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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
二章 魔法使いと幽霊屋敷
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第18話

 洗練されたカーテシーをとるコーデリアを皆は茫然と眺めていた。 

 その自信に満ち溢れた表情に振る舞いといい、そこにはもはや先ほどまでのコレットの面影は微塵も残っていなかった。

 歴戦の冒険者たるブライアンも愕然としている。


「……コーデリア、だと? 五年前に父親の手にかかって死んだはずだろ。ヴィクターのグルだったってことか?」


「私がお父様の? 冗談でしょう。――丁度いいです。お父様も改めて挨拶してあげてくださいな」


 コーデリアは黙したまま立っているヴィクターの背後へ回るとおもむろにフードを外した。


「……!? これは……!!」

 

 皆から驚きの声が出る。

 それも当然で、露出したヴィクターの頭部は明らかに腐っており、しかも脳の一部が剝き出しになっていたのだ。

 誰がどう見ても死人以外の何者でもなかったのだから。


「お分かりになりましたか? すでに父は五年前に死んでアンデッドになっていたのですよ。知性は残っているものの自我はほとんどない私の操り人形に」


 父親の肩に手を置き冷笑するコーデリア。

 こちらもさすがに動揺の色を隠せないアイラが問う。


「……お前が全ての元凶である死霊術士だというのは分かった。だが、いつからコレットになりすましていたんだ。私たちと出会ったときからそうだったのか? コレットという神官が存在していることは昨日確認したが……」


 冒険者協会で情報を収集した後、ソラの希望で教会にも立ち寄って名簿を見せてもらったのである。


「……ふふ。教えてあげたらどうですか? あなたがどこまで気づいているのか私も知りたいですし」


 コーデリアは目を細めがらソラへと顔を向けた。

 皆の視線が集まる中、ソラはゆっくりと口を開く。


「……つまり、昨日冒険者協会で出会ったコレットが本物で、今朝合流したコレットが偽者……目の前にいるコーデリア・フランドルだったんだよ」


「そ、そうなのか? じゃあ、昨日俺たちといたのがあそこにいるコレットちゃんってことなのか?」


 水晶の中に浮かぶコレットを指差しながらブライアン。

 しかし、ソラは首を横に振る。


「あそこにいるコレットが本体で間違いないですけど、協会で私たちと会話したコレットは霊体の方だったんです」


「えっ! そうだったの!?」


 驚く妹に頷いてみせるソラ。

 昨日、協会内のカフェでコレットが飲み物を噴き出したときから違和感を感じていたのだ。 

 あのとき一度は神官服の袖についたはずのココアの染みが次に見たときは綺麗さっぱり無くなっていたのを目撃したからである。

 はじめは見間違いかとも思ったが、ブライアンと戦士Aの決闘騒ぎのときにコレットと接触した際に確信したのだ。彼女は霊体だと。

 それなら染みが消えていたのも納得だ。コレットの姿はいわば彼女が投影しているイメージの産物。本人が意識していない事柄まで再現することはない。


「今朝合流したコレットが実体を伴っていることにすぐに気づきました。けど、そこで私は迷ったんです」


「――私が本物かどうか。仮に偽者だとしたら敵か味方なのか、でしょう?」


 コーデリアが面白そうに後を引き継いだ。

 まだ出会ったばかりの他人である。外見や身体的特徴から本人か別人かなどソラには到底確認できないし、本来ならありえない話だが、霊体だったコレットが自身の肉体に戻ったということも考えられた。

 いずれにせよ情報が少なすぎて判断できなかったのだ。


「とはいえ、探索を中止することも、私を問い詰めることもできなかったのですよね? 事情が分からない上に、もし私が悪意のある別人だった場合、本物のコレットの安否に関わるかもしれないんですから」


 ソラの懊悩を見透していたようにくすくすと笑うコーデリア。


「……もともとコレットが霊体で現れたことからも、何か屋敷に関する重大な秘密を抱えている可能性が高いと思ってたし、彼女の正体や目的を見極めるためにも一緒に行動しつつ情報を集めることにしたんだよ」


