第1話
昼下がり。とある街の中央通りをやや急いた様子で歩いている少女がいた。
年齢は十代前半ほど。黒いローブを着込んでおり、一見、魔導士見習いの学生のようにも見えた。
たが、その程度のことならば道を行く人々が目を瞠るようにしてその少女に注目したりはしないだろう。
魔導士を育成する学校を擁するほどには大きな街であるので、少女のような格好の若者を見かけるのは珍しくもないことである。
ならば、なぜ少女が注目されるのか。
それは、ひとえに少女の神秘的ともいえる容姿にあった。
極上の絹で編まれたかのような純白の髪。真っ青な空をそのまま映したかのごとき碧色の瞳。そして、それぞれのパーツが完璧な黄金比で構成されていることに疑いの余地はない整った相貌。
通行人たちは何故このような人間離れした少女が普通に歩いているのかとでも言いたげな表情で見送っているのだった。
もっとも、当の少女は全く気にしてはいないようだったが。
ソラ・エーデルベルグ、というのがその少女の名前だった。
もとは日本の男子高校生だったのだが、どんな運命のいたずらか女の子としてこの異世界で新たな人生を歩むことになった転生者であった。
ソラは周囲の反応を一顧だにせずに早歩きで通りを進んでいた。
それだけでソラがどれだけ急いでいるのを察することができたが、腰まで流れているストレートの白髪が弾むように揺れているところを見るに彼女が浮かれているらしいことが分かるのだった。
(ふっふっふ! ようやく待ちに待った発売日が来た!)
心の中で嬉しさがにじみ出るような声をあげるソラ。
今日はソラのお目当てのある品が入荷する日なのだ。なので、周囲の様子も気にならないほどに急いでいたのである。
しばらく通りを歩くと目的の店へと辿り着いた。
店の前に置いてある看板には開いた状態の本のイラストが描かれてある。
ここは、この街にある唯一の書店なのだった。
前世と違って書物だけを専門に取り扱う書店というのは大きな街にしか存在しない。普通は雑貨屋に各種の商品とともに一緒くたにして並べられているものだが、そういう所は大抵品揃えが悪い。
ソラは愛読している本を購入するためにこの書店を訪れたのだ。
ここならばほぼ確実に置いてあるに違いない。
扉を開けるとベルが涼しげな音を鳴らした。
(旅の最中に読むのはもったいないし、実家に戻ったときにゆっくりと読もう)
店内を奥に進みながら頭の中で予定を練る。
楽しみにしている本を最高にリラックスできる環境で読むのがソラにとって幸せな時間の使い方なのである。
いずれにしろ数週間後には学校の長期休みが終了する妹のマリナを実家のあるエルシオンに送り届けなければならないのだ。
実家の東屋で爽やかな風を感じつつあらかじめ用意していた紅茶とお菓子をつまみながらお気に入りの本を読む。
想像しただけで気分が高揚するというものだ。
ソラは弾んだ足取りで歩いていき、カウンターに座っていた中年の男性に勢いよく声をかけた。
「すみません! 今日入荷しているはずの本はありますか!」
口早に本の名前を告げる。
しかし、当初はにこやかにソラを見つめていた店員の顔が曇った。
「……お嬢ちゃん、すまないねえ。実はその本の発売が延期になってね」
「えっ!!」
雷に打たれかのようにガビーンと硬直するソラ。ショックのあまり棒立ちになる。
その様子を見た店員は何かのはずみで大きな罪を犯してしまった罪人のごとき表情になって言いづらそうに続けた。
「それに、人づてに聞いた話によると、その本の作者であるニコルさんという人が最近失踪したらしくてね……発売の目処もたっていないらしいんだよ」
「そ、そうですか……」
ソラは悄然としてうなだれる。
その姿があまりにも憐れだったらしく、
「……お嬢ちゃん、元気出しな。これあげるから」
と、店員のおっさんが飴玉をソラにそっと手渡したのだった。
ソラはしょんぼりと飴玉を受け取り、肩を落としたまま踵を返した。
