普通のゾンビ小説とは一味違う作品です。
最後には想像を絶するラストを用意してあります。
アメリカ南部、とある片田舎。
辺りがすっかり暗くなった頃に酒屋から帰る途中の未亡人は去年亡くなった夫の代わりに人肌で温めてくれる男がいないかと、酒屋に行って無駄に金を使ったことを後悔していた。
正直、夫のことなどどうでも良かった。酔えばすぐに暴力を振るうし夜に彼の体を求めても何の反応もしない。すっかり冷え切った夫婦仲だった。
夫が死のうが死ぬまいが別れることは避けられない事実だっただろう。むしろ死んでくれて楽に他の男のもとに行ける。
だが未亡人の需要に関する世間の見解は厳しいものだった。酒場の誰一人として彼女を相手に話す者などいなかったのだ。
唯一、ウエイターが注文を承ったくらいであった。
残酷な事実に気づき、未亡人はやけ酒をしたお陰ですっかり酔ってしまった。
いつになっても女性は美しくありたいと願うものだが、そんなものは幻想だと40を過ぎて痛感した。
今ではただの酔っ払いだ。働ける歳ではあるが、未亡人は生きる意味を半分失いかけていた。
泥酔した脳に自殺という選択肢が一瞬よぎったが、男に相手にされなかっただけで自殺とは情けない。
仮に自殺しても世間は夫に先立たれたショックで、などと勝手に解釈するだろう。
家まではさほど遠くはないし歩いて帰れるだろう。とりあえず今日は寝てこれから考えねばならないことは明日ーーーーーー
と、未亡人が考えた時視界に何か動くものを捉えた。
右手に広がる牧草地。牛の糞の匂いが漂うその草地の中に何かが立っている。
人....だろうか?
先ほど若干ではあるがネガティヴな考えを改め、少し明るい気分になった未亡人は酒がもたらす高揚感も手伝って「何かお困り?」とその人間に話しかけた。
暗闇の中でその人影は何も言わなかったが突然、その場にしゃがみ込んだ。
お腹でも痛いのかしら、と未亡人は考えその人影に近づいていった。
「あの、大丈夫で....」全部言い終わらないうちに未亡人は異様な"音"に気がついた。
クチャクチャと何かを食べるような音、加えてその人影が腕を上下に動かし、何かを掴んでは口に運んでいる。
更にツンと鼻を刺激する鉄が錆びたような変な臭い。
この臭いは.....
未亡人はすぐに気がついた。
「血....」
その瞬間、頭の中で目の前の状況が整理できた。
常識外れのことが起こっていることはすぐさまわかったがそれを受け入れる過程で未亡人は尻餅をついてしまった。
その事を受け入れ、完全に理解した時未亡人は体が金縛りにあった様に動かなくなるのを感じた。
これは恐怖によるものだった。
酔いはとうに吹き飛んでいたし冷や汗が全身から流れ出る。
人影がゆっくりと立ち上がった。
ほのかな月明かりに未亡人を見下ろしている人影の顔、人影の足元が照らされた。
口元が赤い血で染まっている。未亡人を見ている目は口元の血と同じくらい赤く充血している。髪の毛はほぼ抜け落ち、蒼白な顔色であった。恐らく男だろう。
足元にある物は何か分からなかったが、少なくともこれは肉塊だ。
その肉塊は人間なのか、平和に草を食んでいた牛なのか。
そこまで考えて未亡人の思考は停止した。
肉塊を食っていた男が未亡人の喉元に噛みつき、そのまま引きちぎったからである。
喉元から溢れ出る血を感じながら未亡人は息絶えた。
未亡人の人生は当たり障りない平凡な人生だったが、その終焉は明らかに異常だった。