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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
二章 魔法使いと幽霊屋敷
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第11話

 マリナは戦士Aを救出するために全速力でレイスへと駆ける。

 小回りの利きにくい自分の大剣では、多くのゴーストにまとわりつかれているほかの冒険者たちを迅速に助けるには不向きだと判断したのだ。

 数体のゴーストが進路を塞いでくるがマリナは大剣を振るってまとめて消し飛ばし、レイスに吊るし上げられている戦士Aの背中がすぐそこに見える位置にまで接近する。

 マリナは足に<内気>を込め、その反動で一気にジャンプした。

 戦士Aの頭上を追い越しながら大剣を振りかぶると、こちらを見上げたレイスの赤い瞳と視線が合う。


「このおおおっ!!」


 裂帛の声とともにレイスの脳天に剣を落とすが、一瞬速く黒い影は戦士Aを手放して床へと沈んでいったのだった。

 ゴオンッと何もいない床を大剣が叩き割り、マリナは手にわずかな痺れを感じる。


(……逃げられた!?)


 着地しつつ辺りを見回すがレイスの姿はどこにもない。

 すると、背後から戦士Aが力なく倒れこむ音が聞こえてきた。


「大丈夫!?」


 慌てて側に寄ってしゃがみこむ。

 マリナが容態を確認すると戦士Aはかなり衰弱しており意識が朦朧としているようだったがまだ大丈夫のようだった。だが、あのままレイスに生命力を吸われ続けていれば確実に死んでいただろう。


「とにかく、安全な場所に移動させないと」


 レイスは消えたようだがまだ多数のゴーストが飛び回っているのだ。彼らの体力なども考えると一度休ませる必要がある。

 マリナはほかの面々に視線を向ける。

 アイラはゴーストに囲まれて身体中を掴まれていた戦士Bを助け出すことに成功しており、ブライアンも憑依されて自分の首を絞めていた戦士Dの腹に拳を入れいったん追い出しておいてからゴーストを斬り伏せていた。

 戦士Eの方もなんとか持ち堪えているようだ。これで五人全員を救い出したことになる。

 マリナは二人に呼びかける。


「アイラ! ブライアンさん! 退却しよう!!」


「了解です! 彼らをかばいながら戦うのは困難ですし!」


「ここは逃げの一手が正解だ!」


 アイラとブライアンも助け出した冒険者たちに肩を貸しながら撤退をはじめる。

 二人に続こうとマリナが苦労しながら大柄な戦士Aを背負い、半ば引きずるように歩き出したときだった。

 突然、何者かが戦士Aを強い力で掴み床に引きずり落としたのだ。


「……あっ!?」


 マリナも引っ張られて背中から倒れこみそうになるが寸前で踏み留まる。

 何事かと急いで振り返ると、床から上半身だけを出したレイスが落ちてしまった戦士Aの足首を掴んでいたのだ。

 視線が合うとレイスは赤い瞳を細めた。まるでわらっているかのように。


「……こいつ!!」


 マリナは激昂して剣を高速で振るうが、レイスは再び床の中へと姿を消した。

 本能のままに襲ってくるゴーストなどと違い、知能の高いレイスは自分の特性を把握した攻撃を仕掛けてくる。ある意味、特殊能力より自在に移動できる機動力の方が厄介かもしれない。

 戦士Aを再び背負い直し周囲を警戒しているとアイラが声をかけてきた。


「お嬢さま! 大丈夫ですか!」


「……ちょっと、ヤバイかも! レイスが神出鬼没で身動きが取れない!」


 ほかのゴーストどもがこちらに寄ってこないのが唯一の救いではあるが。

 どうやらアイラとブライアンは戦士Eたちと合流できたようだ。背後に戦闘不能になった連中をかばいながら大量のゴーストを追い払っている。いつのまにか目覚めたらしい戦士Cも戦列に加わっていた。

