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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
二章 魔法使いと幽霊屋敷
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第6話

 翌朝。

 人の姿がまばらな中、ソラたちは集合場所である馬車乗り場に向けて街の中を歩いていた。

 まだ太陽が昇りきらない早朝で、しかも霧が出ているので少々肌寒い。


「ホント、昨日はひどい目にあったよ……」


 目をこすりながらマリナが愚痴を言っている。

 しかし、隣を歩くソラはそっけない。

 

「性懲りもなくまた同じことを繰り返そうとした自分が悪いんでしょうが。しかも、事前にちょこざいな小細工まで弄して」


 背後からアイラが苦笑している気配が伝わってきた。

 アイラはマリナが忍び込むさいに邪魔にならないようお土産コーナーを意味もなくウロウロとさせられていたのである。

 

「だからって、あんなに長く説教することはないじゃん」


 頬をふくらませるマリナ。

 結局、あの後は夕食まで風呂場に正座させてガミガミと説教を続け、夕食をすませた後には第二ラウンドということで就寝する直前まで数時間叱り続けたのだった。

 ソラとしては普段妹に振り回されている鬱憤も同時に解放したので非常にすっきりとした気分で朝を迎えられたものだが。


「……う~ん。それにしても、何でばれたんだろう。さりげなく誘導したつもりだったんだけどなあ」

 

 金髪をいじりながら悔しげに言うマリナ。

 ソラは呆れながら妹の横顔を眺める。


「どれだけ兄妹やってると思ってんの。よく考えてみれば微妙に不自然だったよ、あの流れは。アイラを強引に連れて行ったくだりとかも」


 本人は自然な流れを演出したつもりだったのかもしれないが、ソラはわずかな違和感を感じ取っていたのである。

 赤の他人なら気づけないかもしれないが、こっちは伊達に三十年近く家族をやっていないのだ。

 ともかく警戒したソラはシャワーを浴びつつも神経を研ぎ澄ませて微細な気配も見逃さないよう注意していたのである。


「部屋へ忍び込む動きとかは見事だったけどね……」

 

 マリナが廊下を抜き足差し足で近づいてくる時点で気づいていたのだが、これがまた思わず感心させられるほどの隠密行動だったのだ。泥棒か忍者にでも余裕で転職できると思う。

 警戒していなければソラも直前まで気づけなかっただろう。自分の直感を信じて良かったと胸を撫で下ろしたものである。でなければ、またマリナのセクハラの餌食になっていたところだ。


「それほどでもないけどね~」


 ソラの台詞を聞いて照れたように笑うマリナ。

 別に褒めてないし、とソラはジト目で妹を見る。

 本当にいい根性をした妹だ。酷い目にあったと愚痴りながらもそこまで堪えていないように見えるし、顔色もいつも通り健康的に輝いている。

 すると、マリナは急に真剣な表情になった。


「……今回の失敗を教訓にして、次にどうすればいいか作戦を立て直さなくちゃね……。なんとしてでも、もう一度お姉ちゃんのマシュマロを堪能しなければ……」


 ぶつぶつと小声でなにやら言っている。

 頭の中で考えているつもりなのかもしれないがおもいっきり声に出ていた。


「……どうやら、屋敷に着くまでの間にまたお説教が必要なようだね……」


「――う、うそだよっ!! うそっ!! お姉さまっ!!」


 慌ててごろにゃ~んとわざとらしく腕を組んでゴマをするマリナ。

 やはり、昨日の説教はそれなりに効いていたようだ。祖父にならって何度も同じ内容をリピートするという聞く方からすればひたすら苦痛でしかない手法を採用した甲斐があったというものである。

 うっとうしいので妹を引き離そうとしているとアイラが隣に並んできた。


「……しかし、あの二人は大丈夫でしょうか? 私はいまいち信用できません」

 

「ふむ……」


 ブライアンは人格が、コレットは実力がということだろう。

 高位の冒険者で腕も悪くないブライアンだが普段はおちゃらけたオヤジなのでアイラからすれば信用しがたいのだろうし、コレットは素朴で心優しい神官のようだがドジな一面があり戦闘面ではどうも頼りにならなさそうだ。


「……それに、これは私の勘だけど、二人ともまだ話してないことがありそうなんだよね~」


 巧みにソラの手をかわして密着し続けているマリナが目をキラッと光らせた。  

 妹の勘はけっこう当たるのだ。ときに超能力に匹敵するのではないかという精度なのである。

 隣ではアイラも、「同感です。特にブライアンは胡散臭いです」と頷いている。


「……それでも、もうチームを組む約束しちゃったしね。温泉町のときにも同じようなことがあったわけだし」

 

