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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと傭兵の少女
39/132

第9話

 エルシオン・シンフォニー・ホ-ルの周辺は混戦の様子を呈していた。

 魔導騎士と憲兵の混成部隊が傭兵たちと一進一退の攻防を繰り広げている。

 あちらこちらから激しい剣戟の音が、裂帛の声が、そして、時折爆音が聞こえてきていた。

 エレミアの最精鋭たる魔導騎士が最前線を務め、最も数の多い憲兵たちがホールの周囲を一部の隙もなく取り囲んでいる。

 この場の指揮官にして魔導騎士団三番隊隊長エドガー・ランズベルトは後方で声を枯らすようにして指揮していた。

 一刻も早く傭兵たちを壊滅させて、内部へ救援に向かわなくてはならない。最低でも傭兵たちをホール内に逃げ込ませてはならないのだ。

 しかし、傭兵たちも踏みとどまっており、なかなか崩れない。さすがは歴戦の傭兵といったところだった。

 数で圧倒的に劣るのにも関わらず、爆薬に柱や壁などの遮蔽物を巧みに使って数的不利を補っている。

 当初は人質のことを度外視して攻め込んできたエドガーたちに困惑していた様子も窺えたが、すぐに立ち直ったことといい、その流れるような連携といい敵ながら大したものである。

