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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
一章 魔法使いと温泉の町
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第12話

 ソラたちは、小休止をたびたびはさみながら、洞窟内を一通り回り、残るのは最奥の間のみとなった。

 結局、手がかりは見つけられなかったし、何の痕跡も感知することはできなかった。

 何度も休憩をとっているのは、極度の集中を継続しているソラが要求したためだ。

 同調率を上げることによる探知は、とにかく精神的な疲労が大きいのだ。

 事情を知っているマリナとアイラを含めた皆が疲れた様子のソラを心配していたが、なんとかやり切ったのだった。

 マルクが、「あれ、ソラ姉って、案外体力ないのな」と首を捻っていた。

 とはいえ、ソラが頑張ったおかげで、隅々まで探索していたら、下手をすれば翌日の朝までかかっていたところを、数時間で済ませられたのだ。


(ふう……しんどかった……)


 ソラは背嚢に入れておいた水筒を取り出し、中に入っていた紅茶を口に含んだ。紅茶に含まれているカフェインには、疲労回復やリラックス効果があり、酷使した脳みそに染み渡るようだった。


(あとは最奥の間だけか……ここに手がかりがあればいいんだけど)


 もし、最奥の間にも手がかりがなければ、一から出直しである。


「最奥の間は、この洞窟で最も広い空間で、ほとんどが地底湖になっているんです。一番深いところは、水深二十メートル以上もあります」


 最奥の間へとつながる最後の直線で、ラルフが説明した。


「確か、大雨が降った日は、地底湖から水がかなり溢れてくるので、洞窟に入るのは危険らしいですね」


 ソラがふと思い出して、問いかけた。


「そうです。酷いときは、最奥の間だけでなく、洞窟の下層部分全体が、染み込んできた雨水で水没するほどなんです」


「ほえ~、それは凄いね~」


 マリナも素直に驚いていた。


「地底湖の中も、探索したんですか?」


「いえ。浅いところはともかく、それ以上は。一応、網付きの棒で探ってみたらしいんですけど」


 一行が会話していると、目の前に、最奥の間への入り口が見えてきた。

 ラルフが注意する。


「警戒は怠らないでください。地底湖は、洞窟内の怪物たちが、水飲み場として利用している危険な場所なんです」


 皆は、そのラルフの警告に頷き、慎重に最奥の間へと踏み込んでいった。

 しかし、怪物は一体たりともいなかった。それどころか――


「そ、そんな……! 地底湖が無くなってる!?」


 ラルフが発した驚愕の声が最奥の間に響いた。

 そう。地底湖はきれいさっぱり無くなっていたのであった。

 ソラが魔導の光を天井付近まで移動させて、光度をあげると、最奥の間の全体が見えるようになった。

 最奥の間は、学校のグラウンドぐらいの広さがあり、ソラが思っていたよりも、巨大な空間だった。

 ソラたちが立っている入り口付近から数歩ほど進んだ先に、急に地面がへこんでいる地点があった。ところどころ、水溜りが見えたので、本来はそこから湖が広がっていたのだろう。

 ソラたちはゆっくりと、湖があった場所へと歩いていった。

 へこんでいるところを飛び降りる。

 水が消えた湖底を観察してみると、大小の岩と暗緑色の水草があちこちに点在しているのが見えた。地面は湿った泥になっており、奥の方にいくほど下りの傾斜がきつくなっていて、ここからでは見通せなかった。


