第3話
掲示板の前で長々と立ち話をするのはほかの利用者に迷惑なので、ソラたちは冒険者協会の建物に併設されている飲食店へと来ていた。ちなみに逆隣りには冒険者向けの装備を扱っている店がある。
この飲食店は協会が経営していて、冒険者たちの憩いの場に情報交換やチームを組むメンバー探しなどにも活用されているのだった。
ソラたちはいくつかあるテーブルのひとつに座り、目の前にはそれぞれ注文した飲み物が置かれていた。これらはブライアンのおごりである。
周囲を見渡すとそれなりの数の冒険者たちが歓談していたり何らかの作業をしている。典型的な戦士風の男に巨大な斧を背負った者や弓の手入れをしている女性、それにソラと同じようなローブを着込んだ魔導士風の人間も少数だが見受けられた。
ブライアンはコーヒーで口を湿らせてからソラたちの顔を見る。
「……それじゃあ、そろそろ話をさせてもらおうか?」
「その前にひとつだけ。私たちについてどうやって知ったんですか?」
ソラの問いに、なんだそんなことかとブライアンは頷いた。
「言っただろ? 伊達に長い間冒険者をしてないってな。あちこちに情報源を持ってんだよ。この業界において情報がどれだけ重要かは言うまでもないことだわな。まあ、とにかく嬢ちゃんたちを見た瞬間にピンときたのさ。二年前のテロ事件とこの前の妖魔騒動を解決したのが同一人物だって分かるくらいの情報は持ってたし、それが少女の三人組だってことも。そんなチ-ムなんぞ滅多にないからな」
あとは直に名前を聞いて確信に至ったのだとブライアンは告げた。
ソラも頼んだ紅茶をひと口飲んでから目の前に座るブライアンを見る。
「……なるほど。では、例の依頼の詳細について訊かせてもらえますか?」
「ああ。まずは屋敷が廃墟になるまでの経緯を話そうか」
ブライアンはゆっくりと語り出した。
「その屋敷ってのは、もとはネイブル王国の貴族――名前をヴィクター・フランドル侯爵っていうんだが、そいつの別宅として使われていたものなんだ。それが五年前にある事件が起きて誰も住めなくなっちまってな」
「ある事件?」
アップルティーを飲みながらマリナ。
「そうだ。その侯爵ってのは王室の縁戚にあたるほどの御仁なんだが、その侯爵様がある日ご乱心なされてな。屋敷にいた家族や使用人たちを次々に惨殺していったのさ」
「うわ……。なんなの、それ」
思わず顔をしかめるソラたち。
「その侯爵は前々から奇行を繰り返していたらしくて、何か怪しげな実験なんかも行っていたらしいぜ。とはいえ、国内でも屈指の大貴族には違いないから表立っては誰も文句は言わなかったんだとよ」
「……大勢を惨殺したと言うが、その侯爵は腕に覚えのある人物なのか?」
アイラが質問する。
「いや、戦闘はからっきしだったって話だ。ただ、その侯爵は第一級の魔導士でもあったらしくてな、攻撃的な魔導を駆使して殺して回ったんだそうだ。今言った実験ってのも魔導絡みらしい。いずれにしろ、かなり優秀な人物には違いなかったらしいぜ。まあ、天才と馬鹿はなんとやらなんだろうな」
肩をすくめるブライアン。
魔導士の中には地下に潜って怪しい実験を繰り返す輩がけっこう存在するのだ。
「助かった人はいるんですか?」
「逃げ延びることができたのはほんの数人らしい。でも、大半の人間は殺されちまったみたいだな。……命からがら逃げ出した使用人の話によると屋敷はかなり酷いことになっていて、辺り一面に人間の血や身体の一部が飛び散っていたらしい。想像するだけで寒気がするぜ」
身体を温めるようにコーヒーを一口含むブライアン。
ソラも当時の光景を思い浮かべてみる。確かに怖気が走る気分だ。
「……それで、その侯爵はどうなったんですか?」
「死んだって話だ。これも逃げ出した使用人の話なんだが、狂った侯爵に対して幾人かが必死に反撃したんだとよ。片腕を切り落とされたあげくに身体中に武器が刺さってて最後は相打ちのような感じだったらしい。まあ、連中だって黙って殺されるわけにもいかんから当然だけどな」
それはそうだろうとソラも思う。
いくら自分の主とはいえ、訳も分からずに殺されたくはないだろう。
