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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
三章 魔法使いとエルフの里
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第3話

 古物商で話を聞いた後、大通りに戻ったソラたちは、通りに面したオープンカフェで四人掛けのテーブルを囲みながら昼食を摂っていた。

 本来ならすぐに宿へと向かうはずだったのだが、『もしご飯を抜いたら、病気以前に空腹で倒れちゃうよー!』とマリナが抗議したので、仕方なく先にお昼ゴハンを済ませることにしたのである。


「聖職者、かあ。しかも枢機卿とは……」


「まさか、相手がそこまでの大物だったとは思いませんでしたね」


 予想外の情報にソラはアイラと顔を見合わせる。

 正直な話、フランドル卿のような怪しげな魔導師を想像していたのだ。


「シヴァ教か。長い歴史を持つ権威ある宗教組織だな。そこの枢機卿ともなれば、その辺の貴族や金持ちとは格が違うぞ。モグモグ」


 人の金だから遠慮がないのか、元々そういった配慮に欠けているのか、いつも通りどっさりと料理を注文しながらエルメラが喋る。スマートな体型の割にはかなりの大食漢なのだ。ソラが漠然と持っていた神秘的なエルフのイメージがガラガラと崩壊していきそうである。


「シヴァ教の聖職者ならひとり知り合いがいるけど……」


 ソラの脳裏に、この前のクエストで知り合った穏やかな神官少女の姿が浮かぶ。彼女は今頃ブライアンと行動を共にしているはずだ。


「枢機卿というと教皇の補佐をする最高幹部ですよね。それほどの方が死霊術を推奨するような真似をするとは普通に考えれば信じがたいのですが……」


 野菜をフォークでつつきながらアイラが意見を述べる。

 彼女の前に置かれたメニューは、普段から身体作りを意識した食事を心がけているだけあってバランスの良いオーダーだ。


「まあ、元執事の記憶違いという線もあるけどね。あくまで念のために確認しに来ただけだから」


「ふむ。ならばこれからどうするのだ? 歴史書に関してはとりあえず終了ということか? バクバクッ!!」


「う~ん。それでも少し引っかかってるんですけどね……」


 次々と料理を平らげているエルメラを見て、まだ食べるんかいと呆れつつソラは悩む。

 どういう意図なのかはともかく、多くの国で禁書扱いされている『エノクの歴史書』をあっさり譲る点が腑に落ちない気がするのだ。まさか枢機卿ともあろう人がそのことを知らないとは考えにくいが。


「グラムウェル枢機卿……」 


 ソラは店主から教えてもらった名前を呟く。

 聞けば現教皇ベネディクト六世の側近であり、教団内でも大きな影響力を持つ人物らしい。まさに紛うことなき大人物である。ソラたちがエーデルベルグ家に連なる人間とはいえ、下手に嗅ぎ回ろうものなら実家に迷惑をかけてしまう可能性もある。


(……ただの取り越し苦労かもしれないし)


 ここらで調査を打ち切るべきかと、ソラが大通りを歩いている通行人を眺めながら考えていると、隣に座っている妹が先程から静かなことに気づいた。


「マリナ? やっぱり疲れてるんじゃ……」


 いつもならもっと騒がしいのに、とソラが顔を向けたときだった。

 

 ガシャンッ!! とすぐ横から大きな音がしたのだ。


「マリナ!?」


「お嬢様!!」


 そこには顔を真っ赤にしたマリナがテーブルにぐったりと突っ伏していたのだ。

 妹の前に置かれていた料理が衝撃でひっくり返り、持っていたナイフとフォークが地面へと落ちて甲高い音を立てた。


「ちょっと、マリナ!! どうしたの!?」


 ソラが急いでマリナの様子を確認すると、その額には信じられないほどの汗が噴き出ており、手を当ててみると、以前確認したのとは比較にならないほどの高熱が出ていた。よほど苦しいのか呼吸がかなり荒く、眉根をきつく寄せている。


