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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと武術大会
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第2話

 即席の少年拳士となったソラはジャルガム商会で遅めの昼食を摂った後、武術大会の受付を済ませるために会場へと足を運んでいた。

 会場はコロッセオのような円形状の造りになっていて、収容観客数が約四万人と結構な規模であった。

 師とはジャルガム商会ですでに別れている。中身は知らされていないが、さっそく仕事を開始するようだ。


『……私の都合でここまで連れてきたのに試合はほとんど観戦できそうもない。すまないな』


 少々申し訳なさそうにクオンは言っていたが、そこまで気を遣うことはないとソラは思う。

 外見はともかく中身はもう子供ではないし、卒業試験とはいえ師がつきっきりで付き合う必要はあるまい。

 師が仕事を終えた後に最高の結果をもって報いてあげようとソラは密かに決意しているくらいだ。

 ソラは巨大な戦士の像が向かい合っている正面入り口をくぐりながら、師が事前に説明してくれた武術大会の概要を脳裏に浮かべる。

 ゴルモア王国が主催するこの武術大会は三年に一度開かれる大会で、もう何百年も前から行われている歴史のある行事らしい。

 国中の人間が楽しみしている一大イベントで、ちょうどこの時期に開催されるお祭りと重なって首都ダルハンは大騒ぎになるそうだ。国外からも大勢の観光客が見物に来るほどらしい。

 武術大会はまずバトルロイヤル方式の予選を勝ち抜き、その後決勝トーナメントに進むという流れらしい。


『予選は十六のブロックに分かれ、各ブロックから決勝トーナメントに進めるのはひとりだけだ』


『なるほど。結構厳しいですね』


 数百人も参加する中で本選に進めるのはたったの十六人というわけだ。

 大会の日程は予選と決勝トーナメントが二日ずつの計四日間らしい。


『ところで、今更なんですけど、男だと偽って出場してもいいんですか?』

 

『構わないさ。出場者の中には経歴の怪しい奴らがゴマンといるし、よほどの犯罪者でもない限り問題はない』


 そんなものかとソラは思う。

 そこら辺はわりと大雑把なようで、大会参加資格についても、女性の出場者は事前に審査を受ける必要があるが特に年齢制限はないらしい。そのかわり大怪我を負ったり最悪死亡しても自己責任である。

 ちなみに、飛び道具を含めた武器の使用は認められているが、毒などの薬物と魔導及び魔導具は禁止とのことだ。ただし、<内気>の使用はOKらしい。


『出身地や年齢はともかく名前は変えたほうがいいな。今から考えておくといい』


『分かりました』


 せっかく少年のフリをしているのに名前がそのままでは意味がない。

 どうしようかと考えながらソラはふと尋ねる。


『そういえば、師匠はこの大会に参加したことがあるんですか?』


『ああ。昔、何度かな。優勝すれば結構な額の賞金が出るんだ』


『は、はあ』

 

 キリッと渋い表情をしながらクオンは答えたものだった。

 放浪の武術家である師は基本的に金欠なのである。道場を開くわけでもないので収入源がほとんどなく、大抵は冒険者の仕事で路銀を稼いでいるのだ。

 ソラの修行に関しても授業料などを取らずほとんど無償で稽古をつけてくれている。その分エーデルベルグ家に滞在中は衣食住を融通しているのだが。

 それにしても、クオンが何度か出場しているならどれほどの結果を残したのか気になるところだ。

 今度、大会が終わった後にでも話を聞いてみようとソラは歩きながら思う。

 しばらくすると入場券売り場に隣接している受付が見えてきた。

 辺りには出場者とおぼしきゴツイ男たちがたむろしている。

 ソラが何気なく観察していると、ひとりの男と目が合いおもいきり睨まれた。

 大会は明日からだが、どいつもこいつもすでに殺気立っている様子である。

 ピリピリした出場者の間をすり抜けて受付の前まで行く。

  

