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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと奇妙な隣人
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冒険者講習②

 意外な所で再び顔を合わせることになったシリウスとソラは話がしやすいように広場の片隅に場所を移していた。


「……それじゃあ、君は冒険者志望なのか?」


 頷くソラを見てシリウスはさすがに驚いた。

 てっきり興味本位で参加しているものだとばかり思っていたのだ。

 それが本気で冒険者になるつもりでこの講習に参加していたらしく、将来資格を取得したら徐々に活動を行っていくつもりなのだという。


(……やれやれ、とんでもない少女だな)


 どこか変わっているとは思っていたがもはやそういうレベルを超えている気がする。


「訓練着を届けてくれた時に言っていた用事とはこの事だったんだな」


「まさかシリウスさんと鉢合わせするとは夢にも思いませんでしたけど」


 ソラは頭の後ろに手をやりながら困ったように笑う。

 親子だけあってその仕草は少しトーマスに似ていた。


「でも、シリウスさんが冒険者だったなんてこっちもびっくりしましたよ。将来は魔導大学院に進学するはずだったんじゃ……」


 シリウスはすでに大方の事情を知っているソラに冒険者になった経緯を説明すると少女は納得したようだった。


「なるほど。進学のための資金稼ぎだったんですね」


「しかしどうやって講習に参加したんだ? 君くらいの年齢の女の子だと受付で断られるはずだが」


「それは私の祖母が長年冒険者をしていて協会に顔が利くので特別に許可してもらったんです」


 もしかしたらエーデルベルグの名で強引にねじ込んだのかもしれないと考えていたら家族のコネを使って参加していたらしい。

 グレンが言っていたツテというのは冒険者をしているソラの祖母のことだったようだ。


(……責任者のグレンさんが気苦労を抱えるのも当然だな)


 ただでさえソラはエーデルベルグ家の令嬢という立場で気を遣うのに、どうも話を聞いた感じだとソラの祖母というのは協会やグレンが意識せざるをえないほどの実力者のようである。


