第14話
「まったく……無茶なことをしましたね」
「あ、あははは……」
ラルフが力なく笑って、左手を押さえた。
ラルフの捨て身ともいえる防御で、ジャックの剣が手のひらを貫通したのだ。致命傷ではないが、大怪我には違いない。
ソラの魔導によって、傷口をふさぎ、内部の組織をあらかた治癒したが、何本か断たれていた骨までは、完全に修復しなかった。
「町に帰ったら、すぐ医者に見せてくださいね。一月は動かせないと思いますよ」
「いえ、ソラさんのおかげで助かりました。魔導で癒してもらわなかったら、完治するのにその数倍はかかっていたでしょうから」
ソラは言わなかったが、手のひらにある神経が一本切断されていたのだ。この世界の医療技術では繋ぐことが難しく、魔導で治癒できる人間も限られている。それに、自然治癒に任せたら、下手したら一年以上かかるかもしれない。
なので、ソラはある裏技を使って、神経を繋いだのだった。実は、骨も修復できたのだが、無茶をしたラルフに対する戒めの意味で、完治させなかったのである。
ちなみにジャックは、ラルフが持っていた警備隊員が使う捕縛用の鎖を手と足につけて転がしてある。
「途中から、ジャックを追い詰めはじめた、あの戦法は良かったと思いますよ。ラルフさんの能力を最大限に生かせていました。でも、最後にあんなことをするなんて……」
「あはは……。僕も、もう意識が朦朧としていて、多少の無理をしても、勝負に出るしかないと思ったんです。これといった能力のない自分が、あと何ができるかと考えたら、勇気を出してぶつかっていくしかないと思って。そうしたら、ふいに、あのオーガとの戦いを思い出したんです」
そういえば、あのオーガも追い詰められてから、腕を差し出してラルフの攻撃を防いでいたのだった。
怪物と同じ真似をしなくても……と、ソラは呆れた。
そのとき、洞窟の先から、ソラたちを呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい! お姉ちゃ~ん! ラルフさ~ん!」
ソラとラルフがその方向に顔を向けると、マリナたち三人が、走ってきているのが見えたのだった。
どうやら、三人とも怪我はないようだった。
「ふたりとも大丈夫? 怪我はない? ……って、ここに倒れているのって、あの不良警備隊員じゃない!」
「お嬢様っ! ご無事ですか!! 今度からこういう役目は私にやらせてください! ……というか、ラルフ。貴様がなぜ、私より先にここにいるのだ!」
早口で喋る騒がしいマリナに、焦りの表情でソラの身を案じていたアイラが、途中からラルフに八つ当たりをしていた。
「ええっ!?」と困り顔になるラルフ。
「――にしても、ラルフはまたぼろぼろにやられたみたいだな」
マルクがラルフを見ながら言った。表面上の傷は、ソラの魔導で全部治っているが、鎧のあちこちについた傷で、大方の察しがついたようだった。
「……でも、勝ったみたいだな。ラルフのくせにやるじゃん。――俺も負けてられねえな」
男ふたりで、爽やかに笑い合っていたのだった。
「なんか、青春って感じだねー。なにはともあれ、犯人を確保できて良かったね」
「そうだね。ともかく、町に帰ろうか。いろいろ報告とか整理をしないといけないからね」
ソラの言葉に皆が頷いた。
そらから、ジャックをラルフがおぶさり、荷物は四人で分担して運ぶことにして、一行はホスリングへの帰路についたのだった。
※※※
町に到着したときにはもう夕方になっていた。
一行はまず警備隊の隊舎へと直行した。
一連の冒険者たちの行方不明事件と、元警備隊員レオナルド・へインズの失踪が、ジャック・リーパーの仕業だったということ。その手段に、洞窟の奥の隠されていた仕掛けが使われたこと。クロエの件でも火薬が使われていたこと、ソラたちに襲いかかってきたことなどを報告するためだ。
ソラたちと警備隊員のラルフとで、捕縛したジャックを見せて、詳細を報告した。
