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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
幕間 ラルフの修行道中編
82/132

別れと出会い②

 気味の悪い森を通り過ぎた後、停車場で何人もの人間が乗り降りしながらも馬車は進み、ラルフたちはようやく目的の街へと辿り着いた。


  二人はおじいさんに挨拶して馬車を降りる。


「あ~、長い間馬車に乗ってたから腰が痛え」


 マルクが老人のようなセリフを言っているが、ラルフも身体のあちこちが強張ってしまっていたので軽くほぐした。


「それじゃあ、さっそく冒険者協会に行こうぜ!」


 すぐに回復したマルクにラルフは頷く。

 まだ日は高い。今日中に依頼のひとつくらいは決めて、それから宿を取ればいいだろう。


 二人は外国特有の雰囲気を味わいながら協会に向かって歩き始める。


 通行人に道を聞きながら大通りをしばらく進むと立派な建物が見えてきた。あれが協会で間違いないはずだ。

 さすがにこれだけ大きな街なので、故郷にあるそれとは比べ物にならない。


「うお。けっこう熱気があるなあ」


 扉をくぐるとロビーには多くの冒険者たちがひしめいていてマルクが驚いていた。

 受付に並んでいる者、依頼書が貼られた掲示板を眺めている者、仲間と思しき人間と雑談している者など様々だ。 

 みな経験豊富そうでラルフは少し緊張する。 


「確か飲食店が併設されてるんだったよな。依頼を決めたらメシにしようぜ」


「そうだね」


 ロビーの左右にある二つの扉はそれぞれ協会が運営する飲食店と武器防具を扱う店とに分かれていると道を教えてくれた人が言っていた。

 朝から移動続きで何も食べていないのでそろそろ遅めの昼食を摂りたいところだ。


「――さて。仕事始めは大事だからね。どんな依頼にしようか」


 ラルフが掲示板を覗きにいこうとすると、


「あ。ちょっと待った。俺、その前にやることがあるから」


「え?」


 マルクが突然ストップをかけきたので、出足をくじかれたラルフが動きを止めて振り向くと、少年はなにやら受付の前の列に並び始めていたのだ。


「……何してるの? マルク君」


「見てりゃ分かるよ」


 ラルフは首を傾げつつもなんとなくマルクと一緒に順番を待つ。

 自分と同じ初心者なのに、一体何の用事があるのか疑問である。


「――次の方、どうぞ」


「おう!」


 順番がくるとマルクは威勢よく返事をし、声をかけた受付のお姉さんが微笑んだ。


「ふふ。元気ですね。それで、今回はどのようなご用件でしょうか?」


「いくつか依頼を達成したから、それらの確認と報酬を頼む!」


「かしこまりました」


 マルクが小さなメモ帳サイズの冒険者パスポートをカウンターに置くと、お姉さんはその中身を確認したのちにどこかから書類を持ってきてチェックし始めた。


 ラルフは一連のやり取りをぼんやりと眺めていたが、ふと我に返る。


「ちょ、ちょっと、マルク君! どういうこと!?」


「どうもこうも、仕事の報酬を受け取りに来たんだよ」


「し、仕事って、いつの間に!?」


 ラルフは驚愕する。

 己よりも何日か早く取得していたとはいえ、旅立つまでにはわずかな時間しかなかったはずだ。


「それでも一週間くらいはあっただろ。ラルフが悠長に準備してる間に済ませたんだよ。ふふん。驚いたか? そのためにここで手続きしたんだぜ」


 マルクが得意げに腕を組むと、お姉さんが少し困った表情をした。


「一応、請け負った協会で査定してもらうのが原則ですからね。特にマルク君が達成したようなすぐに確認が可能な低ランクの依頼は。協会が広範囲で情報を共有しているとはいえ限度がありますし。今回は大目に見ますけど」


「うん。分かったよ」


 素直に頷くマルク。


 いまいち意味が分からないラルフが受付のお姉さんに聞くと、マルクはホスリングにある小さな出張所程度の協会で薬草採取という難易度が最低ランクの依頼を受けてちゃんと納品したのだそうだが、その場で依頼達成の手続きができるにもかかわらずわざとこの協会で行ったのだそうだ。

 ただ、ラルフを驚かせるためだけに。


「そ、それで、わざわざ……」


 さすがにラルフは呆れ果てたが、ここは小さな依頼でもきちんと情報が共有されている協会の体制を褒めるべきかとも思う。いくら距離的に遠くないとはいえ国境を隔てているのだ。


