よくある話
ツイッターでの企画「君と夏祭り」への参加作品です。
クラスメートが急に夏祭りに誘ってきた。あたしは、何度か断わったのにやたらしつこく誘う。たぶん、何か意地の悪いことを企んでいるのだろう。そうでなければ、あんなにしつこくしない。だから、それをふまえた上で、仕方ないなという態度で了承するとにんまりと笑っていた彼女。ああ、こりゃ絶対裏があるなとあたしは思った。
そして本日が約束の日。浴衣を着て神社に集合ということで、あたしは黒地に白い牡丹柄の浴衣を着て出向いた。そこには誰もいない。約束の時刻ちょうどにたどり着いたが。誰もいない。
(ほらね。いやがらせだ)
そう思っているとごめん遅れたといって、境内に数人の男女が現れた。あたしを夏祭りに誘った柿崎香奈とその知り合いらしい男女が七人。
「待った?」
「別に、時間通りについたよ」
あたしはいつものように愛想なく答える。
「おお、蔵沖ちゃん。浴衣似合うな」
そう言ったのはクラスでもお調子者で通っている葛葉陽介だった。そりゃ、どうもと無愛想にこたえると、彼はなぜかいつも以上ににやにやとしていた。
「それじゃあ、行こうか」
そういって柿崎はなぜか、神社の裏へと足を向けた。祭りの会場はそっちではないので、指摘するとまあまあと言いながら、あたしの手をつかんで引っ張っていく。他の連中もにやにやとしながら、あたしを取り囲むように歩いた。
(何やらかすつもりだろうか)
あたしは逃げ場もなく、仕方なく手をひかれていく。神社の裏にはさらに細い階段が山の上に伸びている。確かここから先が本殿だ。かなり急こう配の階段で幅も狭い。境内の大きな建物は、拝殿だからだろう。本殿に行くのはほとんどが氏子だ。
「本殿のわきにお札のはってある祠があるの。知ってる?」
柿崎がにやにやしながら、そういうので知っていると答えた。
「なら、大丈夫ね。いまから二人一組にわかれて、祠の写真っとってくるの。ちょっとした肝試しよ。お祭りは明日もあるし、ね、面白そうでしょ」
あたしは、そうねと適当に相槌を打った。ようするに、あたしを怖がらせて笑いものにしようというそういう趣旨らしい。
「で、どういう順番で上がっていくわけ?」
あたしは面倒くさかったので、さっさと終わらせて帰りたかった。
「えっと……蔵沖さんは、葛葉君と組んで最後でいいかな?」
「いいけど、葛葉君はそれでいいの」
彼はもちろんと調子よく笑った。
(苦手なんだよなぁ……こいつ)
あたしがこっそりとため息をはくと、見慣れない男子と目があった。彼は無表情でこちらをみていたのでそっと近づいて何?と聞いてみる。
「似合うと思って」
「何が?」
「浴衣」
「そっちも似合ってるよ」
そういうと彼は少しむっとしたような顔でありがとうと言った。その表情でそれが同じクラスの水原直樹だと気が付く。いつもと雰囲気がちがったのですぐにわからなかった。そして、なぜかあたしは、彼が思っていたより背が高かったのだなと妙なところに関心が湧いた。浴衣も藍色に細い銀糸のストライプ。帯は墨染め。なかなか似合う。変に着崩さずきちんと着ているせいだろうとあたしは思った。
「じゃあ、ななちゃんたちから、三分ごとに出発ね」
ななちゃんと呼ばれた女子は、あたしから水原をひきはなすように鮮やかに彼の腕をとってつれて行った。入れ替わるようにあたしの隣に葛葉が立った。
「ここだけの話だけどさ。ななちゃん、水原狙いなんだぜ」
そうとあたしは短く答えた。誰が誰狙いだろうと別にどうでもいいのに。
「愛想ないなぁ。もっと笑ったりしたら可愛いのに」
あたしはへらへらと笑う葛葉を冷たい眼で見た。黒地に白い龍。黄土色の帯。如何にもやんちゃしてますって感じの浴衣をだらしなく着ていた。
「あれ?俺には似合うって言ってくれないの?」
「そうね、似合ってるわ」
あたしは投げやりにいう。葛葉らしくみっともない感じがよく出ていると言う意味では似合っているのだから、はやく言っておけばよかったのだろうか。
「あ、もしかして水原の方がよかった?」
「何が?」
「え、いっしょに祠いくの」
「別に。祠にいくつもりなかったからどうでもいいよ」
葛葉はふうんと目を細めた。そんな会話をしているうちに、柿崎たちが階段をのぼりはじめ、入れ違いのように最初の二人が戻ってきた。なぜか、ななちゃんはあたしを睨んでいる。
「時間ね。あたし、携帯もってきてないけどそっちは?」
「ああ、もってるから大丈夫、大丈夫」
葛葉はニヤニヤしながら、スマホを手にしていた。そうこうしているうちに祠を撮り終えた男女が下りてきた。柿崎たちが昇ってから、三分たったのであたしたちも階段を上っていった。途中で柿崎たちとすれ違う。なぜか柿崎は葛葉にがんばれっと小声で言ったのが聞こえた。登り終えて本殿にお参りしてから祠の写真を撮る。
「なあ、並んでとろうぜ。来た記念に」
葛葉は有無をいわせず、あたしの肩を抱いて勝手に撮影した。
「蔵沖……笑えよ。折角、二人きりなんだしさぁ」
葛葉の顔が間近にきたので、思わず身をそらし、葛葉の腕の中から体を逃がす。
「一枚で十分でしょ。降りるわ」
