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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
幕間 魔法使いの日常編
80/132

緋色の髪の少年③

 アランとともに不良たちを叩きのめした翌日。

 ソラはげんなりした表情で学校に登校していた。


(はあ~~~。昨日は疲れたよ……) 


 あの後はとにかく急いでジーナスの元へと戻ったが、長い間帰ってこなかったのでさすがに不審がられたものの、なんとか誤魔化すことに成功していた。

 仮に詳細を話していたら家族にも報告されて大変な騒ぎになっていただろう。


 だが、約束をすっぽかされたマリナがすっかり機嫌を損ねてしまい、トリスもウルウルと涙目になり、結局就寝するまでずっとワガママに付き合わされたのである。


 しかもそれに加えて、これがチャンスとばかりに普段ならソラが断るような約束を妹といくつもさせられたのだ。

 今考えればあの拗ねた態度も事を有利に運ぶための演技だったのかもしれない。


(くう~! マリナのやつめ! どさくさに紛れおって!)


 ソラが憮然としながら廊下を歩いていると、背後からマーガレットとノエルが追いついてきた。


「お姉様! おはようございます!」


「おはよう、ソラさん」


 元気な二人にソラも挨拶を返すとマーガレットが怪訝な表情をした。 


「お姉様。少しお疲れですか?」


「ああ、うん。昨日、色々あってね……」


 ソラが曖昧な笑みを浮かべると、マーガレットとノエルは顔を見合わせて首を傾げた。


 それから教室へと到着し、クラスメイトたちと挨拶を交わして自分の席に鞄を置くと、マーガレットが弾んだ口調で話しかけてきた。


「そうだ! 昨日の習い事で作ったクッキーを持ってきたんです! お姉様やノエルさんの顔を模してあるんですよ! 見てください!」


「そうなの? じゃあ、ちょっと待っててね。先に用事を済ませるから」


 ソラはそう言って鞄から綺麗に洗濯されたタオルを取り出すと、教室を横切って目的の席まで歩いていった。


「アラン」


 ソラが声をかけると、椅子に座って外の景色を眺めていた少年が面倒そうに顔を上げた。

 間近で眺めてみると昨日のケガがさっぱり消えてなくなっていた。おそらくお抱えの治癒術師にでも治してもらったのだろう。


「はい。これ、昨日のタオル。一応洗っといたから」


「……ああ。別に返さなくても良かったんだけどな」


 ソラがタオルを差し出すと、アランは受け取ってそのまま無造作に鞄へと突っ込んだ。


 なんとも雑な扱いではあるが、らしいと言えばらしいとソラは苦笑する。


 ともあれ目的を果たしたソラは席へと戻ることにした。

 昨日、アランが喧嘩をしている理由を教えてくれると言っていたが、それは昼休憩か放課後あたりだろう。もう数時間待てばよい。


 少し楽しみだと思いつつソラが席へつくと、なぜかマーガレットがぶるぶると震えながら出迎えた。


「お、お、お姉様……? い、今のやり取りは一体何なんですか?」


「え? 何って、昨日借りたタオルを返しただけど」


「そ、それは、どんな状況で? そもそも、いつの間にあの男と接触を……」


 震えがひどくなるマーガレットを見ながら、何をそんなに動揺しているのかとソラは首を傾げる。

 ふと気づいたら、教室中が静寂に包まれてなにやらこちらを注目しているようだった。


「どんなと言われても……。話せば長いような、そうでもないような」


「は、話せないことなんですか!? ――きゅう……」


「ええっ!? メ、メグ!?」


 突然力が尽きたようにマーガレットが机に突っ伏したのでソラは仰天し、興味津々といった様子で会話を聞いていたノエルも慌てて我に返って級友の肩を揺さぶった。


「あわわ! 大丈夫!?」


 教室の中が騒然とし始めたところで、またもタイミング良く担任が登場した。 


「――おはようございまーす!! 皆さん、今日も一日元気にいきましょうね~!! ……あれ? マーガレットさんはどうしたんですか? いけませんね~、教室で寝てしまっては……って、ひいい!? 白目を剝いて痙攣している!? だ、誰か、保健の先生を~!!」


