第11話
「馬鹿だろう、お前は」
長老宅での朝食の席にて、開口一番アルマは鼻に絆創膏を貼っている妹にこう言い放ったのだった。
「馬鹿とはなんだ、兄者。朝からご挨拶だな」
「あのような間抜けな光景を見せられれば誰だってそう思うだろう」
心底呆れるような、同時に頭痛をこらえるような表情でアルマは飯をかきこんでいるエルメラを見た。
なんでも朝早くに習慣である里の見回りを済ませた後、朝食の準備をするために長老の家へ向かったのだが、その時鼻血を流しながら地面に倒れている我が妹を発見したのだそうだ。そこはかとなく幸せそうな表情をしていて流石に不気味だったらしい。
「うほん! まあ、色々とあったんだよ」
わざとらしい咳払いをしながら誤魔化しているエルメラを対面に座っていたソラも白い目で眺めていた。
(まったくこの人は……。というかピンピンしてるし)
変態行為に及んだエルメラを殴り飛ばしたものの、外へと落ちていく姿を見てすぐに我に返り、慌てて窓際に駆け寄って見下ろしたが、あの高さにも関わらず当の本人はきっちりと受身を取って難を逃れていたのである。無駄にもの凄い技術であった。
「それにしても、あの感触は忘れられんな。グフフフ……」
「エルメラさん! また殴りますよっ!」
手の平をワキワキさせて悦に浸るオヤジエルフに向かって、ソラは椅子を蹴立てるようにして立ち上がりながら怒鳴った。一応謝罪は受けたがまだ懲らしめる必要がありそうだ。
「じょ、冗談だよ、ソラ君!」
「そもそも何で私のベッドで寝てたんですか!? 理由によってはもう一度殴ります!」
「それが……昨夜ソラ君と別れた後、すぐ寝付けるようにと何杯か寝酒を呷ったんだが、思った以上に酔いが回ってしまってね。どうも寝ぼけてソラ君の部屋で寝てしまったようなんだ。いや、本当だよ!」
ソラが疑わしそうに睨んでいるとエルメラは脂汗を流しながら弁明した。
はっきり言ってこれっぽっちも信用できなかったが、これ以上追求しても時間の無駄だとソラは溜息をつきながら席に着く。
「ハハハ。朝っぱらから面白いことになってんな。うちにゴシップ専門の別紙があるから、そこにあんたらの面白話を載せちゃどうだ? きっと大衆にウケると思うんだけどな」
「駄目に決まってるでしょう! ていうか、オスカーさんも! 今回の聖域をめぐる騒動を最前線で取材するためについてきたんだから少しは仕事をしてくださいよ! ダモンの悪行を世に知らしめるとか!」
所詮は他人事だと茶々を入れてきた隣のオスカーに対してソラはバシバシと机を叩きながら言い募る。これでは単に里まで観光に来たようなものである。
「アンタ、昨日に比べて元気になったよな。まあ、俺も記者の端くれだ。このまま見過ごすなんてことはしないさ。ただなあ……」
オスカーはそこで一度言葉を切り、懐に入れていたタバコの箱を取り出そうとしていたが、アルマにジロリと睨まれて残念そうに手を引っ込めた。
「実はセントラルポストを含めた新聞各紙にダモンの圧力がかかってるっぽくてさ。どこまで記事にできるか微妙なトコなんだよなー」
と言いつつ特段困っている様子もないオスカーがいつも通り軽い口調で説明すると、マイペースに食事を続けている長老を除いた全員から、『ちっ。こいつ、使えねえな』という白けた視線が向けられたのだった。
「って、何だよ。その冷たい眼差しは? これでもうちの社の秘密兵器とまで言われたオスカー様だぜ? ああは言ったが必ず一矢報いてやるさ」
場の雰囲気に気づいたのかオスカーはやや慌てながら言い、その様子を見ていたソラはこちらも期待せずにいようと思うのだった。
「――それで、ソラ君。昨夜自分でも動いてみると話していたが具体的にはどうするつもりだ?」
皆の食事がひと段落した後、エルメラが水を飲みながら切り出した。
ちなみに食事中はやたらと賑やかで、エルメラが野菜を中心とした質素な食事を前にして、『味付けが薄い! もっと香辛料を使ってくれ!』などと文句を垂れ流し、それを聞いたアルマが『人間界の食べ物に毒されおって!』と応戦して騒々しかったのだが、それはともかく――
「まずはロアンにいる味方に協力を頼もうと思うんです」
「味方? ソラ君はこの国に来るのは初めてではなかったか?」
