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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
一章 魔法使いと温泉の町
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最終話

 ソラが『クロコダイル』を追い詰めていた頃、マリナは二十体目となるプリン型の妖魔を屠っていた。

 マグマを撒き散らしながら、消滅する妖魔。


「――はあはあ、きりがないね!」


 マリナが少し息を乱しながら、文句を言った。

 火口からはまだぞくぞくと最下級の妖魔たちが出現していた。

 倒しても、倒しても、湧いて出てくる。

 とはいえ、姉のソラがあの火山の中で命がけで戦っているのだ。泣き言を言っていられない。

 それに、最下級の妖魔とはいえ、内に秘める魔力は強大であり、油断はできない。集中を切らさないように自制する。

 マリナは目の前に歩み寄ってきた妖魔に斬りかかる。妖魔たちの進行速度が遅いのが救いだった。でなければアイラと二人で足止めするのは不可能だっただろう。

 妖魔たちは麓に向かって降りようとしている。しかも町がある方向にだ。どこを目指しているのかは明白だった。


「マリナお嬢様! 大丈夫ですか!」


 こちらも、獅子奮迅の活躍を見せ、妖魔たちを斬り刻んでいたアイラが声をかけてきた。

 さすがに、マリナとはキャリアが違う。疲れた様子も見せずに動き回っている。体力がどうこうよりも、動きにまったく無駄がないのだ。だから消費エネルギーが少なくて済む。マリナが見習わなくてはならない部分だ。

 マリナは妖魔を一撃で斬り伏せて言った。


「こっちはまだ大丈夫! にしても、こいつらはいつまで出てくるんだろうね!」


「おそらく、ソラお嬢様が妖魔の本体を倒すまででしょう。あと少しのはずです」


 アイラのその台詞には絶対の信頼が込められていた。

 アイラは、もはやソラを崇拝しているといっても過言ではないのだ。やはり、二年前の出来事が大きかったのだろう、とマリナは思った。

 マリナも、ソラが妖魔を打ち倒して戻ってくると信じている。姉は前世の頃から、いざというときに頼りになるのだから。

 先ほど、火口付近で突如発生した巨大な気配。マリナは姉が切り札を使ったのだと悟った。

 マリナは姉を信じて、己のすべきことをすればよいのだと自分に言い聞かせる。

 マリナとアイラは妖魔の進行を阻止するべく、踏みとどまって戦い続けた。二人合わせて何十体倒しただろうか。

 しかし、一瞬の隙をついて、数体の妖魔が二人の脇を抜け出たのだった。


「――――!!」


 二人には多くの妖魔が群がっていて手が離せない。


(お姉ちゃんが、信じて任せてくれたんだ! 絶対に通すわけにはいかない!)


 マリナは襲いかかってきた二体の妖魔をまとめて薙ぎ払い、返す刀で左から迫っていたもう一体を消滅させた。妖魔を一太刀で滅するマリナの力は、化け物揃いと評判のエレミア魔導騎士団でも間違いなく上位に入るだろう。

 マリナはすり抜けた妖魔を追撃しようとしたが、その穴を埋めるように、また別の妖魔が前進して攻撃をしかけてきた。


「……邪魔を、するなっ!!」


 やむなくその妖魔と斬り結びながら叫ぶマリナの声に、別の声が重なった。


「<氷の雨(アイシクル・レイン)>!!」


 上空から無数の氷でできた刃が、すり抜けた妖魔たちに降り注いだのだ。


「……あっ!?」


 マリナとアイラが目を瞠る。

 いつのまにか上空に浮かんでいた人影が声をかけてくる。


「――苦戦してるようじゃないか?」


「お祖母ちゃん! どうしてここに!?」


「クロエ様!?」


 そう。マリナたちを見下ろすように空中に浮かんでいた人物はクロエだったのだ。

 クロエは、すうとマリナたちのやや後方に降下しながら言った。


「町に戻ってきたマルクとラルフにそれぞれ話を聞いたのさ。それに、これだけの異変が立て続けに起これば誰だって気になるさね」


 クロエは降下しながら、己が攻撃した妖魔たちを見ていた。

 身体中にクロエが放った氷の刃が剣山のように突き刺さっていたが、消滅はしていなかった。


「やれやれ、とんでもないことになったね。ボルツ山に妖魔が封じられていたなんてちっとも知らなかったよ。……まったく、妖魔と戦うのは何十年ぶりだろうね? 厄介な話だよ」


