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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
三章 魔法使いとエルフの里
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第13話

 (ほうき)レース大会当日。

 スタート地点となるロアン中央の公園には、数年に一度行われる伝統の勝負を観戦しようと近隣からも多くの人間が集まってきており大きな賑わいを見せていた。


「準備はいいかい? ソラ君」


「はい。ばっちりです」


 エルメラが尋ねると、黒のとんがり帽子に同じく黒のローブ、そして手には鈍い光沢を放っている箒と完全に魔女の格好に身を固めたソラが頷いた。これが出場者のスタイルなのだ。


「ハハ。どこからどう見ても魔女だな。さすが魔導大国エレミアのお姫様。なんつうか板についてるよな。アンタが優勝したら、『魔女っ娘ソラちゃん』としてウチの新聞で大きく取り上げようか」


「本気でやめてください」


 真面目に仕事をしているところをほとんど見たことのない、自称セントラルポストの秘密兵器ことオスカーの冷やかし混じりの言葉にソラはウンザリと抗議した。

 ただでさえ、ナルカミ商会で密かに販売されていた『そらちゃん』の影響で初出場にも関わらずやたらと民衆から注目を浴びているのだ。


 しかも、それに加えて――


「会長、ご武運を! どうかケガにだけはお気をつけください!」


 時間の都合がついたナルカミ商会の社員が総出で応援に駆けつけ、何か音の鳴るやかましい小道具まで用意していて余計注目を集めているのだ。


 はっきり言って恥ずかしいから止めてほしいのだが、まさか『帰れ』とも言えずにソラは曖昧な笑みを浮かべるのだった。


「箒の感触はどうだ?」


「とても良いです。手にしっくりとくる感じで」


 アルマがぶっきらぼうに訊いてきたので、ソラは二日前に見繕ったばかりの箒を掲げながら答えた。

 これはアルフヘイムの里に長らく保管されていたもので、製作されてから百年近く経つという年季の入った代物なのである。


「当時最高の箒職人と謳われた人間の作だ。私が知る限りこれ以上の箒はない」


「随分昔に亡くなったが私と兄者に良くしてくれた老人が作ったんだ。きっとソラ君の力になってくれるだろう」


 どこか懐かしむような表情で箒を眺めるアルマとエルメラ。ソラの数倍生きている彼らにはそれだけの思い出があるのだろう。


「でも、魔導士が扱う箒の発祥地がこの国とは知りませんでした。だから箒レースが伝統になってるんですね」


「実際は諸説あるみたいだけどね。アルフヘイムの森には素材となるヒイラギの木が豊富にあるから一大生産地としてかつては名を馳せていたんだ」


 原材料となるヒイラギの木は一定以上の魔力を通すと浮き上がるという特殊な性質を持っており、大陸でも特定の森にしか存在しない貴重な樹木だが、加工が難しく職人も限られているため魔導士用の箒は結構高価な品なのである。

 なので、ひと昔前の魔導士たちにとっては性能やデザインに優れる箒を持つことが一種のステータスとなっており、競うように大枚をはたいて良い品を手に入れようとしていたらしい。


 だが、飛行系の魔導が発達した現代では需要が一気に減り、かつては魔道具の代表とまで言われた箒も競技用を除けば一部の魔導士だけが扱う骨董品になってしまったのである。


「ソラ君は魔導学校で箒の扱いを習っているんだろう?」


「はい。以前は魔導士にとって欠かせない相棒のようなものでしたから。普段使用する機会がなくても、箒の飛行術は学校で必修科目になっているんです」


 去年まで在籍していた魔導学校で定期的に飛んでいたので勘はまだ鈍っていない。試しに何度か飛行してみたが大丈夫そうだ。


 ソラはスタート地点から少し離れた場所で待機している他の出場者たちに目を向けた。

 参加人数は三十人ほどで、こちらも家族や友人たちから激励を受けている様子が見て取れる。


 彼らは共和国中から予選を勝ち抜いた選手たちで、そのほとんどが商人連合が主催しているプロリーグで普段から切磋琢磨している実力者たちなのだ。

 ちなみにソラはゲスト用に設けられた予選免除の特別枠から出場することになっている。


「それじゃあ私たちは展望台に移動するよ。頑張ってくれ、ソラ君」


 ウインクしながら手を振るエルメラに続き、アルマやナルカミ商会の社員たちも公園の丘に設置された大きな展望台へと移動を始めた。見れば一般の観客たちも同じようにぞろぞろと向かっている。

