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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと武術大会
69/132

第3話

「それじゃあ、行ってきます。オリガさん」


「頑張ってね! ソラちゃん!」


 ソラはオリガに見送られながら朝早くにジャルガム商会を出た。当然、男装姿である。

 今日からいよいよ武術大会が開幕するのだ。

 大会はまず開幕式が行われ、その後予選の組み合わせ発表がある。

 どのブロックに入るかで試合が今日か明日なのか決まるのだ。なので、場合によっては今日は暇になるかもしれない。

 雲ひとつない快晴のなか、ソラは闘技場に向けて歩を進める。

 朝早いにもかかわらず人手が多い。皆の進行方向も同じなので目的地は一緒のようだ。

 やがてソラが会場に到着すると予想通り人でごった返していた。

 受付と入場券売り場が並んでいた広間から闘技場内部へとつながる入り口まで観客たちが蟻のように並んでいる。老若男女に関係なく来ているようだ。

 組み合わせが記された紙は闘技場内部に張り出されることになっており、また予選一組の試合がそのすぐ後に始まるので観客たちも早くから詰めかけているのだろう。

 ソラが息苦しいくらいに詰まっている広間で途方に暮れていると、背後から急いでいる様子のおじさんにぶつかられてバランスを崩した。


「う、うわっ」


「――おっと。大丈夫?」


「あ、ありがとうございます」


 倒れるところを誰かに引き上げられて事なきを得たソラが振り向くと、そこには力強い笑みを浮かべた女性が背後に立っていたのだった。


「シーダさん」


「おはよう。クウヤ。あたしたち選手はこっちに専用通路があるから。――ほら、邪魔だよ。どきな」


 観客たちを掻き分けるようにしてシーダが先導し、ソラもその後から大人しくついていく。

 昨日も思ったがまことに威風堂々とした女性である。

 それに、一見スマートな体格だが、背後から観察してみるとしなやかな筋肉が全身についているのが分かる。体力と瞬発力とをバランスよく備えていそうだ。


「――ふふ。さっそく情報収集かい? 君のような美少年にじっくりと見つめられるのは恥ずかしいけどね」


「あ。す、すみません」


 視線に気付いたシーダが振り返ってイタズラっぽく微笑み、ソラは慌てて謝る。


「これくらいで謝らなくてもいいよ。――でも、そうだね。その代わりと言ってはなんだけど、ひとつ質問してもいいかな」


「はい。何ですか?」


 ソラの正体に関することでなければ別に構わないだろう。


「単なる興味本位なんだけど、君が大会に参加した理由が少し気になってね。賞金目当てには見えないけど」


「武者修行というところですかね。師から参加を促されまして」


「なるほど。君の師ならよほどの使い手なんだろうね。その年齢で君をここまで育てた手腕は半端じゃないよ」


 足を止めて意味ありげにソラを見つめるシーダ。

 不快ではないものの見透かすような瞳だった。 


「……正直、初めは冷やかしのようなものだと思ってたんだけど、油断すればあたしでも足元をすくわれかねないね」


「……師からも言われてますから。優勝を目指せと」


「あはは! 言うじゃない! 男の子なんだから、当然上を目指してしかべるきだよね!」


 バシバシと豪快に背中を叩かれてつんのめるソラ。

 プロレスラーにも匹敵しそうなとんでもない力であった。よく見ると細身だが鋼線を束ねたような腕をしている。相当質の高い筋肉を絞っているようだ。

 再び通路を歩き始めながらシーダが顎に手を当てる。


「もしかしたら、君も特別報酬目当てなのかもと思ったんだけど。いや、こういう言い方は失礼だね」


「……特別報酬?」


 ソラは首を傾げる。

 クオンの説明によれば大会の優勝者と準優勝者には多額の賞金が出るらしいが、そのほかにも希望すれば国に特例で仕官できるという話を聞いたくらいだ。ソラ的にはそんなものに興味などないが。


「仕官の話じゃないよ。今年は例年にない特別な賞品があるんだ。あたしには関係ないけどね。でも、君ならけっこうお似合いな気もすると思ったんだよ」


「……僕が?」


「参加者や国の人間なら皆知ってることなんだけど、まあ、この後分かるよ」


 含むようなシーダのセリフに疑問符が浮かぶが、すぐに分かるというのなら訊き返す必要もないだろうと思い直す。

 しばらく石造りの通路を進むと横長の選手控え室に辿り着いた。

 控え室は結構な幅と奥行きがあり、これなら大勢の人間を収容できそうだ。

 ソラが部屋の中を見回すと、そこには様々な格好をした腕自慢たちが待機していた。ゴルモア人だけでなく他国の人間もかなり参戦しているようだ。

 巨大な鉄槌を背負った髭面の男。全身に鎧を着込んだ騎士風の男に目つきの悪い暗殺者のごとき男までいて、上半身裸で顔にペイントを施している男もいた。今にも口から毒霧を噴き出しそうだ。

