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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
二章 魔法使いと幽霊屋敷
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第17話

 ソラは礼拝堂の遥か上空から広大な敷地を見下ろしていた。

 周囲に結界を張って雨を防ぎ、<浮揚レビテイト>で重力を操作しながら空中に浮かんでいるのだ。

 謎オブジェの解明のためであるが、己の推測が当たっていたのだと確信できた。

 こうして敷地全体を俯瞰で眺めてみるとよく分かる。

 礼拝堂が敷地の中央に位置し、そこから北に屋敷、東に墓地、南に村落があり、それぞれの区域がきれいな正方形の形に整備されており、その周囲を高い塀が囲っているのでソラの位置から見ると敷地が『ト』の字になっているのだ。

 西には一見何もなく、鬱蒼とした森と細い川が流れているのみに見えるが実際は違う。

 真東に位置する地下墓地カタコンベの正反対。まるで鏡合わせのようにマリナが空けた大穴がある。

 上空からは視認できないが、礼拝堂から西の地面の下にはマリナたちが探索した地下迷路が広がっているのだ。おそらく、こちらも正方形になっているに違いない。

 つまり、地下迷路も含めれば敷地は見事に十字の形になっているというわけだ。オブジェにあったように文字通り鷹の視点になって見下ろしてみれば分かる。

 ソラがもしかしたらと閃いたのも、二枚の板を手に入れた場所が礼拝堂を挟んでちょうど対称的な位置に配置されていると気づいたからだ。

 鷹の像が十字架を見下ろしているオブジェは、十字の敷地をフランドル家の象徴たる鷹が睥睨しているという意味なのだろう。

 そこまで気づけばあとは簡単だ。十字架の先に嵌め込んであるガラス玉は板を意味するのだから、敷地の東西南北の果てを探索すればよい。

 確認を終えたソラは白い長髪をなびかせながら降下していった。

 礼拝堂の入り口にゆっくりと着地すると、待っていた四人が出迎えてくれた。


「どうだった? お姉ちゃん。何か分かった?」


 声をかけてきた妹にソラは頷き、いったん礼拝堂に戻ってから説明した。

 長椅子にあぐらをかいて座っていたブライアンが得心がいったという風に笑みを浮かべる。


「……なるほどな。そういうことだったのか。全然気づかなかったぜ」


「お嬢様。お見事です」


 アイラも大袈裟に頭を垂れた。


「じゃあ……あとは北と南の端にある板を回収すればいいんですね」


 杖をぎゅっと握ってコレット。


「そうだな。急いで回収しようぜ。ただでさえカーライルに遅れをとってるからな」

 

「むふふ。何だかんだで心配してるんじゃないの? カーライルさんのこと」


「――ばっ!! そんなわけねえだろうが!! というか、その『むふふ』って何なんだよ。『むふふ』って」


 マリナがにんまりと笑いながらからかうとブライアンが焦ったように立ち上がった。

 やはり同期の腐れ縁が気になっているのだろう。

 ヴィクターの配下になったフリをして隙をつき強襲するというカーライルの策が上手くいけばいいが、やはりソラたちも急ぐべきだろう。 

 ソラは皆の顔を見回す。


「ここは少しでも時間を短縮するために二手に分かれて北と南の板を取りに行こう」


 異論はないと頷くマリナたち。

 彼らの意思を確認したソラは、


「――それで、なんだけど。北に関しては個人的事情により私は戦力にならないので、一方的な都合で悪いけど私は南を担当するから。よろしくね」

 

 そうにっこりと笑って言ったのだった。



 ※※※



「――はっはっは! ソラ嬢ちゃんはクモが苦手なのか! 可愛いとこもあるじゃねえか」


 ブライアンの愉快そうな笑い声が屋敷の北区画に響いていた。

 北の果てにある板を回収すべくマリナたちは屋敷に再び足を踏み入れ、レイスと戦った東区画を全速力で駆け抜けて北区画へと来ていたのだった。一度訪れたことがあるのでスムーズに進むことができた。 

