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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと奇妙な隣人
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トーマスの研究室①

「本当にわざとじゃないだろうな」


「お前もしつこいやつだな」


 合同演習が終了してから教室で帰り支度を整えていたシリウスに友人が何度も同じ質問を繰り返していた。


「周りで見ていた連中も言ってただろう。あれは事故みたいなものだったと。本当に怪我がなくて良かったよ」


「むう……。しかし、理由は何であれソラ様を抱きしめるとはうらやまけしからん」


「いや、別に抱きしめてはいないが」


 思わぬハプニングで背中から地面に倒れようとしていたソラをぎりぎりで受け止めただけである。

 おかげでシリウスの訓練着が泥まみれになってしまったが。


「それで、結局ソラ様がお前の訓練着を持っていっちまったのか?」


「そこまでしてくれなくてもよかったんだがな……」


 どうも責任を感じたらしいソラがシリウスの訓練着を洗ってから返すと申し出てきたのである。

 わざとではないといえこちらの不手際で危険に晒してしまったようなものなので少々居心地が悪い。


「ますますけしからん。何でお前だけそんな美味しい目に……。俺もグレイシア様をかばうふりして水溜りにでも倒れればよかったぜ」


 友人は悔しげに舌打ちする。

 そんなことをしてもあの少女に冷たい視線で蔑まれて終わりな気もするがこの男の場合はそれでも喜びそうである。


(それにしても彼女の技術には驚かされたな。おそらく東方武術と呼ばれるものだろうが)


 シリウスが反射的に弾いてしまった相手の木剣がソラの方に向かった時はさすがに顔色を失ったものだが、少女は流れるような動作で巧みに逸らして危機を回避してしまったのである。

 ほんの一瞬のことだったのであの少女が体術で凌いだことを正確に見抜いた人間はほとんどいなかったはずだ。


 それに、更に注目すべきはあの瞬間少女の瞳にわずかな恐怖や動揺さえも見られなかったことである。

 魔導士である彼女が武術を身につけているだけでも驚きなのに大した胆力と言えよう。


(おそらくすでに実戦を経験しているのだろう)


 咄嗟にああいう動きが冷静にできるあたりシリウスの予想は間違っていないはずだ。

 自身も騎士学校に入学する前からマーシャル家の男子として剣を握っており、しかもある理由で同世代の騎士候補生やたぶん兄達よりも場数を踏んでいるので雰囲気などを観察していればなんとなく分かるのだ。


 これまではただの隣人というだけで一生縁のない別世界の住人のように思っていたが少し興味が出てきた。


「そういや、お前らしくもなく強引にソラ様をペアに誘ってたけどあれは何だったんだよ」


「特に意味はない。困っていたようだから手を貸そうと思っただけだ」


「そういうことがさらっとできるから無愛想なくせに女子に人気があるんだろうな……。けど、ただのご近所さんとか言ってた割にはけっこう打ち解けてなかったか?」


「ご近所だからこそ演習でたまたま会って盛り上がったのさ。向こうが俺の事を覚えていたのは少し意外だったけどな」


 シリウスはそれっぽい理由で友人の追及をかわした。

 今朝のことを話せば根掘り葉掘り聞かれて面倒なことになるので誤魔化しておいた方がいい。


 帰り支度を済ませたシリウスと友人は揃って教室を出る。


「にしても今回は俺にとって過去最高の合同演習だったぜ」


 ほくほく顔で廊下を歩く友人。

 当初の目標こそ達成できなかったものの、グレイシアと組めたことは望外の出来事だっただろうし、実はソラにもシリウスの親友であることをやたらと強調しながらちゃっかり自己紹介していたのである。


