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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
幕間 ラルフの修行道中編
84/132

別れと出会い④

「お二人とも大変でしたね。あのお猿さんたちは今気が立ってるんですよ」


 屈んだコレットがマルクの服についていた汚れを手ではたきながら落としていた。

 その柔らかな笑顔や仕草からひと目で人柄の良さそうな少女だと分かる。


(……でも、この人たちは一体どういう関係なんだろう? 冒険者仲間には見えないし……)


 妙な組み合わせの二人だとラルフは不思議に思う。

 自分と同じくらいの歳であろうコレットと名乗った少女は、神官服を着ていて手には水晶がはめられた杖も持っているのでおそらくシヴァ教の関係者で間違いないのだろうが、だからこそ解せないし、かと言って親子とも思えない。

 

(まさか、恋人……なわけないか)


 二人の会話からしてもそんな間柄には全然見えない。


 ラルフが首を捻っていると、ブライアンが話しかけてきた。


「そんで、お前さんたちは何でこんな所をほっつき歩いてたんだ? 危険だぜ、ここらは」


「あ、はい。その、冒険者の依頼で麓の村を訪れたんですけど……」


 ラルフはここで村の状況を思い出した。


「あ……!! そ、そうだ!! あの、実は麓にある村が大変かもしれないんです!! それで捜索している最中にさっきの猿たちに山へと引きずりこまれてしまって!!」


 事態は一刻を争うかもしれないのでラルフが慌てながらこれまでの事を喋っていると、ブライアンが押し留めてきた。

 

「まあ、落ち着けや。ラルフとか言ったな。冒険者にとって情報は何よりも大事だ。焦って状況を整理することなく動いてもロクなことにはならねえよ」


 中年冒険者の諭すような口調にラルフは少し頭が冷えてくる。

 

