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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと武術大会
76/132

第10話

なんとか年内に章を締めくくることができました。

ただ、結構長くなってしまったので、もう少し短く纏められるようになりたいです……

(――なんとか間に合った。かなりギリギリだったよ)


 ソラは係りの兵の指示により闘技場の控え室で待機しながら安堵した。

 飛行系の魔導を駆使してダルハンまでノンストップで飛んできたのだが、それでも開始時刻をわずかにオーバーしてしまったのだ。

 兵士の話だと失格も時間の問題だったようである。


(……さて。あとはもうバルカを倒して優勝するだけだ)


 それでムスタフの企みを全て潰し、サーシャを苦しみから解放する。


 ソラは己の中に深く深く沈み込んでいった。

 普段完璧に抑えている力を徐々に解放する。

 おそれはあるが、今は必要な力だ。


 やがて布に覆われた髪が蒼く輝き出したとき、係りの兵士がゴーサインを出した。

 それを確認したソラは控え室から外へと足を踏み出す。

 途端に大陸南部特有の強い日差しと大きな歓声が降ってきた。


 ソラが目を細めながら前方に視線を向けると、対戦相手のバルカがひとりリング上に立っていた。

 そして、更にその上には――


(サーシャ。それにムスタフ)


 王族専用スペースいっぱいまで身を乗り出して顔を輝かせている王女と驚愕の表情でこちらを見つめている青年の姿が見えた。

 二人の正反対のリアクションから何を考えているかが手に取るように理解できそうだ。


 ソラがリングに上がるとバルカが声をかけてきた。

 兜にある横長のスリットから驚きの視線が向けられているのが分かる。


「……まさか、自力で舞い戻ってきたというのか? お前は一体……」


「さあ。……それよりも、バルカさん。あなた程の実力者がなぜ大臣親子にくみするんですか? 汚い真似をしてまで勝ち上がって、それで納得できるんですか?」 


「……だから、罪悪感を感じろとでも? 私はただ仕事をこなすだけだ。――それに、もう一線などとっくの昔に越えている」


 バルカは漆黒の槍を脇につけて構える。

 もとより言葉でどうにかしようと考えていたわけではないが、やはり決着はつけねばならないようだ。

 ソラももう何も言わずにゆっくりと開始位置に立った。


 二人が向かい合うと、審判のチチグがゆっくりと手を上げる。

 リング上で緊張感が急激に高まっていき、騒がしかった観客たちも息を呑んだように一瞬だけ沈静化した。

 熾烈な闘気がぶつかり合い、闘技場全体の圧力が頂点に達しようかというとき、チチグが勢いよく手を振り下ろした。


「――はじめっ!!」


「おおおおおおおおおっ!!」


 開始の掛け声が上がった途端にバルカが飛び出してきた。

 会場中が反響するほどの大歓声の中、重量のある鎧を着込んでいるとは思えないほどの速度で突進してくる。

 一気に決着を着けんといわんばかりだがソラとしても望むところだ。

 なにせ、<魔法使い>でいられる状態をある程度維持できるようになってからまだ日が浅い。

 だから、短期決戦で済ませたいのだ。


 あっという間に両者の距離が縮まるが、ソラは微動だにすることなくその場に佇んでいるのみ。


「――!?」


 バルカは動こうとしないソラを目の前にしてかすかに戸惑いの気配を見せたが、すぐに攻撃態勢へと入った。

 まだ間合いの遥か外だろうに、おかまいなしに漆黒の槍を突き出してくる。

 風切音が聞こえてくるほどの鋭い一閃がソラを串刺しにせんと走った。


 異常なほどに伸びてくる槍が胸元に到達しようかという寸前。

 バルカの攻撃をスローモーションのように捉えていたソラは、タイミングを合わせて無造作に右手を横に振るったのだった。


「――があっ!?」


 瞬間、甲高い破砕音とともに長大な槍が粉々に粉砕され、バルカは苦痛の声を上げながら後退した。

 そのまま槍を持っていた手を押さえて脂汗を流す。

 相当な衝撃だったので痺れたのだろう。


 その様子を見ながらソラは暗示をかけなおして通常の状態へと戻っていった。

 右手に纏っていた膨大な魔力がゆっくりと周辺に散っていく。


「これで、もう小細工は無しです」


「……感付いていたのか」


 手を押さえたままのバルカが睨んでくる。


 バルカが持っていた槍。

 その先端に巧妙なギミックが仕込んであったことをソラは看破していたのだ。


「いつ気付いた?」


「大臣邸で一戦交えたときから違和感を感じていましたけど、確信したのは準決勝――ザックス戦を観戦していたときです」


 初めてやり合ったときからソラの予想を超えて不自然に伸びてきた槍をおかしいとは思っていたのだ。


 ソラは完膚なきまでに破壊されてリングに転がっている槍を見つめる。