「そうそう。あのときは気合が空回りしている警備隊員と丸っきり足手まといなお子様がひとりついてくることになったしね」


 可笑しそうに笑うマリナ。

 ソラも二人の顔を脳裏に思い浮かべた。

 コレットと同じくらい素直な人柄だったラルフ。自分の才能に悩んでいた若き警備隊員。彼はこれからの進路でも悩んでいたようだが、今頃何をしているのだろうか。

 ひとつ年下の従弟であるマルク。あの一件で少しは成長したようだが、相変わらずのやんちゃぶりを発揮している気もする。


「加えて、ほかの冒険者連中も気になります。それこそ足手まといかと」


 アイラが護衛らしく周囲にさりげなく気を配りながら付け加えた。

 男五人組のアルファベット戦死団に同郷三人組、そして白皙の貴公子フラド。

 一部いまいち実力が分からない者もいるが、今回の高難易度のクエストには実力不足の感は否めない。


「……まあ、止められなかった以上、現地で会うことになれば可能な限り助け合えばいいよ。目の前で死なれるのも気分が悪いし」


 ソラはかすかに霧が発生している街を眺めながら言う。

 微妙にアイラが不満そうな表情をしているが、


「お姉ちゃんは他人のことまで気になっちゃう性格だからアイラもあきらめなよ」


「そこが、お嬢様の良いところでもあるのですが……。いずれにしろ、お嬢様たちに降りかかる災難は私が払うまでです」


 きりっと凛々しく表情を引き締めるアイラ。

 もともと真面目な性格に加えてメイド長たるアイリーンの薫陶を十分に受けているだけはある。

 アイラがエーデルベルグ家にやってきて間もないときに各種作法や心得などを一から指導したのはアイリーンなのだ。どうもこの二人は波長が合うらしい。

 三人が白く煙る街を進むと進路方向に馬車乗り場を示す木でできた立て看板がうっすらと見えてきた。

 誰の姿も見えない。どうやらソラたちが一番乗りのようだ。

 すると、遠くから突然動物の唸り声が聞こえてきた。


「――ガウッ! ガウウッ!! グルルアアッッ!!」


「――ひいい!? だ、誰が助けて~!!」


 何事かとソラたちが振り返ると、巨大な犬らしき生物とその生物に引きずられるようにして歩いている男の姿が視界に入ってきた。その姿格好から男は冒険者のようだ。

 男は死に物狂いの表情で生物の首に付けられた太いリードを掴んでいる。


「……あれは……犬……なのかな?」


 どこか自信がなさそうな口調のマリナ。

 その気持ちも分からないでもない。一見黒い犬のようにも見えるが尋常でない身体つきをしているのだ。頭の高さが男の胸ほどにまであり、体長も二メートルほどありそうだ。正直、怪物の一種と言われても納得できそうである。