警備隊隊舎はまさに蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
あの連続行方不明事件が人の手によるものだけでも、驚くべきものなのに、その犯人が身内におり、しかも、あのダンジョンに隠された空間があったのだ。驚嘆するべき事項が山ほどあった。
総隊長のボールドウィンは、犯人が部下だと知り、しかもソラたちを襲ったことを聞いて、パニックに陥っていたようであった。
「も、も、申し訳ありません!! ま、まさか……ジャックのやつが、そんなだいそれたことを……」
ボ-ルドウィンは口をぱくぱくするだけで、それ以上何を言えばいいのか分からないほどに動揺していた。
「ジャックくんが……そんな恐ろしいことを……!?」
直属の上司であるクレッグ隊長も顔を真っ青にして、今にも倒れこみそうだった。
「ともかく、あとは警備隊のみなさんの仕事なので、お任せします。まだ、不明な点がいくつかありますし」
「そ、そうですな。あとはお任せください。ジャックの尋問と合わせて、しっかりと調査させてもらいます。ホスリング警備隊の名誉にかけても」
ボールドウィン総隊長は少しだけ落ち着いてきたようだった。きれいに固められていたオールバックの髪があちこちほつれていたが。
ソラは若干ためらうようにして、最後に付け加えた。
「ただ、その巨大な扉のことですが、迂闊に触れないほうがいいかもしれません。できれば、その手の知識に長けた専門家の手を借りることをお勧めします。どうも、かなり危険な気がするんです」
「分かりました。私どもも、藪をつついて蛇を出したくはありませんからな」
ボ-ルドウィンは神妙に頷いた。
一通りの説明を終えたソラたちは解散することになった。
「じゃあ、自分はこれから医務室に行ってきます。早く治して、仕事に復帰しなければなりませんから。……これから忙しくなりそうですし」
ラルフは真面目な表情で言った。
「そうですね。でも無理はしないで、しっかりと養生してくださいね。あんな捨て身を何度も続けていたら、いつか取り返しのつかないことになりますよ。肝に銘じてください。」
ソラのわずかに厳しさが込められた言葉に、ラルフも頷いた。
「これを、休むちょうどいい機会だと思わないのが、ラルフさんらしいよね」
マリナがそのやり取りを見て笑っていた。それからマルクの方を向く。
「マルク。あんたも、真っ直ぐ帰りなさいよ。私たちはまだ行くところがあるから」
「……分かってるよ。お姉さんぶるなっての」
マルクは珍しく何かを考え込んでいる顔をして、警備隊隊舎から去っていった。
そういえば、マルクがまだ何かを知っているかもしれないことを、ソラは今思い出した。
しかし、マリナが言ったとおり、これから早急に行かなければならないところがあるのだ。
気にはなったが、ソラはマリナとアイラを伴って、目的地へと向かうことにした。
町の中央を走る大通りを南下する。相変わらず観光客で賑わっていた。ソラたちはその隙間を縫うように歩いていく。
やがて、大通りの一角に、大きな三階建ての建物が見えてきた。
その建物は何かの店のようで、人がひっきりなしに出入りしていた。なかなかに繁盛しているようだ。
ソラたちが中へと入ってみると、一階は日用雑貨や食料品が所狭しと置いてあった。東方の漢方や、南の大陸にしかない野菜なども置いてあった。実にバリエーション豊かで、優れた流通網をもっているのが分かる。店の主の器量が垣間見えた。
ソラたちは品物を見るのもそこそこに、階段で二階へと上がった。二階は服飾品が中心に置いてあるようだった。一般客向けの品物から、高級な装飾品まで飾ってある。観光地らしく、金持ちにも対応しているようだった。
ソラたちはそのフロアも素通りして、最上階へと上がった。
階段を上がると、目の前に受付用のカウンターがあり、その横に、この建物の主がいるであろう部屋の扉があった。
カウンターに座っていた、化粧をばっちりときめたお姉さんが、営業スマイルをつくって丁寧に訊いてきた。
「ようこそ、フォーチュン商会へ。どのような御用件でしょうか?」
