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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
幕間 ラルフの修行道中編
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別れと出会い①

「……この先がネイブル王国かあ」


 エレミアと隣国との国境でひとりの青年が感動したように石造りの門を見上げていた。


 ラルフ・マイヤーズ。

 今年十七歳になったばかりのホスリング町の()警備隊員である。

 少々頼りない表情をした青年だが身体はかなり鍛えられていた。


「エレミアから出るのは初めてだから少し緊張するかも」


 そもそも生まれ育った田舎町から出ること自体ほとんどないのだが。

 一度、首都であるエルシオンに両親と観光に出かけたくらいである。


(……これから僕の冒険が始まるんだ)


 家族や友人たちと別れ、慣れ親しんだ故郷を離れるのだから、やはり自然と込み上げてくるものがあった。


 ラルフがしばし感慨深げに佇んでいると、


「――おい、ラルフ。いい加減呆けてないで進もうぜ」


「あ、ごめん」


 背後から聞こえてきた催促する声にラルフが我に返って振り向くと、そこにはうんざりとした様子の少年が立っていた。

 歳はまだ十二ほどで、いかにもやんちゃ盛りといった風である。


「せっかくここまで来たんだからちゃっちゃと入ろうぜ。日が暮れちまうよ」


「そ、そうだね。……でも、本当についてくるの? 学校だってあるのに」


 この少年はマルクといい、同じ町の出身であり恩人の孫でもある。

 歳は少し離れているが昔から仲良くしている男の子だ。

 今はなぜかラルフと同じような旅装姿だったが。


「今更何言ってんだか。長期休みの間だけだって教えただろ。マリナのやつと同じだよ。頃合を見計らって帰るから」


「いや、それだけじゃなくて、危険かもしれないし……」


「クロエばあちゃんから『ラルフだけじゃ危なっかしいからしばらくついていってやりな』って言われてるし。それに、一応俺の方が先輩だってこと忘れてないか?」


 腕を組んで偉そうに見上げてくる少年にラルフは声を詰まらせた。

 マルクはほんの数日だが冒険者資格を先行して取得しているのだ。

 得意げに教えてもらった時は驚愕したものである。


 資格を取得するための試験には主に筆記と実技とがあるが、警備隊で働いていて、なおかつ真面目なラルフがクリアするのは当然だとしても、まだ十二歳の少年が突破するというのはあまり聞いたことがない。

 さすがは冒険者として活躍したクロエの孫、そしてソラたちの従兄弟(いとこ)だけはあるのかもしれない。


(しかし、クロエさんも何を考えてるんだか……)


 若輩者とはいえ、仮にも戦闘行為を生業としてきた自分に年下の少年をついていかせるとは。

 いくら幼年時代から色々とお世話になり、今回の旅立ちでも便宜を図ってくれた人とはいえ、これは流石にないのではないかと思う。


「まあ、そんなに落ちこむなよ、ラルフ。ばあちゃんも心配してるんだからさ。お前時々とんでもないヘマやらかすし。初心者同士助け合っていこうぜ」


 背伸びしたマルクがラルフの肩を叩いて気楽に言う。 

 励ましているつもりなのかもしれないが溜息が出てくるだけである。


 しかし、すぐに落ちこんでいても仕方ないと思い直した。

 自分は何のためにここにいるのか。


「……そうだね。僕は自分を鍛えるために警備隊員を辞めてまで冒険者になったんだから」


「お。調子出てきたじゃん。ラルフはそうでないと。俺もこんな機会は滅多にないし、ばあちゃんからも見分を広めてこいって言われてるんだ」


 元々冒険者志望だったマルクは将来を見据えて少しずつ経験を積んでいくつもりなのだろう。

 母親のオーレリアは反対らしいがクロエが説得に当たってくれたらしい。


「でも、ラルフが突然冒険者になるって言い出した時は驚いたよ。やっぱり、この前の騒動があったからか?」


「うん。あの件で自分がいかに未熟なのかを改めて痛感させられたよ。ただでさえ僕は才能があるわけじゃないんだから、もっと自分を追い込まないと」


 警備隊での経験はもちろん大きな糧になっているが、小さな町の仕事では限界があるし、飛躍的に成長することは難しい。

 そのことをほとんど役に立てなかった妖魔事件で思い知らされたからこそ決断したのだ。


「急だったから同僚たちも驚いてただろ」


「最後には『ある意味、ラルフらしい』って送別会を開いてくれたけどね」 


 警備隊の上司や仲間たちは両親ともども快く送り出してくれたのだ。

 一度決めたら一直線だから止めても無駄だとも言っていたが。


 意外だったのは総隊長のボールドウィンが惜しんでくれたことである。

 以前は事なかれ主義で目上の人間の接待を優先するような人間だったが、こちらもあの事件以降人が変わったかのように真面目に職務をこなすようになったのだ。


『――正直残念だよ、ラルフ君。君のような情熱と正義感を持った人間が警備隊の未来を背負っていくべきだからね。だけど、旅立つことを決心した若者を引き止めるわけにはいかない。身体に気をつけて頑張りたまえ。そして、いつか大きく成長して帰ってきてほしい』


