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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと傭兵の少女
37/132

第7話

 アイラは陰鬱な顔で敵対してきた人間たちを縄で縛っていた。

 ここはエルシオン東部に建てられている魔導炉三号機の内部である。

 アイラたちは最初の起爆を行ってから数人ごとに分かれ、それぞれの担当区域の爆薬をいくつも起動させていった。

 当初の目論見どおりにエルシオン中が混乱したので思ったよりもスムーズに進んだ。

 その後、魔導炉の周辺で集合して一気に敷地内に攻め入ったのだ。

 敷地内には警備の人間が数十人ほどいたが、傭兵たちは死を恐れないような勢いで突っ込んで行った。アイラが唖然とするほどであった。

 その戦いはまさに地獄であった。傭兵たちはまず爆薬を投げつけて前方にいた警備員の何人かを吹き飛ばし、狂ったように切り込んでいったのだ。

 警備の人間たちは数ではアイラたちの倍近くいたはずだが、しょっぱなから強烈な先制を受けて戦意をくじかれたようだった。そうなってはもはや彼らの敗北は時間の問題であった。

 双方何人もの死者が出たが、最終的に施設はテロリストたちの手に落ちたのだった。

 魔導炉の中枢へと続く頑丈な扉を爆薬で破壊して内部へと入り込むと、そこには怯えた表情をした数人の作業員たちが身を寄せ合うように固まっていた。

 大量の返り血を浴びた傭兵たちが作業員たちに武器を向けたが、非戦闘員を害する必要はないとアイラが止めた。

 このグループのリーダーであるドクは冷たい瞳で彼らを見ていたが、しばらくしてから頷いてアイラに処理を任せたのだった。

 アイラはまず作業員たちを縄で柱にくくりつけ、現在は己が失神させた警備員を縛っている最中なのだった。

 すると、そこにドクがふらりとやってきた。


「――いやはや、アイラさんは優しいですねえ。ひとりも殺すことなく気絶させたのですから」


 ドクは「クケケ」と笑い、眼鏡に付着した血を拭き取りながらアイラへと歩み寄る。

 陰鬱な男がまとう茶色のコートには夥しい返り血がついており、吐き気のするような臭いを周囲に漂わせている。この男は武器であるメスで何人もの警備員を切り刻んだのだ。


「……警備の人間を無力化するという任務はちゃんとこなしたんだ。文句を言われる筋合いはない」


「ええ、ええ。もちろんですよ。それにあなたが最も多くの警備員を無力化したのですから。さすが我が団でも五指に入るほどの戦士ですね」


 ドクが珍しくアイラを褒める。どうも気分がかなり高揚しているらしい。

 アイラは全員を縛り終えると、立ち上がって背後を振り返った。

 そこには円柱形の巨大な物体が鎮座していた。高さも直径もアイラの身長の数倍はある。どうやら、これが魔導炉の核らしい。

 核から凄まじいまでの魔力が渦巻いているのを感じ、思わずアイラは身震いした。

 すると、アイラは傭兵たちが核の周囲に爆薬の詰まった箱を配置しているのを見つけた。


「おい、あれは何だ。占拠するだけではないのか?」


「あれは念のためですよ。あなたが気にする必要はありません」


 ドクはにやりと笑った。

 それを見てアイラは猛烈に嫌な予感がした。自分は何かとんでもないことに手を貸したのではないか。

 ドクの説明によれば、エレミアに捕らえられた『アビス』の構成員たちが要求どおり釈放されれば作戦は成功となり、後は撤退するということだったのだが。


(……いや、私はすでにこいつらの共犯者だ。今更何を言っても仕方がない)


 アイラは頭を振って、考えるのをやめた。


「さて……ほかの魔導炉はどうなっていますかね。予定通りに進んでいればいいんですが。団長たちはうまくやっているはずです。なんにしろ、この不遜なる大国、エレミアに大打撃を与えることでしょう」


