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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと傭兵の少女
33/132

第3話

 翌日から傭兵団『深淵の狼』は、一路エレミア国首都エルシオンを目指して行軍を開始した。

 アイラたちが滞在している場所からエレミアへ行くには国をひとつ越えなければならない。ガレスが言っていたとおり一週間はかかる道のりだ。

 行軍の間は皆ほとんど喋ることなく黙々と歩いていた。

 傭兵たちと共に馬車で行軍している雑用係りの人間たちも一様に静まり返っている。

 彼らはテロ組織とは無関係なようで、これからの目的を聞かされた時は騒然としていたが、当然拒否することもできずに無理やり連れてこられているのだった。

 このような状況で明るく振る舞うなどできるはずもなく、場には息がつまりそうなほど重々しい雰囲気が満ちている。

 ライラも事情を一通り聞かされて、さすがにショックを受けていたようであった。それからはアイラとの会話もめっきり減ってしまった。アイラがことさら無言を貫いているというのもあったが。

 アイラは行軍中に隙をついてなんとかライラと一緒に逃げ出せないものかと考えたが、常に複数の見張りがさりげなくついていて、とても無理そうだった。

 そうこうしているうちに、エレミアとの国境にある樹海にまで来てしまった。

 一行は馬車を捨てて、樹海へと踏み込む。

 アイラたち姉妹が住んでいた南の大陸にある密林よりも規模がはるかに小さいとはいえ、木々が密集しており、けもの道程度しかないため、踏破するのはひと苦労である。しかも、魔物の類も闊歩している危険地帯でもあるのだ。

 とはいえ、鍛え抜かれた百戦錬磨の傭兵たちである。完璧な連携をとりつつ、時折遭遇する魔物を危なげなく駆逐しながら順調に進んでいくのだった。

 ライラも戦士としての訓練こそ受けていないものの、さすがに険しい密林で育っただけあって軽快に歩いていた。

 しかし、ほかの雑用係りの人間たちはそれぞれかなり苦労しているようであった。彼らにとっては苦行以外の何ものでもないだろう。

 特にふくよかな体格のマッジは疲労困憊といった様子で、足元にある木の根っこに頻繁に引っかかってこけそうになる度に、隣にいるライラに助けてもらっていたのだった。

 マッジはストレスが溜まってきたらしく、なにやらぶつぶつと文句を垂れ流していた。

 それから、一行は約半日をかけて、なんとか脱落者を出すことなく樹海を踏破したのであった。

 ここはすでにエレミアの領土内である。予定では二日後にエルシオン近郊で最後のキャンプを張ることになっている。

 樹海のすぐ側に用意してあった馬車に揺られながらアイラは焦っていた。

 道中ずっと考えていたのは、団長のガレスが約束したライラ解放の件である。

 ガレスは約束は必ず守る男で、アイラも最低限の信用をおいてはいる。

 だが、怪しげな組織の一員であることが分かった今、もはやその信用は崩壊していた。

 アイラ自身、今回の任務で死ぬかもしれない。あの魔導大国エレミアに喧嘩を売るのだから。

 所詮は無茶な作戦なのだ。かなりの犠牲は覚悟のうえなのだろう。それに付き合わされる身としてはたまったものではないが。 

 だが、自分がどうなろうとも妹の未来だけは確保しなければならない。

 とはいっても、アイラには従うことしかできないのだ。逃げ出すのは到底不可能である。

 ならば、もう覚悟を決めるしかない。


(この任務がどんな結果になろうと、自分はなんとしても生き延びてライラの元に戻り、解放されるのを確認してから姿を消す。それしかない)