 黙って聞いていたマリナが口を開く。


「だから、罠の可能性が高いにもかかわらずここに来たんだよね。確かめるために」


「うん。ここに来るまで色々と考えてはいたけど、所詮推測の域を出なったからね。でも、ヴィクターと対面してアンデッドだと分かったときに理解したんだよ。彼が黒幕ではないことに。……そして、水晶に閉じ込められているコレットを見てようやく確信できたんだ。一緒にいるコレットが裏で糸を引いていた人物だと」


 一緒にいるコレットが別人だと途中で気づいたものの敵かどうかまでは判別できなかったのだ。

 だが、最悪の予想が当たってしまった。

 一緒に行動していた偽コレットは死霊術師で、本物は水晶に閉じ込められている。何かロクでもないことのために。

 すると、コーデリアが賞賛するように手を叩いた。地下室に乾いた音が響く。


「大したものです。まさか、昨日出会ったコレットが霊体だと気づいていたとは。どうりで今朝合流したときわずかにですが警戒心が滲んでいたわけです。しかし、昨日のコレットと私とが別人だと気づいたのはいつです?」


「コレットの霊体と接触したときに魔力の波形を記憶していたんですよ。だから、あなたが攻撃的な魔導を使った際の魔力波動と異なっていたから気づいたんです」


「……なるほど。フラドさんとの戦闘のときですね。あのときはさすがに私も焦ったものです。思わずスケルトンを盾にしてしまいましたし。とはいえ、普通魔力の質の違いなんか分からないですけどね。お父様がアンデッドだとすぐに感づいたことといい、どうやらあなたは何か特殊な能力をお持ちのようですね?」


「…………」


 コーデリアが探るような視線を向けてくるがソラは無言で見返した。


「……ということは、今朝から変装して何食わぬ顔で私たちと行動してたってこと? とんでもない人だね。舞台女優にでもなれるんじゃない?」


「褒め言葉と受け取っておきましょう。なかなかの演技力だったでしょう? 実際、コレットはあんな風に大仰な悲鳴を上げたりするんですよ。面白い子ですよね」


 マリナの皮肉げなセリフにもコーデリアは得意げに返した。 

 腕を組んで唸っていたブライアンがソラの方を向く。


「……まだよく分かんねえな。だいたいコレットちゃんが霊体だったのは何故なんだ? ……考えたくはねえが、コレットちゃんはすでに死んでいて、あそこにいるのは死体だってのか」


「いえ、違いますよ。魂は入っていませんが、コレットはまだ生きています。いわば仮死状態です。……おそらく、さっきコーデリアが芝居を打ちながら語っていたことは本当のことなんですよ」


「……さっきの? 実験台にされて、生きながらにして魂を剥がされたってやつか?」


「そうですよ、ブライアンさん」


 カツカツと床を歩きながらコーデリア。


「先ほど私が説明したことは全て本当の話ですよ。コレットを屋敷へと誘い込み、捕縛し、実験は成功しましたが、一瞬の隙をつかれて逃げられてしまったんです」


「その影響でコレットの記憶があやふやになって長い間昏睡していたというのも……」


「それも本当です。本体から遠く離れた代償ですね。結構危なかったんですよ」


 軽く頭を振るコーデリア。


「……それなら、礼拝堂で言っていたことも本当なのか? コレットがヴィクター・フランドルの実の娘というのは。お前とよく似ているし、全くの他人というわけでもないのだろうが」


 アイラが問うとコーデリアは立ち止まって頷いた。


「ええ。間違いなくコレットはお父様の娘ですよ。私は双子の姉になりますね」


『双子!?』


 衝撃を受ける一同。

 ソラもコレットが別人だと確信したときにもしやとは思ったがそれでも驚きを隠せない。

 しかし、ヴィクターの私室で肖像画を見たときにとりわけコーデリアと似ていると思ったがそれも当然であった。なにせ本人なのだから。


「そういえば、その髪の色は……」


「染めただけですよ、ばれないように。あなたは私の肖像画を見たから知っているでしょうけど、本来の髪色は綺麗な茶色です。妹のような安っぽい小麦色ではありません」


 嘲笑うコーデリアをソラは睨んだ。

 ブライアンも不快そうな表情で口を開く。


「けどよ。妾腹の娘とか言ってたのは何だったんだよ? それで家を追い出されたんじゃなかったのか?」


「ああ。あれは嘘です。いかにもそれっぽい話だったでしょう? あの時点で双子だと答えるわけにはいきませんでしたから。……そうですね。せっかくですからコレットの生い立ちから話しましょうか。フランドル家の人間にもかかわらず孤児院に入れられた理由。それはまさしく双子だったからです」