 思わず脱力するラルフの目の前でお姉さんがマルクの冒険者パスポートに依頼達成の判を押して報酬の入った袋を手渡した。


 記念すべきひとつ目の達成印と報酬とを見比べてマルクが嬉しそうな笑みを浮かべる。

 大した額ではないだろうが、ラルフも警備隊で初任給をもらった時のことを覚えているので気持ちは理解できるのだった。


「おめでとうございます。手際もいいですし、この分だと星をもらえるのはそう遠くないですね」


「ありがと、お姉さん。目標としては今年中に『初心者(ビギナー)』から昇格する予定」


 ラルフは二人の会話を聞きつつもこの行動力は見習わなければと苦笑しながら思った。

 資格は満十二歳から取得できるが、マルクは即座に試験を受けて合格し、そのまますぐに依頼までこなしてしまったのだから。


 いそいそとパスポートを懐にしまいこむ少年をラルフが見つめていると、同じく優しい表情で見つめていたお姉さんがふと何かを思い出したような仕草をした。


「……それにしても最近は有望な新人さんが多いですね。協会としては嬉しい限りですけど」


「そうなんですか?」


「ええ。この前もマルク君と同じくらいの歳ですでに『二ツ星(ダブル)』や『三ツ星(トリプル)』を獲得している子がいましたからね」


「げっ! そんなやつがいるのかよ!?」


 マルクがびっくりしているが、それはラルフも同様だ。

 ひとつ目の星を取得するのはそう難しいわけではないらしいが、それ以上をマルクくらいの年で手に入れるとはにわかには信じ難い。


「世界は広いね……」


「まったくだぜ。これくらいで喜んでる場合じゃねえよ」


 茫然とするラルフたち。


 お姉さんも、「私もそうそうお目にかかれないですよ」と頷いていたが、書類を手早くしまってラルフたちの顔を見る。


「お二人はエレミアから来られたばかりみたいですけど、今日からネイブル王国で活動されるんですよね?」


「はい。そのつもりで協会を訪れたんですけど……そういえば、仕事に関して助言とかも受けられるんですよね」


「冒険者にもそれぞれレベルや適正がありますから。よろしければ相談に乗りましょうか? ちょうど人も減ってきましたし」


 ラルフがロビーを見回すと確かに先程よりも冒険者たちの数がだいぶ減っていた。

 お昼を食べた後に顔を出した人間が大方去っていったのかもしれない。


「じゃあ、お願いします」


 ラルフが返事するとお姉さんは冒険者パスポートの提示を求めてきたのでポケットから出して見せる。


「……ふむふむ。ラルフさんもまったくの初心者なんですね。でも、警備隊で一年以上働いていたから戦闘の経験はあると」


 パスポートにある経歴欄を確認するお姉さん。


「とりあえずマルク君とチームというかコンビを組んでいるので、あまり危険な仕事もどうかと思うんですけど」


「おいおい、ラルフ。あまり慎重になりすぎたら意味がないぜ。俺たちは強くなるために冒険者になったんだから」


「まあ、そうだけどさ」 


 不服そうなマルクだが、万が一彼に何かあったらクロエたちに申し訳が立たない。

 ここは年長者としてきちんとリスクを考えなければ。


 ラルフがそう考えていると、受付のお姉さんは手元に書類の束を置いて吟味し始めた。

 どうやら掲示板に貼ってある依頼書をまとめたもののようだ。


「強くなる……ですか。ということは実戦経験を積みたいというわけですね」


「そうそう。ただ、俺だって無理な依頼を受けるつもりはないしさ。お手頃なのないかなあ」


 マルクがカウンターに身を乗り出して書類を覗き込んでいると、


「――ん? これ何だ?」


 どうも何かを見つけたようで不思議そうな声をあげた。


「ああ。これは午前中から既に開始されている案件なんです。混ざったままでしたね」


 お姉さんが束から取り除いた紙をラルフも見てみると、それは難易度も記載されておらず内容もあやふな奇妙な依頼書だった。

 とある遺跡で冒険者たちが霧のようなものに襲われたとだけ書かれてあり要領を得ない。 


「これって……?」


「それで内容の全て。つまりは敵の正体も何も分かっていないんですよ。だから難易度も決めようがないんです。襲われた方々は一目散に逃げ出したので無事だったそうですけど」


