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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
幕間 魔法使いの日常編
24/132

入学式②

 ソラとマリナが正面玄関のあるホールへと到着すると、そこには両親をはじめとした面々が集まっていた。

 その数はほんの数人ほどで、必要最低限の人数である。ソラが派手な見送りなどを嫌っていることを皆知っているのだ。

 その中にいたひとりの男性がソラたちの気配に気づいたようで、こちらへと振り向いた。


「――ああ、遅かったじゃないか! いったいどうしたのかと心配していたんだよ?」


 ソラたちに話しかけてきた、いかにも人の良さそうな顔立ちをしたその男性は父のトーマスであった。

 きりっとした表情をしていればハンサムと言えなくもないのだが、どこか頼りない雰囲気を漂わせている父親なのだった。 

 だが、トーマスは若くして魔導大学院の准教授を務めていたりするのだ。主に古代の魔導技術の解析などを専門としており、有能な研究者として将来を嘱望されている何気にエリートな父親なのである。

 トーマスはソラの制服姿を見るやいなや、なにやらぴしっと固まってしまった。

 ソラが怪訝な顔をして父親を見ると、トーマスは目元に浮いた涙を拭い始めたのだった。


「……うん、うん。すごく良く似合ってるよ、ソラ。自分の娘とは思えないくらいだ。ついこの前までよちよち歩きの赤ん坊だったのに……。こんなに可愛い娘を持てて僕は幸せものだよ」


 感無量だという様子のトーマス。

 まるで、これから娘を嫁にでも出すのかというような大袈裟なリアクションであった。

 やや呆れたソラだったが、たまには父親孝行もいいかと思い直す。


「私もお父様の娘として生まれてきて本当に幸せですよ」


 にっこりと笑いながら、トーマスの手を握って言う。

 すると、トーマスは突然ダバーッと涙を流し始めたのだった。


「ううっ。 なんていいコなんだ!!」


 感動したトーマスが泣きながらソラを力強く抱きしめる。

 ソラは父親のお腹辺りに顔を埋めながら、少しやりすぎたかも、と苦笑するのだった。

 そこで、マリナがひょっこりと横から顔を出した。


「マリナもパパのこと大好きだよっ♪ ――ところで、マリナ、欲しいものがあるんだけど~」


 上目遣いと猫なで声のコンボでおねだりするマリナ。

 今度はだらしなく顔が緩むトーマス。


「マ、マリナまで……! 何でも言ってごらん! 今月の給料を全部つぎ込んででも買ってあげるから!」


 トーマスは光の速さで快諾するのだった。

 ソラは父親の腕の中から、妹をジト目で見る。


「マリナ、あんたね……。こういうときに便乗してお父様にたかるんじゃないの」


「えへへ。今がチャンスかな~と思って」


 姉妹がこそこそと話し合っていると、おっとりした女性の声が聞こえてきた。


「――トーマス、そろそろ解放してあげなさいな。ソラちゃんが苦しそうだわ」


 そう言って三人に近づいてきたのは母のマリアだった。ふわふわした金髪に、ソラやマリナとよく似た顔立ちをしたとんでもない美人であった。

 謝りながら、慌ててソラを解放するトーマス。

 代わりにマリアがソラへと近づいてきた。


「うふふ。何度見てもソラちゃんの制服姿はいいわね~。ソラちゃんったら普段から女の子らしい格好をなかなかしてくれないんだもの」


「あはは……」


 ソラは乾いた笑い声を出す。

 マリアはことあるごとにソラに可愛い服を着せようとするのだ。フリルがたくさんついたドレスから、ゴスロリ服っぽいものまで。そんなものを着て往来を闊歩するのは、はっきり言って拷問に近い。