 アイラが悲壮な決意をしている横で、ライラが心配そうに姉を見ているのだった。


 ※※※


 そして、二日後の夜。

 傭兵団はエルシオンから数キロほど離れた場所にいた。

 街道から少し外れている廃墟で最後の休憩をとっているのだ。

 もともと何の建物だったのかは分からないが、今では傭兵団の臨時の本拠地として利用されているのだった。

 建物の中からはなにやら美味しそうな料理の匂いが辺りに立ち込めていた。

 地域によっては傭兵団が宿を借りられない場合もあるので、そういうときは雑用係りの人間が食事を用意するのである。

 主に料理を担当するのはマッジである。彼女は一週間にも及ぶ行軍で疲れ果てていたが、基本的にはタフなおばさんなので、ちきんと仕事をこなしていたのであった。

 アイラも彼女の料理にはこれまで何度も世話になっているのだ。


「はあ~。本当に疲れたよ。それに、これからあたしらはどうなるんだろうねえ」


 一通り夕飯を配給し終わったマッジが、建物に残っていた古びた椅子に大きなお尻を下ろしながらため息をついていた。

 ほかの雑用係りの人間も不安そうに顔を合わせてあれこれと会話していた。

 それも当然のことだ。自分たちがそんな危険な組織に雇われていたとは夢にも思わなかっただろう。

 どうやら、今回の件が終わったら皆も契約を解除されるらしいが、不安は解消されないだろう。

 約束を反故にされないという保証もないのだから。

 マッジをはじめとした人間たちがアイラに話しかけてくる。


「アイラ。あんたもほかに選択肢がないからどうしようもないだろうけど、生きて帰ってくることだけを考えるんだよ」


「マッジの言うとおりだよ。ライラちゃんのもとに必ず帰ってくるんだ」


 皆も可愛がっていた姉妹の行く末をある意味自分たち以上に心配しているようであった。 

 アイラは無言で頷く。

 すると、最近久しく会話していなかったライラがアイラのもとへとやってきた。

 ライラはしばらくアイラを心配そうに見つめていたが、


「姉さん……。姉さんだけでも……」


 と、そこまで言いかけて止めた。

 アイラは妹が言おうとしていることを察してかすかに笑みを浮かべた。

 アイラだけでも逃げろと言おうとしたのだろう。しかし、アイラの性格は妹である彼女が一番良く分かっているのだ。

 アイラは自分とよく似た妹の赤い髪を優しく梳きながら言った。


「大丈夫だよ、ライラ。私は必ずライラのところに戻ってくるから。約束するよ」


「姉さん……。本当に約束だからね」


「私がライラとの約束を破ったことはないだろう?」


 アイラはつとめて明るく言った。

 それでも表情が晴れないライラがこくんと頷く。

 アイラは妹の頭を撫でながら、もう意識は明日へと向いていた。


(……そうだ。明日はなんとしてでも生き延びて、もう一度ライラと会うんだ。そうしたら……そのときは……)


 そのときは。


 ライラとのお別れのときだ。


 ※※※


 翌朝。

 まだ日が昇りきらないうちから、アイラはライラたちの見送りを受けながら、傭兵団とともにエルシオンへと出発した。

 ライラたちはことが済むまで廃墟で待機である。組織からの応援だという見知らぬ数人の見張りがついていた。

 一行は極力目立たないように気配を消して街へ向かう。

 遠目にエルシオンの街を囲む巨大な壁が見えた。

 すると、アイラは前を歩いているガレスの姿が視界に入り目を見張ったのだった。

 ガレスが灰色の不思議な光沢の鎧を全身に着込んでいたのだ。アイラが初めて見る姿だった。

 どうも、今までアイラが見たことのない金属でできているようだが、今気にしても仕方がないので、とりあえずは無視することにした。

 傭兵団はしばらく街道から逸れた荒野を進み、街に入るための門には向かわず、近くにあった小さな森へと入っていった。

 こんなところに何があるのかとアイラが疑問に思っていると、そこには小屋がぽつんとあった。

 小屋に入ってみると、その中には板や藁で隠されていた丸い穴がポッカリと開いていたのだった。


「我々はエレミアから目をつけられているみたいでしてね。門から馬鹿正直に入るわけにはいきません。なので、街の中にまで続いている地下通路を時間をかけて用意したんですよ」


 とは、ドクがぼそぼそと教えてくれたことである。

 アイラは唖然とした。ここから街の中までとなると、いったいどのくらいの距離を掘ればいいというのか。数年、いや十年以上はかかるだろう。


「そんなわけねえだろうが。もともと途中まで通路があったんだよ。それをここまで拡張したって話だ。それでも一年以上を費やしたらしいけどな」


 ジェイクが灯りを用意しつつも小馬鹿にしたように言った。

 なんでも首都エルシオンは古代魔法帝国の遺跡の上に建設されている都市らしい。

 なので、街の地下には住人すらも知らない古代の家屋や道路などが広がっているのだそうだ。それらを利用して、街の外にまで地下通路を延長したらしい。

 それでも、ご苦労なことだとアイラは呆れ果てた。

 団長のガレスを先頭として、皆が続々と穴を降りはじめる。

 それから、一行は横に延々と続いている薄暗い地下通路をひたすら歩く。土を固めただけのでこぼこした道で、たまに水溜りがあり歩きにくいことこのうえなかった。


(まるで、モグラだな)