 マーガレットの様子を確認してパニックに陥ったレヴィンの悲鳴が廊下にまで響き渡ったのだった。



 ※※※



「ほんっと~うにそれだけなんですね!! お姉様!?」


「本当だってば。しつこいなあ」 


 昼休憩にて、お弁当を食べ終わったソラはしつこく問い質してくるマーガレットに何度も同じ返答を繰り返していた。

 休みが入る度にこの調子なのでさすがに辟易してくる。


 マーガレットが失神したあと急いで保健室へと連れて行ったのだが、本人はすぐに回復するやいなやベッド脇で見守っていたソラに事の詳細を教えるようもの凄い勢いで詰め寄ってきたのだ。


 そのゾンビのごとき様相に正直ビビったものの、何か勘違いさせたようだと気づいたソラは昨日の出来事を説明したのだった。

 さすがに本当のことを話すわけにはいかないので大部分を誤魔化してあるのだが。


「それにしても、怪我がなくて良かったですよ。アラン君が丁度通りかかったのも幸運でしたね」


 人の良いノエルはマーガレットと違ってあっさりとソラの説明を信じ込んでいた。


 その説明とは、昨日ソラが学校の帰りに街で買い物をしている最中運悪く不良に絡まれてしまい、従者にも気づいてもらえずに困り果てていたところ、そこをたまたま通りかかったアランが助けたというもので、借りたタオルは間抜けにも驚いて溝に落ちてしまったから貸してくれたということになっているのだ。


「……しかし、あんなにお強いお姉様が不良ごときに遅れをとるでしょうか? まして溝に落ちるなど……」


 マーガレットの鋭い指摘にソラはギクッとする。


「い、いやあ~。不意を突かれて私も焦ったんだよ! バートル並みにゴツイのが複数いたし!」


「そ、それは、想像しただけで怖いです」


 ソラの適当な言い訳にノエルが怯える。


 マーガレットはなおも疑わしそうにソラを見つめていたが、しばらくすると追求を止めて息を吐いた。


「……まあ、いいでしょう。あの男もお姉様のために身体を張ったというのなら……感謝しないでもないです」


「そ、そうだよ。私も改めてお礼を言わないとね」


 何とか納得してくれたようだとソラはマーガレットが焼いたというクッキーをポリポリとかじりながら安堵していると、周囲で話を聞いていたクラスメイトの女子たちが一様にガッカリした声を出した。


「もう少し、色っぽいお話だと思ったんですけど……」


「そうだよね~。ソラさんならアラン君ともお似合いだし。私たちもあきらめつくしね」


「あ、あはは。いやいや、ないから」


 ソラは乾いた笑い声を上げる。

 保健室から戻ったあとに女の子たちが殺到してきたので何事かとソラは驚愕していたのだが、ようやくその理由を理解したのだ。

 本来なら八歳児がタオルを貸し借りするくらいで大騒ぎするほどではないのだが、この世界の子供が前世の日本の子供と比べても精神年齢が高いというか耳年増だということをすっかり失念していたのである。

 マーガレットなどはその筆頭のようなものなのだからもっと気をつけるべきだったのかもしれない。


「――しっかし、その場にいれば俺がそいつらを撃退してやったのによ。何で教えてくれなかったんだ!」


 今日もやってきたバートルがクッキーをバリバリと煎餅のように食べながら悔しそうに拳で手の平を叩く。

 天敵であるマーガレットの焼いたものだが、食べ物に関しては二人の確執を忘却の彼方へと放っておけるようだった。


「教えるって、そんなの無理でしょうが……。というか、助けてくれるの? 本当に変わったよね」


「え。あ、ああ、まあな。ゴルモアの男が身体を張って女を守るのは当然のことだからよ」


 感心したソラに対してバートルが照れたように顔を逸らすと、その様子を見ていたノエルが呆れたような溜息を吐き、


「……前から薄々思ってたんだけど、ソラさんって鈍いんだね……。他の男子生徒たちが密かに胸を撫で下ろしていたことにも全く気づいてないし」


「私はとても安らかな気分になれますけどね」


 と、なにやらマーガレットと顔を見合わせていたのだった。



 ※※※



 放課後。

 ホームルームが終了し、しつこい寝癖のついた担任が去ったあとにそれは突然訪れた。


「――おい、エーデルベルグ。ちょっと付き合え」


『どええええええええええええーーー!?』


 ソラの目の前にぶらりとやってきたアランが告げたセリフにクラス中が驚愕したのだ。


(こ、このアホ!)