「なるほど……」


 正体不明(アンノウン)の敵。

 まずは調査からということらしい。


「……でも、おかしなこともあるんですよね」


「おかしなこと?」


 お姉さんの訝るような言葉にマルクが反応する。


「その案件は受ける人間が決まりかけていたんですけど、今朝になってどこかの組織が突然横槍を入れてきて強引に持っていっちゃったんです」


「組織って、傭兵団とかですか?」


 彼らの中には荒々しく乱暴的な人間も多いとラルフも聞いている。

 偏見かもしれないが、そんなことも平気でしそうだ。


 しかし、お姉さんは首を横に振って付け加えた。


「あ、いえ。強引にとは言いましたけど、最終的には揉めることなく纏まった話なんです。そもそも支部長が直々に仲立ちしましたから」


「支部長って、ここで一番偉い人間だよな。どういうことだ?」


 マルクが見上げてくるがラルフに分かるはずがない。

 ただ、その組織は支部長が動くほどの規模、あるいはコネを有しているということではないだろうか。


「私も詳しいことは教えてもらえていないので分からないんです。――それより、その件でちょうどいい依頼を思い出しました」


 お姉さんは書類の束をパラパラとめくり始めたかと思うと、すぐに一枚の依頼書を抜き出してラルフたちの前に差し出した。


「……ええっと。村に出没する野生の猿を退治する、または追い払う……」


「……猿? 怪物の類とかじゃなくて、ただの猿?」


 ラルフが読み上げるとマルクが眉をひそめた。


「ある山の麓にある村なんですけど、この時期になると猿たちが山から下りてきて農作物を荒らすので困っているらしいんですよ。通常は村の人間だけでも対処できるようですけど、今年は数が多いらしいので人手を欲しているんです」


 お姉さんが説明するが、マルクは渋い顔をしたままだった。


「……いや、でも、猿退治とかなあ」


「猿といっても鋭い牙を持ってますし、素早くて知能も高いですから油断していると痛い目を見ますよ」


 人差し指を立てて真剣な表情で忠告してくる受付のお姉さん。


 ラルフもしばらく依頼書を見ていたが、すぐに決心してマルクへと視線を向けた。


「――うん。いいんじゃないかな。初心者の僕らには打ってつけだと思うよ」


「……ま、そうかもな。ゴブリンあたりを考えてたんだけど、まずは猿たちで肩慣らしといくか」


 やや不満そうではあったが最後にはマルクも同意した。


 ラルフは警備隊員時代に怪物の駆除なども行っていたがどれも低レベルの敵ばかりだった。

 一度オーガと死闘を繰り広げたこともあるが、あんなことを繰り返していれば命がいくつあっても足りないし、ここは少しずつ段階を踏んでいけばいいだろう。


「では、詳しい条件などをお話しますね。それで納得されればお二人にサインしてもらって契約完了です」


 そう言ってお姉さんは書類の二枚目をめくったのだった。



 ※※※



 ラルフにとって初めての依頼が決定した翌朝。

 二人は準備を済ませて街を出発していた。


 当然馬車を利用しているが、村への直通便はないので途中まで乗せてもらい、その後は徒歩である。


「それじゃあ、依頼のおさらいをしようか」


「相変わらず、真面目なやつだなあ」


 馬車に揺られながらラルフが言うと、向かいに座って自前の武器であるスリングショットを手入れしていたマルクが呆れたように顔を上げた。


「まあまあ、そう言わずに。仕事の内容をしっかりと確認することは大事だよ」


 ラルフは協会でもらった書類に目を落とす。


「えっと……僕らの仕事は村に下りてくる猿を村人たちと協力して退治することだけど、山に逃げ帰るやつを無理に追う必要はないみたいだね。一度追い払えば来年になるまで戻ってくることはないらしいから」


「思ったよりも根性のない猿たちだよな」


「彼らが狙っているのは主に家畜や農作物だけど、たまに人間の子供も襲うらしいから気をつけないといけないよ。……それと猿が出没しなくなるまで村に泊り込みになるわけだけど、泊まる場所や食事は村の人間が善意で用意してくれるそうだね」