 メンバーは合流する前と同じ、アイラとブライアンとの三人である。南の村落方面はソラとコレットが担当している。

 先ほどソラが空中から敷地を確認すると北区画の果てに小屋のようなものが見えたらしい。ここに板がある可能性が高いとのことだ。

 だが、問題はその小屋がクモの糸で覆われていることも視認できたことである。どうもクモの巣になっているらしい。

 クモを苦手とするソラがそんなところに行くわけはなく、マリナたちが北方面を分担することになったのだ。

 おかしそうに背中を震わせているオッサンをアイラが憮然とした表情で眺める。


「……そんなに大笑いすることはないだろう。お嬢様とて苦手なものはあるのだ」


「ああ。悪い悪い。別に馬鹿にしてるわけじゃねえんだ。ただ、あまり隙らしい隙がないあの嬢ちゃんにも、女の子らしいとこがあるんだなと思ったんだよ」


「お姉ちゃんは昔から見かけただけで気絶しそうになるほど嫌いなんだよね。ほかの虫は平気なんだけど」 


 前世から部屋にクモが出現したときはその度にマリナが捕まえていたものである。

 手の平サイズのものでも恐怖なのに、自分の身長ほどもあるクモと出会ったら即失神してもおかしくない。

 マリナたちはソラがリッチと戦ったという小ホールを経由して区画の奥へと向かう。

 広い台所の端に裏口らしき扉を発見した。ここから外に出られそうだ。

 扉を開けて三人が外に出ると、目の前に白いクモの糸が張り巡らされている二階建ての家屋があった。どうも物置小屋のようだ。

 遠目にも破れた窓からがさごそと数体の巨大グモが這い回っているのが見える。

 

「……さて、どうする? あの中に飛び込んで目的のブツを探し出すのは俺らでもきつそうだぜ」


「わざわざクモがうろついているところを探し回る必要はないよ」


 特別クモが苦手ではないマリナでもあまり近づきたくないというのが本音である。直に見てみると身体中に毛が生えており大きな複眼をぎょろぎょろと光らせていて気持ち悪いことこの上ない。


「じゃあ、どうするんだ?」


「こうするんだよ」


 首を傾げるオッサンにマリナは大剣を頭上に掲げてみせた。

 緑色に輝く風が剣身に収束していく。

 

「うおっ! まさか……!」


「――その、まさか、だよっ!!」


 息を呑むブライアンを置き去りにしてマリナは助走をつけながら強大な魔力を込めた剣を振り抜く。


「でえええええいっ!!」


 気合の声とともに直径数メートルもの風刃が打ち出された。

 三日月形の衝撃波は二階建ての建物を縦に斬り裂き、背後にあった塀をも貫通して森の中へと消えていったのだった。

 やがて斬り裂かれた家屋がゆっくりと左右に分かれながら傾いていき大量の粉塵を撒き散らしながら倒壊した。

 クモたちの多くが風刃の巻き添えを食ったり、倒壊する家屋に押し潰されたりと悲惨な目に遭っているようだ。

  