 ドクは暗い愉悦を滲まながら核のそばに次々と設置されている爆薬を眺めていた。

 アイラはドクを無視して妹のことを考えていた。

 もはや自分はライラと一緒に暮らす資格はない。正真正銘の犯罪者になってしまったのだから。

 だから、すべてが終わったら、妹が解放されるのを見届けて姿を消すのだ。もはや二度と会うことはあるまい。

 アイラにとって最後の家族を失う。そう考えただけで心が冷たくなる。

 だが、もう決めたことなのだ。

 アイラは唇が破れそうになるほどに噛み締める。

 と、そのときだった。


「……おや?」


 おもむろにドクが振り返り、アイラも複数の気配を察知した。

 アイラが爆薬で破壊された入り口を見ると、そこには四つの人影があった。


「……えっ」


 そのうちの二人には見覚えがあり、アイラは思わず目を丸くした。

 入り口に立っていたのは、この場に似つかわしくない白髪と金髪の少女であった。

 少し前にアイラが見かけた姉妹とおぼしき少女たちだったのだ。

 あちらもアイラを見てなにやら驚いた顔をしている。

 何でこんなところにいるんだとアイラが動揺していると、


「……ほう。思ったよりも早く来ましたね。たまたま見つけたのか、それともまさかとは思いますが、我々の進撃ルートから割り出したのか……。いずれにしろ排除せねばなりません。――アイラさん!」


 ドクが眼鏡を冷たくきらりと光らせてアイラを呼んだ。

 アイラはその声にはっと我に返った。


「どうやら四人だけのようですが、男二人は魔導騎士です。厄介ですよ。……あの少女たちはよく分かりませんが、増援が来る前に片付けますよ」


 ドクが懐からメスを取り出し、ほかの傭兵たちも爆薬の設置を一旦中止して戦闘態勢に入った。


「……あの二人の少女は私にやらせてくれ」 

 アイラも双剣を抜きつつドクに言った。

 ドクはちらりと横目でアイラを見た。


「なるほど、あなたらしいですね。まあ、いいでしょう。仮に彼女らが魔導士だったとしても、あなたにとってそこまで脅威にはならないでしょうしね」


 そう言うとドクや傭兵たちは魔導騎士へと注意を集中させた。エレミアの最精鋭である彼らは相当手強い存在なので当然だ。

 アイラは改めて少女たちに視線を向ける。

 アイラは少女たちを己が相手にした警備員たちと同じく当て身を入れて早々に失神させるつもりでいたのだ。ドクをはじめとした傭兵たちに相手をさせたら間違いなく悲惨なことになる。

 しかし、次の瞬間アイラの目論見はあっさりと破れ、傭兵たちは度肝を抜かれたのであった。

 金髪の少女が唐突に地を蹴って、凄まじい速度でドクに肉薄したのだ。不意を突かれたとはいえ、誰も反応できないほどの速度であった。

 そのまま後ろ手に隠すように持っていた剣を鞘がついたままの状態でドクに叩きつける金髪の少女。


「…………っ!」


 ドクは辛くもその一撃を避けて後方に飛び退いた。

 傭兵たちの整えられていた陣形が一気に乱れる。

 その隙を逃さず魔導騎士たちがアイラとドクの二人とそのほかの傭兵たちを分断するように割り込んだ。どうやら彼らだけで残りの傭兵たちの相手をするつもりらしい。

 金髪の少女がドクへ猛然と追い討ちをかけている。

 あまりにも予想外の出来事に百戦錬磨の傭兵たちとはいえやや浮き足立っているようだった。

 アイラも金髪の少女がドクと対等以上に渡り合っているのを見て戦闘中にもかかわらず呆然としていたが、彼女を制止しなければと思い至った。

 信じられないほどの実力を秘めているようだが、ドクには爆薬という切り札があるのだ。無残に吹き飛ばされる前に止めなくては。

 だが、動こうとしたアイラの前に白髪の少女が立ちふさがった。


「キミの相手は私だよ」


「…………!」


 アイラは咄嗟に身構える。目の前に立つ少女が見た目どおりのか弱い存在ではないと瞬時に直感したのだ。

 少女はただ直立しているように見えたが、その眼は真っ直ぐにアイラを見つめていて隙がほとんどなかった。

 ただ、アイラはこの時油断なく少女と対峙しながらもちょっとした感動を覚えていた。

 こうして間近で見ると少女の美しさはまさに芸術的とも呼べるものであった。白い髪がさらさらと音もなく少女の背中に流れていて、純白の服と合わせて見るものに浮世離れした印象を与えた。