「はじめまして。私はソラ・エーデルベルグという者です。面会の予約はとっていないのですが、会長のエイビス・フォーチュン氏にお取り次ぎ願えないでしょうか」
「はい。エーデルベルグ様でございますね。……エーデルベルグ?」
受付のお姉さんは若干首を傾げたが、再び笑顔を浮かべて、「少々お待ちください」と言って部屋へと入っていった。
数秒でお姉さんは部屋から出てきた。
「エ、エーデルベルグ様。会長がお会いになるそうです。どうぞ、こちらへ!」
お姉さんはややどもりながら、ソラたちを部屋へと通してくれた。
その部屋は三階の半分以上のスペ-スを使っており、広々とした空間だった。高価なテーブルに革張りの長椅子が向かい合うように配置されていて、応接室を兼ねているようだった。そして、一番奥に大量の書類が載っている、巨大な黒檀のデスクが置いてあり、その横に太ったおじさんが立っていた。
「これは、ようこそ。まさか、今日中に来られるとは思いませんでしたよ」
「急に訪問することになり、申し訳ありません。ご迷惑ではなかったしょうか?」
「いえいえ。私はどなたとの面会も時間が許す限りおこなうことにしております。――さあ、皆さん、椅子にお掛けください」
ソラたちとエイビス氏がそれぞれ椅子に座ると、受付のお姉さんが人数分のお茶を持ってきた。
ややぎくしゃくとしたお姉さんが一礼して部屋を退室すると、ソラはさっそく話を切りだした。
「突然のことで、恐縮なのですが、エイビスさんにお願いしたいことがあるんです」
「ほう、私にですか? もしかして、例の事件に関することですかな?」
「……すでにご存知でしたか」
ソラたちが町に到着して、まだ一時間ほどしか経っていないのだが。
「町中で急速に広まっています。まあ、あれだけ慌てて警備隊が動いていればすぐに噂になりますよ。それに、我々の業界でも情報は命ですし、人々の噂には宝が埋もれていることが多いですからね」
エイビス氏はえびす顔をにやりとさせた。
「話が早くて助かります。お願いというのは、とある商品の顧客名簿を見せてほしいということなんです」
エイビス氏の顔が真剣みを帯びた。
「……顧客名簿、ですか? それはさすがに……」
「不躾なお願いというのは理解しています。ただ、今回の事件を完全に解決するのに必要なんです」
ソラの真剣な表情を見て、エイビス氏はしばし沈黙する。
そして、ぽつりと言った。
「……どうしても、必要なんですな?」
ソラは静かに頷いた。
「情報を漏らすなど、ご迷惑はおかけしないことを誓います」
その言葉を聞いて、エイビス氏は腹を括ったようだった。
「……分かりました。あなたほどの方がそこまでおっしゃるなら、信用しましょう。――ただし、ひとつだけ条件があります」
「条件?」
おうむ返しにソラが問う。
「私も商人の端くれです。一方的に物を売るわけにはまいりません。ここは、私どもフォーチュン商会の品物を、ナルカミ商会さんで扱っていただく、ということでどうですかな?」
「……商会同士の取引、ということですか」
「世界規模で活躍されている、ナルカミ商会さんが扱ってくれるようになれば、大幅な販路拡大が期待できますからな。こんな重要なことは幹部級の人間でもすぐに決められませんが……、会長であるあなたではあれば、即決も可能でしょう?」
何を隠そう、今をときめくナルカミ商会の会長はソラだったりするのだ。そのことを知る人間はごく一部だが。
数年前に、いくつかの事情により、数人の人間と共に創設したのだ。現在では、魔導技術関連を含めた幅広い分野に進出している巨大複合企業体と化している。今年の初めには、世界の企業ランキングで、総資産、売り上げ高ともに、上位十傑に入った。設立からわずか数年足らずで成し遂げた快挙であった。
ちなみに、マリナは取締役のひとりである。ほとんど名目上の役職ではあったが。
「――分かりました。私どもとしても、独自の流通網をおもちである、フォーチュン商会さんとの取引は悪い話ではありません。あとで、うちの人間を派遣しますので、その者と詳細を詰めていただけますか?」