 今にもスキップしそうな友人の隣を歩きながらシリウスは視線があちこちから自分に注がれているのを感じていた。

 不可抗力な部分もあるが演習で目立つような真似をしてしまったので仕方がない。


「しばらくは適当に流しとくしかないだろうな。みんな好き勝手に噂してるみたいだけど」


 視線に気づいた友人がドンマイとばかりにシリウスの背中を叩く。

 なかには変に勘繰っている生徒もいるようだが、そのうち関心も下がって話題に上がることもなくなるだろう。


 昇降口で上履きから靴に履き替えていると友人が口を開いた。


「明日の休日は午後から例の用事があるって言ってたよな。そんじゃ今から久しぶりにどこかへ遊びに行くか?」


「いや、これから魔導大学院の研究室に顔を出す予定なんだ」


「そっか。じゃあまた今度な」 


 騎士学校の生徒が大学の研究室へ行くとなると大抵の人間は怪訝な顔をするだろうが、さすがに事情を知っている友人はあっさりしたものだった。


 それから雑談を交わしながら学校の正門に辿り着くと、別れ際に友人がふと気づいたように聞いてきた。


「ソラ様が訓練着を持っていったってことはもう一度会えるチャンスがあるってことだよな。いつ返してくれることになってるんだ?」


「明日の昼頃までには家に持ってきてくれると言っていたな」


「じゃあ、明日早起きするから、ソラ様が来るまでお前の家で待機しててもいいか?」


「断る」


 シリウスは友人に向かってきっぱりと言ったのだった。



 ※※※



 シリウスは友人と別れるとそのまま街の中心区画に程近い魔導大学院へと赴いていた。


 魔導大学院とは文字通り魔導に関する勉学や研究を行う場所で、エレミアでも最も重要な施設のひとつであり、広大な敷地内にはいくつもの建物が並んでいる。


 シリウスは騎士学校とは比べにものならないほど大きな門の隣に設置されている守衛室で身分の証明をしてから大学の敷地内に入った。

 本来なら学生でも関係者でもない人間だと普通に追い返されるだけだろうが懇意にしている大学関係者から特別に許可を貰っているのだ。


 もう何度も訪れているだけあって慣れた足取りで目的の研究室がある研究棟へ向かい、ここでも入り口で屈強な体格をした守衛のチェックを受けてから中に入る。

 魔導やその関連技術は国家の根幹にも関わる重要な分野なので、他国のスパイなどに情報を盗まれないためにも特に厳重なセキュリティが敷かれているのである。


 騎士学校の学生服なので興味津々な目を向けられるもののシリウスは臆することなく研究棟内を進み、途中、学生や頻繁に巡回して目を光らせている警備員などとすれ違いながら階段を上る。


 そして、とある研究室の前まで来ると扉をノックしてから開けた。


「やあ。よく来たね、シリウス君」


 部屋に入ると奥に座っていた清潔な白衣を羽織っている男性が声をかけてきた。

 年齢は三十代前半ほどでいかにも人の良さそうな柔和な顔立ちをしている。


 どこか頼りなさそうな風貌だが若くして魔導大学院の教授職を任されているこの研究室の主なのであった。


「お邪魔します、トーマス教授。今日も色々と勉強させてもらいます」


「うん。こちらこそよろしく」


 シリウスの挨拶にトーマスと呼ばれた教授は人好きのする笑顔で頷く。


 それからシリウスは研究室にいた人間にひと通り声をかけて回った。

 ここに通うようになってからまだ数回ほどだが皆気のいい者ばかりですんなりと馴染めていた。


 シリウスがわざわざ自分のために用意してくれた机に荷物と学生服の上着を置くとトーマスが手招きしてきた。


「さっそくで悪いけど運ぶのを手伝ってほしいんだ」


 トーマスたちが部屋の保管庫にしまわれていたいくつかの古びた魔導具を苦労しながら運び出しておりシリウスもその作業に加わる。


 重量のある魔導具をそれぞれ二人がかりで慎重に部屋から持ち出すと他の研究室に運ぶべく皆散っていった。

 よく研究室同士で研究対象や機材の貸し借りをすることがあり今回はその返却作業なのだ。


 かなり体力のいる作業を何度も繰り返してようやく全てが終了するとほとんどの人間がへとへとになっていた。


「いやあ、さすがにくたびれるね。腕がぱんぱんだよ」


 トーマスは額の汗をハンカチで拭いながら自分の席に座り皆もそれに習う。

 しばらくは仕事に取りかかれそうにないのでしばしの休憩タイムだ。


「シリウス君は騎士学校の生徒だけあってまだまだ余裕がありそうだね。うちの研究室は立ち上げてからまだ日が浅くて人数も少ないから君が手伝ってくれて本当に助かってるよ」


