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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと傭兵の少女
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第2話

 あくる日。

 傭兵団『深淵の狼』は、全団員が勢ぞろいしてから三日間の休暇に入っていた。

 最近では滅多にない連休ということで、皆それぞれが羽根を伸ばしているようだった。

 ある者は宿でのんびりしたり、またある者は近くの町に繰り出したりと、束の間の休暇を楽しんでいるようであった。

 アイラも妹のライラとともに町で買い物をしていた。あまり宿の遠くには行けないが、町までならよいと許可をもらってある。

 現在は装飾品を扱っている店を二人で眺めている最中だ。


「見て見て、姉さん! これなんか、姉さんに似合うと思うんだけどな」


 ライラが店頭に並べられていた赤い石が嵌められているピアスを手に取った。


「――え―と、なになに? この赤い石には幸運の力が宿っているんだって。……なんか、嘘っぽいけどね」


 身も蓋もないことを言うライラ。

 アイラは苦笑しつつも首を横に振った。


「私はそういうのはいいよ。あまり興味ないし」


 それよりも、できるだけ早く借金を返すのが先決だとアイラは思っているのだ。とはいえ、ライラが好むものを衝動買いしてしまうことがたびたびあり、姉馬鹿な一面もあるのだが。

 ライラはむ―っと唇を尖らせた。


「姉さんは、そろそろオシャレに目覚めるべきなんだと思うけどなあ」


 アイラはやや汗を滲ませながら言った。


「それよりも、ライラが欲しい物はないの? 私がお金を出してもいいから、好きなものを選びなよ」


「あ、誤魔化したね、姉さん。でも、いつも私だけ買ってもらってるんだから悪いよ」


 ライラはそう言いながら、先ほどの赤いピアスを店員のところまで持っていった。

 そして、会計を済ませ、小さな袋に入れてもらうと、アイラの元まで戻ってきた。

 ライラはその袋をアイラに差し出す。


「はい、姉さん。今回は私からのプレゼントってことで。危険な仕事をしている姉さんに幸運があるようにね。まあ、効果は微妙だけど。こういうのは気の持ちようが大事だしね」


 そのライラのざっくりした言い様はともかく、アイラは顔をほころばせて受け取るのだった。


「ありがとう。大切にするよ」


 アイラが懐に大事そうにしまうのを見て、ライラも満足したようだった。

 二人は店から出て通りを歩き出す。


「時間はまだあるし、これからどうしようか? 二人でゆっくりと町を回れる機会なんてそうそうないしね」


 ライラがふたつ結びの赤い髪を揺らしながら尋ねてくる。。

 アイラはしばし考えてから、


「そうだね。久しぶりに、飲食店で昼食をとるのもいいかもね」


「あっ! それいいね! 最近は自分で作ったものか、宿で出てくるご飯しか食べてないから」


 アイラの提案にライラが諸手を挙げて賛成する。

 どの店がいいかと、あれこれ会話しながら赤毛の姉妹が仲睦まじく歩いていると、


「――今日の夕飯はかなり豪華になるそうですからほどほどにしておいたほうがいいですよ」


 背後から突然不気味な男の声が聞こえてきたのだった。


「!」


 とっさにアイラがライラをかばいながら振り向く。ライラは突然のことに目を見開いて固まっていた。

 アイラが背後を見ると、いつからそこにいたのか、傭兵団の仲間であるドクがひっそりと立っていたのだった。

 太陽を背中に背負っているドクは顔に不気味な陰影をつくっていた。長髪の隙間から暗い瞳がのぞいている。


「……貴様、いつの間に……」


 アイラが警戒した様子でドクを睨みつける。

 ドクは、「ああ」と額に手をおきながら言った。


「どうやら驚かしてしまったようですね。申し訳ありません。気配を殺すのが癖になっていましてね」


「…………」


 謝罪するドクを、なおも最大限の注意を向けたまま見つめるアイラ。

 アイラはこの顔色の悪い男を戦闘狂のジェイクの次ぐらいに嫌っているのだった。そもそも、この男は得体のしれないところがあるのだ。

 傭兵団では各々の過去を詮索しないという暗黙の了解みたいなものがある。皆それぞれ話したくない過去のひとつぐらいはあるだろうし、アイラもそうだ。正直興味がないというのもあるが。

