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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと奇妙な隣人
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講習終了とその後

 シリウスとソラが巨大コボルトを倒した後、リーダーを失ったコボルト達は総崩れとなり、態勢を立て直した冒険者達によって一匹ずつ確実に仕留められていった。


 強力なボスがいたからこそ取れていた統制はもはや見る影もなく、もともと単独ではたいした相手ではない上にパニック状態に陥っているコボルトを倒すのは容易いことであった。


 村の中央ではソラが外へ逃げ出そうとするコボルトを正確な魔導で打ち抜いており、たまにやけになって突っ込んでくる敵はそばで守護していたシリウスが斬り伏せる。

 一度だけとはいえ合同演習で連携の練習をしたのが役立ったのか両者の息はピッタリと合っていた。


 しばらくして侵入したコボルト全てが退治されようやく村に平穏が戻ったのであった。


 家屋に避難していた村人達もおそるおそる出てきて安全が確保されたことを知ると喜びの声を上げながらお互いの無事を確認し合う。


 どうやら冒険者組を含め多数の怪我人がいるものの、命に関わるほどの重症者はいないようで、また早期にコボルトが退治できたことで略奪されたものは無事に戻り、結果的に被害は門や一部の家屋の破損くらいですんだようだ。


 村の様子を見ていたシリウスとソラも笑顔で手の平を打ち合わせた。


「やっと終わりましたね、シリウスさん」


「ああ。お疲れ様。全ては君のお陰だ」


 ソラはそんなことはないと謙遜するも、彼女が変異体の存在に気づいて助けに行こうと言わなければ事態はもっと深刻になっていたはずだし、しかもその後の掃討戦においてもひとりで半分近いコボルトを倒してみせたのである。


 冒険者と村人が協力して怪我人の手当てを始めたのを見てソラが言う。


「それじゃ私も治療の手伝いをしてきますね。多少は治癒術を扱えますから」


「頼む。もう少しすれば町から応援が駆けつけるはずだ」


 自分も何かできることをしようとシリウスが歩きかけるとどこか遠くから悲鳴が聞こえてきた。


「村の外からです!」


 シリウスとソラは心配そうにざわめく村人の間をすり抜けながら声が聞こえてきた方向に走る。


 そして二人が東門から外に出ると、街道脇で争う幼い兄妹らしき子供達と一匹のコボルトの姿を見つけたのだった。


 木の枝を持った男の子が背後に女の子をかばいながら必死にコボルトと戦っており、すぐ近くには摘んできばかりの花が入れられたかごが落ちている。

 どうやら村が襲われていたことを知らずに今しがた外から戻ってきて、そこを東門側の街道を見張っていたコボルトに見つかってしまったようだ。


 コボルトは子供達を連れ去ろうと隙あらば体を掴もうとしていたが激しく抵抗されて頭にきたのか腰から短剣を引き抜いた。


 それを見たソラが急いで魔導の準備に入ろうとしたものの、ここからだとちょうどコボルトが子供達に隠れるような形になって狙いが定まらないようだ。


「もう少し横にずれてくれたら……!」


 焦るソラの隣でシリウスの脳裏に前世のある光景がフラッシュバックする。


 あの雪が降る日、突っ込んでくるトラックを前にして動けずにいる空矢と優海(ゆう)の姿が今目の前でコボルトの凶刃にかかろうとしている兄妹の姿と重なったのだ。


 その瞬間、シリウスは叫び声を上げながらがむしゃらに突進していた。


「おおおおおおっ!」


 足に限界以上の魔力を込めたことでシリウスの身体は尋常でない加速力を得てあっという間に子供達の所へと到達する。


 そして、シリウスは兄妹に向かって短剣を振りかぶるコボルトに刀を突き立ててそのまま吹き飛ばしたのであった。



 ※※※



 街道はすっかり茜色に染まり、太陽が山向こうに徐々に沈もうとしている頃、村での事後処理が終わったシリウスたち教官組とソラは森の前で待っていた講習生達と合流してエルシオンへの帰途についていた。


