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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと奇妙な隣人
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冒険者講習①

 翌朝、太陽がだいぶ頂点に近づいてきた頃に突然友人がシリウスの家へとやってきた。


「おはよう! 我が友よ! ソラ様はまだ来てないか!?」


「もう昼近いんだが……。彼女ならもうとっくに訓練着を届けて帰ったぞ」


 シリウスから非情な言葉を聞いた友人はショックを受けてがっくりと膝をついた。

 どうやらソラに会うために早起きする予定だったようだが結局寝坊したのだろう。

 昨日すげなく断られたにも関わらず諦めていなかったらしい。


「そ、そんな……。まだ間に合うと思ったのに」


「こんな時間に来ておいてそんなセリフが吐けるとは正直お前の神経を疑うぞ」


 とはいえ落ち込んでいる姿を見て少々気の毒に思い、また時間も時間だったのでシリウスが昼食に誘うと友人はあっさりと乗ってきた。


 そして、友人はシリウスらとともに食卓を囲み昼食をたらふく満喫するとすぐに機嫌が直ったのだった。

 いくら友人の家でその家族とも面識があるとはいえ相変わらず遠慮というものを知らない男である。


 食後はシリウスの部屋に移動すると友人は椅子に座りながらこちらの作業をなんとなしに見守っていた。


「なんだ。ソラ様はすぐに帰ってしまってシローもあまり話してないのか」


「何でも昼から用事があるそうだがあの時は大変だったな。こうなることが予想できたから訓練着を持っていかせたくなかったんだ」


 ソラがシリウス家を訪れた時はもう蜂の巣をつついたような大騒ぎであった。

 隣人というだけでほとんど接点がないのに、まさに雲の上のごとき存在のエーデルベルグ家の令嬢が尋ねてきてシリウスに会いに来たと言うのだから無理もないだろう。


 はじめは動転していた家族も我に返ると慌ててお茶を用意しようとしていたが、ソラはこの後予定があるからと丁重に断りシリウスと軽く会話してから帰っていった。


 ソラが去ると当然シリウスは家族から質問攻めにあい、一体どういうことなのか説明を求められたものの、昨日の合同演習の件を話してなんとか騒ぎは沈静化したのであった。


「俺も午後から予定が入ってるし、あまり長く留まっていられても困るから助かったけどな」


「こいつ、ソラ様のファンが聞いたら刺されそうなセリフを堂々とのたまいやがって。俺が親友でよかったな」


 友人は呆れたような視線を向けると、ひょいと肩越しにシリウスが色々と仕事用(・・・)の道具を詰め込んでいた背嚢(はいのう)を覗き込んでどこかしみじとした口調で言った。


「……それにしてもお前が冒険者になってからもう三年ほどか。資格を取るとか唐突に言い出した時はとうとう頭がおかしくなったのかと思ったけどな」


「あの時のお前は驚きすぎて間抜けな表情をしていたな」


「誰だって普通は驚くっての」


 友人は机に置いてあったランプ用の燃料袋を投げつけ、それをシリウスは笑みを浮かべながらキャッチする。


 シリウスは十二歳の時に冒険者資格を取得し、あまり遠出はできないので活動地域は国内に限られていたものの、これまでこつこつとアイテム収集から魔物退治まで多くの仕事をこなしてきたのである。

 冒険者のランクを示す星の数や任務達成数などは若くして中級冒険者にも引けを取らないほどであった。


 冒険者になったのは魔導大学院への進学や生活に必要な資金を稼ぐためでこの事は当然家族には内緒である。


「んで? 今回はどんな仕事なんだ?」


「冒険者を志望している人間のための講習だな」


 答えながらシリウスは冒険者としての活動に必要な道具を慣れた手つきで次々と詰め込んでいく。

 底が広く頑丈そうな革製の背嚢はくたびれていて長いこと使い込まれていることが分かった。


「へえ、そんなのもあるのか。報酬の方はどうなんだ?」


「まあまあだ」


 まだ資格を持っていない初心者を指導するための実地講習でこれがけっこう美味しい仕事なのである。

 日帰りで難易度が低めの活動を一緒にこなすだけというわりには報酬額がなかなかよいのだ。


「要は素人たちのお守りみたいなもんか」 


「資格試験に受かった後できるだけ早く仕事に慣れるように、あとせっかくの新人がすぐに死んだりしないようあらかじめ経験を積ませるためだな」


 冒険者になりたての頃はまだ仕事の厳しさや魔物の怖さを十分に理解せず、身の丈に合わない仕事を請け負う者がけっこういたりするので、冒険者協会が定期的に講習会を開催して実際に体験させる機会を設けているのだ。