「水が無くなってから、そんなに経っていないみたいですね」


 アイラが湿っている地面に手をついて調べている。

 その横では、


「それにしても、地底湖が消えるなんてことは聞いたことがないよなあ?」


「うん。少なくとも、ここ数十年で、そんな話はなかったはずだよ」


 ラルフとマルクが地底湖があった場所を眺めながら会話していた。


「とりあえず、奥まで行ってみようよ!」


 ソラはそのマリナの言葉に頷いて、ゆっくりと奥へと歩き出した。皆がぞろぞろとそれに続く。

 泥に足をとられないように慎重に傾斜を下っていく。

 一行か岩を避けながら、湖底の奥にまで辿りついたときだった。


「――あっ!?」


 ラルフが目と口を大きく開いて、思いっきり驚いた顔をしたのだった。

 湖底の最も奥にして、最も深い場所でもあるそこには、長方形の形をした穴が黒々と開いていたのだ。


「…………」


 思わず沈黙する一同。

 消えた湖水といい、その穴はなにか不気味さを漂わせていた。


「こんな穴が地底湖の中にあったなんて……」


 ラルフが茫然と呟く。


「……今まで気付かなかったのも無理はありませんね。こんな深いところにあるうえに、地形や水草で見つかりにくくなってましたから」


 ソラもその穴をじっと見つめながら答えた。 


「……もしかして、これがあの噂の秘密の部屋ってやつじゃねえの?」


 マルクが少々及び腰になりつつも、わずかに興奮した口調で言った。

 この洞窟には、隠された秘密の部屋があり、そこには古代魔法帝国の遺産が眠っている。ここ一年でホスリングから広まった噂のことである。


「でも、今考えてみれば、その噂って、冒険者たちをおびき寄せるための罠ってことですよね」 


 ラルフがその穴を緊張した面持ちで見ていた。


「そうですね。私たちもそうだと考えています。正確にはその噂は、魔力の増幅器が隠されている、という話ですからね。魔導士を釣るには格好の餌です」


 古代魔法帝国の高度な技術は現代でも再現できないものが多い。魔力の増幅器はその代表のひとつだ。魔導士なら喉から手がでるほどの物だし、どこぞに売ったとしても巨額の大金が見込める。


「やたら、具体的な内容なのも怪しいしね……それに――」


 マリナもうんうんと頷きながら、その穴を見つめて、


「――あからさまに、私たちを誘ってるみたいだよね」


 そのマリナの不吉な言葉に、また沈黙する一同。誰かから、ごくりと唾を呑む音が聞こえてきた。

 ソラたちが来るのに合わせたかのように、消えていた地底湖。そして、マリナが言うとおり、まるでソラたちを誘っているかのように、開いている穴。偶然なわけがない。


「……どうします、お嬢様? 罠の可能性が高いですが」


 アイラがソラにそっと聞いてきた。ほかの者もソラを見ていた。

 ソラは少しだけ考えた。ソラの探知も万能ではない。罠をすべて見通すことは、少なくとも今の自分には不可能だ。

 しかし。


「ここまで来ておいて引き返したら、それこそ意味がないよ。もともと危険は覚悟のうち。間違いなく、この中に手がかりがあるだろうしね。入ってこいっていうなら、お望みどおりにしてあげよう。どんな罠でも打ち破ってみせればいいだけのことだしね」


 ソラは静かな態度のなかにも、確固たる自信と覚悟を宿して、そう言ったのだった。

 その泰然自若とした様子のソラに、皆も不安が晴れたようだった。

 皆が力強くソラへと頷いた。


「じゃあ、行こうか」 


 ソラたちはひと塊になって、その穴へと踏み込んでいった。

 まずは、ソラがつくった魔導の光が、先行して穴に入っていった。

 先頭のマリナとラルフが、罠を見落とすまいというように、最大限の注意を払って、魔導の光に続いた。

 ソラたち、残りの三人も慎重に穴をくぐる。

 ソラが踏み込むと、そこは部屋になっていた。先に入っていたマリナとラルフが警戒しながら、辺りを観察している。

 その部屋は、一辺が七・八メートルほどの、ほぼ立方体の形をしたサイコロのような部屋だった。

 左右の壁には、しきりでふさがれている様子の丸い穴がいくつかあった。

 奥には、長方形の青い色をした扉が鎮座していた。ソラが軽く探ってみるが、かなり分厚い扉のようだった。

 ほかの皆もそれぞれ部屋を観察していた。奥の扉をのぞけば、特に何もない空っぽの部屋だ。


「……なんだ、ここには何もねえな。お宝でもあるんじゃないかと少し期待してたのに。あの扉の奥にあんのかな?」


 マルクが不満そうに唇を尖らせていた。


「あんたねえ。さっきの話聞いてなかったの? いくつもの冒険者のチームを罠に嵌めた、危険なところなかもしれないんだよ!」


「わ、分かってるって! でも、やっぱり期待しちゃうだろ!」


 マリナの呆れた言葉に、マルクがあたふたと言い返した。

 ある意味、神経が太いと言えなくもない、騒がしいふたりを横目に、ソラは周辺を検分していた。


(もしかして、ここは……)