 シリウスの隣を歩いていたソラがこちらの足に視線を向ける。


「シリウスさん、足の具合はどうですか?」


「痛みもだいぶ引いたしおそらく問題はないと思う」


 シリウスの足は治療したあと念のためソラが包帯でガチガチに固定していた。

 村の外で兄妹を助けた時に大きな負担をかけたせいで痛めてしまったのである。

 幸い歩くことに支障はないくらいに回復したもののしばらく激しい運動は避けたほうがいいと医者が言っていた。


「それにしても無茶をしましたね。下手したらしばらくは松葉杖が必要な生活を送るはめになってましたよ。魔導による治療だって限度があるんですから」


 ソラはやや呆れた口調で言ったが、


「でも、結果的にあの兄妹を助けられたから良かったですけどね。あの後親御さんから感謝されて兄妹からも随分懐かれてたみたいですし」


「君も村では人気者だったぞ」


 襲撃時に窓から外の様子を戦々恐々と窺っていた村人達はソラが魔導で鮮やかに敵を倒していく姿を目撃しており、また町から応援が駆けつけた時も同行していた医者や治癒術士とともに怪我人の治療にあたったりと八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見せた少女に感嘆していたのだ。


 なので治療が終了するとソラは大勢の村人に囲まれ、「こんなこんまい娘っ子が大したもんじゃのう」だの、「うちの子と同じくらいの歳だってのに強いんだねえ」だの、「可愛いー! うちの村に移住しない!?」だのと口々に言われて困っていて、それはまるで合同演習の時の光景を見ているようであった。


 ちなみに治療によってほとんどの人間が回復していたが、ナジムなど重症を負った一部の者は町にある大きな病院へと搬送されていた。


 それからしばらく街道を歩きやがてエルシオンの北門が見えてくるとソラが提案してきた。


「街に着いたら帰る前に家に寄っていってください。お母様なら完治できるかもしれません」


「たしか世界でも有数の治癒術士だそうだな。ここはその言葉に甘えさせてもらうか」


 シリウスはソラの好意をありがたく受け取ることにした。

 このままだと冒険者の活動だけでなく騎士学校での授業にも影響がでかねないのですぐに元通りになるのであればそれに越したことはない。


 しばらくして出発時に集合した広場まで戻ってくると討伐隊は解散することになった。


 講習参加者は続々と街に入っていき、シリウスとソラも彼らに続いているとそこにグレンがやってきた。


「今日は君たちのお陰で本当に助かったよ。私の言いつけを破ったことは感心しないが、君らの決断がなければ多くの犠牲者が出ていたに違いない。それにしても私もまだまだ修行不足だな」


 己の判断ミスを悔いていたグレンは最後ソラに向かって「君ならきっといい冒険者になるだろう」と言って雑踏の中に消えていったのだった。


 シリウスとソラはグレンを見送るとお隣同士なので自然と同じ方向に向かって歩き始める。


 しばらく二人は無言で歩いていたが大通りに差し掛かった所でソラが口を開いた。


「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」


「ああ。なんだ?」


「コボルトに襲われていた兄妹を助けた時に何であんな無理をしたんですか? 人を助けるためとはいえ、いつも冷静なシリウスさんらしくないように思えたんです」


「それは……」


 あの時は頭で考えるよりも身体が勝手に動いていたのだ。

 おそらくは何もできなかったあの時の過ちを繰り返さないように。


 シリウスは少し迷ったが理由くらいならと話すことにした。


「コボルトの巣に行く道中で話した君に似ている親友のことを覚えてるか?」


「たしか、事情があってずっと前に会えなくなってしまった人ですよね」


「俺はそいつのひとつ下の妹とも仲が良かったんだが、ある日三人で会話している時に事故に遭ってしまったんだ」


「……事故に?」


 わずかに顔色を変えたソラに気づかずシリウスは続ける。


「春先のまだ寒い夜のことで突発的な事故だった。俺は二人をかばおうとしたがそれからの記憶がなくずっとはぐれたままなんだ。……俺はあの日のことずっと後悔していた。だからあんな行動に出たんだと思う」


 話し終えてシリウスが息を吐くと、隣で歩いていたソラが立ち止まって(うつむ)いていることに気づいた。


「どうしたんだ?」


 振り返ったシリウスが呼びかけても反応がなく、それどころか少女の顔は青ざめかすかに唇が震えていて明らかに様子が急変していた。


「おい、どこか具合でも――」


 悪いのか、と言おうとしたらシリウスはどこかから自分の名前を呼んでいる声に気づいた。


「おーい! シロー!」


 シリウスが声の聞こえてきた方を見るとそこには買い物袋を持った友人がこちらに向かって手を振っていた。

 どうやら近くで買い物をしている時にたまたま見つけたようだが、それにしても間の悪い時に遭遇したものだとこめかみに手を当てる。


「よう、仕事は無事に終わったのか、シロー。悪いんだけどこれからお前んちで数学の課題写させてくんねえかな。全く進まなくて困ってるんだわ……って、あれ? そこにいるのはもしかして……」