「この槍は魔導具ですね。魔力によって先端が一瞬だけ飛び出すようにできている。ザックスさんを倒したときにわずかですけど魔力の波動を察知したので気付いたんです」


 間近にいる対戦相手でも高速で飛び出してくる先端部分に気付くのは至難だろう。光を反射しない黒い塗装も気付きにくさに一役買っているのだと思われる。


「そういえば、お前は魔導士だったな。それでもまず気付かれることはないと説明されていたのだが。それに、どうやって槍を破壊したのか全く分からなかった」


 バルカは少し苦笑したようだったが、すぐに鋭い視線を向けてくる。


「……大会規定で魔導及び魔導具の使用は禁止。だが、ここまで損壊すれば証明できないだろう」


「もともと告発するつもりはありませんよ。僕はただ正々堂々と決着をつけたかっただけです」


 そのために、こちらも本来は反則であろう魔法を使用した攻撃でバルカの武器を叩き壊したのだ。

 だから今度こそ正真正銘、何の仕掛けもない実力勝負である。


「……そういうことか。正直、羨ましくなるくらいに清々しいな」


「どうやらこの槍はムスタフから渡されたみたいですね。ここまで徹底的に卑怯な策をいくつも弄してくると、こちらもある意味清々しく感じるほどですよ」


「あの御仁はどうしても王女を手に入れたいようだったからな。だが、先程も言ったように俺にとってはどうでもいいことだ。与えられた仕事をこなす、それだけのことなのだから」


 手の痺れが治まったらしく、バルカは腰から予備の剣を引き抜く。


「いずれにしろ俺に負けは許されん。後には引けず先に進むしかない。――すなわち、お前を殺す」


 全身から濃密な殺気を放ちながらバルカは前進を開始した。


「これまでのお前の試合は見ていた。大した体術だが俺の鎧を突破することは不可能だ。こちらには何の仕掛けもないが、鉄板を何重にも重ねた特注品だからな」


 確かにソラの拳打では<内気>を込めようとも有効打にはならないだろう。

 しかも、あの鎧は稼動部の隙間もほとんどない。

 その分やたらと動きづらく、またこの暑い中ではかなりの熱がこもるはずなのだが、バルカは疲れた様子を見せなかった。

 やはり相当鍛え抜かれた戦士なのだろう。


 しかし――


(だからこそ、こういうときのための奥義だ!)


 ソラは拳を握り、剣を振りかぶりながら迫るバルカへと駆け出した。


「おおおおおおおっ!!」 


「はああああああっ!!」


 刹那の瞬間、雄叫びを上げながら二人は猛烈な勢いで交錯した。

 ゴオン!! と鐘を力一杯に叩いたような音が会場中に響き、そのまま両者ともに動かなくなる。


 しばらくして、剣が肩にかすった痛みと拳から伝わってくる衝撃が地味に伝わり始めてソラが顔をしかめたところでようやく身体を引いた。


 すると、動きを止めたままの巨漢の戦士はゆっくりとその場にくず折れて気を失ったのだった。



 ※※※



 チチグが勝利を宣言し、ソラの優勝が決まったあと、観客たちの盛大なスタンディングオベーションを浴びながら控え室へと戻っていた。 


(――ふう。今度こそ決まって良かったよ)


 重厚な鎧を突破するために東方武術の奥義を使用したのだが、これまで成功したことはほとんどなかったのである。


 破壊エネルギーを相手の内部へと送り込む『通打』。

 コツを掴みつつはあったものの、はっきり言って一か八かだったのだ。


 なので、優勝とともに卒業試験を兼ねていたこの大会で成果を出せたことはとても嬉しいことであった。


(師匠に最高の結果が報告できる)


 ソラは椅子の上で思わず頬をゆるませたが、そんな場合ではないとすぐに表情を引き締めた。

 これから授賞式が行われる予定で、現在はリング上で準備中らしくソラもこうして待機しているのだが、本番はその後なのだ。

 まずはクオンたちと合流してからサーシャの手も借りて大臣親子の悪行を王へと直に訴えてみるつもりだ。集落に預けたナスリムたちを証人として使う。

 どうなるか分からないがこのまま放置しておくわけにはいかない。


 すると、ここでソラは妙な空気に気付いた。


(……そういえば、誰もいない?)


 広い控え室の中には常駐しているはずの係りの兵が皆無だったのだ。

 そして、部屋の外から伝わってくるぴりぴりとした剣呑な気配。


 思わずソラが立ちあがった瞬間、扉が乱暴に開かれるのと同時に何人もの男たちが飛び込んできてあっという間に取り囲まれた。

 最後に豪奢な衣装を纏った二人の男がゆったりと入ってきて扉を閉める。


「……まさか、ここまで手こずらせてくれるとはな」 


 憎悪をその表情に張り付けた青年――ムスタフがソラを睨みつけ、その隣では父親たるホルホイ貿易大臣が嘆息していた。


「やれやれ。王女ひとり手に入れるのに想定外の出費だ。バルカの奴も存外に使えない男だよ。せっかくかくまって密かに仕事を回してやったというのに、期待外れもいいところだな。あとで一緒に処分せねば」


