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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
一章 魔法使いと温泉の町
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第2話

 魔導。

 それは読んで字のごとく魔を導く能力のことである。

 もう少し詳しく言えば魔力を操る技術だ。


 魔力とは人間だけでなくありとあらゆる生物や植物、微量ではあるが道端に落ちている石ころにも宿っている。まさにこの世界を構成する森羅万象を形作っている大事なエネルギーであり、生命力と言い換えることもできるだろう。


 よって魔力が完全に枯渇すれば生物は死んでしまうが、生存本能として無意識的にリミッターがかかっているので、仮に本人が魔力を使い果たしたと思っても本当に死んでしまうことはまずないのだが。


 話を戻して魔導についてであるが、そもそものはじまりは三千年も昔にさかのぼり、とある少数民族が開発したものだと言われている。

 

 彼らは元々魔力を感知するのに秀でている民族ではあったが、それは世界と同調する術を知っていたということであり、同時にその不思議なエネルギーが自分たちを含めた世界を循環していることに気づいたのである。


 時空の概念さえない世界を巡る巨大なうねり。

 これを彼らは『大いなる流れ』と呼び、ある意味当然の結果として彼らは魔力を利用することを思い立ったのである。


 すでに、個人差はあれ訓練の果てに世界と同調した際、放出した魔力を視認し操ることができると知っていた彼らは――どういう経緯なのかは解明されていないが――その魔力を使って紋様を描くことで自然の力を具現化する術を見出したのだ。

 これはのちの人類の歴史に多大な影響を与える出来事だったのである。


 彼らが発見した紋様は現在では魔導紋と呼ばれ、神秘の力をあらわす世界法則の設計書であり、それを駆使することで、四大元素である<火>、<風>、<土>、<水>をはじめとする力を利用することができるのだ。


 なので、魔導とは――世界というシステムに同調アクセスし、魔力を用いて魔導紋というプログラムを入力して、己の意思とイメージによって出力する――ともいえる。


 魔導という力を手に入れた彼らは、当初は生活の手段として、あるいは自分たちの身を守るために使用していたが、やがてその中から野心を持った者が出現するのは当然の流れだったのだろう。

 圧倒的な火力を誇る魔導を武器として利用し、次々と他民族を制圧、支配していったのである。

 

 そして、いつしか小さな一部族だった彼らは巨大な国家を形成することとなり、全世界を統一するまでに至ったのだ。これがのちの古代魔法帝国である。


 この超大国は長い時間をかけて少しずつ魔導を開発、発展させ、支配をより強固なものにしていき、栄華を極めた彼らの統治は一千年以上も続いたと言われている。


 その後、魔法帝国は滅びることになり、魔導士にとって長い受難の時代が続くことになるが、かつて世界を牛耳った力が消え去ることはなく、現在でも連綿と受け継がれている。


 魔導と魔導技術は人々の生活に欠かせないものになっており、一時は低下していた魔導士の地位も大きく向上し、場合によっては国家の命運をも左右するほどになっているのだった。



 ※※※



「――おぶうっ!?」


 奇妙な悲鳴を上げながら倒れていく髭の親分を眺めつつ、ソラはさてこれからどうしようかと周りを見渡していた。


 周囲には雷撃によって全身がすすけた状態の野盗たちがあちこちに倒れているがこのまま放っておくわけにもいくまい。しばらくすれば意識を取り戻すはずである。


 それに、こういう輩は可能な限り退治して、国家の治安組織に引き渡すのが冒険者の義務でもあるのだ。


「でも、こいつらを縛れるものなんか持っていないし……。どうしようか、アイラ」


 ソラが尋ねると、赤い髪の少女はしばし考え込み、


「……そうですね。温泉町までは歩いて二十分ほどの距離です。私が今から走って警備隊まで伝えにいってもよいのですが、お嬢様たちの側を離れるわけにはいきませんし、かといってお嬢様方にそんなことはさせられません。……ですから、いっそのことこの男たちの手足の腱を切断して動けなくしておいてから三人で町を目指すというのはどうでしょう? それから警備隊をここへ来させればいいわけですし」


 わりと本気の目で提案してくるアイラ。


 いくらなんでも野盗たちがむごすぎるとソラが若干引いていると、髭の親分を打ち倒してすっきりしたらしいマリナが戻ってきた。


「私がひとっ走りしてきてもいいよ。もうすぐ森を抜けるし、それからは見晴らしのいい平地が続くだけだから危険はないよ。私が戻ってくるまでに目覚める人が出てきても、その度にお姉ちゃんが電撃を流して気絶させればいいわけだし」