「あの……」


「はあい? 参加者の方ね? ちょっと待ってね……って、あら?」


 受付の席に座って作業していた体格の良いスキンヘッドの男が顔を上げて不思議そうな表情をした。


「あら、これはまたとんでもなく可愛い男の子ねえ。まるで女の子みたいだわ。でも、ボク。入場券売り場は隣よ?」


 なぜかオネエ言葉で喋る男は横を指差す。


「いえ、私は武術大会の出場申し込みに来たんです」


「――まあ! あなたが!? 参加者だったの!?」


 口元に手を当てて驚くスキンヘッドの男。

 男とは思えないほど甲高い声が周囲に響いたので、周りにいた人間が一斉にこちらを振り向いた。


「……? この餓鬼が参加者?」


「おいおい。子供のお遊戯会じゃねえんだぜ。坊主、怪我しないうちにとっととママのところに帰りな」


「ははっ。違いねえ。ここはお前みたいな小僧が来るところじゃねえんだ。大会にはとんでもないロクデナシたちも参加するんだぜ。その綺麗な顔が酷いことになる前に去るんだな」


 出場者らしい男たちがドッと笑う。

 スキンヘッドの男も心配そうに声をかけてきた。


「こいつらのことは気にしなくてもいいわ。……けど、この大会が危険なことは確かなのよ。毎回死人が出るほどだもの。腕試しのつもりか知らないけど、止めた方がいいわ」

 

 こちらの身を案じていることが分かったが、ソラは首を横に振った。


「危険は承知の上ですし、遊びに来たわけじゃありません。私……僕は当然優勝を狙うつもりです」


 きっぱりとそう言うと、スキンヘッドの男は片眉を上げて「言うわねえ」と感心した声を出した。

 しかし、ほかの男たちの癇に障ったようで鋭い視線が四方八方から飛んでくる。

 周囲は一気に険悪になり、ひとりの男が殺気立つ出場者の中を掻き分けながらふらふらと詰め寄ってきた。どうも酔っているようだ。

 頬に傷を持つ荒んだ雰囲気の男はソラを見下ろしながら威圧してきた。


「……おい。この大会はお前みたいな坊主が参加できるほど甘っちょろくねえんだよ。今つまみ出してやる」


「!」


 ぬうと手を突き出してくる男にソラが身構えたときだった。


「――何をしてる!! やめないか!!」


 入り口の方から制止する声が聞こえてきたのだ。

 ソラをが振り向くとそこには若い男女が立っていた。どちらも黒髪に浅黒い肌とゴルモア人のようだ。

 あれほど騒がしかった出場者たちが静かになり、突然現れた男女を驚いたように見つめている。

 二人は歩み寄ってきて傷の男を睨みつけた。


「またか、ナスリム。相変わらず酒に溺れているようだな」


「……誰かと思えば隊長さんかよ。それに、『弓聖』のシーダか」


 顔をしかめる傷の男。

 女の方も目を眇めながら見据える。


「そんな少年にまで手を出すなんて情けない男だね。あんたこそ参加する資格はないよ」


「うるせえ。女ごときにどうこう言われる筋合いはねえな」


「あら。でも、この子に少しでも触れていたなら参加資格を取り消すつもりだったわよ?」


 ソラの背後からスキンヘッドの男が毅然とした態度でそう言うと、傷の男はいっそう不機嫌な表情になりペッと地面に唾を吐いた。

  そして、隊長と呼んだ男を乱暴に押しのけて会場から出ていったのだった。

 しばらくソラが傷の男を見送っていると二人が話しかけてきた。


「災難だったね。あたしはシーダ。よろしく、勇気ある小さな戦士さん」

 

「私はアスベルだ。あいつのことは放っておけばいい」

 

「あ、はい。その……助けてくれてありがとうございます」


 ソラは礼を言いながら二人を見上げる。

 シーダは革のベストと短パンを穿いたスラリとした体型の女性だった。背中には弓を背負っている。

 もう一方、アスベルは短髪の青年で実に精悍な表情をしていた。鉄と布を組み合わせた鎧を装着し腰には剣を吊るしている。

 二人とも若いが身のこなしに隙がなく相当な使い手であると推測できた。

 スキンヘッドの男が話しかける。

 

「はい、シーダ。あなたも大会に出るのね。弓術大会との二冠を狙うつもり?」


「まあね。女性初の優勝でも目指してみようかと思って」


「あはは。あなたらしいわねえ。それと、今回の推薦枠があなただったなんてね。聞いてなかったわよ、アスベル」


「陛下の命さ。悪いけど優勝は誰にも譲らないよ」


 知り合いらしく三人は軽快な会話を楽しんでいる。


(それにしても……)