 なので、その服を着用するのは屋敷の中でのみ、という条件でマリアが要望する服をたまに着ることがある。それでなんとか母には日頃我慢してもらっているのである。

 しかし、これからはほとんど毎日のようにこの制服を着て外に出なければならないわけか……、とソラは自分の制服を見下ろしながらため息をついた。

 そういった趣味を持たない男が、無理矢理に女装させられて外を出歩く。ソラとしてはそういう感覚なのである。

 ソラが微妙に浮かない表情をしているのに気づいたのだろう、マリアがソラの肩に手を置きながら囁いた。


「大丈夫よ、ソラちゃん。すごく良く似合ってるわ。こんなに可愛いんだから、みんなソラちゃんにメロメロになるわね」


 そういうことを心配してるわけじゃないんだけども、とソラは思った。

 どうもマリアは、ソラが自分には可愛い服が似合わないから心配しているのだと思っている節がある。

 とはいえ、母なりに気を遣ってくれたのだろうと思い直す。


「ありがとうございます、お母様」


 マリアに笑顔を向けて、素直に礼を言う。

 すると。


「~~~! ソラちゃん、可愛いっ!!」


 がばっと、結局娘を抱きしめるマリア。

 この夫婦はとにかく子供をハグするのが大好きなのである。

 ソラがマリアの豊満な胸に顔を埋めて、四苦八苦していると。


「――マリア様こそ、ソラお嬢様を窒息させるおつもりですか?」


 背後から冷静な女性の声が聞こえてきた。

 マリアが「あら」と言いながらソラを解放する。

 ソラは呼吸困難により顔を上気させながらも、なんとか息を吸い込むことができた。

 ソラが息を整えてから、改めて声が聞こえてきた方向を見ると、二人の人物が歩み寄ってきていた。

 今しがた声をかけてきた女性と、執事服を着た老人である。

 二人がソラに話しかけてきた。


「ソラお嬢様。ご入学おめでとうございます」


「……お嬢様も、もうそんな年になりましたか。爺はうれしゅうございますぞ」


 この二人はエーデルベルグ家の重鎮である、メイド長のアイリーンと執事長のバートンであった。

 アイリーンは前髪を切り揃え、後ろ髪をひとつに纏めていて、いかにも真面目そうな女性であった。実際、家事全般に優れるうえに気配り上手であり、統率能力をも兼ね備えているという完璧ぶりで、二十代後半にしてメイド長を務める才女なのであった。スーツを着せれば、さぞ有能な美人秘書にでも見えるに違いない。

 執事長のバートンはいかにも好々爺然とした風貌の老人であった。真っ白に染まった白髪と綺麗に整えられた髭。左目には片眼鏡をかけている。

 バートンはにこにこと孫でも見るように、優しい笑みを浮かべながらソラを見つめていた。彼はエーデルベルグ家に半世紀近く仕えていて、使用人たちの中でも最古参であり、これまで長い間、家の屋台骨を支えてきた人物なのだ。彼からすれば、ソラたちは本当に孫のようなものなのだろう。

 アイリーンがソラの少し乱れた制服を手際よく直し、懐から取り出した櫛で髪も整えてくれた。ほんの数秒程度の、まさに流れるような作業であった。

 さすがはエーデルベルグ家史上でも最年少でメイド長になっただけはあるなあ、とソラは感心した。

 アイリーンはわずかに目を細め、慈愛の表情を浮かべながらソラに言った。


「とてもお似合いですよ、お嬢様。――さあ、今日はお嬢様にとって人生の節目となる日です。万が一にでも遅れることがあってはいけません。そろそろ出立いたしませんと。とくにお嬢様は事前に打ち合わせがあるのですから」


「う、うん。そうだね」


 ソラはすぐ目の前にある、アイリーンの端整かつシャープな顔を見ながら、内心でドギマギしていた。

 こうやって間近で見ると、彼女も母に劣らぬほど類まれな容姿をしている。しかも、普段は基本的に無表情なので、こうやってかすかにでも笑うと、ギャップによる効果がものすごいのである。

 ソラがメイドたちから聞いた話によると、アイリーンはエーデルベルグ家に仕える男性の使用人たちの間でも、その人気はダントツで一番とのことらしい。 

 だが、それも納得である。この笑顔を一度でも見たことがあるなら、大抵の男はハートを打ち抜かれるのは必至である。ただでさえ、美人で包容力のある女性なのだから。

 もっとも、アイリーンには将来を誓った男性がすでにいるのだ。その男性は彼女よりも年下ではあるが、ソラの目から見ても実にお似合いの二人であった。

 その事実を知った男たちが血の涙を流していたらしいが。

 バートンも胸ポケットから取り出した懐中時計を確認しながら言った。


「そうですな。時間も押してきておりますし、魔導学校へ向かいましょう。馬車と護衛たちの準備はすでに済んでおりますから」


 バートンの言葉に両親とマリナも頷いた。

 今この場にいる、ソラを含めた六人プラス護衛で向かうことになるのだろう。

 そこで、ふとソラは気づいた。


「そういえば、お祖父様は?」


「お館様は元老院の仕事で少々遅れるとのことです。ただ、入学式には必ず駆けつけると言っておりましたよ」


 バートンがにこにこしながら言った。


「ふふ、お父様が可愛い孫の晴れ舞台を欠席するわけないでしょう? ……まあ、お母様は平常通りだけど」


 マリアの言葉に、それもそうだとソラは頷いた。

 普段はしかめつらしい表情をしている祖父のウィリアムも、娘や孫にはなんだかんだで甘いのである。

 祖母のウェンディは五十を過ぎているのにもかかわらず、いまだに現役の冒険者をしており、家に帰ってくるのは稀であった。便りもろくに寄越さず、客観的に見れば、もはや半失踪状態なのだが、あのべらぼうに強い祖母に限って野垂れ死にすることなど想像もできない。

