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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと武術大会
73/132

第7話

とうとうストックが切れてしもうた……。

というわけで、活動報告にも書かせてもらいましたが、これから投稿間隔が空きそうです。

 いまだに動揺のざわめきが静まらない中、ソラは難しい表情で担架で運ばれていくアスベルを見送った。

 普通に考えれば急病にでも罹ったのかと思うかもしれないが、間近で見ていていると釈然としない違和感があったのだ。

 どうも、身体が痺れて動かせないように見えたし、呼吸困難も引き起こしていたような気がする。

 はっきり言って、典型的な神経毒の症状である。

 ソラが考え込んでいると、同じく厳しい顔をしていたシーダが扉の方を見つめながら、


「……あたし、様子を見てくるよ」


 と言って、すぐに後を追うように走っていったのだった。

 幼馴染ゆえに気になるのだろう。

 本当に何らかの薬物が使われたのなら大問題だし、アスベルの命に関わるかもしれない。 

 ソラも様子を見に行こうと控え室を出ると、なにやら慌てた様子の少女が廊下を走ってきた。


「――あっ! クウヤさん! いいところに!」


「あれ? キミはサーシャの付き人のソフィアだったよね」


「は、はい。覚えていて下さったんですね」


 メイド姿のソフィアは息を切らしながらソラのもとへ駆け寄ってきた。


「あ、あの! 姫様を見かけませんでしたか!?」


「いや、見てないけど。もしかして、またサーシャが脱走したとか?」


「……そうですけど、もっと深刻な事態かもしれないんです!!」


「と、とにかく説明して」


 どうも尋常でないとソラは表情を引き締める。 

 ソフィアは少し息を整えてから話しはじめた。


「姫様が突然いなくなってしまうのはよくあることなんですけど、直前に気になることを仰っていたんです」


「気になること?」


「アスベル様の試合を観戦された後のことです。私が特別室でお茶の用意をしていると、姫様が急にソファから立ち上がって、『あれは、きっとあいつの仕業に違いないよ!!』と叫ばれて部屋を出ていってしまわれたんです」


「あいつって……」


「……おそらく、ムスタフ様のことだと思うんですけど」


 声を少し潜め、辺りを見回しながら言うソフィア。

 だが、サーシャの予想はそう突飛なことでもないとソラは思った。 

 仮に誰かがアスベルを嵌めて敗退させた場合、得をするのは他の出場者たちだろうが、その中で最も怪しいのが王女との婚姻をもくろむムスタフだろう。

 ムスタフからすれば一番厄介なのは優勝最有力候補のアスベルである。

 己の立てた代理人とぶつかる前に、ソラのように排除しようと考えたのかもしれない。

 もっとも調べれば分かりそうな気もするが、たぶん証拠が出てこない自信でもあるのだろう。


「実は、ムスタフ様は以前にも自分に靡かない女性を手に入れようと媚薬を使われたことがありまして……」


「ええっ!? 何それ!」


「未遂で終わったこともあって表沙汰にはならなっかたんですけど」


 もはや黒に限りなく近いのではないだろうかとソラは思った。


「ムスタフ様と父君であるホルホイ大臣の支持者は王宮をはじめとしてあちこちにおりますから」


「つまり、裏でやりたい放題ってことか」


 あまりに露骨だとさすがに王から処罰されるだろうが、そこら辺は上手に対処しているのだろう。


「それで、サーシャの行き先に心当たりは?」


「分かりません。従者総出で闘技場から王宮まで隈なく探している最中なのですが見つからないんです。あるいはムスタフ様のところに突撃でもなされたのではないかと確認はしてみたんですけど、来られていないようでして」


「それなら、王様に相談してみるとか」


「陛下は最近とくにお忙しいようで、すぐにどこかへと行ってしまわれたんです。それに、姫様の脱走はよくあることなので、またすぐに戻ってこられるだろうと楽観視する空気もあるんです」


