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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
幕間 魔法使いの日常編
42/132

エーデルベルグ家訪問②

 マリアが飛び入りで乗車してから五分ほど経った後、ようやく馬車は本邸の正面玄関へと到着していた。

 正門からトータルで実に十分近くかかったことになる。まさにおそるべき庭の広さだった。

 ノエルとマーガレットは執事のジーナスが開いてくれた扉から外へと降り立つ。

 玄関前にある大きな噴水からはきれいな水が噴き出しており涼しげな雰囲気を醸し出している。

 建物の正面には大きな柱が等間隔に並んでおり、その荘厳かつ美麗な様はさながら宮殿のようだ。

 大きな観音扉の前には春らしい花柄のワンピースを着込んだ少女が立っていた。

 ノエルたちの級友であるソラ・エーデルベルグである。どうやら待ってくれていたらしい。


「ようこそ。二人ともよく来たね」


 玄関前の階段を軽やかに下りてきたソラが笑顔で出迎えてくれた。

 すると、ソラの私服を視界に捉えたマーガレットが感動したように瞳を輝かせて瞬時にソラとの間を詰めた。


「お姉さま! よくお似合いです! まるで、春になったら人間界へ降りてくるという妖精のようです!!」


 とても少女とは思えない瞬発力で近寄ってきたマ-ガレットを見てソラはビクッと身体を震わせていた。


「そ、そうかな?」


「はい!!」


 やや身を引きながら返答するソラに元気よく答えるマーガレット。

 ノエルもソラへと近づきながら挨拶する。


「こんにちは、ソラさん。本当によく似合ってますよ」


 実際、マーガレットの台詞はそれほど大袈裟というわけでもない。学校の制服とはまた違った可憐な姿であった。

 ソラは「二人の私服も似合ってるよ」と褒めつつもどこか遠い目をする。


「……ふふ。普段はこんなヒラヒラした服は着ないんだけどね。友達が来るからと母やメイドたちに無理矢理着せられたんだ……」


 と、なにやら若干すさんだ雰囲気でブツブツと言っている。


「あの……ソラさん?」


 よく聞き取れなかったノエルは首を傾げる。

 ソラは一度咳払いして、


「いや、何でもないよ。それより、私の部屋にお菓子を用意してあるから」


 踵を返し、ノエルたちに屋敷へ入るよう促すが、


「じゃあ、二人とも楽しんでいってね。私はこれから仕事の準備をしないといけないから」


 と、マリアが最後に馬車から出てきたのを見て、がくっと上りかけていた階段から足を踏み外しそうになっていた。


「お、お母様!? どうして、馬車に乗ってるんですか!?」


 泡を食ったように母へと詰め寄るソラ。

 だが、マリアは笑顔で娘をいなしていた。


「母親としてちょっと挨拶をしてただけよ。ふふ、二人とも良い子ね。ソラちゃん、友達は大事にするのよ」


 最後までマイペースさを崩さずにマリアは屋敷の中へ悠然と姿を消したのだった。

 母の後姿を茫然と見送っていたソラだったが、焦ったようにノエルとマーガレットの方へと振り向いた。


「あ、あの。母が何か変なこと言ってなかった?」


 二人は一瞬顔を見合わせる。


「いえ。普通にご挨拶をいただいただけです。少し世間話をしましたけど」


「う、うん。そうだね」


 マーガレットの言葉にノエルはぎこちなく頷いた。

 実際は遠慮の欠片もなくマーガレットがソラの幼い頃の話を根掘り葉掘り聞いていたのだ。ノエルが自分だったら友達に知られるのは少し恥ずかしいかも、という内容も含まれていたので、ここはソラの精神衛生上のためにも隠していた方がいいと判断したのだった。

 ソラはノエルたちをやや疑わしく見ていたが、諦めたようにひとつため息をついた。


「ま、まあ、いいや。それじゃあ、二人とも私の部屋に案内するから」


 深く考えても仕方ないと思ったらしい。あるいは防衛反応でも働いたのかもしれない。

 ノエルたちはソラの後について屋敷へと入る。


「うわあ……凄い……」


 途端、ノエルは今日何度目かの感嘆の声を上げた。

 入った先は床が大理石でできたホールになっており、舞踏会でも開けそうなほどの広大なスペ-スだった。 

 天井には豪華なシャンデリアと観るものを圧倒する天井画。迎賓館にも引けを取らない設備である。

 三人は優雅な湾曲を描いている二重の螺旋階段を上り二階へと進む。

 廊下には踏むのが恐れ多くなるような高価なカーペットが敷いてあり、壁にはノエルでも知っている有名な画家が描いた絵画がところどころに掛かっていた。あの絵画一枚で一生遊んで暮らせるほどの価値があるに違いない。