 と、アイラは一列になって地中を歩いている者たちを眺めながら思った。

 しばらくの間黙々と歩いていると、土の壁からがっしりと石が組まれた通路へと変わった。

 時折、腐った木でできた扉や窓のようなものも見られる。どうやら遺跡部分に侵入したらしい。

 遺跡部分は複雑な迷路のように入り組んでいたが、先頭を歩くガレスは迷うことなく進んだ。

 誰もが息を潜めるようにして歩いていたが、大人数での行進ゆえに音が複雑に反響している。

 灯りに照らされた石壁には傭兵たちの不気味な陰影が揺れていた。

 いくつもの分岐を通り過ぎ、方向感覚に優れたアイラですらもどの方角を向いているのか自信が無くなってきたころ。


「……ここだな」


 突然、とある地点でガレスが立ち止まり、皆も順々に停止していった。

 アイラが前方を見ると、そこには壁に梯子がかけられている箇所があり、その上の縦穴へと続いていたのだった。

 縦穴の先には鉄製の丸い扉がついていた。

 ガレスが梯子を慎重に登り、扉をコンコンコン、と三回小さく叩いた。

 すると、しばらくしてから扉がギイイと不吉な音を地下に響かせながら開いたのであった。

 ガレスが皆に合図しながら扉の向こうへと消えていく。ほかの人間もひとりずつ梯子を登り、それに続く。

 アイラも梯子を登り、扉をくぐると、そこはどこかの地下室に通じていた。あちこちに木箱やら家財道具などが置かれており、どうやら物置として使われているようだった。

 やや窮屈ではあるが、百人近い傭兵団の団員たちが入れるほどの広さである。

 ガレスは団員たち全員が部屋に入り終えたのを確認してから、隣に立っていた執事姿の年配の老人になにやら話しかけた。この老人が地下室から扉を開いたのだろう。

 執事姿の老人は小さく頷くと、背後にあった扉を開けて階段を上がっていった。

 ガレスたち傭兵団も老人に続く。

 アイラが階段を上がり地下室から出ると、そこは無数の扉が左右にずらりと並んでいる長い廊下があった。床には高価そうな真っ赤な色のカ-ペットが敷かれていた。

 執事姿の老人の先導で皆と共に歩きながらも、アイラはかなり大きな屋敷だと推察していた。この建物の所有者は相当な資産家らしい。

 ただ、屋敷の中に人の気配がほとんどなく閑散としている。調度品の類もいっさい置かれておらず、なんとも寂しい廊下だった。

 しばらくカーテンで閉ざされた暗い廊下を歩くと建物の一角に到着した。

 そこで傭兵団の面々はいくつかの部屋に割り振られて、入るように促される。


「作戦開始まではまだ時間がある。それまで、各自待機しておくように」


 ガレスはそう言い残して、執事姿の老人とどこかへと消えた。

 この屋敷を所有している人間のところにでも行くのかもしれないとアイラは思った。

 皆はそれぞれ武器の手入れをしたり、作戦の手順を確認しているのか静かに目を閉じている者もいた。

 観察している限り、恐れを抱いている者はいないようだった。どの人間も決意を宿した目をしている。


(この狂信者どもが)


 アイラは心の内で吐き捨てた。

 彼らを眺めていても気が滅入るだけなので、アイラは壁に寄りかかって部屋を見回した。

 部屋の中には、ひとつのテーブルに大きめの水差しといくつかのコップが置いてあった。喉が渇いたら飲めということなのだろう。

 あとは部屋の隅に、おそらくトイレに通じているだろう扉があるだけでほかには何もない。がらんとした部屋だ。ここにも窓がカーテンで閉じられてあり外の様子が見えないようになっていた。

 すると、部屋の片隅からシャリシャリいう音が聞こえてきたので、アイラがそちらを見やると、ドクが床に座り込んで手術用のメスに似た細身の薄い刃を丁寧に研いでいた。ドク愛用の武器である。