 クラスメイトたちの視線が集まる中でソラは頭を抱えていた。

 せっかく皆の誤解を苦労して解いたのが水の泡となってしまったのだ。


 案の定、教室中から一斉に話し声が聞こえてくる。


「付き合えって、つまりはそういうこと!? これから嬉し恥ずかしな告白ってことなの!?」


「んもう、ソラさんたらっ!! 先程はおとぼけになって!! 不良に絡まれているソラさんを助けるうちに二人の間には愛が芽生えたんだわ!!」


「そ、そんなあっ!? ソラさんまでが!? 畜生!! 結局は金持ちのイケメンがモテるのかよ!!」


 悲喜こもごもの声を聞きながらソラは溜息を吐く。

 アランの一言だけで皆が勝手に脳内で妄想して盛り上がっている。

 何故かグレイシアも不機嫌そうに睨んでいるような気がしたが。


 そして、ソラの隣で最も喧しい人物の悲鳴が轟いてきて思わず耳を押さえた。

 多少のタイムラグがあったのはしばらく固まっていたからだと思われる。


「な、な、な!! つ、つ、付きあえええっ!? こ、この男、言うに事欠いて何ということを……!!」


 マーガレットはムンクの叫びのごときポーズできいいと甲高い声を出しながら椅子を蹴倒さんばかりに立ち上がったが、対照的にノエルはわりと落ち着いた態度で苦笑していた。こちらはちゃんとアランの言葉の意味を理解しているようだ。


「落ち着いてよ、メグ。多分、考えているような話じゃないから」


「そうだよ。昨日の件で呼び出されただけだし。というか、みんな想像力が逞しいなあ」


 ソラも加わってマーガレットを宥めるが全く効果がなく唾を飛ばしながら怒鳴り返してきた。


「そんなの分かりませんよっ!! お姉様、ついていってはなりません!!」


「いや、あの可愛げのないアランだよ? そんな甘ったるい話じゃないってば」


「人間の見た目など当てになりません!! 実はこの男がムッツリスケベかもしれないじゃないですか!!」


 この騒ぎの中でも悠然としていたアランもさすがにムッツリ呼ばわりされて不快に思ったのかマーガレットをギロリと睨み、その鋭すぎる眼光を直視してさしもの少女も「うっ」と及び腰になった。


「……おい。行くぞ、エーデルベルグ」


 騒がしくてかなわんとばかりにアランが顎を廊下へと向けるが、一体誰のせいなのかとソラは思う。

 あとでまた誤解を解く作業を繰り返さなければならないのだと考えるとうんざりしてくる。


「――ともかく。私も訊きたいことがあるから、行ってくるよ」


「お、お姉様っ!?」


 マーガレットの悲鳴を背中に浴びつつ、ソラはアランに続いて教室を出るのだった。



 ※※※



 アランが連れてきた場所は校舎裏だった。

 国が力を入れている魔導学校だけあって草木にいたるまでしっかりと整えられており、足元の芝生も綺麗なものである。

 ソラが想像していたジメジメとした暗い場所ではなく、そこそこ広い空間で日差しも入り、季節によっては日光浴に最適だと言えそうだ。

 現在は夏らしく太陽の強烈な光が燦々と降り注いでいるものの、二人が立っている場所はちょうど校舎の影になっているのでわりと涼しい。


 普段全く訪れることのない校舎裏をしばらく眺めていたソラは無言のまま突っ立っていたアランと向き合った。


「それで、昨日の質問に答えてくれるわけだよね?」


「ああ。でも、忘れてないだろうな」


「たしか、条件があるって」


 ソラは心の中で少々身構える。

 この少年が理不尽な要求をしてくるとは思えないが、無邪気な子供とも到底言えないので、やはり少し警戒してしまうのだ。


 すると、アランは纏っていたローブをおもむろに外すと芝生の上に落とし、両拳を上げて昨日も見せたファイティングポーズを取り、その鋭い目つきと鬼気迫る気配にソラは何事かと後ずさりしそうになった。