「すごい熱!! しっかりしなさい、マリナ!! お姉ちゃんの声が聞こえる!?」


 血の気が引いたソラが思わず動かない妹を揺さぶろうとすると、いつのまにか側に立っていたエルメラがそっと制止してきた。


「……ソラ君。今はすぐに宿へ行ってマリナを休ませるべきだ。私が抱えていくから君もついてきなさい。アイラ君が店の勘定を済ませてすぐに医者を連れて来るそうだ」


「あ……」


 エルメラの落ち着いた瞳を見てソラは平静さを取り戻す。

 店の奥に視線をやると、アイラが心配気な様子の店員に医者の手配を要請しているところだった。


「さあ、急ごう。先導してくれ」


 ゆっくりとマリナを抱き上げるエルメラに、ソラはテーブルに立てかけてあった妹の大剣を引き寄せながら頷き、焦る気持ちを抑えながら歩き出したのだった。



 ※※※



「――とりあえずは落ち着いたようだな」


「ええ……」


 街にある高級ホテルの一室。

 その扉の前で、ソラとエルメラはマリナを診てくれた医者を見送っていたところだった。

 ちなみに、アイラはホテル側に事情を説明した上でこれからの相談をしている。


「ただ、今は処方された薬で熱も下がってますけど、あくまで一時的なものだと先生は言ってましたから……」


「そうだろうな」


 ソラは背後の閉まった扉を眺める。

 扉の向こうにあるベッドではマリナが静かに眠っていて、その安らかな寝姿は普段と変わらないように見えるが――


「……エルメラさん。マリナの病気についてもっと詳しく教えてもらえませんか? 先生もエルフであるエルメラさんの方がよく知っているだろうと仰ってましたから」


 ソラが真剣な――それでいて、切羽詰った視線をエルメラへと向ける。

 医者の話ではマリナが倒れた原因はこの国に古くからある珍しい病気のせいらしく、一見風邪の症状に似ているが思った以上に事態は深刻なのだそうだ。

 そして、その病気が並みの薬や治療法では完治させることが難しく、実質的に医者はさじを投げたも同然だということも。


「……そうだな。君らには話しておかねばなるまい。ちょうどアイラ君も戻ってきたことだし」


 エルメラが医者の消えた階段に視線を向ける。

 そこには入れ違いのように赤い髪の少女が隙のない足取りで登ってきていた。


「ソラお嬢様。しばらくマリナお嬢様の様子を見て、問題がなさそうであれば、この街にある病院に入院させる方向で話が纏まったのですが、どうでしょうか? ホテルの支配人が紹介してくださるそうで信用の置ける病院のようです」


「……そうだね。それでお願い。支配人には私からも後でお礼を言っておくよ」


 アイラは気遣わしげに頭を下げてからソラの隣に立った。 


「――それで、エルメラ。お前は医者よりも病状に詳しいという話だが、さっそく聞かせてもらおうか?」


「ここで立ち話もなんだから、そちらで話そう」


 三人はホテルの各階に設けられている談話スペースへと場所を移す。

 そこには向かい合うように二人掛けのソファが設置されており、すぐそばにある街が一望できる窓からは、少しずつ陽が落ちて、茜色に染まりかけている街並みが見えた。


「……まず、マリナ君の病名だが、これを『アルフヘイム病』という」


「『アルフヘイム病』?」


 エルメラの対面に腰を下ろしたソラは怪訝な声を出した。どこかで聞いた名前だと思ったのだ。


「……たしか、アルフヘイムというのはエルメラの故郷の名ではありませんでしたか?」


 隣に座ったアイラのセリフにソラもああと思い出した。

 道中、エルメラが教えてくれた故郷の名前。それがアルフヘイムという名だった。


「そうだ。私が生まれたエルフの里、ひいては土地の名前をアルフヘイムと言うんだ。病名はそこからつけられている」


「どういうことですか?」


「アルフヘイムの地を発端とした病気だからさ。……いや、あれは一種の呪いと言っていいかもしれないな」


 エルメラが発した『呪い』という単語にソラは背筋がすっと寒くなる。 


「……その病気は一体どんなものなんですか?」


「アルフヘイム病とはカリム共和国で稀に発生する風土病のようなものなのだが、簡単に言えば体内の魔力を狂わせてしまう病気なんだ」


 ソラはエルメラの言わんとすることを理解する。

 人間をはじめとした生き物たちの身体は、この世界同様<地><水><火><風>などの元素から成り立っており、それぞれ等しい割合で構成されているらしいが、その絶妙なバランスが崩れているということなのだろう。


「正確には種族や個人などで微妙に偏りがあるんだけどね。例えば人間の魔導士でも<火>属性の魔導が得意な場合はわずかに<火>元素の割合が多く、我々森に住まうエルフは<地>や<水>との親和性が高いとかね」


「マリナはその均衡が崩れたせいで体調不良を起こしている、ということですか?」


「ああ。アルフヘイム病に限らず世界中に似たような症状がたまに見られるが、大抵の理由はその土地の気脈が自然災害などで大きく乱された場合などに人にも影響を与えることで起きるんだ。……ただ、この病気はその中でも少々特殊でね……」