 それぞれが武器のチェックをしたり、隣の男と牽制し合っていたりと騒がしい。

 このような雰囲気は初めてなので少々ソラが呑まれかけていると、シーダが軽く肩を叩いてきた。


「始まるみたいだよ」


 ソラは控え室に開いた窓から闘技場を眺める。

 闘技場の中心に丸いリングがあり、その中央に派手な服を来たスキンヘッドの男が進み出てきていた。体格が素晴らしく良いので筋肉で服がはちきれそうになっている。

 男の後ろには布が被せられた大きな衝立のようなものがあった。あれに組み合わせの紙が貼られているのだろう。 

 それはともかく、スキンヘッドの男にソラは見覚えがあった。


「あの人って……」


「ああ。チチグのことだね。昨日会ったろ」


 かしこまった風にリングの中央に立ったのはオネエ言葉を駆使する受付の男だったのだ。どうやら司会も兼ねているらしい。


「チチグは王国軍に所属するれっきとした軍人なんだよ。しかも、王族を守護する親衛隊の人間なんだ」


「それって、アスベルさんと同じの?」


 ソラは驚く。

 大会の受付をしているくらいなので関係者だとは予想していたが、まさかそんな要職にあったとは思わなかったのだ。

 すると、チチグがひとつ「コホン」と咳をしてから口を大きく開いた。


『レディ~~~ス!! アンド!! ジェントルメンッ!! 大変お待たせしました!! これより、ゴルモア王国主催の武術大会を開催いたしますっ!!』


 手に持ったマイク型の魔導具が声を拡大させて広い闘技場の隅々にまで響き渡ったかと思うと、満員状態の観客たちから凄まじい歓声が上がった。

 ソラのいる控え室にまでビリビリと振動が届くほどである。三年に一度の行事なので皆よほど楽しみしていたのだろう。

 それにしてもチチグの声はなんとも男らしく野太かった。普段の甲高い声音と違いすぎて別人が喋っているかのようである。

 チチグはきれいに剃られたスキンヘッドを太陽の反射でキラリと光らせながら一通り喋り終わると、後ろにある衝立を指し示した。


『観客と選手の皆様も気になっているでしょうから、さっそく組み合わせ発表に移りたいと思います!!』


 後ろに控えていた二人の男がタイミングを合わせて布を取り払うと、そこから組み合わせの紙が張られた掲示板のようなものが現れた。

 また、観客席から大きな歓声が上がる。

 窓際に寄ってざわめきながら眺めている選手に混じってソラもどれどれと目を凝らす。

 紙には組ごとに分けられた選手の名前がずらずらと書かれている。全部で十六組あるので探すのがちょっと大変だ。

 しかし、ソラはすぐに自分の名前を見つけ出した。

 それもそのはず、ソラの名前は左端にある第一組に入っていたのだ。


(……いきなりかあ。ちょっと、緊張してきたかも)


 ソラとしては初っ端から試合をするとは思わなかったのだ。少しは心の準備を整える時間が欲しいところである。

 それにしても一組に三十人以上は振り分けられているようだ。だとすれば単純計算で五百人近い人間が参加していることになる。よくもこれだけ集まったものだ。


「あたしは十二組……ということは明日か。クウヤはこの後すぐだね。こんなところで負けるんじゃないよ。どうせなら決勝トーナメントで対戦しようじゃないか」


「はい」


 挑発するような視線を向けてくるシーダにソラも力強く頷いた。

 初めからソラのことを子供とは侮らずに接し、対等の戦士として扱ってくれるのはとても心地よいし、沸き立つものを感じる。

 ふと気づくと緊張が消えていた。あるのはほどよい闘争心だ。どこまで自分が通用するのか試してみたいと素直に思える。 

 ソラが気合を入れ直していると、リング中央のチチグが再び自分に注目を集めておいてから、高々と手を振り上げてある一点に向けた。


『――では、ゴルモア八氏族の代表であり、国家元首たるアナディン陛下のお言葉を賜りたいと思います!!』


 すると、会場で最も高い場所にあるVIP席の中央に座っていた中年の男性が立ち上がった。

 男性が手を振ると観客席から割れんばかりの大歓声が響いた。どうもゴルモアの民から人気があるようだ。

 アナディン王は精悍そうな顔つきをしつつも砕けた笑みを浮かべていて、どこか親近感の沸く王様だったので当然かもしれない。ソラとしてはもっと厳格そうなイメージがあったのだが。

