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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと奇妙な隣人
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合同演習①

 あれほど降っていた雨は昼になるとあっさり止み、雲の切れ目から出た陽の光がお昼休憩中の教室に差し込んでいた。


「ひゃっほう! 俺の想いが天に通じたぜ! わざわざ願掛けをした甲斐があった!」


 そして、シリウスの隣の席で騒いでいる男がひとり。


「どうよ、シロー! 今朝は俺が作ったてるてる坊主を見るなり鼻で笑いやがって!」


「分かったから、落ち着け」


 友人は教室にいる男子生徒の生暖かい視線と一部の女子生徒の冷たい視線をものともせずに大喜びしていた。

 ついさっきまで楽しみにしていた合同演習が中止になりそうでテンションを落としていたとは思えないほどのはしゃぎっぷりである。


 友人はやはり遠足前の子供のようになかなか眠れなかったらしく、しかもシリウスが以前面白半分で教えたてるてる坊主を作製してくるなどまるで小学生のような男であった。


「これで堂々とソラ様やグレイシア様を生で拝むことができるんだ。この機会を逃したらずっとチャンスが訪れなかったかもしれないからなあ」


 寝不足で目が充血している友人がうんうんと感極まったように頷く。

 演習には参加資格のある騎士学校と魔導学校の生徒全員が参加するわけではなく、その都度両校とも参加するクラスをランダムで選ぶ形になっているのだ。

 しかも今回のソラたちは飛び入り参加みたいなものなので、下手すれば卒業まで会えないかもしれないのである。


「それにしてもお前の熱意も大概だな」


「俺ひとりが特殊みたいな言い方すんなよ。男女に関係なく会うのを楽しみしている奴らは他にも結構いるんだぜ?」


 友人の言い分にシリウスが周囲を眺めてみれば、教室のあちこちでソラたちの名前が会話に出てくるなど皆が期待している様子が見てとれた。

 昼休憩が始まる前に予定通り演習が行われる旨と魔導学校側の参加メンバーが発表された時はクラスが少しざわついたほどである。


「ま、お前も間近で彼女たちと接してみれば考えが変わるさ」


 つい今朝方その当人と向かい合って会話をしたのだが、その事は話さないでおいた方が賢明であるとシリウスは曖昧に頷いておいた。


「だが、お前の最大の目的は女子生徒と仲良くなってあわよくばお茶に誘うことだろう。まさか彼女らまで機会があればナンパするつもりなのか? 念のために言っておくがまだ十歳の女の子だぞ……」


「さすがにそれとこれとは別だって。なんというか、近くで眺められれば幸せっつーか。そりゃお近づきになれればそれに越したことはないけどさ。まあ、あと何年か経てばとんでもない美少女になりそうだけどな」


 いったい何を想像しているのか、だらしない表情を浮かべる友人を見てこいつは本当に大丈夫なのかとやや心配になる。


 もし万が一粗相をしでかしそうになったら、親友としてぶん殴ってでも止めねばなるまいとシリウスは密かに誓うのであった。



 ※※※



 午後になると、教師に引率された魔導学校の生徒達があちこちに水溜りが残っている騎士学校のグラウンドへとやってきた。

 演習は両校のグラウンドを交互に使用することになっている。


 時間になると予定通り魔導学校の生徒との合同演習が開始され、いつも通り教師による訓示のあと全体練習が行われた。


 その後一旦休憩を取ったあとにいよいよペアによる連携確認の練習に入ろうとしたがその時にちょっとした騒動が起きていたのだった。


「これはまた凄いな」


 シリウスは友人とともに少し離れた場所から一重二重に形成された生徒達の人垣を眺めていた。

 毎回演習でペアを作るときは大抵騒がしく時間がかかるものだがさすがに今日は度を越えている。


 人垣の中心には特別に今回の演習参加が認められた初等科の三人――少し困惑気味な様子のソラと、傲岸不遜な表情で長い金髪を払っているグレイシア、そして赤い髪が印象的なアランという少年が興味なさげにポケットに手を突っ込んだまま立っていた。

 聞くところによるとあの三人は同級生らしい。


 騎士学校の生徒達はまるで有名人に出会ったかのようにざわめき、時には歓声が漏れているほどで、その上魔導学校の先輩に当たる生徒達も可愛い自慢の後輩を挟んで一緒に盛り上がっているようであった。