怪訝そうな表情を浮かべるエルメラにソラは微笑んでみせる。
「そうですね。でも、頼もしい知り合いがいるんですよ」
「……ふむ。そこは実際に行ってみれば分かるか。で、そこからどうするんだ?」
「とりあえず、ダモン本人に面談を申し込んでみようかと」
ソラがそう口にすると場が少しざわめいた。
「……君がエレミアを代表する名家の令嬢だとは聞いている。だが、それだけで会ってくれるほどあの男は甘くないぞ」
難しい表情をしたアルマが指摘するとおり、いくらエーデルベルグ家の人間とはいえ、基本的に部外者である小娘が面会を求めても、何だかんだ理由をつけて門前払いされるか、あるいは適当にあしらわれるかのどちらかだろう。
だが、ソラには他にも強力な肩書きを持っているのだ。おそらくダモンも無視できない肩書きを。
「とにかくやれるだけやってみようと思うんです。何もせずに白旗を挙げるなんて真っ平御免ですから」
そう言ってソラは不敵な笑みを浮かべたのだった。
※※※
カリム共和国の首都ロアン。
この国の中心都市において、共和国議員会館をはじめとした重要施設が立ち並ぶ最も活気に満ちた中心街にその豪華な十階建ての建物はあった。
『ナルカミ商会 ロアン支店』
玄関先に置かれている大理石にはそう彫られてあり、現在建物の最上階にある見晴らしの良い支店長室に二人の男が向かい合っていたのだった。
ひとりは、当然この部屋の主たるロアン支店長アントニオ・デュバルである。
御年四十。脂の乗り切った年齢で、背筋がピンと伸びたスマートな出で立ちといい、柔和で隙のない笑顔といい、客商売で長い間揉まれてきたと一目で分かる男だった。
もうひとりは対照的にあんこ型のずんぐりとした体型の男で、まん丸なお腹が突き出ておりいかにも運動不足の中年といった風体だったが、その表情は向かい合うデュバルとどこか似通っていた。ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべているものの細い目には鋭い光が宿っており、少しでも油断すれば取って喰われそうな雰囲気があったのだ。
この丸っこい男の名はエイビス・フォーチュン。老練なフォーチュン商会の代表であった。
「このたびは私どもの開店準備を手伝っていたたぎありがとうございました。デュバルさんにはなんとお礼を言っていいか」
「いえいえ。提携を結んでいるフォーチュン商会様のお手伝いをするのは当然ですとも。なんといっても会長直々のお話でもありますし、お互い協力を密にするとともに弱い部分を補っていければ」
二人は愛想よく笑い合うが、その笑顔の下では熾烈な駆け引きが行われていた。
デュバルは『うちの主力分野に踏み込んできたらタダじゃおかん!』と言外に忠告しており、対してエイビスは『なんの突き崩したるわい! ボケェ!』と、虎視眈々狙っているのが透けて見えるのだった。
ふふふふ、と二人の男が探り合うように笑っていると支店長室の扉を叩く音が聞こえてきた。どうも慌てているようで若干リズムが忙しない。
デュバルはエイビスに軽く会釈してから扉の向こうに呼びかけた。
「何の用だ? 来客中だぞ」
「も、申し訳ありません、支店長! ですが、早急にお取次ぎした方がいいかと思いまして!」
「……どういうことだ?」
女性秘書のどこか切羽詰った声にデュバルは怪訝な表情を浮かべた。どうやら新たな来訪者のようだがこの取り乱しようは尋常ではない。よほどの大物――共和国議員あるいは商人連合の実力者ダモンあたりか。
「デュバルさん。私のことは構いませんから。もう用事も済んだことですし」
「申し訳ありません。また今度の機会にでもゆっくりと」
エイビスが気を利かせてくれたことに感謝しながらデュバルは頭を下げた。
いずれにしろ信頼している秘書をここまで慌てさせるような人物だ。急な来訪でも断るわけにはいかないだろう。
デュバルはエイビスが去ってからすぐにその人物を部屋まで通すよう秘書に伝えると、
「――おや。これはまた奇遇ですな」
「エイビスさん。お久し振りですね」
廊下からエイビスの意外そうな、それでいて愉快そうな声が聞こえ、それから鈴を転がすような女の子の声が耳に届いたのだ。
(……?)
