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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと傭兵の少女
36/132

第6話

 ソラとマリナは周りと比べてもひと際高い建物の上にいた。

 二人のすぐ横には大きな鈍色の鐘が鎮座している。

 ソラたちがいるのはエルシオンを一望できる大鐘楼の最上階であった。すぐ横にはシヴァ教の大聖堂がある。

 本来は関係者以外立ち入り禁止なのだが、緊急ということでこっそりと使わせてもらっているのだった。


「――どう? お姉ちゃん」


 街の一点を目を凝らすようにして見ていたマリナが訊いてきた。

 同じく街の様子を眺めていたソラが答える。


「……うん。もしかしたら私の考えが当たっているかもしれない」

 

 ソラがそう言った直後にまたどこか遠くで爆発が起こったらしく、ズンと重い音が響いてきた。

 

「それにしてもひどいよね、これは……」


 さしものマリナも目の前の光景を厳しい表情で見ていた。

 ソラたちが見渡すエルシオンの街はあちこちから黒い煙が上がっていたのだ。まるで戦時中のようである。

 ここからでも避難に遅れた街の住人が混乱している様子が見えており、彼らを憲兵団の人間が必死に誘導している。

 また、エルシオン上空には何十人もの魔導士が飛行しているのが確認できた。彼らは爆発によって発生した火事を鎮火しているのだ。

 先ほどソラたちが喫茶店『シエロ』を出た後、近くで起こった爆発の現場まで走ると、周囲の建物が無残にも黒く焦げた跡を残して破壊されていたのだ。火事になりかけたらしいが、幸いにも近くにいた魔導士が鎮火したらしかった。

 焦げ跡を観察してみるとどうも火薬のようなものが使われたらしいことが分かった。 

 その後も爆発はエルシオン全域で断続的に起こっており、今も止むことはないのだった。

 これがもし、スベンたちが言っていたテロリストたちが起こしたことなら、一体何が目的なのか。それとも、ただの無差別テロなのか。ソラは少しでも手がかりを得るべく、大鐘楼の頂から妹の手も借りて街を観察していたのだった。


「……私はあれが凄く気になるよ」


 マリナは顔を曇らせながら街の中心部の一角を見ていた。

 そこは特に大きな爆発が起こったらしく多くの煙が上がっている場所だった。

 あの辺りには、ソラたちの両親がいるはずのエルシオン・シンフォニー・ホールがあるのだ。マリナの驚異的な視力でもはっきりとは分からないらしいが、かなり近いことは間違いないらしい。

 