 シリウスに感謝するトーマス達だったがこちらも最先端の魔導工学や貴重な魔導具に触れさせてもらってるのでこれくらいの手伝いは全然苦にならない。


「君を紹介してくれたクレヴィール教授には感謝しないとね」


 クレヴィールとはやや肥満気味の魔導大学院教授ですでに六十を超えているもののいまだに魔導具研究への情熱が衰えない元気な老人である。

 トーマスにとっては同僚であると同時に学生時代からお世話になっている恩師で、シリウスにとっても大学との縁を作ってくれた人物だ。


 そもそも大学に出入りするようになったのは、魔導大学院が年に一度開く学院祭を訪れた際にクレヴィールと出会い、その時シリウスの魔導具に対する知的好奇心や発想力を高く評価して研究室に遊びに来るよう誘ってくれたのがきっかけであった。


 それからしばらくは主に魔導具開発を専門としているクレヴィール研究室に進学のための勉強も兼ねてお世話になりみるみるうちに知識や技術を吸収していったのだった。


 そして、そんなシリウスに目を瞠ったグレヴィールが更に見識を広げさせるため古代の魔導技術の解析などを扱っているトーマスの研究室で研鑽を積んでくるよう提案してきて現在に至るのだった。


「将来はうちの大学を受験するつもりなんだろう?」


「はい。そのつもりです」


「君なら今すぐ受けても合格できそうだけど、その時はうちの研究室に入ってくれると嬉しいね」


 お茶を飲みながらトーマスはまるで出来のいいお気に入りの後輩を見るような目で笑いかけてくるのだった。


 それからしばらく身体を休めた後にトーマスは冒険者協会から届いたという古代魔法帝国時代の魔導具を持ってきた。

 魔導大学院は協会と契約を結んでおり冒険者が発見した研究に有益そうな遺物をよく買い取ることがあるのだ。


「これを君に見てほしいんだ。軽く分解して調べてみたけど何のための魔導具なのか分からなくてね。外見も奇妙だし。発見された場所から考えておそらく日常で使用するものだと思うんだけど」


 作業台に置かれた魔導具は遥か昔に製造されたものだけあって外部の損傷が激しいものの、原型は十分留めており内部も一部を除いて無事なようだった。


 シリウスは作業用の手袋をはめてから魔導具を調べてみる。

 本体らしい丸みを帯びた小型サイズの箱から長いホースのようなものが生えており確かに普段あまり見かけない形をしていた。

 内部には魔力で駆動する機構が収まっていて、他にはなぜか埃の入った袋みたいなものが詰まっている。


「もしかして君ならまた解明してくれるんじゃないかと思ってね。これまでも用途不明な魔導具を少し観察しただけで次々と言い当ててみせたし。僕やクレヴィール教授もその分析力には舌を巻いているんだ」


 隣から魔導具を覗き込むトーマスがシリウスのことを褒めそやすがそんなに大したことでもなかったりする。

 高度な文明を築いていた古代魔法帝国時代の遺物には現代日本で使用されていた道具や機具と似ているものが数多くあるので直感的に気づける場合があるのだ。


 目の前にある魔導具についてもこの世界の人間の目には奇異に映るかもしれないが、地球から転生したシリウスからすれば外見を見るだけでおおよそ予想がつくものであった。


「うーん……やっぱり分からないね。そうそう、実は娘もシリウス君のようによく言い当てることがあるんだよ」


 おもむろに父親の顔になるトーマスに学生達からまた娘自慢が出たと笑いが漏れる。

 実際にこれまでも子供に関するのろけ話を何度も聞かされていて、どうやら彼には娘が二人と末っ子の息子がいるらしい。


 まさに子煩悩パパを絵に描いたようなトーマスだったが、エレミアで最高学府の教授を務めているだけあってすぐに真剣な表情に戻り分析を再開する。

 普段は穏やかな人間だが一度仕事に取りかかり始めると驚くべき集中力を発揮して時折食事を忘れるくらいなのだ。


「どうだい? 分かるかい、シリウス君」


 尋ねてくるトーマスにシリウスが答えようとした時だった。


「――それはおそらく掃除に使うための魔導具ですよ、お父様」


 唐突に背後から涼しげな声が聞こえてきたので振り返ると、いつの間にか研究室の扉が開いておりそこに見覚えのある少女が立っていたのだ。


「君は……」


「先程はどうも。今日はよく会いますね」


 どこかの店のものらしい小さな白い箱を持った私服姿のソラ・エーデルベルグがシリウスに向かって微笑みかけたのだった。

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