 教師陣も仕方ないとばかりに苦笑しながら事態を見守っており、もともとこの演習が両校の生徒の交流を目的にしているということもあってしばらくは自由にさせてくれるようだった。


「くそっ。ソラ様やグレイシア様のご尊顔を拝しつつ相手をしてくれそうな女の子を見繕うとしてたら完全に出遅れちまったぜ」


 二兎を追うものは一兎をも得ずということわざを見事に体現した友人が賑やかな生徒の壁を悔しげに見つめて舌打ちする。

 気合だけが空回りしてもたもたしているうちに両校の生徒が三人に群がってしまい、加わらなかったその他の生徒もさっさとペアを作ってしまっていたのだ。


「あのアランという少年はいいのか? 有名なフレイムハート家の魔導士らしいじゃないか。挨拶くらいしておいても損はないと思うが」


「野郎なんかどうでもいいに決まってるだろ! しかも見てみろ、あのイケメンオーラを! まだガキのくせに女子から熱い視線を集めやがって!」


「…………」


 さすがに五歳近くも年下の少年に本気で嫉妬するのもどうかと思う。


 友人に呆れた視線を向けていたシリウスは改めて人垣の方を眺めた。


「それにしても想像以上の人気ぶりだな」


「そりゃそうだろ。この前もちょっと話したけど、単に彼女らが有名ってだけじゃなく、騎士にとって魔導士は守るべき存在でその人間の血筋や能力が高いほど剣の捧げ甲斐があるからな」


「そんなものか」


 騎士というのは高貴な存在を守護することに意義を感じる人種なのかもしれんなとシリウスは他人事のような感想を抱いた。


「ともかく、あの騒ぎが収まったところで一気に勝負をかけるしかないな!」


 友人は寝不足のせいもあり血走った目で生徒達を凝視していたが、怖がられて誘いに応じてくれる女子生徒はおそらくいないだろうと思われた。

 どうやら今回も何の収穫もないままに終わり、いつも通り男子生徒かあぶれて教師と組む羽目になりそうである。


 シリウスはそんな友人に向かって心の中で静かに黙祷を捧げつつも特に何をするでもなく突っ立っていた。

 それこそ誰とペアを組むことになっても構わないし、そもそも騎士になるつもりはないのであまりやる気もない。


 とはいえ、そんな態度の割にはなぜか女子生徒から誘われることが多く、いつも友人のやっかみを買うことになるのだった。


 ただ、人垣の隙間から見える多くの騎士候補生から熱心に誘われて戸惑っているソラの姿を眺めていると今朝の馬車内でのやり取りを思い出すのである。


(……ふむ。どうするかな)


 冗談というか社交辞令のようなものだろうが、妹のマリナから姉のことを頼むとお願いされた身としてはこのまま何もせずに眺めているだけというのも少々バツが悪い気もするのだ。


 しばし考え込んでいたシリウスはやがて腹を決めると人垣に向かってゆっくりと歩き始めた。


「おっ、あの子とか良さそう……って、おい? シロー?」


 急に歩き出したシリウスを見て友人が面食らったような声を出していたが、構わずに生徒たちの壁に近づいていき一番外側にいた男子生徒に声をかける。


「悪いが道を開けてくれないか」


 目の前で会話する機会を窺っていた別クラスの騎士候補生が少しムッとした表情で振り返ったが、すぐ後ろに立っているのがシリウスだと気づくと慌てて道を譲った。

 その成績から騎士学校内でも一目置かれる存在なのに加え、年の割に大人びた顔立ちに背が高くがっしりとした体格をしているので、まっすぐに見下ろされると思わず従ってしまうような威圧感があるのだ。


 その後も悠然と人垣を突っ切ったシリウスは、競うように勧誘していた男子生徒と女子生徒に「失礼」と一声かけてから掻き分けると、こちらを見上げて目を丸くするソラと向き合った。


「……シリウスさん?」


「突然すまないな」


 周囲を取り囲んでいた生徒達は何事かと静かになり、ソラの隣にいたグレイシアとアランからは品定めするような視線を向けられたが、シリウスは気にすることなく目の前の少女に話しかける。


「ご近所同士だし俺とペアを組まないか?」


「私とですか?」


「ああ。もし迷惑でなければだが」


 ソラははじめこそ急な展開に驚いていたものの、しばらくすると少しホッとした表情で頷いたのであった。

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