 大会のコースは、公園を出発点として市街地の中を縫うようにして作られており、最後にまた公園に戻ってゴールすることになっているが、街の中央にある丘からはそれらが一望できるのだ。


「開始時刻です。選手の皆さんは位置についてください」


 審判のかけ声により選手たちはそれぞれ事前に決められたポジションにつく。

 選手の位置は予選の記録により決定し、タイムが早い順に前からジグザグに並んでいくが、予選のない特別枠は最後尾と決まっている。最初から不利を強いられるものの、大抵は他国のトッププレイヤーが参加する場合が多いので、彼らがどう挽回していくかが醍醐味のひとつになっているのだ。 


 ソラは前方にずらっと並んでいる選手たちを帽子の下から見据えつつ、先程渡された白い紐を額に巻き、箒をまたいだ状態でその時を待っていた。


(絶対に優勝する。今頃みんなも頑張ってくれてるだろうし)


 ここにはいないデュバルやエイビスは係争地取り下げのために奔走しており、ついでにオスカーもダモン陣営を揺るがすようなネタがないか同僚に頼んで探ってくれているのだ。


 ソラが箒を強く握り締めると開始のフラッグが大きく振るわれた。

 観客たちの大歓声が上がる中、箒に魔力を込めた選手たちが一斉に飛び立つ。


「!!」


「うおっ!?」


 同時に数人の選手たちが驚きの声を上げるが、彼らを疾風のごとく最後尾の少女が一気に追い抜いていったのだ。


(――成功!)


 開幕直後のスタートダッシュで何人もの選手をごぼう抜きにしたソラは更に加速して背後から追いすがろうとする選手たちを突き放す。


(やっぱりこの箒は凄い。まだまだ余裕がある)


 魔力を込めれば込めるほど速度は上がるが当然限界というものがある。箒の性能と許容量は使用した樹木や職人の腕によって大きく左右されるが、この箒は昔祖父が幼い母のために用意した最高級品にも匹敵しそうであった。


 しかし、前方を飛んでいる選手ほどスピードと安定感があり、後ろから迫るソラにもほとんど動じた様子がない。


(勝負はこれからだね)


 ソラはまたひとり抜きつつトップを走る集団を目指す。


 やがて勝負の舞台は自然豊かな公園から市街地へと移っていった。

 地面が土から石でできた路面へと変わり、周囲を多くの建物に囲まれるが、コースには頑丈な網がトンネルのように何重にも張られるなど、選手の落下や衝突に備える工夫が施されており、万が一のため治癒術師も所々に配置されていた。


 選手たちはコースを隔てているテープの向こう側から応援している住民たちの声を浴びながら、公園からほど近いシヴァ教の教会前を通り過ぎ、目抜き通りに続く最初のカーブへと続々と入っていく。


 ソラも負けじと最小限の弧を描きながらカーブに突入するが、


「――!」


 ほとんどスピードを落とすことなく、ひとりの選手を置き去りにしながら建物の角ギリギリのところを曲がり終えたソラの目の前に、大柄な選手二人が邪魔するように飛行していたのだ。


 しかも減速を余儀なくされたソラの背後からは、今追い抜いたばかりの選手が迫ってくる気配を感じた。


(……これは、やっぱり来たね)


 箒レースの失格条件はコースアウトや反則行為を除けば、落下などで怪我を負い継続が困難だと判断された場合などがあり、あとは額に巻いた紐が他の選手に奪われた時と騎馬戦に似たルールがあるのだ。

 また、攻撃動作や魔導の使用は禁じられているが選手同士の連携は認められている。


(けど、最少年の私を最優先で潰しにくるのは違和感がある。おそらくダモンの差し金だね)


 彼らの多くが商人連合をパトロンとしている。命じられれば断れないだろう。


 ソラは前の二人を追い抜こうと試みるが、巧みに連携して進路を塞ぎ、かといってこちらが紐を取ろうとすると小刻みに動いて狙いを定めさせない。やはり経験値ではあちらに分があるようだ。


 そうこうしている内に背後の選手が追いつき、頭の後ろで激しくなびいているソラの紐へと手を伸ばしてきたが、


「なっ!?」 


 ソラは柄の先を上げながら急減速しつつ後方宙返りを行ったのだ。前世でいうクルビットという飛行技術で箒レースにおいても高等技術のひとつである。


 驚嘆する相手が振り返るよりも早くその背後で水平飛行に戻ったソラはあっさりと紐をほどいた。


(――今だ!)