 ホルホイが首を振るが、そんなことはどうでもいいとばかりにムスタフがソラの元へと歩み寄ってきた。


「……一応、訊いておいてやる。優勝を辞退するつもりはないな?」


「当然です」


 男たちに武器を突きつけられながらもソラがきっぱりと答えると、ムスタフのこめかみに青筋が浮かんだ。


「ならば、今度こそお前を殺して、ゴルモア高原に埋めてやる」


「……ここでですか? 誰かが気付きますよ」


「この大歓声だ。多少の騒ぎでは誰も気付かないさ。すでにお前を運び出す算段はつけてあるし、式が始まるまでにはまだ時間がある」


 ムスタフが余裕を取り戻したように薄ら笑いを浮かべると、その背後でホルホイが咎めるように口を開いた。


「ムスタフ、遊んでいる暇はないぞ。周囲の関係者を密かに排除したとはいえ、急ぐに越したことはない」


「分かっていますよ、父上」


 頷きながらムスタフが手を振ると、ソラの首元に強烈な衝撃が走り意識がぼやけた。

 すぐ背後で威嚇していた男の仕業だろう。


(これって、けっこうピンチ……かも……)


 ソラは喋りながらも高速で魔導紋を構築していたのだが、今の攻撃で霧散してしまった。

 そのままなす術なく男たちのひとりに抱えられる。

 かすかに繋ぎとめた意識が袋を被せようとする動きを察知した。

 ソフィアのときのようにあれで隠して秘密裏に運ぶつもりなのだろう。

 なんとか身体を動かそうとするが、指先がわずかに動くだけだ。


「よし、急いで運べ」


 すでに踵を返しているムスタフとホルホイ。

 その背を暗くなる視界の中で眺めつつ、ソラが焦る気持ちとは裏腹にどんどん鈍くなっていく意識に絶望感を覚えていたときだった。


「――薄汚い手で私の大事な弟子に触れるな」


『!?』


 突然、闘技場に通じる扉から渋い男の声が聞こえてきたのだ。

 驚いた皆が振り返るよりも早く控え室に一陣の風が吹いた。


「「ぐあっ!?」」


 ソラを抱えていた男とずた袋の中に押し込めようとしていた男が同時に吹き飛んだ。

 綺麗に一回転した二人の男は床へと叩きつけられて悶え苦しむ。


「しっかりしろ、ソラ」


「……し、師匠?」


 背中から活を入れられて若干意識が回復したソラは自分を抱きかかえている初老の男を信じられない思いで見つめた。

 そこには見慣れた渋い顔――師であるクオンがいたのだから。


「ど、どうしてここに?」


「話はあとだ。まずはこの男たちを片付けねばな。――もっとも、私の出番はもうないかもしれないが」


「え?」


 ソラが問い返すと、周囲で飛び掛るタイミングを見計らっていた男たちがどこかから飛来してきた矢に打ち倒され始めたのだ。

 矢は手の平や肩を正確に貫通し、男たちは苦悶の表情で武器を落とす。


「シーダさん!?」


「や。大丈夫かい、クウヤ? いや、ソラだったね」


 入り口で構えながらウインクする女弓使い。

 そして、その脇から更に二人の男が飛び出してきた。 


「あたしもいるわよっ!!」


「おらおらっ!!」


 正確にはひとりのオネエと肌の白い拳士――ついさっきまで審判をしていたチチグと準決勝でバルカに敗れたザックスであった。

 二人は身軽なフットワークを駆使して敵に容赦のない連打を叩きつける。

 巨漢のチチグが繰り出す巨大な拳とザックスのナックルに覆われた攻撃を浴びた男たちはボコボコに顔面を変形させていった。

 はっきり言って、傍から見ていて気の毒になるほどである。


 そして、最後にもうひとり控えていた。


「――ふっ。私の華麗な剣捌きにひれ伏すがいい」


 気取った仕草で意匠の凝った細身のレイピアを胸の前で構える男。

 ソラと準々決勝を戦った放浪の騎士ピエール・A・ガスコーニュがセリフ通り流れるような足捌きで躍り出てきたかと思うと、剣先が霞んで視認できないほどの速度で突きを放った。