「おいおい……。無茶苦茶にもほどがあるだろ」


「いいから、早く構えろ。生き残りが来るぞ!」


 呆れた様子のブライアンにアイラが双剣を構えながら注意する。

 住処を壊されて怒っているらしいクモたちが一斉に糸を飛ばしたり、巨体をジャンプさせて襲い掛かってきた。

 とはいえ開けた場所なら単なる雑魚に過ぎない。飛来する糸をあっさりとかわし、三人は一体一体を確実に葬り去っていく。

 しばらくして全ての巨大グモを撃滅した。


「倒したのはいいけど……やっぱり、気持ち悪う……」


 マリナは大剣に付着した緑色の体液を雨にさらして流す。

 巨大グモの腹部を斬り裂いた際に大量の体液が噴き出てきたときはさすがに悲鳴を上げて跳び退ったものである。姉なら間違いなく気絶しているだろう。


「まあ、確かに気持ちのいいもんじゃねえわな」 


 ブライアンとアイラも剣についた体液を家屋にあった布で拭き取ったりしている。

 落とし終わった後はさっそく板の探索に移る。

 家屋は二階部分まで真っ二つになって倒れているので簡単に内部を確認できた。


「ほら。きれいに解体した方が探しやすいでしょ?」


「そうだけどよ……。やっぱり、『風刃』の孫だけあってとんでもねえぜ」


 マリナが得意げにVサインを作ると、ブライアンは頭をかいて苦笑した。

 三人で手分けしてあちこちに糸が張り巡らされている家屋を探しているとアイラが声を上げた。


「ありました! おそらく、これでしょう」


 アイラが指を差していたのは二階奥にある壁であった。例の紋章が彫られた丸い銅板が掛けられている。

 幾重にも絡みついていた糸を苦労して引き剥がし銅板を取り外すと扇形の板が出てきた。裏面に鍵のような突起物がついているので間違いないだろう。


「――にしても。ギリギリだったぜ、マリナ嬢ちゃんよ」


 ブライアンが言うとおり、マリナが放った風の刃は銅板のすぐそばを貫通していたのである。ほんの数センチずれただけで板は破壊されていただろう。


「一応、中心部からは微妙にずらしたよ。家屋の隅っこにあるとも思えなかったし」


「なんとも適当な判断だな、おい。理論派の姉に感覚派の妹ってか」


 板を無事に回収した三人は倒壊した家屋を後にして元来た道を戻り始めるのだった。



 ※※※



「ほい。お姉ちゃん。そっちも問題なかったみたいだね」


「うん。まあね」


 ソラはほぼ同時に礼拝堂へと戻ってきた妹から板を受け取った。

 こちらも今しがたコレットと共に南にある村落から板を回収してきたところである。

 最南端に位置する場所には村でも一番大きな家屋があった。おそらく村のまとめ役が住んでいた場所だと思われる。 

 何体かのゾンビやゴーストに襲われたものの特に苦労することもなく辿り着き、家屋へ入り探索した結果、保管庫らしい地下の奥に紋章付きの銅板を発見したのだ。 

 最初はこれといった罠もなく拍子抜けしたが、銅板を取り外した途端に地下の床部分からジャイアントが突如出現したのにはさすがに驚いた。

 どうやらずっと地面に潜んでいたらしい。食料などを必要としないアンデッドだからできる芸当だが、なんともご苦労なことである。 

 急いで板を回収したソラは卒倒しそうになっているコレットを連れて地下から脱出し、外で巨人を迎えうつことにした。

 家屋を倒壊させることなく器用に壁の一部をぶち抜いて出てきたジャイアントだったが、待ち構えていたソラの<爆発エクスプロージョン>が炸裂して結局一撃で倒されたのだった。