「承知しました。では、契約は成立ですな。お互いに繁盛していきましょう」
ソラは、満足げな顔をしたエイビス氏と握手を交わした。
座り直したエイビス氏が訊く。
「それで、とある商品とはいったい何なのですかな?」
「ええ、それは――」
ソラたちは目的を果たして、フォーチュン商会のホスリング支店から出てきた。
マリナが建物を見上げて言った。
「――それにしても、やっぱりただでは動かないね~。さすがに一筋縄じゃいかないか」
「そうだね。それでも、無茶なお願いを聞いてくれたからね。感謝しないと」
ソラもフォーチュン商会を見上げながら言った。
顧客名簿といえば、最重要の情報といってもいい。情報が漏れれば、信用が一気に失墜しかねない。それでも、エイビス氏はこちらの真剣を汲んでくれたのだ。わずかな時間で即決した判断力と決断力は賞賛に値するとソラは思う。あれほどの人物ならフォーチュン商会はこれからも大きくなるだろう。付き合っておいて損はないはずだ。
「それで、お嬢様。これからさっそく確保に行きますか?」
アイラがやや剣呑な表情で訊いてきた。
「まだだよ。これだけでは証拠としては弱いからね。まずは様子見だね。ついでに、何か情報が手に入るかもしれないし」
「じゃあ、また警備隊隊舎にレッツゴー! だね!」
マリナの元気のいい掛け声と共に、ソラたちは隊舎へととんぼ返りした。
ソラたちが再び警備隊隊舎へと戻ってきたときには、お目当ての人物は不在だった。訊いてみると、先ほどから姿が見えないらしい。
「……いないみたいですね」
アイラが鋭い目つきであちこちを見回していて、忙しそうに通り過ぎる隊員が、それを見てびくついていた。
そこを、左手に包帯を巻いたラルフが通りかかったのだった。
「――あれ? みなさん、どうしたんですか? 何か忘れ物でも?」
呑気なことを言っているラルフを見て、ソラはちょうどいいと思った。
「ラルフさん。これから、総隊長のところに行くので、付き合ってもらえませんか? 頼みたいこともあるんです」
「は、はあ……。別に構いませんけど」
いまいち釈然としない様子のラルフを伴って、ソラたちは総隊長の執務室へと向かった。
総隊長の執務室は、多くの人間が出入りしていた。
ソラたちが、ほとんど開けっ放しにしているドアをいちおうノックしてから入るが、部屋の主であるボールドウィンはまったく気づかないようだった。
「うむ、そうか、ジャックは口を割らんか……。ヤツの家の捜索はどうだった? ……うむうむ」
ボールドウィンは忙しそうに報告をさばいているようだった。
ソラが遠慮がちに声をかける。
ボールドウィンは顔を上げることなく報告書を読みながら言った。
「……何だね? 今は忙しいのだ。……できるだけ早くに洞窟への調査も実施しなければならんし……うん? 女の子の声?」
ボールドウィンが顔を上げると、申し訳なさそうな顔をしたソラがいたのだった。
「おおおおおっ!? ソッ、ソラ様っ!? こ、これはとんだご無礼をっ!!」
もの凄い勢いで、バネ仕掛けのおもちゃのごとく、背筋をぴいんと伸ばして立ち上がり、そのまま土下座でもしそうなほど頭を下げるボールドウィン。
すぐ目の前でそれを見たソラは思わずびくっと身体を震わせるのだった。
「い、いえ。こちらこそ突然申し訳ないです。あの、折り入ってお願いしたいことがあるんですけど……」
「それはもちろん構わないですともっ! なんなりとお申し付けください!!」
ボールドウィンは話も聞かないうちから、全力で了承したのだった。
ソラはそんなんでいいのかと、心の中で突っ込んだが、話を進めることにした。
「警備隊の勤務報告書と巡回記録を見せてほしいんですけど……」
ソラの何気に無茶な頼みにも、ボールドウィンは二つ返事で了解した。
ラルフはそれを見て、「そ、総隊長……」と肩を落としていたのだった。
「あと、ひとつ訊きたいんですけど、ジャックの家から何か特殊な素材などが出てきませんでしたか?」