 ソラがひとつの仮説を組み立てていた、そのときだった。

 ソラたちがくぐってきた穴の上から、頑丈そうな扉が、がらがらと突然落ちてきたのだ。


「「「なっ……!?」」」


 一同が慌てて振り向いたその先で、腹に響くような重い音をさせながら、穴が扉で完全にふさがったのだった。


「と、閉じ込められた……!?」


 ラルフが駆け寄って、押したり引いたりしていたが、びくともしないようだった。どうやら、奥にあった扉と同じ材質でできているようであった。


「……やっぱり罠だったのか!?」


 マルクが怯えたように周りをきょろきょろと見る。

 マリナがさりげなくマルクをかばう。

 すると、マルクのその声に反応したかのように、部屋の壁にあった仕切りが突然開いたかと思うと、そこから怒涛の勢いで水が流れ込んできたのだ。


「「うわああああああっ!?」」


 ラルフとマルクの、パニックに陥った声が部屋に響く。

 その激流のごとき水に、足をすくわれて転倒するラルフとマルク。

 水はあっという間に膝元にまで及んできていた。

 マリナがマルクを助け起こしながら叫ぶ。


「このままじゃ、まずいよ!」


「お嬢様! 扉をこじ開けます!」


 マリナとアイラがそれぞれ武器を抜き放ちながら、閉じられた扉へと水を掻き分けながら走った。


「「――はあああっ!!」」


 マリナの長剣が縦一文字に、アイラの双剣がクロスするように、同時に青い扉へと思いっきり叩きつけられた。

 耳をふさぎたくなるような、凄まじい衝突音がしたが、扉はややへこんだだけで、ふたりの攻撃は跳ね返された。


「あっ……!!」


「くっ……!?」


 跳ね返されたマリアとアイラがその勢いを利用して、そのまま宙返りして着水した。

 やや茫然としているふたりに、ソラが呼びかけた。


「マリナ、アイラ、私の側に来て! ラルフさんとマルクも!」


 今や、流れ込む水はソラの腰元にまできている。一刻の猶予もない。

 皆が慌てて、ソラのもとに集まってきた。ラルフは鎧を着込んでいるために、難儀していたようだったが。

 ソラは皆が集まったことを確認すると、用意していた魔導をすぐに発動させた。

 すると、ソラの胸もとを中心に発生した薄緑色をした光の球体が、周りの水を押しのけるようにして、皆を包み込んだのだった。

 その淡く光る球体の中で、皆はふわふわと頼りなく浮いていた。


「こ、これは……?」


 ラルフが手足でバランスをとりながら訊いた。


「<風>属性の魔導で構築した結界です。とりあえず、この中にいれば大丈夫です」


 ソラが結界の中心にゆったりと浮かびながら答えた。

 浮力が発生している結界内で、マルクが泳ぐように移動して、おそるおそる結界に触れると、ゴムを触っているような感触とともに弾かれて、「おもしれー!」とはしゃいでいた。

 そんなマルクをマリナが小突いている最中も、水の勢いはどんどん増していき、三十秒ほどで、部屋は完全に水没したのであった。

 ソラがつくりだしていた光源は、まだ部屋の天井辺りでふわふわと頼りなく浮いているので、部屋の中は見てとれる。

 ソラは、水に濡れて頬に張り付いていた髪をはがしながら、部屋の中を見回した。

 部屋の左右のしきりは、今はもう閉じていて、水の流入も止まっているようだった。黒々とした水がゆっくりと部屋をめぐっていた。


(……さて、どうしようか)