 ソラは今まで集めた四枚の板を祭壇に並べて、紋章が完成するように板同士を組み立てる。


「いよいよだな」


 さしものブライアンもやや緊張しているようだ。

 マリナとアイラも表情を引き締める。

 冒険者協会で偶然受けることになった依頼だが思っていた以上に大事になったものだとソラは思う。

 初めは密かに幽霊屋敷探索を楽しみにしていたものだが、裏事情を抱えている面々との出会いで状況はきなくさくなったのだ。

 組み立て終わったソラは円形になった板を裏面にある四つの突起の位置を確認しながらくぼみにはめる。

 だが、何の変化も起きなかった。


「……あれ? ここまで来て、実は間違っていたなんてことはないよね?」


「これ以上くだらない謎々に付き合わされるのは勘弁してほしいところですが……」


 しーんと静まり返っている礼拝堂内を微妙な表情で見回すマリナたち。


「もしかして……」


 ソラはくぼみにはまった板を回転させる。

 すると、半回転したところでガチャッと小気味の良い音がしたかと思うと、礼拝堂の入り口近くの床がスライドし始めたのだった。

 当てはめた板の紋章が逆さまになっていたのでもしやと思ったら当たっていたようだ。裏面にあった複雑なおうとつが彫られていた突起は文字通り鍵だったのである。


「おおっ!? こんなところに隠し階段があったのかよ!」


「素直に祭壇の下に設置していないあたり、やっぱりひねくれてるよね」


 皆は地下へと続いている階段を覗き込む。

 一定間隔ごとに明かりが取り付けられているので先まで見通せるが、異様な空気が地下から流れ込んでいるような気がして不気味な予感が拭えない。


「コレットちゃん、本当にいいのか? 君は特に狙われてるみたいだし、場合によっては父親を倒さなくちゃならねえんだ。だから、ここで待機していてもいいんだぜ」

 

 ブライアンが気遣わしげに尋ねるが、コレットは毅然とした表情で首を横に振った。


「ようやくここまで来たんです。私も行きます」


「……そうか。そこまで言うなら俺ももう止めねえよ」


 やがて一同は階段を降り始める。

 降りきったところに鉄製の扉があった。この先に死霊術士がいるのだ。

 ソラは一度皆と顔を見合わせてからゆっくりとドアノブに手をかける。

 少し力を込めると扉がわずかに動いた。このまま入れそうだ。

 ソラは警戒する一同を従えてゆっくりと扉を開いたのだった。



 ※※※



 ソラたちは地下室へと足を踏み入れる。

 そこは思った以上に広大な空間となっていた。屋敷の玄関ホんルくらいはありそうだ。

 床に埃がたまっていることもなく部屋内は小奇麗に整頓されていた。人が生活しているからだろう。

 奥には扉がひとつ。別の部屋につながっているようだ。

 左手には無骨な金属製の大きな扉が見えている。おそらく、あれがカーライルの言っていた『裏門』に続いているのだろう。資材や物品を運び入れていたところだ。  

 そして、部屋の中央には豪奢な椅子とそこに座るローブ姿の男。傍らには二体のリッチが控えていた。

 ローブの男が陰鬱な声で語りかけてくる。


「……ようこそ。このヴィクター・フランドルの根城へ」


「けっ! 何が根城だよ。このイカレ野郎が」


 吐き捨てるようにブライアンが噛みつく。

 しかし、ヴィクターは身じろぎひとつもせずに悠然と座っていた。フードの奥からじっとソラたちを眺めている。

 その様子にブライアンはややイラついたように唾を吐いて周囲を見回した。


「……カーライルの野郎はまだ来てねえみたいだな。偉そうなこと言っといてこのザマかよ」


 今夜中に決着を着けると言っていたわりには現れそうな気配もなかった。


(何か手違いがあったのか。それとも……)


 ソラが嫌な予感を抱いていると、ヴィクターはわずかに唇の端を上げておもむろに椅子の後ろから何かを取り出した。


「……!! それは……!!」


 目を剝くブライアン。

 それはカーライルが纏っていたローブだったのだ。


「てめえ!! カーライルはどうした!?」


「……カーライル君なら実験のにえになったよ。彼は私を急襲するつもりだったらしいが、返り討ちに遭ったというわけだ」


「この野郎!!」


 激昂したブライアンが剣の柄に手を添えつつ進み出ようとしたが直前でアイラに止められた。


「……死ぬつもりか?」


「……分かってるよ。怒りで自分を忘れるほど未熟でもねえし若くもねえよ」


 ヴィクターのそばに侍っているリッチたちからは魔導の気配が漂っていた。

 あのまま突進していれば魔導の集中砲火を浴びてお陀仏だっただろう。

 ブライアンは攻撃を止めたものの歯軋りしてヴィクターを睨みつけている。事あるごとにいがみ合っていた二人だが、やはり長年付き合ってきた良き仲間でありライバルだったのだ。