 瞬きひとつ分にも満たない内にいくつもの光の筋が走ったかと思うと、数人の敵を殺すことなくあっさりと戦闘不能にしてみせたのだ。


 ボケッとその様子を眺めていたソラが気づいたときにはもう敵は全滅していた。

 超展開としかいえない状況に茫然とするしかないが、それは大臣親子にとっても同じだったようだ。


「こ、これは、一体何事だ!? お前ら、どこから湧いて出てきた!?」


 顔を青くして立ち尽くすムスタフの隣ではこちらも表情を引きつらせたホルホイが驚愕の眼差しでクオンを見つめていた。


「き、貴様は、クオンか!? なぜ、こんな所に!!」


「お久しぶりですな、ホルホイ殿」


 ソラを支えながら軽く会釈するクオン。

 どうやらこの二人は顔見知りらしかった。


「……いや、そんなことはいい。それよりも貴様ら!! こんなことをしてタダで済むと思っているのか!? 私を誰だと思っている……!!」


「――愚かな我が弟だよ」


 顔を真っ赤にして怒鳴るホルホイの言葉に被せるようにして廊下側の扉からひとりの男性が現れた。

 振り返った大臣の顔色が今度は真っ青になる。


「あ、兄上……!?」


 背後に親衛隊隊長アスベルを従えた威厳と風格を兼ね備えた男。

 ゴルモア国王アナディンがそこに立っていたのだ。


「この騒ぎはどういうことだ、ホルホイ」


「こ、これはですな……そ、そう! そこの小僧には昨夜我が館に不法侵入した嫌疑がかけられているのです! 取り押さえようとしたところ抵抗された次第で……!!」


 ホルホイはソラを指差しながら喚くが、アナディンは弟から目を逸らすことなく見つめたままだった。


「そうなのか? だが、それは後回しだ。それよりもお前たちのことでもっと大事な話がある。――入れ」


「はっ」


 王の呼びかけに応じて小太りの中年男が分厚い書類を片手に部屋へと入ってきてソラは仰天した。


「ボヤンさん!?」


「三日ぶりだね、ソラ君」


 愛嬌のある笑顔を向けてきたのはジャルガム商会の主ボヤンだったのだ。

 ボヤンは挨拶もそこそこに王へと恭しく書類を差し出す。


「この書類には何カ月もかけて調べたお前たち親子の悪行が記されている。王族、そして貿易大臣の地位を利用して随分好き勝手していたようだな。魔導技術導入促進の裏で違法な談合を行い、他にも不正輸出及び輸入、税金の着服、挙句の果てには地下組織を通じた数々の犯罪行為だ」


「な、あ……」


「すでに各方面の人間の手を借りて証拠は掴んである。お前たちの協力者もことごとく逮捕した。観念しろ」


 言い訳しようとしていたのか口をパクパクとさせていたホルホイだったが、結局無言のままがっくりと膝を折り、その父の様子を横目で見ていたムスタフも血の気が引いた顔でうな垂れた。

 ソラにはとてもついていけないが、どうやら決着がついたようである。 


 その後、廊下に待機していた兵士が出てきて、親子とのされた男たちを一緒に連れていったのだった。


「――さて、ソラ君、だったね」


「あ。は、はい」


 先程の威圧感たっぷりな雰囲気から一転して人懐こい笑みを浮かべた王が話しかけてきてソラは緊張しながら答える。


「色々と疑問はあるだろうが、まずは予定通り授賞式を行わねばな。民が君を今か今かと待っている。それから場所を変えて説明しよう。だが、その前にひとつだけ言わせてくれ」


 王から何を言われるのかとソラは心の中で少し身構えるが、


「――ソラ・エーデルベルグ。私の娘を救うために戦ってくれて礼を言う。ありがとう」


 そう言って、アナディン王は唖然とするソラの目の前で深々と頭を下げたのだった。



 ※※※



 無事に授賞式を終えたソラは王城にある一室へと案内されていた。

 クオンをはじめとしたソラを助けてくれたメンツと一緒にテーブルを囲んでいて、現在当事者たちから事の顛末を説明されている最中である。


 ちなみに授賞式の際、王から直々に優勝トロフィーやらを受け取ったあとは涙で目を腫らしたサーシャに抱きつかれて大変であった。

 心配をかけてしまったので仕方ないが、会場でそれを目撃していた男たちからの恨みを買ってしまったようで、身の危険を感じたソラはゴルモアには当分訪れまいと決意したほどである。


「――それじゃあ、師匠が話していた知人というのは陛下のことだったんですか」


「うむ。大臣親子の不正の証拠を確保する仕事を頼まれてな」


 てっきりボヤンからの頼まれ事だとソラは思っていたのだが、ゴルモア国王からの仕事だったとは。クオンの顔の広さには呆れるばかりである。


「以前から商人のボヤンを含めたいくつもの情報筋から不正の匂いを嗅ぎ取っていたのだが、我が不肖の弟や甥とつるんでいる連中は国の内部に多数いるから密かに探るのが難しい。だから、動きを読まれにくい外部の人間に頼んだのだよ。クオンなら人柄も実力も申し分ないからな」


 とは王の説明である。


 しかも更に聞くところによると、サーシャを大会の商品に据えること自体、彼女に固執するムスタフを利用し、大臣親子の注意を大会に向けさせてガードを緩くさせるためだったのだという。