「でも、サーシャの言っていたことが気になると」


 ソラの言葉にソフィアはこくんと頷いた。


「……分かった。僕の方でも探してみるよ」


「あ、ありがとうございます!」


 表情を明るくして頭を上げるソフィア。

 ソラはさっそく行動を開始しようとしたが、ふと思いついて、


「――ところで、ムスタフの屋敷ってどの辺にあるのかな?」


 と、訊いてみたのだった。



 ※※※



 すっかり夜のとばりに包まれたダルハンの高級住宅街。

 ソラは物陰に潜んでいた怪しい人物に背後から声をかけたのだった。


「――あの~」


「――わあっ!? って、クーヤじゃない! もう、驚かさないでよ!」


 ビクウッと身体を震わせながら振り向くひとりの少女。


「僕が怒られる謂れはないと思うんだけど、サーシャ」


 そう。そこに隠れていた人物はサーシャだったのである。

 ソラたちが方々を探しても見つからず、最後に念のためと来てみたら、ホルホイ大臣邸周辺に挙動不審な気配を感じ取ったのだ。

 もしかしたらと近づいてみると、案の定発見したのだった。


「それにしても、よく分かったね。私の居場所が」


「……まさかとは思ったけどね」


 ソラは溜息を吐く。

 従者たちの目の届く範囲で探偵ゴッコをする程度なら良かったのだが、大臣の屋敷に忍び込もうとするとは信じがたい行動力だ。よく見れば闇に溶けるような黒っぽくて動きやすい衣装に着替えている。


「ほら。皆心配してるし、帰らないと」


「イヤ。悪事を暴くんだよ」


「証拠は何もないんだよ。結局、アスベルさんの件でも何も出なかったし」


 薬物検査をしたが、それらしい反応はなかったらしい。

 もっとも、この世界での技術では大した検査はできないかもしれないが。

 ちなみにアスベルはすっかり体調が戻り、すぐに動けるようになってシーダもどこか拍子抜けしていたくらいであった。

 しかし、やはりというべきか、サーシャはソラの説得に応じるつもりはないようだった。


「だ・か・ら! 今からそれを探しに行くんじゃない!」


「これは立派な不法侵入だよ。もし見つかったら……」


「今行動しなきゃ、今度はクーヤが狙われるかもしれないんだよ!」


「あっ!? ちょ、ちょっと!」


 ソラが止める暇もなくサーシャは物陰から飛び出して大臣邸を囲む塀へと走っていった。

 ちょうど巡回の警備兵が通り過ぎた後であり、しばらく観察してタイミングを計っていたらしい。

 ソラも慌てて後を追うと、サーシャはの高い塀の前で立ち止まった。

 塀の高さは五メートル以上ある。とてもよじ登れる高さではない。

 どうするつもりなのだろうかとソラが思っていると、サーシャは背負っていた背嚢から先端にフックがついたロープを取り出した。

 ヒュンヒュンと手馴れた仕草でロープを回すと、塀の上に投げつけて手際よく引っ掛けたのだった。


「やったあ!」


「…………」


 小声で喜ぶ王女を眺めつつ、ソラはもはや言葉が出てこなかった。

 しかし、茫然としている暇はなく、サーシャはさっさとロープを掴んで塀をよじ登っていったのだ。


(こ、この王女はアグレッシブすぎて困るよ、ホント!)