「……どういう意味だ?」


「よくある迷信ですよ。双子は家に災難をもたらすというね。庶民の間ではとっくに廃れていますけど、一部の貴族ではまだ信じられているんです。そして、お父様もその一部の人間だったということですよ。だから、コレットはお父様の知人が経営していたマーシー孤児院に預けられることになったんです。事実上の追放ですね」


「そんなのって……」 


「私もくだらない理由だとは思いますけどね」


 憤るマリナに同意するコーデリア。


「最初は私も知らずに育ちましたが、ある日、お父様の日記を盗み見て知ったんです。双子の妹の存在を。私はすぐに会いに行きましたよ」


「……何で?」


 ソラは問う。

 家族を犠牲にすることをいとわない人間だ。まさか妹がいて嬉しいなどと思ったわけではないだろう。


「それ以前から私はお父様の影響で死霊術にはまっていましてね。十歳くらいだったと思いますけど。偶然お父様の秘密の研究を目撃して手伝うようになったんです。私はすぐに独立して上級アンデッドの開発まで成功させていたものの、どうしても最後の関門を突破できずにいたんです。そのために必要だったのが身内の魂だったんですよ」


『!?』


 怖気の走るようなセリフに皆は戦慄の表情を浮かべるが、コーデリアは気にせずに続けた。


「ただ、身内と言っても誰でも良いわけではなく、お父様をはじめ身近な人間では役不足でした。だからコレットに目をつけたんですよ。実際私の読み通りコレットには資質がありました。それからは素性を明かし定期的に会いに行きましたよ。仲を深め、いずれ私の研究に使用するために」


「……正気かよ。そんなことのために妹を犠牲にしたってのか。しかも、子供の頃から死霊術を使いこなすってどんだけだよ。確かにフランドル領主からもらった資料には次女コーデリアはイタズラ好きで天才肌とあったけどよ」 


 茫然とブライアンは可憐な死霊術師を眺める。

 ソラも正直驚きを隠せない。

 まだ十歳やそこらで上級アンデッドを生み出せるほどの死霊術を扱えるだけでも驚嘆に値するのに、ソラと行動していたときは<無>属性の攻撃魔導や高度な治癒術まで駆使していたのだ。まさに天才と呼ぶに相応しい。


「ただ、お父様にとっては不愉快だったようですね。初めは助手の真似事程度だった娘が自分以上の成果を上げていくのですから。所詮お父様にとって死霊術とは趣味に過ぎなかったようですし、まずまずの魔導士ではありましたけどセンスに恵まれているとは言えませんでしたね。しかも、劣等感が徐々に恐怖へと変わっていったようで、むしろ私にとって邪魔者でした」

 

 肩をすくめるコーデリア。

 今ならヴィクターの日誌に書かれていたことが理解できるかもしれないとソラは思った。

 日誌に書かれていた『怪物』とはアンデッドのことではなく、驚異的な才能を示す己の娘のことだったのかもしれないと。

 コーデリアは続ける。


「しかし、コレットと親しくなったものの素体集めに苦労して死霊術研究は停滞気味になりましてね。それまでは近隣の住民や旅人を秘密裏に攫って実験に使っていたんですけど限界がきたんです。それに、お父様の腰が引けてきた上にクララ姉さまをはじめとした何人かの人間に感づかれはじめまして。だから五年前の事件を起こしたんですよ。邪魔な人間を消し、大量の素体を確保する――まさに一石二鳥というわけです」