「サーシャには悪いことをしたと思っている。最近などは全く話しかけてくれなかったからな」


 アナディン王は苦笑したが、どこの馬の骨とも分からない男に娘が取られないよう対策はきっちりと立てていたらしい。

 直属の配下であるアスベルに以前から面識のあったシーダの国内組、そしてザックスなど国外から招聘した実力者たちを何人も大会に送り込み、この内の誰かが優勝するよう仕組んでいたのだそうだ。

 なので、彼らが何の脈絡もなくいきなりソラを助けてくれたのも、王の息がかかった人物だったからだということらしい。


「私などはせっかく特別枠で出場したのに不甲斐なく途中で敗れてしまったけどね。まさか、給仕を脅して城の食堂で毒を盛らせるとはさすがに思わなかった」


「俺もあんたの動きが悪すぎるんで戸惑ったよ。急所は外すようにしてたんだが、悪かったなあ。しこたま殴っちまって」


「いや。勝負には違いないし、手を抜いたら感づかれてしまうだろう。だから謝る必要はないよ」


 準々決勝で対戦したザックスが謝ると、アスベルは笑みを浮かべながら首を横に振った。

 のちに判明したことだが、アスベルに盛られた毒は南大陸から大臣が裏ルートで取り寄せた稀少な物らしい。

 命に関わるほどではないがじわじわと効いてくる毒で、摂取してから一時間ほどで痺れがピークに達し、その後はすぐに分解して体内から成分が消えてしまうのだそうだ。


「……あれ? でも、皆さんが裏で繋がっていたってことは、私のことも知っていたってことですか?」


 もしかしたら、受付のときにアスベルやシーダが話しかけてきたのもあらかじめソラの正体を知っていたのではと思ったのだ。


「いえ、知らされてなかったわよ。ゴルモアでは伝説ともなっているクオンさんが手伝ってくれるとだけ。最初は滅多にいない少年の参加者だってことで話しかけたのよ。私たちが知ったのは午前中のことで、あなたがお弟子さんと聞いてびっくりしたわ」


 チチグが言うとアスベルとシーダも頷いた。

 クオンが伝説とはどういうことかとソラは興味を引かれたが、それよりも気になることがある。


「あの、オリガさんは無事なんですか?」


「ああ、大丈夫だよ。実はオリガから連絡を受けて、ソラ君がのっぴきならない事態に陥っていることを知ったのが今朝なんだ。急いで女房を保護したものの、その頃はまだ大臣の協力者たちを逮捕するのに奔走していてね、君がメイドの子と連れ去られるのをむざむざ見逃してしまった。情報を掴んだときは本当に気絶しそうになったよ。よく自力で戻ってきてくれた」


「本当は総指揮を執っていた私が察してやるべきだったんだが、執務に加え忙しく動き回っていたから気づくのが遅れた。すまないな」


 申し訳なさそうに言うボヤンとアナディン王。

 その隣では珍しくクオンが溜息を吐いていた。


「……まさか、ソラが大臣たちといざこざを起こしていたとは思わなかった。危険が及ばないよう仕事と完全に切り離していたのだが……それが裏目に出たようだ」


 クオンが言うには、驚いたことにソラがサーシャとともに大臣邸に忍び込んだときに師もあの場にいたのだそうだ。


「決定的な証拠を得るには大臣邸への侵入が不可欠だ。そのために機会を窺っていたんだが、ちょうどよく騒ぎが起きてな。だが、あの騒動の中心にソラがいるとは思わなかった。お陰で動きやすくはあったのだが」


「あれにはあたしも焦ったよ。なんとか間に合ったけど」


「あ、あはは……」


 クオンとシーダから立て続けに言われてソラは乾いた笑い声を上げる。

 屋敷から逃げ出す際に飛び道具でバルカを牽制してくれたのと、ナスリムに路地裏で追いつめられたときに投げられた煙幕はシーダの仕業だったらしい。彼女は大会参加に加え、空いた時間は万が一に備え城外で王女の護衛もしていたのだそうだ。

 どうりであのとき覚えのある気配をいくつも感じたわけである。


 ともあれ、大体の事情は呑み込めた。

 いまだに驚きは収まらないが、終わり良ければ何とやらである。


「そういえば、ピエールさんも国外からの助っ人だったんですね」


 ソラがテーブルの一角で優雅に紅茶を嗜んでいる騎士に視線を向けると、なぜか部屋にいた全員が微妙な表情をした。

 おかしな空気に首を傾げていると、代表するようにアナディン王が口を開いた。


「……いや、あの場にいたので連れてきたのだが、彼は私が呼んだ人間ではない」


「……は?」


 間の抜けた声を出しながらソラが周囲を見回すと誰もが知らないとばかりに黙って頷いた。


 ソラを含めた皆でマイペースなピエールを見つめると、当人は気障な笑みを浮かべ、


「――ふっ。悪のあるところに私は現れる、そういうことさ……」


 と、薔薇をくわえながら説明になっていないことを言うのだった。



 ※※※



 ソラはクオンとともにある部屋へ向かうために城内の廊下を歩いていた。 

 どうもサーシャの母親であるサラ王妃が話をしてみたいとのことらしい。

 またぞろ何か言われるのではないかと警戒しているのだが、あまり深く考えないようにしている。

 なにせ、先の集まりを解散する直前で王にもチクリと言われたのだ。


『――それにしても、ソラ君が女の子だったというのはいささか困ったな。決勝トーナメントに勝ち上がってきたときから娘を任せるに足る少年だと密かに期待していたのだが……』