 しばらく廊下を歩くがなかなか目的の部屋には到着しない。屋敷も庭に劣らない広さだった。いったいいくつ部屋があるのか気になるほど廊下には扉が無数にあった。

 たまに使用人とすれ違うが皆立ち止まって恭しく挨拶をしてくる。それに対して鷹揚に頷くソラ。まだ幼い少女とはいえ実に様になっている。

 何度も角を曲がり、もうひとりでは玄関に戻れないだろうとノエルが思い始めていた頃、ソラが白い扉の前で立ち止まった。

 ようやくソラの私室に到着したらしい。


「ここだよ。遠慮なくくつろいでいいからね」


 ソラがノブを掴んで扉を開く。

 ノエルたちがソラの誘導で部屋へと足を踏み入れると、


「やほ~! ようこそ、お姉ちゃんの部屋へ!」


 金髪の女の子が天蓋付きの大きなベッドに腰掛けて笑顔で手を振っていたのだった。

 女の子の横にはさらに幼い男の子がちょこんと座って絵本を読んでいる。

 それを見たソラがずるっとズッコケそうになっていた。


「……なんで、マリナがここにいるのっ!」


 ソラは器用に体勢を立て直すと足をブラブラとさせている女の子へと詰め寄った。つい先ほどにも見たような光景であった。

 女の子は悪びれた様子もせずに近寄ってきたソラの顔を見上げる。


「だって、お姉ちゃんが友達を連れてくるって聞いたから。これは妹として挨拶くらいはしておくべきだと思ってね~」


 ベッドから軽やかに立ち上がった金髪の女の子がノエルたちの方を向く。


「どうも! 私が妹のマリナで、こっちの小っこいのが弟のトリスです。どこか抜けているところがある姉ともどもよろしく!」


 元気よく挨拶してくるマリナと名乗る女の子。確かにソラの妹だけあって顔のあちこちのパーツが酷似している。


「元気な妹さんと可愛らしい弟さんですね!私はマーガレットと言います。よろしくお願いしますね」


 マーガレットがさっそく己を売り込んでいた。その隣では不本意な言われ方をしたソラがなにやら文句を言っていたが。

 ノエルも友人に続いて挨拶してから改めてマリナとトリスを見つめる。

 ソラと一歳年下の妹のマリナは軽いウェーブのかかった金髪にソラにも引けを取らない整った顔をしており、将来相当な美人に成長しそうな予感をひしひしとさせた。大きな蒼い瞳がいたずらっぽく輝いており、溌剌とした受け答えといいかなり明るい性格の持ち主のようであった。

 現在三歳だという弟のトリスは柔らかな栗色の髪をした愛くるしい男の子だった。こちらも女の子と言われても納得しそうなくらいに綺麗な顔立ちをしている。見ているこちらの顔が思わず綻んでしまいそうになるようなあどけない表情をしている。

 ともかく美形な姉弟であった。三人揃っていると一枚の絵画のようである。

 マ-ガレットはにこやかな笑顔でトリスの手をとった。


「私たちはお姉さんのお友達なんです。仲良くしましょうね」


 トリスはマーガレットをきょとんと見ていたが、やがて言っている意味を理解したのかにっこりと笑って手を握り返したのだった。

 横で見ていたノエルも、「うわあ、可愛い……!」と見惚れるくらいのキュートな笑顔であった。


「まあまあ、本当に可愛い男の子ですね! まるで、天使のようじゃありませんか!」


 男嫌いの評価を不動のものとしているマーガレットですら顔を緩ませていた。まだ物心もついておらず、しかも敬愛しているソラの弟ということもあってトリスは例外のようであった。

