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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと奇妙な隣人
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合同演習②

「あの、シリウスさん。さっきはありがとうございました」


「別に礼を言われるようなことじゃないさ」


 準備のためのスペースに着くなりぺこりと頭を下げたソラに向かってシリウスは素っ気無く返す。

 どうやら助け舟を出したことにこの聡明な少女はやはり気付いていたようだ。


「でも、本当に困っていたので助かりました」


「俺も今朝は馬車に乗せてもらったからそのお礼だ。君の妹にも頼まれたしな」


 少しおどけた表情で言うとソラはくすりと笑ってから頷いた。

 これで貸し借りはなしだからこれ以上気を遣う必要はないという意思は伝わったようである。


「それじゃあ、軽く準備運動をすませておくか」


「はい!」


 肘や膝にプロテクターのようなものを装着した体操着姿のソラがさっそく身体をほぐし始める。

 この後は演習のメインともいえるペア同士の模擬戦闘を行うことになっているので、治癒術を使用できる魔導士が何人もいるとはいえ、不用意な怪我をしないためにも準備はしっかりとしておかねばならない。


 シリウスもソラの横で体操を始めると周囲にさりげなく視線を走らせる。


(……案の定目立ってしまったようだな)


 周囲にいるペアも同じように準備運動や打ち合わせなどを行っていたがちらちらとこちらに視線を向ける素振りが頻繁に確認できた。

 注目されているソラがいることに加えシリウスの登場の仕方が強引だったので気になるのだろう。


 一応、二人が隣人同士で面識があると分かると皆納得していたが、知り合いとはいえ突然現れたシリウスにかっさわれた形なので男女問わず不満を含んだ視線がいくつもあった。

 他にも一部の女子生徒が期待するように目を輝かせているのは気のせいだと思いたい。


 ちなみに友人は少し離れた位置でなぜかグレイシアと組んでいた。


 人垣の中でシリウスとソラのペアが決定した時、慌ててついてきていた友人は偶然目に留まったらしいグレイシアからじろじろとシビアな視線を向けられたかと思うと、『この際あなたでいいですわ。私のペアとして働きなさい』と一方的に宣言されたというか命令されたのである。


 今もグレイシアが居丈高に何か喋っているのを友人が直立不動で聞いており、こうして二人の様子を眺めているとまるで女主人と使用人のようであったが、当の本人は思いがけない幸運を掴んだかのように喜んでいたので、これからどれだけ扱き使われることになろうが放っておいても問題はなさそうだった。


 シリウスはまとわりつく視線を意識から締め出すと手に持っていた刀をゆっくりと抜く。

 もちろん演習で使用するものなので木でできた模擬刀である。


「それって東方の刀ですよね」


 興味を引かれたのか体操を終えたソラが近寄ってくる。


「やはり珍しいか?」


「エレミアの騎士で刀を使用している人はあまり見かけませんから」


「そうだろうな」


 騎士学校では基本となる騎士剣や槍などをひと通り習うと自分の好きな武器や戦闘スタイルを選べるようになるのだが、シリウスは幼少の頃から手に馴染んでいた刀を選んだのである。

 おそらく日本とよく似た文化を構築している東方の武器が性に合ったのだろう。


 ただ、騎士学校の歴史で刀を選択した前例はほとんどないらしく、成績優秀者だがどこか変わり者だと認識される理由のひとつとなっているのであった。


 シリウスは刀を腰だめに構えると力強い踏み込みから基本となる型を確認していく。

 刀を選択したものの刀術を教えられる人間はほとんどおらず、東方から移住してきたマーシャル家においても祖父が少し(たしな)んでいたくらいだったので、たまたま知り合った東方出身の冒険者に無理矢理頼み込んで教えてもらったのだ。


(それにしてもよく刀のことを知っていたな)


