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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
二章 魔法使いと幽霊屋敷
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最終話

 ソラは前を向いたまま後方に下がっていくマリナを気配だけで見送っていた。

 どうやらアイラとブライアンも無事なようだ。マリナが駆け寄ると気を失っていた二人は目を覚まして上半身を起こした。

 かなり際どいタイミングだったのでソラは安堵する。  

 だが、三人ともよく踏ん張ってくれた。 

 後は自分の役目だ。

 ソラは障壁を解除しつつ眼前の敵を見据える。

 『死神』は攻撃を仕掛けることもなくじっとこちらを観察していた。

 圧倒的な力で生ける者を蹂躙するアンデッドの王もソラが警戒すべき相手だと認識しているようだった。

 しかし、このままにらめっこしている暇などない。

 ソラが<魔法使い>でいられる時間は短く、コレットのこともある。

 ソラはおもむろに手の平を合わせて拍手を打った。研究室に清冽な音が響く。

 徐々に手を離していくと、そこには真っ白な一本の剣が出現していたのだ。

 特に装飾もなくシンプルなものだが、例えようもなく美しい剣だった。

 ソラが純白の剣を構えると『死神』も青白い鎌をゆっくりと持ち上げた。

 一呼吸置いてソラは地面を蹴る。

 応じるように『死神』も宙を滑って前進してきた。

 両者の中間点で魔法の剣と冥界の鎌とが激突する。

 周囲の空間が激しく揺らぎ、衝突の余波を撒き散らした。

 凄まじい風が吹き荒れ蒼く染まったソラの髪が空中に広がる。

 『死神』が膨大な魔力にものをいわせて頭上から鎌を押し込んでくるがソラは小揺るぎもせずに受け止めた。

 敵の圧力は大したのものだが、今のソラにとってどうということはない。

 拮抗したまま押し合っていると、『死神』は暗い眼窩をボッと燃え上がらせながら睨んできた。

 対してソラは平然と見返す。

 視線が合った相手を死に至らしめる強烈な邪視も、『死神』すら上回る魔力を纏ったソラには通用しない。

 邪視が全く効かず攻撃をあっさりと受け止められていることに『死神』は驚いたような仕草を見せたが、振りかぶって何度も鎌を打ち付けてくる。

 ソラは迎撃しつつもふと顔をしかめた。


(これは……)


 目前の『死神』から無数の怨念の声が聞こえてきたからだ。

 <魔法使い>となって視野が拡がっている今だからこそ理解できてしまう。

 恨み、憎しみ、嘆き、嫉妬、あらゆる負の思念が伝わってきてソラは吐きそうになった。

 しかし、その中でも悪意に染まっていないひとつの魂の存在も感じ取っていた。

 その魂は『死神』の中でまるで耐えるように縮こまっているのがソラには視えた。

 今はまだ無事のようだが、徐々に侵食されつつあることも。

 もはや残された時間は少ないと悟る。

 ソラはキッと敵を睨むと周辺の魔力を操作して己の身に集中させた。その身体から部屋を照らすほどの鮮烈な蒼いオーラが迸る。

 目の前の少女から放たれる絶大な魔力の波動に『死神』は初めて恐怖を覚えたようにたじろいだ。

 武器を合わせているだけで大鎌が軋み、しかも少しずつ切れ目ができていることに気づき慌てて下がろうとする。

 その隙を見逃さず、ソラは剣を振りかぶりながら跳躍した。


「はあああああああああっ!!」


 裂帛の声を上げながらアンデッドの王に向けて破邪の剣を振り下ろす。

 すると、蒼い閃光に包まれた一撃は巨大な鎌を叩き折り『死神』の身体に大きな傷を穿ったのだった。

 硬直して動かなくなる『死神』。


(――今!!)