 と、ソラは考えた。

 今は問題ないが、いずれ結界内の空気が尽きるのは時間の問題だ。それに、観察する限り、水が自然に引いてくれる可能性は低そうだった。

 ならば、やはり扉を破壊して、脱出するしかない。

 とはいえ、相当な威力の攻撃でなければ無理だろうとソラは思った。

 さきほどのマリナとアイラの攻撃は、<内気>を込めた全力攻撃だった。にもかかわらず、扉にわずかな傷とへこみをつくっただけだったのだ。尋常でない硬度といえる。


「お姉ちゃん、どうする? あの扉、滅茶苦茶硬いよ」


 どうやら先ほどの攻撃で痺れたようで、マリナは手を軽く振っていた。


「……そうだね、魔導でこじ開けられなくもないけど……」 


 あまりに威力の高い魔導では、下手したらこの部屋を崩壊させかねない。そうなれば五人そろって生き埋めだ。

 ならば、扉そのものは無視すればいい、とソラは考えた。

 ソラは意識の一部で、結界の維持をしつつ、新たに魔導を構築しはじめた。

 ソラの目の前で、操作した魔力が次第に意味のあるかたちへと紡がれていく。

 魔導紋が完成すると、ソラは右手の人差し指を扉のある方へと向ける。


(必要な分の魔力を見極め、威力を収束させるんだ)