 リードがつけられているということはもしかして散歩中なのだろうか。とてもそうは見えないが。

 巨大な生物が凶悪な面構えでのしのしと歩いてくるので、朝のランニング中らしきおじさんがぎょっとして道を譲っている。

 すると、男がなにやら恨み節を炸裂させていた。


「――何が『ワンちゃん』だよっ!! 騙されたぜ、ちくしょおおおおおおおおお!!」


「グルルルルルルッッ!!」


 そのまま引きずられながら霧の中に消えていく男。

 周囲にいた人間が呆然と見送っている。


「…………」


 ソラはとりあえずアイラが薦めてきた依頼を却下してよかったと心の底から思ったのだった。



 ※※※



 微妙な光景に出くわしてから数分後、神官姿のコレットが息を切らしながら馬車乗り場へとやってきた。


「はあはあ。皆さん、おはようございます~。な、なんとか間に合いました~」


 到着するなりぐでっとへたり込むコレット。

 よほど急いで来たようで、ぜえぜえと神官服に包んだ背中を大きく上下させている。

 どうも聞くところによると少々寝坊してしまったらしい。ある意味この少女らしい理由ではある。


「私、寝起きは良い方なんですけど、思った以上に寝すぎてしまって……。やはり、緊張しているのかもしれませんね」


 乱れた小麦色の髪を直しながら笑うコレット。


「その場合、寝られないのが普通だと思うんだが……」


 アイラがあきれたようにマリナと挨拶を交わしているコレットを眺める。

 この少女も案外太い神経をしているのかもしれない。

 ソラも挨拶をしながらコレットを見つめた。


「? どうかしました? ソラさん」


「いえ。何でもないです」


 不思議そうなコレットにソラは首を横に振った。

 それから四人で会話をしていると馬車がやってくるのが見えた。時間だ。


「ど、どうしましょう。ブライアンさんがまだ来てないんですけど」


「あの男、さっそく迷惑なヤツだ」


 慌てるコレットに憤慨するアイラ。

 正確に馬車乗り場の看板前に停止する二頭立ての馬車。

 御者台に座っているおじいさんが声をかけてきた。


「おう、待たせたな。さっさと乗りな」


「あの……それが、まだひとり来てなくて」


 ソラは言葉を濁しながら告げる。


「と、言われてもな。俺たちの仕事は時間厳守が鉄則だからよ。定刻どおりに発車するぜ。……それで、その待ち人ってのはおまえさんたちのような女の子なのか? ……なに、オッサン? じゃあ、ますます待つ義理はねえやな」


 がははと笑う御者のおじいさん。

 眉を吊り上げながらアイラが同調した。


「この御者の言うとおりです。あの中年がいなくても何の支障もありません。置いていきましょう」


「さ、さすがにそれは可哀想ですよ~」


 コレットがブライアンをかばう。

 どうするんだと選択を迫ってくるおじいさん。 

 ソラがまいったなあと悩んでいると、


「――おお!! 待ってくれ、その馬車!! 俺も乗るぞおっ!!」


 霧を掻き分けるようにしてブライアンが走ってきたのだった。

 到着するやいなや先ほどのコレットのようにへたり込むブライアン。


「あ、危ねえ! もう少しで遅刻するところだったぜ~」


「正確には遅刻してるけどね」


 肩をすくめるマリナ。

 すると、おじいさんがあきれたような視線をブライアンに送っていた。


「どこのオヤジかと思えばお前かよ、ブライアン。相変わらず締まりのねえヤツだ」


「そっちこそ、誰かと思えばじいさんかよ。いい加減引退しろよ」


「その減らず口も相変わらずだな。……まあいい、時間も押してることだし、皆とっとと乗りな」


 ソラたちはようやくやってきたブライアンを加えて馬車へと乗り込む。縦に長い座席が向かい合うように配置されている標準的な幌馬車だ。

 皆が席に着くと馬車がゆっくりと発進した。

 水晶つきの杖を膝の間に挟むようにして座ったコレットが隣のブライアンへ顔を向ける。


「御者のおじいさんとはお知り合いなんですか?」


「まあな。前にも言ったが長いこと冒険者をやってるから、職業柄ああいう連中とは顔見知りになるんだ。それなりの付き合いになるかな」


「――こいつが駆け出しの頃から面倒を見てやってるのさ。今でこそベテランとして名が売れてるが、若い頃は青い顔をして乗り込んでたもんだ」


 御者台から振り返りおじいさんがからからと笑った。


「ジジイ! 聞き耳立ててないで、仕事に集中しろよ!」


「そこらの若造じゃねえんだ。何十年この仕事をやってると思ってやがる。話しながらでも俺の綱捌きは微塵も乱れねえんだよ」


 若干慌てた様子のブライアンが文句を言うがおじいさんは平然と受け流していた。さすがに年季が違う。

 すると、ブライアンの対面に座っていたアイラがとげとげしい表情で口を開いた。


「……それで、遅れた理由は何なんだ。場末の酒場で遅くまで飲んだくれていたのか」


「ち、違うって! 俺だって仕事の前に酔っ払うほど落ちぶれちゃいねえよ!」


「じゃあ、どうして?」


「いや、それがちょっとな……」


 マリナの問いに口を濁すブライアン。

 そういえば、さっき合流したとき少し焦っていたようにソラには見えたのだが何かあったのだろうか。


「どうせ、女のところにでもしけこんでやがったんだろうよ」


 笑いながらまた口を挟んでくる御者のおじいさん。


「だから、口を閉じてろっての、このジジイ!!」


 凶悪な目つきになるアイラを見て焦るブライアン。

 アイラとマリナがそれぞれジトーッとブライアンを見つめる。


「貴様……そんな理由で遅れたというのか?」


「もし、本当なら最低だよね」


「ジジイのたわごとを鵜呑みにするなよ!」


 ブライアンは即座に言い返すが二人の疑惑の混じった視線は変わらない。

 ぐしゃぐしゃとダークブラウンの髪を掻き毟るブライアン。


「――だああっ! もう、それでいい!! そういうことにしとけ、こんちくしょうっ!!」


 結局、ヤケになったように馬車の中で叫ぶのだった。

 馬車の隅で拗ねはじめたオッサンを放置して、しばらくソラたちはおじいさんを加えて何気ない会話を続ける。

 時折揺れながらも馬車は街道を順調に進んだ。


「……それにしても、今日は朝霧が濃いな。こりゃあ、大雨になりそうだ」


 おじいさんがぽつりと言った。

 ソラは馬車の中から唯一外を確認できる御者台から前方を見てみる。どうやら先程よりも霧が濃くなっているようだった。


「大雨は困りますね。せめて、屋敷に着くまではもってもらいたんですけど……」


 コレットもおじいさん越しに外を眺める。

 すると、おじいさんは手綱を操作しつつも驚いたように振り返った。


「おまえさんたち、もしかして幽霊屋敷に行くつもりなのか? 何人も帰ってこなかった危険な場所だぞ」

 