「なんだよ。やっぱり根暗女はノリがわるいよなぁ」
葛葉はいきなりあたしの手をつかみ引き寄せて抱きついたかと思うと、いつのまにスマホをしまったのか、空いた右手を浴衣の胸元に突っ込んできた。
「お、ノーブラいいねぇ」
あたしは何をされているのか、一瞬わからなかった。葛葉の手が胸をなでたときはじめて痴漢行為をされていることに気が付き、その手に爪をたてて睨んだ。
「何のつもりよ」
「何って気持ちいいことしようと思って。ひと気ないし」
そういいながら、手の動きをとめようとしないどころ浴衣用のスリップの中にまで侵入しようとした。あたしは思わず、葛葉の足を踏みつけた。
「痛ってぇ!!」
葛葉の手があたしから離れたので、乱れた胸元を掻き合わせて急いで階段を降りようとしたら、別の腕があたしの前のめりになっていた体をからめとった。それは水原だった。あぶないぞとあたしにいうと葛葉に向ってスマホをみせる。
「今、お前がした痴漢行為はばっちりとれたよ」
「な、何が痴漢行為だよ。蔵沖が誘ったんだぜ。同意で何しようと俺たちの勝手だろ」
水原はあたしをみて同意してないよなと聞く。あたしは、ただ震えながらうなずいた。
「本人も否定してるし、どう見ても無理やりだな。これお前の顔はしっかり映ってるから、親と先生に写メしとこうか?」
葛葉は、ちっと舌打ちする。
「消せよ!」
「認めるんだ?」
「わかったよ。そうです。俺が痴漢しました。いいじゃんか、胸ちょっと触ったくらい……」
「蔵沖は嫌だったんだろう?」
あたしは必死でうなずく。
「じゃあ、これを消すかどうかは蔵沖が決めろ」
「なんでだよ。認めたんだからもういいだろう!」
水原は、わめく葛葉に謝罪も反省もないといい、怖い顔で睨みつける。まるで幽鬼ように綺麗で怖い顔だった。あたしは、思わず見とれてしまった。葛葉の方は完全に戦意を失ったようだ。
「わ、わるかった。ごめん、蔵沖。もう、絶対あんなことしないから。消してくれるよな?」
「悪いけど、消さない。報復されても困るから。明日からいつもどおり、あたしに近づかないでくれたらそれでいいわ」
あたしは水原の浴衣の袖を強く握っていつもの口調でそう返した。葛葉はあきらめたようにわかったと言って一人、階段を下りて行った。
あたしは水原と二人きりになって、急に足から力が抜けた。よろけたあたしを水原が受け止める。葛葉とは違う意味で息が苦しくなった。
「ありがとう。助かったわ」
「いいよ。俺も下心あるから」
あたしは、どういう意味と聞き返す。
「俺が今日参加したのは、蔵沖と夏祭りに行きたかったから。だから、さっきの子にそのことを言ったら根暗同士お似合いだっていってた」
あたしは、なんだか思わずわらってしまった。水原は困ったように、あたしを支えていた腕をはなした。あたしはそれがちょっとだけ、おしいと思ったから言ってみた。
「今日はもう遅いから、露店まわれないけど。明日ならいっしょにまわれるよ」
「えっと……俺、蔵沖が好きだから。付き合ってほしい。露店だけじゃなくてこの先も」
あたしは、かなりドキドキしていた。だから、水原に背をむけて夜景を見下ろすようにいいよと答えた。
「蔵沖……助けたお礼とかじゃなくて……」
「ちゃんと付き合いたいってことでしょ」
「……うん……」
あたしの隣で困ったように水原が言うから、なんだか可愛い。あたしは、横を向いて水原を見上げた。
「大丈夫よ、意味わかってるから。水原君ほど好きかどうかわからないけど。付き合いたいと思うくらいには好きよ。これじゃあ、答えにならない?」
そういうと、水原は真っ赤になった。薄暗くて顔色何てよくわからないはずなのに不思議とわかった。
「じゃあ、今から送っていく。遅いし、彼氏だから……」
あたしは、また吹き出す。
「蔵沖……そんなに吹き出すなよ。俺、かなり必死だぞ」
「ごめん、悪い意味で笑ったんじゃないの。なんか、すごく可愛いとおもったから、ついね」
「それ、複雑」
「そう?」
いいけどといって水原はあたしの手をとった。
「嫌だったら離すけど」
「いいよ。彼女だし、家まで送ってくれるんでしょ」
その日、メアドと携番を交換して翌日の夏祭り最終日を二人で楽しんだ。そして、水原は笑うとむっとしたような顔になることをあたしは発見した。だから、誰も彼を避けていたのだと思うと、柿崎の仕掛けたいたずらは許せそうな気がした。もちろん、葛葉を許す気はないから、水原が撮った写メはあたしの携帯とパソコンに保存してある。何かあった場合の切り札だけど。たぶん、何も起こらないだろう。
(確かに仏頂面の水原と愛想のないあたしなら似合うだろう。だけど、かっこいい水原も、可愛い水原も知っている人間はすくないだろうな)
あたしはどうやら、思った以上に水原を好きになっているらしい。これは本人にはもう少し内緒でいようとあたしは思った。
(まあ、ピンチを救ってくれた相手に恋するなんてよくある話だけど)
案外、そんなもんでいいのかもしれない。恋は突然やってくるんだなとあたしは思った。
【終わり】
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