「……そうだね。とにかく情報を集めよう。誰か知り合いがいればいいんだけど……」


 と、ソラが言いかけたとき、数百メートル先でまた爆発が起こった。

 マリナが「あっ」と声をあげた。

 ちょうど坂の上で停止していた魔導列車がその爆発で脱線して、坂を転げるようにして進みだしたのだ。

 少しずつ加速し、火花を散らしながら坂道を滑る列車。坂の下には逃げ遅れた人々の姿がある。


「お姉ちゃん!!」


 マリナが振り向いて呼びかけてきたのと同時にソラは素早く魔導を構築し、妹の手を握って鐘楼の最上階から飛んだ。

 十秒とかからずに、通りのあらゆるものをなぎ倒しながら進む列車の前に二人は到着した。目前で見ると、とんでもない迫力である。

 運転席にはぐったりと座席にもたれている運転手の姿が確認できた。どうやら失神しているようだ。

 ソラは既視感を覚えつつもすぐに<飛翔ソアー>を解除し、飛んでいる最中に構築していた<風>の障壁を発動させた。

 ソラの数メートル先に展開された障壁にコンマ数秒で衝突する列車。

 大質量の列車といえどソラにとって防ぎきるのは容易である。だが、普通の障壁ではその反動で中にいる人間はもの凄い衝撃をもろに受けて即死してしまうだろう。

 しかし、薄く緑色に輝いている<風>の障壁はふわりと優しく受けとめるように列車を包み込んだのだ。

 ソラは唇を噛み締めながらも、障壁へ吸収するかのように凄まじい衝撃を逃し続ける。障壁が歪み、暴れようとするのを懸命に抑える。

 ソラとマリナが立っているところまで急速に速度を落としながらも、ずずずっ、と地面を削りながらゆったりと前進してくる列車。

 だが、二人は決して逃げようとはしなかった。自分たちの後ろには腰を抜かした様子の親子がいるのだ。

 マリナもソラのすぐ隣で微動だにせずに立っており、すぐ目の前までに迫っている列車を見つめていた。妹の性格からしてひとりで逃げることなどありえないのでソラも何も言わない。

 二人に影が降り落ちるまで接近した列車を睨みつけながらソラは強く念じる。


(――止ま、れえっ!!)


 すると、列車はソラとマリナの文字通り目と鼻の先で停止したのだった。

 ソラは冷や汗を流しながら膝に手を置いた。何気に超絶的な制御術を必要としたのだ。

 マリナが「やったね! お姉ちゃん!」と無邪気に喜んでいた。ソラのことを信頼しているにしてもよい度胸である。

 後ろにいた親子から感謝の言葉を聞いた後、二人が列車の中を確認すると、そこには車掌しかおらず、その彼も気絶しているだけで特に怪我はないようだった。

 車掌を床に寝かせていると、数人の憲兵が慌ててやってきたので、そのまま彼らに車掌を任せることにする。

 周囲にいた人間も含めて怪我人が出なかったようなのでソラは安堵する。同時に安全マニュアルを見直さなければと強く思う。運行してから日が浅いとはいえ一歩間違えば大惨事になっていたところだ。

 すると、そこに。


「ソラお嬢様! マリナお嬢様! ご無事ですか!!」


 喫茶店で別れたキースとスベンが駆け寄ってきたのだ。

 ソラは二人の魔導騎士を見てちょうどいいところにと思った。情報を流してくれそうな人物を探していたのである。

 キースはもの凄い勢いでソラとマリナの前まで来ると、二人の手をさりげなくとって跪いた。


「あまり無茶をなさいますな、姫君方。いざとなれば、このキースめがお二人の盾となりましたものを」


(いや。あんたが盾になっても、結局私たちごと列車の下敷きになってただけだろうし)


 とソラは心の中で突っ込みつつも、こちらもさりげなく手を外した。

 スベンはほとんど無傷で停止している魔導列車を見て驚愕していたが、


「やはり、大人しく避難しておられませんでしたか……。万が一にと来てみてよかったですよ」


 微妙に不本意な台詞ではあるが、実際そのとおりなのでソラたちには何も言い返せないのであった。

 こほん、とソラはわざとらしく咳払いしてから訊いた。


「それよりも状況はどうなってるの? やっぱり、さっき話したテロリストたちの仕業?」


 スベンは形の良い眉をかすかに歪ませて、悔しそうに言った。


「……はい。まんまとしてやられましたよ。連中のひとりを捕らえたのですが、例の消息不明になった傭兵団の人間でした。奴らは来月の元老院議員選定会議に目を向けさせておいて、我々を見事に出し抜いたというわけです」


「……それで、彼らの目的は? 街を混乱させるだけとは思えないんだけど」

 

 すると、スベンはキースと顔を見合わせた。

あの、どんなときにでも無駄に余裕ぶっているキースが真剣な顔をしている。ソラは嫌な予感がして、こちらもマリナと思わず見つめ合う。

 スベンが真っ直ぐにソラたちへ視線を向ける。


「……実は、お嬢様たちにお伝えしなければならないこともあったので、我々は参じたのです」


 ソラたちは無言で続きを促した。

 スベンは抑制した声音で静かに告げた。


「……テロリストたちはエルシオン・シンフォニー・ホールを占拠して、観客たちを人質にとりました。そして、エレミアが過去に捕らえた彼らの同志たちを解放することを要求したんです」