『そ、そういえば、私は女だったので失格とかにはならないんですか?』


『まさか。クオンの弟子だと判明した時点で特例だよ。面倒なので公表するつもりもないが。……それより、サーシャは君に好意を寄せていたようだから悲しむだろうな』


『う……』


 胸にグサグサと剣が突き刺さる。

 話を変えようと試みたが無駄だったらしい。

 確かに男装のことを明かさずにずるずると引き伸ばしてしまったのは自分である。


 すると、周囲の人間が助け舟を出してくれた。


『陛下。いくら姫を溺愛しているとはいえ、若人をいじめるのは良くありませんよ』


『そうそう。あたしからすれば、女の子が並み居る強敵を倒して優勝したのは痛快なくらいだしね』


『男装を手伝った私は当然擁護しないといけませんな』


『ふっ。このような美しい少女をお責めになるとは……陛下もお人が悪い』


 皆が口々に言うと、アナディンは元の笑顔に戻って手を振った。


『分かった。分かった。少し愚痴を言ってみたくなっただけだ。娘のことは母親に任せよう。こういうことは女同士の方がいいからな。それで話は変わるが、そのサーシャの母親――サラが君たちに会いたがっているんだ。最後に顔を見せてやってくれないか』


 ということで、現在に繋がるという訳なのだった。


「そういえば先程連絡があって、集落に預けていたメイドが無事に帰還し、犯罪者たちも回収したそうだ」


「そうですか」


 クオンの報せにソラは笑顔で頷いた。

 ソフィアたちのことが気がかりだったのでこれで一安心である。


 また、もうひとつ知ったのだが、決勝で戦ったバルカは本名バルガス・オードレイと言い、西海でも名うての戦士だったらしい。

 しかし、ある日国家機密を暴露するという大罪を犯して指名手配されていたのだそうだ。

 その後は逃亡生活の果てにゴルモアまで流れついて大臣親子に拾われたのだろうとの話である。 


 そのまま二人で会話していると、やがて王妃の部屋の前へと到着した。

 クオンがノックして部屋に入ると、椅子に腰掛けていた女性が立ち上がって話しかけてきた。


「――わざわざご足労いただきありがとうございます。私が第二王妃のサラです」


 王妃らしく高価なゴルモア衣装を纏った上品そうな女性。

 年齢は三十ほどだろうか、サーシャと同じ砂色の髪を後ろでまとめた綺麗な人だった。

 穏やかな笑みを浮かべているが、気の強そうな瞳をしている。サーシャの母親だけはあるのかもしれない。


「クオン殿。ソラさん。夫と娘を助けていただきありがとうございました」


 国王同様深々と頭を下げるサラ。

 クオンが無言で頷き、ソラがやや恐縮すると、サラはくすっと笑って椅子に座るよう勧めてきた。

 しばらく三人で用意されていた茶菓子をつまみながら会話する。


「――えっ!? 師匠って大会で五連覇してたんですか!?」


「ええ。いまだに破られていない前人未到の記録なの。教えてもらってなかったの?」


 ソラは目を見開いたままコクコクと頷く。

 先程のチチグたちのセリフや尊敬の眼差しからなんとなく察していたが、これはさすがに予想外であった。

 五連覇というと十年以上ディフェンディングチャンピオンを張っていたことになるのだ。


「……相変わらずねえ。無愛想な上に必要なことしか話さないのは」


 サラから呆れた眼差しを向けられたがクオンは静かにお茶を飲んでいた。

 その様子を見ていたソラはおやっと思う。


「やっぱり、お二人はお知り合いなんですか?」


「もう二十年以上前になるかしら。まだあなたやサーシャとそう変わらない歳に従者も連れずに街へと足を運んだのだけど、路地裏で男たちに追われて誘拐されそうになったの。そこを丁度通りかかったクオン殿が助けてくれたのよ」


 どこかで聞いたような話である。


「そのときも武術大会が開かれていて、前国王の戯れで私は優勝者のもとへ嫁ぐことになってたわね」


「それは、サーシャ姫と同じように?」


「今回のように意図したものではないけれどね。ともかく、あとでクオン殿も大会に出場していることを知って私は喜んだわ。なにせ危機に陥った私を颯爽と助けてくれた人だもの。私よりも随分年上だったけど憧れて当然よね。知らない男性の妻になるなんて到底受け入れられなかったし」


