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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと奇妙な隣人
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冒険者講習④

 グレンらが森の中を隈なく捜索しても他のコボルト達は見つからず、討伐隊は一旦入り口付近まで戻ることになったが、そこに思いもよらぬ報せが舞い込んできたのだった。


「村がコボルトに襲われているだと!?」


「は、はい。私が村に到着した後に押し寄せてきたんです。私はすぐに逃げ出せて事なきを得たんですが……」


 命からがら逃げてきた旅の行商人が森の前にいたグレン達を発見して助けを求めてきたのだ。

 彼の話によるとここから北にある村にコボルトの群れが侵入して暴れまわっているらしい。


 まさかの緊急事態の発生に講習生達がざわつき、話を聞いたグレンが顎に手を当てて唸る。


「小さいとはいえ人間の集落をコボルトが堂々と襲撃するとはな」


「この森からそう遠くないですし、おそらく我々が探している残りの連中で間違いないでしょう」


「村の男達が団結すればある程度は対応できるはずですが数が多ければ苦戦するかもしれない」


 教官陣は緊急ミーティングを開いて話し合った後すぐに村の救出に向かうことになった。


 当然講習は中止となり、シリウスを含む二人の教官とともに講習生をこの場に残すことになったが、そこにソラが歩み出てきてグレンに声をかけたのであった。


「あの、ちょっといいですか? 気になることがあるんですけど」


 ソラがコボルトの様子がおかしいことを話すと、準備をしながらも耳を傾けていたグレンは怪訝そうな声を出した。


「変異体?」


「はい。もしかしたらコボルトの中にそう呼ばれる個体がいるかもしれません」


「そんな魔物は見たこともないし聞いたこともないが……。魔獣とは違うのか?」


 魔獣は土地を流れる気脈の影響を受けて進化した強力な魔物の事を言うのであって今回の突然変異とは違う。

 いずれにしても厄介な相手であることに変わりはないだろうが。


「この変異体がいる場合は一筋縄ではいかないかもしれません。十分な対策を立てずに村に乗り込めば下手をすればさっきの二の舞になる危険があります」


 ソラはコボルト相手でも慎重に行くべきだと訴え、また念のため残った人間の誰かが近隣の町にある冒険者協会へ行き後詰めを要請するべきだと提言した。


「……だが、滅多にない事例なのだろう? それに悠長なことをしている時間はない。この瞬間にも村人が襲われているんだ」


 グレンはソラの話を聞いても微妙な表情をしていた。

 長年冒険者をしている人間すらほとんど知らないので半信半疑のようだ。


 しかし、ソラは引き下がらずに胸に手を当てて言ったのだった。


「それなら私も連れていってくれませんか。援護する魔導士は多いほどいいはずです。皆さんの足手まといにはなりませんから」


「おいおい。ガキがひとり加わるから何だってんだ。ちょっとばかり魔導が使えるからって調子に乗るんじゃねえぞ」


 横からナジムがいつもの小馬鹿にしたように口調で言ったが、それまで黙って聞いていたシリウスもソラの隣に立って援護した。


「俺も彼女を連れて行くことに賛成です。いざという時に役立つかもしれない。それに前線ではなく後方支援に留めておけば問題はないはずです」


「子供が本で仕入れてきた話を真に受けてんじぇねえよ、マーシャル」


「過去の事例を参考にしたれっきとした学術書だ。俺も読んだことがある」


 シリウスとナジムが険しい視線をぶつけていると、しばらく考え込んでいたグレンが口を開いた。


「君が優秀な魔導士であることは認めるし、先程見せた手際も見事だった。だが、それでも君は講習生にすぎず、まだ資格も持っていないアマチュアだ。君の勇気ある申し出には感謝するがやはり連れて行くことはできない」


「そうですか……」


 これ以上食い下がっても無駄だと悟ったらしくソラは軽く息を吐きながら引き下がる。


 ただ、村に怪我人がいることを想定して近隣の町に医者や治癒術師を含めた応援を頼むことになり、その役目を馬車のある行商人が引き受けてくれることになった。


「君の言うとおり油断ならないコボルトのようだが、我々とて数々の修羅場を潜ってきているんだから大丈夫だよ」


 グレンはソラに向かって力強い笑みを浮かべると仲間とともに村へ出発したのであった。



 ※※※



 グレン達が街道をできるだけ急いで進んでいるとやがて遠目にコボルトの襲撃を受けている村が見えてきた。


 小さな村とはいえ魔物対策として背の高い壁にぐるりと囲まれており、出入りができる門は東と南に二つある。


 助けを求めてきた行商人の話によると、コボルト達は往来する人間を入れるために東門が開いた時を狙って侵入してきたらしく、彼は村に入る直前に慌てて馬車を急発進させたので逃げることができたらしい。