 さすがに心配してくれたらしく眉をひそめるおじいさん。

 しかし、ソラたちの決意が固いことを見てとるとあきらめたように首を振った。

 

「やれやれ……。いくら冒険者とはいえ自分からあんなおっかないところに行くことはないだろうに。まあ、いざとなればブライアンを囮にして逃げてくればいいさ」


 アイラと同じようなことを言うおじいさん。

 ソラはおじいさんの薄くなった後頭部を見ながら訊く。


「例の屋敷は近隣じゃ有名なんですよね? 観光ツアーまで組まれていたくらいですし」


「ああ。五年前に狂った元領主様によって多くの人間が惨殺されたいわくつきの館。まさに絵に描いたような幽霊屋敷だからな。俺も何度か奇特な客たちを運んだもんさ。……それにしても、自分の家族まで皆殺しにするなんて何を考えてるんだろうな。今でもさっぱり分からんよ」


「領主やその家族をご存知なんですか?」


「以前は屋敷も馬車の行路に含まれてたからな。何度か顔を合わせたことがある。元領主のヴィクター様は人前に出てくることがほとんどなかったら簡単な挨拶をしたくらいだが、奥方のカレン様はとにかく優しい方で俺にも気さくに話しかけてくださったよ。それに、カレン様の美しさを受け継いだ二人の娘さんたちとも度々話す機会があったな」


「娘さんがいたんですか?」


 と、コレット。


「そうだ。二人ともいい子だったよ。姉のクララ様は奥様のように優しくて包容力のある方だったし、妹のコーデリア様はイタズラ好きだがともかく明るい方だった。しかし、二人とも父親に殺されちまったんだ。こんなむごいことがあるか」


 声音に無念さを滲ませるおじいさん。

 彼女たちを知らないソラでも怒りと同情を禁じえない。三人とも夫であり父である人間に訳も分からずに殺されたのだから。

 もしかして、屋敷のどこかをさまよっているのだろうか。無念のうちに死んだ彼女たちのアンデッドが。

 ソラが無言で外を眺めていると、おじいさんが何かを思い出したように口を開いた。


「……そういや、領主様といえば、この前街で幽霊が現れたという噂が出てたな」


「噂?」


「一月前くらいに街で元領主らしき人物を見かけたっていう人間がちらほら出たんだよ。なんでも黒いローブに身を包んでいたとか。だから、元領主の怨霊が生きている人間をひとりでも多く道連れにしようと屋敷を離れて街まで来たんじゃないかって一時騒然となったんだ。それらしい被害が出てるわけでもねえから多分勘違いだろうけどな」


 元領主の怨霊。噂になりやすそうなネタではある。

 ソラがちらっとブライアンを見ると、あちらも視線に気づいたようだった。


「別に隠してたわけじゃねえぜ。何の根拠もない噂だからよ。話す必要もないと思ったんだ」


 肩をすくめるブライアン。

 そこで一度会話が途切れる。噂とはいってもやはり不気味な予感を感じざるを得ない。

 そのとき、ソラはふとひとりの少女の姿が目に入った。


(……コレット?)


 コレットは膝に置いた手をぎゅっと握りしめてうつむいていた。かすかに肩が震えている気がする。

 しばらくコレットを見つめていると、場の雰囲気を変えるようにブライアンがことさら明るい口調で喋りだした。


「今はそんなことを気にしても仕方ねえよ。もっと違う話をしようぜ」


「そうだね。じゃあ、ブライアンさんが結婚してるのか訊いてみたいかも」


 プラチナ製の大剣を身体の前で抱えているマリナが好奇心の混じった瞳をブライアンに向ける。


「けっこう遠慮なく踏み込んでくるのな、マリナ嬢ちゃん……」


 ブライアンはあきれようにマリナを見るが、隣に座るコレットも「差し支えなければ、是非!」と訊きたそうにしているので観念したようだった。

 オッサンは渋々といった感じで口を開く。

 