 仕方なくソラも覚悟を決め、急いでロープを掴んで少女に続く。

 頂上に辿り着きそっと顔だけ出して窺うと、広大な敷地とその奥に大きな屋敷が見えた。さすがにかなり豪奢な建物である。

 敷地のあちこちには篝火が焚かれ、その明かりの中に多くの警備兵の姿が浮かんでいた。

 巡回している兵士の姿もかなりの数で、ちょっと異常なほどの警備体制である。


「……ほら、急いで降りるよ! じゃないと、見つかっちゃう――わわっ!?」


「うわっ!?」


 サーシャがソラを引っ張った瞬間に二人はバランスを崩して足を踏み外してしまったのだ。 

 そのまま敷地に落下するソラたち。


「――くっ!」


 ソラは地面に激突する寸前で体勢を入れ替え、なんとかサーシャを己の身体の上に持っていくことに成功した。

 背中から地面に落ち、のしかかってくる少女との衝撃で肺から無理矢理息が押し出され、ソラは一瞬気が遠くなる。


「だ、大丈夫!? クーヤ!」


「……な、なんとか」


 痛みに多少顔をしかめつつもソラは答える。

 地面が柔らかい土で茂みの中だったのが不幸中の幸いであった。

 なんとか身を起こして、ロープを回収していると、誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。


「――おい。何か物音がしなかったか?」


「確認してみるか」


「!」


 ソラはすぐにサーシャを抱きしめて息を潜める。 

 警戒中らしい二人の兵士が歩み寄ってきて松明を辺りにかざす。


(サーシャ。動かないでね)


(う、うん)


 深い茂みの中だ。このままジッとしていれば気づかれることはないはずである。

 しばらく二人で抱き合ったまま固まっていると、確認を終えた兵士たちは気づくことなく去っていったのだった。


「……ふう。危なかったね」


 危機を乗り越えたソラが乗っかっているサーシャを見ると、少女は暗闇の中でも分かるくらいに頬を赤くしていた。


「どうしたの?」


「あ、ううん。その、抱きしめてもらえて、嬉しかったなあって」


 はにかんだような笑顔を浮かべるサーシャ。


(うっ……。か、可愛い)


 間近で直視したソラも思わず照れてしまう。 

 ふと気づけば、王女の柔らかい身体が密着し、なんとも甘い匂いが漂ってきていた。

 至近距離には潤んだ瞳と、艶のある唇。

 固まったまま見詰め合っていると、サーシャがそっと目を瞑った。


「クーヤ……」


 それを見てソラはギョッとする。


(え、ええっ!? こ、これって!! いや、でも……今は女なわけで!!)


 ちょっとしたパニックに陥っていると、近くからガチャリと扉が開く音がしたのだった。


「――うい~。ちいと飲みすぎちったぜ。小便、小便と」


『!?』


 正気に戻って顔を合わせるソラたち。

 茂みの隙間から様子を観察してみると、使用人らしきオッサンが通用口のひとつを開けて、ソラたちの数メートルほど離れたところで用を足そうとチャックに手をやっていたのだった。


(これは、チャンスだよ、クーヤ!)