「は、はあ」


 何か雲行きが怪しくなってきたとソラは嫌な予感がする。


 サラは一口お茶を含んでから、ちらっと咎めるようにクオンを見た。


「彼は圧倒的と言ってもいい強さで優勝したわ。優勝候補筆頭だったホルホイ大臣の代理人も打ち倒してね。そしていよいよ授賞式のとき、私は心をときめかせながら待っていたものよ。でも、彼は全く興味なさそうに婚姻話を辞退すると賞金だけ受け取ってあっさりと去っていったの。しかも、その後ものうのうと大会に出続けては涼しい顔で優勝していくのよ。ねえ、ソラさん。同じ女性としてどう思う?」


「……そ、そうですね。ひ、ひどいかな~と思ったり……」


 ソラは冷や汗を流しながら答える。

 どうも、はじめからクオンに恨み節をぶつけるために呼ばれたのではないかと思う。

 だとすれば自分はとばっちりを受けているようなものだ。

 早くこの空間から脱出したい。


「……でも、結果的にあなたも同じようなことをしているのだけど。おそらくサーシャも当時の私のように期待と不安を抱えながら待っているのでしょう」


「……うぐっ!!」


 今日何本目かの剣が胸に刺さる。

 とりあえず今回の事件の説明が優先だということで返事は保留にしてあるのだ。


 ソラが痛みに硬直していると、サラは困ったように笑った。


「まあ、こればかりは仕方ないわね。私のときとは違い、あなたは女の子で結ばれることはないのだから。あの子には折を見て私から話をしておきましょう。あなたは伝えづらいでしょうから」