予想だにしない訪問者にデュバルは眉をひそめる。
もしや国の有力者が娘を帯同させて挨拶回りにでも来たのかと思っていると、扉がノックされて三人の人物が入ってきた。
「な……!?」
その集団は年若い少女に長身のエルフ、そしてスーツを纏った若い男という妙な組合せだったが、先頭にいる可憐な少女の姿を捉えたとたん、デュバルは本気で目の玉が飛び出そうになったのだった。
「か、かか、会長おおおおおおおおお!?」
※※※
支店長室の磨き抜かれたテーブルを挟む形で置かれてある革張りのソファ。そこにソラたち三人と向かい合うように、デュバルと成り行きで同席することになったエイビスとが座っていた。
「……なるほど。マリナお嬢様がアルフヘイム病に……」
一度だけ会ったことのあるデュバル支店長は当初こそ秘書とワンセットで慌てまくっていたものの、現在は落ち着きを取り戻してソラのこれまでの説明を聞いて低く唸っていたのだった。
「その病気なら私も聞いたことがありますな。なんでもこの国に古くからある厄介な風土病だとか」
エイビスもふくよかなエビス顔を歪める。
なぜこんな所にエイビスがいるのかとソラは不思議に思っていたのだが、本人の説明によると、事業を拡大してロアンに進出するためにナルカミ商会に助力を頼んだのそうだ。温泉町で提携を結んでからそれほど経っていないのに精力的なことである。
「それで、デュバル支店長。アルフヘイム病を治すには聖樹の雫が必要なことも知ってますよね」
「もちろんです。私は共和国の出身ですし、幼い頃に一度流行したのを目の当たりにしたことがあるんです。あれは確か三十年ほど前のことで、そこのエルメラ様が数多の魔獣を葬り去った事件と同時期だったと記憶しています」
「聖樹が数十年周期で魔素を抑えられない活動期には二つの災いが重なることが多いからな」
エルメラは偉そうに腕を組みながら、畏怖と憧れを宿した視線を向けるデュバルに頷いてみせた。
「私がまず訊きたいのはダモンの手元に聖樹の雫が残っていないかということです」
「……残念ですが、おそらく残ってはいないでしょう。エルフの方々が強奪された件は私も知っておりますが、その時の大体の量は把握していますので、ダモンが提供した量と比較すれば……」
「そうですか……」
ソラは心中で軽く息を吐いた。
かすかに期待していた部分もあるが仕方ない。
「それなら直接取りにいくしかないけど、ダモンがエルフ側に難癖をつけて聖域を封鎖しているのも知ってますよね」
「はい。一般の方たちは巧みな情報操作によって知らされておりませんが私どもは当然把握しています。そもそもダモンが商人連合の面々に聖域の共同開発を持ちかけてきたのですから」
「それで、ナルカミ商会の立ち位置は……」
ソラの問いにデュバルは胸を張る。
「もちろん、利益に目が眩んでダモンの肩を持つことなど致しません。今のところ立場的には中立ですね。ダモンは協力するようしつこく言ってきていますが」
その返答にソラは安堵した。
デュバルが信頼の置ける誠実な人物だとは知っていたが、万が一にでも取り込まれていないか不安だったのだ。
それに、デュバルの話によると商人連合も一枚岩ではなく、ダモンは聖域にある魔導石をエサとして連合に属する有力な商人たちにひとりでも多く参加するよう促しているようだが、流石に利益を優先する商人でも、その手口の汚さに加え共和国と深い関係にあるエルフを敵に回してまでと協力を渋っている人間も多いのだそうだ。
「半数近くはダモンにつきましたが、彼らに反発する勢力や様子見の商人もいます。もとよりダモンの強引な手腕に眉をひそめる者も少なくありませんから」
ダモンとしても味方は多い方がいいのだろうが、やはり何かもが上手くいくわけではないようで、そこに付け入る隙がありそうだとソラは思った。
「デュバル支店長。ダモンは商人連合の協力者と連携しながら息のかかった共和国議員を通して、聖域を係争地に無理矢理仕立て上げているようですけど、こちらからも動いてダモンになびかない商人たちを結集して対抗して欲しいんです。費用はどれだけかかっても構いません」
「承知しました。マリナお嬢様をお救いするために今更中立を気取っているわけにはいきませんし、個人的にもエルフの方々に申し訳なく思っております。私どもも最大限の協力をさせていただきます」
そのデュバルの心強い言葉に、故郷から遠く離れた地とはいえ、こうして頼りになる味方がいるのはとても安心できることだとソラはつくづく思った。
ただ、デュバルには色々と動いてもらうとして、ソラにはもうひとつ目的がある。
