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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
幕間 魔法使いの日常編
43/132

姉妹の休日①

 春の余韻も過ぎつつある首都エルシオンの週末。中心街にある大型商業施設では多くの人で賑わっていた。

 家族連れやカップルと思しき男女、老夫婦に友人同士で買い物に来ている若者たちなど多様な人間たちで混雑している。

 その中でも一際目立っている二人組がいた。

 仲良く腕を組んでいる二人の少女は顔立ちもどことなく似ているので、おそらく姉妹なのだろうと思われた。

 どちらの少女も目を見張るほどの美少女であり、よく似た顔立ちとおそろいの服を着ていていることから対となっている等身大の人形のようでもあった。

 すれ違った者たちは、老若男女にかかわらず良いものを見たといわんばかりの表情をしていた。見目麗しいというだけでなく、困惑気味な白髪の少女を金髪の少女が元気よく引っ張っている構図はたいていの人間が微笑まずにはいられないだろう光景だったからだ。

 人々はじゃれあっている少女たちを見送ると、また明日からはじまる学校や仕事に向けて英気を養ったかのように足取り軽く歩き出すのだった。



 ※※※



 白髪の少女――ソラ・エーデルベルグは腕を組んだ妹に先ほどから振り回されっぱなしであった。


「あのさ、マリナ。もうちょっとゆっくり歩こうよ。別に店はどこかに逃げたりしないから」


「何言ってんの、お姉ちゃん。まわりたいお店がたくさんあるんだから、悠長にしている暇はないよ。時間は有限なんだから」


 まさかとは思うが、全ての店を踏破するつもりではあるまいなとソラはうんざりする。

 現在、ソラたちが訪れているのは前世のショッピングモールのように数多くの小売店や飲食店その他もろもろの店が入居している巨大複合施設なのだ。

 休日にはそれこそ何千という人間が大挙して訪れることになる。小奇麗な公園や娯楽施設もあることから、ショッピングはもちろんデートや友達と遊びに出かける場所としても利用されているのだ。 

 ソラは周囲を見回してみる。まさに、人、人、人だ。人で埋めつくされている。

 世界でも屈指の大都市であるエルシオンとはいえこんなに集まることはないだろうに、とソラは思ったが、


(そういえば、自分もその中のひとりなんだった……)


 溜息をはきながら首を力なく振るのであった。

 前を軽やかに歩きながらもソラの様子を見咎めたらしいマリナが偉そうに注意してくる。


「ほら、こんなとこで溜息をつかないでよね。せっかくの休日なのに」


 ソラは引きずられるようにして歩きながらも、誰のせいなんだと文句を言いたくなった。

 もともとソラは人混みはあまり好きではないのだ。こういう晴れた天気のいい日はエルシオン近郊にある穴場スポットで静かに本でも読みながら釣り糸を垂らしていたいというのが第一希望である。いや、こんな騒々しいところでなかったらもはやどこでもよい。

 それなのに、マリナが買い物に行きたいからと朝食をとった後にまったりと紅茶を飲んでいたソラを半ば強引に連れ出したのである。すでに用意してあった服にさっさと着替えさせられてから馬車に詰め込まれここまでノンストップで連れてこられたのだ。

 着替えさせられた服がまだ抵抗感の少ないパンツルックだったのでよかったのだが。

 ソラがうんざりしながら歩いていると通路の壁に『スリにご注意!』と書かれた張り紙を発見した。

 これだけ人が多ければスリもさぞ仕事がしやすかろうとソラはぼんやりと思う。

 マリナはあちこちの店を楽しそうに見て回っていた。主に服飾関連の店を眺めているようだ。

 ソラが問う。


「何か買いたい服でもあるの?」


「今のところは分かんない。気に入ったのがあれば買うかもしれないし、買わないかも」


 どうやら午前中はウインドウショッピングでもするようだ。

 本人は満喫しているようだが、ソラとしては退屈というか正直理解しがたい行為である。

 実は前世からよくマリナの買い物に付き合わされているのだ。主に荷物持ちとナンパ防止のためらしい。

 まだ何か明確な目的をもって訪れるのならまだいい。だが、ひどいときには何時間も付き合わされた挙句に結局何も買わずに終了することも珍しくないのだ。これまでの数時間はいったい何だったのかと文句のひとつも言いたくなろうというものだ。

 この辺は合理的に買い物をしたい男性と、過程そのものを楽しむ女性との考えの違いというやつなんだろうなあと、ソラはぼんやりと妹のウェーブのかかった金髪を眺めながら思った。