 シリウスが他人事ながらグレンに同情しているとソラがやや緊張した面持ちでこちらを見上げた。


「それで、この事はお父様に内緒にしておいてほしいんですけど……」


 どうやら保護者である両親の了解を得ているわけではないようでソラは気まずそうな表情をしていた。


 もっともシリウスにばれないようコソコソしていたことからも予想がついていたし、あのトーマスが娘をこんな危険な講習に参加させるはずがない。

 おそらくこの事を把握しているのはごく一部の人間だけで、協会と話をつけたというソラの祖母は当然としてあとは仲の良かった妹のマリナあたりだろう。


 ただ、当初は説得して帰ってもらう事も考えていたが、正式な許可のもと彼女自身の意思でここに来ているのでシリウスがあれこれ言うつもりはなかった。


 それに、実戦経験を積んでいるであろう東方武術の使い手がどのような動きを見せるのか気になるし、可能性は低いだろうが転生者なのか探ってみるにはいい機会かもしれない。


 シリウスはそこまで考えると少女に向かって右手を差し出した。


「うすうす察しているかもしれないが俺も家族には内緒にしている身だ。ここはお互い誰にも喋らず秘密にするということでどうだ?」


「異議なしです」


 シリウスの提案を聞くとソラは安堵したようにその手を握ったのだった。


 とりあえず話がひと段落したのでシリウスが一旦グレンの所に戻ろうとすると、近くから野太い男の声が聞こえてきた。


「……おいおい、何でこんな所にガキが迷い込んでやがるんだ?」


 二人が声の方に視線を向けるとそこにはこちらを胡乱気に見ている黒いアーマーを着込んだ大柄な男が立っていたのだった。


 男は背中にバトルアックスと盾を背負っており、鎧の隙間から見える盛り上がった筋肉や無数の傷跡から戦闘を生業にしてきた人間だと一目で分かった。

 胸からカードをぶら下げているので教官のひとりには違いないようだったが、その粗暴な顔つきや態度から近寄りがたい雰囲気を発している。


 男はずかずかと近寄ってくるとソラを威圧的に見下ろす。

 こうして目の前まで来ると長身のシリウスにも引けを取らないほどの体格だった。


「ここはガキの来る場所じゃねえんだよ。邪魔だからとっととママの所にでも帰んな」


 強面の顔を近づける男に対してソラは怖がるような素振りも見せず静かに見返していた。

 大人でもだじろくほどの迫力があり普通の少女だと泣き出してもおかしくないだろうに大した度胸である。


「おい! 聞いてんのか!」


 何の反応も示さないソラにいらついた男が大きな手を伸ばしかけたところでシリウスがその肩を掴む。


「そこまでにしておけ。彼女は許可を得て来ているれっきとした講習参加者だ」


「……何だあ、お前。ガタイがいいから気付かなかったが、よく見りゃこっちもガキじゃねえか」


 男はソラからシリウスに視線を移すと肩に置かれた手を掴んでゆっくりと離した。

 その手には掴まれたシリウスの手が軋むほどの握力が込められており、見た目どおりかなりの筋力の持ち主のようだ。


「どうせだから自己紹介しとくか。俺はナジムってもんだ」


 男はにやりと笑いギリギリと力を入れたままシリウスの手を軽く振った。

 どうやら握手のつもりらしい。


「……シリウス・マーシャルだ」


「まだ十代半ばってところか。お前みたいな青二才に教官なんて務まるのかねえ」


 男の手に更に力が込められ、二人が手を握ったまま静かに睨み合っていると、


「――いい加減にしろ、ナジム。マーシャルはお前よりも冒険者としてのキャリアもランクも上だ。若いが教官を務められるだけの実力があると上層部が判断したんだ」


 背後からグレンがやってきて(とが)めるような視線をナジムに向けたのだった。


 短く舌打ちして乱暴にシリウスの手を振りほどくナジムにグレンは続ける。


「ナジム。自分が試されているということを忘れるな。そう何度もチャンスが与えられると思うなよ」


「分かってるよ。ちょっとからかっただけさ」


 厳しい表情のグレンにナジムは肩をすくめてみせると最後にシリウスとソラを一瞥(いちべつ)してから離れていったのだった。


「大丈夫か、マーシャル」


「問題ありません」


 シリウスがまだ少し痛みが残っている手の調子を確かめていると、グレンが呆れたような視線をナジムが去った方に向けた。


「さっそく揉め事を起こすとはな。先が思いやられるよ」


「……冒険者に荒くれ者は多いですけど、彼はどうも少し雰囲気が違うように感じたんですが」


「だろうな。あいつは半年ほど前に傭兵から冒険者に転向したばかりなんだよ。わりと有名な団に所属していたらしく、戦闘経験は豊富なんだが素行に問題のある奴でな。この前もチームを組んでいた仲間とクエストの最中に喧嘩したあげく大怪我を負わせたんだ。本来なら資格を剥奪されてもおかしくないんだが、相手にも非があったということでとりあえずは保留になったんだよ」


 グレンの話を聞きシリウスはどうりでナジムから嫌な雰囲気を感じたと納得した。

 職業的に人を殺してきた者に見られる仄暗い空気をあの男も纏っていたのだ。


 それにしても講習生だけでなく教官側にも訳ありの人物がいたとはグレンも頭が痛いだろう。


「しかし、彼がなぜ教官役に?」


「協会の仕事をいくつか真面目にこなすことで資格の剥奪を免れることになったんだが、この仕事もその一環というわけだ」


 はっきり言って今回の仕事に関しては人選ミスだと思うがグレンも同じことを考えていたようで苦い顔をしていた。


「俺もこの仕事に奴を使うのは反対したんだがな。ただ、長い間傭兵家業をしていただけあって戦闘面では頼りになるし、すでに魔物の討伐任務もかなりこなしている。上層部も教官というよりは万が一のための用心棒みたいに考えているのだろう」