扉をくぐりながら、はあとため息をつく。
何カ月も前から楽しみに待っていただけにダメージが大きい。しかも、発売日は無期延期である。実際に読むのは数週間後であるとかは関係ないのだ。
ソラは通りをとぼとぼと戻っていく。
(……このまま宿に帰って一眠りしよう)
ショックなことが起こったときは頭の中を整理する意味でも一度眠った方がよい。このまま優雅に昼寝に突入して忘れるのだ。
ソラは気分転換に周囲の街並みを見回した。
それなりに大きな街だけあって通りを歩く人間も多く、通りに軒を連ねている店の種類も豊富である。
昼休憩を終えた直後とおぼしき店員たちが午後に向けて店の品物を並べ直している姿が見えた。
(それにしても、カラフルな建物が多いな)
青に黄色、緑など、さまざまな色の建物がある。ソラにはあまり馴染みのない光景である。
それも当然のことで、現在ソラが滞在しているのは、自分が生まれ育ったエレミアの隣国であるネイブル王国の地方都市なのだ。
数日前、ソラたちは温泉町ホスリングを出発し、そのまま東の国境を越えてこの街へ来ていたのだった。
ソラは通りにある店を何気なく見回しながら歩いていたが、前面に饅頭をずらっと並べている土産物屋を発見したので少し立ち寄ってみることにした。今日のおやつ用に買い込むのもいいかもしれない。
どれどれと白くて丸い饅頭を覗き込んでみるが、表面に入っている焼印がどうもおかしい。
「……? 何これ……?」
ソラは首を傾げる。
その饅頭の表面にある焼印が三角頭巾をつけた可愛らしい幽霊だったのだ。
ほかにもコミカルに描かれたゾンビやスケルトンらしきものもある。
ソラが顎に手を当ててこれはいったい何なのかと真剣に悩んでいると、店の奥からおばちゃんが出てきて声をかけてきた。
「――いらっしゃい! ……あらあら! これはまた可愛らしいお客さんだねえ!」
おばちゃんはソラが反応する間もなくあれこれと機関銃のように話しかけてくる。
よくこれだけ口が回るものだと感心するほどである。息継ぎはしているのだろうか。
一通り喋って満足したらしいおばちゃんの口が止まった瞬間を見計らってソラは疑問に思っていたことを訊いてみることにした。
「あの……このお饅頭のイラストなんですけど……」
「それかい? それは名物のアンデッド饅頭さ! 美味しいよ!」
「ア、アンデッド饅頭?」
ソラは唖然として饅頭を見下ろす。こんな不気味なものを購入する客がいるのだろうか。
すると、おばちゃんは納得したように頷いた。
「なるほどね。アンデッド饅頭を知らないということは、お客さんは旅行者か何かみたいだね」
冒険者だと説明すると、おばちゃんは驚いたようだった。
「これはおったまげたね。まだ学校に通っていてもおかしくない女の子なのに冒険者なのかい? でも、よく考えてみれば、これだけ綺麗な子が同じ街にいて知らないはずがないものねえ」
「はあ……」
適当に相槌を打っていると、おばちゃんが説明してくれた。
「街の近くにある森にアンデッドがうろついてる屋敷があってね。この国ではわりと有名なんだよ。今では中止されたけど、以前は敷地の直前まで行ける観光ツア-が組まれてたくらいなのさ」
「それって、危なくないんですか?」
「もちろん護衛はついてるよ。それに、敷地の外には滅多に現れないらしいからね。……ただ、数カ月前に物見遊山で訪れた貴族様がアンデッドに殺される事件が起こってから森自体立ち入り禁止になってね。今では冒険者しか近づけなくなっちまったのさ」
「そうだったんですか……」
それにしても、アンデッドまで商売に利用するとは商魂魂が旺盛なことである。
ソラが饅頭に描かれている死神のイラストを見つめていると、おばちゃんが箱をひとつ手にとって薦めてきた。
「どうだい? 味は保証するよ」
「……そうですね。それじゃあ、一箱いただけますか?」
ソラが購入を決めると、おばちゃんは「まいどあり!」と満面の笑みを浮かべた。