「……ソラ・エーデルベルグ。条件はただひとつだ。俺と戦え。俺に勝てればどんな質問にも答えてやるよ」


「は?」


 ソラが間の抜けた声を出すとアランは構えたまま続けた。


「入学時から気にはなっていた。バートルを相手にしたときの足捌きや運動能力、それで昨日の件だ。だから、お前と一度真剣勝負がしたくなったんだ」


「……えっと。今から仕合えってこと?」


 アランが頷き、ソラは呆気に取られた。


(……文字通り、呼び出し(・・・・)だったってことだね。いや、果し合いか)


 事の顛末を教えた時のマーガレットやクラスメイトたちの反応が目に見えるようである。皆、ポカンと鳩が豆鉄砲を食らったような表情となるに違いない。


 その光景を想像したソラは心の中で小さく笑うと改めてアランと向き合った。


「勝負は受けるよ。それで私が勝ったら、ひとつ頼みを聞いてくれるってのはどう?」


「……まあ、別にいいけど。この前の質問の答えじゃないのか?」


「それはまあ勝負が終わった後で。そもそも私が勝たないと意味ないし」


「それもそうだな。……じゃあ、了承したってことでいいな。さっそく勝負を開始するぜ」


 ソラもローブを外して足元に置くと慣れ親しんだ構えを取った。


 二人は誰もいない校舎裏で睨み合い、お互い芝生の上をすり足で移動しながら間合いを計る。


(……昨日も思ったけど、やはり強い。私よりも早くに訓練を開始しているのかもね) 


 正面に立つアランを見据えつつソラは観察する。

 師匠と比べれば隙だらけだが、この歳にしては破格の実力と言えるし、実戦慣れしている者特有の気配がした。


 本当に一年生なのかとソラが苦笑していると、アランが足に力を入れている様子が見えた。


「――行くぞ!」


 アランが小細工なしに正面から突っ込んできて、対してソラはいつものように受け流そうとしたが、相手は攻撃を捉えられないように手数を増やしてきた。 


「っ!」


 高速ジャブが来たかと思うと、流れるようにローキックへとつなげ、こちらが避けるとすぐに反転して牽制の一撃を放ってきたのだ。 


(――速い!!)


 アランのまるで暴風雨のような攻撃にソラは防戦一方になる。それも懐に入り込みにくい攻撃ばかりだ。

 昨日の戦いからソラの戦闘スタイルにある程度見切りをつけているのかもしれないが、なにはともあれ本気の本気。相手が女の子だろうとおかまいなしの全力攻撃であった。一応、顔面は攻撃しないよう気を遣っているようだが。


 ソラはしばらく回避と防御に徹することにした。


 元々ソラはカウンターを得意としていて、アランはともかく攻撃こそが防御といわんばかりのスタイル。

 最小限の動きで避け続けるソラと炎のごとき怒涛の攻撃を繰り出すアラン。

 静と動。 

 まさしく対照的な二人であった。


(う~む。どうするか……)


 際どい拳打が肩先をかすめて白い髪を揺らしたが、ソラは気にせずに思案した。

 反撃は難しいが、避け続けられないほどではない。

 それに、これだけ動き続けていればいずれ体力が尽きそうなものだが、この数カ月間体育で幾度となく争った仲である。スタミナ切れを期待するのは当分無理そうだし、何より自分が面白くない。 


「……どうした、エーデルベルグ! お前はこんなものじゃないだろう!」


 ソラが考え込んでいるとアランが挑発してきた。

 まさに燃えるような目で見つめてきている。


(……そういえば師匠も言ってったっけ。できれば同程度の実力の相手と修練できればそれに越したことはないって)