 やれやれと軽く頭を振るグレンの隣でシリウスはああいう輩とは極力関わらない方がいいだろうとナジムの後姿を眺めながら思うのであった。






 講習開始の時間が来てメンバーが揃ったことを確認すると、冒険者側十人と講習生側の十七人とに分かれて簡単な自己紹介をしていた。


 教官役の冒険者達は落ち着いていてさすがの貫禄だったのに対し、真新しい装備を着込んだ講習生達はやや緊張した面持ちで名乗っていた。


 講習生は十代の若者ばかりで、大半が男だったが女の子も少し混じっており、なかにはまだ中等部に上がったばかりの少年もいたが、やはりその中でもソラの存在は異質で周りの人間も気になっているようだった。


 ただ、若いとはいってもこの講習に参加するには剣術なり何かしらの戦闘手段を持つ者に限られているので全くのド素人というわけではない。


 講習生達の紹介が進むなか、シリウスはソラがどう名乗るのか少し気になっていると、皆から興味津々な視線を集めながらの自己紹介では違う苗字を名乗っていた。

 どこか聞き覚えがあると思ったらトーマスの研究室の名前で、どうやら余計な注目を浴びてしまわないように父親の旧姓を使用したようだった。


 自己紹介が終わると改めて今回の仕事の説明をして、それからリーダーであるグレン主導のもと入念なミーティングを行う。


 そして打ち合わせを終えいよいよ出発となったところで、なぜかグレンがシリウスに近づいてきて小さな声で話しかけてきた。


「悪いがお前に例の少女の護衛を頼みたい。本人は特別扱いを望まないだろうが、できるだけ彼女が怪我を負うような事態は避けたい。お前なら歳も近いし顔見知りだから俺達の中では一番適任だろう」


 他の教官もソラが参加した経緯は大方知っているらしいが、教官陣にひとりだけいる魔導士をのぞけば彼女がエーデルベルグ家の人間だとまでは知らないようだった。


「もし彼女が知ったら不快にさせると思いますが……」


「ぴったりと張り付く必要はないさ。近くからそれとなく気を配ってくれればいいんだ。他の講習生もひとりだけあからさまに贔屓(ひいき)していたら面白くないだろうからな」


 あまり乗り気はしないもののリーダーの指示とあれば仕方がないので一応了解しておく。


 ただ、正直に言ってそもそも彼女に護衛など必要ないと思うのだ。

 まだ未知数ながらも武術をたしなんでおり、なによりソラは代々強力な術者を輩出しているエーデルベルグ家の魔導士なのだから。


 今回のコボルト討伐にしてもソラがその気になれば魔導であっという間に一掃できる気がする。


「そういえば彼女から冒険者である祖母の紹介で講習に参加したと聞いたんですが、グレンさんも会ったことがあるんですか?」


 シリウスが何気なく尋ねるとなぜかグレンは顔を少し引きつらせ、


「あ、ああ、ウェンディ教官は凄腕の冒険者だが教える側としても一流で俺も若い頃に稽古をつけてもらったことがあるんだ。厳しい方だが大変勉強になったものさ」


 そう言いつつも額にはうっすらと汗が浮き出ており顔色もあまりよくなかった。

 いつも落ち着いていて皆から頼れる先輩として慕われているグレンにしては珍しい姿である。


「……あの人は本当に洒落にならない訓練を次から次へと押し付けてくるからな……。俺が一体何度死にかけたことか……。うう、思い出すだけで(うつ)だ……」


 何かトラウマのような出来事を回想しているのか、虚ろな目をしたグレンが頭を抱えながらひとりでぶつぶつと呟き始めており、シリウスはこれ以上この話を続けない方がよさそうだと思うのだった。

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