 即座にソラはその傷口に飛び込んで『死神』の内部へと侵入したのだった。



 ※※※



「――おいおい! あの嬢ちゃん、化け物の中に入っていっちまったぞ!」


 ソラの邪魔にならないように離れたところから戦況を見守っていたマリナの隣でブライアンが驚きの声を上げた。

 逆隣から同じくソラを見守っていたアイラが騒ぐオッサンを睨む。


「騒ぐな、鬱陶しい。私たちはお嬢様を信じて待っていればいいのだ」


「いや! でもよ……! もしかして、あいつに吸収されちまったんじゃねえか!?」


 マリナたちの位置からだとソラが『死神』に吸い込まれたようにも見えたので仕方ないのかもしれない。


「大丈夫だよ。ほら、あいつピクリとも動かないでしょ?」


 マリナが指差す先にいる『死神』は置物にでもなったかのように停止していたのだ。


「た、確かにそうだな……。じゃあ、もしかして」


「うん。助けに行ったんだよ。コレットさんを」


 納得したように頷いたブライアンだったがハッとしたようにまた大声を上げる。


「というか、それ以前に!! あのバケモンを圧倒する嬢ちゃんは何者なんだよ!! いつのまにか髪の色が変わってるし!! ワケが分かんねえっ!!」


 頭を抱えながら喚くブライアンの首をいよいよ切れたアイラが絞めて大人しくさせる。

 白目を剝くオッサンを横目で眺めつつ、マリナはそっと手を合わせながら二人が無事に帰還することを願うのだった。



 ※※※



 『死神』の内部は暗く邪気にまみれていて、まるで地獄のようだった。

 ほとんど視界が利かない暗闇の中をソラは目的地に向けて進む。

 蒼く輝く結界を周囲に張り、虚空に浮かぶようにして移動しながら辺りを見回す。  

 すると、そこには多くの顔が並んでいたのだ。

 老若男女に関わらず多くの人間たちがソラに憎悪の念を向けきていた。

 生きてこの世に存在しているソラのことを憎くて仕方ないとばかりに睨んでくる。

 仲間に引きずり込もうと結界を引っ掻いてくる。

 そして、その中にはいくつか見知った顔もあった。


「…………」


 ソラは一瞬悲しそうな表情をしたが、毅然と前を向き先を急ぐ。

 しばらくすると、暗闇の中に一点の光が見えてきた。

 遠くに透明な殻のような球体が浮かんでいたのだ。

 その中にソラの探している少女が身体を抱えるようにして入っているのが確認できる。

 ソラはほっと息を吐いたが、それも束の間だった。 

 周囲に群がる死者たちが今にも殻を破らんとばかりに叩いていたのだ。

 ソラが急いで近寄ると、その少女――コレットがなにやらうわ言を呟いているのが聞こえてきた。


『――ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……』


「コレットさん……」


 この優しい少女は自分のせいでもないのに、わが事の様に悲しみ、死者たち救えないことに罪悪感を感じているのだ。

 ソラは魔法の結界を拡張してコレットの入った殻を納める。

 押し出された死者たちが口惜しそうに睨んでくるのを尻目にソラはコレットのもとへと辿り着いた。

 すっと殻を透過して入る。


「助けに来ましたよ、コレットさん」


『……? あなたは……』


 コレットは夢心地のような表情で振り向く。

 どうも意識がぼやけているようだ。

 ソラは微笑むと頬に涙の跡があるコレットを抱きしめた。

 そして、ここから脱出すべく魔法の力を全開にする。

 このまま『死神』を消滅させることは難しいことではない。

 しかし、哀れな魂たちのために涙まで流していたコレットのことを想う。

 死者を安らかに浄化する都合のいい魔導などはない。

 だが、自分は<魔法使い>である。

 できるだけ彼らを苦しまることなく<大いなる流れ>へ還すことはできるはずだ。

 ソラは己の望みを実現すべく『死神』の内部に膨大な魔力を行き渡らせた。

 やがて辺りの暗闇が駆逐されていき蒼穹の光に満たされ始めたのだ。

 その光に触れた魂たちが少しずつ分解されていく。

 ソラはコレットを抱きしめたまま死者のための魔法を発動させたのだった。



 ※※※



 動きを止めていた『死神』が閃光とともに弾けソラたちは現実世界へと帰還した。 

 コレットの霊体を抱えながら床に転がる。


「お姉ちゃん!! 大丈夫!?」


 マリナたちが慌てて駆け寄ってきたが、ソラは頭上を見上げる。

 まだ、やらなければならないことがあるのだ。

 ソラは最後の力を振り絞って壁に掛かったままの水晶を破壊すると、ゆっくりと丁寧にコレットの本体を地面に下ろしていった。 

 そっと霊体を本体に戻すと、真っ白だったコレットの頬に少しだが赤みが刺した。

 おそらく、これで大丈夫なはずだ。

 通常状態に戻ったソラが裸のコレットのためにローブをかけていると、「ふわあ」と本人が呑気に欠伸をしながら目を開いたのだった。


「……はれえ? 何でソラさんが私のベッドにいるんですかあ? さっきも夢に出てきたような気がしたんですけど――あ。も、もしかして、私寝過ごしちゃいましたか!? それで、わざわざ起こしに来てくれたとか……!!」