 ソラは無愛想な魔導士を思い出す。

 ぶっきらぼうで心の内を全く明かさない男だったが、ソラたちやブライアンを案じている素振りも垣間見せていた。

 カーライルの目的が何だったのかは分からない。カネか仕事かあるいはそのほかに理由があったのか。だが、彼は命を懸けてでもヴィクターを倒そうとしたのだ。

 すると、沈黙していたコレットが口を開いた。


「……お父様……」


 沈痛な表情で呼びかける娘に対して、ヴィクターは反応することもなく肘を突いてつまらなそうに椅子に座っているのみだった。

 再びブライアンが噛みつく。


「……おい。自分の娘に何か言うことはないのかよ。てめえ、何を企んでやがる!」


「このオッサンだけは許せないよね」


 マリナも死霊術師を睨みつける。ブライアンよりも先にこちらが飛び出してしまいそうなほどだ。

 家族をないがしろにする人間はマリナにとって最も唾棄すべき存在なのだ。

 アイラも険しい顔でヴィクタ-を見ている。

 しかし、皆の様子など全く気にもとめずにヴィクターは無言のまますっと立ち上がり背を向けた。


「……ついてきたまえ」


 それだけを言い残しヴィクターは奥の扉へと向かう。寄り添うようにリッチも移動を開始する。


「ちょっ! ちょっと待てよ、コラッ!!」


 マイペースなヴィクターに怒鳴るブライアンだが、突然背後から扉が閉まる音が聞こえてきた。

 慌てて振り返るソラたちの目の前で無情にも重そうな扉が閉まりきり、間髪を入れずに扉をすり抜けるようにして二体のレイスが姿を現した。

 前後を上級アンデッドに挟まれたソラたちにヴィクターが声をかける。


「……いずれにしろ、君たちがここから逃げることは叶わん。無駄口を叩いていないでついてくればよいのだ。真実が知りたいのだろう?」


『…………』


 ソラたちは押し黙る。 

 限られた空間の中で四体の上級アンデッドが相手となれば、いくらソラたちといえど苦戦は必至だ。かといって逃げ出すのも難しそうである。

 もっともここで退くことなど最初ハナからありえないが。真実を知るためにソラたちは罠と知りつつ来たのだ。


「……行こう。全ての答えがあるはずだよ。この奥に」

 

「……お姉ちゃん?」


 いつもと違うソラの雰囲気に気づいたのだろう、マリナが怪訝な表情をした。

 ほかの面々も不思議そうに見つめていたが、ソラが歩き出すと慌ててついてきた。

 歩き出したソラたちを確認したヴィクターは扉の横にある壁を押す。

 壁の一部がへこみ、地響きをたてながら観音式の扉がゆっくりと開いた。

 二体のリッチとともに扉の向こうへと姿を消すヴィクター。

 ソラたちも慎重に周囲を警戒しながら後に続く。


「……これは」


 扉をくぐったソラから思わず驚きの声が漏れる。

 そこは先ほどよりも更に広い部屋だった。あちこちに高価そうな実験器具が所狭しと置かれており、隅には手術台のようなものも見受けられた。ここが死霊術の研究室なのだろう。

 そして、壁際には標本のように貼り付けにされている無数の人体。

 あまりの光景にソラは吐きそうになる。老若男女の区別なく内臓や筋肉が人体模型のように剝き出しになっているのだ。そのおぞましさはフラドのコレクションの比ではない。


「何なんだ、これは……」


「まさに狂気だな……」


 さしものアイラとブライアンも顔を青くして部屋を見回している。

 ソラが顔をしかめながら部屋を観察していると、


「――あっ!!」


 突然、隣にいたマリナが大声を上げた。

 皆が何事かと振り向くと、驚愕の表情で固まっているマリナは部屋の一番奥の壁を指差す。

 ソラが視線を向けると、そこには縦長の巨大な水晶が飾られてあるのが見えた。


「!!」


 水晶の中身を視認した途端にソラは息を呑んだ。

 最初は光の反射で見えなかったが、水晶の中には人影が浮かんでいたのだ。

 少し遅れて人影の正体に気づいたアイラとブライアンが驚愕する。


「――これは!!」


「コ、コレットちゃん!?」

 