 だが、それでも分が悪いようだ。怪我人を守りながらの戦いは思った以上にきつい。

 こんなときに姉がいればとマリナは思う。ソラならレイスすら拒む結界を張って皆を守ってくれるだろう。そうすれば何の憂いもなくアンデッドたちの掃討に注力できるのだ。

 こういうときは姉の不在が身にしみる。万能に近い魔導士であり司令塔をこなすソラが場にいてくれるだけで安心感が全然違う。

 だが、いないものは仕方がない。今は自分たちだけで何とかするしかないのだ。

 マリナが周辺を警戒しながら歩き出したときだった。

 突然、目前にレイスの黒い影が天井から落っこちてきたのだ。


「――!!」


 右手に持っていた大剣を咄嗟に振るって接近を阻止しようとしたが、レイスはそのまま床へと消えすぐに戦士Aの足首を掴んで引きずり始めた。

 そのもの凄い力に片手で支えていたマリナはあえなく手放してしまう。


「……またっ!!」


 振り向くと顔と腕だけを床から出したレイスが嘲笑うように戦士Aを床をずりずりと引きずってマリナから離れていく。

 マリナは歯軋りする。ヤツはこちらをいたぶるつもりなのかもしれない。

 急いで床を蹴って引きずられている戦士Aのもとに向かう。この瞬間にもレイスの<生命力吸引エナジードレイン>は発動しているのだ。

 すると、レイスはまるで鬼ごっこでも始めるように高速で移動しはじめた。

 戦士Aが床に転がっている古びた家具などに為す術なく身体中を打ちつけるが、それでも意識は戻らないようだ。


(……!! 私たちで遊ぶつもりか!!)


 確信するマリナ。

 レイスはジグザグに蛇行したり柱などを盾にしたりとマリナの追尾を面白がっているふいがある。

 それに、こちらへゴーストたちが一切寄ってこないのも、邪魔されないようにレイスが指令を出しているのかもしれない。

 だが、悠長に付き合っている暇などない。もはや戦士Aの顔色が土気色になってきているのだ。かなり危険な状態である。

 マリナは一気にギアを上げて逃げ回るレイスへと接近する。

 もう一息で攻撃圏内に入ろうかというとき、レイスはまた戦士Aを置き去りにして床へと沈んでいったのだった。


「う~~~!! ほんっと、うっとうしいヤツ!!」


 癇癪を起こしたように喚いたマリナだったが、すぐにくるりとターンして背後を振り向く。


「――な~んてね!!」


『!?』


 振り向いた先には床から飛び出たレイスが今まさにこちらを掴もうと両手を突き出していたのだ。

 まさか動きが読まれるとは思っていなかったらしく、レイスは驚いたような仕草を見せた。


「ただ逃げるだけじゃつまんないだろうし、そろそろ私に攻撃を仕掛けてくると思ってたよ!!」


 ここが好機とばかりにマリナは存分に<内気>を込めた大剣を振り下ろす。

 レイスは黒い霧のような身体を人間ではありえないような動きでくねらせて避けようとしたが、その肩口におもいきり大剣が突き刺さり右半身を切り裂いたのだった。


『――――!!』


 苦痛に満ちた声がマリナに届く。

 間髪入れずに追撃するも、タッチの差でレイスは背後にある壁の中へと姿を消した。

 完全に消滅させることはできなかったが相当な痛手を与えたはずだ。しばらくは行動できないだろう。

 今のうちに皆と合流しこの場を脱するのだ。

 マリナが踵を返そうとすると、反対側の壁から右半身を削り取られたレイスがすうと現れたのだった。


「……何? まだやろうっての?」


 マリナは戦士Aをかばいつつ剣を構える。一目見ただけでもかなり弱体化しているのが分かるが、アンデッドの意地でもあるのだろうか。

 レイスはマリナを睨むように赤い瞳を燃え上がらせていたが、おもむろに左手を虚空へ差し伸べた。

 すると、アイラたちを取り囲んでいたゴーストの中の二体が引き寄せられるようにレイスのもとへと飛来したのだ。


(…………?)