 再び加速して失格になった選手を追い越したソラは、同様に驚いていた二人の選手の間にできたわずかな隙間へと飛び込み、慌てて伸ばされる手をかい潜りながら高速で追い抜いていったのだった。



 ※※※



「ははは。流石にやりますね。あのお嬢さんを参加させて正解でしたよ。観客の皆さんも大盛り上がりのようだ」


 展望台の中でもひと際高い所に設けられた特別席でダモンが双眼鏡を片手に愉快そうに笑っていたが、その近くでエルメラが不機嫌そうに腕を組みながら座っており、その隣ではやはりアルマも不機嫌そうに着席していた。


「なぜ私がお前みたいなむさ苦しいオッサンと一緒に観戦しなくてはならないんだ」


「私に仰られても。里の方々に用意されていた席がたまたま近くだったのですよ」


「フン。この場所の方がソラ君の活躍が見やすいから我慢するがな」


 エルフと人間との友好の一環として、大会毎にアルフヘイムの里専用の席がいくつか用意されているのだ。今回は事情が事情なので観戦者は二人だけだが。


(ふむ。しかし、ソラ君は想像以上だったな。魔導だけでなく、こちらにおいても天賦の才の持ち主だったか)


 ソラから魔導学校時代に大会で入賞した経験があるとは聞いていたが、眼下に展開されているレースは目の肥えたエルメラをしても見事の一言に尽きた。

 高度な技量に加え、冷静な箒捌き、身体能力、それに度胸と、箒レースに必要な要素を全て兼ね備えているが、その中でも特に魔力量は圧倒的であった。

 他の選手が途中で魔力が尽きないよう配分を考えながら飛んでいるのに対し、あの少女はエルメラにも引けを取らない魔力を保有していて常に全開で飛行することが可能なのだ。


(他の選手たちの妨害もほとんど意味を成していない)


 まだ中間地点だが、数々の高等技術や爆発的な加速で既に上位グループへ食い込もうとしており、ひとり抜くたびに観客たちの声が大きくなる。エレミアから訪れたゲストの少女が華麗な空中機動を駆使し、破竹の勢いで順位を上げていく様は爽快で応援したくなるのも無理はなかった。


(ソラ君が先頭に立つのも時間の問題だな。だが……)


 エルメラはちらっとダモンの横顔に目を向ける。


「本当に大したものだ。我が国が誇る名選手たちをああも簡単に抜き去るとは。さて、特別枠の優勝は長らく遠ざかっていますが、これからどうなるか楽しみですな」


 ソラの活躍にも全く動揺することなく、ただ楽しんでいるだけのダモンの様子がどうにも解せなかったのだ。


「……気に食わんな」


 エルメラの隣で同じ事を考えていたらしいアルマがポツリと呟いたのだった。



 ※※※



「――ッ!!」


 急なカーブのひとつで相手選手と身体が接触する寸前、ソラはなんとかスレスレのところで回避することに成功した。

 曲がりきれなかった相手はそのまま建物の方へと流れていき、壁に激突する直前で張られた網に身体が絡め取られて動かなくなる。


(段々と手段を選ばなくなってきてる!)


 レース中の接触は付きもので、明らかに故意だと判断される場合以外はセーフとなるが、選手のひとりが失格覚悟でソラを弾き飛ばそうとしてきたのである。

 選手の中で最も小柄ということもあり、あの速度でぶつけられたら間違いなく墜落、下手をすれば怪我を負ってリタイアしていたかもしれない。


(試合の前にオスカーさんが集めてくれた情報が結構役に立ってる)


 少しでも勝率を上げるためオスカーに頼んで過去の新聞から参加選手たちの情報を集めて頭に叩き込んできたのだが、他にも細かなクセや選手間の連携パターンなどソラの期待以上にありとあらゆるデータを収集してくれており、出会いのシーン以外で珍しくものぐさ記者が役に立ったのだった。


(あれがなかったらもっと手こずってたかも。――けど、これであと二人!)