 もっとも、己の部下たる魔導騎士たちも負けてはいない。徐々にではあるが、敵の陣営に食い込んでいるのだ。

 魔導騎士たちは二人一組になって、攻防の役割をその場の状況によって自在に組み合わせるというスタイルをとっていた。

 ひとりが傭兵と斬り結び、もう片方はフォローしつつも防御の魔導を準備している。

 傭兵が爆薬を使用しようとすれば即座に下がり、用意していた障壁を発動させてなんなく防いでいる。そして、間断なくまた間合いを詰めて攻め立てるのだ。

 誘爆の危険と建物への影響を考えて攻撃的な術こそ使わないが、高度な近接戦闘能力と魔導とを併せ持つ魔導騎士ならではの戦い方である。

 エドガーは傭兵たちの表情に少しずつ焦りの色が滲みはじめていることに気づいていた。

 ぎりぎりで食い止めているとはいえ、このままでは押し切られるのは時間の問題だということを理解しているのだろう。なのに、ホール内部からは何のリアクションもないのだ。

 かといって内部に退却しようにも、背を向けたとたんに魔導騎士によって倒されるのは目に見えている。それほど彼らの実力と圧力とは凄まじいのだから。

 傭兵たちがひとり、またひとりと無力化されていった。対して魔導騎士の損害はほぼゼロである。

 状況が優位に傾き始めていると確信し、エドガーはホール内部へと意識を向けた。

 内部からは最新の音響設備が設置されていることもあってほとんど音が聞こえてこない。

 ソラたちがホール内に突入してから数分が経過しているが、二階の爆薬が爆発する気配はない。どうやら、最初の難関は無事に乗り越えられたのだと判断してもいいだろう。

 後はホール内の傭兵たちをいかにして制圧するかである。しかも、人質たちに危害を加える隙を与えずにだ。

 素人が考えても困難な作戦だと分かる。

 今更考えても詮無いことではあるが、自分も同行するべきだったのではないかとエドガーは後悔していた。指揮官としての役割を全うするために残ったのだが。

 ソラたちをよく知るキースとスベンを付いて行かせことに不安はない。

 彼らは魔導騎士団きっての才能の持ち主であり、入団からわずか数年で団でも上位の使い手になりつつあるのだ。

 飄々としていて女性好きな性格ながらも、天才肌で高い洞察力を有するキース。

 生真面目で少々融通が利かないが、トータルバランスに優れ欠点の少ないスベン。

 二人のコンビネーションも団では屈指である。

 彼らなら任務をきっちりと果たせるだろうとエドガーは信じている。

 強固に反対したものの、少女たちに関しても、その能力に関しては疑いの余地はない。

 赤髪のアイラという少女は相当の実力者であることが見てとれた。面識はなかったが、ソラたちの護衛か何かだろうとエドガーは思っている。

 己が敬愛する元上司、ウィリアム・エーデルベルグの孫娘たちも同様である。それこそ、赤ん坊の頃から知っているのだから。

 とりわけ、次女であるマリナの実力はよく知っている。

 魔導よりも剣術や内気の扱いの方が好みらしく、年端もいかない頃から魔導騎士の若手と混じって訓練しているくらいなのである。

 魔導の名門出身というだけでなく、偉大なる祖父母の才能を受け継いでいる少女は、驚くべき成長速度でめきめきと実力を伸ばしているのだ。

 エドガ-もその才能ぶりを何度も見せつけられ、将来は女性初の魔導騎士団団長誕生かなどと気の早いことを思ったくらいである。

 そして、長女のソラ。

 幼い頃から神童と呼ばれ、すでに魔導士としての実力は一流であり、東方武術においては高位の伝位を与えられているらしい。

 その実力の一端を垣間見たことはあるものの、一言で言えば底が知れないとでもいうべき少女であった。

 改めて考えてみると、とんでもない姉妹である。その才能と実力に加え、可憐な容姿から『エーデルベルグ家の宝石』などと呼ばれていたりもするのだが。

 しかし、どうにも行動力がありすぎるので、以前から危なっかしく感じてはいたのである。まさか、テロの現場にまで乗り込んでいくとは。


(……それにしても、あの時のソラお嬢様の迫力は凄まじかったな)


 エドガーは先ほどソラに説き伏せられた場面を思い出した。

 少女とは思えない、祖父の叱声にも劣らない圧倒的な迫力。思わず膝をつきそうになったほどである。

 エドガーは、これが何百年と魔導士の頂点に君臨してきた血筋なのかと冷や汗を搔いたものだ。


(いずにれしろ、私は職を辞さなければならんな)


 再度建物に視線を向けながら思う。

 時間がなかったとはいえ、少女たちを戦場に送り込む最終的な決断を下したのは己なのだ。

 言い訳の余地はなく、結果がどうなろうと全責任はエドガーにある。

 今のところホール内からは異変は感じられないので、ソラたちが上手くやっているのだと信じたい。


(……頼みましたぞ、お嬢様方)


 エドガーは祈りながらも指揮に集中するのだった。



 ※※※



 アイラは目の前の相手に注意を払いながらも周囲の状況を観察していた。

 ソラの<電撃ライトニング>を回避し、現在アイラたちと対峙している者たちは、予想通り幹部級の傭兵たちであった。

 アイラたちはこれから彼らを各個撃破しなくてはならないのだ。

 すでに戦闘を開始している魔導騎士の二人――キースとスベンと名乗った男たちは、傍から見ても優勢に戦いを進めていた。彼らが勝つのは時間の問題に思えた。


(だが……)


 と、アイラは金髪の少女を見やる。

 よりによってマリナの相手は副団長のゴルドーだったのだ。

 傭兵団一の怪力の持ち主。その巨大な戦斧は敵を一撃でばらばらにしてしまうほどの威力がある。

 二人を見比べてみると、まるで巨人と小人のようだ。

 マリナの実力を目の当たりにしたアイラではあるがやはり心配である。


(それに)