紅茶を静かに飲みながら考え込んでいると、ブライアンの瞳がやや鋭くなった。
「そんでまあ、ここからが厄介な話で、事件が起こった翌日に国がさっそく調査隊を送ったんだが、屋敷の中は大量のアンデットどもが徘徊している危険地帯になってたんだよ」
「そのアンデッドたちは……」
「ああ。言うまでもなく殺された連中の成れの果てなわけなんだが相当な数だったらしくてな。しかも、上級のアンデッドまで確認されてて、調査隊も全滅する一歩手前まで追い詰められたらしい。国の専門家の話だと、例の屋敷がある場所は気脈が流れているところらしく、それがアンデッドの大量発生の原因なんだとよ」
その話にソラは得心がいく。気脈が流れている付近はアンデッドが発生しやすい場所なのだ。
加えて、上級アンデッドまでうろついているとなるとあの難易度にも納得である。下手な魔獣よりも厄介な連中なのだ。
それにしても、いくら手前までとはいえ、そんな危険な場所に観光で訪れるとは呆れる話だ。怖いもの見たさというやつなのだろうか。
「確かに面倒な場所みたいだけど、五年も前から放置されてるんでしょ? それは何でなの?」
マリナが腑に落ちないという表情で訊く。
「厄介なのはアンデッドだけじゃないのさ。もともとその屋敷はイカレちまった侯爵自らが設計したものなんだが……敷地も含めればとにかく広大で複雑な造りになっててな。それこそダンジョンのような屋敷なんだよ」
聞けば聞くほど行く気の失せる屋敷である。その中からお宝を探し出すのはかなり大変そうだ。
カップの底を覗き込みながらブライアンは付け加える。
「それに、屋敷はここから南に下ったところにある誰も近寄らないような森の奥に建ってるから、特に害も無いってことで国も無理をせずに放置してるってわけだ」
「……それで、結局、冒険者協会に丸投げしている状態というわけか?」
アイスティーを飲み終わったらしいアイラが訊く。
ブライアンは腕組みをしながら頷いた。
「これまで何十組ものチ-ムが挑戦したが、依頼達成どころかほとんどが帰還することさえできなかった。だが、その侯爵様は国内でも有数の資産家だったからな。報酬になってる財産の半分ってのは相当魅力的なのさ」
大貴族の財産ともなれば相当なものだろう。チームの仲間たちで分け合ったとしても一生遊んで暮らせるほどのカネになるに違いない。
リスクを冒してでも挑戦しようという冒険者が絶えないのも当然だろう。
もともと冒険者には大きな山を一発当ててやろうと意気込む者たちがたくさんいるのだから。
ソラがカップの中を漂っている琥珀色を眺めていると、ブライアンが皮肉まじりの笑みを浮かべた。
「……そんで、例の屋敷は凄惨な事件が起こったことに加えて、アンデッドがうじゃうじゃとさまよっていて、更には行った者が帰ってこないから、近隣の住民から『幽霊屋敷』なんて呼ばれるようになったのさ。まあ、ありきたりだけどな」
「…………」
ソラたちは思わず押し黙る。
すると、ブライアンが雰囲気を変えるように店員を呼んでコーヒーを再度注文した。
近づいてきた店員にマリナもアップルティーのおかわりを頼みながらブライアンを見る。
「ほかの冒険者が知らないような情報ってのは?」
「とある筋から仕入れた情報で、俺が嬢ちゃんたちに近づいた理由でもあるんだが……。この依頼は今月いっぱいまでで国が取り消すらしいんだ」
「なんでまた急に?」
「理由は主に二つだ。ひとつは探索に向かった冒険者たちが屋敷で死ぬことでアンデッドのお仲間になっちまってるんだが、国もアンデッドを量産するために冒険者を送っているようなものだとようやく気づいたわけだ。そんでもうひとつが、もう二ヵ月くらい前の話なんだが、ある馬鹿な貴族の若造が遊び半分で屋敷に行っちまってアンデッドに殺されちまうって事件が起こったんだ。それで、国も重い腰を上げて本格的な制圧に乗り出すことにしたのさ」
その事件ならソラも土産物のおばちゃんから聞いている。
しかし、今月いっぱいといえば猶予はもう一週間ほどしかない。
ブライアンは運ばれてきた二杯目のコーヒーをぐびぐびと飲んでテーブルに置くとソラたちを見回した。