 先ほどまでの雰囲気はどこへやら、サーシャが目を光らせていた。

 ソラは安心したような、少しガッカリしたような微妙な気分になりながら頷く。

 二人はオッサンに見つからないように茂みから抜け出し、忍び足で通用口へと向かった。

 屋敷に入り込むのと、新たに巡回してきた警備兵がオッサンに声をかけるのが同時だった。


「――あ! また、こんな所で! 困るよ。扉も開けっぱなしで」


「ああ。悪い、悪い。いや、トイレが遠くてさあ~」


 背後から聞こえてくる呑気な会話を尻目にソラたちは廊下を進む。

 屋敷の中も、王族にして大臣の館だけあってかなり豪華な内装であった。

 廊下にも高そうな絵画や調度品がたくさん置かれている。

 すると、おもむろにサーシャが一枚のスカーフをソラに手渡してきた。


「はい、クーヤ。これ」


「え?」


「こうやって、顔を隠しておかないと」


 サーシャは見本を示すようにスカーフを顔に巻いてみせる。

 これでは本当に泥棒みたいだと思ったが、万が一のことを考えてソラも巻くことにした。


「……それで、どこに行くの?」


「とりあえず、怪しげなところを探してみようよ」


 真剣な表情で答えるサーシャだが、要は行き当たりばったりということらしい。

 等間隔ごとに明かりが設置されている廊下を極力足音を立てないようにして歩くが、外とはうって変わって警備の人間が少ないので安堵する。

 廊下に連なる扉の向こうから時折人の気配を感じるものの、静かに進めば大丈夫なようだ。

 たまに遭遇する人間を避けながら奥へ奥へと進むと、今までとは違う雰囲気の場所に辿り着いた。あきらかに豪華さがグレードアップしている。


「どうやら、大臣の家族が住む所みたいだね」


「重要な証拠があるかもだよ!」


 意気込むサーシャ。

 だが、先程よりも警備の密度が上がっているのでより集中しなければならない。

 ソラは周囲の気配を捉えつつ、先頭に立って歩く。

 自分がミスでもしない限り、誰にも会わずに移動することは可能だ。

 警戒しつつ歩いていると、ソラはある方向に視線を向けた。


「……?」


「どうしたの?」


「あの部屋の中から多くの気配を感じたんだけど」


 ソラが指差す扉にサーシャがさっそく向かう。


「もしかしたら、悪巧みの相談でもしてるのかも!」


 そんな都合のいいことがあるのだろうかとソラは思ったが、何人もの人間が集まって何をしているのか気にはなる。

 ソラもサーシャと同じように扉のそばでしゃがむ。


(……じゃあ、開けるよ?)


(うん)


 サーシャがゆっくりと扉を数ミリだけ開く。

 わずかな隙間から二人が中を覗き込むと、そこには驚きの光景が広がっていたのだった。


「――ふふ。いけない娘だな。こんなに身体を火照らせて」


「ああん。意地悪です。ムスタフ様」


「ムスタフ様あ。私もお」


 広大なベッドの上で甘ったるい会話をしている一人の男と複数の女性たち。


「…………」


 ソラは無言のままそっと扉を閉めた。


(ちょ、ちょっと! いいところ――じゃなくて、情報を探ってたのに!)


(はいはい。子供が見るものじゃないからね)


(クーヤだって子供でしょ!)


 不満げなサーシャを押しやりつつ、ソラはとんでもないものを見てしまったと思った。

 半裸のムスタフと同じく半裸状態の女性たちが睦み合っている場面を目撃してしまったのである。

 どうやら、ここはムスタフの私室だったようだ。

 そういえばゴルモアは一夫多妻と聞いていたが、あの女性たちは妻なのかもしれない。あるいは愛人か。

 少し離れたところに場所を移すとサ-シャが憤慨した。


「……いくらゴルモアが複数の妻を持てるとは言っても節操がなさすぎだよ! あんなヤツの妻になるのは絶対イヤ!」


「そうだね」


 ソラは苦笑しつつ、他の場所を探索することにする。

 すると、ムスタフの私室から程近い部屋にまた複数の気配を感じた。


「あの部屋に二人ほどいるみたいだね」


「また覗いてみようよ!」


 どこかワクワクした表情のサーシャ。


(目的がずれてきてるような……)


 ソラはあきれつつも、また二人で部屋に近寄ってかすかに扉を開いた。

 扉の隙間から二人の男がテ-ブル越しに向かい合っているのが見える。


「――ホルホイ様。今月も大儲けしましたよ。笑いが止まりませんな」


「ふふふ。なに、私の力をもってすれば容易いことだとも」


「私は一生ホルホイ様についていきます」


「うむ。これまで通り尽くせば、相応の見返りを用意しようじゃないか」


「ぐふふ。とんでもないワルですな、大臣は」


「がはは。おぬしこそ」


 酒を飲み交わしながらあくどい笑みを浮かべる男たち。


『…………』


 ソラはサーシャと顔を見合わせる。

 詳しいことは分からないが、何らかの悪巧みの会話のようである。

 さしずめ大臣は悪代官というところだろう。その地位を使って便宜を図り、不正に儲けているようだ。

 まったくもってこの親子は裏で何をしているのか本気で分かったものではないとソラは思う。


「――ところで、サーシャ姫のことですが、ムスタフ様は本気なのですか?」


「どうも、そうらしい。まあ、王女を妻に迎えることができれば我が一族も安泰だから、好きにさせようと思っているが」


「ご子息には甘いですな、ホルホイ様も」


 向かいの男が媚びるような笑みを浮かべたところで、サーシャは扉をそっと閉めた。


(……本当にとんでもない親子だよ!)


