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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
二章 魔法使いと幽霊屋敷
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第16話

「それじゃあ、カーライルの野郎はヴィクターのところに向かったんだな」


「一応、勝算はありそうでしたけど……」


 ソラは腕を組んで難しい表情をしているブライアンに頷く。

 マリナたちと合流したソラは舟で川を下るほかの冒険者たちとセドリックを見送ってから礼拝堂へ戻り、現在は互いの情報をすり合わせている最中なのだった。


「ヴィクターに取り入ったとか言ってましたけど」


「あいつは顔に似合わず大胆なことをするからな。にしても、先を越されたか」


 顔を歪めるブライアン。

 カーライルの後塵を期したことがよっぽど悔しいらしい。

 外でローブについた泥を落としてきたマリナが会話に加わる。


「あのオジサンさんが研究室に入るのは『裏門』からってことだよね」


「だろうな。この礼拝堂にあるらしい『正門』は冒険者用みたいだし。普段、物資などを運び込んでいる『裏門』からだろう」


 マリナたちから聞いた話によると研究室に通じる入り口は二つあるらしい。

 三人が追いかけて保護したセドリックという元使用人から聞いたとのことだ。なんでも長年運搬係をやらされていた不幸な人物らしい。

 ソラたちの側も色々とあったが、マリナたちはマリナたちで苦労していたようである。

 三人と再会する際にいきなり地面を突き破って出てきたので、モグラじゃあるまいしとソラは驚くやら呆れるやらだったのだが、聞けば地下で濁流に飲まれかけていたのだそうだ。どうりで泥だらけだったはずである。


「それにしても、お姉ちゃん! また会えて嬉しいよ!」


「……別れてから半日くらいしか経ってないんだけど」


 ギュッと腕に抱きついてくる妹にソラは大袈裟だなあと苦笑する。


「今回はお姉ちゃんのありがたみが分かったんだよ」


 なにやら殊勝なことを言い出すマリナ。

 それならば、しばらくは妹に振り回されずにすむだろうと期待したいところだが、おそらく三日で忘れるだろう。  

 話半分に聞きながら妹の金髪についた泥を払っていると、双剣を丁寧に拭いていたアイラが顔を上げた。


「……しかし、礼拝堂の中に地獄への門ですか。悪い冗談ですね」


「うん。自分から実験台として行くなんて、ゾッとしないよね」


 マリナも眉をひそめる。

 オブジェの謎を解いてもお宝を手に入れられず、結局はアンデッドの実験台として扱われるのだから当然だろう。

 だが、ヴィクターが生きていて死霊術師だったことが確定したのだ。

 五年前の事件のときもあらかじめ複数のアンデッド――おそらくはリッチを用意していたのだろう。

 そして、自分の身勝手な都合で多くの人間を虐殺したのだ。

 この残虐な死霊術師を決して放置することはできない。ソラたちもこのまま探索を続行するべきだろう。


「……カーライルの指示通りに動くのは業腹だが、残りの板を集めて研究室を目指すか。あの陰険野郎がしくじらないとも限らんからな」


 ブライアンもブツブツと呟いていた。

 ただ、探索に移る前にひとつ訊いておかねばならないことがある。


「……コレットさん」


 ソラは礼拝堂の長椅子に座っていたコレットに向き直った。

 カーライルとのやり取りを一通り聞かされていたマリナたちも視線を向ける。

 神官少女はソラの声に反応して面を上げた。肩に乗っていた小麦色の三つ編みが落ちる。


「あなたは何かヴィクターと因縁がありそうですけど……」


「…………」


 沈黙を守るコレットを見つめつつ、ソラにはひとつの仮説があった。


「あなたは、もしかして……」


 言いかけたところでコレットはひとつ頷いた。

 

「……そうです。私は……前領主、ヴィクター・フランドルの実の娘です」


「!!」

 

「うそっ!?」


 一斉に驚愕するマリナたち。

 予想はしていたがソラも驚きを禁じえない。この穏やかな少女が残虐非道たる死霊術師の娘なのだから。

 ソラが一見荒唐無稽とも思える推測を立てられたのも、ヴィクターの私室で家族の肖像画を見たからである。

 そこに描かれていた娘とコレットとがよく似ていたのだ。雰囲気は全然違うが、よくよく観察すれば顔の輪郭などがそっくりだった。

 他人のそら似と呼ぶにはあまりに似すぎていたのである。


「……ただ、私はフランドル家の人間ではありません。ヴィクター……父が当時フランドル家の使用人だった母との間にもうけた庶子なんです」


 ぽつりぽつりと語るコレット。

 ブライアンが口を開く。


「そういや、孤児院の出だって言ってたよな」


「厳格な貴族の家ゆえに居場所のなかった母は赤子だった私を連れて逃げるように屋敷を出て、その後は女手ひとつで育ててくれました。しかし、無理がたたって母は私が幼い頃に病気で亡くなったんです」