 そしてなにより、少女の真っ青な瞳に心を打たれたのだ。まるで故郷にある湖のようだとアイラは思った。

 アイラの故郷にある湖は非常に透明度が高く、運がよければ湖底まで視認できる。そして、晴れた日にはきれいな青空が鏡のように湖に映りこむのだ。

 少女の瞳はそのときの湖の色をアイラに思い起こさせ、余計に少女と争うのが苦痛に感じられた。


「……君たちは何者なんだ? あの魔導騎士たちはともかく、君たちは安全な場所で保護されるべき人間のはずだ。なのに、何で……」


 アイラは無意識のうちに少女に話しかけていた。

 少女も話しかけられるとは思っていなかったのか少しだけ驚いた表情をしたが、しばらくして言葉を選ぶように話しはじめた。


「……自分たちが育った街を守ろうとするのは当然だと思うよ。目の前で起こっている悲惨な出来事にただ目を瞑っていることなんてできない。……いや、それも理由のひとつだけど、私たちがここにいるのはなにより家族を守りたいからだよ」


 少女の言葉にアイラは思わず目を伏せた。


「……どうやら、退いてくれることは期待できそうもないな。だが、あの金髪の少女がどうなっても知らんぞ。彼女が相手にしているのは危険極まりない男だ」


「大丈夫。マリナはあの男に負けたりなんかしない」


 間髪入れずに答える白髪の少女。

 金髪の少女に対する信頼をその表情から見て取り、アイラはいよいよ覚悟を決める。


「……そうか。だが、私にも退けない理由がある。悪いが、しばらく眠っていてもらおうか!」


 アイラは身を低くして少女へと一気に接近した。

 少女が油断できない存在だということは分かっているが、間合いにさえ入ってしまえばどうとでもなる。

 アイラは当て身を入れるべく少女の懐に入りこもうとするが、突如少女の周囲を取り囲むように結界が現れた。 

 アイラは慌てて急ブレーキをかける。


「やはり、魔導士か……!」


 アイラは仕方なく戦法を変えることにした。

 己の武器であるウーツ鋼の双剣に高密度の<内気>を纏わせる。

 それから、アイラは少女の結界に向けて双剣を猛烈な勢いで振るいはじめた。

 結界のような持続型の魔導は込めた魔力が多いほど術の強度が上がり、持続時間も長くなる。その二つのバランスをどうとるかは術者の制御次第である。

 アイラほどの<内気>の使い手なら、そこらの魔導士が張る結界くらいであれば何度か攻撃を加えることで磨耗させて破壊することも難しくはない。

 少女はほんの一瞬で結界を展開させていた。あらかじめ準備しておいたのだろうが、ゆえにたいした魔力を込めることができなかったはずだ。そう長い時間アイラの攻撃には耐えられないはずだ。

 アイラは結界が消滅した瞬間に勝負を決めるつもりだった。

 そして、確かにアイラの一撃一撃は少女の結界を削っていった。

 しかし、もう少しで結界を破れようかというとき新たな結界が出現して少女を覆ったのだ。


「多重起動か!」


 アイラはすぐ目の前にいる少女を驚愕した表情で見つめた。

 多重起動と呼ばれているが同時に複数の魔導を起動させているわけではない。魔導紋は一度にひとつしか描くことができないので、まずひとつの魔導を発動させた後にそれを制御しつつまた新たな魔導を構築する技術のことを指す。

 この技術は一流の魔導士と呼ばれるひとつの目安とされていて、限界は三重起動までとされている。

 アイラは最初の結界を破壊して二つ目の結界に斬りつけはじめた。

 この少女は予想以上の実力者ではあったが怯んでいる暇はない。時間はかかるが、結界を破壊し続けて少女の魔力か精神力かが尽きるのを待つしかない。ただでさえ魔導は高度な集中力を必要とするのだから。

 そうアイラが考えていると、


「無駄だよ。その気になれば何時間でも耐えられる」


 少女が結界の中で涼しい顔をして言ったのだった。

 馬鹿なとアイラは思った。それが本当ならこの少女の魔力総量はいったいどのくらいになるのか。

 だが、どのみちアイラに退却はないのだ。

 半ばヤケになったかのようにがむしゃらに武器を振るうアイラ。

 しかし、ここでアイラのまだ冷静な部分がふと気づいた。

 目の前の少女が多重起動の技術を扱えるのだということの意味を。 

 それは、つまり。


(攻撃と防御を同時に行えるんだ!!)