 ソラはそのふたつのことに注力し、魔導を発動した。


「<熱線サーマル・レイ>!」


 ソラの掛け声とともに、結界の外に赤い点が生まれた。

 すると、その点は突如膨れあがると、赤い光線となり、水を沸騰させながら、一直線に扉へと向かっていった。

 その赤い光線は、扉ではなく、そのすぐ横の壁へと突き刺さった。

 ソラは魔導を制御しながら、扉に沿うように、壁伝いに赤い線を移動させた。

 <火>属性の上級魔導で、超高温の熱を収束させる魔導だ。

 それは、まるでレーザーで壁を切断しているかのようだった。

 そして、初級とはいえ<光明>に、<風>の結界と合わせれば三重に魔導を制御しているという、何気に超高難度の技術を駆使しているのだった。

 ソラは、扉の周りの壁に、熱線を一通り滑らせると、魔導を解除した。

 あとは、あの切断した壁を押し出せばいいのだが、とソラは考えてから、ふと思いついた。


「マリナ。<風衝弾ウインド・ボム>を使って、今切り取った壁を吹き飛ばしてみて」


「ええっ!? お姉ちゃんがやればいいじゃない!」


 即座に、マリナがぶーぶーと文句を垂れる。


「何言ってるの。丁度いい練習だと思えばいいよ。魔力量の見立ての精度をもっと向上させないと、来年、飛び級で卒業なんてできないよ」


 ソラの言い分に、マリナは痛いところをつかれたように、うっと押し黙った。

 それから、マリナは「仕方ないなあ」とぶつぶつ言いながら、魔導を構築しはじめた。

 ラルフがそっと、隣りにいたアイラに訊いた。


「……あの、どういうことなんです?」


 アイラは少し言いよどんだ風だったが、ぼそっと喋った。


「――マリナお嬢様は、ソラお嬢様にもひけをとらない魔導の才能と魔力量をお持ちで、一流の魔導剣の遣い手でもあり、天才と呼ぶにふさわしいお方なのだが……」


 そこで若干言葉を濁してから続けた。


「……威力の調整をやや苦手とされていてな。まあ、豪快なお方なので仕方ないといえるのだが」


 と、最後に一応フォローしているらしい微妙な言葉を付け加えたのだった。


「……大丈夫なんだろうな……」


 それを聞いていたマルクが、ラルフの心情を代弁するかのごとく言ったのだった。

 ラルフとマルクが不安そうに見守る中、マリナは魔導の構築を終え、魔力を注ぎはじめた。


「……んーと。これくらいかな?」 


 マリナの膨大な魔力がもの凄い速度で注がれていった。 

 マリナの背後で見ていたソラがぎょっとする。


「ちょっと、マリナ!?」


「え? 大丈夫! 大丈夫! それじゃあ、いくよー!!」


 マリナは慌てた様子のソラに適当に返事をして、魔導を解き放った。

 マリナが両手を突き出した先に、緑色に渦巻く光が生まれた。それは、急速に大きくなっていき、最終的に直径三メ-トル程の光球になった。


「<風衝弾ウインド・ボム>!!」


 マリナが術名を叫ぶと同時に、緑の光球が水を激しく撹拌しながら直進し、扉に激突した。

 洞窟中に響いたのではないかというような、とんでもない爆音が一帯に轟き、その強烈な威力に、扉は切り取れられていた周りの壁といっしょに数メートル以上吹き飛んでいった。

 と、そこで。


「あ」


 必要以上に魔力を込めた術が、マリナの制御を離れたのだった。

 嵐のような風の奔流が解き放たれ、凄まじい衝撃がソラたちのいる部屋に吹き荒れた。


「「「うわわわわわわっ!!?」」」


 丸い形をした結界がハチャメチャな軌道を描きつつ、部屋の中をボールのように跳ね回った。

 ソラは必死に結界を制御しようとしたが、無駄な足掻きであった。

 しばらく部屋中をバウンドしていた風の結界は、扉が吹き飛んだことで、水が地底湖のあった場所に流れ込んでいくのに合わせて、部屋の外にゆっくりと移動していったのだった。

 結界の動きがようやく制止してから、ソラは結界を解除した。

 皆が地面にヨロヨロと降り立つ。

 部屋の水が流れ込んだことで、地底湖の奥には膝下ほどの水が溜まっていた。

 前を見ると、吹き飛ばした扉が地面を派手に削って倒れているのが見えた。


「――いや〜、失敗、失敗。みんな、ごめんね!」


 マリナがてへっと舌を出す。まったく反省しているようには見えなかった。

 その背後から、


「マ〜リ〜ナ〜!!」


 ソラが目を三角にして、マリナの頬を横に思いっきり引っ張ったのだった。


「いひゃい! いひゃいよ! おねえひゃんっ!!」


「うるさいっ! どうして、あんたはそんなに大雑把なのっ!!」


「ひょええ! ごめんなひゃいいい!!」


 ソラがマリナに制裁を加えているとき、ラルフは片隅で身体を折って、「おぼえええ!」と地味に吐いていたのだった。


 ※※※


 それから、しばしの休憩をとって、一行は気をとりなおして探索を再開することになった。

 そのとき、吹き飛んでいた扉を検分していたアイラが告げた。


「この扉の素材は、おそらくアダマンタイトです、お嬢様」


「え? そうなのっ!?」


 マリナがきらきらした目で倒れている扉を見つめた。

 アダマンタイトとは、オリハルコンに次ぐ硬度をもつ、青い色をした希少金属である。


「じゃあ、マリナとアイラの攻撃が通用しなくても不思議はないね」


 むしろ、少しでも傷をつけられただけでも、二人の技量は驚くべきものといえるだろう。


「お姉ちゃん。これ、持ち帰ったら駄目かな?」


「ダメ。この扉は、ダンジョンの備品扱いになるから、持って帰れない」


 ダンジョン内で見つけたものは、基本的に冒険者の所有物になるが、ダンジョンに付随している扉や壁画などは持ち帰れないことになっている。学術的な調査やダンジョンの保全のためだ。