 いったい何をする気なのかとマリナが警戒していると、レイスは恐るべき行動に出た。

 グワッと横に大きく裂けた口を開いたかと思うとゴーストの頭にかぶりついたのだ。


「な……っ!?」


 レイスはそのままずるずると蛇のようにゴーストを丸呑みする。

 完全に体内へ取り込んだレイスは次にもう一体のゴーストの頭を鷲掴みにした。 


『ヒイイイイイイッ!!』

 

 悲痛な叫び声を上げるゴースト。透明な身体が揺らぎ急速に薄れつつある。

 マリナはその凄惨な光景に吐き気を覚えて口元を押さえた。


(……こいつ。ゴーストを喰ってるんだ)


 ダメージを癒すために<生命力吸引エナジードレイン>を使ってゴーストたちの魔力を奪っているのだろう。

 悲惨な死に方をしてなお安らかに眠ることもできず、生ける屍として無為にこんな廃墟を徘徊し、更に同じアンデッドに喰われながら消滅していく。

 いくらなんでもこんな仕打ちはないだろうとマリナは憤る。

 怒りに反応したようにマリナの全身から海を想起させるような深い青色のオーラが立ち昇った。

 ゴーストのエネルギーを吸収し終え、失った右半身を回復させたレイスは、こちらへと顔を向けてにやりと笑うように黒い口を三日月状に歪める。

 マリナはレイスをまっすぐに睨みつけて飛び出すが、黒い影は空中を滑空し入れ違うように戦士Aの側へと降り立った。


「……あっ!」


 再び足を掴んで引きずるレイス。

 マリナは自分の不甲斐なさに唇をかみ締める。怒りに我を忘れて優先事項を見誤ったのだ。姉がいたら叱咤されただろう。

 ともあれすぐに奪還しなければならない。マリナが足を踏み出しかけるとすぐ側に誰かの気配を感じた。


「――待て! 嬢ちゃん!!」


「……ブライアンさん!?」


 アイラたちと一緒にいたはずのブライアンがいつのまにかマリナの近くに走り寄ってきていたのだ。


「どうしてここに!? アイラたちの方は?」


「ゴーストの数もだいぶ減ってきた。俺が抜けてもしばらくはもつさ。……それよりも、あいつを何とかしなきゃなんねえだろうが」


 ブライアンは楽しむようにこちらの様子を窺っているレイスを睨む。


「俺があの兄ちゃんを取り戻すからよ。嬢ちゃんはフォロー頼むわ」


 余計な問答をしている暇はない。マリナは無言で頷く。

 ブライアンはにっと笑うとレイスへと走り出した。

 レイスはまた鬼ごっこでも始めるつもりなのか戦士Aを引きずって逃げ始める。

 それでもブライアンはメチャクチャに手足を振ってレイスを猛追した。


「ぬがあああああああああっ!!」


 そのなりふり構わない走りにレイスはギョッとしたらしく一瞬固まった。

 ブライアンはその隙を逃さずにダイブして戦士Aに飛びつき、レイスから引き離すように突き飛ばした。


「頼むぜ、マリナ嬢ちゃん!!」


 近くに転がってきた戦士Aに急いで駆け寄るマリナ。

 かろうじて息をしている姿を見てホッとしたのも束の間、苦しそうな声が聞こえてきて顔を上げる。

 そこにはレイスに首根っこを掴まれて宙ぶらりんになっているブライアンがいた。態勢を崩していたので逃げられなかったのだろう。

 ブライアンはレイスの手を外そうともがくがビクともせず、右手で剣を突き刺そうとするがこちらもすぐにはたかれて取り落とす。

 しかも、レイスの怒りを買ったらしく今まで最も強力な<生命力吸引エナジードレイン>が働き中年冒険者の顔が急速に白くなりはじめていた。


「ブライアンさん!!」


 マリナは血相を変えて助けに向かおうとしたがブライアンは自由な右手で制止してきた。


「……おいおい。また同じことを繰り返すつもりかよ? ……まあ、見てな」


 ピンチにもかかわらず軽い口調でウインクまでしてみせる。

 すると、ブライアンの右手の袖口から小型のナイフが滑り落ちてきたのだった。


「そんなに俺の魔力が欲しいならくれてやらあ。……たっぷりと味わえよっ!!」


 <内気>が込められているナイフをおもいきりレイスの赤い瞳に突き刺した。 

 悲鳴を上げながらのけぞるレイス。 