「す、すみません。慌ててしまって」


「活動を始めて日が浅いみたいだから仕方ないけどな。それじゃあ、ゆっくりと最初から話してみ?」


 ラルフは頷いて、今朝からの経緯をできるだけ正確に話した。


「――ふむふむ。なるほど。村人たちの姿が忽然と消えていた、か……。それはまさに怪奇現象だな」


「そ、そうですよね? 一部の動物は残ってたんですけど」


「それに、村中が霧に覆われてて不気味だしさあ。お化けにでもさらわれたんじゃないかって」


 顎に手を当てて神妙な表情で考え込むブライアンにラルフとマルクは訴えかける。


「ふむ、お化けか……。案外、マルクの坊主が言っていることは当たってるかもしれんぞ」


「マ、マジか!?」


 ブライアンに坊主呼ばわりされて一瞬ムッとしていたが、マルクは怖気づいたように腰が引ける。


「この山は昔から真っ白で絡みつくような気味の悪い霧が発生しやすいことで有名なんだが……たまに出るんだよ。その霧に紛れて……」


「で、出る!? な、何がですか!?」


 思わずラルフとマルクが抱き合っていると、ブライアンはにたりと不気味な笑みを浮かべ、


「……そりゃ、お前、決まってるだろ。……人間を暗い冥界に引きずりこもうとする――死霊たちがだよおおおおおおっ!!」


『ひいいいいいいいいいっーーー!!?』


 ブライアンのおどおどろしい叫び声にラルフたちは悲鳴を上げてうずくまった。

 ご丁寧なことにオッサンは持参していたカンテラを顎の下から当てて余計に怖い顔を作っていたのだ。


 ラルフたちが抱き合ったままガタガタ震えていると、 


「……ブライアンさん、人が悪いですよ。彼ら完全に怯えてしまったじゃないですか。可哀想に」


「ははは。まさかこんなに怖がるとは。悪かったな。嘘だ、嘘!」


 コレットが咎めるように言うと、ブライアンは笑いながら謝ってきたのだ。


「う、嘘?」


「オ、オッサン! ふざけるなよなっ!」


 茫然とするラルフに顔を真っ赤にして怒鳴るマルク。


「だから悪かったって。にしても、そんなので冒険者が務まるのか心配になってきたぜ」


 繰り返し謝罪の言葉を口にするブライアンだが、ニマニマとした笑みが顔に貼り付いたままなので、反省しているようには微塵も見えないのだった。


 だが、ブライアンの作り話だったことが判明してラルフは心底安堵した。

 もしかして、自分たちはとんでもなく恐ろしい山へと足を踏み込んでしまったのではないかと泣きそうになっていたのだ。


 すると、呆れた様子でブライアンを眺めていたコレットが口を開いた。


「ブライアンさん。そろそろ教えてあげたらどうですか? 彼らは本気で心配しているんですよ」


「まあ、さすがに気の毒だから種明かししてやるか。麓の村の連中なら無事だから心配するな」


「ど、どういうことですか?」


 どうもこの二人は何かを知っていそうだとラルフが彼らの顔を見比べていると神官少女が顔を向けてきた。 


「実は村の人たちには隣町へと一時的に避難してもらってるんです。明け方のことだったのでラルフさんたちとはすれ違いになってしまったんでしょうね」


「……避難ですか?」


 話が見えずにラルフは首を傾げる。

 まさか猿たちの襲撃のせいだろうか。


「いえ、お猿さんとは別件です。ただ、彼らは住処すみかを追われて例年以上に攻撃的になっているみたいで」


「ここらには猿よりももっとおっかない奴がうろついてるんだよ。だから事が済むまでは万が一のことを考えて移動してもらったのさ」


 続けて言うコレットとブライアン。

 

「と、とりあえず、村人たちの安全は確保されてるってことですね」


「そういうことだ。……だが、やっぱり新米だな。ちゃんと観察すれば村の中に大勢の人間が移動した跡を発見できたろうに。警備隊では追跡術を習わなかったのか?」


「う……」


 ラルフは言葉に詰まる。

 霧が濃かったとはいえ、そんな痕跡には全然気づけなかったのだ。


「まあまあ。いいじゃないですか、ブライアンさん。ラルフさんたちも無事だったんですから」


「猿たちの罠にあっさり引っかかったりと判断力はいまいちだが、その勇気は買ってやるか。まだ若いしな」


 取り成すようにコレットがフォローすると、ブライアンはダークブラウンの髪をいじくりながらそう言った。

 先程のふざけた雰囲気とは違って先輩冒険者らしい姿である。


 ラルフが思わず見直していると、周囲を警戒していたマルクがブライアンを見上げた。


「そういえば、この山の奥にある遺跡から正体不明の敵が出現したって話を協会で聞いたんだけど、さっきオッサンが言ってた『おっかない奴』ってのは……」


「……ん? お前らも聞いてたのか」


 ブライアンはコレットと一瞬目を合わせてから頷いた。


「まあ、そういうことだ。俺らはそいつを追ってるのさ」


「そ、そうだったんですか。……あれ? でも、受付の人の話ではどこかの組織が請け負ったと聞きましたけど」


 ラルフの記憶では契約が纏まる寸前で横から強引に持っていったとか言っていた気がする。

 支部長が仲立ちしたので揉めることはなかったそうだが。

 

 どういうことだとラルフが二人を見ると、ブライアンは後頭部をボリボリと搔きながら微妙な表情をしていた。


「……あー。それは俺らのことなんだが……。ただ、何と言っていいか……そもそも俺自身納得がいってないわけで……」


 なにやら歯切れが悪いが、彼らが例の組織の人間であることに間違いはないようだ。


「あの、お二人はどういった方々なんですか? ブライアンさんは冒険者、コレットさんはシヴァ教の神官ですよね?」


「あはは。その、正確には『元』なんですけど」 


「元?」


 ラルフの問いかけにコレットはこくりと頷いた。


「そうです。ただ、ブライアンさんも私も資格は保持したままですよ。現在は所属している組織で働くために、例えば私なんかは教会でのお仕事を停止しているわけです」


「なるほど……でも……」


 皆がブライアンに顔を向けると、オッサンはひとりでブツブツと呟いていた。 


「――くうう! 騙された! これってとんでもなく危険な仕事じゃねえか! でも、あの可愛い声で、『各種手当てが充実! しかも年金までついてきますよ♪』なんて言われたら俺には断れないだろうが!」