 クロエが地面に降り立つ。よく見ると軽く武装しており、右手には鉄製の鞭を持っていた。どうやらマリナたちと一緒に戦うつもりらしい。

 マリナが妖魔を強引に叩きのめして、クロエのもとに駆け寄る。


「クロエ様」


 アイラもマリナの隣に並んで、案じるような声を出すが、クロエは左手をあげて制した。


「年寄り扱いするんじゃないよ。……現役の頃とまではいわないけど、あんたたちの手伝いぐらいなら――できるさっ!」


 突然、クロエが高速で振るった鞭が、マリナとアイラの間を通り、背後にいた妖魔を弾き飛ばした。

 クロエは間髪いれずに、その妖魔に魔導を放つ。


「<氷の槍アイシクル・ジャベリン>!!」


 虚空に生まれた巨大な氷の槍は、またもマリナとアイラの間ぎりぎりを通り、妖魔に突き刺さったのだった。

 あまりの出来事にマリナとアイラは目を見開いて硬直していた。

 華麗な鞭捌きに、怖ろしいほど精密な魔導であった。かつて一流の冒険者であり、魔導士としても活躍したクロエの妙技はいささかも衰えていなかった。

 しかも、マリナやアイラほどではないが、クロエは<内気>も使えるのだ。今の攻撃にしても、マグマでできている妖魔に対して鞭が溶けることなく弾き飛ばせたのはそのためだ。


「自分の故郷の危機だしね。手伝わせておくれ。町の避難はラルフたちが上手くやってる。……それに、ソラもこの山の中で戦っているんだろう? あたしだけがのんびりしているわけにはいかないんだよ」


 クロエは山の内部を見透かすようにして言った。

 ここまで言われれば、マリナとアイラに拒否することはできなかった。戦力は多いに越したことはない。

 三人は、ここから後ろは通さないとばかりに妖魔たちの前に立ちはだかる。

 クロエが強気な笑みを浮かべながら言う。


「こんなやつら、さっさと片付けてソラを出迎えようじゃないか。あの子は必ず帰ってくるからね」


 その言葉に、マリナは頷く。

 いざというときの姉は頼りになるのだ。

 姉は必ず勝って戻ってくる。

 なんといっても姉は、伝説の<魔法使い>なのだから。




 ソラと『クロコダイル』の戦いは佳境を迎えていた。

 ソラの魔法により、妖魔は力のほとんどを削られていたのだ。

 周囲の魔力を取り込んで再生しても、もはや間に合わないほどに追い詰められていた。


【……オノレ……オノレ、人間ガアアッ!!】


 『クロコダイル』の怨嗟の思念が、衝撃波のようにソラを叩いた。

 ソラはその思念を聞いて、どこか悲しそうに眉をひそめた。


「……なぜ、おまえたちは人間を恨むんだ?」


 『クロコダイル』はそれには答えずに、ソラに憎しみのこもった視線を寄越した。

 ソラは以前にも、一度だけ妖魔と戦ったことがある。そのときにも疑問に思ったのだ。

 妖魔はなぜか人間を敵視している。人間を殲滅することが存在意義なのかと思えるぐらいである。

 妖魔の発生メカニズムはまだ判明していない。彼らがどういう経緯で、意思ある魔力の塊となるのか謎に包まれている。

 一部の専門家には、彼らを戦争を繰り返す愚かな人間に対する神の天罰だと主張する者もいれば、単なる自然現象だと唱える者もいる。

 本当のところは分からない。ただ、ソラを無性に悲しい気持ちにさせるのだ。

 『クロコダイル』はもはや身体を再生させることもなく、ひたすらにソラに攻撃を加えようとしていた。

 ソラは魔法を発動させつつも、憂いを宿した眼で妖魔を見つめていたが、突然目眩をおこして額を押さえた。


(――もう、限界だな。それに噴火するまで時間がない)