 シリウスが近づいてくる友人にどう説明したものか考えていると、背後からソラのどこか茫然とした声が聞こえてきた。


「シロー……」


「ん、ああ、奇妙に思われるかもしれないが俺のあだ名みたいなものだ」


 そう言って後ろを振り返ると強張った表情のソラと目が合い、その逼迫した雰囲気にシリウスは思わず動きを止めた。


 そして、ソラはシリウスを見つめながら今までと違う口調でぽつりと言ったのだった。


「……まさか、風見士郎……なのか?」


 その言葉を聞いた瞬間、シリウスは雷に打たれたような衝撃を受けた。

 目の前の少女とずっと前に離れ離れになった親友とが重なる。


「……もしかして、空矢なのか?」


 信じられないような心境でシリウスが問い返すと、目を見開いたソラは両手で顔を覆いながらうずくまってしまったのだった。


 シリウスが何もできずに立ち尽くしていると友人が慌てて近寄ってきた。


「やっぱりそこにいるのはソラ様じゃねえか! 何でお前と一緒に……っていうか、なに泣かせてんだ、コラ!? 説明しろ!」


 友人が二人の間を騒がしく行ったり来たりしていたものの、シリウスはしばらく身動きができないままソラを見つめることしかできないのだった。



 ※※※



 翌日、エーデルベルグ家の庭にある東屋にマリナの元気のいい声が響いていた。


「――それでは、三人の久しぶりの再会を祝しまして、かんぱーい!!」


 マリナの音頭に合わせてシリウスとソラも手に持ったグラスを掲げる。

 シリウスの感覚では実に十五年ぶりの再会となるのだ。


 三人が囲むテーブルには再会を祝うためのお菓子や飲み物などが所狭しとばかりに並べられている。


 シリウスとソラがグラスに入ったジュースをちびちび飲んでいるとマリナが不満そうに頬をふくらませた。


「ちょっと二人とも。ノリが悪いなあ。奇跡的な再会を果たしたんだからもっと喜んだらどう?」


「そう言われても……」


「昨日すでに色々あったからな……」


 ソラはどこかげっそりとした表情をしており、シリウスも似たような顔をしながら昨日のことを思い出す。


 あの後、しばらくして平常心を取り戻したシリウスは友人をなんとか強引に帰すと、装備一式をマドックの店に預けてからソラを家まで送ることにした。


 そして、ソラの部屋で改めて話をすることにしたのだが、エーデルベルグ家本邸の玄関ホールに辿りついたところでひと悶着あったのである。


 なんせソラの目は赤く腫れていて頬には泣いた跡が残っていたのだから出迎えた者達が驚くのも当然であった。


 付き添っていたシリウスにはメイド達の厳しい視線がいくつも突き刺さり、昨日馬車にいたミアも表向きは穏やかな態度を崩さなかったものの目が笑っておらずまさに針のむしろ状態であった。


 ようやく落ち着いてきたソラが誤解だと説明するも、その場にいた面々は納得せずにますますシリウスに対する風当たりが強くなるばかりであった。


 それからほどなくしてソラの両親やマリナが現れると、娘の状態にいち早く気づいたトーマスが動揺しまくった後にシリウスに詰め寄ってきて何があったのか理由を尋ねてきた。


 さすがに前世の親友同士が再会したからだとは言えずに困っていたら、最後に現れたソラの祖父に鷹のような鋭い眼光を向けられてシリウスは久しぶりに死を予感したのであった。


 あとから聞いた話によると彼はかつて魔導騎士団を率いていたほどの大物だそうで、老いたとはいえその身に纏う気に衰えは見られずとてつもない威圧感を放っていたのだ。

 おそらくこれほどの圧力を感じたのはかつて竜種と戦った時くらいだろう。


 シリウスの背中を大量の脂汗が伝っていると、何か事情があるようだと察してくれたソラの母親とマリナがその場を取り成してくれて、二人をソラの部屋へと連れていってくれたのだった。