「メシや宿泊費用がタダってのは良いよな」


 報酬額もまずまずなので、この依頼は当たりだったのではとラルフも思う。


「俺の武器は遠距離専用だから、戦闘配置はラルフが前衛で俺が後衛ってことでいいよな」


「そうだね。僕が前線を担当して、マルク君が死角から襲ってくる敵を牽制してくれると助かるよ」


「おう。背中は任せとけ!」


 元気のいいマルクにラルフは微笑む。

 ソラたちの連携に比べれば真似事の域を出ないかもしれないが、それでも彼とは付き合いが長いので上手くやれそうだ。

 警備隊では二人一組(ツーマンセル)での訓練も行っているので、自分が臨機応変に間合いを調節すればよいだろう。


 ラルフは荷物から己の武器である長剣を取り出してマルク同様にチェックを始めた。

 まだ扱い始めてから日が浅いので柄に巻きつけてある布を手の平に合うようにしっかりと微調整する。


「そういえば、俺もばあちゃんからナイフを預かったけど、ラルフも餞別代りに武器を貰ったんだよな」


「うん。クロエさんには普段からお世話になってるのに、こんな武器まで頂いて頭が上がらないよ」


 ラルフは少しだけ剣を鞘から抜いてみた。

 標準的な長剣ではあるが、その刀身は鋭く美しい。少なくとも警備隊で使用していたものとは段違いの逸品である。 

 これはクロエが冒険者時代にダンジョンから持ち帰り、その後も売り払うことなく家の倉庫にしまいっぱなしだったものなのだ。


「切れ味はもちろんだけど、特殊な機能を持ってるらしいんだよね」


「特殊?」


「クロエさんの話によると、体内の魔力――<内気>を半ば強制的に引き出すことができるらしいよ」


「マジかよ。そんな便利なものがあるのか」


「古代魔法帝国時代のものらしいけど」


 現在よりも遥かに高度な文明を築いていたとされるので、そのような武器が存在していてもおかしくはないのかもしれない。

 ラルフたちが普段生活で何気なく使っている魔導具の数々も元は魔法帝国時代に生み出されたものを復元したものが多いのだ。


「それで、具合はどうなんだ?」 


「今のところはまだ使いこなせているとは言えないね。ただ不思議な感覚はあるよ。こう、身体の奥が熱くなるような……」


 ラルフにとって<内気>を操作することは長年の目標だ。

 この技術を扱えるのとそうでないのとでは戦闘時に雲泥の差が出るし、ある程度の実力者たちは皆習得している。

 魔導の才能がなく身体能力にも恵まれているわけではない自分にとっては強くなるための必須技能だ。


 だが、誰しもが練習すれば会得できるわけではなく、下手したら一生を費やしても不可能な場合もあるのだ。警備隊でも使い手は数えるほどしかいなかった。

 クロエは魔導士でありながら扱うことができるし、彼女の孫であるソラやマリナなどは年齢が一桁の時分から使えたというがそういう人間は稀である。本来は長い修行を必要とするのだ。


「この剣を使って魔力を操る感覚を養うことができればってクロエさんは言ってたけど、まずは剣そのものを使いこなさないとね。剣と意識を同調させることが大事らしいけどなかなか難しいよ」 


「でも、良かったじゃん。そんな役立つ道具はそうないぜ? きっかけを掴めるだけでも儲けもんだよ」


 マルクの言葉にラルフは頷いた。

 きっとクロエもラルフが悩んでいることを見抜いていたからこの剣を託してくれたのだ。


 それから二人で黙々と武器や道具の手入れをしていると、あっという間に時間が過ぎて馬車が行き着く場所まで辿り着いた。


 ラルフたちは徒歩に切り替えて目的地に向かう。

 御者の話だと一時間ほどで到着するらしい。


「――お。村が見えてきたぜ」


 しばらくすると、前を歩いていたマルクが声をかけてきたのでラルフが前方に目をやると、連なる山々の麓に小さな集落が見えていた。


「でも、霧がかかってて村の様子が見えづらいな」


「山霧ってやつだね。この季節は発生しやすいって御者の人も言ってたよ」


 目的地を目の前にした二人は若干早足になって村へと歩いていったがすぐに異変に気づいた。


「……どういうことだよ、これ」


「さ、さあ……」


 ラルフとマルクは茫然と霧が煙る村の中心で立ち尽くした。


 それもそのはず。村には人の姿が皆無で不気味な静寂に包まれていたからだ。


 すぐに二人は手分けして村中を探すことにしたが――


「……だめだ。誰もいねえよ。犬が一匹歩いてたけど」


「こっちもだ。柵の中に家畜が少し残ってるくらいだよ」


 家を一軒一軒見て回ったにもかかわらず村人たちを発見できなかったのだ。


「みんなどこに行っちまったんだ? もしかして集団で旅行とか……そんなわけないよな」


「そもそも僕らを置いて無断で消えるわけがないよ。今日来ることを知ってたんだし」


 途方に暮れる二人。

 さすがに村の人間が丸々消えるなど予想できるわけがない。


「怪物に襲われたってことはないか?」


「それなら家畜が残されているのは不自然だし、観察した限り争った跡もないから違うと思うよ。まるで人間だけが忽然と消えたみたいだ」


「こ、怖いこと言うなよ」


 寒気を覚えたように両腕を抱え込んで怖々と周囲に視線を向けるマルク。


 村は山で発生した霧に包まれていて薄暗く、人っ子ひとりいないのでまるで廃村のごとき様子を呈している。雰囲気的には昨日通りかかった森に近い。それこそ幽霊でも出てきそうだ。