 ソラは頭を振りつつ、妖魔に止めを刺すことを決める。

 周囲の魔力を自在に操作し、自身の望む力を導き出す。

 それは、螺旋状の溝がついた四本の巨大な金属の槍となって現れた。

 ソラは、頭上を旋回しながら突進を繰り返そうとしている妖魔に向けて、その槍を放つ。

 高速で回転しながら突き進んだ四本の槍は、妖魔の巨体を壁に張りつけたのだった。


【…………!!】


 身動きがとれない『クロコダイル』が、忌々しそうに槍を引き抜こうともがいていた。

 ソラは妖魔が動けないことを確認すると、ゆっくりと両手の手のひらを向かい合わせた。

 すると、向かい合った手のひらの中間で光が弾けたのだ。

 やがて光が消えると、そこには純白の弓矢が浮いていた。

 何の装飾もないが、とにかく優美な弓であった。

 これこそが、<魔法使い>としての真骨頂ともいえる<物質創造>であった。

 ソラは左手で弓を構え、右手に持った矢を番えた。

 白い矢が徐々に蒼い魔力を纏いはじめた。

 同時にソラが矢を射る体勢に入る。

 その姿は、魔を滅するために破邪の矢を放とうとする巫女のようであった。


【オオオッッッ!!!】


 『クロコダイル』が真っ赤に染まった瞳をソラに向けて、憎悪の念を撒き散らしていた。

 ソラはその妖魔の姿に、体勢を維持したまま一度目を閉じる。

 数瞬ののちにソラが目をかっと開く。

 すると、ソラの全身から濃密な蒼い魔力が放出された。

 全身を蒼一色で染めた少女が妖魔を見据える。

 ぎりぎりとつるを引き絞る音がした。

 妖魔に向けて狙いを定める。

 ソラには前世より弓術を習った経験はない。

 だが問題はない。

 これは魔法の弓矢。

 ソラのイメージ通りの軌道を描くだろう。

 そして。

 空色の魔法使いが放った矢は、妖魔の中心を一直線に貫いたのだった。




 マリナたちが奮闘して、プリン型の妖魔の大半を打ち倒した頃だった。

 彼女たちがいる山頂付近よりもやや下方の山肌から、突如、巨大な蒼い閃光が斜め上に飛び出してきたのだ。


「……これは!!」


 さしものクロエも驚愕したようだった。

 その閃光は山肌をいっさい傷つることなく、山の内部からすり抜けるように飛び出たのだ。

 閃光は、長い尾を引きながらぐんぐんと上昇し、雲をつきぬけ、夜空へとどこまでも昇っていったのだった。

 まるで、地上から飛びたった彗星のようであった。

 マリナたちが放心したように、その閃光を目で追っていると、まだ残っていたわずかなプリン型の妖魔たちの身体が崩れはじめて、消滅していったのだ。


「ボルツ山の内部で高まっていた<火>の元素が静まりつつあるね……」


 クロエが呟く。噴火の危機は去ったのだ。


「じゃあ、ソラお嬢様が勝ったのですね!!」 


 アイラが滅多に見せない喜びの表情を浮かべる。


「当然だよ。お姉ちゃんが負けるわけないでしょう」


 と言いつつも、マリナはほっと息を吐いた。

 信じているといっても、やはり家族のことだ。心配しないはずがないのだ。 

 しかし、三人が喜びに沸いているのも束の間だった。ソラがなかなか戻ってこないのだ。


「…………」


 五分が経過した。

 マリナたちの間に重い沈黙がおりる。

 アイラは唇をきつく噛みしめており、クロエは腕を組んで、じっと目をつぶっていた。

 マリナは両手を握り締めて祈る。

 姉は必ず帰ってくると、己に言い聞かせるように。

 そう強く念じたときだった。

 突如、マリナの頭上で閃光が弾けたのだ。

 閃光から現れ出た影がマリナへと落下した。


「ふぎゃっ!!」


 その影に押し潰されたマリナが悲鳴をあげる。


「な、なんなの~!?」


 目を白黒させながら、自分に乗っかっているものを見る。


「……あはは。ごめん、マリナ」


 すると、そこには疲れた表情のソラがちょこんと座っていたのだった。


「お姉ちゃん!!!」


 マリナはすぐさま起きあがって、ソラを抱きしめた。


「ちょ、ちょっと、マリナ……」


 ソラが困惑していた。