「――それでだ。俺も依頼が取り消される前に一度くらい挑戦しとこうと思ってな。本来は付き合いの長い気心の知れた連中を誘う予定だったんだが、あいにくと皆国外に出てて間に合いそうもないんだ。だから嬢ちゃんたちに白羽の矢を立てたってわけだ」
一通り喋り終わったらしいブライアンはふうと息を吐いた。
ソラはしばらく考え込んでいたが、ふとブライアンに尋ねた。
「でも、どうして私たちなんですか? いくら私たちの素性を知っているといっても、普通こんな新人チームを頼ったりはしないですよね?」
ソラのセリフに例のにやりとした笑みを浮かべるブライアン。
「謙遜することはないぜ、嬢ちゃん。確かにこれまでの活躍は幸運が重なっただけかもしれないと実際に会うまでは思ってたけどな。だが、こうやって直に向かい合ってみれば分かるさ。……今、ここにいる冒険者たちを全部合わせたよりも――」
周囲に座っている冒険者たちをぐるりと見回してみせてから、
「――嬢ちゃんたち三人の方が遥かに強い」
疑う余地もないという風にブライアンは断言したのだった。
「……要は、私たちと一時的にチームを組みたいって話ですよね?」
「まあ、そういうことだな。これでも腕には多少の自信があるし、少なくとも足手まといにはならないつもりだ。どうだ? 俺と組んで例の依頼を受けてみないか? 報酬の取り分は四等分ってことで」
身を乗り出して熱心に誘ってくるブライアン。
ソラたちは顔を合わせて相談する。
「……どう思う?」
「……面白そうだと思うけどなあ。『幽霊屋敷』とか聞いただけでわくわくするよね」
「私は反対です。ただのアンデッド退治ならともかく、厄介そうな予感がひしひしとします。……そもそも、この男を連れて行く必要はないかと」
最後にアイラがちらりとブライアンを見据えて言った。
がっくりと肩を落とすブライアン。
「俺ってよほど信用されてないのな……」
ソラはそんなオッサンを横目に悩んでいた。
マリナの言うとおり個人的には面白そうな依頼だと思う。
ただ、ブライアンの話を聞く限りではかなり大変そうだ。五年近くも達成されていないというのがよい証拠である。
つい先ほども前回の仕事が大変だったので軽めの依頼にしようかと考えていたのだ。
すると、迷っているソラの隣で勢いよく立ち上がるマリナ。
「お姉ちゃん! やろうよ!! 悲劇に遭った人たちが死ぬこともできずに何年も彷徨っているなんてムゴイにもほどがあるよ!! それに面白そうだし!!」
アンデッドに同情しているような口ぶりだが、どうやら後半が本音らしい。
ソラは呆れた眼差しでやたらと気合が入っている様子の妹を眺める。
(結局は面白そうだからやりたいだけでしょうが)
心の中でツッコミを入れていると、背後でもうひとり叫びだした人物がいた。
「その通りです!! さまよえる魂たちを天に導いてあげなくては! それができるのは、今を生きている私たちだけなんですよっ!!」
突然のことにソラが驚いて振り返ると、そこにはひとりの少女が拳を力強く握り締めながら立っていたのだった。
『……………』
ソラたち四人はその少女を無言で見つめながら同じことを考えていたに違いなかった。
すなわち、『何の脈絡もなくいきなり割り込んできたコイツはいったい誰なんだ』、と……。
唐突に現れた少女はコレット・マーシーと名乗った。
年は十六、七といったくらいであろう。小麦色の髪を三つ編みにして背中に垂らし、なかなか整った顔立ちをしているが、お世辞にもオシャレとはいえない丸眼鏡をかけており、どこか野暮ったい印象を見るものに与えるのだった。
コレットは人の良い笑顔をにこにこと浮かべながらソラたちを見ていた。いかにも柔和そうな性格だ。
聞くところによるとコレットはシヴァ教の神官をしているらしい。
ソラが眺めてみると、コレットは黒と白を基調とした神官服を着込んでおり、先に丸い水晶がついた杖を持っていた。確かにシヴァ教の神官以外の何者にも見えなかった。
シヴァ教とは何百万という信徒を抱える世界最大の宗教であり、いくつもの国が自国の国教として正式に認定しているほどなのである。