 悔しそうに両手を握りしめているブライアン。

 まさに慙愧ざんきに耐えないといった風である。


「……ブライアンさんはどうしちゃったんですか?」


「ふう。まだ言ってるんですね。実は知り合いから誘われたお仕事なんですけど、ブライアンさんはまだ少々納得がいっていないようで。私などは恩人の頼みということもあって喜んで引き受けたんですけど」


 ラルフにはよく分からないが色々と事情があるようだった。


「――と、ともかくですね! 我々が追っている敵というのはとても危険な存在なんです。お二人はすぐにでも下山していただけませんか?」


 ふいに表情を引き締めたコレットから真剣な口調で言われラルフはマルクと顔を見合わせる。


(……まだ要領を得ないところもあるけど、そんな敵がいるなら言われたとおり早く山を下りた方がいいな。マルク君だっているし……)


 そうラルフが考えていると、マルクは肩をすくめてみせた。


「消化不良な感じでしっくりとこないけど、仕方ないな。猿にすら苦労している俺らはお呼びじゃないだろ」


「そうだね……。僕も初めての依頼がこんな形で終わって残念だよ」


 ラルフが苦笑しながら動こうとすると足に激痛が走って顔をしかめた。


「――あいたた! そ、そういえば、足を捻ってたんだっけ」


「……あ。ラルフさん、足を痛めていたんですね。早く教えてくださればよかったのに」


 痛みでラルフが再び膝を折っていると、それを見たコレットが近寄ってきておもむろに杖をかざした。


 すると、杖の先から発生した淡い緑色の光が患部を包み込んでみるみるうちに痛みが引いていったのだ。


「……これは、治癒術ですか。コレットさんは神官ですもんね。それにしても……」


 魔導士でないラルフですら高度な治癒術だと理解できた。

 大きく腫れ上がっていたはずなのにわずかな時間で通常の状態へと回復していく。

 治癒術を扱える人間自体少ないが、コレットはその中でも上位に位置するのではないかと思う。

 

(……そういえば、以前ソラさんにも治してもらったことがあったな)


 あれは白い髪の少女が訓練を終えたばかりのラルフを尋ねてきた時のことだ。

 訓練時に負った傷を手伝ってくれるお礼にと癒してくれたのである。

 

 思わずラルフが彼女の手の温もりを思い出していると、


「――ふふ。誰かのことを考えてるみたいですね。もしかして恋人ですか?」


「えっ!? ち、違いますよ!!」


 治療を終えて立ち上がったコレットが微笑みながら言ったので、ラルフは感謝の言葉を述べつつも慌てて否定したが、いつの間にか立ち直っていたらしいブライアンがいやらしい笑みを浮かべながら肩に手を回してきた。 

「そんなに慌てることはないだろ。お前さんほどの年なら女がいてもおかしくねえさ。なあ?」


 「なあ?」とか言われてもとラルフが困っていると、コレットが急に顔をうつむかせてにへらっと笑ったのだ。


「……うふふ。ブライアンさん、お相手は必ずしも女性とは限りませんよ。例えば警備隊で共に働いていたマッチョな同僚とか……」


「コ、コレットさん?」


 眼鏡を不気味に光らせている神官少女にラルフはなぜか背筋がゾッとし、同じく異様な雰囲気を感じ取ったらしいマルクも微妙に引いていると、ブライアンが溜息をつきながら言った。


「あ~。お前ら、気にするな。この姉ちゃんはたまにこうなるんだ」 


「は、はあ……」  


 ラルフはどこか得体の知れない笑みを浮かべているコレットを見て、確かに知らない方が得策だと本能的に思うのだった。






 それからしばらくして、どこか遠い世界に意識が飛んでいたコレットが我に返ると同時にラルフたちはさっそく山を下りることになった。


「そんじゃあな。またどこかで会おうぜ」


「お二人とも気をつけてくださいね」


「本当にありがとうございました」


 ラルフとマルクはお世話になった二人に手を振りながら歩き出そうとしたが、急に霧の奥から聞き覚えのある猿たちの叫び声が響いてきたのだ。


「またかよ!?」


 マルクがうんざりとした表情で悪態を吐くが、


「……いや、こいつは……」


 突然ブライアンが険しい表情になり、コレットも深刻そうに見返していたのだ。

 

「ブライアンさん……」


「……ああ。おい、お前ら。悪いが下山は中止だ。俺らから離れるなよ」


「え? それってどういう……」


 ラルフが困惑していると、例の猿たちが群れで現れて目の前をもの凄い勢いで通過していった。


(……? 僕たちを狙ってるわけじゃない?)