 それから、ほかに頼れる人間がいなかったコレットは孤児院へと預けられることになったと語った。

 コレットはうつむきながら続ける。


「……でも、一月前に突然父から手紙が届いたんです」


「手紙?」


「例の事件は影で父が引き起こしたこと……そして、私に屋敷まで来るようにと書いてありました。理由までは載っていませんでしたが、断れば孤児院の人間に危害を加えるからと脅されて……仕方なく屋敷へと赴いたんです」


「捨てた娘を脅すとはとんでもない外道だよね」


 ソラの隣で憤慨するマリナ。 

 

「……それで、冒険者たちと屋敷へ行ってアンデッドに襲われたということか?」


「……父はどうやら私を捕獲しようとしていたみたいでした。でも、彼らが逃がしてくれたんです」


 アイラの問いにコレットは力なく答えた。

 いったいどんな理由で幽霊屋敷に呼びつけたのかは知らないが、どうせロクでもない事情だろう。

 皆が無言で神官少女を見つめていると、コレットはおもむろに顔を上げた。


「――だから、私はまたこの屋敷に舞い戻ってきたんです。逃がしてくれた彼らの行方を掴むことと父を止めるために。ですから、その……」


 毅然と語ったコレットだったが、最後は尻すぼみになる。

 前回も手痛い目に遭ったのに、また同じことを繰り返すのではないかと恐れているように見えた。


「……みなまで言わなくてもいいぜ、コレットちゃん。俺らに気を遣ってるのかもしれねえが、そもそも今回の仕事は俺の老後のためだし、そこまで聞かされちゃあ引くわけにはいかねえよ」


「ヴィクターを捕まえてお宝もいただく。一石二鳥だよね」


「カーライルが先行しましたが、運が良ければ間に合うかもしれません」


 ブライアン、マリナ、アイラが当然のように頷いたのを見てコレットは息を呑んだ。


「……ありがとうございます。皆さん」


 コレットは眼鏡を外して涙を拭う。

 張り詰めていた雰囲気が少し和らぐ。

 一同はさっそく残りの二枚の板を探索することになった。


「……とは言ったものの、どこを探せばいいのやら。面倒臭せえ仕掛けを作りやがって」


 ブライアンが途方に暮れた声を出し、皆もう~むと唸りながら鷹と十字架の謎オブジェを見下ろす。


「……お姉ちゃん。何か心当たりとかない?」


「まあ、ないこともないけど……」


 期待を込めた瞳を向けてくる妹にソラは頷く。


「本当ですか!?」


「さすが、お嬢様です」


 表情を輝かせるコレットとアイラ。

 ブライアンも感心したように顎に手を添えた。


「やるねえ。そんで、どういうことなんだ?」


「――その前に。ちょっと確かめてきてもいいですか?」


 ソラは礼拝堂の天井を指差したのだった。

 


 ※※※



 薄暗い洞窟を流れる細い水路。

 カーライル・ラムゼスは小舟に乗って目的地へと向けてかいを漕いでいた。

 冒険者たちを帰した地点から更に上流へいくと洞窟につながっている。

 洞窟の中には無数の分岐があるが、その一番奥に目指す『裏門』があるのだ。主に物資を搬送するための扉である。

 現在は報告を兼ねて街で調達した物資を運ぶためにヴィクターの研究室へと向かっている最中である。表向きはだが。

 カーライルの目的は本来の雇い主である現フランドル侯爵の命令どおり死霊術師を捕らえること、あるいは始末することだ。

 そのために危険を冒してまでヴィクターに取り入ったのだから。内部から突き崩すために。

 取り入った方法は至極単純である。不幸な運搬役であるセドリックを堂々とつけて『裏門』まで乗り込んでいったのだ。

 当然、扉を通ることは叶わず、数体のアンデッドをけしかけられたが、ここでカーライルは大胆不敵にも頭を下げて自分を配下に加えてもらえないかと頼み込んだのである。


『私ならより専門的な物資を調達できる』


『死霊術について是非教えを請いたい』


 などと白々しい理由をいくつか挙げて嘆願してみせたものだ。

 そんなことができたのも、もともとカーライルがヴィクターと面識があったからである。二十数年も昔になるが魔導学校時代のひとつ上の先輩にあたるのだ。

 当時から優秀だが奇矯な行動をとる秘密主義の先輩であったもののカーライルも人のことは言えない。ある意味同種の人間なのかもしれない。だからか学校の中でもわりと会話する方だった。