 ソラは周囲を見回す。

 ざわざわとこちらを窺っている人間たち。出場者、一般人問わず皆が意識している様子が見て取れる。

 どうも皆の視線はアスベルとシーダに向けられているようだ。

 すると、楽しそうに話していたスキンヘッドの男がハッとしたようにソラを見下ろした。


「――あら! ごめんなさいね。つい話し込んじゃって」


「いえ。気にしないでください。……それより、アスベルさんとシーダさんて有名人だったりするんですか?」


 ソラが辺りを目線で示してみせると、スキンヘッドの男は「ああ」と納得したように頷いた。


「そうね。あなたは国外から来たみたいだし、分かんないわよね。ゴルモア人ならこの二人を知らない人間はいないわ。アスベルは若くして国王陛下直属の親衛隊隊長になった男で、シ-ダも伝統あるゴルモア弓術大会で優勝して『弓聖』の称号を得たほどなのよ」


「へえ……」


 改めて二人を見る。

 どちらもまだ二十かそこらだろう。やはりタダ者ではなかったようだ。


「この二人は間違いなく今大会の優勝候補よ。ふふ。今のうちに色々と質問して探っておいたら?」


 器用にウインクしてくるスキンヘッドの男。

 アスベルとシーダは苦笑しながらソラへと視線を向ける。


「私たちのことよりも君の方が気になるよ。まだ十くらいだと思うけど」


「そうね。年齢制限がないといっても、君ほどの年の子が出場した例はちょっと記憶にないね」


 ジッと好奇心の混じった瞳でソラを見つめる二人。

 まあ、そうだろうとソラは思う。自分が相手の立場ならやはり気になっただろう。


「そういえば、まだ名前も聞いてなかったわね。じゃあ、紹介も兼ねて教えてくれるかしら? 申込用紙に書いちゃうから」


 スキンヘッドの男が受付の席に座り直しながらペンを握った。

 ソラは頷き、口を開く。

 考えていた懐かしい名前を言葉にする。


「……僕の名前はクウヤ。クウヤ・ナルカミと言います。エレミア出身で十歳です。よろしくお願いします」


 そう言いながら拳を握り東方武術の礼を取ってみせたのだった。



 ※※※



 無事に受付を終えたソラは軽く会場を見学してから街へと繰り出していた。

 明日の予選組み合わせ発表までは暇なのであちこち見て回ろうと思ったのだ。

 とはいえ、<気脈転移>を繰り返してここまで来たので疲労が溜まっている。キリのよいところで切り上げた方がいいだろう。

 ソラは多くの人間がごった返している街をきょろきょろと見回しながら歩く。

 エルシオンとは全く異なる景観。

 異文化の香りが漂う街。

 今まで知らなかった世界に踏み込むのは心が躍るものだ。 

 魔導学校卒業まで約三年。その日が待ち遠しい。

 ソラは午前中に立ち寄った村で貰ったチーズをおやつ代わりにモグモグとかじりながら露天を眺めた。

 羊肉をあぶったらしい串焼きなどが売られていて実に食欲をそそられる。

 隣の屋台に置かれているうどんのような食べ物も美味しそうだ。

 ほかにも色々と並んでいて目移りしてしまうが、ふと苦笑する。 

 これでは食いしん坊の妹みたいだと思ったのだ。


(……そういえば、帰ったらマリナに文句を言われそうだなあ)


 慌しく出発したので、当然妹に伝える暇などはなかった。

 ミアに説明してくれるように頼んでおいたが、置いていかれたので今頃すねているかもしれない。

 妹のご機嫌取りと、可愛い弟のためにお土産を買っておこうかとソラが考えていると、露天の間にある細い路地を駆けるひとりの少女の姿が目に入ったのだった。


「……?」


 少女は一瞬でソラの視界から消えたが、どうも様子が尋常ではなかった気がする。

 気になっていると、まるで少女の後を追うように四人の男たちが路地を通り抜けていくのが見えた。


「…………」


 ソラは無言のまま走り始める。

 前にも見たような光景だったのだ。

 露天の脇から路地に入り、彼らが駆け抜けていった方向を目指す。

 しばらく迷路のような路地を走っていると、先ほどの少女とそれを追いかける男たちの後姿が見えてきた。

 少女は時折後ろを振り向きながら必死に走っている。


(やっぱり、追われてる!)