あまりお目にかかれない珍しいものではあるし、いい話のネタになりそうだとソラは思ったのだ。
「そうだね。遠くから来てくれたことだし、こんなに可憐なお嬢さんだからね。三つほどおまけするよ」
「ホントですか? ありがとうございます」
おばちゃんが箱の隙間にぎゅむっと詰め込んでいるのを見ながらソラも笑みを浮かべる。
女の子に転生して良かったと思える数少ない瞬間である。
それから、ソラはアンデッド饅頭が入った箱を抱えて宿へと戻るのだった。
※※※
数分ほど来た道を戻りソラは宿へと帰ってきた。
その宿は十階建ての豪華な造りをしておりこの街でも一番の高級宿であった。
ソラは正面入り口から宿に入らず建物を迂回するようにして裏へとまわる。
そこには色とりどりの花が植えられている小奇麗な庭があった。宿泊客たちの歓談スペースのひとつとして利用されているところだ。
その庭の一角にラフな格好をした二人の少女の姿があった。
「あ! お姉ちゃん、お帰りー!!」
片方の少女がソラを発見して元気よく声をかけてきた。
少女は不似合いな白い長剣を持ち、わずかにウェーブしている金髪を揺らしながら素振りしていた。
その顔立ちといい、きらきらと輝いている大きめな紺碧の瞳といい、実に将来が楽しみな美少女である。
マリナ・エーデルベルグ。
彼女はソラのひとつ下の妹であり、何の因果か前世から継続して妹を務めている少女だった。
すると、もうひとりの少女が急いでソラの下に駆け寄ってきた。
「……お嬢様! ご無事でしたか!」
こちらは短めの赤い髪と褐色の肌が特徴の十代半ばほどの少女である。もっとも、その凛々しく引き締まった表情に、一見して鍛え抜かれていると分かるしなやかな肢体からはか弱さは微塵も感じられない。
アイラ・リエル・ジブリール。
彼女は遥か遠い南の大陸の出身なのだが、ある事情によって二年前からエーデルベルグ家で働くことになったのだ。普段はソラやマリナの護衛を担い、現在は心配した両親の働きかけもあり姉妹の旅に同行しているのだった。
「お嬢様。何か欲しいものがあるのなら私に言ってくださればよいのです。どんな危険があるか分からないのですから」
相変わらずアイラは心配性だとソラは思う。どうも彼女には過保護なところがあるのだ。
「ダメだよ、アイラ。お姉ちゃんの楽しみなんだから。――ところで、欲しいものはあったの?」
マリナの質問にソラは力なく首を横に振る。
落ち込み気味のソラの様子に、「あちゃあ、残念だったね」とマリナが苦笑し、アイラが「おいたわしや、お嬢様……」と沈痛な表情になった。
「……まあ、いいよ。こういうことはたまにあるんだから。それより、剣の具合はどう?」
「うん。いい感じだよ。柄の部分も私の手に合うように調整されていて使いやすいし」
白銀に光る長剣を苦もなくぶんぶんと振り回しながらマリナは言う。
そして、最後に思いっきり縦に振り抜いてみせる。
庭に鋭く風を切る音が響いた。確かに具合は良さそうだ。
マリナが手にもっている剣は最近取り替えたばかりであり、その感触を確かめるために鍛錬も兼ねて振り回していたのだった。
数日前に勃発した妖魔との戦いにより、マリナが使っていた剣腹に大きな亀裂が入ってしまい使い物にならなくなったのである。
マリナが使用している白銀の剣はプラチナというこの世界でも稀少な金属によってできているのだが、彼女の全力の魔力に耐えられなかったのだ。
とはいえ、マリナの魔力に耐えられる金属というのはそうそうあるものではない。なので、オリハルコンに次ぐ硬度を誇るというアダマンタイト製の扉を洞窟で発見したときに持ち帰りたいと駄々をこねたのだ。
町で買える武器ではとうてい役不足なので、実家にストックしていた替えの剣をナルカミ商会の物流網を使って迅速に届けてもらったのである。
「ほら。見て、お姉ちゃん。剣身の長さも厚さも前のよりも増やしてもらって少しパワーアップしたんだよ」