 その細い伝手に一縷の望みを賭けたのだ。表向きは死霊術研究に興味がある魔導士となっている。

 一応逃げる手段は講じていたものの、背中にびっしょりと冷や汗を流しながら返答を待っていたのを覚えている。

 だが、カーライルの一か八かの賭けはうまくいった。

 扉がゆっくりと開いたかと思うと、自分と同じような黒いローブ姿のヴィクターが出てきて無表情に言ったのだった。


『……いいだろう。ならば、私の期待に応えてみせよ』


 と。

 それからは、ヴィクターの配下としてセドリックには判断できない魔導関連の道具や素材などを何度も運び、ときに過去のクエストで入手した死霊術に関する資料を捧げてご機嫌取りにも励んだ。

 いずれにしろ、これまで身を粉にして働いてきた甲斐もあって最低限の信用を得ることに成功した。

 初めは扉をくぐることさえ不可能だったのだが、現在は研究室の手前の部屋まで立ち入れるようになり、敷地内もアンデッドに襲われることなく自由に行動できるようになったのだ。

 船頭で櫂を操るカーライルは背後にちらっと視線を向ける。

 そこには舟の大半を占めている布がかけられた大量の箱が積んであった。

 しかし、中身は物資などではない。街で雇った高ランクの傭兵たちが身を潜めてじっとそのときを待っているのだ。

 領主自体が一流の魔導士であり、また常に護衛のアンデッドがついているので、カーライルと傭兵たちとで急襲しても厳しい戦いになるだろう。

 だが、領主を押さえてしまえばこちらの勝ちだ。勝算もある。

 仕事が片付けば、クエストの報酬である財産の半分と侯爵からの成功報酬とを合わせて莫大なカネが手に入るのだ。

 ここでカーライルはかすかに唇の端を上げた。


(……報酬が手に入ったら、ブライアンのやつに酒でも奢ってやるか)