 喋っている途中で意識が完全に覚醒したらしくガバッと身を起こすコレット。


「というか、何で私裸なんですか!? まさか、ブライアンさんが何かしようとしたんじゃ……!!」


「ち、違うっての!? 寝ぼけてんじゃねえよ!!」


 濡れ衣を着せられたブライアンが泡を食って否定する。

 しばらくして、落ち着いてきたらしいコレットが思いつめた表情でソラの方を向いた。


「あ、あのう。実は私、まだ皆さんにお話してないことがありまして。その……チームを組む件は私の話を聞いてから決めてもらった方がいいかなあと思うんですけど……」


 眉を下げて困ったように言うコレットを間近で眺めながらソラは笑った。


「いいんですよ、コレットさん。もう、全部終わったことですから」


「はえ? 終わったって、どういうことですか?」


 とうに限界が来ていたソラは答えることなくコレットにもたれかかる。


「ソ、ソラさん!? どうしたんですか!? って、あれ!? ここって……!!」


 どうやら、コレットはようやく状況に気づいたらしい。

 マリナたちが心配そうに覗き込んでくる。

 その記憶を最後に、ソラはゆっくりと気を失っていったのだった。



 ※※※



 数日後。 

 この前まであれだけ激しく降っていた雨は上がり、今ではすっきりとした青空が広がっていた。

 そんな中、ソラたちはとある病院を訪れていたのだった。


「コレットさん」


「――あ! 皆さん、また来てくれたんですね!!」


 病室に入って声をかけると、白いベッドに腰掛けていたコレットが嬉しそうに振り向いた。

 一カ月間も霊体が本体と遊離していたコレットは念のために病院へと入院してしばらく安静にしていたのである。


「これ、よかったら」


 ソラが定番のフルーツ盛り合わせを脇にあった台の上に置くとコレットは喜んで受け取ってくれた。

 すると、マリナが指を口にくわえたままじっとフルーツを見つめて、


「……さっきから思ってたけど、瑞々しくて美味しそうだよね、それ」


「あ、あのねえ! これはお見舞いの品なんだけど!」


 ソラは食いしん坊の妹を叱る。


「あはは。別にいいですよ。私ひとりでは食べ切れませんし、マリナさんにも分けてあげますよ」


「ホント!? お姉ちゃん、いいってさ!」


 コレットが笑いながら言うと、マリナはパッと表情を明るくした。

 意地汚い妹にソラがあきれた視線を向けていると、背後にいたブライアンが進み出てきた。


「どうだ? コレットちゃん。体調の方は」


「はい。おかげさまで問題ないみたいです。お医者さんももう少ししたら退院してもいいと」


「良かったな、コレット」


 ハキハキと答えるコレットを見てアイラも笑みを浮かべる。

 一度離れた霊体が戻る事例などそうそうなく、魔導医もどう診断したものかと困っていたが、とりあえず数日経っても体調に不備が見られないようなら大丈夫だろうととりあえず言ったのだった。

 ソラも見ている感じでは問題なさそうだと思う。

 当初は長い間水晶の中に閉じ込められていたので本体の方は衰弱していたのだが、しっかりと食事を摂って休んだらすぐに元気になったのだった。

 ちなみに、記憶が戻るまでは自分が霊体だと気づいていなかったらしい。実にコレットらしい話である。

 ひとしきり皆で談笑した後にブライアンがある情報を教えてくれた。


「――そういや、今朝討伐隊が屋敷に向かったんだとよ」


「それじゃあ、幽霊屋敷もこれで終わりなんだね」


 メロンを頬張りながらマリナが言う。


「上級アンデッドはこの前あらかた消滅しちまったし、今回は魔導士を含めた大部隊だからな。今日中に全てが終わるだろう。調査も兼ねているらしいが、特に何も見つからんだろうな」


 ソラたちと『死神』との戦闘により礼拝堂の地下にあった研究室は派手に破壊されてしまい、一部にいたっては崩壊しているくらいなのだ。

 ただ、当初の目的であるお宝はしっかりと帰り際に回収してクエスト自体は無事に達成している。


「……にしても、今だに国中が大騒ぎだぜ。俺もフランドル領主から散々嫌味を言われるしよ」


 参ったとばかりに肩をすくめるブライアン。

 それもそのはず。ソラたちは事の真相を世間に公表したのである。

 多数の犠牲者を出した事件を闇に葬ることはできず、残された遺族にも真実を知る権利があると、ソラとコレットが領主の意向を受けていたブライアンを説得したのだ。

 任務失敗となるブライアンは渋い顔をしていたが、結局最後には折れたのだった。

 とはいえ、領主は貴族の称号剥奪をなんとか免れたのだそうだ。代わりに幽霊屋敷のある敷地を一度更地にして犠牲者のための慰霊碑を建てるなどいくつか条件が課されたそうだが。