『あ、ありがとうございます、総隊長』


 執務室に呼ばれ、そう餞別の言葉を送られた時はあまりの変わりように内心唖然としたものであった。


 ラルフとマルクは身分証として、国境警備の人間に真新しい冒険者パスポートを提示して門をくぐる。


「でもさ、何でネイブル王国なんだ? 普通は国内で仕事を始めて、徐々に範囲を広げていくもんだろ?」


「クロエさんの言葉じゃないけど、これまで狭い世界しか知らなかったから、見分を広げてみたいって思ったんだよ。単純に他の国を見てみたい気持ちもあるけどね」


 ネイブル王国に足を踏み入れたラルフが馬車乗り場を探しながら答えると、マルクはなにやら含み笑いをした。


「んなこと言って、実はソラ姉を追いかけてたり」


「なっ!? ち、違うよ!!」


 不意打ちのような言葉にラルフは慌てて否定したが、ふと白い髪の少女が脳裏をよぎり顔が熱くなった。

 あの事件後ソラたちがネイブル王国に向かったことは知っているが、あくまで偶然である。


「ホスリングからネイブル王国への国境は目と鼻の先だからこっちに来ただけだよ!」


「いや、そんなムキになられても。大人気ないにもほどがあるだろ」


 マルクは一足先に馬車乗り場を見つけてそちらへと歩いていった。

 普段は子ども扱いすると怒るくせに、こういう時だけは年下であることを利用するのだ。相変わらずちゃっかりとしている。


 まだ頬が熱を帯びたままのラルフも急いで後を追うと、ちょうどタイミングよく馬車がやってきた。


「とりあえず、ここらで一番大きな街を目指すってことでいいよな?」


「あ、うん。冒険者協会の支部が確実にあるだろうし、依頼も沢山ありそうだしね」


 二人は目の前に停まった馬車に乗り込む。

 両端に細長い座席が設置されている乗合馬車で他に客はいなかった。


 ラルフたちが乗り込んでしばらくしてから馬車が発車する。


「――こほん。あー、マルク君。ソラさんたちから影響を受けたのは確かだけど、別に追いかけてるわけじゃないからね」


「まだ言ってんのかよ」


 ようやく落ち着いてきたラルフが口を開くと、御者台の近くで外の景色を興味津々に眺めていたマルクが呆れたように振り返った。


「ちょっとからかっただけだって。真に受けるなよ」


「そ、そうなの?」


「――ていうか、バレバレだし。気づいてないのはソラ姉だけだろうなあ。あの人、けっこう鈍いから」


「えっと?」


 なにやら小声でブツブツ言っているマルクを見てラルフは首を傾げるが、少年は気にするなとばかりに手を振った。


「いや、こっちの話。まあ、影響を受けたのは俺も同じだしさ」


「そっか、マルク君も随分悔しそうだったからね」


「俺なんか完全な足手まといだったもんな。今思えば、背伸びしまくってるガキがソラ姉たちの周りをうろちょろしてただけだって情けなくなるよ」


「そう思えるのも、君が成長したからだよ」


 ラルフは微笑する。

 信頼していた上司の死など辛いこともあったが、あの事件は多くの人間の意識を変えるきっかけにもなったのだと思う。  


「それにしても、あの三人と妖魔との戦いはいまだ目に焼きついてるよ。個々の実力はもちろん、息の合った完璧な連携といい凄かったなあ。警備隊が総出でかかっても彼女たちにはまるで敵わないだろうね」


 ラルフがあれほどの衝撃を受けたのは、幼い頃怪物に襲われていたところをソラの師であるクオンに救われて以来である。

 白髪の少女を指揮者とした彼女たちの華麗で力強い協奏曲は見る者に鮮烈な印象を与えることだろう。


「あの三人は別格だろ。エーデルベルグ家の人間とはいっても、ソラ姉やマリナがあんなに強かったなんて思わなかったし、ばあちゃんだって全盛期の頃の自分でも太刀打ちできるか分からないって言ってたよ」