 ソラは本気で心臓が止まりそうになった。マリナが懸念していたことは当たっていたのだ。

 マリナがややかすれた声で問う。


「……お父さんとお母さんは無事なの?」


「……分かりません。奴らの話によると観客に死者は出ていないとのことですが、我々には確認のしようがありませんので」


 ソラは一度息を大きく吐いてから、強張った表情のマリナの肩に手を置いた。それから、スベンの方を向く。


「とりあえず、詳しい状況を教えて」


 スベンは頷いて話し出した。


「奴らはまずホール周辺に配置していた爆薬を起動させて、外にいた警備の人間を無力化しました。その混乱に乗じて内部の警備も排除したようです。現在は魔導騎士団の三番隊と憲兵団の一個中隊が周囲を取り囲んでいて、ホール外縁の通路に配置されている二十人ほどのテロリストたちと睨みあっている状態です」


「外からの侵入を許したということ?」


「なんとか命拾いして脱出した警備の人間が言うには、奴らは突然施設内から湧いて出てきたそうなんです。それで不意を付かれたらしいですね」


「湧いて出てきたって……どこかに潜んでたってこと?」


 マリナが怪訝な顔をする。

 しかし、スベンは首を横に振った。


「いえ。施設内に隠れられるところはないはずです。地下保管庫がありますが、とても数十人が潜めるような空間ではないですからね。奴らの侵入経路はいまだ判明していません。――そもそもどうやって街に入ったのかも不明です」


 スベンが続ける。


「……それから、奴らは人質以外にも二階の多目的ホールに大量の爆薬を設置したと言ってきています。なので、我々もとても手が出せない状態なんです」


「!」


 ソラは息を呑む。

 もし、そんなものが一度に爆破されたら、下にいる千人近い人質たちは間違いなく生き埋めである。


「……それで、国は要求を呑むの?」


「それは……」


 ソラの問いにスベンは曇った表情をする。答えは否ということだろう。

 ソラは目を伏せる。

 はじめから分かっていたことではある。こちらの世界でもテロリストの要求には断固拒否が鉄則だ。一度でも譲歩すれば連中はますます調子に乗ってしまうだろう。いくら人質に街の有力者が多いとはいえだ。それに、要求を呑めば約束を守るという保証もない。

 おそらく国は隙を見出して強行突入を図るだろう。果たして、そのときに両親が無事でいられるのか。

 ソラが難しい顔で考え込んでいると、マリナが厳しい顔で話しかけてきた。


「お姉ちゃん! とりあえず行ってみようよ! ここにいても仕方ないし!」


 ソラは妹に視線を向けるが、首を横に振ってスベンに問いかける。


「テロリストは要求期限をいつまでだと?」


「期限ですか? いえ、特にはありませんね」


 スベンの返答にソラは首を傾げる。期限を設けるのが普通だと思うのだが。

 ソラは妹に顔を向ける。


「――マリナ。テロリストも人質たちを今すぐどうこうするとは思えない。心配だけど、ほかにも確認しておけなければならないことがある」


 ソラは諭すように言った。自分も今すぐ両親のもとに駆けつけたい気持ちでいっぱいなのだ。

 マリナはしばらくソラを見つめていたが、やがて口をへの字にしてこくりと頷いたのだった。

 ソラがマリナの頭を撫でていると、


「確認しておきたいこと、ですか?」


 スベンが当然の疑問を口にした。

 ソラはどう説明したものかと思ったが、ふと周囲を慌しく動いていた憲兵の姿が目に入り声をかけた。


「あの、すみません。エルシオン全域の地図を持っていませんか?」


 声をかけられた憲兵は動きを止めて呆けたようにソラを見つめていたが、隣にいたキ-スとスベンに気づくと慌てて駆け寄ってきて「ど、どうぞ!」と地図を差し出したのだった。