 エルメラは一度間をおいてから再び口を開いた。


「……これはアルフヘイム特有の問題なんだが、あの土地には巨大な気穴が存在していて、そこから気脈の魔素が吹き出てくるんだよ」


「魔素?」


「気脈とは元素が溶け合っている生命の川のようなものだが、そこには負の性質を持った邪気とでも言うべきものも混ざっていて、それを私たちエルフは魔素と呼んでいるんだ。そしてアルフヘイムは気脈の位置上、その魔素が特別流れ着きやすい環境にあるのさ。いわば、気脈の中の邪気が集まる吹き溜まりのような場所なんだ」


 気脈というのはこの世に生きる者たちの様々な感情や念――歓喜、悲哀、愛情、憎悪などを吸収してゆっくりと変化、あるいは成長しているのだとエルメラは語った。


「もっとも、魔素を単純な善悪で語ることはできない。我々エルフや人間もまた正と負の部分があり、どちらも己を構成する上で欠かせないのだから」


 その話を聞いて、ソラは体術の師であるクオンが教えてくれた東方思想、『陰陽』の概念を思い出す。

 光と闇、白と黒、表と裏、男と女……対極にありながらもその二つがあってはじめて意味のある要素となるのだ。


「だが、察するにその魔素が原因なのだろう」


「そうだな。少なくとも身体に良いわけはないだろう」


 アイラの言葉にエルメラは嘆息してみせた。


「……つまり、マリナはアルフヘイムから噴き出ている魔素の影響を受けたばかりに倒れたということなんですね?」


「国内とはいえ、アルフヘイムから離れたこの場所で影響を受ける例は少ないんだけどね」


 先程エルメラは『呪い』と言っていたが、邪気の影響を受けたことで身体に異変をきたすのならば、それはたしかに『呪い』と呼べるのかもしれないとソラは思った。


「……それで、マリナはこれからどうなるんですか? 命の危険こそ低いと先生は言ってましたけど……」


「死亡する例も確認されているが、それはマリナ君よりももっと幼い子供だったり、高齢の方だったりと体力に不安のある者たちだ。マリナ君は丈夫だし、おそらく心配は要らないだろう」


 ひとまず危険はないと分かってソラは心底安堵したが、まだ訊かなければならない大事なことがある。


「エルメラさん。完治は難しいと先生は言ってましたけど、治る見込みはあるんでしょうか?」


「……個人差もあるがしっかりと療養すれば治せないこともないんだ。本人の自然治癒力に任せることになるが、時間をかけて魔素を排出し、狂った体内魔力を少しずつ正常に戻していくことでね。ただ……」


 わずかに言いよどんだエルメラにソラは無言で先を促す。


「……。ただ、一生このままの状態が続く可能性もあるし、仮に快方に向かったとしても、どんなに短くとも数年は寝たきりの生活を強いられることになるだろう」


「そんな……」


 ソラは目の前が真っ暗になった気がした。

 あの元気の塊であるマリナが長い間ベッドで寝たきりになる。学校にも行けず、外を自由に駆け回ることもできない。一緒に冒険の旅に出ることも……。

 それは、本人はもちろん周囲の人間にも耐え難いことだ。


「……お嬢様」


 アイラはよろけたソラの肩を支え、それからエルメラを睨んだ。


「おい、エルメラ。他にマリナお嬢様を治せる方法はないのか」


「……ひとつだけある」


「え!?」


 ソラは弾かれたように前のめりになってエルメラを見つめる。


「そ、それは?」


「聖樹の(しずく)だ」


「聖樹の……雫?」


 おうむ返しに問いかけたソラにエルメラは頷く。


「アルフヘイムの奥地にある聖なる大樹。そこから湧き出る水を飲めばマリナ君を治せるだろう」


「本当ですか!?」


 ソラは思わず立ち上がって大声で確認する。

 打つ手なしだと悲観していた矢先だったので余計力が入ってしまう。


「エルメラ。貴様、そんなものがあるなら早く言え」


 こちらもホッとした様子のアイラが呆れた口調でなじる。


「すまないな。もったいつけたわけではないんだが……少々問題があってな」


「問題?」


「詳細は分からないんだが、里で厄介事が起こっているらしいんだ。私が帰郷しようと思ったのもそれが原因でね。まあ、それはおいおい話すよ。とにかく今日中に出発するんだろう? 私が案内しよう」


「お願いします、エルメラさん」


 どんな問題や困難があったとしても、妹を治せる方法があるのならどこにでも行くし、どんなことでもする。


 ソラは地平線の彼方に隠れつつある太陽を眺めながら決意するのだった。

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