 すると、マリナが組んでいる腕に少し力を込めてソラの顔を見上げた。


「ほらほら、お姉ちゃん。デート中にそんなつまらない顔をしてたら、相手の女の子を不満にさせちゃうよ?」


 ソラはすぐ目の前にある大きな蒼い瞳を呆れたように見つめる。


「これって、デートだったのか……」


「そうだよ。仲良く姉妹でデート。だから、もっと楽しそうな顔をしてよね」


 にっこりと笑うマリナ。

 仲の良い姉妹がデートするのはそこまで珍しいことではないだろうし、周囲から見れば女の子が二人で仲良くお買い物でもしているように見えるのだろう。

 ただ、これがデートだというならば、少しは自分の意見も尊重してほしいものだとソラは思った。

 これでは姫に振り回されている憐れな従者のようである。

 ここで、ふとソラは苦笑した。

 

(まあ……今までどおりといえば、そうなんだけど)


 男だったときからなんだかんだで妹のわがままには付き合ってきたのだ。

 それに、妹の楽しそうな表情を見ていると文句も自然とすっこんでしまう。

 自分の役回りはこんなものなのだとソラは思った。おそらく、一生変わることはないのだろう。今更この性格を変えることもできないのだから。

 ソラが悟りを開いた仙人のごとき気分になっていると、


「こういうときに男の度量が試されるものなんだよねえ。大学生でも愚痴ひとつこぼさずに付き合ってくれるんだから」


 と、マリナが呟いているのが耳に入ってきたのだった。

 思わずソラはぴたりと立ち止まる。 


「お姉ちゃん?」


 突然停止したソラを怪訝そうに見上げるマリナ。

 ソラはギギギと首をぎこちなく動かして妹に顔を向ける。


「……だ、大学生? ……おまえ、か、彼氏がいたのか?」


 妹の思わぬ発言にソラは動揺する。中学生で付き合うくらい別に珍しいことでもなんでもないが、妹に男の影など一切見られなかったし、まだ子供だと思っていた節もあるのだ。たんに気づいていなかっただけかもしれないが。


「そ、それにしても、大学生って。中学生くらいの女の子が年上の男に憧れるのは仕方ないのかもしれないけど……。中学生に手を出す大学生というのは、果たしてどうなんだろうか?」


「……はあ?」

 

 ぼそぼそと要領の得ないことを喋るソラを不審そうに見るマリナ。

 すると、マリナは何かに気づいたようにニンマリとしてから、急に遠い目をしだした。


「……ふう。今まで思い出さないようにしてたけど……もう彼とは会えないんだと思うと身が切り裂かれちゃいそうだよね。また、あの時みたいに優しく抱きしめてほしいよ……」


「ええっ!?」


 ソラは絶句して、完全に固まった。

 そのまま茫然と憂い顔の妹を眺めていると、


「――ぷっ! あははは! ウソだよ、ウソ! なに、お姉ちゃん。もしかして、私に大学生のカレがいたと勘違いしちゃったの?」


 突然、マリナが可笑しそうに笑いはじめたのだった。

 ソラはしばらく動きを止めたまま笑っている妹を見つめていたが、ようやく自分が勘違いした上にからかわれたことに気づいたのだった。

 小悪魔のごとき妹の表情を見て、ソラは顔がだんだんと熱くなり身体をプルプルと震わせる。穴があったら入りたいとはまさにこのことである。

 しばらく、組まれた腕から伝わってくる妹の笑う振動を感じながら羞恥に耐えていると、


「私の友達の話だよ。と・も・だ・ち! 分かった?」


 目の端に浮かんだ涙を左手で拭いながらマリナが説明した。

 だんだんと冷静になってきたソラは憮然としながらも、なんて恥ずかしい勘違いをしてしまったのかと悔やんだ。これから先ずっと妹にからかわれるネタを提供したようなものだ。