 しかも、しーんと静まり返った中で会話していると、思ったよりも自分たちの声が響くので余計気味が悪い。


「……そういえばさ、この村って例の遺跡から近いんだよな」


「……ああ、昨日協会で聞いた話だね。正体不明の霧の怪物。近いといっても山を挟んだ向こう側だからけっこう距離があるよ」


 ラルフの記憶によれば連なった山々のかなり奥地だったはずだ。

 協会のお姉さんも近寄りさえすれば問題ないと言っていたし、そもそも今回の仕事では山に入る必要すらないのだ。


「まさか、この霧って……」


「これはただの霧だよ。それにしても、これからどうするべきかな? もう少し範囲を広げて捜索してみるか。協会に駆け込むのは時間がかかるし……」


 事情は分からないが、こういう場合楽観視するのは危険だ。

 村の人間に危機が迫っていると仮定して、これからのラルフたちの行動次第で彼らの運命が変わるかもしれないのだ。


「……とりあえず、村の近辺を二人で探してみよう。それで駄目なら、近くの町に応援を――」


 と、ラルフが言いかけたときだった。


 突然、背後から複数の気配を感じたのだ。


「!? ラルフ、何か来るぞ!!」


「下がって!! マルク君!!」


 ラルフは抜剣しながらマルクを庇う。


 二人がそれぞれ固唾を呑んで構えていると、やがて霧の向こうから三つの影が躍り出てきた。


「……こいつらは!?」


「もしかして、依頼にあったやつらか?」


 ラルフたちの目の前に姿を現したのは、オレンジ色の毛並みをした三匹の猿だったのだ。

 体長はマルクの腰ほどで鋭い牙を剝き出しにしてこちらを威嚇している。

 依頼書にあった特徴と一致しているので間違いないだろう。


「たぶん、人がいないからここまで入り込んできたのかもね。家畜狙いで」


「こいつらが村人失踪の原因じゃないよな」


「それはさすがにないと思うけど」


 村には百人を超える人間がいたはずだ。

 猿が集団で襲ってきても遅れを取るとは思えないし、ましてこの程度の大きさでどうこうするのは不可能だ。

 今もラルフたちを警戒して近寄ろうとはしない。


「まさに火事場泥棒だな。どうする? 放っておいたら、残っている家畜たちが犠牲になるかもだし、ここで退治しておくか?」


 マルクの提案にラルフは頷いた。

 このまま見逃して村が荒らされたら申し訳が立たない。


 ラルフたちが間合いを詰めようとすると、こちらの意図を察したのか猿たちは山の方に向かって躊躇なく逃げはじめた。


「あ、こら! 待ちやがれ!」


 二人は急いで追いかけるがかなりすばしっこいのでなかなか追いつけない。


(なるほど。油断していたら手痛い反撃を食らっていたかもしれないね)


 ラルフも走りながら受付のお姉さんの警告を思い出す。 


 しばらく猿たちを追いかけると村と山との境界線まで来た。

 山は村の中よりも更に深い霧に覆われている。


「ちくしょう。このままじゃ逃げられちまう!」


 全力疾走で息を荒くしたマルクが悔しそうな声を出した時、山に逃げ込もうとする猿たちに視線を向けていたラルフはあるものを見つけた。


「……あれって!?」


「どうした?」


 尋ねてくるマルクには答えず、ラルフが指先を山の中に向けてみせると、


「……って! もしかして、人か!?」


 すぐにマルクも気づいて驚きの声を上げた。


 山には別の猿が一匹佇んでいたのだが、その腕の中からは衣服の一部が垣間見えていたのだ。


「そういや、猿はたまに子供を襲うって……!!」


「あいつは身体が大きいし、幼児くらいなら抱えられるかもしれないね」


 そうこうしているうちに猿たちは合流して山の奥へと走っていってしまう。


「……ラルフ!!」


「追うよ、マルク君!!」


 二人は頷き合い、去っていく猿たちを追跡するために真っ白な山へと入っていったのだった。

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