確かによく観察してみると以前使っていたものよりも一回り大きくなっている。
もともと外見は細身の少女であるマリナが長剣を装備していることに違和感ありまくりだったのだが、その違和感までもがパワーアップしたようだった。
このスケールだともはや大剣と呼んだほうがいいくらいである。
それに、腰に吊るすことは間違いなく無理なので背中に背負うことになるだろう。
(ゴツイ大剣を背負った十二歳の少女……。みんな驚くだろうな)
ソラはなんともシュールな光景を脳裏に思い描きながら妹を見つめるのだった。
「これでも、全力で何回耐えられるかなんだけど……。アイラはいいなあ」
マリナは羨ましそうにアイラの双剣を見つめた。
アイラが所持している双剣はウーツ鋼と呼ばれる鋼材を使用していて、切れ味が良い上に強靭で鞭のようにしなるという優れものであった。また、何百年前経っても錆びることがなく表面に浮き出た独特の紋様と合わせて世界的に評価が高い。
ただ、ウーツ鋼は南の大陸の一部でわずかに製造されているだけで市場に出回ることはまずないので入手するのが非常に困難な代物であった。
「アイラの出身地が製造してるって言ってたけど……アイラは作り方とか知らないよね?」
一縷の望みに賭けるようにじっとアイラを見つめるマリナ。
アイラは両手に持った短剣よりも少し長めで軽く湾曲している双剣を持ち上げながら申し訳なさそうな顔をした。
「私の出身である密林の部族でもウーツ鋼の製法はごく限られた人間しか伝えられないもので、私も何の情報も持っていないんです。申し訳ありません、マリナお嬢様」
「そっか~。……まあ、仕方ないよね」
マリナはくよくよ悩んだりするタイプではないので、すぐに気持ちを切り替えたように素振りを再開した。
そろそろ部屋に戻ろうかとソラが考えていると、ふとアイラの耳に視線が止まる。
「あ。アイラ、今日はつけてるんだね、そのピアス」
「はい。時折つけるようにとライラに言われていますから」
アイラははにかむように笑った。
ライラとはアイラの四つ下の妹であり、姉によく似た赤い髪をふたつに結んでいる笑顔が可愛い少女である。
アイラがつけている赤い石のピアスはライラからの大事な贈り物で、万が一にも失くさないようにとたまにしかつけないのだ。
「ライラちゃん……元気にしてるかなあ。風邪とかひいてなければいいけど」
マリナは剣を止めてエルシオンがある方角を眺める。
二人は同い歳で性格も似ており、ライラがエーデルベルグ家でマリナの専属メイドをしていることもあって仲がとても良いのである。
「元気が取りえみたいなものですから、あの子は。大丈夫ですよ」
いつもはきりっとした表情のアイラも、妹のことを語るときにはお姉さんの顔になるのだった。
ソラもアイラの言葉に頷く。
ライラはマリナ並みに元気なだけでなくとても要領がいい娘なのだ。幼い頃から苦労しているせいか、家事全般に通じていてどんな作業も手際よくこなすのである。
現在はまだメイド見習いであるが、将来が楽しみな逸材として期待されているのだ。
すると、マリナがソラが持つ箱に目敏く気づいたようだった。
「何それ、お姉ちゃん。もしかして、お菓子?」
食べ物の匂いをかぎつけたらしくマリナが瞳をきらりと光らせる。
「さっき、珍しいものを見かけたから買ったんだよ。アンデッド饅頭って言うんだって」
「アンデッド……饅頭?」
ぱちくりとまつ毛をしばたたかせるアイラ。やはり、事情を知らない人間からすれば不可解な代物らしかった。
あまり見られないアイラのきょとんした姿に笑いをこらえつつソラは二人に訊く。
「後で説明するよ。それで、私はこれから部屋に戻って休むつもりだけど……二人はどうする?」
「私たちも戻るよ。日課の鍛錬は一通り済ませたから」
マリナとアイラは武器を鞘に収め、ソラと一緒に部屋へ戻ることになった。
三人は裏口から宿へと入り豪奢なロビーを横切る。