「特殊な素材……ですか? ……いえ。隅々まで捜索させましたが、特におかしなものは出てこなかったと聞いております」
「そうですか……」
考え込むのは一瞬で、ソラはすぐに先ほど頼んだ記録を見せてもらうことにした。
その記録は、ここ一年に絞っても膨大な量だったが、さらに、とある隊のものだけに選別する。
「ラルフさん、この記録をあなたの隊の方々で検めてほしいんですけど。どこかおかしなところがないか」
「お、おかしなところですか? ……分かりました。今から隊のみんなを呼んできます」
ラルフが慌しく部屋を出ていった。
ボ-ルドウィンが訊きたそうに見ていたが、ソラたちは静かにラルフたちが来るのを待った。
やがて、ラルフが同じ隊の同僚たちを二十人ばかり連れてきた。
「すいません。全員はさすがに集められなかったんですけど……」
「いえ、これだけいれば十分ですよ。じゃあ、さっそくお願いします」
いまいち事情が分かっていない隊員たちが、過去の記録をチェックしはじめた。
すると。
「――あ、あれ? この日の記録、間違ってないか?」
「――こっちもだ。俺、この日は休暇だったのに、町の外を巡回してることになってる」
「――俺も内勤だったのに、門番をしてることになってるぞ。仕事が終わったあと、彼女にふられたから、よく覚えてる……」
隊員たちがざわつきだす。どうやらソラの考えは当たっていたようだった。
「あ、あの。どういうことなんですか? これはいったい……」
まだ分かっていない様子のラルフがおずおずと訊いてきた。
「つまりは、何者かに過去の記録が改ざんされていたってことですよ。自分たちが怪しまれないようにするために――ジャック・リーパーの共犯者によって」
そのソラの言葉に、部屋のあちこちから驚きの声があがる。
「きょ、共犯者ですと!? しかも、その人間も警備隊の隊員ということですか!?」
ボールドウィンが卒倒しそうになっていた。
「だ、誰なんですか? それって!」
ラルフも驚愕しているようだった。
ソラはじっと記録を見てから言った。
「こんなことができるのは、限られていますよ。もちろん、平隊員のジャックには無理です。それに、この記録の改ざんは、冒険者たちが行方不明になった日に集中しています。あとは、クロエお祖母さまのときもですね。この間違いを正せば、おのずと判明します」
ラルフたちが改ざんされた部分を正していくと、あるふたりが巧妙に時間の空白をつくっていることが分かったのだった。ひとりはもちろんジャックだ。そして、もうひとりは……。
「そ、そんな。この人が?」
ラルフをはじめとした警備隊の一同が茫然としていた。
「これだけでは、確固たる証拠とはいえませんよ。ボールドウィン総隊長もこの記録を閲覧しているんですよね?」
「は、はい。警備隊の責任者として当然です。私と補佐のものが、毎月目を通しております」
とはいえ、警備隊のトップとその補佐が、いちいち現場を見て確認したりはしないだろうから、改ざんされていても気づかないだろう。それは、記録を見る資格のない平隊員たちも同じだ。
総隊長であるボールドウィンと補佐にも改ざんはできるが、仮にこのふたりもグルなら、こんな細かな真似をしなくても、その権限を使ったもっと上手いやり方があるはずだ。
「いずれにしろ、この人物が怪しいことには変わりありません。彼の確保と、あとは自宅を調べた方がいいかと。多分、何かが出てくると思います」
ソラがそう進言すると、この短時間で一気に老けたボールドウィンがかくかくと頷いたのだった。
と、そのときだった。
「――総隊長! た、大変ですっ!!」
ひとりの隊員が息を荒げながら、総隊長の執務室に飛び込んできたのだ。
「こ、今度はなんなんだっー!?」
ボ-ルドウィン総隊長は、もういっぱいいっぱいのようであった。
「そ、それが! 牢に収監していたジャックが、何者かに殺されています!!」
その一言で、騒然としていた部屋が一気に静まりかえったのだった。