「まさか空矢と優海ちゃんが姉妹として揃って転生していたとはな」


 当初は二人きりで話すつもりだったのがなぜかソラはマリナを交えた方がいいと言い出したので疑問に思っていたのだ。


 それが部屋に三人だけになるとソラは咳払いしてからおもむろに妹が優海だと告げたので一瞬思考がフリーズしてしまった。


「あの時はシローさん石像みたいに固まってたよね。シローさんにとっては立て続けだったわけだし気持ちは分かるけどね。私もお姉ちゃんがいきなり前世の名前をばらすから驚いちゃったよ」


 マリナはショートケーキをフォークで切り分けながら愉快そうに笑う。


「その後、シリウスさんが実はシローさんだったって教えてもらった時はもっとびっくりしたけどね」


「そうなの? 思ったよりも驚いてなかったように見えたけど」


「そんなことはないよ。でも、以前お姉ちゃんがシリウスさんとシローさんが似てるって言ってたからその分衝撃が少なかったのかも」


 マリナはそう言うとソラの方を見てにやっと笑った。


「それにしてもお姉ちゃんはさすがだよね。無意識にシリウスさんの正体を言い当ててたんだから。やっぱりお姉ちゃんにとってシローさんは大事な存在だったっていうか、昨日もあんなに泣き腫らしてたし」


「なっ……。べ、別にそういうのじゃないし! 気持ち悪いこと言わないでくれる!?」


「うんうん。ツンデレ乙」


「だから違うってば!」


 慌てるソラをシリウスは近くからじーっと眺める。


「しかし今だに信じられん。あの空矢が少女に生まれ変わっているとは。もともと女みたいな顔つきではあったが……」


 優海に関しては外見が変わっていても態度や雰囲気がそのままなのであまり違和感がなく、今考えれば馬車でどこか懐かしい気分を抱いたのも納得であった。

 ただ性別そのものが違っている空矢は慣れるのに時間がかかりそうである。


「じろじろ見るな!」


 そのまま眺めているとソラが掌底を繰り出してきたのでシリウスはひょいとかわす。


「お姉ちゃん、そんなに照れなくても」


「照れてないし! ていうか二人で私をからかってない!?」


 席を立ったソラがシリウスとマリナを睨むと二人は顔を見合わせ、


「まあ、こんなにいじり甲斐のある存在もいないからな」


「むふふ。ですよね」


「こ、こいつらは……」


 面白そうに言う二人を見てソラはがくっと椅子に座り込む。


 マリナはそんな姉を見て楽しそうに笑い、


「でも、シローさんが帰る時が一番大変だったよね」


「ああ……。そうだな……」


 ソラの部屋で再開を果たした三人は積もる話もあるのでこのままゆっくりと語り合いたい所ではあったが、もう夕飯前だったのでシリウスは一旦家に帰り、また翌日に再開のお祝いを兼ねて集合することにした。


 だが、その前にエーデルベルグ家の面々に説明するという大仕事が待っていたのである。

 前世の事はもちろん、ソラとシリウスが冒険者講習に参加していたことも隠さなければならないのでどういう風に話すべきか頭を抱えたのだった。


 最終的には三人で考えた言い訳で必死に誤魔化し、またソラの母親が擁護してくれたこともあって、皆はシリウスが何か酷いことや不埒な真似をしたわけではないと納得してくれたものの、状況を楽しんでいたマリナをのぞき最後は疲労困憊状態であった。


「でもシローさんも律儀ですよね。完全に誤魔化そうとせずに自分にも非があると認めたんですから」


「俺に原因があったのは間違いないからな」


 微妙に複雑そうな表情をしているソラの隣でシリウスは淡々と言う。

 詳しい経緯は話せなくともその辺りをうやむやにするつもりはなかった。


 ただ、もともとシリウスの人柄を知るトーマスや、なぜかこちらに興味を持ったらしいソラの母親はともかく、一部の使用人達からは大事なお嬢様を泣かせたけしからん男として認識されてしまったようだった。