 いつのまにか、少女が優美な人差し指をアイラに向けていた。

 アイラが急いで離れようとするのと、少女が呟くのが同時だった。


「<雷撃ライトニング>」


 その瞬間、結界の外で発生した幾筋もの青い電流がアイラに向けて放たれた。


「ちいっ……!!」


 アイラは強引に身を捩って電流を避け、あるいは双剣で斬り裂く。

 だが、これらは全て囮であった。

 アイラの注意が前方に釘付けにされている間に遠回りするように密かに地を這っていた一筋の電流が後方から迫っていたのだ。

 気づいたときにはもはや遅く、アイラは足元から感電した。


「…………つっ!!」


 アイラは声をあげることもできずに全身を痙攣させて膝をつき、その手から離れた双剣が乾いた音を立てて地面に転がった。

 かろうじて意識はあるがもはや身体は動かせない。アイラの完敗であった。

 アイラは霞む目で辺りを見回す。ほかの連中はどうなったのか。

 すると、大きな爆発音が背後で轟いた。

 どうやら、追い詰められたドクが金髪の少女に爆薬を使ったようだった。

 アイラが苦労して振り返ると金髪の少女の姿はなくドクの前方が煙で包まれていた。


(……だから、言ったんだ)


 アイラは金髪少女の無残な姿をイメージした。

 だが、突如煙が一刀両断され、その中から無傷の少女が姿を現したのだ。


「……ま、まさか、爆発の衝撃ごと斬り伏せたというのですか!?」


 ドクが唖然とした声を出す。

 狼狽したドクの姿をアイラは初めて見た。

 少女は動きを止めているドクに向かって素晴らしい踏み込みで斬りかかる。

 ドクは急いで避けようとしたが、少女に動きを読まれ横一文字に剣を叩き込まれた。 

 細いメスでは到底受けきれるわけもなく、ドクはメスごと利き腕をへし折られ壁まで吹き飛んでいったのだった。


「――グゲェッ!?」


 ドクは壁に叩きつけられてくずおれた。あちらも勝敗は決したようだ。

 アイラがほかの傭兵たちを確認するとこちらも全員が地に膝をついていた。

 二人の魔導騎士は特にケガを負った様子もなく悠然と佇んでいる。

 たった二人で十人近くいた老練な傭兵たちを制圧したのだから、流石は魔導騎士といったところである。

 なんにせよ、全員が戦闘不能になり作戦は完全に失敗したのだった。

 ドクがぐったりと壁にもたれつつ笑う。


「……参りましたねえ。あと少しで魔導炉を爆破して暴走させられたんですが。そうなればこの辺りを地獄に変えられたのですがね。惜しいことをしました」


 それを聞いて、アイラはやはり己がとんでもない過ちを犯していたことに気づいた。既にエルシオン中を混乱させておいてなんだが、もしこのまま事が運んでいれば相当な死者が出ていたのだ。それに、どのみち自分も巻き込まれて死んでいたのだろう。


「ですが、コンサート・ホールにいる本隊が一矢報いてくれるはずです。我々の大義は果たされるでしょう。……いずれにしろ、このまま無様に捕らえられるのは、ごめんこうむりますよっ!!」


 そう言うと、ドクは無事な方の手で隠し持っていたメスを取り出し自分の喉を突き刺したのだ。


「グゲッッ……!!」


 口から大量の血を吐き出してドクは絶命した。


「えっ!? うそっ!?」


 金髪の少女が呆然としている。

 ほかの傭兵たちもドクに続いて次々と自決していった。魔導騎士の二人が慌てて止めようとするが間に合わずに全員が事切れる。

 アイラはその光景にうなだれる。


(……もう、終わりだ)


 妹の解放は叶わず、自分は犯罪者として牢獄行きだ。おそらく極刑は免れないだろう。

 それに、ほかに選択肢がなかったとはいえ自分は取り返しの付かないことをしてしまったのだ。

 アイラは後悔や無念、罪悪感などがごちゃまぜになっていた。

 そのとき、アイラは自分の目の前に赤い石が嵌め込まれたピアスが落ちているのを発見した。ライラが危険な任務に就くアイラのために贈ってくれた幸運のピアスだった。

 どうやら攻撃を受けた際に落としてしまったらしい。

 アイラは目をきつく閉じる。


(ライラ……ごめん……)