 と、こちらも恐ろしいことを平然と言っているので、ソラは息を吐きつつ自分が呼んでこようと思うのだった。


(よく考えれば悩む必要なんかなかったし)


 このメンバーの中では自分が魔導を用いて一番早く移動することができる。おそらく一分とかからないだろうし、マリナとアイラに野盗たちを見張ってもらえればよい。

 

 ソラがその旨を二人に伝えようとすると、


「……ん?」


 これから向かう先、町のある方向から誰かが道なりに走ってくる気配を感じ取ったのだ。


「誰か来るっぽいね」


 マリナも気づき、アイラが警戒したように前へと出た。


「ソラお嬢様、何人か分かりますか?」


「まず、ひとりがこちらに走ってきてる。その後ろから少し遅れて二十人以上が続いてるみたい」


 野盗以上の数だが、足運びや統率された動きからして一般人ではなさそうだった。明らかに戦闘訓練を受けた者たちだと窺い知れる。

 

「もしかして、この人たちの仲間が応援に来たとか?」


「分からないけど……これ以上面倒が増えるのは勘弁してほしいよ」


 地面に倒れ伏しピクピクと痙攣している髭の親分を指差す妹にソラは若干顔をしかめる。


 三人が突っ立ったまま街道の先に注目していると、誰かが猛烈な勢いで走ってくるのが見えた。ひとりだけ突出していた人物だろう。まだ若い男性のようだ。

 

 その青年はぜえぜえと荒い息を吐きながらソラたちのもとまで駆け寄ってくると周りを見渡して茫然とした。


「こ、これは一体……?」


 青年はしばらく放心していたが、次にソラたちの方を向いて話しかけてきた。


「あ、あの、お怪我はないですか? 自分はホスリング警備隊第五分隊に所属しているラルフ・マイヤーズという者です」


 礼儀正しく自己紹介する真面目そうな青年。警備隊の制服の上にエレミアの紋章が入った鎧を着込んでいる。おそらくアイラとそう変わらない年齢だろう。


 ソラがさりげなく観察しているとラルフは困ったように口を開いた。


「……えっと。この盗賊たちはどうしたんですか? まさかあなたたちが倒したなんていうことは……」


「ん? そうだよ?」


 マリナがあっけらかんと言うとラルフは信じられないという表情をした。


「え、ええっ!? いや、でも……ええっ!?」


 混乱しながらこちらと倒れた盗賊たちを見比べているラルフを見て、まあそうなるだろうなあと思いつつソラは一歩前に出た。


「私たちはこれでも冒険者なんです。それに魔導を少し扱えますから」


「な、なるほど、そうだったんですか。それなら焦げているのも納得です」 


「それでラルフさんはどうしてここに? 町から離れているので騒動を聞きつけて来たというわけでもなさそうですけど」


「ああ、それは先程町に到着した方から盗賊たちの姿を見かけたと通報がありまして。それと森の中の街道を三人組の旅行者が通行していることも教えてもらったので急いで駆けつけたんです」


 そのラルフの説明にソラは合点がいく。

 森の手前の分岐点で一台の馬車とすれ違ったのだが、彼らが心配して警備隊に知らせてくれたのだろう。


「そういうことだったんですね。それはご苦労様です。それで、この人たちをどうしようかと悩んでいたんですけど、このままお任せしてもいいですか?」


「は、はい! もちろんです! もう少ししたら本隊も到着しますので!」


 なにやらしゃちほこばって答えるラルフ。 

 盗賊たちを一掃するほどの魔導を駆使することからソラたちが上流階級に通じる人間だと勘付いたのかもしれない。

 魔導はこの世界における最強の武力であり人々の生活に欠かせない技術なので、魔導士が権力や富を得るのは当然だし、エレミアはその傾向が特に強い国でもあるのだから。

 ソラが手持ち無沙汰そうなラルフと向かい合っているとようやく後続が姿を現した。


 到着した二十数名の警備隊員たちはやはり初めは唖然としていたもののラルフの説明を受けて一応納得したようだったがすぐに彼を叱りつけた。どうもひとり先走る形で駆けつけたらしい。