「犠牲となった方々が安らかに眠ってくださればいいんですが……」


 コレットは悲しげにうつむいていたが、すぐに顔を上げ真面目な表情になってソラたちを見つめた。


「――皆さん。改めて礼を言わせてください。私を助けていただいたこと、そして、姉さんを止めていただいて本当にありがとうございました」


 と、ベッドの上で頭を下げたのだった。

 結局、コレットの記憶が全て戻ったのはソラが気絶した直後だったらしい。

 そして、街へと戻ってから一通りの事情を教えられたのだ。

 人質となった冒険者たちのこと、実験のこと、そして、自滅した姉のことを知ったのだった。


「その……お姉さんを恨んでないんですか?」


 ためらいがちにソラが尋ねるとコレットは首を横に振った。


「今でこそ神官をさせていただいてますけど、子供の頃はけっこう荒れていたんです。なぜなら、院長先生の日記を盗み見て私が追放された事実を知ってしまったからです。それでも――」


 少女は静かに続ける。


「それでも、私は姉さんが会いに来てくれたおかげで救われたんです。私は家族から忘れられた存在じゃなかったんだと思えたんです。それが打算のための行動だったとしても。――だから、私は姉さんを恨んでなどいません」


 コレットはそう言って穏やかに笑ったのだった。

 そのセリフを聞いて、やはり強くて優しい少女だとソラは思った。自分を利用した相手に対してこんな心境になれる人間などそうはいない。


「はあ~~~。コレットちゃんは人が良すぎるぜ。いくら血のつながった姉貴とはいえよ。まるで聖女様みたいだぜ」


「そ、それはさすがに大袈裟すぎますよ~」


 感服したようにブライアンが言うとコレットは頬を赤くしたがふとソラの方を向いた。


「あ! でも、あのときのソラさんこそ聖女様みたいでしたよ!」


「え?」


 意味が分からずに訊き返すソラ。


「ほら! 『死神』の内部に潜って私を救いに来たときのことですよ! 最初は夢だと思っていたんですけど、今でもはっきりと覚えています。蒼い光に包まれたソラさんが私を抱きしめてくれたことを」


「そ、そうですか」


 思わず照れるソラをコレットはじっと見つめる。


「ソラさんにはもうひとつ礼を言わなければなりませんね。犠牲者となった方々には申し訳ないですけど、最後にソラさんが使った不思議な光で姉さんと父が安らかに召されることができたんですから」