 そう心の中でアイラが妹に謝ったときだった。

 静かな声が聞こえてきたのは。


「――まだ、終わってないですよ」


「……え?」


 アイラが顔を上げると、いつのまにか白髪の少女が結界を解除して目の前に佇んでいたのだった。

 少女の小さな手には、今拾ったらしい赤い石のピアスが乗っていた。

 少女は手の平のピアスを見つめながら言った。


「……あなたは彼らに心から賛同して協力していたわけではないんでしょう? それに、私たちと同じく何かを守るために戦っていた。そうじゃないんですか? ……見てのとおりの小娘ですけど、それくらいは分かりますよ」


 少女は茫然と聞いていたアイラの手をとってピアスを渡す。


「事情を話してください。あなたひとりでは無理でも、私たちが協力すれば何とかなるかもしれません」


 少女はアイラと目を合わせながら、優しく、それでいて力強く微笑んだのだった。

 アイラはその笑顔を見ながら、もしかしたらこのピアスには本当に幸運を呼び寄せる力があるのかもしれないとぼんやり思ったのだった。



 ※※※



 十分後。

 魔導炉での戦闘が終了した後、事後処理をキースとスベンに任せてソラたちはエルシオン近郊にある廃墟に来ていた。

 ここまでソラの魔導で飛んでくる道のりで互いに簡単な自己紹介をし、その際に名前が判明した赤い髪の少女――アイラ・リエル・ジブリールの話により、この廃墟に彼女の妹であるライラが人質として捕らえられていることを聞いたのだった。

 やはりアイラは無理やり協力させられていたのだ。

 それを聞いたソラは怒りの感情を抑えつつもすぐに救出に行くことにした。マリナも眉を吊り上げながら即座に賛成した。

 それで現在、ソラとマリナ、そしてアイラの三人で廃墟まで来ていたのである。

 近くの茂みに身を隠してそっと窺ってみる。その廃墟は元は二階建ての宿屋のようだった。

 気配を探ってみると一階の入り口がある部屋に三人分の気配があった。この三人が見張り役なのだろう。その隣の部屋に複数の人間が閉じ込められているのも分かった。それが、アイラの妹と雑用係りなのは間違いなさそうだった。