 便りがないのは元気な証とも言うし、とソラたち家族も全く心配はしていないのだった。

 さて、玄関前に停めてある馬車に乗り込もうか、とソラたちが移動し始めたときだった。


「……おねえさま?」


 舌足らずな声が聞こえてきたのは。

 ソラが振り向くと、ホールにある螺旋階段を、背後の少女に支えてもらいながら、よたよたと降りてくる幼い男の子の姿が見えた。


「トリス!?」


 ソラは思わずその男の子の名前を口にして、慌てて駆け寄る。

 とても可愛いらしい顔立ちをした、その男の子の名前はトリス・エーデルベルグといい、ソラとマリナの弟であった。この前三歳の誕生日を迎えたばかりである。ふわふわしたブラウンの髪は、父親の髪の色と母親の髪質を受け継いだものであり、エーデルベルグ家の人間に共通する蒼い瞳がソラを見つめていた。


「どうしてここに? それに、ミアも」


 ソラが弟の肩に手を乗せて訊く。弟はまだ小さいので、屋敷で留守番のはずである。それに、弟に付き添っていた少女は先ほど洗濯に行ったはずのミアだったのだ。

 すると、ミアが申し訳なさそうに言った。


「それが……、洗濯物を一枚忘れてしまい部屋に戻ったのですが、そこにトリス様がお出でになったんです。どうも、ソラお嬢様とマリナお嬢様をお探しだったようで……。なので、もしかしたらまだ間に合うかもしれないと思い、ここまでお連れしたんです」


「そうだったんだ……」


 合点がいったソラは弟を見つめる。

 両親やマリナも近寄ってきた。


「あらあら。トリスちゃん、起きちゃったのね~」


「いつもはソラやマリナが部屋に遊びに来るから、不思議に思ったのかもしれないね。それに、トリスは二人にべったりだからね」


「トリス。お姉ちゃんたちは昼頃には帰るから、それまではお部屋で待っててね」


 トリスは口々に話しかけてくる家族をきょとんと見ていた。

 いつもなら、朝食を摂った後にソラやマリナが弟の部屋に行って遊ぶのが日課となっている。

 また、多忙で屋敷にいることのほうが少ない両親に代わって、トリスの面倒をメイドたちと一緒に見ているため、弟はソラたちによく懐いてくれていた。

 ソラたちも末の弟が可愛くて仕方がないので、普段から猫可愛がりしている。ある意味前世と同じであった。

 トリスはソラのスカートの端をぎゅっと握った。


「……おねえさま。どこかにいくの?」


 ソラは膝を折って、弟と目線を合わせながら答える。


「お姉ちゃんは今から学校に行かないといけないんだよ。でも、マリナが言ったとおり、お昼くらいには帰るから、いい子でお留守番しててね。そうしたら、一緒に遊ぼうね」


 トリスはしばらくの間、じっとつぶらな瞳でソラを見つめていたが、おもむろに頷いた。


「うん。ぼく、いいこにしてまってる。おねえさまもがんばってね!」


 にこっと純真な笑顔を見せるトリス。

 ソラはその天使のごとき笑顔を間近で直視し、思わず「ええっ!?」と叫んだ。


(え! なんなの、この可愛い生き物は! 信じられないんだけど!!)


「――トリスは本当にいい子だね!」


「むぎゅっ」


 反射的に弟を抱きしめるソラ。

 こんな可愛い生物が果たして地上に存在していたとは……とソラは戦慄するのだった。

 と、そこでマリナのしんねりとした声が聞こえてきた。


「……お姉ちゃん。結局、パパやママと同じことをしてるんだけど……」


「……はっ!?」


 我に返るソラ。

 慌てて胸元に埋めるように抱き寄せていた弟を解放する。


「だ、大丈夫? 苦しくなかった?」


 トリスはこほっと一度息を吐いたが、ソラを上目遣いで見て、はにかみながら言った。


「うん、だいじょうぶ。それに、おねえさまはとてもやわらかくて、いいにおいがするもん」


「……ええっ!?」


 ソラは驚愕の声を出した。


(こ、こんな可愛い生物が果たして――)