 解放されたブライアンは激しく咳込みながら倒れる。

 しかし、一層怒り狂ったらしいレイスはナイフが突き刺さったままブライアンに手を伸ばした。

 マリナがあっと声を上げようとしたとき。


「――熱線サーマル・レイ


 廊下の奥から冷静な声が聞こえてきたかと思うと、ブライアンの首を絞めようとしていたレイスの胸を赤い光が貫いたのだった。

 突然の攻撃にレイスは動揺したように後じさる。

 マリナも驚いて振り向くとそこには黒いローブ姿のカーライル・ラムゼスがアイラたちの側に佇んでいたのだった。

 ふらふらと立ち上がったブライアンも目を見開く。


「カーライル!?」


「……俺が結界を張るから、消耗しているお前はさっさと引っ込め。あとはそこのお嬢さんに任せればいい」

 

 一方的な物言いにカチンときたらしいブライアンだったが正論だけに何も言い返せないようだった。不承不承戦士Aを担いで下がる。

 すぐに張られたカーライルの結界によってゴーストたちは攻撃を加えられなくなり、口惜しそうに爪を立てていた。

 これで何も遠慮する必要がなくなったマリナはレイスに向き直る。

 ナイフを抜いて床へと放ったレイスは動揺から立ち直ったらしくマリナを睨みながら床へと没していった。物質をすり抜ける霊体を駆使して不意を突こうというのだろう。


(確かに厄介だけど……)


 マリナは不敵な笑みを浮かべ全力の魔力を発現させた。

 膨大な魔力が小さな身体を覆いつくし、辺りに強力な波動を撒き散らす。


「う、うおっ!! なんちゅう魔力だよ!!」


「……だが、どんな強大な力も当たらなければ意味がないぞ」


 驚嘆するブライアンとあくまで冷静なカーライル。

 しかし、カーライルの言うことももっともである。レイスは自由自在に談話室とその周囲を行き来することができる。しかも、一度痛い目に遭っているので無理はしないだろう。隙を見出すのは困難だ。

 ならば、逃げても無意味な攻撃を食らわせてやればいいのである。

 マリナは剣を構えたまま集中しつつも魔導紋を構築しはじめた。

 慣れ親しんだ術式なので大した時間もかからずに完成する。

 すぐに魔導を発動させると、剣の周囲を薄緑色に輝く風が取り巻きはじめマリナの金髪を揺らした。 

 当初は小規模だった風が徐々に勢いを増しながら剣身へと急速に収斂しゅうれんされていく。

  

「これは……」


 背後からわずかに驚愕したようなカーライルの呟き声を聞きながらマリナは準備を整えた。後はヤツを待ち構えるのみである。

 目を閉じて全神経を張り巡らせていると、突然床からレイスの真っ黒な手が飛び出てきた。


(――来たっ!!)


 攻撃を認識した瞬間、マリナは抜群の反射神経で跳躍した。

 追うように上昇してくるレイス。

 空中でマリナが剣を振りかぶり攻撃態勢に入ると、レイスは腹立たしいほどあっさりと見切りをつけ、真横に身体を滑らせて回避行動に入った。

 そのまま中庭方面の壁の中に身体を潜り込ませはじめる。また、一時的に部屋の外へと逃げるつもりなのだろう。

 しかし、マリナは間合いの遥か外にもかかわらず、大剣をレイスへ向けておもいっきり横に振り切ったのだ。


「――いっけえええええええええ!!」


 その瞬間、大剣から全長数メートルはあろうかという巨大な扇型の衝撃波が発生し、大気を切り裂きながら空中を高速で走った。

 そして、わずかに緑がかった衝撃波は分厚い壁を軽々とぶち抜き、外へと逃げたレイスに避ける間も与えずに直撃し一瞬で消滅させたのであった。



 ※※※



「――たくよ~。治癒術を使えないとか役に立たないやつだな」


「……黙れ。俺が助けなければ今頃お前はミイラになっていかもしれんのだぞ。少しは感謝しろ」


 ブライアンとカーライルの口喧嘩を聞きながらマリナは戦士Aの容態をその仲間たちと共に看ていた。

 マリナがレイスを倒したときにはアイラたちもゴーストをあらかた掃討し終えており、いったん場所を移そうかとも考えたのだが、衰弱した戦士Aを下手に動かさないほうがいいと判断し、談話室の隅に転がっていたソファの上に寝かせていたのだ。