 ソラはまだ赤くなっているであろう顔を隠すようにちょうど通りかかっていた店に目を向けた。

 窓越しに大量のぬいぐるみや可愛らしい小物が並んでいた。どうやらファンシーショップのようだ。

 その中にいた一体のぬいぐるみとおもむろに目が合う。

 間抜けな表情をした馬のぬいぐるみが、まるでソラを憐れむように見ていたのだった。



 ※※※



 数分後、ソラは妹になだめられながら二階の通路を歩いていた。


「もう、お姉ちゃん、そろそろ機嫌直してよ~」


「別に普段どおりだし」


 と言いながらもソラは唇を尖らせてそっぽを向いていた。

 自分でも大人気ないことは分かっているが、勘違いに便乗してからかうのはひどいと思う。

 すると、ソラの表情を覗き込むようにマリナが顔を寄せてきた。


「そんなタコみたいな顔をしても、今のお姉ちゃんなら可愛いだけだよ?」


「タコでもいいし。どうせ、今は女だし」


 ソラは所狭しと立ち並んでいる店に目を向けたままそっけなく言った。

 マリナは「あちゃ~、これは本格的にすねちゃったね~」と首を振っていたが、すぐに笑顔を浮かべる。


「まあ、お姉ちゃんは私のことが大好きだからね~。今までもいろんな無茶を聞いてもらってたし」


 マリナはうんうんと満足げに頷いていた。なにやらひとりで勝手に納得しているようである。

 今までの流れからどうやったらそんな思考にいきつくのかソラには理解不能であった。


「あのさ、大好きだとか自惚れないでくれる? むしろ、弟の方を可愛がってたくらいだと思うし。勘違いしないでよねっ!」


 ツンデレっぽい発言をするソラ。

 マリナは「はいはい」と上機嫌な様子でいなしていた。

 ムッとしたソラが文句を言おうとすると、マリナがまたぎゅっと腕を組んできた。


「お姉ちゃんは私のわがままを聞いてくれるし、料理も上手だし、いざという時に頼りになるからね。私には彼氏なんて必要ないんだよ」


 にひっと天真爛漫な笑顔を向けてくる。

 自分の機嫌を取るためなのか知らないが、そんな手には引っかからないぞとソラは唇を再び尖らせた。

 ただ、もう怒る気力が萎えてきたのも事実であった。

 なんとも単純だなとソラが自分で呆れていると、


「――お嬢様方? 目的のお店を通り過ぎちゃいますよ~?」


 と、背後から声が聞こえてきたのだった。

 ソラがマリナをまとわりつかせたまま振り向くと、そこには二人のメイド姿の少女が控えていた。

 声をかけてきたのはソラから見て右にいる少女だった。パッチリとした大きな猫目が印象的なボブカットの美少女である。

 少女の名前はメアリー・キャディック。マリナ専属のメイドだ。

 メアリーは楽しそうな表情でソラたちを見ていた。もっとも、彼女は普段からこのような表情であり、自ら『人生を楽しむのがモットー』だと公言しているほどなのだ。

 もうひとりは艶のある長い黒髪の少女だった。ソラの専属メイドことミア・ハミルトンである。

 ミアは穏やかな美貌を微笑させて静かに佇んでいた。

 彼女たちはソラとマリナの買い物に同行しているのだ。名家の子女であるソラたちが二人っきりで出歩くことなどそうそうない。

 もちろん、ソラたちが煩わしく感じないように彼女たちは一定の距離を置いて付いてきているのだ。


「お二人とも、本当に仲が良いですね」


「ほんと、ほんと。後ろから見ててほのぼのするものね~」


 二人が近寄ってきて口々に言う。

 ソラとしてはむしろ憤慨していたのだが、周りの人間からするとたんにじゃれあっているようにしか見えなかったらしい。

 すると、メアリーが猫目をキラッと光らせた。


「ソラお嬢様のふくれっ面を見るのは久しぶりだったかも。マリナお嬢様、今度はどんなイタズラをしたんですか?」