 マーガレットはトリスの手を握ったまま、まだ心外そうな顔をしていたソラへと向き直る。


「私には兄妹がいないので、こんな可愛い妹さんや弟さんをお持ちのお姉さまが羨ましいです」


「う、うん。まあ、マリナはともかく、トリスが天使だというのは認めるのにやぶさかではないけど」


 ソラは満更でもないという様子で弟に視線を向ける。

 どうもソラはトリスに首っ丈のようであった。おもいっきり目尻が下がっている。 

 すると、マリナがぱんぱんと小さな手を打ち合わせて皆の注目を集めた。


「マーガレットさん、ノエルさん。もうすぐお菓子が運ばれてくるので、テーブルへどうぞ!」


 ノエルがマリナの指し示す方を見ると、部屋の中央に丸いテーブルとイスが置いてあるのが見えた。あそこに座れということだろう。ちなみにイスは五脚あった。

 ノエルとマーガレットは言われたとおりに汚れひとつないイスへと腰掛ける。

 しかし、ソラが胡乱うろんげな目で妹を見ていた。


「もしかして、マリナも参加するつもり? 何か企んでるんじゃないでしょうね」


「そんなことは微塵も考えてないよ。ただ、私やトリスも一緒に仲良くお話したいなって思っただけだし」


「なんか怪しいなあ……。というか、そもそもお呼びじゃないんだから、トリスをおいてどこかへ行っておしまいなさい」


「ひどっ!? なんでトリスはよくて私は駄目なのっ! 差別反対!!」


 ぶーぶーと文句を垂れるマリナ。

 その普通の姉妹のようなやり取りにノエルは微笑んだ。

 エーデルベルグ家へ訪問する前は緊張していたノエルであったが、出会う人間は皆気さくな性格の持ち主ばかりだったのでほっとしたのだ。

 しばらく妹と言い合いをしていたソラだったがこんなことをしていても意味がないと悟ったらしい。諦めたように軽く溜息をついて渋々とノエルの隣に座った。伊達に姉を何年もやっていないということだろう。

 マリナも弟を連れて当然のようにイスへと腰掛けた。

 五人揃ってテーブルに着いたところでノエルは部屋の中を見回してみた。

 屋敷や庭からして分かっていたことだがこちらも相当豪華な内装であった。シンプルに統一されているものの家具から机に置かれている万年筆まで最高級品が取り揃えてある。

 だが、ノエルの注意を引きつけたのはそれらではない。


(……本棚? しかも、あんなにたくさん)


 ノエルは半ば唖然として、そのやたらと大きな存在感を放っている物体の群れを見つめた。

 いくつもの本棚が列となって部屋の半分近くを埋めつくすように鎮座していたのだ。中には本がぎっしりと詰まっている。下手したら小さな書店を営めそうなほどの量である。


「あの……ソラさん。あれは……?」


 ノエルが訊くと、ソラではなくマリナが答えた。


「あれは本好きなお姉ちゃんがあちこちからかき集めた本たちです。古代文字を扱った辞書から大衆用の小説まで一通り揃ってます。最初は壁際だけだったのが集めすぎて部屋の中央にまで勢力を広げているんですよ。ホント意味不明ですよね」


「べ、別にいいでしょうが!」


 意味不明呼ばわりされたソラが不満そうに抗議する。

 ノエルはとりなすように言う。


「ボクも本は好きです。少し拝見してもいいですか?」


「どうぞ、どうぞ。つまらないものですけど」


「だから、なんであんたが返事するわけ!?」


 また始まった姉妹の応酬を横目にノエルは席を立って本棚へと歩く。

 マーガレットも「すごい量ですねえ」と興味を惹かれたようにノエルについてきた。


(うわあ、本当に色々あるなあ……)


 ノエルは背の高い本棚を見上げる。

 女の子の小さな手では持ちきれないような分厚い本から、それこそ手の平サイズのものまで何でもござれだ。タイトルも読めるものもあれば何の言語で書かれているのかすら分からないものまである。