 そろそろ市街地を抜けレースも佳境へと入っていくが、ソラの前を飛ぶのはもはや二人だけだ。オスカー情報によればどちらも優勝経験のある強敵だが残りで逆転する自信は十分にある。


 ほどなくしてソラたち三人は市街地コースを終え、スタートとは反対側の入り口から公園内の雑木林へと入っていった。


(……仕掛けてくるなら、もうここしかない)


 背の高い木が生い茂る視界の悪い林道の中を進みながらソラは警戒を強める。

 このくねくねと蛇行している林道を抜ければあとはゴールまで続く長い直線だけで、何かアクシデントでも起きて離されない限り最高速で勝るソラの優勝はほぼ確定だし、この林道は展望台からは隠れていて視認できず、レース中は観客も立ち入り禁止となっているなど、何らかの妨害を行うにはおあつらえ向きな場所なのである。


(前の二人も余力がなさそうだし。そろそろ来そうだね)


 こちらを抑えるためか、歴戦の選手にしてはミスとも言えるほどオーバーペース気味に飛行しており、見るからに魔力の余裕がなさそうだったのだ。


 ソラが前を飛行する二人を観察しながら慎重に隙を探っていると、


「な、何だ!?」


 林道の先から突然不吉な音が聞こえてきたかと思うと、何本もの太い樹木がコースを塞ぐようにゆっくりと倒れてきたのである。このまま進めば三人とも巻き込まれてしまうのは確実であった。


「な――!?」


「ちいっ!!」


 このような悪辣な罠が仕掛けられているとは知らなかったのか、前を飛ぶ二人は慌てふためきながら急減速して上空へと逃れていく。


(あ、あの狸オヤジ!! ここまでする、普通!?)


 流石にソラも心の中で悪態を吐きつつ二人にならって回避行動を取ろうとする。 

 気づけば等間隔ごとに配置されているはずの審判の姿がなくダモンの仕業であるのは間違いなかった。


 ソラも即座に上昇しようとしたが、箒をコントロールする寸前で思い直す。


(……いや。上に逃げたら樹木を超えてしまう)


 大会ルールでは樹木の頂点よりも上空に出た場合はコースアウトと見なされて失格になってしまう。

 審判は抱きこめてもそこまで上昇すれば展望台の観客から丸見えなのでごまかしは効かない。上に離脱した二人は既に失格だろうし、それこそダモンの思惑通りになってしまう。


 それに、たとえ急停止が間に合っても、すぐ背後には他の選手たちが迫っている気配を感じる。ここで一旦止まってしまえばそのまま追い抜かれてしまうかもしれない。


(――ええい!! 男も女も度胸!!)


 ソラは覚悟を決めると、箒を抱きかかえるように体勢をおもいきり低くし、大きな地響きを立てながら折り重なるように倒れている木々へと全速力で突っ込んでいった。


 暴力的なまでに質量のある大木が間断なく降ってくる中、ソラはわずかな隙間を見出し、綱渡りのごとき箒操作でもってすり抜けていく。


「――――!!」


 かぶっていたとんがり帽子が吹き飛び、ゾッとするほどの風圧が頬をかすめるが、ただ目の前だけを見据えて一直線に飛翔する。


(いっけええええええ!!)


 もはや近距離の大音量で鼓膜がしびれ、土煙によってどこを飛んでいるのか曖昧だったが、ソラは必死にすぐ先の光へと飛び込む。


 すると、先程まで身体を打っていた強い風が消え、突然心地良い軽やかな風に全身が包まれたのだ。


「あ……」


 ソラが閉じかけていた目を恐る恐る開くと、林道を抜けた先にある芝生の上を飛んでいた。


(ぬ、抜けた?)


 視線の先には優勝者を出迎える大勢の観客たちとゴールが見えており、なんとか罠を乗り越えたのだとようやく実感する。


 ソラは安堵と喜びとで身体から力が抜けそうになったが、再度気を引き締めて箒を握り直すと、


「――おーい!! ソラくーーーん!!」


 ゴールに見覚えのある長身のエルフがこちらに向けて大きく手を振っており、その近くではドンドンパフパフと小道具を鳴らしながら、「うおおお!! 流石です、会長っ!!」とナルカミ商会の社員たちが大騒ぎしているのが見えた。

 よく見れば、一緒に観戦していたはずのアルマは少し離れた所で他人の振りをしながらこちらに視線を送っていたが賢明な判断である。


 ソラとしてもあの中に飛び込むのは誠に恥ずかしいのだが、アルマのように無関係の振りをするわけにもいかない。


(……ま、いっか)


 苦笑しつつ、騒がしい彼らの元へと飛行する。


 そして、最後の直線を白い髪をなびかせながら進んだソラは、誰よりも早くゴールテープを切ったのだった。

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