「……本物の外道だな、貴様は」


 アイラが吐きそうな表情で言ったが、コーデリアは心外そうな顔をした。


「私にとっては真理への追求ですよ。凡人には理解できないかもしれないですけど」


 その言葉を聞いてソラはかぶりを振る。

 真理だか何だか知らないがあまりにも身勝手すぎる話だと。


「……それで、ずっと地下に潜って密かに実験を繰り返していたんですか?」


「ええ。前もって地下でも不自由なく暮らせるよう施設を整えていましたから。必要な物資は従順で臆病なセドリックに運ばせていましたし。もっとも、彼は私の存在に全く気づくことなくお父様が死霊術師だと思い込んでいましたけどね。カーライルさんは死に際に気づいたようですけど」


 くすりとコーデリアはブライアンを眺めつつ上品に笑った。


「……てめえ。そういや、カーライルを嵌めたのはお前なんだよな」


「カーライルさんは本当に良く役立ってくれましたよ。セドリックには困難な魔道具の調達もこなしてくれましたし、私に取り入るときの大胆不敵さといい大した方でした。ただ、肝心の詰めの部分で失敗しましたね。元より信用していませんでしたけど、最後に隙を見せ、あまつさえ私の前でぺらぺらと自分の素性を話してしまったんですから」


 睨むブライアンをコーデリアは涼しい顔で受け流す。


「――ともかく、五年近い準備期間を経て研究はようやく最終段階に入り、コレットを使用する段階にまで漕ぎ着けたというわけですよ」


「それで、コレットをおびき寄せたんですか?」


「そうです。一月前に姉である私がお父様に捕われていると嘘の手紙を送ってね。お人よしの妹はまんまと屋敷に来ましたよ。最初は抵抗しましたが、一緒についてきた冒険者たちを人質にすると観念しました」


「……! その冒険者たちはどうしたんですか?」


「もちろん、アンデッドに。今頃敷地のどこかを彷徨っていると思いますよ?」


「こいつ……」


 ソラたちは剣呑な雰囲気でコーデリアを見やる。マリナやブライアンなどはすぐに飛び出しそうなほどだ。

 周囲のアンデッドたちがその戦意に反応したように身構えたが、コーデリアがすっと手をあげると動きを止めた。 


「落ち着きなさいな。まだ話は終わっていません。こういうのは段取りというものがあります。あなた方には幽霊屋敷を堪能していただいた後に真実を教えられて散っていただかないと。そうでないとここまでわざわざ付き合った意味がありませんでしょう?」


「堪能? やっぱりあなたが誘導してたんだね。エイプリルの日記といい、隠し部屋をあっさりと見つけたことといい、どこか不自然さを感じてはいたけど」


「そうですよ。あの日記の一部は私が手を加えさせてもらいました。お父様に殺されたのはクララ姉様ですし。臨場感があって楽しめたでしょう?」


 何が臨場感だとソラは心の中で珍しく毒づいた。

 結局自分が楽しむためだろう。屋敷同様に趣味が悪いとしか言いようがない。


「話を戻しましょうか。先ほども話しましたけど、コレットを捕らえ実験には成功したものの霊体を駆使して逃げられてしまったんです。あのときは困りましたね。生霊ゆえに<感覚同調>の効きも悪くて街のどこかにいるくらいしか分からなかったんです。ですからカーライルさんに深夜限定ですけどお父様を含めたリッチまで総動員して探させたんですよ」


「もしかして、元領主の怨霊が目撃されたって噂は……」


「そのときでしょうね。コレットに続いての誤算です」


 ふと思いついたようにマリナが言うとコーデリアは苦笑しながら頷いた。

 ソラはようやく一通りの事情が分かってきたと思いつつ訊く。


「結局、コレットが見つかったのは昨日だったということですか?」


「ええ。あの妹はまた屋敷に来るだろうと踏んでいましたから冒険者協会で待ち伏せていたんです。あの場にいてあななたちの動向を観察していたのはカーライルさんではなく私だったということです。すぐ近くに座って会話を聞いていたんですけど変装していたのでコレットは気づかなかったようですね」


「その後にコレットを……」


「隙をついてようやく捕縛に成功したというわけです。その後急いで屋敷にとって返してコレットをお父様に預け、そして早朝になって街に戻りあなた方と合流したんです。けっこう大変でしたね」