「むふふ。お姉ちゃんがちょっと嫉妬しちゃったっていうか~。――ふう。モテる女はつらいよね」 


「ふむふむ! そこのところを詳しく!」


 なにやら勝手に盛り上がり始めた二人を見てソラは慌てる。

 いろいろと複雑な事情が存在するのでマリナもぼかして話すのだろうがソラとしては恥の上塗りはなんとしても避けたいところである。


「ちょ、ちょっと!」


 ソラが妹に抗議しようとすると、


「私の言うことを一回聞いてくれたら、喜んでこの口を閉ざさせてもらうよ?」


 マリナはソラの言葉にかぶせるように提案したのだった。

 ソラはイタズラっぽく笑う妹を歯軋りしながら見つめつつも渋々首を縦に振った。ノーなどと言えるはずもない。

 気づけば、いつのまにか自分が守勢に回っている。口ではとうてい妹には敵わないのだ。 

 メアリーが残念そうな顔をする。


「ええ~!? せっかく面白そうなネタなのに。マリナお嬢様、後でこっそりと私に教えてくれません?」


「別に私としてはどっちでもいいんだけどね~?」


 チラッとソラをからかうように眺めるマリナ。


「や、約束したでしょうが!?」


 思わずどもるソラ。やはり、ゆすりのネタとしてしばらく使われそうだ。

 すると、ミアが助け舟を出すかのように割り込んできた。


「お二人とも、そろそろソラお嬢様をいじめるのはお止めくださいな。それに、早くお店へと向かわれませんと、昼食をとるのが遅れてしまいますよ?」


「あ、もうそんな時間? お昼ごはんが一秒でも遅れるのは困るから、さっさと行かないと!」


 マリナがぐいぐいとソラを引っ張る。

 ソラはミアが話をそらしてくれたことに感謝しつつも食い意地の張った妹の行動に呆れる。

 しかし、ここでふと疑問が浮かび上がった。


「そういえば、お店って?」


「行けば分かるよ」


 マリナは足早に歩きながら答える。

 それもそうだとソラも聞き返すことはしなかった。ここ数分で無駄に精神力を使って疲れていたというのもあるが。

 しばらく四人が多くの人間で混雑する通路を歩いていると目的の店へと到着したようだった。

 ソラが店内をガラス越しに覗くとお洒落な格好をしているマネキンがポーズをとりながらあちこちに直立しているのが見えた。どうやら女性の服を扱っているブティックのようだった。

 観察してみるに十代の女の子が圧倒的に多いようだ。主にティーン向けの店なのかもしれない。ちらほらとその母親とおぼしき女性も見られた。


「ここは?」

 

「今、すごく人気のある高級ブランド店で私とお母さんがひいきにしているところなの。センスが良くて流行を常に先取りしてるから少し値段が高めでも人気なんだよね。来店するのはほとんどが裕福な家の娘たちなんだろうけど」


 さっそく店に入りながらマリナが説明してくれた。

 なにはともあれ、午前中のウインドウショッピングはこれで終了するらしいのでソラはやや心が軽くなる。

 マリナはソラと手を繋いだまま楽しそうにあちこちに置かれている色鮮やかな服を眺めていたが徐々に店の奥へと歩いていく。どうやらレジへと向かっているようだ。


「まだ何も選んでないんだけど」


「仕立ててもらってた服を取りに行くの」


 マリナが母とたびたび来るらしいので以前注文したものを受け取りにきたのだとソラは解釈した。それにしても、オーダーメイドまで受けているとはさすがに高級志向だけはある。

 ソラとマリナが歩いていくとレジにひとりのお姉さんが綺麗な姿勢で立っているのが見えた。品のいいスーツを着こなしているが化粧ともに派手さは全く感じられない。必要以上に個性を出さないようにしているのだろう。