 シリウスはこちらを興味津々に見つめているソラに感心した。

 騎士など武器に精通している者ならばともかく、この世界ではマイナーな武器である刀を知っている人間は少ない。

 たまたま本か何かで知ったのか、あるいは東方人に縁があると話していたので彼らから聞いたのかもしれない。


 それからしばらくすると教師から号令がかかり、注意事項などを伝えた後に生徒達をいくつかのグループに分けてから順番を決めて模擬戦闘を開始した。


 模擬戦闘は前衛を担う騎士と後衛の魔導士がどう動くかなど主に連携を磨くのが目的であり、一応ペア同士の対戦方式であるものの勝ち負け自体はそこまで重要ではない。

 騎士候補生は真剣に戦うが基本的に寸止めであり、魔導学校の生徒もほとんど殺傷力のない<光明(ライト)>を攻撃魔導に見立てて撃ち合うのだ。


 順番待ちしていたシリウスがふと視線を横に向けると、隣のグループでは一足早く友人とグレイシアのペアが模擬戦闘を行っていた。


 なにやら気合が漲っている友人は「うおおおおおおっ!」と叫び声を上げながら斬りかかっていて、その異常なほど高いテンションに対戦相手は困惑気味であった。

 矢継ぎ早に飛んでくるグレイシアの指示にも嬉々として従っており、もはやペアというよりは忠実なる下僕と化したようだ。


「――次! ソラ・エーデルベルグとシリウス・マーシャル!」


 名前を呼ばれたシリウスとソラは待機中の生徒達の中から歩み出る。


 開始線から前方に視線を向けると対戦相手もこちらと同じ男女のペアであった。

 ノーマルな片手剣と盾を装備した男子の騎士候補生にシリウスと同学年くらいの魔導学校の女子生徒である。


 両ペアともオーソドックスな前後に並ぶ陣形を取り、教師から開始の合図が出されると、シリウスは抜刀しながら相手の男子生徒と斬り結んだ。


 長身と鍛えぬいた膂力(りょりょく)を生かした重くて速い斬撃を打ち込むシリウスに対し、相手は木製の盾で防ぎながら隙をついて効果的な一撃を放ってくる。


 騎士候補生ふたりが激しくぶつかっている背後ではソラと相手の魔導士がそれぞれのパートナーと適切に距離を保ちながら<光明(ライト)>を撃ち合う。

 目まぐるしく動いている騎士達にはおいそれと当てられないので相手にプレッシャーを与えるための牽制のようなものだ。


 もし<光明(ライト)>が身体のどこかに触れた場合は、実戦において攻撃魔導の直撃は戦闘不能になることが多いのでその時点で模擬戦闘は終了となる。


 それから前衛は目の前の敵と背後にいる守るべき魔導士とに意識を振り分けながら戦い、後衛は騎士候補生をフォローしつつチャンスがあれば魔導を叩きこもうと意識を集中した。


 しばらく一進一退の攻防が続いたもののここで思いがけないことが起こったのだった。


 相手の男子生徒がちょうど攻撃に入ろうと踏み込んだ所で小さな水溜りに足を取られたのだ。


 体勢が崩れた男子生徒はぶつかるようにシリウスへと突っ込んでくる。


 そして、男子生徒の模擬戦で使用が禁じられている突きの形になってしまった攻撃をシリウスは反射的に弾き飛ばしたが、運の悪いことにその先にはちょうどソラがいたのであった。


(しまった……!)


 シリウスは振り返りつつ舌打ちする。

 今から止めようにも間に合わず、男子生徒もこの勢いでは踏みとどまったり方向を転換することはできないだろう。


「……っ!」


 しかしソラは突然のことに目を瞠っていたものの、すぐ目の前に迫る木剣に手を添えると優しく受け流してしまったのである。


 シリウスが少女の見せた技術に思わず驚いていると、咄嗟のことだったため体勢を崩してしまったソラが背中からぬかるんだ地面に倒れそうになった。


 それを見たシリウスは身体を投げ出すようにして走る。

 魔導学校のカリキュラムには護身術もあるらしいので受身くらいは取れるだろうが、さすがに女の子を泥だらけにさせてしまってはパートナーとして失格だろう。


 シリウスはソラが倒れ込む前になんとか地面に滑り込むと小柄な少女を受け止めることに成功したのであった。


「……ふう。怪我はないか?」


「あ、ありがとうございました」


 ソラはちょっとびっくりしているようだったがともかく無事であることを確認してシリウスは安堵する。


「大丈夫ですか!?」


 対戦相手の二人が慌てて駆け寄ってきたので、シリウスは頷きつつ腕に抱えていたソラとともに立ち上がろうとすると、ふと周囲の様子が少しおかしいことに気づいた。


 模擬戦闘中にもかかわらずなぜか多くの生徒がこちらに注目しており、男子生徒からは敵意に近い眼差しが、女子生徒からは嬉しそうな悲鳴が聞こえていたのだ。


 そして隣からは、「この野郎! 役得にもほどがあんだろ! まさかわざとじゃないだろうな!?」という友人の嫉妬にまみれた叫び声も聞こえている。


「……やれやれ」


 泥だらけになった背中を気にしているソラに大丈夫だと手を振りながら、シリウスはしばらく周囲が騒がしくなりそうだと小さく嘆息するのであった。

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