 嘆息するコーデリア。

 アイラがさりげなくソラたちの背後を守りながら鋭い視線を向ける。


「だが、わざわざコレットに変装して私たちに合流したのは何故だ。とりあえず目的は達したのだろう」


「……ふふ。それは私が行っている研究と関係しています」


「つまり、俺らを実験体か何かに使おうってことか。嫌な予感はしてたけどな」 


「まあ、ブライアンさんはついでですけどね。魔力そのものは平均より少し高いくらいですし」


 オマケ呼ばわりされたブライアンは「そうかい」と顔をしかめた。


「コレットが待ち合わせ場所に現れなければ、あなた方は屋敷の探索よりもコレットの捜索を優先するかもしれませんから。いずれ屋敷へ来るにせよ、あまり悠長にしてもいられないですからね」


「どういうこと?」


「今から一週間後……いえ、日付が変わったので六日後ですね。王国軍が本格的な制圧に動くことは私も知っています。それまでに最後の仕上げを終わらせる必要があるんです。引越しと証拠隠滅にも時間が掛かりますから」


「軍が到着する前にトンズラしようってこと?」 


 マリナが再度質問すると、死霊術師は優雅に頷いた。


「そういうことですね。私もさすがに国そのものを相手取るつもりはないですから。地下での暮らしに飽きてきていましたし丁度良いです。ちなみに次の潜伏先は我が従弟殿が居座っているフランドル侯爵家本邸の予定です。彼は見栄を張るしか能がない小物ですから、アンデッドをけしかければ一も二もなく承諾するでしょう」


 コーデリアは才能に恵まれた人間特有の傲岸さで従弟を嘲った。


「…………」


 話をじっくりと吟味しながら聞いていたソラは死霊術師を見据える。

 疑問に思っていたことはあらかた判明した。

 もはや訊かなければならないことはひとつだけだ。


「……それで。コレットの霊体はどこにいるんですか?」


 コーデリアはソラと視線を合わせると、背中まである豊かな髪を靡かせながら背後を振り向いた。

 死霊術士が見つめる先、部屋の最奥の壁際。コレットが入った水晶の真下に真鍮製の巨大な壺が置かれてあったのだ。


(……!)


 部屋に入ったときから気にはなっていたのだ。

 あの壺からは膨大な魔力と何か得体の知れない気配が渦巻いている。思わず鳥肌が立ちそうなほどに。


「まさか、あの中に……」


「その通りですよ。そして、私にとっては長年続けてきた研究の集大成でもあります。……いえ。あれは死霊術師にとって究極の目標のひとつと言えるんです」


 死霊術師は誇らしげに言いながら壺へと歩いていった。


「究極?」


「……『死神』ですよ。ソラ・エーデルベルグさん」


「!?」


 ソラは息を呑んだ。

 その背後でマリナとアイラも表情を厳しくする。

 

「……何なんだ、それ? 名前は聞いたことあるけどよ。つか、実在すんのか?」

 

 ひとり分かっていないブライアンが首を捻った。

 壺の横に立ったコーデリアはそんなオッサンを見ながら微笑む。


「もちろん、実在しますとも。一般的にはシヴァ教に出てくる『死神』が有名ですけどね。ただ、あちらは死と再生とを司る神の一柱であって、けして悪の存在というわけではないですけど」