「アイラさんもひとつ年下だけど、僕よりも遥かに強いしね」


「あの姉ちゃんは物心つく前から戦闘技術を叩き込まれてたとか話してたな」


 それを言うならラルフだってクオンに出会ってから鍛え続けているのだが、正直彼女たちの足元にも及ばないだろう。 


 生まれ持った才能の差だと言ってしまえばそれまでだが――


「……でも、うん。色々と挑戦してみようって決めたからね。少しずつでも僕なりに進んでいくよ」


「だな。あの時役に立たなかった男二人でソラ姉たちを見返してやろうぜ」


 二人で笑い合うが、ラルフはふと先程のマルクのように意地悪な表情をしてみせた。


「けど、何だかんだでマルク君もマリナちゃんの後追いをしてるんじゃないの?」


「!? いきなり何言ってんだよ!?」


「あはは。さっきのお返しだよ」


「――!! ラルフのくせに生意気!!」


 顔を赤くしたマルクにポカポカと叩かれ、ラルフが笑いながら謝っていると、御者が振り向いて話しかけてきた。


「おお。元気だな、坊主ども。冒険者がうじうじしているよりはよっぽどいいけどな」


 ラルフたちが動きを止めて前を見ると御者がこちらを見ながらからからと笑っていた。

 どうもかなり高齢のおじいさんのようだがその手綱捌きには微塵の乱れもない。 

 警備隊では馬を運用していたので、ラルフには彼の技術の高さが理解できるのだった。


「あの、僕らが冒険者だって分かるんですか? ただの旅行者かもしれませんよ?」


 子供のマルクが同行しているし、ラルフも武装しているが外套で隠れている。

 一見しただけなら、兄弟で旅行しているようにも見えるはずだ。


「それくらい見れば分かるさ。これまで数え切れないほど乗せてきてるからな。お前ら、新人だろ」


「そこまで……」


「初心者の匂いがプンプンしてやがるからな」


 二人が思わず顔を見合わせていると、おじいさんはふいに真面目は表情になった。


「本来は説教のひとつでも聞かせてやるところだが……どうも必要なさそうだな」


「え?」


「お前らの会話を少し聞かせてもらったが、自分の力量ってものをちゃんと測れてるようだと思ってな。状況を冷静に判断できずにくたばっていった若い冒険者を何人も知ってるんだ」


「…………」


 押し黙るラルフたち。

 二人とも身に覚えがありすぎるからだ。


 そのままラルフたちが沈黙していると、おじいさんは少し声を和らげて、


「……まあ、ここらで仕事するなら話し相手くらいにはなってやる。伊達に長く生きてないからな」


「は、はい。ありがとうございます」


 わりと強面のおじいさんだが根は優しい人なのかもとラルフは思った。

 彼なりに冒険者たちの安否を気遣ってくれているのかもしれない。


 それから三人でしばらく会話していると、御者台の向こうに広そうな森が見えてきた。


「見てみろよ、ラルフ。濃い霧に包まれてて気味の悪い森だぜ」


「幽霊でも出てきそうだよね」


「ここは本当に出るぜ」


 おじいさんがぼそっと呟いたのでラルフたちはギョッとした。


「マ、マジかよ!?」


「ああ。マジだ。この森の奥には今は誰も住んでいない大きな屋敷があるんだが……これがまたいわくつきの屋敷なのさ」


「い、いわくつき?」


 ラルフがビビりながら尋ねると、おじいさんはニヤリと怖い笑みを浮かべた。


「そうだ。もう何年も前の話だが、館の住人たちが惨殺されるという事件が起こってな。それ以来彼らの怨霊がうろつくようになったのさ」


「……うへえ。冒険者とはいえそんな所には行きたくねえよ」


 マルクが顏をしかめ、ラルフも思わず鳥肌を立てていると、


「なんだ、だらしねえな。お前らも冒険者なんだから勉強も兼ねて少しだけ覗いてみるか?」


「えっ!? か、勘弁してくださいよ!!」


 急に馬車が森の中へ曲がろうとしたので、泡を食ったラルフたちが慌てて制止すると、おじいさんは笑いながら進路を戻した。


「冗談だ、冗談。その屋敷もついこの前取り壊されたし、アンデッドどももほとんどが退治されたから安心しろ」


「そ、そうなんですか?」


「長い間未解決クエストとして放置されていたんだが、やっと終わったんだよ。……これで霊たちも静かに眠ることができるだろう」


 おじいさんはどこか遠い目をして森を眺めていたが、ふとこちらを振り向いた。


「そういえば、そのクエストを解決したのは一人を除けばまだお前らとそう歳の変わらない冒険者たちなんだぜ」


「……それって、すげえな」


「そうだろ。ちなみに俺が馬車に乗せて連れて行ったんだ。ちょっとした自慢だよ」


 感心した様子のマルクにおじいさんは得意げな表情をしてみせたのだった。

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