 と、先ほどと同じ流れを繰り返そうとしたソラだったが、その動きを制止するように「おほんっ」と大きな咳払いが聞こえてきた。

 アイリーンであった。


「……何度も言うようですが、時間の余裕がございません。ソラお嬢様もその辺にしておいてください」


「はい……」


 ソラはがくっと肩を落としながら返事をした。

 マリナがその様子を見て、笑いながらトリスの頭に手を置いた。


「まあ、お姉ちゃんの気持ちも分かるけどね~。トリスほど可愛い男の子はこの星に存在しないだろうし」


 と、ソラが思っていたことと大差ない意見を述べるのであった。

 姉妹そろって、実に姉馬鹿であった。

 やや落ちこんでいるソラを慰めるトリスに、その弟の頭を撫でるマリナ。

 両親とバートンが穏やかな顔でソラたちを見ていた。


「ほっほ。こうやって見ているだけで幸せになれそうな光景ですな」


「そうね~。いっそ、このまま皆でピクニックに行くというのはどうかしら? いい天気だもの」


「あ、いいね、それ。エルシオン中央公園あたりはどうかな?」


 呑気なことを言う三人の大人たち。とりわけ両親はこれからソラの入学式があるのを忘れているようだった。

 その横でアイリーンが頭痛をこらえるかのように頭を押さえている。

 これ以上アイリーンに気苦労をかけるのも酷だ、とソラは慌てて弟をミアへと引き渡した。


「ミア、トリスをお願い。私はもう行くから」


 ミアはトリスの両肩に手を乗せながら頷いた。

 ソラはピクニックの場所を相談している両親の手を取り、入り口へと歩き出す。


「入学式へ行きますよ、お父様、お母様。ほら、マリナも」


「……あら? お母様、すっかり忘れてたわ」


 やはり、どこかずれている母親なのであった。

 ソラは手を振るトリスに目線で頷きながら、扉を開けた。

 途端、春特有の柔らかな空気がソラの頬をなでて、若草の匂いが鼻をついた。

 敷地にある、東方から取り寄せた桜に似た木から、ピンク色の花びらが舞っている。

 正面玄関の前にある、噴水を囲むようにして配置してあるロータリー状の道に、派手ではないが、かなりのお金がかけられていると一目で分かる大型の馬車が停車していた。

 ソラたちがなかなか出てこないので、暇をもてあましていた様子の二人の護衛と思しき若い男性が馬車の側で雑談していた。

 ソラは二人を見て、目をぱちくりとさせた。


「あれ? キースにスベン?」


 会話していた二人の若い男がソラの方を向いた。

 それぞれ金髪と黒髪をした十代後半ほどの若者だった。共にソラと面識のある人間であった。

 さらさらした金髪の男がキース・ランデル。甘いマスクに長身で、いかにも女の子からもてそうな色男であった。キザな笑みを浮かべてソラを見ている。

 黒髪の方がスベン・クリフォード。こちらも整った顔をしているが、キースとは正反対の実直そうな引き締まった表情をしていた。ソラたちに向けて、格式ばった騎士の礼をとる。