 師であるクオンに時折家まで訓練に訪れる魔導騎士たち。彼らは現在のソラとの実力はもちろん体格差がありすぎて有効な手合わせができない。

 強いて挙げれば妹のマリナだが、彼女も剣術中心なのでソラの相手としてはイマイチである。 

 かと言って、同じくらいの年齢で武術に携わっている子供などそうそういるものではない。


 ソラは攻撃を避けつつもやはり己の目に狂いはなかったと微笑んだ。

 単に武術の話だけではなく、前世での悪友のように、本当の意味で気兼ね無く付き合える仲になれそうだと思ったからだ。

 無垢な友人であるマーガレットやノエルとはまた違う相手として。


「――? 勝負の途中で何を笑ってる!」


「いや、こっちの話。……それよりも、このままだと失礼だから、私の全力をお見せするよ」


「!?」


 いまだ息を乱すことなく攻撃を加えていたアランは急に飛びのいた。

 一瞬だけ放たれたソラの強力な魔力波動を感じ取ったからだろう。


 間合いが一旦開いた隙にソラは神経を集中させた。

 わずかな間を置いて周囲の情報が頭に少しずつ流れ込み、その中から必要最小限のものだけを選り分ける。


「お前……」


 アランが目を見開いた。

 わずかに雰囲気が変わったソラを警戒しているようだ。

 なかなかに良い勘をしている。


「――それじゃあ、行くよ」


 ソラがゆっくり前進するとアランも獰猛な笑みを浮かべて距離を詰めてきた。

 本気で戦闘を楽しんでいるのだろう。


 そして――


 勝負はほんの数秒でついた。


「……俺の負けだ。エーデルベルグ」


 胸元に突きつけられたソラの拳を見下ろしつつアランは降参したのだった。


 結局、アランの攻撃を(ことごと)く見切ったソラがあっさりと懐に侵入して勝負を決めたのである。


 ソラが軽く呼吸を整えていると、アランは気が抜けたようにその場に座り込んでからこちらを見上げた。


「……お前、本気で何者だよ。親父からもそこまで底の知れない気配を感じたことはないぜ」


 そう言って、かすかにではあるが初めて笑みを見せたのだった。



 ※※※



 数分後。

 一度休憩を挟んだ二人は校舎裏にある木陰で向かい合って座っていた。


 よくよく考えれば、風通りのよい校舎裏とはいえ夏の暑い中で戦っていたのだ。

 当然汗が噴き出てきていたので少しクールダウンしていたところである。 

 そもそもこのクソ暑い中真剣に戦っている学生などおそらくソラたちくらいなものだろう。


「――で、頼みがどうとか言ってたな。この前の質問に答えればいいのか? 大した話じゃないけど」


「あ。それはいいから。というか、もう想像がついてるし」


 目の前であぐらをかいて座っていたアランが水を向けきたのでソラは首を振った。

 これまでの流れを考えれば容易に予想がつくので頼み事という形にしたのだ。


「つまり、腕試しとかそんなのだよね」


「ああ。実戦に勝る訓練はないってな。親父からも言われてるんだ。強くなりたければいろんな強者とぶつかってこいって。……ただ、強くなりたい。それだけだ」


「……格闘漫画の主人公か。あんたは……」


 ソラは心底呆れた。

 喧嘩を売られた側からすればすこぶる迷惑な話である。 


「フレイムハート家は強さこそが絶対と考える家なんだ。だから、家の人間は物心がつく前から戦闘技術を学ぶ。あらゆる流派を研究し、独自に昇華させたフレイムハート流格闘術ってやつを。お前が使う東方武術もいくらか取り込んでるはずだ」


「魔導の名門なのに変わってるんだね……」


「エーデルベルグ家の人間には言われたくない。フレイムハート家はまだ元老院の仕事や国の運営などにも積極的に関わってるし」


 やや憮然とするアランを見ながらもソラは拍子抜けした気分だった。

 正直、何か深い事情があるのではと心配していた自分がアホらしくなってくる。


 一言で言ってしまえば、フレイムハート家とは戦闘部族のような一家なのだ。そのためにアランは放浪の武術家のごとく戦い歩いていたのだろう。


(グレイシアも相変わらず意地が悪いなあ……)