コレットはわざわざ他から持ってきた椅子をソラたちのいるテーブルまで運び、ちょこんと座りながら話し始めた。
「私、ずいぶん前から心を痛めていたんです。あの屋敷のことで……」
「は、はあ……」
生返事をするソラ。
正直、いまだにワケが分からないといった心持ちなのである。
すると、コレットは自分用に頼んだココアを飲もうとして、
「あ、熱いっ!?」
と、口に含んだココアを噴き出しそうになり、その反動で、
「痛っ!!」
と、テーブルに膝をぶつけていたのだった。
コレットのひとりコントを眺めつつ、ソラはこの少女がどんなタイプの人間なのかを理解できた気がした。
隣に座っていたマリナがぼそっと呟く。
「……ドジっ娘だよ、ドジっ娘」
ソラたちが涙目になって口元を拭っているコレットをしばらく見つめていると、アイラがずばっと訊いた。
「結局、何なのだ。おまえは」
さすがはアイラだとソラは感心した。
百戦錬磨の傭兵だった彼女はこれくらいでペースを乱されたりはしないのである。
「え……私ですか? 私はコレットという名前で、神官をして――」
「それはさっき聞いた! ……コレットとやら、おまえは何のために私たちに話しかけてきたのだと訊いているんだ」
なにやら二度繰り返そうとしたコレットを遮るアイラ。
アイラのその目はコレットを注意深く見極めようとする目であった。
その意図が伝わったのだろう。真剣な表情になるコレット。
「……実は、先ほど皆さんのお話を聞かせていただきまして。盗み聞きするような真似をして申し訳ないんですけど」
それは分かっていたことだけどもとソラは思ったが、無言で続きを待つ。
「私は皆さんがお話していた『幽霊屋敷』にどうしても行かないといけないんです」
「どうして? 神官だから?」
マリナが組んだ手の上に顎を乗せながら訊いた。
シヴァ教とはざっくり言えば世界に身を委ねることで人々は救われるというスタンスをとっている宗教だ。なので、本来なら『大いなる流れ』に還るべき魂がその不変の法則に反し死人として存在し続けていることは到底認められないことなのだろう。
必ずしもシヴァ教の神官がアンデッド退治の専門家というわけではないが、彼らの立場上放っておくことができないというのは理解できないことでもなかった。
「もちろん、それもあります。先ほども言いましたが、かわいそうな魂たちを救うのが私の使命です。……でも、もっと切実な理由があるんです。私は屋敷にいるある人を助けたいんです」
「ある人?」
ソラが反射的に問うが、コレットはうつむくようにテーブル上のココアを見つめるのみであった。
どうやら訳ありのようだとソラは神官少女を眺める。
しばらくしてから、コレットは意を決したように顔を上げた。
「私は一カ月ほど前にもあの屋敷へ行ったことがあるんです」
「……そうなんですか?」
ソラはやや驚く。トロそうな外見とは裏腹に大した行動力である。
コレットはこくりと頷いた。
「はい。そのときもある冒険者さんたちのチームに混ぜてもらって屋敷に行ったんですけど……」
悲痛な表情になるコレット。
「屋敷で大量のアンデッドたちに襲われて、皆で協力して戦ったんですが、数が多くてとても歯が立たなかったんです。追い詰められた私たちは隙をついて逃げ出すことにしたんですけど、皆さんは自分たちがしんがりを務めるからと、私ひとりを先に逃がしてくれて……」
「…………」
何と言っていいか分からないソラたちは泣き出しそうなコレットをじっと見つめる。
「その後、彼らがどうなったのかは分かりません。なんとか街に辿り着いた私もしばらくは昏睡状態で意識を無くしていましたから。……目覚めてから必死に街の中を探し回ったんですが、結局誰ひとり帰ってきてはいませんでした」
「昏睡状態って……大丈夫なんですか?」
「はい。今は動くのに支障はありません。たぶん、疲労と精神的なショックが重なったことが原因だと思うんですけど……。屋敷を抜け出してからの記憶が少し曖昧なんです」
そこで、ブライアンが納得がいったという風に頷いた。
「……なるほどな。つまり、コレットちゃんはその冒険者たちを助けに行きたいと、こういうわけだな? ……ただなあ」