 アイラはステージ上を見る。

 そこには、白髪の少女と鎧を纏った大柄な男が向かい合っていた。ソラとガレスである。

 アイラにはこちらも気になって仕方がない。

 ソラがとてつもない潜在能力を秘めているとはいえ、相手はあのガレスである。

 傭兵団の団長であり、最強の使い手。そして、『魔導士殺し』という異名を持っているのだ。

 そのような異名を持つ敵を、魔導士であるソラが相手にするべきではなく、魔導騎士のどちらかに任せるべきだとアイラは主張したのだが、ソラが譲らなかったのだ。

 アイラはあの姉妹に大きな恩義がある。傷つくところはできるだけ見たくない。

 眼前の相手をできるだけ早くに片付けて、加勢に赴こうとアイラが考えていたときだった。


「――おいおい、戦闘中になに気を散らしてんだ?」


「!」


 突然、目の前に剣が振り下ろされ、アイラは双剣をクロスさせて受け止めた。 

 双方の武器が噛み合い、一時的に互いの動きが止まる。

 すぐ目の前にいたのは、不良じみた男ジェイクであった。

 アイラはうんざりしたような声を出す。


「よりにもよって、私の相手がおまえとはな……」


「そう言うなよ、俺は感激してるんだぜ? おまえと戦うことはもうないと思ってたからな。俺は神やら運命なんぞ信じちゃいないが、今日ばかりは信じてもいい」


「神を信じない、か……。そこだけは同感だ」


 アイラはジェイクの剣を弾いて一旦距離をあけた。

 それから、アイラは左の剣を前に出すという、いつもの構えをとる。


「今日こそは勝たせてもらうぞ。おまえに構っている暇はないんだ」


 アイラがジェイクに勝てたことは一度もない。傭兵団に入った当初は叩きのめされてばかりであった。  

 だが、アイラはこの二年間で飛躍的に成長し、今ではジェイクと互角に戦えるほどになったのだ。


(絶対に勝ってみせる。私とライラを救ってくれたあの姉妹のためにも)


 ここで、ふとアイラは思う。

 家族以外の人間のために双剣を振るうのは久しぶりだと。

 そのとき、ジェイクの笑い声が聞こえてきた。

 アイラが視線を向けると、ジェイクは額を押さえながら身体を折り曲げて笑っていた。

 不快に思ったアイラが訊く。


「何がおかしい」


 ジェイクはひとしきり笑い続けると、目の端に浮いた涙を手の甲で拭きながら言った。


「決まってんだろうが。おまえの間抜けぶりにだよ」


「……言ってろ」


 アイラはその言葉を受け流して一気に飛び出した。ジェイクはよく無意味なことを言ってアイラをからかうことがあるのだ。いちいち気にしてはいられない。

 アイラは体勢を低くして、撹乱するようにジェイクの周囲を周りはじめた。

 前回はジェイクのペースにまんまと嵌ってしまったが今回はそうはいかない。アイラの得意な速度を使った戦法で隙を見出して勝負を決める。

 アイラがそう考えていると、剣を無造作にぶらさげて突っ立っていたジェイクが突如動きはじめ、走り回るアイラにタイミングを合わせて肉薄してきた。

 アイラは左の双剣で受けるが、その一撃は普段のものよりも重く感じられた。


(また、後先考えずに攻めるつもりか?)


 アイラは苦労しながらも受け流し、ジェイクの横に流れるように移動した。そのまま右の双剣を脇腹に叩き込もうとする。

 しかし、ジェイクはぴたりとアイラの動きについてきたのだ。


「な……!?」


 アイラが驚きの声をあげる。

 ジェイクの横薙ぎの斬撃をアイラは慌てて頭を低くして避け、膝を深く曲げてできたタメを使って後方へと跳んだ。

 着地したアイラが構え直すが、動揺を隠せずに目を見開いたままだった。


(こいつ、まさか……)


「ははっ。もしかして、気づいたか?」


 ジェイクはアイラの様子を見て愉快そうに笑う。

 アイラは無言で、動きにフェイントを入れながらジェイクに向かっていった。

 今度は積極的にこちらから仕掛けていく。

 ジェイクの直前で、幻惑するように身体を小刻みに振りながら、左右の双剣を時間差をつけて相手に叩き込む。

 だが、ジェイクはうまく身体を移動させて、アイラの右の攻撃を避け、左の攻撃を器用に弾く。そして、返す刀でアイラを真っ二つにしようとする。

 身体を半回転させて避けるアイラ。

 ジェイクの剣速からして、追撃にはまだコンマ数秒の余裕があると予測し、そのままもう半回転しながら右の双剣をジェイクに突き刺そうとした。

 しかし、目の前にはすでに剣を振り上げているジェイクの姿があったのだ。

 アイラの攻撃よりも、あちらの攻撃が届くのがわずかに速い。


「――!」


 ぞんっ!! と空気を裂く音とともに振り下ろされたジェイクの剣をアイラは斜め前方に身を投げ出すようにして避ける。間一髪であった。

 体勢が崩れているアイラに、当然ジェイクが追い討ちをかけようとする。

 ジェイクが間近に迫るが、アイラは慌てることなくぎりぎりまで引きつけて、双剣のひとつをジェイクの首筋に向かって投げつけた。


「――おおっと!!」


 ジェイクが上半身を振って、すんでのところで避けた。

 アイラはジェイクが一瞬動きを止めた瞬間に急いで距離をとった。そして、くるくると回転して戻ってきた双剣をキャッチする。


「その技は初めて見たぜ。にしても、相変わらず器用なヤツだな」


 ジェイクは楽しそうに笑って、大胆に距離を詰めてきた。


「んじゃあ……そろそろ俺から行かせてもらおうか」


 ふいにジェイクの雰囲気が変わる。

 アイラは得意の俊敏さを生かした動きで迎え撃とうした。

 しかし、ジェイクは苦もなくアイラの動きの全てに対応してみせたのだ。


(……こいつ! やっぱり!)