 確かにグレイシアが教えてくれた通り単純な話ではあるし、家庭の事情というのも間違ってはいない。わざと含むような言葉を選んだのだ。


 ソラはひとつ息を吐くと、おもむろに校舎の角へと顔を向けた。


「――だってさ。もうとっくにばれてるから、いい加減出てきたら?」


『!?』


 ソラがそう呼びかけると、驚いた気配とともに角から何人もの人間が視界の中に倒れ込んできたのだ。


「いててっ!! おい! お前ら、さっさとどけ!!」


 倒れ込むマーガレットとノエルに押し潰されてバートルが悲鳴を上げる。


 三人が壁から顔を出して覗いていたのが良く分かる光景だ。

 気になって尾行してきたのだろうが、ソラはもちろんのことアランもすぐに気づいていたのである。


「無様ですわね」


「グレイシアまで……」


 倒れて一塊になっている三人の背後からすっと金髪の少女が現れたのだ。


「グレイシアもわざとあんな言い方したんだよね」


「嘘は言ってませんわ。私の言葉をどう解釈しようと、それはあなたの勝手ですし」


 ジト目で見つめるソラに対して、グレイシアは一本取ったと言わんばかりに鼻を鳴らした。


「ともあれ事情はご理解できたでしょう? 要は脳筋一族ということですわ。魔導の名家としての誇りを持つ私からすれば理解しがたいですけどね。ひたすらに強さを目指して何が面白いのだか」


 上品なお嬢様を地でいくグレイシアから『脳筋』などという言葉が出てきてソラが軽く驚いていると、それまで無言を貫いていたアランが少々うんざりしたように顔を上げた。


「……お前、もしかしてまだ根に持ってるのか?」


「なっ!? ち、違うに決まってるでしょう!!」


 グレイシアの不自然な慌てように、一体どういうことかとソラはアランに視線を向けるが、


「アラン!! 喋ったら、氷結地獄を味あわせますわよ!! 今となってはくだらない話なんですから!!」


「分かったよ。別にどうでもいいし」


 顔を赤くして怒鳴るグレイシアにアランはやれやれとばかりに首を振って口を閉ざしたが、事情の分からないソラからすれば気になるやり取りである。


「……そういえば、エーデルベルグ。結局、お前の頼みってのは何だったんだ?」


「あ。すっかり忘れてたよ。えっと、ざっくり言えば、私と友達になってほしいってことなんだけど」


「……は?」 


 ソラの返答に少年は呆気に取られた顔をした。


 またも珍しい表情を見たとソラが心の中で笑っていると、倒れこんだままだったマーガレットががばっと立ち上がった。バートルの頭を踏みつけながら。


「本気ですか、お姉様!? 私たちでは不満なんですか!?」


「お、お前、後で覚えてろよ……」


 地面に顔を強制的に押し付けれたバートルが呻くが、マーガレットの耳にはこれっぽっちも入っていなかった。


 ソラは面倒なことになる前に事情を説明する。


「――というわけで、修行相手に困ってたんだよね。どうかな?」


「……なるほど。武術仲間ってことか。別にいいぜ、お前なら不足はないし。今日は負けたから、いつかリベンジしたいしな」


 アランがあっさり首肯すると、他の面々もそれぞれの反応を見せた。


「むむむ……。事情は理解しましたけど、二人きりというのは到底認められませんね。お姉様、その時は私もご一緒させてください!!」


「修行の邪魔をしたらだめだよ、メグ。ボクたちは応援してあげようよ」


「フレイムハート!! 俺もお前への屈辱を忘れてないからな!! 首を洗って待ってろよ!!」


「……ふん。本当に理解しがたい方々ですわね。魔導の前にはどんな格闘術も無意味でしょうに」


 そんな級友たちのセリフを聞きつつも、ソラは思ったよりも手早く話がまとまったことに安堵し、改めてアランに手を差し出した。


「――ともかく。これからよろしくお願いするよ、アラン。あと、友達なんだから呼び捨てでいいよ。エーデルベルグって長いし」


「……分かった。すぐに追い越してやるからな、ソラ」


 そう言って、緋色の髪の少年はいつもと変わらないクールな表情でソラの手を握ったのだった。

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