「……あ~。前までは女房がいたんだけどよ。冒険者にはよくある話だが、ちょっとすれ違いっていうのか、そんなのが続いてなあ。結局別れることになったんだ。まあ、お嬢ちゃんたちのようなお子様にはまだ理解できない大人の事情ってやつさ」


 フッと渋い笑みを見せる。

 どうやらブライアンはバツイチのようだった。


「すれ違いとか言ってるけど、実はそのだらしない性格が原因だったりして。ギャンブル好きだって受付のお姉さんも言ってたし」


 マリナがイタズラっぽく指摘するとブライアンは「うっ」と痛いところをつかれたような表情をした。


「なるほど~。それは十分ありえそうですね。ギャンブルで多額の借金を作ってしまったとか」


「……それで、挙句の果てに妻子を売り払ったというわけか。まったく、見下げ果てた男だなお前は」


「――うおおい!? 勝手に想像の翼を広げてんじゃねえよ!? どれだけ最低な男なんだ、俺は!! というか、アイラ嬢ちゃんは俺に厳しくねえか!?」


 続けて発言したコレットとアイラのセリフに目を剝くブライアン。

 アイラは「冗談だ」と明後日の方を向くがその目はわりと本気である。

 出会いのシーンがアレだっただけにアイラのブライアンに対する印象値は初めからマイナスのようだった。

 ソラもついでとばかりに質問してみる。


「ブライアンさんはこのクエストを達成したとして多額の報酬を得たらどうするんですか? ブライアンさんほどの冒険者ならこれまでけっこう稼いでそうですけど」


 そう何気なく訊いてみると、なにやらブライアンは沈痛な表情になった。


「……実はこれまでにいろいろと散財しちまってな。あまり手持ちがないんだ、これが。そんで俺ももう今年で四十だし、老後のことを真剣に考えはじめてさ。だから、今回のクエストに挑戦してみようかと思ったんだ。……というか、嬢ちゃんたち、本当に遠慮なく訊いてくるのな……」


 なにやら落ち込むブライアン。

 軽い気持ちで訊いみたら想像していたよりも身につまされる理由が出てきたのでソラも微妙にテンションが下がった。 

 コレットも「大変なんですね……」と目の端をそっと拭っている。

 また馬車内が微妙な空気になっているとおじいさんが声をかけてきた。


「なにしんみりとしてやがるんだ。もう目的地へ着くぜ」


 一同が視線を前方に向けると走る馬の向こうに密集した木々が見えた。

 しばらくして馬車が停車する。


「やっと着いたね~」

 

 マリナが身体を伸ばしながらさっそく馬車を降りていき、ソラたちもそれに続く。

 外に出たソラが辺りを見回すとそこには濃い霧に包まれた森があった。

 視界に収まりきらないくらい左右に広がっている森は思ったよりも広くて深そうだ。


「あれ? 屋敷って森の中だよね。そこまで連れてってくれないの?」


「馬鹿言え。あんな危険な屋敷の手前まで行けるかよ。あの事件があってからは当然行路からは外されたし、森には怪物だっているんだぜ。観光ツアーのときだって十分な護衛を連れていたんだ。自前の馬車でも持ってない限りは皆そこまで歩いて行くんだ」


 マリナの問いにとんでもないとばかりに答えるおじいさん。

 馬車が停まっているのは森にぽっかりと開いた道の入り口だ。この道が屋敷へと続いているのだろう。

 出発する折になっておじいさんがソラたちひとりひとりの顔を見てきた。


「嬢ちゃんたち、無理はしちゃいかんぞ。死んだらつまらんからな。――おい、ブライアン。何でお前が混じってるのかよく分からんが、身を挺してでも彼女たちを守るんだぞ」

 

「俺はどうなってもいいのかよ」


「くたびれたオッサンがどうなろうがかまわんが、彼女たちのような若い娘がゾンビの仲間入りなんてことになれば大きな損失ってもんだ。それに、お前の一番の売りはしぶといところだろうが」


 そう笑いながら言って、おじいさんは馬車を発進させたのだった。

 森から離れるように街道を進んでいく馬車。これから約半日かけて終点の街まで行くのだ。

 やがて馬車の姿が視界から消えると、一同は森へと向き直った。

 いっそう深い霧に覆われている森はすでに不気味な雰囲気を醸し出している。

 それこそ幽霊が出てきてもおかしくないほどだ。

 何か用でもない限りは近づこうと思う人間はいないだろう。

 一度来たことのあるコレットもびくびくと森を眺めている。


「それじゃあ、行こうぜ。道なりに歩けば三十分くらいで着くはずだ」


 ブライアンの言葉に一同は頷き、森の中へと足を踏み出すのだった。

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