(斥候にしてはおかしいと思ってたけど)


 それならば叱られて当然だとソラが呆れていると、


「――おいおい。お前ら何あっさりと納得してんだよ。こいつらが冒険者だって証拠はあるのかよ?」


 突然、ひとりの警備隊員が前に出ながら大きな声で難癖をつけてきたのだ。

 制服を着崩したやたらと目つきの鋭い二十前後の男で、いかにも不良じみた雰囲気を発している。


「……彼女たちが嘘をついていると? そうは思えませんけど」


 ラルフが控えめに反論すると、ジャックと呼ばれた警備隊員は鼻で笑った。


「あのなあ、新人。馬鹿正直にそいつらの自己申告を信じ込んでどうすんだよ。それでよく警備隊員が務まるな」


 その言い草にラルフは少しムッとしたようだったが何も言わずに押し黙る。


「だいたい女子供三人で武装した盗賊たちを倒したって言われても信じられるかよ。案外、色香だかで誑かしておいて、その隙にヤバイ薬でも使って気絶させたんじゃねえか? なあ?」


 からかうような笑みを浮かべながら同僚たちに呼びかけるジャックを見てソラは確信する。この男はあからさまに言いがかりをつけてきていると。

 この状況をしっかりと観察すればそんなことはありえないと子供でも分かることだ。

 何が目的なのかは知らないが、どうせロクでもないことだろう。


 さすがに他の警備隊員たちはその言葉に同調することなく戸惑ったように顔を見合わせており、見かねたらしいひとりがジャックに注意しようとするものの鋭い目つきで睨み付けられて結局すごすごと引き下がった。


 ソラはその様子を見てなんとなく彼らの力関係を察する。

 このジャックという男は警備隊員とは思えないほど態度が悪いがそれなりの腕を持っていそうだ。少なくともこの中では一番の使い手だろう。

 普段から我がままし放題なのが容易に想像できるし、どこの世界でも声と態度の大きいヤツが自己の主張を通すものなのだ。


「それに、これっぽっちで盗賊たちを倒したなら、それはそれで危険人物だろうが。そんな連中をおいそれと町に入れるわけにはいかねえだろう。何か間違ったことを言ってるか? ああっ!?」


 怒鳴り散らして同僚たちを沈黙させたジャックは再度鼻を鳴らし、


「お前らは盗賊たちを捕縛してろよ。俺はこいつらをじっくりと調べるからよ」


 と、ニヤニヤした顔をソラたちに向けたのだった。


(――こいつ)


 その下心満載のセリフにソラはフードの影からジャックを睨み付け、マリナも「最低なヤツ!」と憤慨し、アイラも堪忍袋の緒が切れそうだとばかりに腰元の双剣に手を伸ばしかけた。


 だが、せっかくここまで来ておいて地元の人間と諍いを起こしたくはない。

 ソラは一度気持ちを落ち着かせてからマリナたちを宥めジャックの方を向いた。


「……要は身元をはっきりとさせればいいわけですよね。それなら国が発行する身分証明書をお見せします。それでも足りないのであれば冒険者パスポートも併せて提示しますよ。それなら文句はないですよね」


 毅然とした口調でソラは言う。

 とある理由から冒険者パスポートなどはあまり見せたくはなかったのだが仕方がないと腹を括る。

 どちらにしろ町に入る時には身分証明書の提示が必須だが、ソラたちが使用するのは上流階級の人間などが使う特別製なのだった。要は国が身分を保証するが詮索はするなという国内でしか使えないがお忍びに最適なアイテムで本来はこちらを使うはずだったのだ。

 

 ジャックはソラの凛とした態度に少々鼻白ろんだようだったが、すぐにこちらを威圧するように見下ろしてきた。


「……それで納得するとでも思ってるのか? そういう証明書は偽造が可能なんだよ。お前みたいなガキは知らないかもしれないけどな」


 どうやらとことん言いがかりをつけるつもりだとソラはうんざりする。

 偽造は可能かもしれないが、そう簡単にできるほど甘くもないだろう。


「それにだ。お前みたいにフードをかぶって顔を隠してるヤツ、怪しいにも程があるだろ」


「む……」


 ジャックの言い分にも一理あると認めざるを得ないソラ。

 

(……はあ。仕方ない)