 アイラは奥歯を噛み締める。

 互いの総合力はほぼ伍するとアイラは分析していた。実際、最近は勝負がつかずに引き分けることが多かった。

 腕力や経験では及ばないが、俊敏さや器用さではアイラが上回っていたのだ。アイラも己の長所を生かすことでジェイクと互角に渡り合っていたのだと思っていた。

 だが、今はどうだ。ジェイクはアイラの動きに余裕でついてきているではないか。

 何度にも及ぶ戦いでアイラの動きに慣れてきたというのもあるのだろう。

 しかし、これは単純に――


「……おまえ、今まで手を抜いていたのか……!」


 ジェイクはアイラの台詞ににやりと笑った。

 そう。単純にジェイクの地力がアイラよりも上なのだ。

 ジェイクはこれまで見たことのない凄まじい剣撃を振るいはじめた。今までとはキレと速度が段違いであった。

 アイラは必死になってそれらの攻撃を受け流し、避ける。


「実力が下のヤツと全力で戦ったところでつまらねえだろうが。だから俺が楽しめるようにレベルを落として相手をしてやってたんだよ。もしかして、本気で互角だとでも思ってたのか? だから、おまえは間抜けだと言ったんだよ。……小娘が調子に乗るんじゃねえぞ!」


 ジェイクの攻撃がアイラを着実に追い詰めていく。


「どうした! あれだけ大口を叩いたんだ、もっと俺を楽しませろよ! 俺にぎりぎりの戦いを味あわせてくれよ!!」

 

 ジェイクが哄笑しながら、さらに剣速をあげる。

 アイラの髪の先端が斬り飛ばされる。肌に無数の傷が刻まれる。胸装甲の肩部分が吹き飛ばされる。

 文字通り、アイラは瀬戸際に立たされていた。


(このままでは、確実に負ける)


 反撃を試みようにも、ジェイクの隙のない連撃がそれを許さない。

 距離をとろうにも、ジェイクのアイラと連動しているかのような動きがそれを許さない。

 すると、ジェイクが攻撃を続けながら言った。


「――あの時のように捨て身で来ないと俺には勝てないぜ、アイラ。それとも、このまま座して死を待つつもりか?」


 挑発するかのように。

 攻撃を際どいところでかわしながらも、アイラはジェイクを睨みつける。


(相も変わらず、身勝手な男だ)


 この男は殺し合いを楽しむためなら何でもする男なのだ。

 慎重に時間をかければ、リスクを負わずにアイラを殺せるだろうに、わざわざ挑発して起死回生の一撃を要求してくる。 

 とはいえ、腹立たしくはあるものの、ジェイクの言うように他に手はないのだ。

 アイラは一瞬で覚悟を決めた。このままでは、致命傷を負うのは時間の問題である。

 本当に前回の戦いの続きのようだとアイラは思った。あのときは直前でガレスの制止が入ったが。

 もっとも、今回は圧倒的にアイラの方が分が悪い。

 それでも、アイラには死ぬ気は毛頭もなかった。

 アイラにとってこの二年間は、希望や目標を失い、妹を守るという使命だけを必死にこなしているだけの人生だった。そして、それすら無残に打ち砕かれようとしていた。

 だが、そこにようやく希望の光が差したのだ。今思えば奇跡的とも言うべき出会いが。


「――だから、お前に負けるわけにはいかないんだ!!」


 アイラが双剣を顔の前で交差させるようにして一気に前へ出た。

 それを見たジェイクが笑みを深くして瞬時に剣を引き戻す。今までで最速の斬撃を放つつもりなのだろう。

 決死の覚悟でアイラがジェイクの懐に飛び込もうとしたときだった。

 突然、アイラたちの横合いから凄まじい魔力の波動が押し寄せてきたのだ。

 