 そう。水晶の中には裸のコレットが閉じ込められていたのだ。

 そのコレットは目を閉じたまま微動だにせず、まるで穏やかに眠っているかのようだった。


「ど、どういうことだよ? コレットちゃんはここにいるだろうが!?」


 ブライアンたちはすぐそばに立っているコレットと水晶の中のコレットとを混乱したように見比べている。

 すると、黙って突っ立っていたコレットは顔を覆ってわっと泣き出したのだった。


「……今まで黙っていてごめんなさい!! 実は……実は私、お父様に捕まって実験台にされてたんです!!」


「……な、何だって!?」


 突然の告白に唖然とするマリナたち。

 膝を折って泣き続けるコレットの肩に手を置きながらブライアンが問う。


「コ、コレットちゃん。分かるようにはじめから説明してくれよ。何で二人いるんだ?」


 泣き崩れていたコレットは少し間をおいてからぽつりぽつりと話しはじめた。


「……私が一カ月前に屋敷を訪れたという話はしましたよね。その後命からがら逃げ出したとお話しましたけど、実際は違うんです。結局は逃げ切れずに捕まってしまったんです」


「そんな……」


 震えながら話すコレットの背中をさすっていたマリナがショックを受けた表情をする。

 コレットは眼鏡をずらして涙を手の甲で拭いながら続ける。


「……捕まった私はお父様の実験に使われました。そのためにこの屋敷へと呼ばれたんです。……生きたまま魂を剥がす実験を試すために」


「生きたまま、だと? じゃあ、お前は……」


 目を見開いたアイラがコレットを凝視する。

 こくんと頷く神官少女。


「……私は生きながらにして魂を剥がされた、いわば生霊なんです」

 

「!?」


 衝撃の発言に一同は茫然とする。

 動揺した面持ちでブライアンが問う。


「ま、待ってくれよ!! つまり、コレットちゃんは霊体だってのか? でも、触ることができるぜ!?」


「……ゴーストやレイスと同じですよ。実体を持たない彼らが人間を攻撃できるのは、その瞬間に身体を構成する魔力を使って実体化しているからです。私も同じで人が触れるときは反射的に身体を実体化させているんです。ほかの人にばれないように。……ですから、魔力が尽きたときに私は消滅してしまいます」