 ノエルは自分でも読めそうな小説を見つけたので、本棚の横に用意されていた脚立を上って手にとってみた。

 表紙を見るにどうやら冒険小説のようである。この近辺は同じジャンルの小説が何冊も並んでいるようだ。


「ソラさんって冒険小説が好きなんですね」


 ノエルが脚立から降りて振り向く。

 妹のもちもちほっぺを「くぬ、くぬ!」と伸ばしていたソラがノエルの呼ぶ声に反応してこちらを向いた。

 その拍子に頬を掴んでいた手が離れてパチンッといい音がする。

 「あいたっ」と涙目になるマリナ。

 頬を痛そうに撫でている妹を無視してソラが本棚に歩み寄ってきた。


「昔からそういうのが好きでね。たいていの本は読んだと思うよ。なんて言うかさ、自分が行ったことのない土地を旅した気分になれるのが好きなんだと思う。なんか、わくわくするっていうか」


「その気持ちは分かる気がします。ボクもよく読んだりしますし」 


 オリヴィエ家の令嬢として生まれてきたノエルは一般家庭の子供ほどに自由があるわけではない。各種の習い事から家同士の付き合いなどやらなければならないことが沢山あるのだ。おそらくソラも同じだろう。だから、このような世界に憧れが生じるのかもしれない。

 もっとも、勇気と能力とを持ち合わせたソラならば冒険者くらい余裕でこなせそうな気もする。

 ソラは共通の趣味を持った仲間を見出したからか喜んだ顔をして、


「それなら、何冊か貸そうか?」


「本当ですか? それじゃあ、お願いします」


「私のオススメは、ニコル・メルケスが書いた小説。そんなに難しくないしサクサクと読めるよ」


「その作者さんはボクも知ってます」


 ノエルはソラ推薦の本を数冊借りることにした。

 すると、ソラは隣で一冊の難解そうな本を読んでいたマーガレットに視線を向けた。


「メグはこういう本はどうなの?」


 マーガレットは本を棚に戻しつつ首を横に振った。


「いえ、私はどうもそういう本は受け付けないんです。たいてい野卑で野蛮な男がわんさかと出てくるので」


「物語の中の男まで嫌わなくても……」


 ソラが呆れたようにマーガレットを見る。

 これにはノエルも苦笑するしかない。

 それでもソラは冒険小説の良さを伝授しようとマーガレットに語り始める。

 ソラの熱のこもった声を聞きつつもノエルは部屋を眺めた。

 大量の本がある一方で最低限の物しか置かれていないようで女の子の部屋とは思えないほどそっけない部屋だ。それでいて、カーテンやベッドなどには可愛い柄がついており、ぬいぐるみなどがいくつか無造作に飾られていたりもする。

 どこかチグハグな印象を受ける部屋なのだった。

 ここで、ノエルはふいにあることを思い出した。


(そういえば、ソラさんにひとつ聞きたいことがあったんだった)