 ただ、逃げる際に商人が西門の辺りからも大きな音が聞こえてきたと言っていたのがグレンには少し気になっていた。

 彼の話によると逃げるのに精一杯で確認こそできなかったものの地面を揺らすほどの轟音だったらしい。


(変異体か。まさかな)


 ソラの言葉がちらっと頭をよぎったが、そんなあやふやな話を気にしていても仕方ないとグレンが頭を振っていると隣にナジムが並んできた。


 全身に鎧を着込みながらも軽快に走るグレンの鍛えられた脚力に劣らず、こちらも重量のあるバトルアックスを背負っているとは思えないほどの健脚である。


「グレンの旦那よ。この仕事は当初の契約に入ってないんだから特別手当くらい出してくれよな」


「こういう場合の規定もあるから心配するな。それより目の前の戦闘に集中しろ。村中に入り込んでいたら討伐に時間がかかるかもしれん」


「コボルトなんざ一戦交えればすぐに逃げ散っていくだろ」


 あくまで楽観的なナジムをたしなめようとすると、ふと右手にある草原から細い煙が上がっているのに気がついた。


「何だあれは?」


「さあな。それよりもう村に着くぜ。手近な奴からさっさと倒してけばいいんだよな」


「それでいいが、あくまで村人の安全確保が優先だぞ」


 多少気にはなったものの火事が発生しているというわけでもないのでグレンは村の方に意識を切り替える。


 ほどなくしてグレン率いる冒険者達が西門に到着すると、門に取り付けてあった分厚い木の扉が粉々に吹き飛んでいる光景を目の当たりにしたのだった。


「まさかコボルトがやったのか? しかし一体どうやって……」


 一同はしばし言葉を失うも、近くから聞こえてくる争う音や悲鳴にそれどころではないと急いで村の中に踏み込んだ。


「状況はあまり(かんば)しくないようだな……」


 村では(くわ)や斧を持った数人の男達がその何倍もの武装したコボルト相手に不利な戦いを強いられており、皆どこかしら怪我を負っていて、他にも血を流しながら倒れている者も何人かいた。


 戦闘に加わっていないコボルトは村の倉庫らしき建物から物資をせっせと運び出し、家畜も手当たり次第にさらおうとしていた。

 今のところ扉を固く閉ざしている民家からは略奪されていないようだったがそれも時間の問題のようだ。


 襲撃後すぐ建物内に避難できたのか、村の中に女子供の姿がなかったのがせめてもの救いである。


「見える限りで三十体ほどか。よし、戦っている村人に加勢しつつ一匹ずつ確実に仕留めていくぞ!」


 グレンが仲間に号令をかけるとこちらに気づいた近くのコボルト達が襲いかかってきた。

 屈強な冒険者の集団相手でも躊躇なく仕掛けてくるところを見るとやはり一般的なコボルトよりも凶暴なようである。


「おらよ!」


 先陣を切ったナジムがバトルアックスを振るうと突っ込んできたコボルトが悲鳴を上げながら吹き飛んでいった。


「身の程知らずどもが何匹でもかかってこいや!」


 コボルト達を威嚇するようにナジムが大声を上げると必死に戦っていた村人のひとりがこちらに顔を向けた。


「おい、あんたら……!」


「俺達は助けに来た冒険者だ! 後はこちらに任せて怪我人とともに避難してくれ!」


 安心させるようにグレンが声を張り上げると、村人はなぜか引きつった表情でこちらの背後を指差したのだ。


「そうじゃない! 後ろだ!」


 その言葉にグレン達が後ろを振り返ると、いつの間にかコボルトの集団が門の前に退路をふさぐように立っており、しかもその中央にはひと際巨大な怪物が佇んでいたのだ。


「……こ、こいつは一体何なんだ」


「で、でかい……。まさかこれもコボルトなのか?」


 その威容にたじろいだ数人の冒険者が後ずさる。


(まさか、あの少女が言っていた変異体なのか?)