「それについては俺も礼を言っとくぜ。カーライルの野郎も苦しまずに逝けただろうからな」


 揃って頭を下げる二人にソラは頷いた。

 その様子をシャリシャリとリンゴをかじりながら見ていたマリナがぽつりと言う。


「……話は変わるけど、『エノクの歴史書』の写本も燃えちゃったんだよね。おばあちゃんへのお土産にしようと思ってたのに」


「その本なら私も知ってますよ。教会では禁書扱いになっているみたいですけど」


 マリナのために新しいリンゴを剝き始めながらコレットが言った。

 あの本の中には不都合な歴史やそれこそ禁術なども載っているらしいのだが、結果的に燃えてしまってよかったのかもとソラは思う。収集している祖母には悪いが。

 しかし、誰がヴィクターに渡したのかは知らないが迷惑な話である。あの本さえなければコーデリアの研究は完成しなかったかもしれないのだから。

 すると、おもむろにブライアンがニヤリとした笑みを浮かべた。


「そんで、今回のクエスト達成で結構な額の報酬が手に入ったわけだが、お前さんたちは使い道とか決まってんのか?」


「あ、あの、それなんですけど。私はほとんど何もしていないのに受け取っちゃっていいんですか?」


 コレットが恐縮したように尋ねた。

 クエストで得た報酬はチームを組んだ皆できっちりと五等分したのである。


「いいんですよ、コレットさん。一度チームを組んだ仲間には違いないんですし」


「それに、縁が切れているとはいえ、お前さんがフランドル侯爵家の血を引いていることに変わりはないからな。少しくらい受け取ったって罰は当たらねえだろ」


「……皆さん、ありがとうございます」


 ソラとブライアンが続けて言うと、コレットは深々とまた頭を下げて礼を言ったのだった。

 聞けば、コレットにはすでに使い道が決まっているのだそうだ。


「実は私がお世話になっていた孤児院の経営が苦しいようなので、私を育ててくれた恩返しに寄付しようかと思ってるんです」


「ふむ。お前らしいな」


 納得したようにアイラが頷く。

 まさしく清廉潔白、神官の鑑のような少女だとソラも思った。

 そのとき、ふと妹と視線が合う。

 どうやら同じことを考えているようだ。


「それなら、私も寄付します」


「私もーー!!」


「贅沢をする趣味はないし、私も寄付させてもらおう」


 ソラが言うとマリナが元気よく手を上げて賛同し、アイラも笑みを浮かべながら続いたのだった。


「えっ? えっ? い、いいんですか?」


「いいから。いいから。ほら、私たちいいとこのお嬢様だし」


 戸惑うコレットにマリナはパタパタと気楽に手を振る。

 すると、なにやらボリボリと頭をかきむしっていたブライアンが突然叫びだしたのだった。


「だあっ!! 分かったよ!! 俺も寄付するっ!!」


「え、ええっ!?」


「ブライアンさん。別に誰も強要してませんよ?」


「老後がどうのこうの言ってたでしょ」


「何を格好つけてるんだ、お前は」


 皆が口々に言うと、


「うるせえよ!! 俺の半分も生きてない嬢ちゃんたちがそんな立派なことを言ってんのに、俺だけがのうのうと受け取れるわけねえだろうが!! いいから、寄付させろっ!!」


 ブライアンはヤケクソになったかのように絶叫したのだった。

 そんなオッサンをフンとアイラが鼻を鳴らしながら見やる。


「お前のことだからギャンブルやらで使い果たすのは目に見えているからな。よっぽど有効な使い道というものだろう。あと、ここは病院だぞ。静かにしろ」 


 容赦のないアイラの意見にトドメを刺されたブライアンはガクッと肩を落としたのだった。

 情けない顔をするオッサンを見て皆で笑っていると、ソラはコレットの手元に見覚えのあるノートを発見した。


「あれ? それって……」


「あ! あの、これは……!」


「コレットさん。それの中身ならもう知ってるから」


 慌てるコレットにマリナは生暖かい視線を向けた。

 そう。それはコレットに化けていたコーデリアが猛烈な勢いでやおい話を書き込んでいたノートだったのである。

 その話を聞いたコレットは目を瞬かせた。


「そ、そうだったんですか。姉さんが……。これはもともと私が書いていたんですけど、いつのまにか付け足されていたんです。姉さんも好きだったから……」


「姉妹で同じ趣味だったのかよ。やっぱり双子だけはあるのな……」


 遠い目をするブライアン。

 ちなみに。冒険者協会でソラたちと別れた後、ブライアンとフラドを見てインスピレーションを搔き立てられたコレットが公園で夢中になって筆を走らせているときに捕獲されたのだそうだ。

 ソラは苦笑しながらノートをめくっていたが、


「!? こ、これって……!!」


 突然、プルプルと全身を戦慄わななかせ始めたのだった。


「あ、あの。どうかしたんですか?」


 なにやら様子のおかしいソラをコレットが怪訝な表情で見る。

 ソラはもの凄い勢いであるページを指差した。


「ここに書かれてある文章ですよ!! これは私が楽しみにしていた本の続きじゃないですか!! なんでコレットさんのノートに!?」


「あ、ああ。お恥ずかしい話ですけど、その本は私が書かせてもらってるんです。ソラさんも読んでくれてたんですか? そういえば、今回の件で発売が遅れてしまいましたね」


 ソラはその言葉を聞いてガビーンとショックを受けた。 

 まさか、コレットがソラの愛好している本の作者『ニコル・メルケス』だったとは。

 そういえば、しばらく行方不明になっていると書店のおっちゃんが言っていたのだった。

 ソラが衝撃を受けたまま固まっていると、コレットは顔を曇らせて、


「……でも、教会は副業禁止で、しかもこの前上司にバレて怒られてしまいまして。申し訳ないんですけど、続きを出せるかどうか……」


「そんな……!!」


 絶望の声を上げるソラ。

 ただでさえ延期になって落ちこんでいたのに、打ち切りなどとはショックどころの話ではない。

 ソラは猛然とコレットに詰め寄った。


「コレットさん!! その話の通じない上司は誰なんですか!! 私が話をつけますから教えてください!! エーデルベルグ家、ひいてはナルカミ商会の総力をもって圧力をかけ、創作の自由を保障させますから!!」


「な、何なんですか~?」


 いきなり早口で言われ目を白黒させるコレット。


「コレットさん、書いてあげてください。お姉ちゃんの楽しみなんです。でないと、姉は一生悶々としながら生きていくことに」


 マリナがやれやれと首を振りながら言う。

 その後も目の色を変えたソラにぐいぐいと迫られ、ワケが分からずに困惑するコレットの悲鳴が病室に響くのであった。

これにて二章は終了です。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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