 二人はエレミア魔導騎士団の新米騎士である。とはいえ、十代で入団できる人間はそうそういない。まさにエリート中のエリートといえるだろう。

 ソラが彼らを知っていたのは、ふたりが元魔導騎士団団長であった祖父の弟子であるからだ。何度か敷地内の訓練場でしごかれているのを見たことがある。

 なぜ、その二人がここにいるのか、とソラは怪訝な顔をした。

 キースが白い歯をキラッと輝かせながら話しかけてきた。


「ご機嫌はいかがですか? 麗しき姫君」


「う、うん。まあまあかな」


 ソラは後ずさりしそうになるのをこらえた。はっきり言ってこういうタイプは苦手である。

 と、そこにアイリーンが表に出てきてソラに説明してくれた。


「……彼らは、お嬢様の入学式が終了するまでの間、護衛を担当することに急遽決まったそうです。お館様の指示らしいのですが」


 はあ、とソラはいまいち釈然としない心持ちで頷いた。新米とはいえ、魔導騎士団員だ。これ以上ない強力な護衛といえるだろうが。

 すると、キースが素早い動きでアイリーンの前に跪いた。


「これは、これは、アイリーン譲。いつ見ても、惚れ惚れするくらい凛とした美しさですね。このキースめに、是非とも手の甲へ口づけする名誉を……」


 調子の良いことを言いながら、アイリーンの手を取ろうとするキース。

 しかし、アイリーンはすげなく、しかし失礼ではない程度に払いのけるのであった。


「結構です。それよりも、これより出立いたします。準備はよろしいですか?」


「ふっ。相変わらず、一筋縄ではいかないお方ですね」


 めげないキースに、それを冷たい瞳で見るアイリーン。

 生真面目なアイリーンからすれば、キースのごとき軽薄男は眼中にないのである。

 それにしても、婚約者がいる女性に粉をかけるなよ……とソラは呆れながらその様子を見ていた。

 母親のマリアもめっとばかりにキースに注意した。


「駄目よ~キース君。アイリーンにちょっかいかけたら。彼女にはもう立派な相手がいるんだから」


「これは、奥様、お久ぶりでございます。なに、ちょっとした挨拶でございますよ」


 はっはっはと朗らかに笑うキース。

 マリナがソラの隣に並んでぼそっと言った。


「キースこそ相変わらずだよねえ」


 まったくだ、とソラは思った。おそらく最初から本気ではなかったのだろう。もはや、綺麗な女性に対する習性となっているのだ。まさしく根っからのプレイボーイであった。

 それはさておき、ソラはいまいち納得がいかないので、話の通じるスベンへ問いかけた。


「ところで、さっきお祖父様の指示だと言っていたけど……」


 スベンも若干首を傾げながら答えた。


「それが、私も昨日キースから突然話を聞かされたんです。ウィリアム様から特殊かつ極秘な任務を請け負ったと。それが、まさかソラお嬢様の入学式の護衛だったとは……。いえ、それ自体に不満があるわけではないのですが、しかし……」


 ソラにはスベンの言いたいことは察しがつくのだった。祖父は数年前に団長職を退いていて、今は団の最高顧問を務めているが、基本的に団員に指示するような権限はない。それに、祖父は公私混同するような人間ではないのだ。

 いったいどういうことなのか。ソラとスベンがそろってキースの方を向く。

 視線に気づいたキースが髪をかき上げながら説明した。


「――いえ、こういう機会でもないと、お嬢様の制服姿などお目にかかれないと思いましてね。ウィリアム様に直訴して、護衛を願い出たのですよ。今日は非番ですし、魔導騎士として来ているわけではないので、決して公私混同ではありません」


「……やはりか! いかにウィリアム様がお嬢様たちに甘いとはいえ、屋敷の警護のメンツを潰すような真似をなさるはずがないと怪しんでいたのだが……。おまえというやつは」


 スベンがキースに詰め寄るが、本人はどこ吹く風であった。


「問題はないさ。警護の者たちも快く承諾してくれたしな」


 キースが敷地を巡回していた警護の人間たちに爽やかに手を振るが、振られた方は苦笑していた。

 あれは、キースには何を言っても仕方がないという意味だろうとソラは思うのだった。

 いずれにしろ、勝手に巻き込まれた形のスベンにソラは同情した。

 これだけで、このふたりの若者の関係が大体理解できるかのようだ。性格は正反対だが、なぜか気が合うらしく、よく二人で行動しているらしい。そのせいで主に苦労しているのはスベンだが。

 キースは再度髪をかきあげ、ソラへと視線を向けた。


「……それにしても、お嬢様の制服姿はまさに可憐という言葉を体現したかのようですね。――真っ白な雪のような髪と黒いローブとが絶妙なコントラストをなし――制服から伸びた瑞々しい手足は春を彩るにふさわしく――そして、雪解けの清水のように澄み切った蒼い瞳は、何者にも染まっていない清純さを醸し出している。……叶うことなら私の色に染めてしまいたいくらいですよ」


 意味不明なポエムのようなことをのたまうキース。

 どうでもいいが、八歳の女の子に向けて、口説き文句のようなことを言うんじゃない、とソラはジト目になってキースを見る。

 スベンも同じような感想を抱いたようだった。


「おまえな……お嬢様はまだ初級学校の一年生だぞ。本気で言ってるのか?」


「何を言っている? 女性の美しさに年齢など関係ないだろう」


 本当にこいつは分かっていないな、とでも言いたげにキースは鼻で笑いながら肩をすくめた。とてつもなくむかつく仕草であった。

 背後からアイリーンが、「キース様は今後、エーデルベルグ家への立ち入りを禁止いたしましょう」と言っているのが聞こえる。

 隣のマリナが「やっぱり、変な人だね~」と、他人事なので愉快そうに笑っていた。

 はあ~、と盛大にため息をつくソラ。

 ソラの様子を見ていたスベンが気を遣ってくれたらしく、慌てて促した。


「と、ともかく。この馬鹿は放っておいて、出発しましょう、お嬢様」


「……そ、そうだね……」


 スベンの誘導で馬車へと乗り込みながらも、朝っぱらから、ドッと疲れたソラであった。

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