「ダモンと直接顔を合わせて話をしたいんですけど面会は可能ですか?」
「ナルカミ商会の会長であるソラお嬢様が望めばダモンといえど断れませんよ。ただ、ちょうど商人連合の定例会議が明日予定されていますから……」
「なるほど。うってつけですね」
駆け引き云々よりもあの男には何か言ってやらねば気が済まない。
ソラが記憶にあるダモンの顔を思い浮かべながら闘争心を燃やしていると、黙って話を聞いていたオスカーとエルメラが口を開いた。
「話は纏まったみたいだな。にしても魔導界のお姫様ってだけじゃなく、大商会の会長でもあるとか、アンタ本当に何者なんだよ。こっちを記事にした方がいいような気がしてきたぜ」
「さすがソラ君だ。初めて見たときからビビッとくるものを感じていたが、ここまでとは」
二人が向けてくるそれぞれの視線をソラが誤魔化すように笑って受け流していると、
「ソラさん。話は変わるのですが少しいいですかな?」
こちらも成り行きを見守っていたエイビスが神妙な顔つきで話しかけてきたのだ。
「はい、何ですか?」
「……実はこの前の温泉町での事件について私なりに調べたのですが、少し気になる情報が手に入りましてな」
確かに急な話だとソラは首を傾げる。
あの事件ではエイビスも犯罪に利用された苦い経験があるので独自に調べていたのかもしれない。
「ソラさん。クレッグ隊長は覚えてますかな?」
「もちろんです。あの事件の首謀者ですから」
過去の悲惨な体験から魔導士に憎悪を抱くようになった元警備隊隊長。彼は多くの魔導士を罠にかけて殺害し、ソラの祖母までをも害そうとしたが、最後は自らを生贄に捧げて死亡したのだ。同情するつもりはないが憎みきれない人物でもあった。
「そのクレッグですが、ボルツ山の地下にあった巨大な門に妖魔が封じられていたことや、その封印を解く方法を知っていた理由はいまだ警備隊の調査でも判明していません。そして、クレッグが密かに魔導士たちに攻撃を加え始めたのがおよそ一年ほど前ですが、その時期に前後して、とある人物の要請でクレッグが案内役としてボルツ山のダンジョンを探索しているんですよ。なんでもその人物は古代の遺跡や伝承などに詳しかったそうですな」
「とある人物?」
何故クレッグが隠された地下空間の謎を知っていたのかはソラとしても気になっていたことではあるが、次のエイビスの言葉を聞いて思わず鳥肌が立ちそうになった。
「その人物というのがグラムウェルというシヴァ教の枢機卿なんです。現在ロアンに滞在中だっだと思いますが」
ソラだけでなく隣のエルメラも眉間にシワを寄せて唸る。
「ふうむ。これは果たして偶然なのか……。それにしてもあちこちに出没する坊主だな」
「どういうことですかな?」
怪訝な表情をするエイビスにソラが説明すると百戦錬磨の商人も流石に驚いていた。
「なるほど。それはクサいですな。そもそも私が気になったのも、シヴァ教の幹部が地方のダンジョンにこだわっていたのが奇異に見えたからなのですが」
例えばコレットのように冒険者資格も持つ神官がチームに混ざってダンジョンに挑むということはたまにあることだが、枢機卿ほどの人物が特に有名でもないダンジョンに潜るなど聞いたことがないし、加えて『エノクの歴史書』の件も考えるとかなり怪しい人物に思えてくる。
ソラが考え込んでいると、そこにデュバルも難しい顔で会話に加わってきた。
「会長。そのグラムウェル枢機卿なのですが……どうもダモンと繋がりがあるようなのです」
デュバルの話によると、最近になって両者は急速に接近し始めたそうで、聖域に関しても枢機卿が入れ知恵したのではと商人たちの間でまことしやかに噂されているそうだ。
「相手が相手なので私どもも滅多なことは言えませんが……。それともうひとつ。未確認ですが、枢機卿がダモンに密かに非公式の武装集団を貸し与えたという噂もあるんです」
「武装集団だと?」
エルメラが険しい声を出す。
聖樹の雫を運んでいたアルマたちを襲った謎の集団。二人が繋がっているのだとしたら信憑性は高いし、ダモンの背後で暗躍している影が見え隠れしているのは事実らしい。
「俺はそっち方面には関与してないが、その枢機卿に様々な黒い噂があるとは聞いたことがあるな。ま、政敵が故意にデマを流してる可能性もあるけど」
タバコを吹かしながら言い添えるオスカー
の言葉を聞きながら、ソラは気味が悪いほどに符号が重なることに不吉な予感を覚え、わずかに身体を震わせたのだった。
※※※
具体的な打ち合わせを終えたソラは玄関まで見送るというデュバルとその秘書の案内でロアン支店を上から順番に見学しながら降りていた。