(叩けばホコリがわんさかと出てきそうだね)


 またも憤慨するサーシャにソラも頷く。

 だが、会話を聞いたくらいでは何の証拠にもならない。テープレコーダーなどで録音できれば話は別だろうが、そんな便利な物はこの世界にはない。

 二人は部屋の前から移動して、廊下に置かれてあった大きな観葉植物の陰で作戦会議を行う。


「やっぱり、あの親子をギャフンと言わせることのできる証拠を見つけるしかないよ!」


「見られたくないものを隠すとしたら地下かな。あるいは隠し部屋でもあるのかも」


 ソラはいくつか可能性を上げてみるが、この広い屋敷の中から見つけ出すのは骨が折れそうだと首を振る。


「もう少し探してみようよ。この辺りにある気がするんだよね」


「そんな都合よく見つかるかなあ」


 ソラが頭を搔いていると、近づいてくる複数の気配を察知した。


「――! サーシャ、誰かが来る。急いで移動しよう」


 二人は音を立てないようにして急いでその場を離れる。

 通路の先を進むと、気配は追ってくることなく途中の部屋に入っていったようだった。

 ソラがホッとしていると、くいくいとサーシャが服の裾を握ってきた。


「見て、クーヤ。あそこ!」


 何事かと王女と同じように壁から顔だけ出して窺うと、遠目に二人の男が扉の前に立っているのが見えた。


「あそこ、怪しくない?」


「確かに」


 ソラは頷く。

 大臣親子の部屋の前ですら誰も立っていなかったのに、あの一見これまでと変わりない扉の前だけ見張りがいるのはおかしい。


「何かやましい物があるのかも。でも、あの男たちが邪魔だね。……ここはコショウ爆弾で怯ませてから、一気に気絶させよう」


 がさごそと背嚢に手を突っ込むサーシャ。

 ソラは慌てて押し留める。


「ちょ、ちょっと待った! そんなことしたら、誰かが気づくかもしれないよ。僕が何とかするから!」


「そう? 手際よくすませる自信があるんだけどなあ」


 サーシャはぴたりと拍子抜けしたように手を止めた。

 ソラは額に浮かんだ汗を拭う。


(アクティブなだけじゃなく、好戦的過ぎる!)