 いまだに意識は戻らないが命に別状はないようだった。普段から鍛えており、元気のあり余っている若者ということもあり、しばらく安静にしていれば元気になるだろう。

 ほかの連中は軽い怪我ですんだのですでに動ける状態に回復していた。


「……にしても、さっきのは凄かったよなあ。いわゆる魔導剣ってやつだろ? 久々に見たぜ」

 

 ブライアンが感心しきりといった風に壁を見ている。

 そこには十メートル近くにわたって横一文字に切り裂かれた無残な壁があった。大きく穿たれた穴から中庭と西側区画の外壁が見えている。 

 マリナがレイスを滅するために使用した魔導剣とは、己の武器に込めた<内気>を媒体にして発動させた魔導を纏わせる技術のことだ。

 つまり、魔導に加えて<内気>の扱いにも長けていなければ駆使することのできない高等技術なのである。

 

「もしかして、お嬢ちゃんが使ったのは『風刃』ってやつじゃねえのか?」


 マリナが頷いてみせるとブライアンは嬉しそうな表情をした。


「やっぱりな! あの『風刃のウェンディ』の孫だけはあるぜ! 魔導剣ってのは限られた人間しか使えないほど難しいらしいじゃねえか」


 先ほどの魔導剣は祖母ウェンディの異名ともなっている<風>属性の魔導を利用して巨大な衝撃波を打ち出す技なのだ。マリナは剣術とともに魔導剣の指南を祖母から直に受けているのである。


「おばあちゃんのことを知ってるの?」


「おまっ……! 当たり前だろうがっ!! 冒険者で彼女のことを知らないやつはいねえだろ!! 数え切れないほどの伝説を持つ、世界でも五人といない『十星ディカプル』の冒険者だぞ!!」


 不思議に思ったマリナが尋ねてみると、ブライアンは口角から泡を飛ばす勢いで言い返してきた。

 どうやら、祖母はマリナが思っていたよりも有名人らしかった。

 長年冒険者をしているとは聞いていたが、祖母は自分のことをぺらぺらと語るような性格ではないのだ。


「……おそるべきはエーデルベルグ家の血筋だな。絶妙なバランスが要求される魔導剣をその年齢で扱えるなど聞いたこともない。姉妹揃って化け物じみている」


 さしものカーライルも呆れたように肩をすくめていた。

 化け物呼ばわりされたマリナだが無愛想男からの賞賛だと受け取ることにする。

 そのとき、ようやく戦士Aが目覚めたようで頭を押さえながら上半身を起こした。


「おい! 無理するなよエース! お前、結構ヤバイ状態だったんだぜ!」


「ビリーの言うとおりだ。もう少し眠っとけよ!」


 アルファベット戦士団の面々が心配するが、戦士Aは大丈夫だと手を振りブライアンへ顔を向けた。


「……記憶が飛び飛びになってるけど、ブライアンさんが身を挺して俺を助けてくれたのを覚えてるよ。……その、ありがとう」


 素直に頭を下げる戦士Aにブライアンは照れ隠しのように頭の後ろをぼりぼりとかいた。


「男から感謝されても別に嬉しくもないが……ま、後輩を助けるのは先輩としての義務だからな。それから、マリナ嬢ちゃんにも礼を言っておけよ。嬢ちゃんがいなけりゃ、お前さん今頃アンデッドの仲間入りをしてただろうからな」


 戦士Aは頷きマリナに頭を下げ、仲間たちにも心配をかけたことを詫びて再度ブライアンの方を向いた。


「……あんたの言ったとおり、俺たちにはまだこのクエストは早すぎたよ。あんたたちが助けてくれなかったら俺だけでなく仲間も死んでいただろう。いつのまにか自分たちの実力を過信していたんだ」


 後悔の表情でポツポツと語る戦士A。今回の件がよほど堪えたらしかった。ほかのメンバ-もしおれている。

 静かに聞いていたブライアンはそんな彼らを見て苦笑した。

 