 シリウスは大方必要な物を詰め込み終わると最後に愛用の刀を軽くチェックして背嚢の奥にしまった。

 もちろん合同演習の時とは違い本物の真剣で今はもう亡くなった祖父がくれたものである。


「さて、そろそろ行くか。教官役の俺が遅れるわけにはいかないしな。いつも通り後のことは頼んだぞ」


「分かってる。上手いこと誤魔化しとくさ」


 シリウスが引き受ける仕事は大抵休日などを利用して日帰りか一、二日で終わるものばかりだが、家族に怪しまれないよう友人と口裏を合わせてばれないようにしているのだった。


 それからシリウスは荷物が見付からないようこっそり家を抜け出して玄関先で友人と別れると、まず都市にいくつか走っている大通りのひとつに向かった。

 家族にはすでに嘘の理由とともにあらかじめ外出することを伝えてある。


 大通りに到着したシリウスがひとつ裏の路地に入ると、そこはやや薄暗い雰囲気の通りで怪しげな店もいくつか軒を連ねていた。

 観光客から評価の高い整備された街であっても大都市ゆえにこういう場所ができるのは必然なのかもしれない。


 シリウスがその通りの一角にあった武器や防具などを扱っている店に入ると、人の気配に気付いたのか一番奥に座っていた眼鏡姿の小柄な老人が振り向いた。


「おお、連絡通りに来たな。装備はちゃんと手入れを済ませてるよ」


「いつもすまないな。マドックさん」


「いいってことよ。駆け出しの頃から面倒を見てるし、お得意さんでもあるからな」


 マドックと呼ばれた老人があらかじめ用意していた鎧や外套をカウンターの上に置くとシリウスはさっそくそれらを身に付け始める。


 このマドックの店は冒険者が使用する装備品の売買やメンテナンスなどをしており、その仕事ぶりは素早く的確で値段も良心的なので、シリウスが冒険者として活動を始める時に先輩冒険者から紹介してもらって以来ずっとお世話になっているのだ。


「ほれ、刀を見せてみな。研ぎはこの前やったばかりだが一応確認しといてやる」


 シリウスは素直に荷物から刀を取り出してマドックに渡す。

 凄腕の職人として有名なこの老人はもともと表通りに大きな店を構えていたが、今では自分の子供に譲って半ば趣味のような形でこの店を営んでいるのだった。


「しかしお前さんも毎回大変だな。家人の目を気にしなくてはならんのだから」


 柄を軽く調節しながら愉快そうに笑うマドックにシリウスは肩をすくめてみせる。

 さすがに家や近所を冒険者の格好でうろつくわけにはいかないので、普段は防具などをこの店で預かってもらい、仕事の時だけこうして着替えてから現地に向かうのだった。


 装着を終えたシリウスはマドックから刀を受けると腰元に固定し、それから改めて背嚢を背負い直すと、最後にあらかじめ協会から受け取っていた教官であることを示すカード型の身分証を首からぶら下げる。


「それじゃあ、気をつけて行ってきな」


 冒険者姿になったシリウスは頷くとマドックに見送られながら店を出るのだった。



 ※※※



 シリウスが大都市エルシオンを縦断する大通りを北上して街と外とを繋ぐ北門をくぐると、街道を往来する大勢の人間の流れから抜け出して講習関係者の集合場所である門脇の小さな広場へと向かった。


 広場に到着するとすでに何人かの顔見知りの冒険者や講習生らしき人間が集まっており、シリウスは冒険者の集団の中にいた背の高い引き締まった表情の中年男性に声をかける。


「こんにちは。グレンさん」


「久しぶりだな、マーシャル。今回はよろしく頼むぞ」


 教官陣のリーダーを務めるグレンがシリウスの肩を親しげに叩く。


 グレンは二十年以上経験を積んでいる熟練の冒険者で、堅実な性格に後輩の面倒見が良いことから協会関係者からの信頼も厚く、こういった講習などを任されることが多かった。

 シリウス自身も資格を取り立ての頃に何度かお世話になっており、いわば冒険者のイロハを教えてもらった先輩のひとりなのであった。


「お前もこういう仕事を打診されるまでになったか。なんせロックウォール事件を解決した英雄だからな」


「グレンさんまでそう呼ぶのはやめてくださいよ」


 辟易したように首を振るシリウスを見てグレンがにやにやと人の悪い笑みを浮かべる。


 数ヶ月前、エレミア北部にあるロックウォールという鉱山町に小型のドラゴンが突如襲来し、町中が大混乱に陥いるという事件が発生したのだが、そこにシリウスも冒険者の仕事でたまたま居合わせたのだ。