 なので、アイラはいつも仕事をしている傭兵仲間のことをあまり知らなかった。会話も必要最低限だけけで、そう多くの情報を持っているわけではない。

 だが、とりわけ謎に包まれているのが目の前の人物だった。

 まず、『ドク』という名前からして本名なのか分からない。長年傭兵団の雑用係りとして働いている初老の男性によれば、その落ち窪んだ目と削げた頬から、どこかドクロのように見えるからそういう名前が付いているのだと冗談交じりに言っていたのを思い出す。ほかにも、手術用のメスのようなものを武器として使用しているので、そういうあだ名が付いたのではないかとマッジが言っていた。


(それに……)


 と、アイラは心の中で続ける。

 この男はいつも何か奇妙な匂いを纏っているのだ。これまで嗅いだことのない不快な匂いだ。それが、あのジェイクなどからもする血の臭気と混じってなんともいえない不気味な臭いになるのだ。

 ドクは団の戦闘員だが、同時にアイラの知らない裏方のようなことを団長から任されているのをよく見るので、それと関係があるのかもしれない。

 ドクは眼鏡の位置を神経質そうに直しながら話しかけてきた。


「……それにしても、この前の仕事はいささか苦労しましたよ。相手方に何人か魔導士がいましてね。危うく身体を吹き飛ばされるところでした。もっとも、奇襲をかけて前衛を無力したのちに切り刻んでやりましたがね」 

 ドクが暗い愉悦をその顔に張りつけながら言う。

 アイラたち姉妹はそろって顔をしかめる。


「……ともあれ、魔導というのは本当に厄介な代物ですよ。あんなものこの世から消えてしまえばいいのに……」


 そのドクの言いように、アイラはまたかと心の中でうんざりした。

 ドクはことあるごとに魔導を否定するようなことを口にするのだ。もっとも、これは団の人間に共通していることなのだが。なぜだかは知らないが、魔導に対して忌避感の強い人間がやたらと多いのである。しかも、彼らが度々アイラに魔導の不必要性を説こうとしてくるのには閉口させられる。

 ドクはぶつぶつとなにやら魔導士に対して文句を言っていたが、ふとアイラたちを見てまた額に手を置いた。


「……長話が過ぎましたようですね。それに、お二人の邪魔をしてしまったようだ。いや、失礼。……では、これで」


 ドクは茶色のコートに包まれた背中を丸めるようにして宿のある方向へと去っていった。

 しばらくアイラはその不気味な姿を見送っていたが、ドクの姿が雑踏の中へ消えると後ろを振り向いてライラを気遣う。


「ライラ。大丈夫?」


 ライラは「ふぅ」と大きく息を吐いてから頷いた。


「……うん、ちょっとびっくりしたけどね。それにしても、相変わらず変な人だよね。何を考えているのか分からないっていうか」


 そのライラの言い分に、アイラもまったくだと心から同意した。変人の枠を超えているような気もするが。

 なにはともあれ、せっかくいい気分で妹と歩いていたのが台無しである。


「ともかく、お昼を食べに行こうよ。もう腹ペコだよ」


 ライラはもう気分を切り替えたようだった。アイラの手を引いて通りに並んでいるいくつかの飲食店を物色しはじめている。

 アイラも一度気分を落ち着けて、妹とともに歩き出した。

 その後、とある店で昼食をとることになったが、結局、アイラには味を楽しむ余裕は戻らなかったのだった。


 ※※※


 傭兵団『深淵の狼』が休暇に入ってから最後の休日となる三日目の夜を迎えた。また明日から仕事と訓練の日々がはじまるのだ。

 その日の夕食もやたらと豪華なものであった。わざわざ町で最高の食品を買い込んで、宿の人間に調理させたらしい。

 しかも、これで三日連続である。

 いったいどういう風の吹き回しだろうかと、アイラは喜ぶよりもいぶかしんだものだ。こんなことは傭兵団に所属してからの二年間にはなかったことである。

 アイラはライラとの相部屋で食後の休憩をとってから、指定の時間どおりに宿の一階にある食堂へと向かっていた。

 団長のガレスから今度の予定についての説明があるので来るようにと言われているのだ。

 普通はそれぞれ活動の異なる部隊ごとに分けて説明するのが基本である。

 現在は、ある程度の広さがある食堂を一時的に貸しきって使っているのだった。

 アイラは古びた木製の階段を軋ませながら下りる。


(さて、今度はどの国で働くことになるかな) 