 コーデリアは壺を愛おしそうに撫でながら続ける。


「……しかし、私は死霊術師です。偶像崇拝などに興味はありません。これ(・・)はかつて何度も厄災を振り撒いた実在する神なんです」


「……つまり、怪物の一種ってことか?」


 難しい顔をしたブライアンが説明を求めるようにソラの方を向いた。


「数百年に一度ほどしか出現しないので知らないのも無理はないと思います。私も古い文献を読んで初めて知ったくらいですから」


 ソラはそう前置きしてから知っていることを話した。

 『死神』とはあくまで伝説にすぎない『吸血鬼』とは違い、コーデリアが言ったとおり過去に何度かその猛威を振るったことがあるアンデッドの王なのだ。

 文献によれば青白い神秘的な身体に巨大な鎌を持っているらしい。

 その正体は多くの魂の集合体と言われていて、何らかの原因で結びつき一個の巨大な存在を形成するのだそうだ。

 ひとたび出現すると国家をも揺るがしかねないほどの脅威となり、数多くの魂を刈り取る文字通り死を運ぶ荒神になるのである。


「でも、自然災害にも近い『死神』を人が造り出すなんてことが本当に可能なのか……」


「だからこそ死霊術師にとっての究極なんですよ。私の死霊術研究の大半はこの難題に費やされたといっても過言ではありません。――『死神』とは魂が一定以上集まることで高位の存在に昇華し生まれるわけですが、これまで数多の術者たちが失敗してきたのは魂をひとつに纏めるすべとそれを操作する技術を確立できなかったからです。せっかく『死神』を造り出せても操れなければ意味がないですしね。ですが、私は遂に完成させたのですよ」


 両腕を広げながら己の成果を誇るコ-デリアをソラは睨む。


「……コレットを含めた多くの魂がその壺の中に閉じ込められているということですか。でも、コレットはまだ肉体そのものは死んでいない生霊のはず」


「そこが鍵となるのです。私が見出した方法は魂同士を結びつける核となる魂をひとつ用意することであり、その魂を介して術者の命令を受け付けるようになるんです。ただ、核となる魂は強度の問題から高い魔力の持ち主であることが必須であり、命令を届きやくするため私に近い魔力波動の持ち主が最善なんです。そして、生霊なら更に高度な指令を理解しやすいということも突き止めたんです」


「……そのためにコレットを」


「血縁者の魔力波動は似通っている場合が多い。ましてや同じ遺伝子を持つ双子なら申し分ないでしょう。とはいえ……」


 ここでコーデリアはわずかに苦笑しながら懐から一冊の本を取り出した。


「実はこれを参考にさせてもらったんですけどね」


「それは……『エノクの歴史書』?」


 ソラが呟くとマリナが反応した。


「もしかして、おばあちゃんが探してる本?」


「うん。理由は知らないけどね。歴史書とはいっても、歴史だけじゃなくて色々な事柄が書かれているらしいけど」

  

 およそ一千年前のことだが、ある奇矯な一族がいたらしい。

 この一族は世界中を旅しながら歴史をありのままに記しつつも、時折入手した技術や神秘を脈絡なく書き込んでいたとのことだ。

 その様は放浪する学者のようだと祖母は言っていた。

 何百年にも渡って代替わりしながら旅を続けていたらしいが、百年ほど前に一族は途絶え歴史書もそこでストップしているのだそうだ。

 ソラが話し終えると、コーデリアが感嘆の眼差しを向けてきた。


「これはお父様が誰かから譲り受けた写本なんですが、よくご存知ですね。私と同じく書物を好んでいるだけはありますし、知的好奇心に溢れている。正直共感を覚えますよ。初めて見たときから私にも匹敵する才能の持ち主だと感じていましたし、それだけに残念でもあります」

 

「……私たちも『死神』の一部にするつもりでここに連れてきたということですか」


「少し違います。『死神』そのものはカーライルさんの魂を使うことによって完成しました。探索を続行させたのは、お父様に命じて最後の仕込みをさせるために時間を稼ぐ必要もあったからです」


「カーライルを!?」


「ええ。コレット以外の魂も高い魔力を持つに越したことはありませんから。五年近くかかったのも魂集めに時間がかかったからです。いずれにしろカーライルさんは研究に使うつもりだったんですよ」


 険しい表情のブライアンを制してソラは一歩前に出る。


「じゃあ、何のために私たちを? 一緒に研究の完成を祝ってほしいからとかじゃないですよね」


 コーデリアはニコリと笑った。


「もちろんですとも。『死神』が脅威とされるのは、刈り取った魂を己の糧にして成長する点にあります。……あなたたち、とりわけソラさんとマリナさんはまさに極上の餌となるわけです。あのエーデルベルグ家の娘だと知ったときは歓喜したものですよ。もしかしたら、コレットも無意識のうちにあなたたち姉妹の強大な魔力に惹かれたのかもしれませんね」


「……なんか、最近こんなのばっかなんだけど」


 マリナがうんざりとした声を出すとコーデリアはソラにからかうような視線を向けてきた。


「……そういえば、ホスリングの件は私も聞いてますよ。なんでも過激派に狙われたそうですね。フラドさんのことといいあちこちでモテモテですね?」


(全然、嬉しくないし!)