 ソラが渋々フードを脱ぐと辺りに大きなざわめきが満ちた。


 ふわりと流れ出る極上の絹のごとき長い白髪。晴天の青空のように透き通った蒼い瞳。そして天女もかくやという完璧に整った容姿。まさにそうそうお目にかかれないほどの神秘的な美少女だったからだ。


 警備隊の男たちはそれこそ魂が抜かれたように放心してソラを見つめていた。呼吸するのも忘れているのではと思うほどである。


(……だから嫌だったんだよ)


 ソラは内心で溜息を吐く。

 別に自意識過剰なわけではなく己の外見がやたらと人目を引くことくらい理解しているのだ。なにせ素顔を晒して街を歩いていれば老若男女に関わらず驚いた顔で凝視してくるのである。今ではもう諦めの境地とともに慣れてしまったが。 


(別に慣れたくはなかったけどね)


 ソラは心の中でフフッと自虐的に笑いつつ腰のポーチの中から証明書と冒険者パスポートを取り出してみせた。


「警備の人間が碌に確認もしないで人を不審者扱いするのはどうかと思いますよ」


 ジャックは気圧されていたようにソラを見ていたが、何か言い返そうとするように口を開きかけた。


 と、そこに――


「――そこまでする必要はないさ、ソラ」


 決して大きくはないがよく響く女性の声が割って入ってきたのだ。


「……え?」


 その聞き覚えのある声にソラが軽く驚いて背後を振り返ると、いつのまにか新たに一組の男女がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。

 先頭を歩いているのは力強い笑みを浮かべた五十過ぎほどの女性で父トーマスに似た明るいブラウンの髪を後ろで縛っており年齢の割にはしっかりとした足取りで近づいてくる。その背後には警備隊員の制服を着た眼鏡の中年男性。


「クロエお祖母ちゃん!!」


 マリナが顔をパッと明るくして女性に勢いよく抱きつく。

 

 そう。彼女はホスリング町に住んでいるソラたち姉妹にとって父方の祖母に当たる女性なのだ。顔の造りなどがトーマスに似ているのはそのためである。


「相変わらず元気だね、マリナ。またイタズラばかりしてソラたちを困らせてるんじゃないのかい?」


「ひどいよ、お祖母ちゃん! 最近はそこまでおいた(・・・)はしてないよ。私だって成長してるんだから」


 マリナを抱きしめたクロエが金髪をくしゃくしゃと優しくかき回すと、妹は拗ねたように頬を膨らませた。


「ははは。まあ、あんたはこれくらいで丁度いいけどね」


 クロエは微笑むとソラの方を向いた。


「ソラも久しぶりだね。そっちも元気そうでなによりだ。それに一段と綺麗なったねえ」


「ご無沙汰しています、お祖母さま」 


 ソラも祖母のもとに歩み寄って会釈した。

 最後の褒め言葉は素直に喜べないのだが。


「クロエお祖母さまこそ元気そうで安心しましたよ。身体の方は大丈夫なんですか?」


「心配かけたね。なに、ちょっと足を捻っただけさ。もうほとんど治ったよ」


 問題ないとばかりに笑ってみせるクロエを見てソラはホッとした。

 今回のホスリング町訪問の目的のひとつが祖母の容態を確かめることなのである。

 数日前、クロエが町の近くにある山で山菜を採集していた最中にケガをしたらしいことを送られてきた手紙で知って心配していたのだ。


「それで、そっちが護衛のアイラさんだね。いつも孫たちが世話になってるね。お礼を言わせておくれ」


 クロエがソラの背後に控えていたアイラに話しかけると、赤い髪の少女は一歩前に出て綺麗な一礼をした。


「お初にお目にかかります、クロエ様。私の事はアイラと呼び捨てにしてくださって結構です。――それに、お礼を言われることではありません。自分が望んでさせてもらっている仕事ですし、誇りにも思っていますから」