 豪奢な民族衣装を着たゴルモア国王は短いスピーチを終えて席に座る。

 会場から再び盛大な拍手が沸き起こった。

 無駄に長話をせずに要点だけを伝えたのはソラとしても好印象である。

 続いて、国王のそばに座っていた王族の紹介に移った。

 第一王妃、第二王妃、そして王子や王女たちが次々と紹介されていく。

 本来ならソラの級友もあそこに並んでいたのだろう。今は遠いエレミアの地にいるので出席できないが。


「……いよいよだね」


「え?」


 意味深に呟いたシーダをソラが振り仰いだときだった。

 一際大きな歓声が沸き起こったのだ。 

 ソラがVIP席に視線を戻すと、ひとりの少女が奥から粛々と進み出てきていた。


「……は?」


 少女が顔を上げた途端に呆けた声を出す。

 ソラの思考が止まっている間にチチグが声を張り上げた。


『最後にこの方を紹介いたしましょう!! 第三王女にして、ゴルモアが誇る太陽の姫!! サーシャ王女です!!』


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!』


 会場中から雄叫びのような怒号が沸き上がり、ソラも「えええええええええっ!?」と驚きの声を上げた。

 ソラが驚愕している間も、明るい色合いの衣装と金色の髪飾りをつけたサーシャはまさに太陽のごとき笑顔を浮かべて可憐に手を振ってみせたのだった。

 また、あちこちで大きな歓声が上がる。どうも野郎の割合が多いようだ。

 ソラの背後でも選手たち(男)が、


「うおおおおおおっ!! サーシャ王女おおおっ!!」


「相変わらず可愛すぎるぞーー!!」


「オラの嫁だべーー!!」


 などと絶叫しており、とにかく喧しい。

 まるでアイドルのコンサート会場のようである。

 それはそうとしても熱狂度が半端ではない。あのルックスや明るい性格からして人気が出るのは分かるにしても騒ぎすぎな気がする。

 ソラは呆れたように男どもを眺めているシーダを見上げる。


「あの……これってどういうことなんですか?」


「……ああ。さっき話した特別な商品のことさ。今大会で優勝した選手には多額の賞金と共にサーシャ王女を娶る権利を得ることができるんだ」


「ええっ!?」


 仰天するソラ。


「もともと人気があって、美姫として名高いナラ王女を妻にできるからと野郎たちが張り切ってるのさ」


 シーダはやれやれと首を振りながら言った。

 自分には関係ないと言っていたが、確かに女である彼女にはどうでもいい話である。


「しかも、王女を妻にするということは、王族に迎え入れられるということでもあるからね。当然仕官も思いのままだし、こんな美味しい話はないだろうね」


「……でも、王女は承諾してるんですか? まだ僕と同い年なのに」


「ゴルモアでは家長の命令は絶対だよ。ましてや娘が父に逆らうなんてことは考えられないからね」


「そもそも、何でそんなことを?」


「アナディン王が突然言い出したことらしいよ。武術大会に優勝できるくらいの強い男なら娘の婿にふさわしいし、国にとっても有益だとか。アナディン王も名君として知られる人物だけど、たまに奇想天外なことをやらかしたりするんだ。そこが魅力でもあるんだけどね」


「王女からすれば気の毒なような……」


「同じ女としては同情しないでもないね」


 肩をすくめるシーダ。 

 ソラとしても現在は女なわけで決して他人事ではないのだ。自分だったら家を飛び出しているかもしれない。


(もしかしたら、昨日の件は……)