 心の中でフンと鼻を鳴らすソラ。

 しばらく可笑しそうに笑っていたコーデリアたったが、おもむろに魔力を発現させ、優美な人差し指を複雑に動かし始めた。


「――さて、そろそろお喋りも終わりにしましょうか。あなたたちは私の最高傑作を目の当たりにした後に吸収されるのです」


「!」


 ソラたちはそれぞれ身構える。

 阻止したいところだが、周囲をぐるりと囲む上級アンデッドたちの圧力が高まりおいそれと身動きができない。

 やがて、壺の真下に禁術の証である赤い輝きを放つ魔導陣が出現した。

 神官服を着た死霊術師は薄笑いを浮かべつつ巧みな魔力操作で術式を制御する。

 人の背丈ほどもある壺自体が淡く発光し、内部に閉じ込められていた禍々しい気配が徐々に大きくなる。

 膨大な魔力が部屋中に降り注ぎ、否が応でも相手の脅威を伝えてきた。

 同時に不吉な音を立てながら壺に罅ができ始める。

 解放の瞬間は間近だ。

 

「ふふ。もうすぐ。もうすぐです」


 抑えきれない狂気をその表情に貼り付けたコーデリアは赤い光の中で笑う。

 もはや『死神』の出現は止められない。だが、その前にどうしてもソラには訊いておきたいことがあった。


「――最後にひとつだけ訊かせて下さい! あなたにとってコレットは単なる道具でしかないんですか? 血を分けた妹なのに! それだけのために孤児院まで足繁く通ったんですか!!」


 ソラの問いにコーデリアはことりと首を傾げた。


「……そうですよ? 先ほども説明しましたけど、そのために私は接触したんです。姉妹だから何だというんです? 私にとって他人とは利用できるかそうでないかの二種類でしかないんですよ」


「おまえ……」


 非情な言葉にアイラが珍しく表情を大きく歪ませた。

 自身も最愛の妹がいるだけに許せないし理解できないのだろう。

 どれだけ才能に恵まれていても、人として大事な部分が欠けているのだ。

 ソラは記憶を辿りながら口を開く。


「……冒険者協会のカフェでコレットは助けたい人がいると言っていました。最初は屋敷まで連れて行ってくれた冒険者たちのことを指しているのかと思ってましたけど、多分あれはあなたのことだったんです」


 屋敷を脱した後のコレットは途中からの記憶がぼやけていると言っていた。おそらく、コーデリアに捕らえられてから憶えていないのだろう。

 あの神官少女はコーデリアが寄越した嘘の手紙を今も信じているのだ。

 だから、目覚めた後にソラたちに声をかけた。姉を助けるために。


「そうかもしれませんね。コレットはあきれるほどお人よしですから。……本当に馬鹿な子です。でも、彼女は私の研究に貢献することで惨めだった人生を意味のあるものにできるんですよ」


「…………」

 

 微塵も自分の考えを疑っていない死霊術師を見てソラは決心する。

 コーデリアは倒さなければならない。彼女の造り上げた自慢の『死神』を叩き潰した上で。

 その後に土下座付きでコレットに謝らせてやる。罪を償う云々はそれからだ。

 すると、魔導陣が一層眩い光を放った。

 魔力の余波に髪を弄ばれながら笑うコーデリアの横で真鍮の壺が弾ける。


「!!」


 部屋に強烈な閃光が一瞬走り、ソラたちは顔面を手で覆い目を閉じた。

 しばらくして光が収まったのを感じ取り目を開ける。


「あ……」


 誰かの茫然とした声がソラの耳に届く。

 歓喜の表情を浮かべるコーデリアの隣にそれはいた。

 青白く輝く神秘的な存在。

 ひとりの天才によって造られた『死神』が圧倒的な霊圧を纏って出現していたのだった。

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