 ソラは足の回転を上げる。

 少女の切羽詰ったような姿が、以前暴漢に襲われていた級友のそれと重なったのだ。

 あのときと違ってクオンはいないので、自分で何とかしなければならない。

 サポーターに覆われた拳をソラが固めていると、


「――あ!?」


 少女がつまづいて倒れこんでしまった。

 好機とばかりに駆け寄る男たち。

 少女は顔を強張らせたが、男たちの背後から猛追するソラに目を留めたようで大声で叫んだ。


「お願い!! 助けて!!」


「!!」


 慌てて振り返る男たち。

 見た目はそこらにいるゴルモア人と変わらないが、鋭い目つきや物腰からカタギの人間ではなさそうだ。 


「お前は!?」


 男たちが驚いていたが、律儀に名乗る必要などない。

 速度を緩めることなく突っ込んだソラは男のひとりへと肉薄し、こちらを掴もうと伸ばしてきた手を掻い潜って当て身を入れた。

 地面にうずくまるようにして男は気絶する。


「……くっ! 仕方ねえ! まずはこっちからだ!」


 追跡していた少女からソラへと殺到するほかの男たち。

 二人の男が左右から迫ってきたが、ソラは突き出された四本の腕を態勢を低くしながらすり抜けて前進した。

 そして、そのまま少女とソラの間に立ち塞がるように立っていた大柄な男へと突進する。


「!?」


 大柄な男は向っていった二人を無視して自分の方に来るとは思っていなかったらしく目を見開いていたが、咄嗟に正拳突きを放ってきた。

 ソラはその攻撃を左手で受け流し、右の拳をお返しとばかりに鳩尾に叩き込むと、大柄な男は腹を抑えながら昏倒した。


「なっ……!?」


「リーダー!」


 ソラの読みどおり彼らのまとめ役だったようだ。

 一気に仲間を二人失ってたじろぐ男たち。

 それでも彼らは逃げることなく向ってきたが、あっさりと各個撃破されて地に伏したのだった。

 四人の男たちが完全に沈黙したのを確認したソラは息を吐く。

 さっさと倒しておいてなんだが練度は低くなかった。ただのチンピラとかではなさそうだ。

 ソラは少女へと向き直りそばに駆け寄る。


「あの、大丈夫?」


「…………」


 へたり込んだままの少女に呼びかけるが、うんともすんとも言わずにぼんやりとこちらを見つめている。間近で見てみるとかなりの美少女であった。


(もしかして、倒れた際に頭でも打ったのかな)


 ソラが心配していると、少女が正気を取り戻したように慌しく瞬きした。


「あ! ごめんなさい! 私ボーッとしてて! その……助けてくれてありがとう」


「うん。なんとか間に合ったようで良かったよ」


 ソラは笑顔を浮かべつつ手を差し伸べると、少女は頬を赤くしながらおずおずと掴んで立ち上がる。

 眺めてみる限り怪我はないようだ。

 ソラが良かった良かったと思っていると、少女はギュムッと一層力を込めて握ってきた。 


「あ、あの……?」


「というか!! キミってメチャクチャ強いんだね!!」


 元気良くソラの言葉を遮り、熱っぽく見つめてくる少女。

 数秒前のしおらしい姿は消え失せ、ひまわりのような眩しい笑顔を向けてくる。


「彼らをたったひとりで倒しちゃうなんて……」


「そ、そういえば、この男たちに追われていたみたいだけど……何か事情が?」


「大したことじゃないの。そんなことより、もっとあたなのことが知りたいな。お礼もしたいし、あっちの広場で少しお話ししない?」


「……え、ええっ!?」


 急な展開にソラは唖然とする。

 数人の男たちに追われていたのに大したことがないとはどういうことなのか。


「そういえば、まだ名乗ってなかったね! 私はサーシャだよ! よろしく!!」


「あ、うん。よ、よろしく」


 さくっと自分の名前を名乗った少女はソラの手をぐいと引っ張る。


「それじゃあ、あっちでキミのことも詳しく教えてもらおうかな」


「いや、でも、彼らを放置しておくわけには……」


「大丈夫だよ。――ほら! こっち!」


「あっ!? ちょ、ちょっと!」


 サーシャは強引に手を引きながら走り出し、ソラはワケが分からないまま連れて行かれるのだった。



 ※※※



「――そっか。クーヤって言うんだね。東方人みたいな名前だね!」


 サーシャはずずっとジュースを飲みながら笑顔を浮かべた。

 あれから二人は路地を走り抜け、その先にあった広場で腰を落ち着けていたのである。

 どうやら市民の憩いの場らしく、大勢の人間がすり鉢状の広場に集まって連れと楽しく会話していた。

 周囲には多くの屋台が立ち並んでいたので、ソラたちは飲み物を購入して互いに自己紹介していたのだった。


「ごめんね。私、よく考えたら現金を持ってないんだったよ」


「ああ。別にいいよ、これくらい」


 謝る少女にソラは首を振ってみせる。

 サーシャがお礼に屋台で何かを驕ってくれるという話だったのだが、一銭も持っていなかったので結局ソラが出すことになったのである。


(それにしても……何というか、底抜けに明るい子だなあ)