「これはまた随分としおらしくなったな。……確かに今回のは無謀だったかもしれない。でも、おまえさんたちの挑戦心は冒険者には絶対に必要だし立派なもんだよ。だから、そんなに落ちこむことはねえ。ただでさえ最近は小金を稼ぐためだけで何の夢もなく冒険者をしている奴らが跋扈ばっこしてるんだからよ」


「ブライアンさん……」


 人懐こく笑うブライアンに彼らは真摯な顔で頷いた。

 この分なら二度と同じ過ちを繰り返すことはないだろうとマリナも思っていると、黙って聞いていたカーライルが口を開いた。


「……お前たち、真面目に聞かなくてもいいぞ。この男は若い頃お前たち以上に無茶なことを繰り返していたハタ迷惑なヤツだったからな。どの口がそんな偉そうなことを言うのかと呆れる」


「……だからっ! てめえはうるせえんだよ! 御者のジジイといい、昔のことを知ってる奴はなにかと茶々を入れてきやがって!」


 焦ったようにがなり立てるブライアンを見て皆が笑った。

 また喧嘩を始めたオッサン二人を眺めつつマリナはひとりも犠牲者が出ずに良かったと心から思った。先ほどのピンチを考えれば上出来だろう。

 あとは姉をはじめとした人間たちが無事なのかどうかだ。

 しばし休息をとったマリナが立ち上がり大剣を背負うとアイラも続いた。


「――お? もう行くのか」


 マリナたちの様子を見て取ったブライアンも立ち上がって装備品を軽くチェックする。


「ブライアンさんは彼らと一緒にいたほうがいいんじゃない? レイスとの戦いで体力を消耗しただろうし」


「オヤジだからって舐めちゃいけねえぜ。それにチームを組んでる仲じゃねえか。探索を終えるまでは一緒に行動させてもらうぜ」


 にやりと笑うブライアンにマリナも頷き、今度はアルファベット戦士団へと視線を移した。

 彼らは皆疲れが溜まっていて少なからずダメージを負っている。この先、また上級アンデッドが出没しない保証もないので置いていくのはためらわれる。

 どうしたものかとマリナが迷っていると、周囲を警戒していたアイラが奇妙なことを言い出した。


「……おい。あそこに人がいるぞ」


「え?」


 マリナがアイラの見つめる先――廊下の奥に視線を向けると、そこには確かに人がぽつんと突っ立っていた。

 ここからだとかなり遠いが、マリナの優秀な視力は男の姿をはっきりと捉えていた。

 細身の若い男でいたって普通の服装をしている。間違っても冒険者には見えない。というか見覚えのない人物だ。

 何であんな一般人がいるのかとマリナが首を捻っているとブライアンが突然叫んだ。 


「――あ!! あいつ……!!」


 どうやらその叫び声が聞こえたらしく、男はビクッと身体を震わせて階段の方へと逃げるように姿を消した。かすかに階段を降りる音が聞こえてくる。


「誰なの? ブライアンさんの知り合い?」


「今は説明している暇はねえ! ともかく、あいつを追わないと!」


 やけに慌てている様子のブライアン。

 マリナはワケが分からないとアイラと顔を見合わせる。

 すると、カーライルが男の消えた方向を見つめがら言った。


「……お前たちは今すぐ彼を追え。確保したら屋敷の西にある川へ向かうんだ。この者たちは俺が責任を持って安全な場所にまで連れていく」


 ブライアンはカーライルと視線を合わせるとすぐに踵を返して走り出した。

 マリナとアイラも続く。

 先頭を走るブライアンの背中にマリナは話しかける。

 

「ねえ! 大丈夫なの! あのオジサンに任せて!」


「……まあ、大丈夫だろ。昔から何を考えてるか分からないヤツだが約束は守る男だ」


 何だかんだでカーライルのことを信頼しているようだ。


「……それより! あの男のことなど後で詳しく話を聞かせてもらうからな! 本当ならお嬢様との合流を優先しなければならないのに!」


「分かってるよ!」


 アイラに叫び返すブライアン。

 こうして、三人は突然現れた謎の男の追跡へと移るのだった。

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