 そもそもラルフたちは眼中に入ってないようだ。

 とにかく一心不乱に樹上や地面をどこかに向けて疾走している。

 まるで何かから逃げるように。


「どうしたってんだ、こいつら?」


 マルクも首を捻っていると、群れの後方を走っていた猿に異変が起こった。


 一瞬にして数匹の猿が凍りつき、驚愕の表情のまま白い像と化してしまったのだ。


「な!? こ、これは!?」


「……やっぱり現れやがったな」


 突然のことに動揺したラルフは剣を引き抜いているブライアンに視線を向ける。


「どういうことですか? まさか……」


「そうだ。例の正体不明のお化けだよ」


『!!』

 

 ラルフとマルクが顔を強張らせていると、乳白色の霧で覆われている木々の間からそれ(・・)はとうとう姿を現した。

 

(……人?)


 ラルフには最初真っ白に染まった人間のように見えたが、徐々に近づいてくるにつれて人どころか生物ですらないことに気づいた。

 

(人の形をした……霧!?)


 その姿を鮮明に捉えラルフは驚愕する。

 まるで白い霧が人の形を模しているような姿だったが、目や鼻などはなく、顔はのっぺらぼうになっていて、余計不気味であった。


「な、何なんですか、あれは?」


「滅多に遭遇することはないから分からんだろうな。あれが妖魔ってやつだよ」


 ブライアンの返答にラルフは再度驚愕し、思わずマルクを顔を見合わせる。


 二人の故郷である温泉町で起こった事件において、最後に出現してラルフたちや町を脅かしたのがワニ型の妖魔だったのだ。

 あのときはソラたちの活躍もあって町に被害が及ぶことなく終結したのだが――


「何でこんな所に妖魔が……?」


「あの妖魔は元々山の奥にある遺跡に封印されてたんだが、あいつに襲われたって報告した冒険者たちがうっかり解放しちまったんだよ」


 ブライアンは困ったもんだと顎をこするがラルフは血相を変えて詰め寄る。


「ブ、ブライアンさん! 呑気なことを言ってる場合じゃないですよ! 妖魔がどれほど危険か……!!」


 ワニ型の妖魔が放った一撃は天を突かんばかりの黒煙を発生させるほどの威力だったのだ。


 ラルフが必死に語ると、ブライアンは意外そうに片方の眉を上げた。 


「……あん? もしかして見たことがあるのか? だとしたら顔に似合わない経験をしてるなあ。……だが、俺たちの仕事はあいつの調査、そして妖魔と判明した場合に即殲滅することなんだよ」


「ええ!? よ、妖魔ですよ!?」


「それが俺らの仕事なんだから仕方ないだろ。実は昨日山を駆けずり回っている間に一度遭遇したんだが、その時は逃げられちまってなあ。あっちから来てくれるなら願ったりだぜ。それにあいつはまだ下級の妖魔だ。じゃなけりゃ、いくらなんでも俺たち二人だけってことはねえよ。……まあ、人使いが荒いことに変わりはないんだが……」


 どこか遠い目をするブライアンだったが、引き抜いた剣を無造作にぶら下げたまま間合いを詰め始めた。


「お前らはそこから動くなよ。――コレットちゃん。そいつらと援護は頼むぜ」


「はい。お気をつけて、ブライアンさん」


 頷いたコレットが周囲に結界を張ると、ラルフたちを薄く光る膜がすっと覆った。


「お二人とも結界から出ないでくださいね。でも、妖魔の攻撃ともなればそう長くは持ちませんから、回避する準備もしておいてください。こちらまで攻撃が届くことはないとは思いますけど」