 徐々に仕事のことへと頭を切り替えながらも、二年前のあの忌まわしい日からいったいいくつの国を渡ってきたことかと思いを馳せる。

 ライラなどは素直に楽しんでいるようだが、アイラとしては淡々と確実に仕事をこなしていくだけだ。そして、解放の日を一日でも早く迎えるのだ。 

 アイラが改めて決意していると、食堂の前へと到着した。扉は閉められているが中からいくつかの気配を感じる。

 一応軽くノックをしてから、アイラは食堂の中へと踏み込む。

 アイラが食堂を見渡してみると、各部隊長たちにドクなどの一部の団員が食堂の椅子に腰掛けているのが見えた。

 全員が男で、その鋭い目つきといい、修羅場を潜ってきた人間特有の凄みを纏っている。

 すると、アイラは広い長方形のテーブルの奥にほとんど顔を合わせることのない副団長のゴルドーを発見した。

 ゴルドーは筋骨隆々で身長が二メートルを超えているという禿頭の大男だ。また、傭兵団随一の怪力の持ち主でもあり、巨大な戦斧を自在に操ることができる。戦闘能力においても団長のガレスに次ぐ実力者なのである。

 彼はもっぱら戦争組の指揮を執っているのでアイラとはあまり接点がなく、喋ったことも数えるほどしかない。

 そもそもゴルドーは寡黙な性格で、口を開くことは数日に一回ほどしかないのではないと噂されているほどなのだった。

 今も、ゴルドーは腕を組みながら目を閉じて静かに座っていた。

 場の面々を確認したアイラは怪訝な顔をした。たまに団の主だった面子を集めて全体会合を行なうこともあるが、それなら自分が呼ばれたりはしないはずだ。

 食堂の一番奥に座っていたガレスがアイラを一瞥した。


「来たか。とりあえず、空いているところに座れ」


 アイラはどこか不穏な空気を感じつつも、扉を閉めて、言われたとおりに空いていた椅子のひとつに座った。

 団員のひとりが食堂の扉にさりげなく寄りかかる。部外者に立ち聞きされないための警戒だ。

 ガレスは一度全員を見回してから話しはじめる。


「……これで、全員そろったな。では、今後の予定について説明する。次の任務については、すでにほとんどの者が知っているだろうが、改めて説明する」


 団員たちというよりも自分に向けて説明しているように感じられて、アイラは嫌な予感を覚える。


「これから我々が向かうのはエレミアの首都、エルシオンだ。明朝に全団員で出発する」


 告げられた国の名前にアイラは眉をひそめる。

 エレミアといえば、今アイラたちがいる中央大陸のさらに中央部分に位置する国だ。世界でも屈指の国力を誇り、なにより押しも押されぬ魔導大国である。

 ただ、エレミアの近辺は戦争が途絶えて久しい地域で、ここ百年近く小競り合いすら起こっていないはずだ。それに、エレミアは多くの優秀な魔導士を擁しており、ご自慢の魔導騎士団もある。魔獣くらい自前の戦力で掃討するのは容易いだろう。つまり、傭兵団を雇う必要など全くないのだ。