言いにくそうに口を閉ざすブライアン。
ソラもブライアンが言いたいことを察する。
一カ月も前の出来事で、しかも誰ひとり戻ってきていないということは生存している可能性はほとんどないだろう。おそらく、彼らは屋敷で全滅したのだ。
すると、コレットは突然席を立って頭を下げた。
「お願いします!! 私も連れてってもらえませんか!? 厚かましいお願いだというのは承知の上です!!」
ソラは頭を下げたままのコレットを無言で見つめる。
ブライアンがソラに顔を向けた。
「……どうするんだ? 嬢ちゃん」
「……何で、私に言うんですか?」
「いや、俺も嬢ちゃんたちのチームに混ぜてもらう立場だしな。判断は任せるよ」
マリナとアイラもブライアンと同じように判断をソラに委ねるようだった。
ソラは一度息を吐いてから尋ねる。
「コレットさん。仮に私たちが断ったらどうするつもりなんですか?」
「……そのときは仕方ありません。ほかに屋敷に行く冒険者たちを探すしかありません」
ゆっくりと顔を上げたコレットは目を伏せてそう答えた。
少女のそんな姿を見せられればソラの答えはひとつしかない。
「――分かりました。連れていってもいいですよ」
「……本当ですかっ!?」
バンッとテーブルに勢いよく手をつくコレット。
テーブルが揺れるほどの衝撃だったので、まだ紅茶の中身が残っていたソラは慌ててカップを支える。
なんとか中身をこぼさずにすんだソラが顔を上げると、コレットがだばーっと涙を流していたのだった。
「うう……ありがとうございまず~」
顔をぐちゃぐちゃにして喜ぶコレット。
ソラは苦笑しながら腰のポーチから白いハンカチを取り出してコレットに渡す。
ハンカチを受け取ったコレットは眼鏡を外し、ずびずび言いながら涙を拭い、最後にちーんと鼻をかんだ。
「あはは。面白いお姉さんだね~」
「お、お嬢様の清らかなハンカチが……」
楽しそうに笑うマリナに渋い表情をするアイラ。
べっとりと湿ってしまったハンカチを見てコレットが慌てふためく。
「……あ! すいません!」
「いいですよ、それくらい。そのハンカチはコレットさんに差し上げます」
ソラは手を振って気にしていないと示しつつ、とりあえずこれで良かったのだと思うことにした。
(彼女を放っておくのはどうも心配だし……。それに、良心的な冒険者たちばかりじゃないしね)
冒険者の中にはゴロツキ一歩手前、あるいはゴロツキそのものとしか思えない連中も多くいるのだ。
まかり間違ってそんな荒くれどもとこのいまいち要領の悪い少女が行動するとなればどんな目に遭うか分かったものではない。
それならば一緒に連れて行ったほうがいいだろうとソラは考えたのだった。
すると、ブライアンがコレットの方を向いて笑みを浮かべた。
「とりあえず話はまとまったみたいだな? 良かったじゃねえか、コレットちゃん。一時的とはいえ俺たちは命を預けあう仲間だ。よろしく頼むぜ」
「え? ブライアンさんとチームを組むとは一言も言ってないですよ?」
ソラが即座にそう返すと、ブライアンはがくっとテーブルに突っ伏した。このオッサンもなんだかんだでリアクションが大きい。
「冗談ですよ、冗談。よろしくお願いしますね、ブライアンさん」
「……嬢ちゃん。オッサンで遊ぶのはやめてくれよ……」
しれっと言うソラに、ブライアンが拗ねたように唇を尖らせる。
全然可愛くないオッサンの仕草をスルーしてソラは手を差し出した。
「では、改めてよろしくお願いします」
ソラの小さくて白い手に、マリナ、アイラ、ブライアン、そしてコレットが順番に手を重ねていく。
皆で顔を見合わせていると、ソラはふとわずかな違和感を覚えた気がした。
(…………?)
思わずテーブルにいる面々を眺める。
特におかしなところはない。
(……気のせい……か?)
ソラが小首を傾げていると、マリナが不思議そうに訊いてきた。
「どしたの? お姉ちゃん」
「いや……何でもないよ」
手を引っ込めたソラは椅子に座りながら首を横に振る。
おそらく、気のせいだったのだろうと思う。
なにはともあれ――
ここに、ちぐはぐな五人組の即席チームが結成されたのであった。