 グレンも茫然とそいつを見上げる。

 通常のコボルトの数倍はあるとても同じ種とは思えないそのコボルトは、筋骨隆々の巨体に黒い鎧を装着しており手には金属製のハンマーを握っていた。


 西門を無残に破壊したのはこの巨大なコボルトだとすぐに気づいたグレンは、肉厚の体躯から放たれる威圧感に気圧されつつもまんまと挟み撃ちにあってしまったことに衝撃を受けていた。


 おそらく気づかれないよう門近くにある民家の陰にでも隠れていたのだろうが、まるで事前にこちらが村に来るのを知っていたとしか思えなかった。


(……まさか、あの煙は敵を知らせるための狼煙(のろし)だったのか!?)


 グレンがひとつの可能性に思い当たると巨大コボルトはまるでこちらの考えていることが分かったようににやりと笑みを浮かべてみせたのだ。


 その表情からグレンは己の考えが正しいことを知り、また巨大コボルトの知能の高さと用意周到さに戦慄していると、隣に立っていたナジムが己を奮い立たせるように声を上げた。


「はっ、所詮は図体がでかいだけのコボルトだろうが!」


「待て! ナジム!」


 グレンの制止を無視してバトルアックスを振りかぶりながら突進するナジム。


 しかし、同時に巨大コボルトもそのずんぐりとした巨躯からは想像もできないほどの俊敏な動きを見せてナジムとの距離を一気に縮めたのである。


「な……!?」


 巨大コボルトが唖然とするナジムに向かってまるで虫を払うかのようにハンマーを振るうと、元傭兵は咄嗟に盾でガードしたものの人形のように軽々と吹き飛んで民家の壁に激突したのだった。