 先を越されて悔しがる元チーム仲間を酒の肴にするのも悪くない。

 今頃、あの男はなんだかんだ文句を言いながらも地道に謎を解いているのだろう。

 ブライアンは要領のいいカーライルとは違い昔から泥臭くて暑苦しい部分があった。

 年を取るにつれて表には出さなくなったものの、その本質は今でも変わっていないようだ。

 ほかの冒険者をレイスから救い出すために身体を張っていたのを見たときは呆れたものである。ほかにもっとスマートなやり方があったはずだ。

 カーライルがフードの奥で苦笑していると、前方に猫の額ほどの地面とその奥に金属製の扉が鎮座しているのが見えてきた。例の『裏門』である。 

 ゆっくりと小舟を地面の縁へつけてから降り、地面に刺さっていた杭に縄を結びつけて舟を固定したカーライルは立ったまま扉の前で待った。

 しばらくしてから重厚な扉が重い音を響かせながら開き始める。 

 カーライルが歩を進めると更に奥に見えていた扉が開く。

 全部で三つの頑丈な金属扉が設置されているのだ。用心深いことである。

 洞窟の一部を利用した暗い通路を歩くと階段へと辿り着く。

 研究室は敷地の地下にある。位置的には礼拝堂のほぼ真下だ。

 カツンカツンと狭苦しい階段にカーライルの降りる音が反響する。

 ここからは更に集中力を高めなければならない。最後まで気取られないよういつも通りに振る舞うのだ。

 エレミアから来た少女たちの活躍もあり、カーライルが考えていた以上に状況は有利に傾いている。

 不確定要素だったフラドと名乗る魔獣もソラ・エーデルベルグによって倒された。

 この魔獣は数カ月前から地下墓所カタコンベを根城にしはじめたのだが、アンデッドになる人間を勝手に連れ込んできてくれるという理由で放置されていたのである。

 ヴィクターが目をつけているらしい少女たちを死なせるわけにはいかないため、場合によっては魔獣退治を手助けせよと命じられていたのだが、その必要は全くなかったようだ。

 ほかの冒険者たちも結果的にではあるが誰ひとり欠けることなく帰すことになった。

 順調に事は進み、カーライルが対死霊術師に集中できる環境は整ったのだ。 

 やがて階段を降りきったカーライルは広めの部屋へと辿り着いた。

 部屋の中央にある豪奢な椅子。そこにローブ姿の男が左右に二体のリッチを従え静かに座っていた。

 この男こそが五年前に狂った挙句に死んだとされているヴィクター・フランドルその人であった。

 常にフードを深く被っているので表情が見えにくいが、陰気な目をした嫌な雰囲気の中年男である。

 カーライルもブライアンからよく陰険なヤツだと言われるが、この男に比べればまだマシだろう。 

 考えていることをおくびにも出さずにカーライルはヴィクターの元まで歩き跪いた。


「……カーライル・ラムゼス。ご報告と物資の運び込みに参りました」


「……ご苦労だったね。カーライル君」


 肘掛に肘をついたままヴィクターは気だるげにカーライルを見下ろした。

 一瞬だけ視線が合うが、相変わらず寒気のする冷え切った目だ。

 カーライルは湧き出てきた嫌悪感を抑えながら報告を始める。


「ご命令どおり、冒険者たちを帰しました。セドリックも一緒です」


「そうか」


「……よろしかったのですか? 彼らを帰して」


「構わんさ。セドリックにはまだ使い道があるし、冒険者どもは全滅でもしてくれればそれが最上だったが、あの少女たちがいる限りは困難だろう。実際、上級アンデッドを含め多くの手駒を失った。……それに、今夜に限っては彼らは邪魔者でしかない。大人しく帰してやればよい」


「はっ」


 カーライルはこうべを垂れる。

 セドリックはまだ利用価値があると思われているようだ。つくづく気の毒な青年である。


「それから、少女たちは探索を続行するようです。……お命じくだされば、私が誘導してこの場まで連れてくることも可能ですが」


「必要ない。彼女たちなら自力でここまで辿り着けるだろう。私も準備のために少々時間がいるのでな」


 再びカーライルは頭を下げながらも、やはり少女たちを何らかの研究に使うつもりなのだろうと思った。コレット・マーシーに固執している理由はいまいち分からないが。

 少女たちとついでにブライアンには迷惑な話である。

 だが、問題はない。これまでやりたい放題やってきた死霊術師もこれからカーライルが引導を渡すことになるのだから。

 床を見つめたままフードの奥でわずかに目を鋭くしていると、おもむろにヴィクターが声を掛けてきた。


「……カーライル君。君が部下となって以来、死霊術の研究も飛躍的にはかどったし、これまでの働きも満足に値するものだ。そろそろ君に死霊術の一端を伝授してもよい」


「おお……!! 本当でございますか!?」


 演技力を総動員してカーライルは感動に震えるフリをする。

 もちろん死霊術などに興味はないし、外法に染まるつもりもない。

 この死霊術師は通常のアンデッドを作り出すだけでなく、実験の一環として死んで間もない人間の魂を息絶えた怪物に埋め込んだりもしているのだ。

 村落で出会った巨人ジャイアントやほかにも屋敷を徘徊している巨大グモジャイアント・スパイダーなどがそうだ。これらは森の奥深くに生息している怪物を利用しているらしい。

 ただ、クモのようにあまりに人間と身体の構造がかけ離れている怪物は、魂が人間のものゆえに動きがぎこちなくなるという弱点があると聞かされたことがある。

 どんな手を使ってそんなことを可能としているのかは知らないが、なんともおぞましい研究である。

 表面上は喜んで見せながらカーライルは立ち上がった。


「――では、これから荷物を運び込みます」


「頼むよ、カーライル君」


 鷹揚に頷くヴィクター。

 カーライルは踵を返して階段に向かう。

 いよいよ、ここからが本番である。

 小舟に戻った後は、打ち合わせどおりぎりぎりまで気配を消しつつも傭兵たちと研究室へ雪崩れ込みヴィクターに奇襲をしかけるのだ。

 豊富な経験を誇るカーライルでも緊張が高まってくる。

 心を落ち着かせるよう己に言い聞かせながら階段に足をかけたときだった。


「――ああ。カーライル君」


 ふとといった様子でヴィクターが背後から声をかけてきたのだ。

 カーライルは努めて冷静さを装いながら振り向く。


「……はい。何でございましょう?」


 ヴィクターは最前と変わらず椅子にじっと座ったままフード越しに視線を向けていたが、一瞬だけ瞳をきらりと光らせた。


「……先ほども言ったが、今夜は特別な夜だ。招待していない客人には帰ってもらいたまえ。君が連れてきた者たちにね……」


「――!?」


 カーライルは思わず目を見開いてヴィクターを凝視する。

 死霊術師の口元が半月状に歪められたとき、階段の奥から悲鳴と怒号が聞こえてきたのだ。

 傭兵たちが上げる断末魔の声だとすぐに悟った。


(……まさか、勘付かれていたのか!?)