 この際情報は多いほうがいい。アイラは憑かれたように刃を研いでいるドクに質問してみることにした。


「……この建物はいったい何なんだ? かなり大きな屋敷のようだが」


 ドクはいったん手を止めてちらりとアイラを見上げたが、また目線を戻して作業を再開させながらも説明してくれた。


「……ここはエルシオン内にいる協力者の邸宅ですよ。我々はここでしばし休んだのちに、いよいよこの都市を恐怖に陥れる作戦を開始するのです」


 昏い笑みを浮かべながら、「クケケ」と笑い出すドク。この男は気が昂ぶってくると、このような気味の悪い笑い声を出すのだ。

 だが、ドクはそれ以上は何も喋ろうとしなかった。アイラも作戦の大まかな概要は聞かされているが、やはり警戒されているのだろう、詳しいことを教えるつもりはないようだった。

 とはいえ、これだけの屋敷なので、エルシオンでもかなりの実力者の邸宅なのだろうと予想はつくが。

 どこにでも獅子身中の虫がいるものだとアイラは皮肉な感想を覚える。

 ひとしきり笑って満足したらしいドクが続けて言う。


「先日にも話しましたが、あなたには私が率いる班に入って作戦を実行してもらいます。ただ、私の指示に従ってもらえればそれで構いません。全てが終了したら晴れてあなたは自由の身です。頑張ってください」


 そのドクの言いようにアイラは「ふん」と鼻を鳴らしたが、ほかに気になっていることを思い出した。


「もうひとつだけ聞きたいことがある。団長の着ていた鎧は何だ? 不思議な金属でできているようだったが……」


「……さて……何でしょうね。ただ、団長の二つ名を教えてさしあげましょうか。その名も『魔導士殺し』というんですよ」


「……『魔導士殺し』?」


 アイラはが眉をひそめて聞き返すが、ドクはもう作業に集中して何も語ることはなかった。

 もう情報を引き出せそうもないと判断し、アイラは時間まで少し身体を休めることにした。

 生きてライラに会うためにも、できるだけ体力を温存しておかなければならない。

 アイラはドクから離れたところに腰を下ろして、静かに目を閉じたのだった。




 それから数十分後。ついに作戦開始の時刻がきた。

 皆はそれぞれ班ごとに分かれて行動を開始する。

 武装した姿で、しかも集団でうろついたら目立つので、大きめの外套を着込み旅人を装う。

 屋敷の中を再び移動し裏口へと向かった。

 裏口のすぐ外には、大きな幌がついた馬車が停められており、外を見ることなくそのまま班単位で乗り込んだ。

 できるだけ人目を避けるためと、アイラなどに屋敷の情報を漏らさないためだろう。

 馬車に乗って十分ほど揺られていたが、


「ここで、降りますよ」


 ドクの指示でアイラを含めた十数人が馬車から降りる。

 アイラは地下に潜ってからようやく外の景色を拝むことができた。

 降ろされたのは、どこかの通りの一角のようであったが、周囲を見回したアイラは目の前の光景に驚愕の表情を浮かべたのだった。

 そこには、アイラの想像を超える街並みがあったのだ。

 通りには溢れんばかりの人が歩いており、様々な人種が共存していた。

 道には所狭しとあらゆる種類の店が軒を連ねており、これまで見たこともないような高層建築物が遠くにいくつもそびえている。

 この通りにしても馬車が何台も並んで走れるほどに広く、道の両側に人々が安全に歩けるように歩道が整備されていた。

 かつて、ここまで活気のある、かつ整然とした街があっただろうかとアイラは唖然とする。

 エルシオンが世界でも有数の国際都市とは聞いてたが、まさかこれほどとは思わなかった。

 ここで、アイラは何か大きな気配と振動が近づいてきていることに気づいた。

 怪訝けげんに思ったアイラがそちらへと顔を巡らせると、


「……鉄の箱が道を走ってる?」


 アイラの目の前をなにやら騒々しい音を響かせながら、車輪がついた鉄製とおぼしき横長の箱が走っていたのだ。中には何人かの人間が乗っているのが見えた。

 ドクも視線を向けて、不愉快そうに説明した。


「ああ……。あれは魔導列車といって、魔力を動力源とした鉄でできた乗り物ですよ。路線が街中に張り巡らされています。まったく、この街の不遜さを象徴した代物ですよ。……それよりも行きますよ。こちらです」