 さっきもエーデルベルグ家を訪れた時に少しとげとげしい視線を向けられて居心地の悪い思いをしたのである。


 それに、この後なかば強制的にソラの祖父から剣術の稽古に付き合うよう誘われているのだ。

 ソラ達の母親であるマリアが治癒術を施してくれたおかげで万全の体調に戻ったとはいえかなり急な話である。

 これはたぶん孫娘を泣かせた落とし前ということなのだろう。


「頑張ってくださいね。おじいちゃんはおばあちゃんとは違う意味で厳しいですけど、少なくとも死ぬようなことはないですから!」


「それって励ましてるつもりなの?」


 ぐっと拳を握るマリナにソラが呆れたような視線を向ける。


 シリウスはかつてグレンがソラ達の祖母にしごかれてトラウマを背負った事を思い出し、果たして無事に明日を迎えられるのだろうかと遠い目で雲を眺めるのであった。






「それにしても、まさかシローさんと隣同士だったなんてね」


 テーブルに置かれたお菓子がだいぶ減った頃にマリナがぽつりと呟いた。


「ずっと隣に住んでいたのに気付かなかったんだからおかしな話だよね」


「確かにそうだがそれも仕方ないな。なんせ君らはエーデルベルグ家の人間で接点はほとんどないんだから。それに優海ちゃんはともかく女の子になった空矢に気付くのは至難だろう。今ではどこから見ても完全に名家の御令嬢だしな。俺もまんまと騙されたよ」


「お姉ちゃんも適応するのに相当苦労したんですよ。それはもう大変だったというか、色んな面白エピソードが満載というか」


「ふむ。ぜひ聞かせてもらいたいものだな。空矢が女の子になってからの奮闘記を」


「いや、もうそのネタでいじるのは止めてほしいんですけど……」


 ソラはふてくされたようにクッキーを口に放り込み、その姿を見たシリウスとマリナは笑みを浮かべる。


「けど不思議ですよね。事故に遭った三人の中でシローさんだけが私とお姉ちゃんよりも早く転生したんですから」


 シリウスが転生した五年後にソラが、そしてその一年後にマリナが生まれてきたので、前世では空矢と同級生だったにもかかわらず本来以上の年の差が生じてしまったのである。


 この転生の時期のずれがお互いに気付かなかった原因のひとつなのは間違いなく、シリウスももし二人が転生しているのなら自分と同時だろうと疑わなかったのだ。


「だが転生したこと自体が理解不能な出来事だからな……。あまり深く考えても仕方ないと思うぞ」


「ですよねえ。もしかしたら神様が若くして死んだ私達を不憫に思って生き返らせてくれたのかな」


 二人が会話しているとソラが何か考え込む仕草をしていた。


「どしたの、お姉ちゃん」


「……変なことを聞くようだけど、二人は転生した直後に声を聞かなかった?」


「声? どんな?」


「はっきりとは覚えてないんだけど……。誰かが語りかけてきたような気がして」


「私は聞いてないけど、それってお母さんの声じゃないの?」


「お母様の声じゃなかったと思うんだけど……」


 どうも記憶があやふやなようでソラは言葉を濁す。


(声、か……)


 シリウスも転生した直後のつまり赤子として目覚めた時に家族以外の声を聞いた覚えはない。

 おそらくはソラの勘違いだろう。


 ただ、ひとつ気になることはあった。


(時期のずれはあったが三人がすぐ近くに転生したのは偶然か?)


 同じ世界の同じ街、しかも空矢と優海は姉妹として転生し、気づくのに時間がかかったとはいえ士郎もお隣りである。

 偶然にしてはできすぎており、それこそマリナの言うとおり神か何かが意図したようにしか思えなかった。


(いや、さっき自分でも言ったように深く考えても仕方ないな)


 シリウスがカップに残っていた紅茶を飲み干すとマリナがおもむろに立ち上がって手を差し出してきた。


「シローさん。また会えて本当に嬉しいです。改めてこれからよろしくお願いしますね」


「ああ、こちらこそよろしく頼む」


 シリウスも立ち上がりにっこりと笑うマリナの手を握るともうひとりに視線を送る。


 すると、前世からすっかり様変わりしてしまった旧友はやれやれとばかりに立ち上がってシリウスと向き合った。


「まさかこっちの世界に一緒に転生してまた知り合うことになるなんてね。腐れ縁にもほどがあるっていうか」


「それはこっちのセリフだ。どうもつくづく縁があるらしいな」


「まあ、せっかくお互い生きて再会できたんだから、また以前みたいにつるむのもやぶさかではないけど」


「そうだな」


 シリウスは目線を外しながら手を差し出すソラを見て思う。

 女の子になったところで大事な親友に変わりはないのだと。


「これからもよろしくな、ソラ」


「ん」


 シリウスとソラは目を合わせると固く握手を交わしたのであった。

これにて「魔法使いと奇妙な隣人」は終了となります。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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