 そんなところに何の用があるのかとアイラはますますいぶかしむ。

 アイラが疑問を募らせている間、ガレスは目的地への道すじを時間をかけて詳細に説明していた。

 しかし、最後の言葉にアイラは目を剝いた。 


「――エレミアへは、国境にある密林を通って入国する。分かったな」


 アイラは唖然としながらも慌ててガレスに問いかける。


「……ちょっと待ってください! なぜ国境にある検問所を使わないんですか!? それでは密入国になってしまいます!」


 自分たちは傭兵団だ。人に自慢できるような職業ではないだろうが、別に犯罪者というわけではない。 

 もし見つかれば、良くて国外強制退去、悪ければ懲役刑に高額の罰金を科せられることになるだろう。

 その問いにはガレスの隣で沈黙していた副団長のゴルドーが答えた。アイラも久しぶりに聞く声だ。


「……それでいいのだ。今回の任務はエレミアの連中に気取られることなく、首都エルシオンに潜入することなのだからな」


「なっ……」


 アイラはゴルドーのきれいに剃られた禿頭を見つめつつ絶句した。盗賊団でもあるまいにいったい何をしようというのか。

 アイラは周囲の人間を見渡すが誰もが驚くことなく受け入れているようだった。皆はじめから知っていたことなのだ。

 いつのまにか、部屋にいる全員の視線が自分に向けられていることにアイラは気づいた。

 にわかにガレスの目つきが鋭くなる。


「……お前にはこれから大事なことを話さねばならん。むしろ、こちらが今回の主題なのだ」


 そのガレスの言葉に、アイラはずっと感じていたこの傭兵団の得体の知れない部分を知るときがついに来たのだと直感した。己の唾を飲み込む音がやたらと大きく聞こえた。

 ガレスはアイラの目を真っ直ぐに見据えながら話しはじめた。


「傭兵団というのは仮の姿だ。我々『深淵の狼』はある大義の下に活動している組織に属している。……その組織とは魔導士廃絶を目標とする団体『アビス』だ」


「…………!」


 アイラの背中に戦慄が走った。

 団長から語られた『アビス』という名前は聞いたことがある。近年、魔導の排除を目的とした活動を世界中で展開している組織だ。その理念のためならば暴力行為をも辞さないという過激な組織である。ゆえに、危険なテロ組織として各国から警戒されているほどなのだ。


「これより、我ら『深淵の狼』は、とくに魔導という力に驕っている国、エレミアに鉄槌をくだし、その大義を世に示すことが任務となる」


 淡々と語るガレスの迷いのない声を聞きながら、アイラは自分の頭が真っ白になるのを自覚していた。

 アイラはほとんど無意識のうちにかすれた声で質問していた。


「……まさか……それに、私も参加しろと……?」


 ガレスは頷くこともなく無言のままだったが、アイラを見つめる強い眼差しが雄弁に語っていた。

 アイラはいったい何の冗談だと、半ば他人事のように頭の中で考えていた。

 故郷が魔獣の襲撃で滅び、人買いに攫われ、やりたくもない仕事を強要されている。そのうえ、自分の知らないうちにテロ組織の片棒を担がされていたのだ。

 アイラは強張った表情で訊く。


「……もし、断ったら……?」


 その質問にはガレスではなく、近くに座っていた軽薄そうな男――ジェイクが答えた。


「そのときは、おまえの大事な大事な妹がどうなるかお楽しみってとこだな」


 と、からかうように言う。その横ではドクが眼鏡を押さえながら、「クケケ」と陰鬱な笑みを浮かべてアイラを見ていた。


「……貴様ら!!」


 アイラは二人を殺気のこもった視線で睨みつける。

 ガレスは目線でジェイクとドクを黙らせてからアイラに言った。


「……私としてもそんな真似はしたくない。だが、今回の作戦ではひとりでも多くの人間が必要なのだ。おまえにも参加してもらわねばならん」


 アイラはふざけるなとばかりにガレスを射殺すように見つめ、吐き捨てるように言った。


「いずれにしろ、私には選択権はないのだろう」


 ガレスは一瞬沈黙したが、すぐに答えた。 

「……悪いが、そういうことだ。本来なら潜入する直前のキャンプで話すつもりだったが、動揺したままでは任務に支障が出ると思ったのでな、今話すことにした。……最後のキャンプ地に辿りつくまで一週間ほどかかるだろう。それまでに覚悟を決めてもらおう」


 アイラは長い間強く唇を噛みしめてうつむいていたが、


「……妹に手を出さないというのが絶対条件だ。それから、この件が終了したら妹を傭兵団から解放しろ」


 しばらくしてから、しぼり出すように言ったのだった。

 アイラの台詞を聞いたジェイクがまたも口を挟んできた。


「おいおい、そりゃさすがに虫が良すぎるんじゃねえか? おまえらの借金はどこにいったんだよ!」


 しかし、ガレスが再度ジェイクを黙らせてから告げた。


「……いいだろう。次の任務の特別報酬だ。全てが終わったら、妹だけでなくおまえも自由にしてやろう。それで契約成立だ」


 そのガレスの言い様に、アイラはおためごかしだと心の中で冷笑した。

 この任務が成功しようが失敗しようが、自分はお尋ね者となる。どのみち、ライラとはもう一緒にいられないのだ。

 ひとりで世間から身を隠すようにして生きていくか、裏社会にでも溶け込むしかない。

 つい先日、ライラと楽しく買い物をしていたのが遠い過去のように思えた。

 だんだんと視界が暗くなるような錯覚をアイラは覚える。

 自分は知っていたはずだ。

 不幸は突然降りかかってくるものなのだと。

 いつだって、アイラのちっぽけな力では大きな流れに抗うことなどかなわない。

 アイラは懐に入れていた、ライラが買ってくれた幸運のピアスを意識した。


(ライラ……。やはりこのピアスにはそんな大層な効果はないようだよ……)


 アイラは心の中で悲しく苦笑したのだった。

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