 しばらくソラを抱きしめたまま動かなかったマリナだったが、ぽつりと言った。


「お帰りなさい、お姉ちゃん」


 姉はマリナの言葉に微笑んだ。


「ただいま」


 ソラは囁くように言うと、突然力が抜けたように、頭をマリナの肩に預けた。

 マリナが慌てる。


「お、お姉ちゃん、大丈夫!?」


「……うん、大丈夫だよ。――ただ、ちょっと――疲れたから――少し――眠る、ね……」


 ソラはマリナにもたれかかったまま眠りはじめたのだった。

 マリナは眠りについた姉の白い髪を撫でた。


「……お疲れさま。しばらく休んでなよ」


 寄り添い合う姉妹。

 そんな二人を、クロエとアイラは優しく見守っていたのだった。


 ※※※


 妖魔との戦いから五日経った、よく晴れた日の朝。

 ホスリングの町の東門にソラたちの姿があった。


「――じゃあ、気をつけていくんだよ」


 クロエが話しかける。


「はい。クロエ祖母さまもお元気で」


「じゃあね、お祖母ちゃん。また来るね!」


「クロエ様、お世話になりました」


 ソラにマリナ、アイラがそれぞれ挨拶する。

 ソラたちはまた新たな旅に出るところなのだった。

 いくつかチェックしている場所はあるが、基本的には気ままな旅である。とりあえず、東へと向かうことにしている。

 そこに、クロエをはじめとした関係者が見送りに来てくれていたのだ。

 クロエの息子夫婦であるマーカスとオーレリアに従兄弟のマルク、警備隊のラルフも来ていた。あと、どこから聞きつけたのかフォーチュン商会のエイビス氏も姿を見せていた。

 あの事件の後、エイビス氏が言っていたのだった。


『今回のことはいい教訓になりましたよ。まさか、テロ組織の人間の危険物を作る手助けをしていたとは』


『でも、それは、エイビスさんのせいでは……』


『もちろん、あの商品を売ったことについては後悔はしておりません。商人ですから、法に触れない限り、何でも売ります。……しかし、私もまだまだ勉強不足だったことは認めないといけません』


 エイビス氏は神妙な顔をして言った後に付け加えた。


『とはいえ、いつまでもくよくよしていても仕方がありません。前を向かなければね。――というわけで、例の取引の件、よろしくお願いしますね。この失敗は、安くて質のいい商品を売って世に貢献することで、取り返せると信じております』


 と、なにやら商人らしい、ちゃっかりとしたことを言っていったのであった。

 マリナがマルクに話しかけていた。


「マルク。あんたもこれに懲りて、少しは大人しくしてなさいよ。今回みたいなことは滅多にないけどさ」


「当たり前だっつーの。あんなことが何度も起こってたまるかよ。……でも、今回の件で、俺がいきがっているだけのガキだってことが身に沁みたよ。家族にも無用な心配をかけたし」


 マルクの表情は少しだけ大人びていた。先の事件が少年を成長させたらしい。

 そのマルクの様子に目を見開いていたマリナだったが、むふふ、と笑みを浮かべた。


「少しは成長したみたいじゃない。これからも、精進するんだぞ! 少年よ!」


「だから、何でおまえはそんなに偉そうなんだよ! あと、俺は冒険者になるのを諦めてねえからなっ!!」


「そうだね! 少年よ大志を抱け!」


「ワケ分かんねえよっ!」


 二人のいつも通りのかけあいに、マ-カスとオーレリアが笑みを浮かべていた。

 それを横目に、ソラはラルフへと手を差しだしながら挨拶した。


「ラルフさん。いろいろとお世話になりました。マルクじゃないですけど、無茶もほどほどにしてくださいね」


 ラルフも照れくさそうにして、ソラの握手に応える。


「いや、世話になりっぱなしだったのは僕の方です。こちらこそ、いろいろと学ばせてもらいました」


 ラルフはソラの小さな手を握りながら言った。


「……僕はいつのまにか、クオンさんのような戦士になることを、心の隅で諦めかけていたのかもしれないです。ただ、がむしゃらに努力するだけで、現実から目を背けていたんです。今回そのことに気づきました」