 数分前まで気色の悪い笑みを見せていた人間と同一人物とは思えないほどに真剣な表情で前を見据える神官少女。

 

 ブライアンは軽く言っていたがやはり危険な相手には違いないのだ。

 二人からピリピリとした空気が流れてくるし、先程から放たれている妖魔の圧力も尋常ではない。


 彼らの姿にラルフたちが息を呑んでいると、とうとう戦闘が開始された。


「――おらあっ!!」


 オッサンっぽいかけ声とともに一気に距離を詰めたブライアンが白い妖魔に斬りかかると、敵は身体をぐにゃりと歪ませて避けた。


 まさに魔力体ならではの回避方法だが、ブライアンはすぐさま返す刀で追撃し、なおも避けようとする妖魔の身体を斬り裂いた。


【――――!!】


 胸元を大きく抉られた妖魔が苦痛の思念を辺りに響かせる。

 

 下級とはいえ妖魔に有効打を浴びせることができる時点でブライアンが一流の使い手だとラルフにも分かる。

 当然のごとくあの剣は<内気>を纏っているのだろう。


 ブライアンは一気に畳みかけようとしたが、妖魔は霧のような身体を大きく後退させると、空中に巨大なつららを何本も生み出して放ってきたのだ。


「――おおっと!!」


 器用に身体を捻って高速で飛んでくるつららを避けてみせるブライアン。

 強力な敵を前にしても焦ったり怖気づいている様子は全くない。おちゃらけたオヤジだがかなりの修羅場を潜ってきていることが見てとれた。


「す、すげえ……。ただのオッサンじゃなかったんだな」


 再接近したブライアンが妖魔の繰り出す変幻自在の攻撃をいなしながら着実に力を削っていく様子を見てマルクも呆けた声を上げた。


 だが、押し込まれていた妖魔は業を煮やしたのか新たな技を繰り出してきたのだ。

 急に白い身体を震わせたかと思うと二体に分裂したのである。


「うお!? そんなのありかよ!?」


 左右から挟み込んできた二体の妖魔が冷気を纏った攻撃を加えようとしてきたのでブライアンは悲鳴を上げた。

 もしあれをまともに受ければ先程の猿のように身体の芯から凍り付いてしまうだろう。

 

「――ちっ!」


 それでもブライアンは一体の攻撃を避けつつもう一体を迎撃しようとしたが、ラルフの目にもかなり際どい攻防に見えて内心手に汗を握っていると、


「――<破滅の波動(ルーイン・ウェイブ)>!!」


 ラルフの目の前で戦況を見守っていたコレットがおもむろに杖をかざして魔導を放ったのだ。


 結界を維持しつつ放たれた白い閃光は妖魔の片方を消滅させ、その隙にブライアンは余裕をもって距離を取る。


「助かったぜ! コレットちゃん!」


 ブライアンが背を向けたまま礼を言い、思わず驚いているラルフの隣でマルクも茫然と呟いた。


「こ、この姉ちゃんもトロそうな外見の割にはけっこうやるのな……」


 その遠慮のない言い草にラルフは慌てたが、コレットは集中していて聞いていなかったようなので内心ホッとする。正直自分も同じことを考えていたのだ。


(今のは確か多重制御とかいう……)


 ソラも駆使していた複数魔導の同時使用。

 この技術を扱える魔導士は一流レベルと呼んで差し支えないらしい。

 ブライアンはもちろんコレットも妖魔を相手にしているだけあって並みの使い手ではなかったのだ。


 ラルフが感心している間にもブライアンは戦闘を優勢に進め、危険な場面ではコレットが絶妙なタイミングで援護して妖魔は少しずつ追い詰められていった。


 もはや勝負が決まるのは時間の問題に思えたときラルフはふと妙なものを発見した。


(……? あれは何だ?)


 攻撃を続けるブライアンの背後、濃い霧に紛れて何か白いものが徐々に形作られているように見えたのでラルフが目を凝らしてみると、


(……!! 槍!?)


 ラルフは直感的にそれが妖魔の攻撃だと悟る。

 密かに霧のような身体を移動させて機会を窺っていたのだ。


(急いで知らせて……いや、間に合わない!!)