 ソラは地図を受け取り、ついでにペンも借りて地図に丸印を付けはじめた。


「この印は先ほど大鐘楼の上から確認した爆破地点の分布図。これらは爆破が起こりはじめてからそんなに時間が経っていないときのやつだね」


 ソラがつけた十数個の印は街の中央区辺りに集中していた。


「なるほど……。奴らがどこから爆破を開始したのかが分かりますね」


「うん。でも、見せたいのはこれだけじゃないんだよ。――マリナ」


 ソラはマリナにペンを手渡した。

 マリナは頷いて、ゆっくりと地図上に新たな印をつけはじめた。


「今、マリナが付け足している印は、私たちがしばらく観察していた間に新たに起こった爆破地点。順番どおりに書いてる」


 スベンと、近くで突っ立っていた憲兵がそれを聞いて驚いたようだった。


「もしかして、爆破地点だけでなく、その順番まで全部記憶してるんですか?」


 マリナは印をつけながら「そうだよ?」と事も無げに答えたのだった。

 マリナのたぐい稀な視力と方向感覚、何より記憶力があるからこそできる芸当である。

 妹は前世から記憶力にやたらと優れているのだ。伊達に入試の数ヶ月前に志望校を突如変更して県内最難関の高校に受かったわけではないのである。


「これを見て何か気づかない?」


 ソラが問うが、スベンと憲兵は眉間にしわを寄せて唸るだけであった。

 しばらくするとキースは気づいたようだった。


「……なるほど」


「……俺には分からん。どういうことなんだ?」


 スベンはキースに答えを求める。その隣で憲兵も訊きたそうにしていた。

 キースはふうとむかつくため息を吐くと、肩をすくめながらも説明をはじめた。


「マリナ姫が順番に付けている印。よく見ると主に三方向に集中しているのが分かるだろう? ……おそらく奴らは三つの集団で動いていて、それが更に細かく分かれて各担当地域の爆破を行っているのだろう」


 その説明に「なるほど」と、スベンと憲兵は頷いた。

 キースは、「だが、ここで一番注目しなければならないのは」と続けた。


「この順番から見るに、三つの集団は爆破を行いながらもそれぞれある地点を目指していることが読み取れるということだ」


「ある地点だと?」


「……よく見てみろ。それぞれの地域を広範囲にわたって爆破しているが、徐々にその分布が収束しているだろう。それらが示す方向には何がある?」


 そう。マリナが付けている数十の印は少しずつ範囲を狭めていき、ある特定の地点を指し示していたのだ。

 スベンと憲兵はようやく気づいたらしく驚愕の声をあげた。


「「――魔導炉かっ!!」」 


 魔導炉とはエルシオン全域に生活インフラに必要な魔力を供給している施設で、内部には大量の魔導石が保管されている。その数は全部で三基あり、三つの集団はそこを目指していたのだ。


「もし、連中が魔導炉を暴走させれば、大量の魔力が一気に解放されて、周囲に甚大な被害を及ぼすことになる……!」


 スベンが戦慄の表情を浮かべた。

 キースも顎に手を当てて、やや瞳を鋭くした。


「街中で爆破を行っている連中が最終的にどこを目指しているのか私も気になっていたんですが……思ったより大事になりそうですね」


 ソラは頷く。


「彼らが実際に暴走させるかどうかはまだ分からないけどね。自分たちも巻き込まれて死ぬことになるんだし。占拠して、交渉を有利に進めるために使う可能性もある。……なんにしても、放っておくわけにはいかないよ」


 ここでスベンは少し冷静を取り戻したようだった。


「しかし、魔導炉は重要施設です。最低でも憲兵の二個小隊は警護についているはずです。奴らが三つの集団に分かれているのなら、ひとつの集団の数は多く見積もっても二~三十人ほどでしょう。十分に防ぎきれるはずです」


「数の上ではそうだけど、彼らは百戦錬磨の傭兵たちなんだよ。それに爆薬なんて代物まで使用している。過去の事例から見ても、彼らはそれこそ命を惜しまずに突っ込んでいくだろうし。それが、どれだけ厄介なことか」