 愕然としながら階段を見上げると、突然胸に衝撃が走った。


「がっ……!?」


 自分の胸元に視線を下げると、そこには半透明の手が突き出ていた。 

 身体が硬直して動かないためカーライルは首だけで必死に背後を振り返る。 

 すると、そこには一体のレイスが身体を透過させつつ壁から這い出てきていたのだ。

 驚愕するカーライルを見てレイスは死霊術師とそっくりの笑みを浮かべる。


「……残念だよ、カーライル君。魔導学校時代から見所のある後輩だと思っていたのに。当時冒険者になるために学校を自主退学した君を見て非常に落胆したものだよ。君なら私の良き理解者になれると思ったんだが」


 言葉ほどには落胆した様子もなくヴィクターはニヤニヤと笑いながら言う。


「……ヴィクター!! 貴様……!!」


「おや。尊敬すると言っていた私を呼び捨てかね? だが、これまでの働きに免じて許そうじゃないか」


 余裕を微塵も崩さない死霊術師。

 カーライルの身体から急速に魔力が吸い取られていくのが分かる。身動きができないまま寒気だけが増していく。

 おぞましさと死への恐怖に心を蝕まれながらもカーライルはヴィクターを睨みつけた。


「……貴様! 気づいていたのか!」


「君だって心の底から信用されていたとは思っていなかったのだろう? ……だが、そうだね。どうせ最後だ。種明かししようか」


 ヴィクターは立ち上がり、ゆっくりと歩み寄りながら口を開いた。


「確かに君は敷地内やその周辺でもけしてボロは出さなかった。私の<感覚同調>を警戒してのことだろう。だが、<感覚同調>の網が張られているのは敷地内だけではないのだよ。それこそ森全体にまで及んでいるのだ」


「!?」


 驚くカーライル。

 事前の説明ではヴィクターの<感覚同調>が使えるのは敷地内だけだと聞いていた。

 もちろん鵜呑みにしていたわけではないが、森全体となるとさすがに予想外だ。

 それほど広大な範囲をカバーできるとはにわかに信じがたい。この男は想像を遥かに超える実力を持った術者だったのだ。


「理解したかね? 土の下、樹木の上、茂みの中……そして川の底にまでアンデッドたちが配置されているのだ。君が森の入り口で傭兵風の男たちと打ち合わせをしていたのもしっかりと聞かせてもらったよ」


「……!!」

 

 徐々に意識が遠のきながらもカーライルは歯噛みする。

 気づくといつの間にか膝をついていた。もはや立っていられないほどに力が枯渇しつつあるのだ。

 そんなカーライルを見ながらヴィクターは薄い笑みを浮かべた。


「だが、恐れることはないとも。先ほど私が言った死霊術を伝授するというのは嘘ではない。――ただし、君の身体で直に味わってもらうという意味だがね……」


「……ヴィクター!! ――がああっ!?」


 身体の深奥から根こそぎ力が抜き取られいよいよ感覚すらなくなってくる。

 カーライルが悶え苦しんでいると、ヴィクターも膝をついてこちらの顔を覗きこんできた。


「光栄に思いたまえ。私の研究にその身をもって寄与できるのだから」


「……ふざ……けるな……っ!!」


 最後の力を振り絞ってカーライルは死霊術師の顔を掴んでやろうと腕を伸ばすが、もはや自由に動かすこともできずにフードを引き剥がすだけに終わった。

 だが、あらわになったヴィクターの顔が視界に入り一瞬息が止まる。


「――!? なっ……何だと!?」


 死への恐怖すら忘れてまなこを限界にまで開く。

 己が重大な勘違いをしていたのだとようやく気づいたのだ。

 しかし、もはや自分にはどうしようもない。

 後はブライアンとあの少女たちに託すしかないのだ。

 

 ――そして。

 最後に驚愕の事実を知ったカーライルの意識は完全に闇の中へと呑まれていったのだった。

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