 最終的に犠牲者を出すことなくドラゴンを討伐できたものの、それ以来事態の解決に尽力したシリウスを一部の人間が竜殺しの英雄として持ち上げる風潮があったのである。


「下位種とはいえドラゴンを倒すというのは冒険者なら一度は夢見る栄誉だからな。賞賛されて当然だろう」


「俺ひとりの力じゃなくて町にいた他の冒険者達と協力してこそです」


「事件の詳細は俺も聞いている。だが正面で敵を引きつけるという最も危険な役目を進んで担い、そして最後にとどめを刺したのはお前だ。もう戦闘ではお前に敵わないかもな」


 後輩の活躍を喜ぶグレンだったが、冒険者としての地位や名誉に興味のないシリウスにとってはあまり持ち上げられても迷惑なだけである。


 それに噂をしているのは主に冒険者の業界内と助けられた鉱山町の人間だけとはいえ、あまり有名になっては家族にばれてしまうかもしれない。


「協会も若手の有望株(エース)としてだいぶ期待を寄せているようだが、学校を卒業しても冒険者として本格的な活動を行うつもりはないんだったよな」


「冒険者稼業はあくまで資金集めのためですから」


「何を目指しているのかは知らんが残念だな。お前なら将来高位の冒険者になって多くの富や名声を勝ち取ることもできるだろうに」


 グレンは本当に惜しそうにしていたが、シリウスの表情からその気が全くないと分かるとあきらめたように首を振った。


「まあいい。それより今回の仕事の内容はちゃんと把握してるな」


「コボルトの討伐だそうですね」


「最近、エルシオンから少し北に行った森に巣を作ったらしく、周辺の街道を通る旅人や行商人が襲われる事件が頻発している。これを我々は講習者とともに叩く」


 コボルトは犬のような狼のような頭部を持った二足歩行の魔物で、身体の大きさは人間の子供とそう変わらず、動きが素早くて道具を使用したりもするが知能はそこまで高くない。


 また臆病な生物とも知られており、大抵は群れで行動してして、人間を襲う場合も少人数を狙ったものばかりで反撃されるとあっさり逃げたりもする。


 ただその一方で女子供など自分より弱いと見定めた者には複数で執拗に攻撃する狡猾な一面も持っていた。


「コボルトは脅威度の低い魔物で初心者にはうってつけの相手と言える。油断さえしなければ講習者を守りながらでも全く問題はないだろう。本来ならそこまで難しい仕事ではないんだが……」


 そこでなぜかグレンは渋い顔をしながら広場の一角に目を向けたので、不思議に思ったシリウスがその視線の先を追ってみるとそこには明らかに場違いな講習生がいたのである。


「……まさか、あれも講習生なんですか?」


「そのまさかだ。俺もどうしたものかと困惑してるんだ」


 その講習生は白いローブを纏っていて、フードを目深にかぶり、肩にはショルダータイプの鞄を引っさげていたが、広場にたむろしている講習生達の中でもひと際背が低く、どう見ても子供にしか見えなかった。


 講習に年齢制限はなく表向きは誰でも参加自由となっているものの、採集などリスクの低いクエストはともかく、魔物退治のような危険な仕事が講習の対象だった場合、普通は協会の受付でやんわりと断られるはずなのだ。


「それが、なんというか色々と理由があってな……」


 シリウスの疑問にどこか歯切れの悪い口調で答えるグレン。

 どうも訳ありの人物のようだ。


(しかし、どこかで見た事があるような……)


 シリウスが周囲から浮いている小柄なローブ姿の講習生を見つめると、なぜかそいつは急にそわそわし始めて被っていたフードを更に引っ張りながら横を向いた。

 なにやらこちらの視線をかなり気にしている風である。


 どう見ても挙動不審なその講習生をじっと眺めていたシリウスは心の中でまさかとは思いつつも脳裏にある人物を思い浮かべたのだった。


「……あー、実は彼女(・・)はさる高貴な家柄の出身で、とある特別なツテで今回の講習に参加することになったんだ。冒険者の仕事に興味を持ち熱意もあるんだが、正直どう扱っていいものか悩んでいてな」


 シリウスはグレンの説明を聞いていよいよ確信に至る。


「グレンさん、俺にあの子と少し話をさせてくれませんか。おそらく知り合いだと思うので」


「……何? そうなのか? もし本当なら意外だな」


「家が隣なんですよ」


 シリウスは小さな講習生のもとまで歩み寄るとその背中に声をかける。


「そこの君、少しいいだろうか」


「……な、なんでしょう」


 ローブの講習生は一度肩をびくっと震わせると、おそるおそる振り返って顔が見えないようにフードの影からこちらを見上げる。


 どうも意識的に声を低くして誤魔化そうとしているようだがもはや疑いようもなくあの少女であった。


「……もうばれているからそのフードを取ってくれないか。これからしばらく行動を共にするんだからずっと隠し通せるわけがないだろう」


 シリウスがそう言うと講習生は小さく肩を落としてから観念したようにフードを脱いだ。


「……ですよね。というか、シリウスさんが教官のひとりだなんて予想外すぎますよ」


 白い髪を軽く払いつつソラが困った笑みを浮かべたのであった。

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