「あ……がっ……」


 かろうじて意識はあるようだったがナジムは相当な衝撃を受けて血反吐を吐きながら倒れる。


 すると、それを好機だと見た数体のコボルトがナジムを囲み、村で奪った鉈やナイフで四方八方から容赦なく攻撃し始めた。

 彼らは弱った獲物に対してはとことん残酷なのだ。


 動けないナジムは悲鳴を上げながら盾を顔の前に構えてうずくまる。


「ナジム!」


 グレンは急いで助けようと動きかけたが、それよりも早く巨大コボルトが吠えて前後から一斉にコボルト達が押し寄せてきた。


 グレン達は固まってそれぞれフォローしながら対処しようとするも、コボルト達はまるで軍隊のように統率された動きでこちらを素早く分断して確固撃破を狙ってきたのだ。


 敵が狡猾なのは必ずひとりに対して三、四体で囲み、またこちらで唯一の魔導士に魔導を使わせないよう集中的に攻撃を加えている点であった。

 おそらくこれも全てあの巨大コボルトの指示なのだろう。


 冒険者達は腕利きのナジムが一撃でやられたことと一気に不利な状態に立たされたことでかなり動揺しているようで攻撃を防ぐのに精一杯のようだった。


「みんな落ち着け!」


 一旦態勢を立て直そうと声を張り上げたグレンだったがその顔を大きな影が覆う。


 グレンが振り返るとナジムが落としたバトルアックスを拾った巨大コボルトがこちらを見下ろしていたのだった。



 ※※※



 グレン達が村に到着する少し前、会話している講習生達の横で考え込んでいたシリウスはソラの様子が少しおかしいことに気づいた。


 真剣な表情でしばらく虚空を見つめていたかと思うとおもむろにこちらへ歩いてきたのである。


 その顔を見てシリウスはソラが何を言いたいのかを察したのであった。


「あの、シリウスさん……」


「みなまで言わなくても分かってる。村に行きたいんだろう? 俺も一緒に行くよ」


「村に変異体がいるという確証はないですけど……いいんですか?」


「だが君は変異体がいると確信しているんだろう。それに俺もずっと嫌な予感がしているし、このまま何もせずにいるよりはいいと思ったんだ」


「分かりました。シリウスさんがついてきてくれるなら心強いです。ただあちらの教官が許可してくれるかどうか……」


「そこは説得するしかないな」


 シリウスとソラは連れ立って待機していたもうひとりの教官のもとへ行き村の様子を見にいきたいと訴えた。


 二十代半ばほどのその教官は予想どおり動くべきではないと反対したが二人で粘り強く説得を続けると最後には折れてくれた。

 もともとシリウスの知り合いで信用してくれていたのと、ソラの飛行系魔導ならばすぐに戻ってこれるというのが効いたようだ。


「それじゃ行きますよ」


 ソラはシリウスの手を掴むと魔導を発動させて街道沿いに飛行する。


 あっという間にコボルトの巣があった森が見えなくなり、シリウスが魔導の便利さに軽く感動していると、しばらくして白い髪をはためかせたソラが前方を指差した。


「シリウスさん、村が見えてきましたよ!」


「分かった! 上空から村の様子を確認して何も問題がなければすぐに引き返して――」


 そこまで言いかけたところでシリウスは村から程近い草原に一匹のコボルトが潜んでいるのを発見した。

 どうやら背の高い茂みに身を隠しながら街道の方を窺っているようだ。


「あれはもしかして敵の接近を知らせるための見張りか?」


「おそらくそうだと思います! というかよく見つけましたね。マリナ並みの視力かも」


「昔から目には自信があるんだ。それより君の予想通りコボルトの巣でもあれでまんまと不意を喰らってしまったわけだな」


 空高く舞うシリウスたちの存在には気づいてないようだったがこのまま放置しておくわけにはいかない。


 シリウスはコボルトを倒すため近くに降ろすよう頼むもソラはその必要はないと繋いでいない方の手を向けて魔導を発動した。


 手の平から発射された氷の槍は上からの攻撃に無防備なコボルトを貫くとそのまま地面に張り付けにしたのだった。


 見張りが排除されシリウスが村に視線を向けると、冒険者とコボルトが激しい乱戦を繰り広げている光景が見えた。


 そして、そんな乱戦の中でも圧倒的な存在感で目立っている巨大なコボルトの姿も確認できる。


「やはり変異体がいたのか。旗色はかなり悪いようだな。すぐに助けにいかないと」


 シリウスはソラに村の手前で降下させると一気に駆け出した。


 破壊された西門まで来ると、村の中央辺りで巨大コボルトが膝をついているグレンに向かってバトルアックスを振り上げている所だった。


「くそ! 間に合わない!」


「私に任せてください!」


 シリウスについてきていたソラが走りながら氷の槍を巨大コボルトの大きな背中に放つ。


 しかし巨大コボルトは不意を突いたはずの魔導を察知し、グレンに対する攻撃の軌道を変えて振り向きざまに氷槍を砕いてみせたのだ。


「なるほど。これが変異体か。もうコボルトとは完全に別物だな」


 巨体に似合わぬ素早い動きに強靭な肉体、知能が高く武器の扱いも手慣れていて、協会の討伐基準だと間違いなく高位の魔物に認定されるだろう。


 巨大コボルトは新たに現れたシリウスとソラに赤い目を向けると威嚇するように吠えた。

 どうやら敵として完全にロックオンされたようである。


 シリウスは併走するソラに訊く。


「ここから魔導であいつを倒せそうか? 周りに味方がいるからあまり強力な術は使えないが」


「魔力の密度を高めたピンポイントの魔導なら周囲を巻き込まずに倒せるはずです。でもさっきの動きを見る限り避けられる可能性が高いですね」


「それなら君は魔導であいつの動きを一瞬でいいから止めてくれないか。そうすれば俺が奴を一撃で仕留めてみせる」


「分かりました。それで行きましょう」


 二人は武器片手に待ち構える巨大コボルトに向かって加速する。


 あと一息で間合いに入る所まで来ると、ソラがシリウスより一歩前に出て、二人まとめて薙ぎ払おうとしていた巨大コボルトの攻撃を障壁で防いだ。


 甲高い音とともにバトルアックスが弾かれ、てっきりそのまま離脱するとばかり思っていたものの、ソラは巨大コボルトの懐に飛び込み気合の声を上げながら小さな右拳を敵の胴体に突き入れたのである。


 少女の予想外の行動にシリウスが思わず目を瞠っていると、鎧の上から打ち込まれたのにもかかわらず巨大コボルトは一瞬大きく震えてから苦しそうに悶え始めたのだ。


 どうやら体内に衝撃を伝播(でんぱ)させる東方武術特有の技のようだったが、とにかくこれで敵の動きが完全に止まった。


 今度こそソラは間合いの外に逃れていき、入れ替わるようにシリウスが前に出て、すぐさま鞘に納めたままの刀の柄に手を添えて抜刀術の体勢を取る。


 シリウスが刀に十分に魔力を行き渡らせてから踏み込むと、鞘走りによって加速した東方剣術最速の一撃は巨大コボルトの分厚い胴体を防具ごと真っ二つにしたのだった。

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