 ノエルもエ-デルベルグ家訪問にあたってある目的をもっているのである。


「あの――」


 ノエルがソラに話しかけようとすると、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。

 どうやらお菓子が運ばれきたらしい。ノエルは質問を一時断念することにした。

 ソラが扉の外へと呼びかける。


「いいよ。入って」


「――失礼いたします」


 二人のメイドがお菓子や飲み物をのせた台車を両腕で慎重に押しながら室内へ入ってきた。ノエルの鼻腔を上品な紅茶の匂いがくすぐる。

 ノエルは何気なくメイドたちへと視線を向けた。

 ひとりは紫色の髪をボブカットにしている猫目の元気そうな少女であった。そして、もうひとりは――


「……あ! ミアさん……!?」


 ノエルの声にしっとりとした雰囲気の十代半ばほどの黒髪の少女が顔を向けてきた。


「……もしかして、ノエル?」


 ミアが驚いたような表情を浮かべてノエルを見つめる。

 しばし、ノエルはミアと見詰め合う。

 その様子を見たソラたちが何事かとざわめく。


「なに、二人とも知り合い?」


「ひょっとして……生き別れの姉妹とか!?」


「なるほど。幼い頃に男に騙されて離れ離れになったということですね」


 よく分からない展開に部屋の中が騒然となる。

 すると、背後から腹の底にまで響くような大きな声が響いた。


「はいは~い! とりあえず、みんな落ち着いついて!」


 思わず皆が口をつぐみ部屋の中がしんと静まる。

 ノエルが声の聞こえてきた方に視線を向けると、そこにはもうひとりのメイドである猫目の少女が面白そうな顔をして場の面々を眺めていた。

 猫目の少女はトリスがひとりちょこんと座っているテーブルを優雅に指し示しながら、


「とりあえず席におつきくださいな。せっかくのお飲み物が冷めてしまいますから」


 片目をパチッとつぶって陽気にウインクしてみせたのだった。






 一度場を仕切りなおしてから数分後。


「――なるほど。まさか、ミアがノエルの叔母さんだったとはね」


 平静さを取り戻したソラがノエルとミアを交互に見て頷いていた。

 マリナは「そんな劇的なことはさすがにないよね」と若干ガッカリしていたが。


「私の一番上の姉がオリヴィエ家に嫁ぎまして。その姉の末娘がノエルなんです」


 テーブルのすぐ側で猫目の少女と並んでいるミアが皆に説明した。

 ちなみに、あれから猫目の少女がミアと共に改めて自己紹介をしていた。名前はメアリー・キャディックといいマリナ付きのメイドを務めているらしい。メイド服の上からでも分かるほどスタイルがよく、なんともセクシーな少女だった。隣に並ぶ清楚な雰囲気のミアとは正反対のキャラクターである。

 メアリーは、『私とミアは若手メイドにもかかわらずお嬢様方のお世話を任されているから、エーデルベルグ家のメイドの中でも“双璧”と呼ばれているのよ!』と両手を交差させて妙なポーズを取りながらノエルとマーガレットに説明していた。

 ソラとミアに『そう呼んでいるのはメアリーだけ(です)だから』と冷静につっこまれていたが。

 ともかくお茶目で賑々《にぎにぎ》しいメイドであった。

 ノエルは数年ぶりに顔を合わせた叔母へと視線を向ける。


「ミアさんがエーデルベルグ家で働いていることは知っていたので、今日の訪問中にできれば会えないかなあと思ってたんです。それが、まさかソラさんの専属メイドだったなんて」


「そうだったんだね。普段は会う機会とかないの?」


 ソラの質問にミアが答える。


「叔母とはいえそう気軽にオリヴィエ家の令嬢であるノエルと面会はできませんから。それに、私もここ数年はメイド学校で寮暮らしの後にエーデルベルグ家へと就職してあまり時間がとれなかったんです」


 ミアもノエルがソラの友人とは思わなかったらしくこちらも驚いていた。

 マリナがノエルとミアを見比べながら、


「でも、よくよく見てみれば納得だよね。二人とも似てるもん。顔立ちとか、艶のある黒髪とか、穏やかそうな雰囲気とかがさ」


「そうですね。控えめというか、おしとやかなところなんかも。いわゆる、東方で言うところの『大和撫子』というやつですね」


 マーガレットが同意する。

 すると、ソラがふと何かを思い出したようにミアを見る。


「……そういえば、ミアって東方の血が入っているんだっけ?」


「はい。父が東方出身です。若い頃にエレミアに移住して、エルシオンに住んでいた母と知り合って私を含めた姉妹が生まれたんです」


「ということは、ノエルも東方の血を引いているってことだね。将来はミアみたいになるのかな?」


 ソラが微笑してノエルを見つめてくる。

 その言葉にノエルは思わず照れた。

 ノエルにとってミアはひとつの理想像である。品があり、仕草の一つ一つが美しく、自然と他人を思いやることができる心根の持ち主で、それと同時に芯の強い女性でもあるのだ。

 マーガレットの言う通り、彼女こそは『大和撫子』と呼ばれるにふさわしい女性だろう。

 ノエルにとってミアは目標とする相手のひとりであり、親族の中でも安心できる存在なのだ。

 すると、ミアが少し困ったような表情をした。


「せっかく会えたのに申し訳ないのだけど……。まだ仕事があるからゆっくり話せそうもないの。ごめんね、ノエル」


「うん、分かってるよ。ボクもとりあえずミアさんの顔が見れて満足だし」


 ノエルは謝るミアに笑顔で返答する。

 この言葉に嘘はない。久々にミアと会えたのだから。

 すると、ソラが優しい表情をしてノエルに言った。


「また、いつでも遊びに来ればいいよ。そうすればすぐに会えるから」


「今度、時間をつくって待ってるわ。そのときにいろいろとお話しましょう」


 気を使ってくれたらしい友人に続き、ミアもノエルの好きな柔らかな笑みで告げたのだった。



 ※※※



 ノエルが叔母のミアと再会を果たした後はミアとメアリが運んできたお菓子をいただきながら穏やかなひと時を過ごした。

 マリナが購入してきたというシュークリームはまさに絶品であった。シュー生地はサクサクと食感がよく、中のクリームは甘くてとろりとしており頬が落ちそうなほどである。さすがにエルシオン中のお菓子を網羅していると豪語するだけのことはあった。