「ウ、ウソ!?」


 慌てて手を離すマリナとブライアン。

 アイラが難しい顔で水晶を見上げる。


「つまり、水晶の中にいるコレットが本体だということか? だから、二人いると……」


 こくんと頷くコレットを皆が信じられないという風に見つめた。

 コレットは虚ろな瞳で床を眺めがら喋る。


「……魂を剥がされた後、私は隙をついてなんとか屋敷から逃げ出したんです。誰かに助けを呼ぶためと父の暴走を止めてもらうために。そこからは皆さんが知っての通りです」


 生きながらにして魂を剥がされた影響か、あるいは本体から遠く離れたためか、しばらくは昏睡状態に陥り記憶も曖昧になったのだと語った。

 そして、目覚めてから冒険者を探し回ったのちにソラたちと出会うことになるのだ。


「…………」


 再び泣きじゃくるコレットを見ながら沈黙する一同。

 想像だにしていなかったことを明かされてさすがに動揺しているようだった。

 しばらくして、怒気を全身に漲らせたブライアンが黙したままのヴィクターを睨みつける。


「この野郎……。実の娘を実験台に使うとはとんでもない外道だぜ」


「そうだね。こうなったらアンデッドが何体かかってこようが関係ないよ。あのオッサンには絶対に罪を償わせてやらないと」


 マリナが背中の大剣を抜き放ち、その横ではアイラも双剣を構えて戦闘態勢に入った。

 一同の怒気に反応したようにヴィクターのそばでリッチたちも身構え、ソラたちの背後にいたレイスがじわりと間合いを詰める。

 しかし、憤る一同の中でもソラだけは静かに佇んでいた。

 いきり立っていたマリナがひとり動きのないソラに気づいて振り返る。


「お姉ちゃん! あいつが何を企んでるのかは知らないけど、私たちが止めないと!」


「だな。コレットちゃんも下がってな。今からかたきをとってやるからよ!」


 今にもヴィクターに突進しそうな勢いの二人だが、アイラはソラの様子に何かを感じ取ったらしかった。


「……お嬢様?」


 アイラの呼びかけには応えず、ソラは一度息を吐いた。

 正直なところ、うんざりとしているのだ。

 ソラは普段ほとんど見せることのない冷たい瞳でうずくまったままのコレットを見下した。


「……いい加減、猿芝居はやめたらどうですか? 見るに堪えませんよ」


 そのセリフに憤っていたマリナたちが訳が分からないという風に振り向いた。


「……お姉ちゃん?」


「……? 何言ってんだ、嬢ちゃん?」


 ソラは疑問に答えることなく見下ろし続ける。


 すると、肩を震わせて泣いていたコレットの声音が少しずつ変化してきたのだ。

 悲壮な泣き声から抑えきれない愉悦を含んだ笑い声に。

 しゃくりをあげながら泣いていたはずのコレットがいつのまにか可笑しくてたまらないという風に大声で笑い始めたのだ。


「――アハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 まさに、爆笑という笑い方だった。

 うずくまっていたコレットは立ち上がり身体をくの字に折ってひらすらに笑う。

 事態に全くついていけていないマリナたちが困惑したようにソラとコレットを見比べる。


「……ど、どういうことなんだ? おい、コレットちゃん!?」


 ブライアンが呼びかけると、笑い続けていたコレットはようやく静かになった。

 神官服の袖で目の端にたまった涙をふき取りソラの方を向く。


「……少々ハラハラしましたよ。このまま、『ヴィクターを倒してハッピーエンドだ!』なんて流れで終わってしまったらどうしようかと思いました。やはり、あなたは気づいていたんですね」


 これまでの穏やかな表情が嘘のように狡猾な笑みを浮かべるコレット。

 ソラが無言で見返していると、隣のマリナがローブを引っ張ってきた。


「お、お姉ちゃん。コレットさんは何で急に笑い出して……」


 ソラはコレットから目を離さずに、いまいち状況を飲み込めていない皆に説明する。


「平たく言えば、目の前にいる少女はコレット・マーシーなどではなく……彼女こそが五年前の事件を引き起こした死霊術師ということだよ」


「……え!?」


 マリナたちは絶句した。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! コレットちゃんが死霊術師? ……いや、その前にコレットちゃんじゃないって!?」


 急展開の連続にブライアンの混乱も極地に達したようで、「ワケが分からん!!」と頭を掻き毟っている。

 アイラが警戒の表情ですぐ近くにいるコレットを見つめる。


「では、彼女はいったい……」


「……そうですね。自己紹介くらいは自分でしないといけませんよね」


 くすりと笑いコレットは堂々と歩き始めた。ヴィクターの方へと向かって。

 その歩みを止めようとする人間はいなかった。

 コレットは歩きながら小麦色の三つ編みをゆっくりと解き、最後に眼鏡を外してヴィクターの隣に並んでこちらを振り向く。

 下ろした長髪を優雅にはらってコレットは神官服の裾を掴み膝を曲げた。


「――改めて自己紹介しましょう。私の名はコーデリア。ヴィクター・フランドルが次女、コーデリア・フランドルです」


 優美なカーテシーをとりつつコーデリアは頭を下げたのだった。

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