 その言葉を聞いてクロエは人好きのする笑みを浮かべた。


「あはは、そうかい。あたしもあんたのような人が護衛で安心したよ。これからも孫をよろしく頼むよ」


「はい。お任せください」


 アイラも笑顔を浮かべてそう言ったのだった。


 ソラたちが一通りの挨拶を済ませると、クロエは同行していた前髪が寂しい中年男性の方を向いた。


「クレッグ隊長。この子たちはあたしの孫とその護衛の人間だ。何も問題はないだろう?」


「も、もちろんです! こちらこそご迷惑をおかけしたようで!」


 汗を拭きながら慌てて頷くクレッグと呼ばれた中年男性を眺めつつソラはこのうだつのあがらないオッサンが隊長だったとはと軽く驚いていた。

 はっきり言って事務で計算機を叩いている方がよっぽど似合っている。


 ソラが失礼な感想を抱いていると、クレッグはふてくされたように突っ立っていたジャックに詰め寄った。


「ジャック君! 君もちゃんとお嬢様方に謝らないか!」


「……ちっ」


 クレッグが注意するもジャックは舌打ちして明後日の方向を向くのみであった。見た目通りのとんでもない不良である。


 何でこんなのが警備隊員をしているのかとソラは呆れ、ますます恐縮するクレッグが更に口を開こうとしたが、


「――ああっ!?」


 ソラたちの背後から上がったラルフの突拍子もない大声に掻き消されたのだった。


 ソラが振り返るとラルフはなにやら驚愕の表情で固まっており、何だ何だと野盗たちを縄で縛り付ける作業に取りかかり始めていた警備隊員たちもびっくりしていた。


「ク、クロエさんの孫でソラとマリナって! どこかで聞いたことがあると思ったら……!!」


 そのセリフにソラが思わずギクッとしていると、ラルフの言わんとしていることに気づいた警備隊員たちがざわめき始めた。


「え……? それってあの有名なエーデルベルグ家の美人姉妹か?」


「マジかよ!? 二年前のテロ事件を解決したっていう」


「そういえばクロエさんの息子が婿入りしてたんだっけか。すっかり忘れてた」


「うおおっ!! 俺めっちゃファンなんだけど!! 何ですぐに気づかなかったんだ!!」


「俺なんかエルシオンで購入した似姿を部屋に飾ってあるぞ!!」


 がやがやと盛り上がる男たちをソラは結局こうなるのかと諦観の面持ちで眺めていた。何か最後に聞き逃せないことを言っていた人間もいた気がするが。

 つまるところソラたち姉妹は色々あって名が知られているので便利な身分証を用意してきたのである。


「あきらめな、ソラ。こっそり町に入ってもあんたたち姉妹はどうしたって目立つんだから。ばれるのは時間の問題さね。滞在中ずっとコソコソして過ごすつもりなのかい?」


「……そうですよね」


 ポンポンと慰めるように頭を叩くクロエにソラはがっくりと頷いた。

 

 マリナはもとより気にするタイプではなく、今も平気な顔で――というより楽しそうに彼らを見ており、アイラは『貴様らに凝視されたらお嬢様たちが汚れるっ!!』と言わんばかりにソラたちの目の前に立ちはだかって威嚇している。


「――まあ、それはともかく。こんな所でいつまでも立ち話するのもなんだしね。家に行こうじゃないか。昼食も用意してあるよ」


「ホント!? いい加減お腹が減ってたんだよね!」


 クロエの言葉にマリナのテンションが急上昇し、さっそくローブの裾を跳ねるようにして歩き出した。相変わらず食いしん坊な妹である。


「それじゃあ、あたしたちはもう行くよ、クレッグ隊長。――それから、あんたたちもいい加減馬鹿みたいに騒いでないで仕事をしなっ!!」


 クロエの一喝に隊長を含む警備隊員たちが『イ、イエス、マム!!』と背筋をビシッと伸ばして最敬礼したかと思うと慌てて作業へと戻っていき、その鬼軍曹に叱られた新兵のごとき光景にソラは目を丸くする。


「そういえば、お祖母さまって警備隊の訓練教官を務めてたんでしたっけ?」


「臨時にだけどね。警備隊員はほとんど町から離れることがないから、元冒険者であるあたしが怪物の知識や対処法やなどをたまに教授してるのさ」


 クロエはクモの子を散らすように去っていった警備隊員たちをやれやれとばかりに見送ると、ソラとアイラを促すように歩き出した。


「いい加減家の人間も待ちくたびれてるだろうしね。マリナも我慢の限界みたいだよ」


 ソラたちが前方を見るとマリナが街道の遥か先で焦れたように手を振りながら呼んでおり三人は顔を見合わせて笑い合う。


 ソラも妹を追って足を踏み出したが、ふと後ろから刺すような視線を感じて振り向いた。


 すると、そこには感情の全くこもらない無機質な瞳でこちらを見ているジャックの姿があったのだった――

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