 ソラも馬の乳を発酵させたという不思議な飲み物を飲みながら少女を見つめる。

 楽しそうに唇をすぼめてジュースを飲んでいるサーシャは傍目から見ても魅力的な少女であった。

 健康的な小麦色の肌とゴルモア人にしては珍しい砂色の髪が太陽の光を浴びてキラキラと輝いており、いかにも好奇心旺盛そうな大きな瞳がくりくりと動いてにぱっと天真爛漫な笑みをソラに向けてくる。 

 誰にでも好かれそうな快活な少女だが、加えて――


(……う~む。お、大きい……)


 思わず視線が少女の胸元にいってしまう。

 ソラと同じ十歳だと言っていたが、年齢とは不釣合いなほど大きな胸の持ち主だったのだ。

 シルクでできた民族衣装をはちきれんばかりに押し上げている。何を食べたらこんなに育つのだろうか。

 下世話な話、先ほど男たちに襲われていたのはこれが原因なのではと思うほどだ。

 横目でちら見していると、サーシャが話しかけてきたので慌てて目線を逸らす。


「そういえば、クーヤってエレミアからここまで何をしに来たの? やっぱり観光? 今、お祭りの真っ最中だもんね」


「いや、違うよ。僕は武術大会に出場するためにダルハンに来たんだ」


「……武術大会に!? そうだったの!?」


 口元を押さえて驚くサーシャ。


「まあ、驚くよね。僕ほどの子供が出場することはそうそうないらしいし」


「う~ん。そうかも。私が覚えてる限りでも最年少出場者は十二~三くらいだったと思うよ。……だけど、そっかー。クーヤも出場するんだ-」


 艶やかな唇に人差し指を当ててサーシャはなにやら含み笑いをした。


「えっと、サーシャ?」


「……ううん。何でもないの。でも、クーヤって凄く強いもんね。優勝を目指してたりするの?」


「もちろん、そのつもりだけど」


「ふふふ。そうなんだ。あのね、実は私さっきまでむしゃくしゃしてたんだけど、少し元気が出てきた気がする。ありがとね、クーヤ」


 少女はにっこりと微笑んだ。

 いきなり感謝されて意味が分からないソラは目をパチクリとさせる。

 すると、ジュースを飲み終わったらしいサーシャが軽やかに立ち上がった。


「それじゃあ、私もう行くね! そろそろ帰らないと怒られちゃうから」


「あ、うん。その、大丈夫?」


 ソラも立ち上がりながら周囲を見回した。

 さっきまで男たちに襲われていたのに、このまま少女を行かせていいものかと心配になったのである。

 そもそも現場からそんなに離れていないこの広場でのんびり会話するのもどうかと最初は思ったのだ。人の数が多いので手を出しづらいだろうと放置していたのだが。

 しかし、ソラの懸念をよそにサーシャはあっけらかんとした表情で言った。


「大丈夫。大丈夫。さっきの人たちもあれで懲りたと思うし。それよりも本当にありがとう」


「うん。気をつけてね」


 サーシャは手を振って歩きかけたが、急に立ち止まった。


「――そうだ! クーヤ!」


「どうしたの? 忘れ物?」


 ソラがきょとんとしていると、駆け寄ってきたサーシャが顔を近づけて耳元で囁いた。


「――遅ればせながら、これはさっきのお礼」


 そう言ってサーシャはソラの頬にそっと口づけたのだった。

 頬になんとも柔らかい感触が押し当てられてソラは固まる。


「……それじゃあ、また明日ね!」


 サーシャは今度こそ砂色の髪を揺らしながら広場を駆けていった。

 やがて、少女の後姿が見えなくなる。

 その間、ソラは不自然にフリーズしたまま茫然と見送っていたのだった。

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