「そんなの、守っている人なんて、ほとんどいないなのに~。……せっかく私の武器の素材に使えると思ったのになあ。お姉ちゃんはホント真面目なんだから」


 マリナが文句を言うが、ソラは頑として首を縦に振らなかった。

 先ほどの失態があるので、マリナもそれ以上粘ることは不可能であった。

 しばらく頬をふくらませていたマリナだったが、不意に真面目な顔になった。


「――それはそうと、これで確定したね。この部屋の仕掛けを使って冒険者たちを罠に嵌めたんだね」


 マリナの言葉に雰囲気が一気に引き締まった。


「た、確かにそうとしか考えられないですよね。これなら、冒険者たちを一網打尽にするのも可能でしょうし。でも、彼らの遺体などが見当たりませんけど」


「それは、奥の扉の先にあると思いますよ。どうも、この仕掛け部屋は、古代の排水施設と貯水庫を兼ねた空間だったみたいですね」 

 ソラが先ほどまで水でいっぱいになっていた部屋に入りながらラルフの質問に答えた。


「排水施設に……貯水庫……ですか?」


「はい。冬の時代で、このダンジョンを生活の場として利用していた古代の人たちは、この地底湖から雨水が溢れてくるのは死活問題だったはずです。その雨水を排水するための部屋です」


 ソラはそう答えつつ、魔導を編みこんでいった。そして、先ほどと同じ手順で奥の扉を吹き飛ばした。


「また、この仕掛け部屋の横には、同じような形をした部屋がいくつか連なっているみたいなんです。部屋の側面にある、しきりのついている穴で水を移動させることで、それぞれの部屋に水を貯めていたみたいですね」


「……なるほど、水の確保もまた重要ですからね。排水と貯水。この部屋と仕掛けは、ふたつの機能をもっているというわけですか」


 ラルフは納得したようであった。


「……となれば、構造的にあの奥が貯水庫に入りきらなかった水を排水させる場所というわけですね」


 アイラはソラが吹き飛ばした扉の向こうを見ながら言い、ソラの方を向いた。


「お嬢様。いずれにしろ犯人が近くにいる可能性が高いですけど、追跡しますか?」


「そうだぜ。ソラ姉がいたから助かったけどさ。ふざけた真似しやがって、どんな面か拝みに行こうぜ!」


 マルクも憤慨して言った。


「……いや、先に進もう。どうも、あの奥が気になる」


 ソラは、奥から何か不吉な気配がしているように思えてならなかった。

 ソラの表情に浮かぶ深刻な色に皆が顔を見合わせる。

 それから、一同は、倒れている扉をまたぎながら、奥へと入っていった。

 すると。


「これは……!」


 ラルフから驚愕の声があがった。

 奥に入った先の部屋には、直径四メートルほどの丸い穴が下に向かって伸びていたのだ。

 ソラが暗い穴を覗きこんでみるが、底がまったく見えなかった。相当な深さがあるようだった。


「この穴に、排水してたってこと?」


 マリナも穴を覗きながら言った。


「そうみたい。……でも、それだけじゃない気がする」


 ソラの口調から、少し不安になったらしいマルクが少し怯えながら、


「な、なんだよ。もしかして、地獄に通じてるとかじゃないだろうな」


「やっぱり、まだまだ子供ねえ。そんなわけないしょうが」


 マリナにからかわれて、マルクがむきになるという、お馴染みの光景が展開されたところで、ソラが静かに言った。


「降りてみよう」


 ソラは先ほどのように、<風>の結界をつくり、皆とともに、縦穴をゆっくりと降りていった。

 穴は思ったよりも深かった。五十メートルほどを降下したにもかかわらず、まだ底すら見えなかった。

 ソラたちの頭上で、魔導の明かりが辺りを照らしているが、上下が黒々とした暗闇で、周りの壁による圧迫感もあるので、けっこうなストレスになる。なので、ラルフとマルクも顔色が、青さを通りこして、白くなりつつあった。

 もともと暗くて狭いダンジョンは、本人も気づかないうちに、精神を削っていくものだ。

 百メートル近くを降下したところで、ようやく魔導の光に照らされて、底が見えた。 

 ソラはゆっくりと結界を着地させてから解除した。

 そこは、半円状をした大きな空間で、最奥の間に匹敵する広さがあった。

 だが、それよりも。


「……なんなんだよ、あれ……」


 マルクが前方を見ながら、呆然と呟くのが聞こえた。

 他の者も黙したまま、それを見つめる。

 そこには、高さが十メートル近くもありそうな、巨大な扉があったのだった。

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