そして、そのまま宿に設置されている昇降機へと向かう。ソラたちが宿泊している部屋は最上階にあるので使わない手はない。
ロビーを横切る途中で執事らしき老人を連れた身なりのいい少年とすれ違う。
ソラたちに品の良い挨拶をしてきた少年はマリナの持っている長大な剣を見てぎょっとした。それから、マリナの顔を見てまたぎょっとする。
(まあ、気持ちは分かるよ)
ソラは心の中で頷く。これほどミスマッチな組み合わせもないだろう。
汗で頬に張り付いた金色の髪をはらっていたマリナと目が合った少年は顔を赤くしてうつむく。そのなんとも純情な反応にソラは思わず微笑んだ。
鍛錬の後で頬を上気させている様子はどこか風呂上りにも似ていて色っぽく見えるのである。しかも、マリナほどの美少女とくれば尚更である。
加えて、マリナは運動しやすいように大きめのシャツとスパッツのようなものを着ているだけなので少年には少々刺激が強かったのかもしれない。
もっとも、注目を浴びているという意味では三人ともに言えることなのだが。姉妹だけでなく、アイラも十分整った顔立ちをしており、その精悍な雰囲気といい男女に関係なく人気が出そうであった。
三人はロビーにいる人間たちの視線を釘付けにしておきながらも気にすることなく昇降機へと乗り込んだ。
「そういえば、夕方頃に冒険者協会へ顔を出すみたいなことを言ってなかった?」
「……そのつもりだったんだけど、今日はもうそんな気分になれないから、明日にするよ」
ソラは最上階へのボタンを押しつつどんよりとしたが、ふと思い出す。
(そういえば、あのときはショックで聞き流したけど、作者が失踪っていったい何があったんだろう?)
よく考えてみれば何気に事件じゃなかろうかとソラは思う。
(締め切りに間に合わなかったから、逃げ出したとか……)
ソラが身も蓋もないことを考えていると、暑いのか手をパタパタと顔の前で振りながらマリナが言った。
「いくら楽しみしてたからってお姉ちゃんは大袈裟だよねえ。本一冊くらいで」
「ホントにショックだったんだよ!!」
思わず声を荒げるソラ。
すると、その声が合図だったかのように昇降機の扉が閉まり、三人を最上階へと運んでいったのだった。
ソラたちを乗せた昇降機の扉が閉まると、ロビーにいた人間たちが一斉に話し始めた。
マリナを見て顔を赤くしていた少年が隣の執事らしき老人に語りかける。
「爺。あの太陽のごとき笑顔を浮かべた金髪の少女はいったい何者なんだろうか」
「さあ。何者なんでしょうなあ」
「大きな剣を持っていたけど……。仮に戦女神だと言われても納得しそうだよ、僕は」
「さあ。爺には皆目見当もつきませんなあ」
どこかぼうっとしている少年に対して爺は適当に返事をしていたのだった。
その近くでは若い二人組の女性たちがやはりソラたちのことで会話していた。
「ねえ、見た? あの赤い髪の女性、すごくカッコ良かったよね」
「うん。下手な男よりも凛々しかったわねえ。正直、私の彼氏よりイケてたかも」
「さっきから胸のドキドキが止まらないんだけど、なんなのこれ! そんな趣味はないはずなのに!」
「たぶん、それは何かの病気だと思うわ」
カウンターにいる従業員たちも顔を付き合わせる。
「主任。お客様の素性を詮索するのがタブーだというのは重々承知しているんですが、あの三人組が何者なのか気になって仕方ありません」
「まあ、気持ちは分かるが……。いずれにしろ、最上階のスィートルームに連泊できるくらいだ。やんごとなき方々に違いない」
「それにしても、受付に来た白い髪の少女にはびっくりしましたよ。あんな美しい少女は今まで見たことがありません」
「うむ。しかも、非常に礼儀正しい子でもあったな。……うちの娘にも見習ってほしいくらいだよ。最近、反抗期でなあ……」
ため息をつく主任。
他でもロビーのあちらこちらでソラたちについて語り合う人々。
ソラたち三人は宿泊二日目にして宿中の人間の関心を集めていたのだった。