 どうも、背嚢の中には小道具だけではなく、お手製らしき武器もいくつか入っているようだ。

 城を抜け出す度に開発してきたのだろうか。従者たちへの同情の念は高まる一方である。 

 ソラは内心で溜息を吐きつつ、素早く魔導を構築した。


「……<風の鉄槌(ウインド・ハンマー)>!」


 密かに発動させた魔導は地を這うように進み、途中で二つに分かれて上昇し男たちの鳩尾に突き刺さった。


『――っ!?』


 小さく呻いて気絶した男たちが床に倒れ込む前に、ソラは続けて準備していた魔導を解き放つ。

 すると、床スレスレに風の障壁が現れて男たちを柔らかく受け止めたのだった。

 ソラは魔導を解除して男たちを目立たないところに押しやる。


「凄いよ! クーヤ! こんな魔導も使えるんだね!」


 感動した声を出すサーシャの手を引っ張ってソラは部屋へと入る。

 誰にも気づかれなかったようだが、できるだけ早くに調査を済ませておきたい。

 二人が部屋に入ると、そこには背の高い棚がいくつも並んでいたのだった。


「何これ? 薬?」


 サーシャが棚に置かれていた箱を開けて観察する。

 どうも、粉状のものから錠剤タイプまでそれこそ古今東西の薬が保管されているようだ。


「これは毒薬みたいだね。こっちは媚薬だ。いくつか所持が禁止されている物も含まれているみたいだけど」


「クーヤ、詳しいね」


「全部は分からないけど」


 魔導学校では薬草学も専攻しているのである程度の知識はあるのだ。

 サーシャがギュッと両手の拳を握る。


「……きっと、この中にアスベルに盛った薬があるに違いないよ! いくつか持ち帰ってお父様に報告すれば!」


「しらばっくれるだけだよ」


「違法薬物も混じってるんでしょ? どの道、大臣親子を捕まえれられるよ!」


「家宅捜査する前に証拠隠滅されるだけだし、僕たちが不法侵入したことを追求されて終わりかも」


 ソラはかぶりを振る。

 それに相手は王族で大臣だ。王といえどもすぐに行動には移せまい。


「そんなあ」


 残念そうな声を出すサーシャ。

 しょんぼりする王女を見つめつつ、どうしたものかとソラが考えていると、外から声が聞こえてきた。


「……おい! ここに警備兵が倒れてるぞ!」


「侵入者だ!!」


 ソラたちはギョッとする。


「見つかっちゃった!」


「……逃げないと!」


 ソラはサーシャの手を掴んで走り出す。

 男たちが立ちふさがろうとする前に入り口から脱出し、そのまま廊下を駆け抜ける。


「待て!!」


 追ってくる数人の警備兵たちを撒くようにソラたちは屋敷内をジグザグに走る。

 ともかく、一刻も早く外に出るのだ。


「大丈夫?」


「うん。走り慣れてるし!」


 結構なスピードで走っているのだが、サーシャは遅れることなくついてきた。

 しばらく逃げていると、背後の追っ手の数が増えてきた。徐々に距離も狭まってきている。


(けっこう、まずいかも)


 ソラが焦っていると、ようやく外へと通じる扉が見えてきた。

 タイミングよくひとりの男が扉を開けている。


「……うい~。また飲みすぎちったぜ。へへ。警備の兄ちゃんに見つかったら怒られちま――」


「――どいてっ!!」


「おごおおおおおおっ!?」


 ソラが突き飛ばすと、酔っ払いは回転しながら吹き飛んでいった。


「おい!! 邪魔だ!!」


「いでででっ!! な、何だあ!?」


 酔っ払いのオッサンが通路に倒れこんで警備兵たちの足が一瞬止まる。

 チャンスとばかりにソラはサーシャの手を引いて外へと飛び出す。 

 外に出ると複数の気配が蠢いており、カンカンと非常事態を知らせる甲高い鐘の音が鳴らされているのが聞こえてきた。このままでは追い詰められるのは時間の問題である。

 ソラが飛行系の魔導を構築しつつ敷地から脱出しようとしたときだった。


「――!?」


 背後から鋭く空を切る音が聞こえてきて、ソラは咄嗟にサーシャをかばいつつ伏せた。

 頭上を鉄の塊がもの凄い速度で通り抜ける。避けなければ頭をカチ割られていただろう。


「……ほう。死角からの攻撃を避けたか。ただの賊ではなさそうだ」


 ソラは慌てて後退しながら振り向く。

 闇の中からすうと姿を現したのは全身に鎧を纏った大柄な男だった。手には漆黒の槍。


(……こいつは、バルカだっけ?)


 ムスタフの代理で武術大会に出場している男だったのだ。

 バルカはソラたちを見てかすかに眉をひそめた。


「……子供、か? いや、待てよ。どこかで……」


 言い終わらないうちからソラは地を蹴って仕掛ける。

 こいつを一時的にでも行動不能にしておかないと、飛び立つ瞬間に攻撃を受けてしまうかもしれない。

 しかし、バルカは冷静かつ機敏な動きで迎撃してきた。

 先が円錐形になっている長大な槍を軽々と扱い、ボッと空気を突き破るような音とともに強烈な一撃をソラ目掛けて突き出してくる。

 ソラは直前で読み切り、頭を傾けて避けようとするが、


「!!」


 バルカの一閃が予想以上に伸びてきたのだ。

 驚愕したソラはそれでもギリギリで避けてみせたが、槍はスカーフに覆われた顔面をかすった。


「……お前は!」


「……!」


 バルカが顔面の一部を露出させたソラを見て目を見開くが、無視してそのまま懐に入り込み拳を叩き込む。


「ぐっ!?」


(……失敗した!)


 一瞬だけバルカは硬直したものの、大したダメージにはならなかったようだ。

 硬い鎧越しのため、奥義を使用してみたのだが不発に終わってしまった。


「……小僧!」


 再び距離をとろうとするソラを睨みつけながらバルカが前進してくる。

 足止めされていた警備兵たちも外へと飛び出してきた。


(こうなったら……!)