 サーシャが男たちに追われて逃げていたのもこれと何か関係があるのかもと思う。

 あのとき、彼女はむしゃくしゃしていたと言っていたのだ。

 ソラが見つめる中でサーシャは笑顔を浮かべたまま静かに己の席に座ったのだった。



 ※※※



 開会式が終了した後はすぐに予選一組から順番に試合が行われる。

 係りの兵に名前を読み上げられた選手たちが続々と控え室を出ていった。


「――それじゃあ、気をつけて。私も君との対戦を楽しみしているよ」


 いつのまにか姿を見せていたアスベルとシーダの応援に頷きつつソラも控え室を出る。

 土で固められたフィールドに出ると強烈な太陽の日差しと大音量の歓声が直に降り注いだ。

 全方位から歓声が反響し、数万人規模の視線が集まる様はもの凄い迫力である。このような体験はそうそうできないだろう。

 ソラがフィールドに出た途端にざわめきの種類が変わった。観客たちは突如現れた少年に戸惑いと好奇心とが交錯しているようだった。

 そんなことは露と知らないソラは円形のリングへと足をかける。

 リングは三十人以上の選手たちが上がってもまだ余裕があるくらいに広々と設計されていた。

 端から端までそれなりに距離があり、これなら飛び道具主体の人間でも極端に不利になることはなさそうだ。

 選手全員がリングへと上がり、各々が間合いを取りながら周囲を警戒する。

 バトルロイヤル方式で勝ち進めるのはたったひとり。気絶などの戦闘不能状態もしくは場外に落ちた時点で失格である。

 ソラも身構えながら辺りを探る。目の前の相手にだけ集中していればあっという間に敗退してしまうだろう。

 リング上の緊張感が高まっていく中、すぐそばでチチグが手をゆっくりと上げ始めた。どうも審判役も務めているらしい。


「――それでは、はじめっ!!」


 チチグの野太い声と共に手が振り下ろされて試合が開始された。

 瞬間、選手たちは鬨の声を上げながら近くにいた人間へと飛びかかっていく。


「うおおおおおおっ!! 死にさらせやあああっ!!」


「くたばるのは、お前だあああっ!!」


 リングのあちこちで男たちが一斉にぶつかり、武器同士がかち合う甲高い音が辺りに響き渡った。

 選手たちが入り乱れてリング上は一気に混戦模様となる。


「――ぐぎゃあっ!?」


 一対一に敗れてさっそく敗退する選手が現れた。

 ほかにも場外に弾き飛ばされて失格になる選手。隣の戦闘に巻き込まれてとばっちりを受けたり、背後から不意打ちを喰らうなどしてリタイヤする選手たちが出てきた。

 そんな凄まじい乱戦の中でもソラはポツンと何するでもなくひとり突っ立っていたのだった。


(……う~ん。なんか無視されてるなあ)


 どうも外見上はなよなよした小僧であるソラなどどうにでもなるとでも思われているらしく、皆から相手にされずに放置されていたのだ。

 暇なので今はリングの端で汗や血やらを飛び散らせて戦っている彼らを眺めている次第である。

 たまにこちらへと吹き飛んでくる男を避けるだけで身体を動かす必要もほとんどない。

 ソラとしてはある意味楽で良いのだが。

 拍子抜けしたように、目の前で血反吐を吐きながら地に倒れ伏す男を見ていると、ふと強い視線を感じた気がしてソラは顔を上げた。


「……あ」 


 VIP席からソラをジッと見つめているひとりの少女と視線が合う。

 サーシャ王女が胸の前で手を組んでソラを見ていたのだ。

 その姿を視界に納めた瞬間にソラの脳裏に昨日の光景が浮かんできた。

 頬に当たる柔らかい感触を思い出して顔を赤くする。

 今ではソラも女の子なわけだが、内面は誰が何と言おうと男なのでやはり意識してしまうのだ。

 ソラが照れながらコホンと咳をしていると、ワッと大きな歓声が聞こえてきたので視線を戻す。

 すると、あれだけいた選手たちのほとんどが倒されるかリング外に落下しており、リング上に立っているのはソラを含めて二人しかいなかったのだ。


「……ふ~~~。やっと終わったべ~。これでサーシャちゃんに一歩近づいたべ」


 最後に残っていたのは麦わら帽子をかぶったおじさんで何故かクワを肩に担いでいた。

 まるで農作業が終了した後のように手ぬぐいで額の汗を拭いている。

 はっきり言って選手には見えない。田舎で畑でも耕していそうな普通のおじさんである。

 ただ、そのクワには大量の血がこびりついていて、傍目から見ているとギャップもあって異様というかちょっと怖い。

 ソラがやや引いていると、おじさんがこちらに気づいたようだった。


「――ん? 小僧、おめえ、まだいたんか」


 呆れたような視線を向けるおじさん。


「さっさとリングの外に出てリタイアするべ。なしてこげなところに迷い込んだのかは知らねえけども、痛い目に遭いたくねえべ? 今なら見逃してやる」


 と、一方的に通告してきた。

 完全にこちらのことを見下しているようだ。

 少々カチンときたソラは右半身を半歩引いて構える。


「……言っておくけど、僕もれっきとした選手だよ。あなたこそリタイアすれば?」


「……小僧、言うでねえか。こっちがせっかく下手に出てやったってのに」

 