 妖魔は引き付けるためか手に白い剣を生み出して斬りかかっており、おそらくコレットの魔導でも手遅れだろう。


(……僕が行くしかない!!)


 ラルフは無我夢中で駆け出した。


「え!? ラルフさん!?」


「お、おいっ!!」


 結界から飛び出して走るラルフの背後からコレットとマルクの慌てた声が聞こえてくる。


「!? 動くなと言っただろうが、ラルフ!!」


 妖魔と斬り結んでいたブライアンも振り返って怒鳴ってきたが、ラルフは構わずに白い槍へと突進した。


(くっそー!! 間に合えええ!!) 


【――!?】


 妖魔の驚愕する思念を感じつつもラルフが精一杯腕を伸ばしたその時、何か熱いものが瞬間的に身体の中から突き出した剣にまではしったような気がしたがそのままおかまいなしに突っ込む。


 ラルフが必死に突き出した剣は今まさに動き出した白い槍をほんの一瞬だけ邪魔したに過ぎなかったがそれで十分だった。


「……そういうことかよ!!」


 ラルフの行動の意味を理解したブライアンが振り向きざまに剣を一閃させて背後の白い槍に叩きつけたのだ。


 すると、まるでガラスが割れるような硬質な音とともに白い槍が砕け、正面にいた霧型の妖魔も同時に消滅したのだった。



 ※※※



「――ラルフ。お前さんのお陰で命拾いしたぜ。ありがとうよ」


「あ、頭を上げてくださいよ、ブライアンさん!」


 妖魔を無事に倒したあと、頭を下げて礼を言ってくるブライアンにラルフは困惑していた。

 結局自分は大したことはできなかったし、正直な話ほとんど何も覚えていないのだから。


「あの妖魔はあっさりと消えちまったけど、ちゃんと倒したんだよな?」


「ええ。おそらくブライアンさんの背後に移動させていた方に核があったんでしょうね。いわばこちらの方が本体だったわけです」


 マルクがいくらか霧が薄くなった山を見渡しながら問うとコレットが頷きながら答えた。


 核とは人間で言うところの心臓であり、これをブライアンが消滅させたので囮になっていた正面の妖魔も消え去ったのだそうだ。


「そういえばラルフよ。お前さん<内気>を扱えたんだな。ちょっと見直したぜ」


 ようやく頭を上げたブライアンが感心したように顎を撫でたのでラルフは首を傾げた。


「えっと、僕はまだ<内気>の修行中なんですけど……?」


「は? さっき<内気>を纏わせた剣で妖魔の動きを遅らせてただろ。あれがなかったらやばかったぜ」


 どうも話が噛み合わないのでラルフは戸惑っていたが、ふとあることを思い出した。


「……あ。そういえば、この剣は強制的に<内気>を引き出すことができるんです。もしかしたらそのお陰かもしれません」


「何だそりゃ?」


 ラルフはクロエから貰った剣を見せるが、受け取ったブライアンは怪訝そうにためつすがめつ眺めていた。 

 

「俺も長いこと冒険者をやってるが、そんな武器があるなんて聞いたことないけどなあ」


「そ、そうなんですか? ――いや、それよりも聞きたいことがあるんですけど!」


 ブライアンの言葉も気になるが、ラルフにはもっと聞かなければならないことがあるのだ。


「さっき、ブライアンさんは妖魔の調査や退治が仕事だって話してましたけど、二人が所属している組織って一体何なんですか? 国の人間ではなさそうですけど……」


 そのような組織など聞いたことがないし、二人の口ぶりからしても大規模な冒険者チーム――クランでもなさそうである。


 ラルフの質問にマルクも同意とばかりに頷くと、ブライアンはまたコレットと顔を見合わせた。


「……まあ、別に秘密組織ってわけじゃないし、お前さんたちは今回の関係者だから教えてもいいか」


 ブライアンは一度もったいつけてから口を開いた。


「ほんの数年前に結成されたばかりだから知らなくても無理はねえな。……俺らは国家の枠を超えて活動する非政府組織にして、世界で唯一の対妖魔を専門とした迎撃部隊――通称、『蒼穹(そうきゅう)の翼』だ」

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