 ドクが細い路地へふらりと入っていく。

 まだ茫然と辺りを眺めているアイラや団員たちがそれに続く。

 路地を抜けると、先ほどよりも静かな通りに出た。あまり人目につかないように移動しなければならないので当然なのだろうが。

 通りを東に向けてしばらく歩いていると、アイラはふと視線を感じた。

 アイラが視線を感じた方向を見ると、そこには二階建ての建物があった。

 美味しそうな甘い匂いがアイラのところにまで流れてきていたので、何かの飲食店だろうと思われた。

 視線の主は、どうやら二階に張り出したテラスにいる人物のものらしい。

 アイラはくだんの人物をさりげなく確認しようとしたが、その姿を視界に捉えた瞬間に思わず息を呑んだ。

 そこにいたのは、真っ白な長い髪の透き通るように美しい少女だったのだ。

 少女は髪の色と同じ涼しげな純白の服を着ていた。

 少女はもうアイラを見てはおらず、向かいに座っていた金髪の少女となにやら動揺した様子で会話していた。

 金髪の少女の方もきれいな顔立ちをしており、白髪の少女とどこか横顔が似ているので、二人は姉妹なのだろうとアイラは思った。


(おそらく、ライラと同じくらいの年齢だろうな)


 じゃれあっている様子の少女たちを見上げて、アイラは自然と顔を綻ばせた。ここからでも仲の良い姉妹であることが理解できたのだ。

 アイラがそのまま少女たちを和やかな気分で見つめていると、ドクが振り返って怪訝そうに訊いてきた。


「……どうしました?」


「……いや、何でもない」


 アイラはすぐに少女たちから視線を切り、無表情で答える。

 ドクはアイラの様子に軽く肩をすくめただけだった。

 それから、一行がしばらく通りを歩いていると、おもむろにドクが停止した。


「ここですね……」


 ドクが一本の細い脇道へと入っていく。人がほとんど通らないような薄暗い道である。

 その道を十数メートルほど進み、ゴミに埋もれるようにして置いてあった箱の前で立ち止まった。

 ドクがゴミをどかして箱を慎重に開ける。

 すると、その箱の中には黒い色の握りこぶしほどの大きさの丸い玉がたくさん詰まっていたのだった。

 アイラが眉をひそめる。


「なんだ、これは?」


「……これはね、爆薬というものですよ、アイラさん」


「爆薬だと?」


 爆薬とは、主に鉱山などで固い岩盤を崩すのに使われているもので、一般には馴染みのない道具である。

 それに、そこまで威力はないので武器として使うには微妙な代物だ。なにより、現在は魔導という便利な力があるのだから。


(こんな子供じみた道具でエレミアに楯突くつもりじゃないだろうな)


 アイラが馬鹿馬鹿しく思っていると、この黒い玉からどこか覚えのある臭いがたち込めていることに気づいた。


(……そうだ。これは、ドクからしていたあの不思議な臭いだ)


 アイラの表情からドクは察したように頷いた。


「そうです。これは『アビス』で開発された特別な爆薬なんですよ。『深淵の狼』では私が調合を担当していましてね。戦場でこっそりと試しながら完成させたんです。威力は市場に出回っているものをはるかに凌ぎますよ」


「……まさか」


「その、まさかです。この爆薬入りの箱はエルシオン中に配置されています。それらを起爆させるんです。今ごろほかの班も、それぞれの担当地域で時を待っていることでしょう」


 アイラは背筋が凍った。ぎっしりと詰め込まれているこの火薬たちを一度に爆破すれば、相当な被害が出るだろう。


「待て! 私たちの任務は魔導炉の占拠ではなかったのか!?」


「もちろんそれが最終的な目的です。しかし、その前に我々が動きやすいように街を混乱させる必要があるんですよ。それに、魔導炉は重要施設ゆえに警備が厳重ですからね、馬鹿正直に乗り込んでも苦戦するだけです。奴らを浮き足立たせてやる必要があるんですよ。……それとも、あなたはここでやめますか?」


 そんなことが今さらできるわけがないだろうとアイラはドクを睨みつける。もう、サイは投げられたのだ。

 黙り込むアイラを見て、ドクは満足そうに頷いた。


「では、予定通り正午をもって最初の爆破を行います。その後はさらに数人ずつに分かれて、担当区域の箱を手分けして少しずつ起動させていきます。その後に魔導炉で集合です。いいですね?」


 ドクの言葉に、アイラ以外の人間が無言で首肯する。

 そのとき、アイラはきつく目を閉じて祈っていたのだった。


 ――先ほど見かけた仲の良い姉妹が、これから起こる騒乱に巻き込まれないにと。

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