 出された紅茶も各国の王室も御用達という最高級品のもので香りも風味も申し分がない。ノエルは思わずこれ一杯でどれほどの値段なのかと考えてしまったほどである。

 お菓子や紅茶に舌鼓を打ってからノエルたちはいったん庭へと下りてあちこちを散歩した。

 マリアが育てているという、これまで見たことのないような珍しい花が植えられた花壇を観賞したり、なぜか敷地内を流れている川でソラの趣味のひとつであるという釣りを教えてもらったりもした。また、ソラが武術の訓練を行っているという、屋敷の裏手にある森の広場にも行ってみた。

 広い庭を散策してから再びソラの私室へと戻ってくるともう夕方になっていた。

 窓から茜色の光が豪奢で少し風変わりな部屋に差し込んでいた。

 現在はミアたちが持ってきてくれた飲み物を飲みながらまったりと過ごしている。

 ソラは自分の膝にトリスを乗せてジュースを飲ませてあげていた。口の周りを拭いてあげたりとじつに甲斐甲斐しい。

 ノエルはその光景を微笑ましく見ながら、そろそろお開きかなと思っていると、ソラの背後からマリナがちょいちょいと手を振ってノエルとマーガレットを呼んでいるのが見えた。

 どうやら、ソラに気付かれずに『こっちへ来い』と言っているらしい。

 ノエルは何事かとマーガレットと顔を見合わせるが、指示通りにそっと席を立ってマリナの方へと歩いて行った。ソラは弟に構うのが忙しくて気付いていないようだ。

 マリナは部屋にあるひとつの扉の前に立っていた。どうやら別の小部屋につながっているらしい。イタズラっぽい顔をしながらゆっくりと音を立てないように扉を開いた。

 部屋の中へ手をすっと向けるマリナ。この中に入れということなのだろう。

 ノエルとマーガレットが部屋へと入る。

 目の前の光景を見たノエルは、


「わあ、すごい!」


 と、思わず大声を出しそうになったが慌てて己の口を手の平で押さえた。隣を見るとマリナが「しー!」と唇に人差し指をあてていた。

 ノエルは口に手をあてたまま改めて眺める。


「それにしても、すごいですねえ……」


 マーガレットが静かに驚いている。

 まったくだとノエルは思った。

 ノエルたちが入った小部屋はクローゼットであった。それだけなら別に驚くことのほどでもないがともかく服の数が多いのだ。全部で何着になるか想像もつかない。

 種類も多種多様である。標準的なワンピースからフリルまみれの可愛らしい服や露出がやたら高いものもある。ほかにも高価そうなドレスやどういうシチュエーションで着るのかよく分からない着ぐるみのようなものまでとにかくたくさん陳列しているのだった。 


「これは、お母さんがお姉ちゃん用に買ってきた服の数々なんです。でも、お姉ちゃんは恥ずかしがって着ようとしないんですよ。とくに外では」


 マリナが説明してくれた。


「それでは、宝の持ち腐れですね。ソラさんが着たらきっと似あうでしょうに」


 マーガレットがもったいないという顔をする。

 その意見にはノエルも同意するところだ。自分でも着るのがためらわれる服が一部あるが。


「お姉ちゃんは、なんていうか特殊な『恥じらい』みたいなものを持っていまして。そこがいいんですけどね」


「『恥じらい』?」


 ノエルが何気なく聞き返すが、マリナはとくに返答はしなかった。

 と、ここでマリナは微妙に話題を変えた。


「お姉ちゃんには女の子の常識とかに疎い部分ってありません? 変わってるっていうか」


 ノエルはマーガレットと視線を交わした。正直、心当たりがないでもない。

 ソラには少女としては規格外なところがあったり、変わった一面がいくつか見受けられるのも確かだ。普通の女の子が興味を持ちそうなものにも無関心だったりもする。ソラの趣味や私室などがいい例だ。