 店員のお姉さんはいち早くこちらに気づいて話しかけてきた。


「これは、マリナ様。ようこそおいでくださいました。本日は以前注文された服を受け取りにこられたということでよろしいでしょうか?」


「うん。さっそくお願い」


「かしこまりました。それと、もしかして、そちらの方は……?」


 お姉さんがソラの方へと視線を向けてくる。なにやら期待の色が見え隠れしているのはソラの気のせいだろうか。


「うん、そうだよ。私のお姉ちゃんのソラです」


 マリナはソラを押し出すようにして肯定した。

 すると、お姉さんはパッと笑みを浮かべてぱちんと小気味よく両手を合わせた。


「まあ、やっぱり! ようやくご来店くださったのですね! お会いできて光栄です!」


 まるで、憧れの有名人にでも面会できたかのように喜ぶお姉さん。

 状況がつかめないソラが目を丸くしていると、


「――え? マリナ様のお姉さんが来られたって!?」


「ホント!? どこどこっ!?」


「わあ! 想像以上に可愛らしいです!」


 お姉さんの声を耳ざとく聞きつけたらしく、店内のあちこちに散っていた店員たちが一斉にレジへと集まってきたのだった。

 二十前後の色気立つお姉さんたちにいきなり囲まれたソラは何事かと動揺する。

 店員たちのやたら熱い視線がソラに集中している。はっきり言って怖い。

 ソラが思わず妹の背に隠れるようにして身を隠すと、はじめに対応してくれたお姉さんがパンパンと両手を大きく打った。


「はいはい。みんな、そこまでよ。ソラ様が怯えていらっしゃるじゃないの。それぞれの持ち場に戻りなさい」


 途端に不満の声があがる。


「店長だけなんてずるいですよ~」


「私もソラ様とお話したいです!」


「ううっ! それにしても、ホンット可愛い~!」


 しかし、店長だというお姉さんがキツイ目つきで店員たちを眺め回すと、皆クモの子を散らすかのように慌てて散っていった。なかなかに教育が行き届いている。

 店長がいまだマリナの背中に隠れているソラへと謝ってくる。


「申し訳ございません、無作法をいたしまして。私を含め店の者たちはソラ様に一目会いたいと思っておりましたものですから」


「……どういうことなんですか?」


 ようやく人心地付いたソラが妹の背中から出てくると、店長が説明してくれた。


「お母様やマリナ様はよくお出でになられてソラ様のお召し物を購入してくださるのですが、ご本人がなかなかご来店していただけませんので、想像だけが膨らむばかりでして」


「よくお母さんがお姉ちゃん用に持ってくる服の何着かはここで購入したり、オーダーメイドで仕立ててもらってたんだよ」


 マリナが補足する。

 クローゼットにある大量の服たちの何割かがこの店のものだったとはとソラは驚く。

 そういえば、いつだったか身体中の詳細な寸法をメイドたちから取られたことをソラは思い出した。それを元に型紙をおこしたのだろう。


「以前から噂を聞いておりましたし、最近も魔導学校の入学式に参加された方々からとても可憐な方だったと教えていただきましたので、ますますお会いしたいという想いが募っていたんです」


「は、はあ……」


 知らないうちに自分の噂が拡散されているようだと、ソラはうんざりするやら呆気にとられるやらだ。

 すると、店長は店の奥へと引っ込んだ。服を取りにいったのだろう。


「すんごい可愛いから、期待しててね!」


 マリナが嬉しそうにソラへと笑顔を向ける。

 何か嫌な予感がするソラ。

 妹を問いただそうとすると、


「――お待たせしました」


 店長が二着の服と一つの小さな箱を丁寧に抱えて戻ってきたのだった。


「では、さっそくお二人でご試着なさいますか?」 


「もちろん!」


「……えっ!?」


 あれやこれやと試着室へ連れていかれるソラ。当惑する暇すらなかった。

 茫然と個室の中で立ち尽くしていると、なぜか一緒に入っていたマリナがソラをせっついてきた。


「お姉ちゃん。ボーッとしてないで早く着替えようよ」


 折りたたまれた服を手渡されたソラはやっと状況が飲み込めてきた。


「いや、『着替えようよ』じゃなくて、何なの、これは!?」


「何なのって、それはお姉ちゃんの服だよ。姉妹お揃いでオーダーしてたの」


「そんなことは聞いてないし! 今、着替える必要はあるわけ!?」


「もう、往生際が悪いなあ! ほら、さっさと服を脱ぐ!」


「ちょ! ひいい!?」

 

 抵抗もむなしく、ソラは妹によって手際よく服を剥ぎ取られてあっというまに下着姿となった。

 泡を食って身体の前を腕で隠すソラ。妹の前で女の子用下着を着けた姿を見られるのはかなり恥ずかしい。


「お姉ちゃんの下着姿はもう何度も見てるし、そこまで恥ずかしがらなくても」


「そ、そういう問題じゃないし!」


「ほら、みんな待ってるよ。着替えて着替えて」


「じ、自分でやるから!」


 ソラはここに至ってようやく観念して着替え始めた。休日なのに何でこんな目に遭わなければならないのかと泣きそうになる。 

 試着室の中でドタバタと姉妹で着替えること数分。ようやく二人は部屋から出るのだった。

 二人が着ているのは、ソラが白でマリナが黒を基調としているノースリーブのワンピースだった。スカートの裾がややふくらんでおり、腰に大きなリボンがつけられていて、上品さと可愛らしさとを見事に表現していた。ご丁寧なことに、靴と靴下、手首につけるカフスなども用意してあった。

 ソラが恥ずかしいのをこらえながら恐る恐る前を見ると、どこから湧いたのか先ほどより増えている店員たちと、なぜか店中の客たちが集まっていたのだった。


「わっ、すごく可愛いくてキレイ!」


「天使みたいな姉妹だわ……」


 店内の女性たちは目を釘付けにされたかのようにソラとマリナを凝視していたのだった。


「うっ……」


 大勢の視線が注がれているのを確認したソラは顔を赤く染めてぴしりと固まってしまった。

 彫像のように動きを静止させているソラの隣では、マリナがファッションモデルさながらにポーズを決めて即席の観客たちに笑顔を振りまいている。

 観客たちに混じっているメアリーが「ひゅーひゅー!」と歓声を上げてサクラのようなことをしており、その隣ではミアがどこか気遣いの混じった笑みを浮かべてソラたちを見つめていた。

 後から店へと入ってきた客たちがいったい何事かと輪に加わってきて徐々に数が増えていく。

 ソラはどんどん騒がしくなる店内を茫然と眺めながら、顔を赤くしたまま突っ立っていることしかできないのだった。

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