 己の命を省みずに特攻してくる敵ほど脅威的なものはないだろう。


「できれば魔導騎士団を応援に向かわせるのが最善。でなければ憲兵のさらなる増援を。彼らの進撃速度から見て魔導炉に到達するまでもう時間がない。急がないと」


 ソラの提案に、スベンは難しい顔をした。


「魔導騎士団も憲兵団もほかの重要施設の警護と市民の避難誘導に忙殺されています。魔導兵団『銀の鈴』も消火活動に追われていますし、とてもそんな余裕は……。――とはいえ、連絡してみましょう。このまま手をこまねいていても仕方がありませんし。……君、悪いが、近くの憲兵団の通信施設を使わせてもらえないか?」


 スベンの要請に、横に立っていた憲兵が慌てて頷いて誘導する。

 遠ざかっていくスベンの背中を見つつも、ソラはふと思いついて声をかける。


「……スベン! 私用で申し訳ないんだけど、エーデルベルグの屋敷に私とマリナは無事だから心配しないでいいからって伝えてもらえない?」


 スベンは少し笑みを浮かべながら振り向いて、今度こそ憲兵とともに去って行った。

 現在、エーデルベルグの屋敷は祖父母が不在で、両親はテロリストたちに捕らえられている。しかも、ソラとマリナもいないのだ。末の弟のトリスをはじめ屋敷の人間は不安だろう。アイリーンや執事長がうまくやっているだろうが。

 ソラとマリナはしばらく重苦しく沈黙していた。両親のこともあり、じりじりとした焦燥感を覚える。

 すると。


「――大丈夫ですよ。お嬢様方」


 おもむろにキースがソラたちに声をかけてきたのだった。 

 姉妹でキ-スの方を振り返った。


「何の根拠もありませんけどね。大丈夫だと思い込むことです。失礼ですが……お二人がどれだけ焦ったところで何も事態は変わりません」


 キースは綺麗な碧眼をこちらへ真っ直ぐに向けていた。このときだけはキザな雰囲気は微塵もなかった。


「……本当に何の根拠もないね」


「大事なのは心の持ちようです。悪いことばかり考えていれば、それは本当に現実になりますよ。――ですから根拠のない自信に身を委ねてください。その方が絶対に楽しいですからね」


 ソラは思わずマリナと顔を見合わせた。まさかキースから説教めいたことを聞かされるとは。

 マリナが「明日雨でも降らなければいいけど」と微妙に失礼な感想を漏らす。

 とはいえ、ソラたちを励まそうとしてくれたのだろう。

 少しだけ気持ちが軽くなった気がした。


「一応、感謝しておくよ」


 ソラは微笑しつつ礼を言った。 

 すると、キースは突然しゃがみこんで自分の両頬を指し示してみせた。

 意味が分からずにソラとマリナが怪訝な顔をしていると、


「――ならば、褒美として私めの頬にキスしてくださいませんか?」


 すっかりいつものキースに戻って催促するのだった。

 少しだけ感動して損した、とソラたちはジト目になる。

 二人は中腰のまま待っているキースの傍へ歩み寄ると、唇の代わりに両側からおもいっきりデコピンを見舞うのだった。

 ずびしいっ! といい音が辺りに響き、キースは「あうちっ!」と頬を押さえながらのけぞった。

 そんなアホなやり取りをしていると、通信を終えたスベンが戻ってきた。

 スベンは両頬を赤くしたキースを見てワケが分からないという顔をしたが、


「とりあえず、魔導炉の一号機と二号機には、都合よく近辺にいた魔導騎士と憲兵が向かうことになりましたよ。……ただ、三号機の周辺にはまとまった数の味方がいないようなんです」


 と、報告したのだった。

 それを聞いてソラは考え込む。

 魔導炉の三号機はエルシオン東部に建設されておりエーデルベルグの屋敷からもそう遠くはない。仮に魔力が暴走した場合、その暴走範囲がどのくらいになるのかは分からないが、巻き込まれる可能性は十分にある。 