 ソラたちは手早く作戦をたてて、さっそく突入を開始した。


「――どもども~!!」


 ドガンッ、とマリナが扉を蹴り開けながら部屋に侵入する。


「なっ……!?」


「な、何者だ、貴様っ!?」


「お、女の子?」


 部屋には三人の男たちが手にカードを持ってテーブルの周りにたむろしていた。どうやら暇を持て余してカードゲームでもしていたらしい。

 男たちは中腰になったまま固まっていた。

 こんな街道から外れたところにある寂れた廃墟に、小奇麗な格好をした女の子が突然扉を蹴破って現れれば、それは驚いて当然だろう。

 男たちの動きが止まっている隙を見逃さず、マリナの背後で身を潜めていたソラとアイラが身を低くして走る。同時にマリナも正面に座っていた男へと駆け出した。


「て、敵か……!」


 男たちは慌てて側に立て掛けてあった武器を手繰り寄せようとしたが、時すでに遅しであった。

 瞬時に間合いを詰めたソラの掌底が、マリナの肘が、アイラの剣の柄が三人の男の鳩尾に突き刺さった。

 あっさりと気絶して床に倒れこむ男たち。

 男たちが戦闘不能になったのを見ると、アイラは急いで妹たちが閉じ込められている部屋へと向かった。

 扉に取り付けられていた頑丈そうな錠前を双剣で破壊し中へと踏み込む。ソラたちもアイラに続く。

 部屋の中にいた人間たちは突然入ってきたソラたちを怯えた表情で振り返ったが、少女の三人組だと気づいて唖然としていた。

 すると、身を寄せるように座っていた人間たちの中からひとりの少女が立ち上がった。


「……姉さん!?」


「ライラ!!」


 アイラが心底ほっとしたように顔をほころばせた。

 妹のライラはアイラに良く似た顔立ちに赤い髪をした少女だった。年はソラたちと同じくらいだろう。活発そうな顔つきをしていて、マリナと気が合いそうだなとソラは思った。

 ほかの人間たちも踏み込んできた一人がアイラだと分かると、驚いて口々にアイラの名を呼ぶ。

 しかし、アイラが急に厳しい顔をして叫んだ。


「ライラ! そいつから離れろ!!」


 ソラたちが何事かと見ると、アイラのほうに駆け出そうとしていたライラを捕まえて、その細い首に果物ナイフを突きつけている人物がいたのだ。

 アイラが睨みつける。


「貴様……! マッジ!!」


「……まさか、自力で戻ってくるとはねえ。予想外にもほどがあるよ。信じたくはないけれど魔導炉のひとつは失敗に終わったってことなのかね?」


 ライラにナイフを突きつけているマッジと呼ばれた人物は、ふくよかな身体にエプロンをつけた中年のおばさんだった。

 アイラの話だと彼ら雑用係りの人間たちはテロ組織とは関係ないとのことだったのだが、仲間が密かに混じっていたようだ。 

 周りにいた人間たちもまさかの展開に目を見開いていた。

 初老の男性が驚愕した表情で話しかける。


「マ、マッジ……!? おまえさん、何をしとるんじゃ!? もしかして、あやつらの仲間だったのか!!」


 マッジはふんと小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「見れば分かるだろうに、理解が遅いねえ。ひとりくらい組織のメンバーが混じっているとは思わなかったのかい?」


 マッジは嘲るように初老の男性へと言い放ち、隙あらば飛びかかろうとしていたアイラを牽制する。


「……とはいえ、アイラ。あんたは決してあたしに心を許そうとはしなかったね。あたしのことを疑ってたのかい?」


「……おまえは団員の武器だけでなく、得意な戦法まで知っているようだったからな。おかしいとは思ってたんだ。いくら古株とはいえ団の情報に通じすぎていたからな」


「なるほどね。これはあたしとしたことが迂闊だったねえ。世間知らずな小娘だと侮っていたようだね」


 マッジはライラにナイフを突きつけたまま器用に肩をすくめた。


「なんにしろ、残念だよ。あんたたち姉妹を実の娘のように思ってたのに。土壇場で裏切るなんてね」


「……裏切っただと! はじめから私たちを欺いていたのはお前らの方ではないか!! それに、どっちにしろ私は死ぬ予定だったんだろうが!」


 アイラがマッジの台詞に激怒したが、マッジは再度鼻を鳴らした。


「そうとも。これは命を懸けてでも果たさないといけない任務なのさ。当然だろう? でもね、作戦の成否に関わらずライラはあたしの責任で解放する予定だったんだけどね。本当に残念だよ」