 サーシャを背後にかばいつつ、ソラが魔導で対抗しようと思っているときだった。


「――むっ!?」


 敷地の外から何かが高速でバルカに飛来してきたのだ。

 バルカは咄嗟に槍を振るい撃墜するが、次々と飛んできてその場に縫い止められる。 

 突然のことにソラも驚くが、そんな場合ではないと急いでサーシャのもとへ戻り魔導紋を編む。


「くっ! 待て……!」


 イラついたバルカの声を背中で聞きつつ、ソラは魔導を発動してサーシャとともに空中に飛び出した。 

 騒ぎを聞きつけてわらわらと集まってきた警備兵の頭上を飛び越えて敷地の外へと脱出する。

 屋敷から遠ざかるとサーシャが顔に巻いたスカーフをはがした。髪が風圧に煽られて激しく靡く。


「た、助かったね~!!」


「うん。危機一髪だったよ」


 夜の闇を切り裂きながら飛翔しつつソラも安堵の息を吐くが、


(……でも、さっきのは一体……)


 何者かがバルカを牽制してくれたのだ。

 あれがなければ、集まってきた警備兵に囲まれて、今頃二人揃ってお縄についていただろう。

 それに、思い違いかもしれないが、覚えのある気配を感じた気がした。

 しばらくダルハンの上空を飛んだソラたちは以前と同じく王城のそばにある公園の片隅へと到着する。


「……結局、何の成果もなしか~」


 しょんぼりするサーシャ。

 大臣邸に侵入してまで手がかりを得られなかったのだ。落ちこむのも無理はない。

 ソラがためらいながら肩に手を置こうとすると、サーシャがぽつりと口を開いた。


「……私ね。悪事を暴くんだって言ってたけど、そんなことはどうでもいいの。ただ、ムスタフの思い通りになるのがイヤなの。あいつは昔から何でも力ずくで自分の好きなようにしてきた。他人の事なんておかまいなしに。表面上は礼儀正しく振る舞ってるけど」


「……サーシャ」


「だから、大臣親子を失脚させるような証拠がないかって、わずかな可能性に賭けてみたの」


 暗い夜空を見上げつつ悲しそうにサーシャは言う。 

 ソラはそんなサーシャを見つめながら今日一日の出来事を思い出した。 

 ナスリムの件、ムスタフの買収、アスベルの不調、そして、先程の屋敷での事――

 これまでも、あの親子は裏で自分の意に沿わない相手を潰し、好き放題してきたのだろう。

 そんな男のもとへ嫁ぐなど嫌に決まっている。いくら王族とはいえだ。

 ソラはサーシャの肩にそっと手を置いた。


「……クーヤ?」


「……大丈夫。僕が優勝してみせるから。だから、安心して」


「……でも、あいつらはクーヤにも危害を加えようとするかもしれない。この前の襲撃だって、きっとムスタフの仕業だよ」


「それでも優勝するから。必ず。僕を信じて」


 ソラが真っ直ぐに目を合わせて力強く言うと、サーシャは少しびっくりしたように目を見開いたが、しばらしくしてからそっと目端を拭って「うん……」と笑顔で頷いたのだった。

 その後、心配して城の外に出てきたソフィアを発見して声をかけると驚いて駆け寄ってきた。


「ひ、姫様! 私たちがどんなに心配したと……! いったい、これまでどこに……」


「うん。ごめんね。後でちゃんと話すから。じゃあね、クーヤ」


 安心のあまり腰を抜かしそうになっているソフィアに謝りつつ、サーシャはどこかすっきりした表情で去っていった。


(さて……。ああまで言ったからには現実にしないとね)


 ソラも踵を返しながら決意する。

 どんな妨害を受けようが優勝するのだ。

 ソラにひとときとはいえ夢のような時間をくれた天真爛漫な姫君を悲しませるようなことは絶対許さない。

 こうなったら最後まで男としての矜持を貫くまでだとソラは胸の内で誓うのだった。

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