「!?」


 さしものジェイクが驚愕した表情を浮かべていた。それほど強大な魔力であった。

 ほんの一瞬だけジェイクの注意が逸れ、反応が遅れる。

 それは隙とも呼べないほどではあったが。

 アイラはその一瞬に全てを賭けて、叫びながら突っ込んでいった。


「ああああああっ!!」


「――ッ! これで終わりだ、アイラ!!」


 突っ込んでくるアイラの胸元へとジェイクが高速の突きを繰り出す。

 ジェイクの剣先がアイラを捉えようかという寸前だった。

 ものすごい勢いでアイラの身体が回転したのだ。


「なっ……!!」


 ジェイクが目の前の光景に目を見開いた。

 猛烈に回転するアイラの双剣は、ジェイクの剣を弾きその身体を鎧ごとずたずたにした。


「――がああっ!?」


 ジェイクは身体を震わせ、あちこちから血を飛び散らせる。

 無我夢中でジェイクへと攻撃を続けるアイラ。

 しばらくしてから、ようやくアイラの回転が止まると、ジェイクは身体をふらつかせながら後退し、観客席のひとつにもたれるように倒れこんでいったのだった。

 荒い息をつきながら、アイラはその場に膝をつく。


(危なかった……)


 もし、あのまま突っ込んでいれば、アイラが技を繰り出す前に、ジェイクの剣がアイラを貫通していただろう。アイラの捨て身の攻撃はわずかに届かなかったのだ。

 だが、直前に幸運が舞い降りた。

 アイラは横を見る。

 そこには、ゴルドーを吹き飛ばしたらしいマリナがいた。

 ゴルドーは観客席に埋もれてぴくりとも動かない。


(彼女に助けられた)

 

 マリナが放出した膨大な魔力。あれにほんの一瞬ジェイクが気をとられたおかげで、アイラが技を出すのが間に合ったのだ。まさに瞬きひとつ分にも満たない隙が勝敗を分けた。

 アイラは苦笑する。

 マリナの加勢をするつもりが、逆にこっちが助けられたのだから。 

 やはり常識では測れない姉妹だと思う。あれほど強力な魔力の波動は魔獣相手にも感じたことがない。

 アイラは立ち上がりながらジェイクを見た。

 ジェイクは身体の前面が無数のカマイタチにでも切り刻まれたようになっており、血まみれでひどい状態である。さすがに動く気力はもうないようだ。

 アイラが落ちたジェイクの剣をまたぎながらゆっくりと近づくと、ジェイクが口から血を吐きながら喋りかけてきた。


「……よう、アイラ。最後のあれは何だ? 俺の長い傭兵人生でも見たことがなかったぜ。まさか、あんな隠し玉を持っていたとはな」


「……あれは、私の故郷に伝わる奥義のひとつだ。もっとも、形になりだしたのは最近のことだし、ぶっつけ本番だったけどな」


 ジェイクはそれを聞いて愉快そうに笑った。


「くはは、やっぱ面白いヤツだぜ。お前は俺をぞくぞくさせる数少ない相手だったからな。それに、何度叩きのめしてもかげることのない、その燃えるような目を結構気に入ってたんだぜ」


「……降参しろ。早く治療を受けなければ命に関わるぞ」


 ジェイクはアイラの言葉を無視して続けた。


「今の戦いは、どんな戦争にも勝る楽しい戦いだったぜ……。俺は神を信じないが、地獄はわりと信じてる。――だから、またいつか地獄で戦り合おうぜ、アイラ」


 ジェイクは奥歯に仕込んだ毒を飲み込んだ。


「貴様……!!」


 アイラが急いで毒を口から搔き出そうとするが、すでにジェイクは事切れていた。

 ジェイクは観客席の背もたれに首を預けていて、その姿は、まるで観劇中にうっかりうたた寝でもしているかのようだった。

 口元には満足気な笑みが浮かんでいる。


(……最後まで、こいつらしかったな)


 アイラはしばらくジェイクの姿を無言で見つめていたが、やがて双剣を身体の前で構えた。

 それは、アイラの故郷で使われる、全力で戦った相手への作法。

 久しく行うことのなかった、戦士の礼であった。

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