「会長、ロアン支店の印象はいかがですか?」
「想像以上ですよ。本社があなたを支店長に推薦しただけはあります」
ソラのお世辞抜きの賛辞にやや緊張気味だったデュバルと秘書は揃って笑みを浮かべた。
実際、接客も丁寧かつ誠実で、店内の隅々にまで清掃が行き届いており、かつ品揃えも充実していてあらゆる客のニーズに対応していた。経営方針や人事は本社の連中に任せっきりだが十分合格点だろう。
「ほうほう。流石はナルカミ商会さんですな。この建物にも圧倒されますが、大陸中に展開しているだけあってかなり活気があります。それに他には真似できない技術力は羨ましい限りです」
「そこが当商会の強みですから。短期間で急成長できたのも、創始者である会長をはじめとした方々の斬新かつ未来を先取りする発想力あってのことです」
エイビスが魔導列車の模型や最新式の魔道具を眺めながらライバル心を剥き出しにすると、デュバルは誇らしげに胸を張ってソラに尊敬の眼差しを向けてきたが当の本人は微妙に居心地の悪さを感じていた。
(う~ん。実のところズルだしねえ……)
ナルカミ商会が売り出している主力商品の多くが異世界の知識をふんだんに使用したもので、それがこの世界の人間には独創的に見えるだけなのだ。真似できなくて当然なわけで、むしろ再現してみせた技術スタッフを褒めるべきだろう。
それから、一同が各階を見回りながら三階にまで降りてくると、最後尾を歩いていたエルメラが突然立ち止まって大声を上げたので皆は驚いて振り返った。
「む、むうっ!! こ、これは!?」
「ど、どうしたんですか?」
ソラが恐る恐る尋ねると、エルメラはプルプルと震える指先をある一角に向けたので、いったい何事かと視線を向けてみる。
すると、そこにはどこか見覚えのある少女の顔が描かれたグッズが置かれてあるコーナーがあり、近くには何人もの客が手にとって眺めていたが、そのコーナー名を確認するやいなやソラは絶叫したのだった。
「何これええええええええええええ!?」
思わず棒立ちになったソラの視線の先には『そらちゃんグッズコーナー』と書かれていたのだ。
キャラのイラスト自体はシンプルというかわりと適当なので、コーナー名が目に入らなければ気づかすに通り過ぎていただろう。
「デュバル支店長! 何なんですか、これっ!」
「は、ははっ! な、何と申されましても、ナルカミ商会の人気キャラクターである『そらちゃん』ですが」
「それは見れば分かりますよっ! 何でこんな物が販売されているのかと訊いてるんです!」
ソラは慌てて駆け寄ってきたデュバルと秘書に向かって『そらちゃん』グッズの数々をビシィッと指差す。文房具やマグカップ、他にも枕や毛布などの寝具などよくもまあここまで多岐に渡って種類を揃えたものである。
「ママ、見て! 本物の『そらちゃん』だよ!」
「というか、『そらちゃん』って実在したんだ……」
周囲ではざわざわと客たちが興味深そうな視線を向けてきてますますソラの目付きが険しくなる。
「か、会長。『そらちゃん』グッズは開店当初から販売されていますが……もしかしてご存じなかったのですか?」
ハンカチで額の汗を拭うデュバルにソラは仏頂面で頷いてみせる。ご存知だったら絶対に許可などしないだろう。
「まさか、支店長の考えじゃないですよね。詳しい説明を」
ソラが目の据わった状態で問いただすと、デュバルはカクカクと人形のように頷いた。
「わ、私も詳しい経緯を把握しているわけではないのですが、なんでも本社の社長とマリナお嬢様、それに会長のファンクラブの代表を務めるという某S氏発案で作製されたキャラだと伺っております」
ソラは挙がった面々の名前を聞いた瞬間にずっこけそうになった。
以前から不穏な動きをなんとなく感じていたのだが自分の与り知らぬ所でそんなことをしていたとは。
と、そこでソラはふと嫌すぎる可能性に気づいた。
「ちょ、ちょっと待って。じゃあ、これって大陸中の支店に……?」
「は、はい。おそらくは。会長が解決した二年前のテロ事件以降、エレミア以外でも人気が拡がっていったと聞いておりますので」
デュバルの言葉を聞いたとたんソラはガーンと真っ白になって硬直した。
「……前から思ってたけど、アンタ苦労性の気があるよな」
「ソラ君、ソラ君。ここにある『そらちゃん』グッズを一式譲ってもらえないだろうか。家宝にするから」
珍しく同情を滲ませるオスカーと能天気にローブをクイクイと引っ張ってくるエルメラの声を聞きながら、ソラは魂が抜けそうな表情のまま立ち尽くすのであった。
『ソラちゃん』を『そらちゃん』に変更しました。