「す、すみません」


「それと、もうダルハンから出発するのでしょう?」


 ソラは額の汗を拭いながら頷く。

 明後日から学校が再開するので、明日の午後には実家に戻って休んでおきたいところだ。

 ということは、そろそろ出立しなければ間に合わない。


「陛下が裏手に馬車を用意しています。あなたたちが望む場所まで自由に使っていいそうです」


「何から何までありがとうございます」


 ソラはお礼を言いつつも、ようやく解放されると安堵したが、ここでふと師を見上げた。

 この部屋には入ってから一言も発していないので、もはや存在自体忘れかけていたのだ。


 すると、クオンは毅然とした表情で前を向いていた。

 どうやらサラの嫌味にも全く動じていないようで、あのような空気だったにも関わらず平常通りである。


 さすがは数々の修羅場をくぐってきた猛者だけはある、とソラは感心したのだが、よく見ればそのこめかみには一粒の汗がたらりと垂れていたのだった。



 ※※※



 城の裏門にて、ソラは師とともに用意された馬車へと乗り込んでいた。 

 今回の関係者が総出で見送ってくれている。


「ソラちゃん。また、いつでも来てね。歓迎するから」


 最後に城まで駆けつけたオリガに抱きしめられてから馬車が発車した。


 祭りが終わり、後片づけが始まっているダルハンの街並みを進みながらソラは感慨深げな心境になる。 


「……おそろしく濃厚な四日間でしたよ」


「そうだな。私もここまでの大事になるとは思わなかった」


「師匠も屋敷に帰ってからはとりあえず休むんでしょう?」


 ソラが何気なく問うと、同じく街を眺めていたクオンはふいに真面目な表情になった。


「……いや。私はエレミアには戻らない。この先でお別れだ」


「え!?」


 驚いて師の顔を凝視するが冗談ではないようだった。


「君は卒業したということだ。宣言どおり優勝してみせたし、決勝を観戦させたもらったが奥義も見事に使いこなしていた。サーシャ姫の事でもひとりで切り抜けてみせた」


「で、でも……」


 卒業のことを忘れていたわけではないが、あまりに急なことで言葉が出てこない。


「実はもうエーデルベルグ家の人間をはじめ、エレミアでお世話になった人々には挨拶してあるんだ。行き先がゴルモアだと知っているのはごく一部だが」


 固まったままのソラの頭をクオンは優しく撫でてくれる。


「ソラ。三年以上もよく私の修行についてきた。だが、君はまだまだ伸びる。これからも修練に励みなさい。また、いつか会おう」


「……はい」


 今までの師との思い出が一気に溢れてきてソラは涙が零れるのを押さえられない。


 揺れる馬車の中でしばらくクオンに頭を撫でてもらいながら静かに嗚咽していると、後方から聞き覚えのある大声が聞こえてきた。


「――クーヤーーー!!」


「……サーシャ?」


 涙を拭いながら幌をめくってみると、二人の少女が馬に乗ってもの凄い勢いで走ってきていたのだ。 

 サーシャが手綱を操りながら必死に手を振っていて、その背にはメイドのソフィアが掴まっていた。


「クーヤ!」


「サ、サーシャ! あ、あの――」


 何と言えばいいのか分からないが、ともかくソラが口を開こうとしたときだった。

 一気にソラの元まで馬を走らせたサーシャが顔を近づけてきたのだ。


「え――」


 口元に柔らかい感触がしたと思った瞬間にサーシャは馬を止めた。


「クーヤ、またね!! ありがとう!!」 


 ソラに向かって笑顔で手を振るサーシャとその背後で頭を下げるソフィア。


 その間、ソラは徐々に遠ざかっていくサーシャを眺めながら、つい先程の硬派な気分もすっかりと吹き飛んで、ぼんやりと手を振り返すのだった。



 ※※※



 次の日の夕方、もう空が暗くなり始めた頃。

 前日に師と別れていたソラは<気脈転移>を繰り返してようやく屋敷へと辿り着いていた。


「つ、疲れた……」


 げっそりと老人のごとき足取りで最終転移場所である敷地内の森から這い出る。

 正直な話、明日の学校はサボりたいほどだ。


 ソラは大会で得た賞金やらが入っている袋を担ぎながらとぼとぼと歩き、やっとのことで巨大な玄関に到着する。

 そして、豪華なノッカーを叩いたときだった。


「――ゾラぢゃああああああん!!」


「ソラアアアッ!!」


「おねえざまあああっ!!」


「わあっ!?」


 勢いよく扉が開き、ソラへと複数の人間がいきなり抱きついてきたのだ。


「お、お母様にお父様。それに、トリスまで……」


「うう。ソラちゃん。お母さん、心配してたんだからね」


「そうだよ。あとでウィリアム様から武術大会に出ると聞かされて卒倒しそうになったんだよ」


「おねえさま。けがしてない?」


 えぐえぐとソラにとりすがる両親と弟。

 前方に視線を向けると、そこには祖母を除いたエーデルベルグ家の人間が勢揃いしていた。

 どうやらかなり心配をかけていたようだ。


 とりあえず、ソラは大雑把に経緯を説明し、問題のないことを話すと皆は少し安心したようで、次にクオンのことも報告すると祖父は「そうか」と言って静かに頷いた。


 場がようやく和んできたが、中にはぶつくさ文句を言っている人間もいた。


「……う~。でも、置いていかれた恨みは忘れてないんだからね!」


 と、拗ねたようにそっぽを向くのは妹のマリナであった。


 ソラはやれやれと思いながら袋からあるものを取り出して妹に差し出す。


「……これって、お土産? わっ!! 何か珍しいお菓子が一杯! ありがとー! お姉ちゃん!」


 ゴルモアで購入したお土産の数々を渡すとマリナの機嫌は一瞬で回復した。

 相変わらず単純な妹である。


 ソラがトリスにも手渡すと、服を掴んだままの弟は喜んで受け取ってくれた。 

 その笑顔に癒されながら、ソラはメイド長のアイリーンに袋ごと渡して他の皆にも配ってほしいと頼む。

 アイリーンはソラが疲れていることを察してくれて、あとのことは任せてくださいと言ってくれた。なんとも頼りになるお方だ。


「大会の話とか聞きたいんだけどな~。袋の中に凄い量のお金が入ってるんだけど、お姉ちゃんが優勝したってこと?」


「疲れてるから、明日の夕食にでも話すよ」


 マリナが聞きたそうにしているが、とにかく今は一刻も早くベッドに倒れこみたい気分なのである。


 さっそくソラが部屋に引っ込もうとすると、妹は目敏く何かを発見したようだった。


「……あれ? お姉ちゃん。その腕輪どうしたの?」


「え? あ、ああ。これは記念に買ったやつなんだよ」


 サーシャとお揃いで購入した美しい石がついているブレスレットだ。


 それを見た瞬間に別れ際の場面がソラの脳裏に浮かび上がってきた。


(……そういえば、あのときはまだ変装を解いてなかったけど、私のことを男だと思い込んだままだったのか、それとも女だと知っていたのか、どっちなんだろう)


 どうにも気になる。


 そのまま青い石を見つめてぼんやりと考え込んでいると、マリナが疑わしげな声を出した。


「……その表情、怪しいなあ。怪しい匂いがぷんぷんするよ。私の勘ではそれ、二組で一対のペアな気がするんだよね」


「ええっ!? な、何でそれを……!?」


 疲れていて思考能力が落ちていたので、ソラはあっさりと認めてしまった。

 まずいと思ったが、もはや後の祭りである。


「やっぱりー! 私の知らないところで他の女といちゃいちゃしてたんだね! お姉ちゃんの浮気者ー!!」


「う、浮気い!?」


 マリナの言葉に動揺していると、


「ソ、ソラちゃん、そうなの!?」


「ひいいっ!? ソラが浮気だってえええ!?」


「おねえさまがうわきー!?」


 他の家族たちが連鎖反応を起こして悲鳴を上げ始めたのだ。


 なにやらパニックに陥って詰め寄ってくるが、眠気が頂点に達していたソラはブチッと切れ、


「――ああっ、もう!! 皆もいちいち反応しないでよね!! いい加減、私を寝かせてよーーー!!」


 と、腕を振り回しながら屋敷中に響くような大声で叫んだのだった。

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