 リラックスしていたおじさんから怒りのオーラが噴き出す。

 いつ下手に出たんだとソラは心の中でツッコミながらも相手を睨みつける。

 おじさんの額に青筋が浮かんだ。


「いいべ! いいべ! そこまでして酷い目に遭いたいんなら、望みどおりけちょんけちょんにしてやるべ!」


 おじさんは足元でよろよろと立ち上がりかけていた男を蹴り飛ばしながら向かってきた。


「あばらの二、三本でも折って反省するっぺよ!!」


 おもいっきりクワをスイングしてくるが、ソラは上半身を軽くスウェーして避けた。

 その場から動くこともなく避けられるとは思っていなかったのかおじさんは目を見開く。


「むっ! こしゃくな小僧だべ! こうなったら仕方ない。農作業で鍛えたオラの力をとくと味わうがいいべ!!」


 素晴らしい脚力で詰め寄ってきたおじさんはあらゆる方向から攻撃を繰り出してきた。

 自分で言うだけあって大した実力だ。ソラの頬に当たるもの凄い風圧からして相当重量のあるクワを使用しているようだが平然と振り回し続けている。体力、腕力ともに申し分ない。

 見た目はともかく、伊達に最後まで残ったわけではないのだ。

 しかし、嵐のような連撃にもソラは怯まず紙一重で避け続けた。

 おじさんから読み取れる情報を総動員して見切る。

 クオンはこの大会をこれまでの修行の集大成と言っていた。

 師に教わった数々の技術にソラが生まれながらに持つ能力を融合させた戦闘術を試してみろということだ。

 三年近くにも及ぶ試行錯誤と鍛錬の末にようやく形になってきたのである。

 師と二人三脚で完成させた戦闘術の成果をここで存分に発揮するのだ。

 まずは目の前のおじさんである。 

 強敵には違いないが、師に比べれば大したことはない。

 本戦に向けてのウオーミングアップには丁度いいだろう。

 ソラは軽やかにステップを刻みながらおじさんの攻撃を避ける。徐々にギアを上げるかのように。

 その華麗な動きに観客席から大きなどよめきが沸き上がっていた。

 見慣れない動きに加えて、年端も行かない少年がここまでやるとは思っていなかったのだろう。

 すると、少し息が切れてきたおじさんが腕を止めた。


「……はあはあ。おめえさ、逃げるのだけは上手だな。まったくもって腹の立つ小僧だっぺよ」


 イラついたようにクワを担ぎ直したおじさんだったが、ハッと何かに気づいたような表情をした。


「しっかし、ここまで必死に避け続けるなんて……。まさか、おめえの狙いもサーシャちゃんか!?」


「……は? 何を言って……」


 ソラは唖然としながらおじさんを見返した。

 というか、『サーシャちゃん』って何なんだよと思う。


「すっとぼけるでねえ!! 確かにおめえみたいな美少年とお似合いの気もするけんど、サーシャちゃんはオラのもんだ! 誰にも渡さねえべよ!!」


 おじさんは勝手に決め付けて次第にエキサイトしていく。


「オラはこの大会で優勝してゆくゆくは軍団長になる男なんだ! 片田舎で終わるような男ではないんだっぺよ! そんで……そんで妻になったサーシャちゃんと……ぐふふ……っと! い、いけねえっぺ」


 なにやら妄想していたおじさんは口端に垂れかけた涎を慌てて拭った。

 万が一にでもこんな変態オヤジにサーシャが嫁ぐことになったら気の毒すぎる。

 ソラは即座にこのおじさんを倒すことに決めた。

 地面を軽く蹴り、身を低くしながら間合いを詰める。

 それを見たおじさんはクワをおもいきり振りかぶりながら叫んだ。


「……サーシャちゃんは、オラの嫁だあああああああーーー!!」


 ブオンッ!! と凄まじい勢いで旋回したクワをソラは<内気>を込めたジャンプで避けて、おじさんの顔面をおもいきり踏んづけた。


「――ぶげっ!?」


 蛙が踏み潰されたような声を出すおじさん。

 一瞬動きが止まった隙を逃さずにソラはおじさんの背後に着地すると、その首元に手刀を打ち込んであっさりと気絶させたのだった。

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