 しかし、マーガレットは平然と答える。


「でも、そこがソラさんの魅力でもあります。そこらの男よりも凛々しく毅然としていたり、同じ年とは思えないほど大人びている時もありますし、勝負事でムキになるようなところも」


「そうだね。見ず知らずの人間を助けるようなお人良しだったりね。良い意味でお嬢様らしくないっていうか。それに、普段はほんわかとしていて可愛いかったりするしね」


 ノエルも続く。

 多少変わっているかもしれないが、それらがソラ独特の魅力ともいえるのだ。

 それを聞いたマリナはにっこりと微笑んだ。


「……そうですか。お姉ちゃんがいい友達を持てて良かったです。これからもお姉ちゃんと仲良くしてあげてください」


「もちろんですよ」


 ノエルとマーガレットも笑顔になって頷く。

 すると、背後から騒がしい声が聞こえてきた。


「――わあっ!? ちょっと、何してるのっ!」


 焦った様子のソラが部屋に飛び込んできたのだった。

 ソラは小さい身体を目一杯広げて大量にかけられている服たちを隠そうとした。


「あ、あの、これは、お母様が勝手に集めた服であって、ぼ――私の趣味ではないというか……」


 なにか必死に弁明しようとしているソラを見て、ノエルは思わず笑いそうになるのをこらえた。

 額に汗を搔いているソラはマリナをきっと見据えた。


「マ、マリナ! これはいったいどういうことなわけ!? やっぱり、よからぬ事を企んでいたんだね!」


 マリナは姉の追及にも明後日を向いてとぼける。


「別にそういうつもりはないよ。お二人にクローゼットを見せてあげただけだし。それに、一種の広報活動というか」


「は? 広報活動?」


 ソラはワケが分からないという表情をする。


「こうやっていろんな人たちを仲間につけていけば、お姉ちゃんもそのうち観念して、これらの服を着て外に出てくれるかもしれないんじゃないかなあと」


「な……っ!? 余計なお世話すぎるんだけど!」


 ソラが憤慨する。

 ここでマーガレットが取り成すように間に入った。


「まあまあ、いいじゃありませんか。きっと似合いますよ」


「いや、そんな問題じゃないっていうか」


 ソラはもごもごと言葉を濁す。

 すると、マリナはサッと身を翻して入り口からこちらの様子を見ていたらしいトリスの背後へと回った。


「トリスもソラお姉さまの可愛い姿をいっぱい見たいよねえ?」


 トリスは肩越しに問いかけてくるマリナを見上げていたが、


「はいっ。みたいです」 


 と、笑顔を浮かべてコクリと頷いたのだった。

 それを見て、卒倒しそうになるソラ。


「ちょ、ちょっと! トリスを巻き込むのはずるくない!?」


 焦る姉の姿に、マリナは「むふふ」となにやら少女らしからぬ笑い声をあげる。

 ソラは助けを求めるようにノエルの方を向いた。


「ノエルも何か言ってやってよ!」


 ノエルはソラに微笑んで見せる。


「ふふ。お姉さん想いのいい妹さんじゃないですか。許してあげてください」


「ノエルまで!? これじゃあ、まるで私が駄々をこねてるみたいじゃない!? おかしいよ!」


 孤立状態のソラが悔しそうに地団太を踏む。

 ノエルは普段は見ることのできないソラの様子を見ながら、今日は来て本当に良かったと心底思った。

 ふと、マーガレットと目があう。どうやら彼女も同じ思いらしく満足の笑みを浮かべている。

 すると、横では姉妹のバトルが開始されていた。どうもソラの堪忍袋の緒が切れたらしい。


「マリナッ!! 待ちなさいっ!!」


「いやだよ~だっ!!」


 どたばたと部屋中を駆け回る姉妹たち。


「トリスくん。お姉さんたちが静かになるまでしばらく本でも読んでようか」


 長引きそうなので、ノエルとマーガレットはトリスの手を引いてテーブルに移動する。 

 この後、仲の良い姉妹の追いかけっこは、ミアとメアリーがノエルたちの帰りの馬車の用意ができたことを知らせに来るまで延々と続くのであった。

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