 ソラはラルフの言葉をじっと聞く。


「これから具体的にどうしていこうかまだ何も決めてないですけど、とにかく縮こまってないで、いろいろと挑戦してみようかと思っています」


 ラルフはどこか吹っ切れたような表情をしていた。マルク同様、こちらもよい経験になったようだった。

 ソラもその台詞に頷いた。ラルフはまだ若い。これからの行動次第でいくらでも成長できるはずだ。


「――ん? なになに、真剣な顔して。もしかしてお姉ちゃんに愛の告白ですかな?」


 マリナがそばからにゅっと顔をだしてラルフをからかう。


「こっ! こくっ……!?」


 生真面目なラルフが顔を茹であがらせて、硬直した。

 ソラが、「こらっ」とマリナを小突き、マリナが小悪魔のごとき表情で笑う。

 アイラが怖い顔をしてラルフを威嚇し、ラルフが弁明に追われていた。 

 皆も、そんなやり取りを見て穏やかに笑っていた。

 その後、ソラたち三人は、名残惜しそうな皆に手を振りながら門をくぐり旅立ったのだった。

 隣国へと続く街道を歩きながら、マリナが言った。


「それにしても、本当に大変だったよね」


「……そうだね」


 ソラもいろいろと思い返していた。

 妖魔にとどめを刺したのは良かったものの、そのあとソラは意識が朦朧としてしまい、数分間マグマの中を浮かんでいたのだ。ソラの帰りが遅かったのはそういう理由だった。

 あのときは危なかった。よく魔法が解けなかったものだと思う。

 しばらくしてソラは意識を取り戻したが、悠長に上昇している暇はないと判断して、最後の力を振り絞って魔法を発動させたのだ。

 空間を渡り、超次元を経由して、山の内部からなんとか脱出したのだった。

 もし間に合わなかったら、今ごろ骨も残ってなかっただろう。

 また、妖魔との戦いが終わってひと段落した後に、エルシオンから調査官が派遣されてきて、今回の事件から洞窟のことまでを詳細に調査していた。

 当然、当事者たるソラたちもあれこれ報告しなければならなかった。

 とにかく、これが時間がかかって非常に面倒であった。エーデルベルグ家の人間ゆえにほんの数日の取調べで済んだのである。調査官は強力な妖魔を数人で倒したことに驚愕していたが。

 ソラたちはほかにも、本来の目的である、冒険者たちの遺品を遺族の元に送らなければならないという仕事もあった。

 それで、なんだかんだで出発まで五日かかったのである。マリナは何度も温泉に入れるので喜んでいたが。

 ちなみに、警備隊でも総隊長のボールドウィンが管理体制を見直すと明言していた。

 ソラはいかにも人の良さそうな顔をしたクレッグのことを思い出した。

 はじめて会ったときにはそんな恐ろしいことをするような人間には全然見えなかった。警備隊の部下をはじめ町の人間からも信頼されていたのだ。

 しかし、その笑顔の裏では魔導士に対する憎しみを募らせていたのだ。それこそ、それ以外の人間を巻き込むことを厭わないほどに。

 ただ、その一方で彼はラルフやマルクの身を案じるような言動も見せている。

 クレッグは家族を一度に失った日から少しずつ壊れていったのかもしれない、とソラは思った。

 ソラにはもうひとつ気になることがあった。

 クレッグにあの洞窟の秘密を教えた人物は何者なのかということだ。クレッグの口ぶりからして、組織の人間ではないようだったが。

 それに、あの人間の魔力を吸い取る赤い魔導陣。当然、禁術指定されているものだろう。あんなものを設置して妖魔を復活させようとした者はいったい誰なのか。クレッグに情報を与えた人間と同一人物なのだろうか。

 どうも、きなくさい予感がするのである。

 ソラがあれこれ考え込んでいると。


「お~い! お姉ちゃ~ん!」


 と元気のいい声が聞こえてきた。

 ソラが顔をあげると、視線の先で、ぶんぶんと手を振っている妹が見えた。

 ウェ-ブのかかった金髪を揺らしながら、まさに太陽のごとき笑顔でこちらに呼びかけていた。


「ほら早く行こうよ~! お昼までには次の町に着きたいんだからさあ!」


「――はいはい、今行くよ。そんなに大声を出さないの」


 相も変わらず元気だな、とソラは横にいるアイラと笑い合う。

 雲ひとつない青空の中、ソラは妹のいる方へとゆっくりと歩みだしたのだった。

これにて一章は終了です。ここまで粘りづよくお読みいただいた読者の方々には誠に感謝です。

次話からは、しばらく過去編が続きます。

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