「勝手なことを……!」


 アイラが吐き捨てる。

 ソラもその身勝手な言い様に呆れた。 

 とはいえ深刻な状況である。ライラの身に危害が及ぶ前に何とかしなければとソラは打開策を考える。

 ソラはゆっくりと時間をかけてマッジに気取られないようにすり足でアイラの背後へとまわりはじめた。

 すると、アイラはソラの行動と意図に気付いたようだった。

 アイラが注意を引くように前方に双剣を投げる。カランカランと音をたてて床に転がった。

 マッジがそれを見て怪訝な顔をする。


「……なんだい? 降伏のつもりかい? 今更、任務を放棄したあんたを許すつもりはないよ。あんたはこれから――」


「……アイラ!!」


 喋っているマッジを遮り、ソラはアイラの背後から声をあげた。

 アイラが咄嗟に屈み、ソラは<風>のつぶてをマッジへと高速で放つ。


「なっ!?」


 <風>のつぶては驚くマッジの肩口に当たった。

 マッジがナイフを取り落としライラを拘束する腕が緩む。手加減はしてあるが相当な激痛だったに違いない。

 その隙を逃さずにライラがマッジを振りほどいて、今度こそアイラの方へ走る。


「姉さん!!」


「ライラ!!」


 駆け寄ってきたライラを力強く抱きしめるアイラ。

 肩を押さえ、顔を歪ませているマッジが忌々しそうに睨みつける。


「アイラッ! よくもやってくれたねっ!! そこの小娘も腐れ魔導士だったのかい!!」


「く、腐れ魔導士……」


 ソラはマッジの言葉の悪さに唖然とする。見た目がどこにでもいる親切そうなおばさんなので余計ギャップがあるのだ。

 すると、マッジはどこに隠し持っていたのか、懐からずるりと巨大な肉切り包丁を取り出した。

 周囲の人間が泡を食ってマッジから離れていく。


「アイラ! あたしと勝負しな! このまま行かせるわけにはいかないよ!!」


 マッジの挑発に、アイラは目を鋭く細めた。

 そして、ライラをそっと背後へと押しやり、双剣を構えてマッジと相対した。

 マッジは包丁をぺろりと舐めてにやりと笑うと、突如跳躍した。

 ソラはマリナと一緒になって「ええっ!?」と驚愕しながら見上げた。あの太っちょが二メートルは跳び上がったのだ。


「きえええええっ!!」


 マッジは怪鳥のごとき叫び声をあげながらアイラへと飛びかかる。

 だが、アイラはマッジのさらに上をいった。

 アイラは軽く地面を蹴ると、マッジがいる高度をあっさりと超えて天井まで達したのだ。


「なんだって……!?」


 驚嘆に目を見開くマッジ。

 アイラはマッジが重力に引かれて降下するのに合わせ、天井を蹴ってマッジの背後に降り立った。

 マッジが慌てて背後を振り向くが、その首もとにアイラの剣が突きつけられた。

 硬直するマッジ。

 アイラは静かに言った。


「……もう、やめておけ。仮にもこの二年、お前には世話になったんだ。できれば傷つけたくない」


 そのアイラの言葉に、マッジは包丁を落としながら膝を屈したのだった。






「――本当にありがとうございました!!」 

 ソラとマリナはライラの元気のいい感謝の言葉を聞いていた。

 ほかの皆も、「ありがとう、助かったよ」「あんたたちのおかげで命拾いしたよ」「こんなに可愛らしいお嬢さんたちなのに、大したもんだのう」とソラたちに感謝していた。

 あれからソラたちは、マッジと三人の見張りを縄で縛っておいてから改めて全員に軽く自己紹介と経緯を説明したのだ。


「本当に君たちには感謝してもしきれない。もう、ライラと二度と会えないかもしれないと覚悟してたから」


 アイラがライラと手を繋ぎながら嬉しそうに言ったのだった。

 アイラは今までの追い詰められて強張っていた顔が嘘のように晴れやかになっていた。こちらが本当の彼女の姿のだろうとソラは思う。

 マリナもそんな姉妹を見て満足そうに頷いた。


「やっぱり最後はハッピ-エンドがいいよね! 後は……」


「うん。魔導炉の方はおそらく大丈夫だから、後はコンサート・ホールの方だね。でも、そろそろ街の混乱が収まってくる頃だし、エルシオン中に分散されている戦力を集中できるよ。そうなれば、まだ油断できないけど、テロリストたちをかなり追い込めるはず」


 ソラがマリナの後を引き継いで答える。

 すると、くつくつと低い笑い声が聞こえてきた。

 皆が視線を向けると、笑っているのは縄で縛られて隅に転がっていたマッジだった。


「これはまた悠長なことを言ってるねえ。あたしたちの目的は魔導都市の連中に大打撃を与えて大義を世に示すことなんだよ。捕まっている同志の解放なんてのはおまけさ。もともと期待なんかしちゃいない。……魔導炉の暴走が成功しようがしまいが三の鐘が鳴ったら最後の仕上げとしてコンサート・ホールの爆破は行われるのさ。多くの魔導士たちを巻き込んでね……」


「!!」


 マッジの台詞を聞いて皆が戦慄の表情を浮かべる。

 ソラは顔が引きつるのを自覚した。三の鐘といえばもう幾ばくの猶予も無いではないか。


「お姉ちゃんっ!!」


 マリナの大声にソラは頷く。

 まだ間に合う。いや、間に合わせてみせる。

 ソラがマリナとともに急いで外へ出ようとすると、


「私にも手伝わせてほしい。罪滅ぼしというわけではないけど、私には責任がある。それに、君たちの役に立ちたいんだ」


 アイラがすぐ後ろに着いてきて、そう言った。

 ソラはアイラの提案を受け入れた。彼女なりにけじめをつけたいのだろうし、戦力は多い方がいい。

 ライラが心配そうにアイラに呼びかける。


「姉さん……」


「ライラ、行って来るよ。これは私の義務でもあるんだ。あの連中を止めなければならない」


 アイラの静かな決意を宿した声に、ライラはしっかりと頷いた。


「うん、分かったよ。姉さんはちゃんと帰ってくるって信じてるしね。それに――」


 と、そこでライラはソラとマリナを見た。


「――彼女たちなら安心して姉さんを任せられる。なんていっても、幸運のピアスが連れてきた幸運の使者だからね!」


 ライラは満面の笑みでそう言ったのだった。

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