 ソラは瞬時に決断した。


「――分かった。じゃあ、私たちがそちらに向かうよ。魔導を使えばそんなに時間はかからないし」


 マリナも頷いてソラの手を握ったのだった。





 ソラの言葉を聞いたスベンは目を見開いた。


「ちょ、ちょっと待ってください! お嬢様方が三号機に向かわれるんですか!?」


 ソラはすでに魔導紋の構築を開始しながら当然のように言った。


「そうだよ? さっきも言ったけど、もうそんなに余裕はないはず。動ける人間が動かないと、最悪の事態になってからでは遅いよ」


「いや……しかし……」


 懊悩するスベン。

 いくらその実力を認めているとはいえ、まだ十歳ほどの少女たちである。それに、彼女たちは本来保護される側の立場のはずだ。しかし、ソラの言っていることも間違っておらず、正直猫の手も借りたいくらい逼迫しているので言葉に詰まるのだった。

 スベンが悩んでいるうちに、マリナは近くにいた憲兵からちゃっかり剣を借りていた。


「あ……! お嬢様!」


 ソラとマリナはスベンの呼びかけの声を一顧だにせず東の方角へと飛び立ったのだった。

 空を駆ける少女たちの姿が徐々に小さくなる。

 茫然としたまま見送っていたスベンにキースが声をかけた。


「ほら、俺たちもいくぞ。まさか、お嬢様方だけに行かせるつもりじゃないだろう。そんなことをしたら騎士の名折れというものだ。……それにあの方たちはもう止まらんよ」


 キースはどこか楽しそうな様子で言ったのだった。

 スベンはため息を吐きながら、キースの肩に手を乗せた。


「まあ、こうなることはある意味予想していたんだがな……。これでウィリアム様に叱られるのは確定だな」


「お嬢様たちの身に何かあったらお叱りだけではすまないさ。俺たちも急いで二人を追うぞ」


 キースも<飛翔ソアー>を発動させて、スベンとともにソラたちを追うのだった。





 高速でエルシオン上空を飛翔していたソラはふと気配を感じて後ろを振り返った。

 そこにはソラたちに遅れることなくぴったりとついてきているキースとスベンの姿があった。


「へえ……」


 ソラは思わず感心した声をあげた。

 <飛翔ソアー>は重量が増すほど制御が難しくなってくる。成人男子二人に加え鎧込みの重量で二百キロ近くあるはずだ。なのに術者のキースはなんなく魔導を制御し、かなりの速度を出しているソラたちについてきているのだ。それに、そもそも<飛翔ソアー>は<風>属性の上級魔導であり魔導騎士といえど全員が扱えるわけではない。

 キースがスベンと並ぶ若手のエース格だということは当然知っていたものの、たいしたものだとソラは見直す。

 すると、マリナも振り返りながら教えてくれた。


「ああ、あれね。キースが前に話してたけど、女の子を抱いて空中を飛んであげると皆喜んでくれてモテモテになるだろうから、魔導の基礎訓練が終了次第いの一番に覚えたんだって。なんかすごい練習したらしいよ」


「……な、なにそれ……」


 あまりにもしょうもない理由にソラは空中で脱力するのだった。

 それから飛び続けること数分、ソラたちは周囲が高い壁と有刺鉄線で囲まれた敷地の前までたどりついた。 

 敷地の中央には巨大な円筒型の施設が立っている。あれが目的の魔導炉三号機だ。

 しかし、敷地内に舞い降りた四人は息を呑んだ。


「これは……!!」


 魔導炉の敷地内はあちこちから煙が上がっており、何人もの死体が転がっていたのだ。警備の人間のものもあれば、テロリストとおぼしきものもあった。

 戦闘が起こってからまだそんなに時間は経っていないようだ。

 魔導炉からは魔力が暴走しているような気配は今のところ感じられない。


「まだ、間に合うはず」


 ソラの言葉に皆は頷いて魔導炉の内部へと向かうのだった。

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